解説

植物培養細胞における休眠二次代謝の新たな覚醒法の発見
エピゲノムの改変による物質生産

New Strategy for Activation of Cryptic Secondary Metabolite Biosynthesis in Cultured Plant Cells: Useful Compound Production through the Epigenome Modification

Taiji Nomura

野村 泰治

富山県立大学工学部生物工学科および生物・医薬品工学研究センター

Yasuo Kato

加藤 康夫

富山県立大学工学部生物工学科および生物・医薬品工学研究センター

Published: 2023-02-01

植物培養細胞を利用して,目的とする有用な植物二次代謝産物を自由自在に生産できるようにならないだろうか? そんな疑問(希望)を筆者らは以前から抱いていた.それは,植物細胞培養技術が確立されてからおよそ半世紀の間,実用生産にまで至った例があまりにも少ないためである.植物培養細胞での物質生産における最大の問題は,目的とする二次代謝産物が作られなくなる「休眠」が頻繁に起こり,それを覚醒させることが容易ではないことであると思われる.筆者らが最近発見した「エピゲノムの改変による休眠二次代謝覚醒法」は,この問題を解決に導くだけでなく,新規物質や新規酵素の探索においても強力なツールとなる可能性を秘めている.

Key words: 植物培養細胞; 休眠二次代謝; エピジェネティック修飾剤; 物質生産; 物質探索

背景

地球上には約30~40万種の植物種が存在するといわれている.重複するものもあるが,基本的には各々の植物種が特徴的な二次代謝系を有しており,それは各々の植物種がその置かれてきた環境に応じて二次代謝系を進化させてきた結果であると考えられている.植物二次代謝産物の総数についてはさまざまな推計があるが,20~100万種類程度と見積もられている(1, 2)1) K. Saito & F. Matsuda: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 463 (2010).2) F. M. Afendi, T. Okada, M. Yamazaki, A. Hirai-Morita, Y. Nakamura, K. Nakamura, S. Ikeda, H. Takahashi, M. Altaf-Ul-Amin, L. K. Darusman et al.: Plant Cell Physiol., 53, e1 (2012)..植物二次代謝産物は有用物質の宝庫であり,医薬品をはじめとして香粧品や食品などのさまざまな産業分野で利用されている.歴史的には,人類は植物がもつ機能性の実体が何であるかは分からない中で,経験的に有用植物を生活の中で利用してきたわけであるが,19世紀初頭のケシからのモルヒネの単離を契機として,さまざまな植物から有効成分を単離・同定する天然物化学が興ってきた.各々の植物がもつ機能性は概ね単一の有効成分に帰することができるというのは現在では常識であるが,想像するに当時は革命的な出来事であったに違いない.その後,19世紀後半にインディゴの化学合成が達成されて以降,さまざまな植物二次代謝産物の合成法が確立された.

このような歴史的経緯から,現在産業利用されている植物二次代謝産物の大半は,植物体からの抽出または化学合成によって供給されている.また,抗癌剤として使用されるパクリタキセル(タキソール)のように,抽出法と化学合成法のハイブリッドプロセス(半合成法)によって製造,供給されているものもある.いずれのプロセスを採るかはコスト(技術的制約を含む)とベネフィットのトレードオフに委ねられるわけであるが,今後将来にわたってこういった枠組みでの有用植物二次代謝産物の供給を続けていくことは可能だろうか.日本は原料植物の多くを中国をはじめとする海外からの輸入に依存していること,さらにSDGsやグリーンケミストリーの概念に沿った持続可能かつ低環境負荷の物質生産法への転換が昨今強く求められるようになっていることからすると,コスト・ベネフィットよりも高次の経済安全保障および地球環境保全といった観点も踏まえて,植物体からの抽出や化学合成に替わる手段を確立しておくべきである.

現在その代表格は,目的物質の生合成遺伝子を導入した酵母や大腸菌などの微生物宿主における発酵生産,いわゆる合成生物学的手法によるものと,植物組織培養を利用した物質生産法の2つであろう.本稿では,後者のうち特に植物培養細胞での物質生産に焦点を当てる.植物培養細胞の利用には,一度培養系を確立すれば原料植物への依存から脱却できること,植物体よりも増殖速度が速いこと,さらに屋内の管理条件下での培養によって安定供給および品質維持が行いやすいこと,などのさまざまなメリットが挙げられる.それにもかかわらず,植物培養細胞を利用した有用物質生産の実用化例は多くないのが現状である.本稿では,植物培養細胞を利用した物質生産における課題と,筆者らが最近発見したその抜本的な解決策となり得る新手法について,二次代謝生合成研究上の意義も含めて解説する.

二次代謝の休眠

植物は,自身がもつすべての二次代謝系を常時稼働させているわけではない.構成的に存在している二次代謝産物もある一方で,生育時期や器官・組織によって特異的にみられるものや,病原菌の感染や傷害といったストレスに対して特異的に誘導生産されるものなどがあり,そういった特定の条件下でのみ発現する二次代謝系は,それ以外の場面では「休眠」している.「健全組織には存在せず,病原菌の感染時にde novoで生合成される抗菌性二次代謝産物」は一般に「ファイトアレキシン(フィトアレキシン)」として分類・総称されるが,これも「普段何もないときは休眠している二次代謝」である.脱分化状態にある培養細胞では,固体培地上のカルスであれ液体培地中の懸濁細胞であれ,植物体よりも二次代謝の休眠傾向が強く,植物体で活発に生合成されていた二次代謝産物が,培養細胞化すると著しく減衰・消失する現象が頻繁にみられる.

植物培養細胞を用いた有用二次代謝産物の工業生産の最初は,1980年代に日本において達成されたムラサキ培養細胞におけるシコニンの生産(3, 4)3)藤田泰宏,菅 忠三,松原浩一,原 康弘:日本農芸化学会誌,60, 849 (1986).4) K. Yazaki: Plant Biotechnol., 34, 131 (2017).である.当時,筆者(野村)はまだ少年期であり,この分野で何が起こっていたのかを知る由もなかったわけであるが,共著者(加藤)が同時期に「製鉄会社の研究所」で植物培養細胞による機能性物質生産の研究に従事していたといったことからも,植物バイオテクノロジーに対する世の中の認知度や期待感が当時いかに高かったかを窺い知れる.このように「植物培養細胞における物質生産」は植物バイオテクノロジーの花形分野の1つであったにもかかわらず,1990年代以降は産学いずれにおいても徐々に下火となり,シコニン生産の成功以降現在まで,工業生産にまで至った例は思いのほか少ないというのが現状である(5)5) M. E. Kolewe, V. Gaurav & S. C. Roberts: Mol. Pharm., 5, 243 (2008).

その根本的な原因の1つが,培養細胞における二次代謝の休眠現象であると考えられる.すなわち,培養細胞化することで休眠してしまった二次代謝を回復(覚醒)させるため,基本培地,培地成分,細胞密度,温度,光,通気・撹拌,添加剤等々の各種培養パラメーターを総当たり的に検討・最適化していく作業が必要となり,膨大な労力,時間,研究費を費やすこととなる(5~7).またそれは,「やれば必ずうまくいく」といったものでもない.対象とする培養細胞や二次代謝産物が変われば一から検討する必要があるため,経験則もあるようでない.実際に,ムラサキ培養細胞でのシコニン生産系の確立過程でも,相当数の培養条件検討がなされている(3, 4)3)藤田泰宏,菅 忠三,松原浩一,原 康弘:日本農芸化学会誌,60, 849 (1986).4) K. Yazaki: Plant Biotechnol., 34, 131 (2017)..また,目的物質を高生産する培養系ができたとしても,細胞の継代を経るにつれて生産性が低下することもある.このように,植物培養細胞を利用した物質生産では「二次代謝の制御が思い通りにいかない」ことが最大の課題であり,産業利用を拡げていくためには,基本的な植物細胞培養技術の確立以降およそ半世紀にわたって抜本的な解決に至っていないこの課題を解決することが最も重要であると考えられる.筆者らは,これまでのような「総当たり的に(手当たり次第に)検討していたら何かよく分からないけどうまくいった」というようなものではなく,経験則を蓄積していくことができ,成功率が高く,どのような植物培養細胞にも適用可能な高い汎用性を有し,そして何より簡便な休眠二次代謝の覚醒方法を模索する中で,「エピゲノムの改変による休眠二次代謝覚醒法」を着想した.

エピゲノムの改変による休眠二次代謝覚醒法

植物の二次代謝生合成に関わる酵素遺伝子群は,多くの場合ゲノム上に散在している.ある二次代謝が最終産物にまで至るためには,個別に発現制御を受けているすべての生合成遺伝子群が時間的および空間的に同調発現しなければならない.これは,ゲノム上でクラスターを形成している一部の二次代謝生合成遺伝子群の場合であっても同様である(8, 9)8) S. J. Smit & B. R. Lichman: Nat. Prod. Rep., 39, 1465 (2022).9) C. Zhan, S. Shen, C. Yang, Z. Liu, A. R. Fernie, I. A. Graham & J. Luo: Trends Plant Sci., 27, 981 (2022)..植物培養細胞の休眠二次代謝を覚醒させることが困難なケースが多い理由は,この点にあると考えられる.

筆者らは,植物培養細胞における二次代謝の休眠の根本的な原因は生合成遺伝子(群)の転写サイレンシングであり,それはヒストンタンパク質とDNAからなるクロマチン構造の動態に依存していると考えた.そこで,「ゲノム全体として,クロマチン構造を転写が進みにくいヘテロクロマチンの形から,転写が進みやすいユークロマチンの形(ヒストンの高アセチル化,DNAの低メチル化)に強制的に変えてやれば,その結果として休眠二次代謝の覚醒が起こるのではないか」との作業仮説を立て,「ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤」ならびに「DNAメチル化酵素(DNMT)阻害剤」といった「エピジェネティック修飾剤(Epigenetic Modifier; EM剤)」を培養細胞に投与し,休眠二次代謝覚醒効果の有無を調べることとした(図1図1■エピジェネティック修飾剤の投与による休眠二次代謝の覚醒).本稿では,これまでに遺伝子レベルでの実証実験まで完了している,タケ培養細胞へのHDAC阻害剤の投与による休眠二次代謝の覚醒を中心に述べる.

図1■エピジェネティック修飾剤の投与による休眠二次代謝の覚醒

A; DNAメチル化酵素(DNMT)阻害剤やヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤などのエピジェネティック修飾剤を投与し,DNAのメチル化(Me)レベルを低く,ヒストンのアセチル化(Ac)レベルを高くすることで,ゲノム全体として遺伝子の転写を活性化させる.B; 二次代謝が休眠している植物培養細胞にエピジェネティック修飾剤を投与することで,休眠二次代謝が覚醒する.

当研究室が保有するタケ類を含む複数の培養細胞に対してHDAC阻害剤の一種であるsuberoyl bis-hydroxamic acid(SBHA)の投与実験を行った.投与細胞のメタノール抽出物を逆相系HPLC分析に供したところ,予想通りほぼすべての培養細胞で非投与コントロールと比較して明らかに誘導されているピークが確認された.そのうち,ホウライチク(Bambusa multiplex)Bm細胞にSBHAを投与した際に最も顕著な誘導ピークがみられた(図2図2■HDAC阻害剤(SBHA)の投与による休眠二次代謝の覚醒).

図2■HDAC阻害剤(SBHA)の投与による休眠二次代謝の覚醒

SBHA投与および非投与Bm懸濁細胞の抽出物のHPLCクロマトグラムを示す.SBHA非投与コントロールでは痕跡レベルの化合物13の生合成レベルが,SBHAの投与によって大幅に増大した.それら以外にもSBHA投与によって増大しているマイナーピークがいくつかみられる(文献10より改変転載).

そこで,この系を対象としてHDAC阻害剤投与による休眠二次代謝覚醒の実証実験を進めることとした.まず誘導物質の単離・構造解析を行った結果,それらは希少クロロゲン酸類の一種である3-O-p-クマロイルキナ酸(3-pCQA)および3-O-フェルロイルキナ酸(3-FQA)ならびにヒドロキシ桂皮酸アミド類であるフェルロイルプトレッシンであることが分かった(図2図2■HDAC阻害剤(SBHA)の投与による休眠二次代謝の覚醒(10)10) T. Nomura, A. Yoneda, S. Ogita & Y. Kato: Appl. Biochem. Biotechnol., 193, 3496 (2021)..さらにこれら化合物の誘導は,別のHDAC阻害剤であるtrichostatin A(TSA)を投与した際にも再現された(10)10) T. Nomura, A. Yoneda, S. Ogita & Y. Kato: Appl. Biochem. Biotechnol., 193, 3496 (2021)..このことから,これら化合物の誘導は,Bm細胞中のHDACの阻害によるものであり,投与化合物の副次的な作用によるものではないことが強く示唆された.筆者らが植物培養細胞へのEM剤投与による休眠二次代謝覚醒法を着想した際に文献調査を行ったところ,糸状菌においては既に複数の成功例が報告されていたが(11~16),植物培養細胞へのEM剤投与が休眠二次代謝の覚醒に有効であることを示したのは,筆者らの研究が最初である.

Bm細胞にSBHAを投与した際の二次代謝誘導レベルは,最大で非投与コントロールの10~20倍に達した.その誘導レベルは,SBHAの投与濃度,培養開始時の細胞密度,培養期間(投与期間),基本培地の種類によっても変動した(10)10) T. Nomura, A. Yoneda, S. Ogita & Y. Kato: Appl. Biochem. Biotechnol., 193, 3496 (2021)..また,その後の研究でHDAC阻害剤の種類,植物種や誘導される化合物の種類によっても,二次代謝誘導のための最適投与濃度が異なることが分かってきている.全体的な傾向としては,投与濃度の上昇に伴って細胞の増殖レベルは低下し,一定以上の濃度では細胞の増殖と二次代謝の覚醒効果のいずれもみられなくなる.しかしながら,ある細胞では致死的な投与濃度でも別の細胞では増殖と二次代謝の覚醒効果が持続しているケースもみられている.このように,培養細胞の種類によって投与化合物への感受性が異なるのは,おそらく各培養細胞がもつ外来異物に対する解毒代謝能の違いに起因するものと予想している.培養開始時の細胞密度を高くするにつれて投与化合物の効果が低下する傾向があることからも,投与化合物の一部が細胞によって解毒代謝されていることが窺える.

検討中のものも含むため本稿では詳細は割愛するが,これまでの筆者らの研究結果に限っていえば,休眠二次代謝覚醒の成功率と化合物の誘導レベルは,HDAC阻害剤投与の方がDNMT阻害剤投与よりも高い.これは,植物培養細胞における二次代謝の休眠には,DNAのメチル化レベルよりもヒストンタンパク質のアセチル化レベルの方が強く影響していることを意味しているのかもしれない.ただし,DNMT阻害剤の方が高い効果を示すケースも確認されていることから,対象とする培養細胞ごとに双方のEM剤をテストしてみることが必要である.HDAC阻害剤とDNMT阻害剤の同時投与による相乗効果の有無についても現在検討を進めている.

HDAC阻害剤投与による生合成遺伝子領域のエピジェネティックな変化

SBHAを投与したBm細胞における3-pCQA/3-FQA生合成の誘導が,その生合成遺伝子領域におけるヒストンのアセチル化レベルの変化によるものかどうかを検証することとした.誘導物質のうち希少クロロゲン酸類である3-pCQA/3-FQAは,キナ酸の3位水酸基がヒドロキシ桂皮酸でエステル化されたものであり,キナ酸の5位水酸基がエステル化されている典型的クロロゲン酸類の位置異性体である.キナ酸の5位水酸基とヒドロキシ桂皮酸-CoAの縮合によるエステル形成反応は,BAHD型アシル基転移酵素であるhydroxycinnamoyl-CoA:quinate hydroxycinnamoyltransferase(HQT)やhydroxycinnamoyl-CoA:shikimate/quinate hydroxycinnamoyltransferase(HCT)によって触媒されることが知られており,それらの酵素は数多くの植物種から同定されている(17)17) M. Petersen: Phytochem. Rev., 15, 699 (2016)..一方,キナ酸の3位水酸基とヒドロキシ桂皮酸-CoAの縮合によって3-pCQA/3-FQAを生成するアシル基転移酵素は未同定であった.そこで,新規酵素の発見を念頭に置いてSBHA投与細胞からの酵素精製を行い,そのペプチド配列解析を経て3-pCQA/3-FQAの生成を触媒する酵素BmHQT1をクロロゲン酸類生合成における新規酵素として同定した(図3図3■HDAC阻害剤(SBHA)の投与によって覚醒した3-pCQA/3-FQAの生合成はBmHQT1酵素によって触媒される(18)18) T. Nomura, A. Yoneda & Y. Kato: Plant J., 112, 1266 (2022)..本酵素は,既知のHQT酵素と同様にBAHD型アシル基転移酵素ファミリーに属していたが,分子系統的には既知のHQT酵素とは離れており,アミノ酸配列の同一性も37~39%程度と低いものであった.大腸菌において発現させた組換えBmHQT1酵素の性状は,SBHAを投与したBm細胞から精製した天然型酵素の性状と一致したことから,SBHA投与による3-pCQA/3-FQA生合成の誘導は本酵素の反応によるものであることが確認された.

図3■HDAC阻害剤(SBHA)の投与によって覚醒した3-pCQA/3-FQAの生合成はBmHQT1酵素によって触媒される

BmHQT1酵素は,キナ酸の5位水酸基のアシル化を触媒する既知のHQT/HCT酵素とは異なり,キナ酸の3位水酸基のアシル化を特異的に触媒する新規酵素として同定された.

そこで次に,BmHQT1遺伝子の転写レベルの変動を調べたところ,その転写レベルはSBHAの投与によって顕著に上昇していることが確認され(図4A図4■HDAC阻害剤(SBHA)の投与から3-pCQA/3-FQAの生合成覚醒に至るスキームの実証),この転写レベルの経時変化と細胞中の酵素活性の経時変化はよい一致を示した(18)18) T. Nomura, A. Yoneda & Y. Kato: Plant J., 112, 1266 (2022).BmHQT1遺伝子の転写レベルが最大に達するまでには,SBHAの投与から2週間程度を要したが,これは,細胞の分裂・増殖によって新生した細胞から順次SBHAの作用によってヒストンのアセチル化レベルが高い状態になっていくためであると考えられる.すなわち,細胞集団の中でヒストンのアセチル化レベルが高い細胞への入れ替えが進むまでにはギャップ期間を要するということである.したがって,もともとの増殖性がよく世代時間が短い培養細胞ほど,休眠二次代謝の覚醒に要する時間は短くなると考えられ,実際にそれを支持するデータも得られている.

図4■HDAC阻害剤(SBHA)の投与から3-pCQA/3-FQAの生合成覚醒に至るスキームの実証

A;SBHAの投与によるBmHQT1遺伝子の転写レベルの経時変化(文献18より改変転載).B;SBHAの投与によるBmHQT1遺伝子領域のヒストンH3アセチル化レベルの変化(培養2週目)(文献18より改変転載).n.s., not significant. C;SBHAの投与から3-pCQA/3-FQAの生合成覚醒に至る流れ.

BmHQT1遺伝子の転写レベルがSBHA投与2週目にかけて最大となることが確認できたことから,次に,同時期の細胞においてBmHQT1遺伝子のプロモーター,エキソン,イントロンの各領域におけるヒストン(ヒストンH3)のアセチル化レベルを調べた.抗アセチル化ヒストンH3抗体を用いたクロマチン免疫沈降–定量PCR(ChIP–qPCR)解析の結果,プロモーター領域においてはSBHAの投与前後でヒストンのアセチル化レベルに有意差はみられなかった一方で,構造遺伝子領域のうち特にエキソン領域においては,SBHAの投与によってヒストンのアセチル化レベルが顕著に上昇していることが確認された(18)18) T. Nomura, A. Yoneda & Y. Kato: Plant J., 112, 1266 (2022).図4B図4■HDAC阻害剤(SBHA)の投与から3-pCQA/3-FQAの生合成覚醒に至るスキームの実証).以上の結果から,SBHAの投与による休眠二次代謝の覚醒は,HDAC阻害剤としての作用によって生合成遺伝子領域のヒストンアセチル化レベルが上昇し,その結果,生合成遺伝子の転写レベルが上昇したことによるものであることが実証された(図4C図4■HDAC阻害剤(SBHA)の投与から3-pCQA/3-FQAの生合成覚醒に至るスキームの実証).これは,HDAC阻害剤の投与が植物培養細胞のエピジェネティックな変化をもたらし,休眠二次代謝を覚醒に導く一連の流れを示した世界初の例である.

当初は,プロモーター領域におけるヒストンアセチル化レベルの上昇を予想していたが,実際にはプロモーター領域での変動はみられなかった.このことは,SBHAを投与していない細胞ではBmHQT1遺伝子の転写は開始されるものの,ヒストンのアセチル化レベルが低い構造遺伝子領域で転写の進行が滞り,それが3-pCQA/3-FQAの生合成の律速になっていたことを意味しているのかもしれない.ただしこれはあくまでも一例であり,今後さまざまな培養細胞や生合成遺伝子を対象として実証実験を進めていく中では,プロモーター領域のヒストンやDNAの修飾が生合成の律速となっている例も出てくるものと思われる.

本手法の適用範囲

冒頭で述べたように,植物培養細胞において休眠した二次代謝を覚醒させるため,これまでは多くの場合,膨大な量の培養条件検討を行うことが必要であった.その中では,ジャスモン酸をはじめとする植物ホルモンや,糸状菌の細胞壁分解物であるキチンオリゴ糖などのいわゆる「エリシター」の投与も行われてきた.しかしながら,それらの投与は特定の生理環境を極端な形で再現するものであるので,それによって誘導される二次代謝の範囲はどうしても限局的なものとならざるを得ないと思われる.一方,EM剤の投与は,特定の生理環境を再現するものではなく,ゲノム全体として遺伝子の転写が進みやすい形にするものであるため,より広範な二次代謝の誘導に向いていると考えられる.実際に,これまで行った検討では,本稿で紹介したBm細胞以外の培養細胞においても,EM剤投与による複数化合物の誘導が確認されている.先述したように,HDAC阻害剤とDNMT阻害剤の同時投与による相乗効果の検討も進める必要があるのはもちろんであるが,それに加えて,上記の古典的エリシターとEM剤の同時投与による相乗効果の有無についても興味がもたれる.いずれにしても,EM剤投与による休眠二次代謝覚醒法は,植物培養細胞における物質生産を高い確率で成功に導く,簡便かつ汎用性の高い鍵技術となり得るものである.

本手法は,どのような形であれEM剤を投与しさえすれば必ず最大レベルで休眠二次代謝の覚醒がみられるというような夢の手法ではなく,対象とする培養細胞や使用するEM剤に応じて一定程度の条件検討を行う必要性は依然としてある.しかしながら,目的物質の高生産系確立のための培養条件検討の負担は,従来の総当たり的な検討に比べて大幅に軽減されるはずである.これまで医薬品原料をはじめとした有用物質生産を目的として作られたものの,二次代謝の休眠現象のせいで目的物質が思い通りに生産されず,実用化に至らなかった植物培養細胞が数多く存在するはずである.本手法を適用することで,そういった植物培養細胞での物質生産が成功に至る例が出てくることを期待したい.また,目的物質を高生産する優良細胞株を最適条件で培養していても,細胞の継代を経るにつれて生産性が低下する場合があるが,そういった場合にもEM剤の投与によって回復を図ることができるようになるかもしれない.

さらに,二次代謝ポテンシャルの発掘,すなわち新規物質や新規酵素あるいは未知の植物二次代謝経路の探索という観点からも,本手法は有用である.本稿で紹介した研究例のように,EM剤投与によって誘導されてくる二次代謝産物そのものは既知物質であっても,その生合成酵素が未同定の場合には,新規酵素の発見につながる.いずれの場合も,植物二次代謝の全貌解明の加速化に貢献するものであろう.

培養細胞では植物体に比べて染色体および遺伝子レベルでの変異が起こりやすいといわれてはいるものの,基本的にはもとの植物種のゲノム一式を有していると考えてよい.したがって,ある植物種がもつ二次代謝ポテンシャルを発掘して新規物質を得るという目的で培養細胞を利用することは,本質的には植物体を利用することと同義と考えてよいように思われる.むしろ培養細胞を用いることで,植物体における二次代謝の器官,組織,生育時期,ストレスなどによる特異性から解放され,対象とする植物種が持つ二次代謝ポテンシャルを一気に浮かび上がらせることができる.また,EM剤投与により本来共存しない複数の二次代謝経路の発現誘導が同時に起こることによって,ある経路上の中間体が別経路の生合成酵素によって偶然代謝されることで,もともとその植物には存在していなかった二次代謝産物が生成するというように,新たな代謝グリッドが形成される可能性も考えられる.それがその植物に本来備わっている二次代謝と見なされるとかえって混乱をきたしてしまうため,基礎科学的な観点からは注意を払う必要があるが,有用物質探索という観点ではこれまでにないアプローチとなる.

他方,遺伝子組換え植物培養細胞における有用二次代謝産物や有用タンパク質の生産系についても,今後ニーズが高まってくるのは間違いない.以前から指摘されているように,外来遺伝子を導入した植物培養細胞におけるその遺伝子の発現には,ゲノム中の挿入位置や挿入コピー数が影響する.また,導入遺伝子の発現が継代を経るにつれて低下するといった現象も知られている.これらのいずれにもエピゲノムの変化が関係しているといわれている(19, 20)19) A. J. Matzke & M. A. Matzke: Curr. Opin. Plant Biol., 1, 142 (1998).20) J. M. Kooter, M. A. Matzke & P. Meyer: Trends Plant Sci., 4, 340 (1999)..筆者らは以前,遺伝子組換え植物培養細胞における有用物質生産を高い確率で成功に導く「合理的代謝フロースイッチング」と命名した手法を発表し(21)21) T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Sci. Rep., 8, 13203 (2018).,さらに同手法による物質生産に複数成功している(22, 23)22) N. Kitaoka, T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: J. Biosci. Bioeng., 130, 89 (2020).23) N. Kitaoka, T. Nomura, S. Ogita & Y. Kato: Appl. Biochem. Biotechnol., 193, 2061 (2021)..しかし,その後一部の遺伝子組換え細胞においては,継代に伴う生産性の低下がみられている.その原因の検証には着手していないが,継代を経ることによって導入遺伝子領域のエピジェネティックな変化が起こっている可能性が考えられる.こういった場合にも,EM剤を投与することで,付与した有用形質を当初のレベルのまま維持することができるようになることが期待される.

現在私たちが利用することができている植物二次代謝産物は,よほど付加価値が高いものでない限りは,植物体中の含有量が多いもの,もしくは比較的安価かつ簡便なプロセスで化学合成が可能なものである.裏を返せば,植物体中の含有量が少ないものやコスト・技術上の制約のために化学合成による供給が困難なものは,いくら有用性が分かっていても利用できていない.植物培養細胞へのEM剤投与による休眠二次代謝覚醒法によって,そういった有用かつ希少な二次代謝産物の生産レベルの増強が可能となれば,私たちが利用できる植物二次代謝産物の数を飛躍的に増やすことができる.

地球上に存在する約30~40万種の植物種のうち,人類による利用の記録があるものは約3万種といわれている(24, 25)24)斉藤和季:“植物はなぜ薬を作るのか”,文藝春秋,2017.25)斉藤和季:“植物メタボロミクス—ゲノムから解読する植物化学成分—”,裳華房,2019..それら約10%の植物種の中にも未知の二次代謝産物はまだ数多く眠っているに違いなく,残り90%のものも含めればその数は膨大なものになる.しかしながら,有用物質探索源として使いたくても使うことができない希少植物も数多く存在する.そういった採集が制限されている希少植物を対象とした物質探索を進める上でも,少量の植物体切片から樹立可能な培養細胞は,植物体への依存度を下げることができる点で優れている.培養細胞を樹立した上で,EM剤を利用して二次代謝ポテンシャルを発掘し利用していくというスキームは,植物資源の保護と利用の両立を可能とするもので,理にかなっている.

今後の課題

本稿で紹介した研究例は,SBHAの投与によって誘導生産された3-pCQA/3-FQAの生合成最終段階の反応を触媒する酵素(BmHQT1)にのみ焦点を当てた.結果として,同酵素遺伝子領域のヒストンH3のアセチル化レベルの上昇が3-pCQA/3-FQAの生合成の覚醒をもたらしたことを示すことができた.しかしながら,本来EM剤の投与による遺伝子の転写促進作用は,特定の二次代謝生合成遺伝子に留まらず,ゲノム全体に及ぶもののはずである.したがって,SBHAを投与したBm細胞において,ヒドロキシ桂皮酸-CoAやキナ酸に至るまでの生合成遺伝子の転写も活性化しているのか,という疑問は当然出てくる.さらには,それらも含めてトランスクリプトームやメタボローム全体の変動はどうなっているのかといった点も精査する必要がある.また,ヒストンH3中のどのアミノ酸残基のアセチル化が重要なのか,さらにはヒストンH3以外のヒストンタンパク質のアセチル化はどうなっているのかなど,より微視的なレベルでの検証も必要であろう.そういったデータをさまざまな培養細胞において蓄積していくことで,細胞種を問わずEM剤投与による休眠二次代謝覚醒を実現するための必要十分条件が浮かび上がってくるように思われる.

EM剤を植物体に投与すると生育に異常をきたす.EM剤は時間的,空間的に秩序立った遺伝子発現を攪乱するものであるので,それは当然である.一方,脱分化状態にある培養細胞では,植物体の生長・器官分化への影響は考慮する必要はないので,細胞が死なずに目的物質を作ってくれさえすれば,問題になることはないように思われる.ただし,本稿で紹介したHDAC阻害剤の投与だけでなく,DNMT阻害剤の投与によっても投与濃度依存的な細胞増殖レベルの低下が認められる.植物体の生長・器官分化というマクロな視点での影響は考慮しなくてよいとはいえ,細胞小器官の分化など細胞の形態形成というミクロなレベルでの影響は今後精査していく必要があるだろう.

植物培養細胞での目的物質の生産性は,細胞当たりの含有量と細胞量の積で表されるものであるので,EM剤投与条件下でもできるだけ高い増殖レベルが維持される方が望ましい.EM剤が細胞の増殖に対してネガティブな影響を与えるのは,その作用機序からして避けられないとは思われるが,細胞の増殖レベルと目的物質の生産量を可能な限り両立できるよう,より低濃度でEM剤としての効果を示す化合物が開発できないだろうか.現在研究試薬として使用されているEM剤は,本稿中に出てきたSBHAやTSAを含め,決して安くない.細胞毒性が低く,低濃度で著効を示し,なおかつ安価なEM剤の開発は,本手法を大スケールかつ低コストで実施可能な汎用技術としていく上で重要であると考えられる.

Acknowledgments

本稿で紹介した研究の一部は,JSPS科研費「基盤研究(C)」(21K05403, 23K05059)の助成を受けて行われました.

Reference

1) K. Saito & F. Matsuda: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 463 (2010).

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