解説

地球外有機化合物に対する微生物代謝の解明とその酵素系の発見
非生物アミノ酸を効率的に資化するための独自な進化を垣間見る

日比

富山県立大学工学部生物工学科

Published: 2023-02-01

地球上には地球外有機化合物が常に降り注いでおり,生命活動においても見過ごせない影響を与えていると想定される.地球上の生命の中で,微生物は特に多様性が高く,広範囲にわたる化合物に対する物質代謝能を示す.実際,非生物由来である地球外有機化合物を代謝できるように進化してきた微生物も多く存在しており,その寛容性の高さは目を見張るものがある.本稿では,地球外アミノ酸の一種である2-アミノイソ酪酸(Aib)を代謝する微生物について取り上げ,そのユニークな代謝経路を紹介し,代謝酵素の分子進化の過程を推察したい.

Key words: 非ヘム二核鉄モノオキシゲナーゼ; 不斉水酸化反応; 2-アミノイソ酪酸; 2-メチル-D-セリン

はじめに

探査機により天体の表面の土壌を地球に持ち帰る「サンプルリターン」計画が着々と進んでいる.日本の探査機「はやぶさ2」の成果を先駆けとして(1)1) JAXA: 小惑星探査機「はやぶさ2」再突入カプセルの回収結果について,https://www.jaxa.jp/press/2020/12/20201206-1_j.html, 2020.,最近ではNASAの探査機「オシリス・レックス」が大量の小惑星試料の採取に成功している(2)2) NASA: NASA’s First Asteroid Sample Has Landed, Now Secure in Clean Room, https://www.nasa.gov/news-release/nasas-first-asteroid-sample-has-landed-now-secure-in-clean-room/, 2023..「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星「リュウグウ」の試料中から,様々な種類の有機化合物が検出されている(3)3) H. Naraoka, Y. Takano, J. P. Dworkin, Y. Oba, K. Hamase, A. Furusho, N. O. Ogawa, M. Hashiguchi, K. Fukushima, D. Aoki et al.: Science, 379, eabn9033 (2023)..これは,原始地球では小惑星起源の炭素質隕石の飛来を通じて大量の地球外有機化合物が降り注ぎ,最初の生命が誕生するきっかけとなった説を支持する成果であった.大小様々な炭素質隕石が地球上に継続的に降り注いでおり(4)4) J. Rojas, J. Duprat, C. Engrand, E. Dartois, L. Delauche, M. Godard, M. Gounelle, J. D. Carrillo-Sánchez, P. Pokorný & J. M. C. Plane: Earth Planet. Sci. Lett., 560, 116794 (2021).,地球外有機化合物は生命の起源としての役割のみならず,地球上の生物にとってのエネルギー源や炭素,窒素源としても重要な役割を果たしてきたと考えられる.

本稿では,特に生物における地球外アミノ酸の代謝について注目してみる.「リュウグウ」の試料からは15種類のアミノ酸が同定されており,グリシン,アラニン,バリンなどのタンパク質構成アミノ酸や,その他β-アラニン,2-アミノイソ酪酸(Aib),イソバリンなどの非タンパク質構成アミノ酸が含まれる.一般的に生物的なアミノ酸の分解代謝過程では,アミノ基の脱離反応が重要であるが,上記の15種類のほとんどのアミノ酸に関しては,生物親和性が高く,通常のアミノ酸代謝に沿って円滑に分解されると考えられる.これに対して,2つのα,α-ジアルキルα-アミノ酸(Aibとイソバリン)に関しては,少し状況が異なる.アミノ酸からのα水素の引き抜きは,アミノ基の脱離反応において重要なステップである.例えばアミノ基転移反応では,転移酵素の補酵素であるピリドキサールリン酸(PLP)とアミノ基がアルジミンを形成し,アルジミンからα水素が引き抜かれ安定なカルボアニオン中間体を形成し,ケチミンと互変異性化することで進行する(5)5) H. Hayashi: J. Biochem., 118, 463 (1995)..しかし,Aibはα水素を欠いているため引き抜くことができない.Aibの様なα,α-ジアルキルα-アミノ酸類と反応する酵素としては,微生物の持つα,α-ジアルキルグリシンデカルボキシラーゼ(DGD)が知られている(6)6) S. Sun, R. F. Zabinski & M. D. Toney: Biochemistry, 37, 3865 (1998)..DGDはPLPを補酵素として持つ酵素であり,α,α-ジアルキルα-アミノ酸を脱炭酸すると同時にα-アミノ基をピルビン酸に転移して,ケトンとL-アラニンを生成する反応を触媒する.このDGD反応の過程においてもアルジミンが形成するが,α水素が無いため,α-カルボキシル基が脱炭酸することでケチミンが生成される.DGD反応の主目的はピルビン酸をL-アラニンに変換することであり,反応の過程で生じたケトン類は副産物として蓄積することが知られている(7, 8)7) W. B. Dempsey: J. Bacteriol., 97, 182 (1969).8) S. M. Tapia, L. G. Macías, R. Pérez-Torrado, D. Noemi, M. Paloma, Q. Amparo & B. Eladio: BMC Biol., 21, 102 (2023)..すなわち,DGDを持つ微生物はα,α-ジアルキルα-アミノ酸類を窒素源,もしくはわずかなエネルギー源として利用するのみであり,α,α-ジアルキルα-アミノ酸類を資源として有効活用できていないと思われた.

新たな微生物Aib代謝経路の発見

そこで筆者らは,DGDに依存しない,より効率的なAib代謝経路が存在する筈であると考え,微生物スクリーニングによる新規代謝経路の発見を目指した.DGDの関与を除外するため,PLP依存性酵素阻害剤であるアミノオキシ酢酸の存在下で行ったスクリーニングの結果,放線菌Rhodococcus wratislaviensis C31-06株が新規なAib代謝を行う微生物として単離された.C31-06株のAib異化代謝経路を図1図1■R. wratislaviensis C31-06株の示す新規Aib異化代謝経路に要約した.C31-06株は5段階の酵素反応により,Aibを2-メチル-D-セリン(D-MeSer),2-アミノ-2-メチルマロン酸セミアルデヒド(Amms),2-アミノ-2-メチルマロン酸(Amma)を経てL-アラニンを生成し,その後ピルビン酸へと異化することを明らかにした(9)9) M. Hibi, D. Fukuda, C. Kenchu, M. Nojiri, R. Hara, M. Takeuchi, S. Aburaya, W. Aoki, K. Mizutani, Y. Yasohara et al.: Commun. Biol., 4, 16 (2021)..Aib存在下および非存在下で調製したC31-06株のタンパク質サンプルを用いた比較プロテオーム解析の結果,この代謝経路はAibにより誘導されることが明らかになった.Aibを一般的なアミノ酸の分解代謝過程に乗せるためには,いかにしてα-メチル基を1つ外してα水素を形成するかという点が鍵となる.ここで,C31-06株がAibを代謝するために執った戦略では,Aibのメチル基を,D-MeSerのヒドロキシメチル基,Ammsのホルミル基,Ammaのカルボキシル基へと順次酸化し,最終的にカルボキシル基を脱炭酸することでα水素を生じている.

図1■R. wratislaviensis C31-06株の示す新規Aib異化代謝経路

炭素に結合したメチル基の脱離反応(C-脱メチル化)としては,シトクロムP450モノオキシゲナーゼ(CYP)などのヘムモノオキシゲナーゼによる反応が知られている.ステロイド生合成経路におけるCYP51によるlanosterolのC-脱メチル化では,連続した3回の反応によりメチル基を酸化して,最終的にギ酸として脱離する(10)10) A. Z. Shyadehi, D. C. Lamb, S. L. Kelly, D. E. Kelly, W. H. Schunck, J. N. Wright, C. David & A. Muhammad: J. Biol. Chem., 271, 12445 (1996)..しかしこの場合,綺麗にC-脱メチル化できる訳でなく,反応生成物に新たな二重結合が生じる.綺麗にC-脱メチル化できる例としては,エピジェネティクスにおけるα-ケトグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ(DOX)による5-メチルシトシンの脱メチル化反応が挙げられる(11)11) S. Liu, J. Wang, Y. Su, C. Guerrero, Y. Zeng, D. Mitra, P. J. Brooks, D. E. Fisher, H. Song & Y. Wang: Nucleic Acids Res., 41, 6421 (2013)..この反応は連続した3回の反応によりメチル基を酸化して,最終的に二酸化炭素として脱離する.上記のいずれの場合においても,C-脱メチル化のためにはNADPHやα-ケトグルタル酸などをエネルギー源として投入する必要がある.これに対してC31-06株によるAibのC-脱メチル化では,1段階目の水酸化反応で1当量のNADHを消費し,2, 3段階目の脱水素反応で2当量のNADHを生じるため,反応の収支としては1当量のNADHを回収することができる.CYPによる生合成やDOXによる発現制御といった目的とは異なり,C31-06株は飢餓状態でAibを異化する際により多くのエネルギーを回収する必要があるため,独自な進化を遂げてこの様な還元力回収型のC-脱メチル化経路を獲得したのではないかと考えられる.

Aib水酸化酵素の解析

C31-06株のAib異化代謝物において,脱メチル化過程がα水素形成のために重要であったが,特に初発反応であるAibからD-MeSerへの水酸化反応は,その後の反応のきっかけとなる鍵反応である.この反応を触媒するAib水酸化酵素は4つのタンパク質(AibH1, AibH2, AibG, AibF)から構成されていた.このうちFMN含有フェレドキシン:NADオキシドレダクターゼであるAibFとRieske型フェレドキシンであるAibGが電子伝達鎖を構成する.AibH1とAibH2はヘテロ四量体タンパク質複合体を形成し,触媒ユニットとして機能する.AibH1H2は非ヘム二核鉄を活性中心に保持する全く新たなタイプの酵素であることは大きな発見であった(図2図2■AibH1H2のタンパク質立体構造).

図2■AibH1H2のタンパク質立体構造

シアン:AibH1, 緑:AibH2, gray spheres: 亜鉛イオン,orange spheres: 鉄イオン

AibH1とAibH2に関しては,その機能はもとより,アミノ酸配列の新規性が非常に高く,現時点でもゲノムデータベース上に類似のタンパク質配列は見当たらない.このことからAibH1とAibH2はC31-06株が独自の進化の過程でAib異化代謝のために獲得した特別な酵素であるといえる.また天然からC31-06株を取得する際にAibを単一炭素源とした集積培養法を用いているが,集積培養法が通常の微生物単離法やメタゲノム解析などでは捉えられない埋もれた生物機能を掘り出すための強力な手法であることを改めて示す結果ともなった.

触媒ユニットにおいてAibH2が活性中心を含んでおり,二つの鉄イオンが配位していた一方,AibH1は一つの亜鉛イオンが配位していた.したがって,AibH1H2ヘテロ四量体には,二核鉄中心を持つ二つの触媒AibH2サブユニットと,亜鉛イオンを含む二つのAibH1サブユニットが含まれる.水酸化酵素として機能する鉄含有酵素としては,CYP, DOX,非ヘム二核鉄酵素などが知られており,CYPはiron(IV)–oxo porphyrin π-cation radicals(12)12) I. G. Denisov, T. M. Makris, S. G. Sligar & I. Schlichting: Chem. Rev., 105, 2253 (2005).,DOXはnon-heme iron(IV)–oxo species(13)13) M. S. Islam, T. M. Leissing, R. Chowdhury, R. J. Hopkinson & C. J. Schofield: Annu. Rev. Biochem., 87, 585 (2018).,代表的な非ヘム二核鉄酵素である可溶性メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)はbis(μ-oxo)diiron(IV)もしくはmono(μ-oxo)diiron(IV)(14)14) R. Banerjee, J. C. Jones & J. D. Lipscomb: Annu. Rev. Biochem., 88, 409 (2019).といった酸化力の特に強い鉄四価オキソ中間体をそれぞれ酸化反応における性種として用いている.AibH1H2はsMMOと同様に非ヘム二核鉄酵素であるため,類似した鉄四価オキソ中間体を形成すると考えられ,とくに強い酸化力の必要な化学反応への応用展開が期待できる.

AibH1とAibH2はともにアミドヒドロラーゼスーパーファミリー(AHS)に属するタンパク質であり,通常このファミリーに属する酵素は加水分解酵素である.AHSタンパク質の活性中心には単核,または二核の金属イオン結合部位があり,この結合部位を形成するリガンドのアミノ酸配列の保存性により9つのサブタイプに分類されている(15)15) M. C. Seibert & F. M. Raushel: Biochemistry, 44, 6383 (2005)..サブタイプIII, IV, V, VIII, IXは単核金属イオン結合リガンドを持ち,サブタイプI, II, VIは二核金属イオン結合リガンドを持つ.しかしAibH1とAibH2のリガンド配列はともに,上記のいずれのサブタイプにも当てはまらなかった.また,二核鉄イオンを配位して水酸化酵素活性を示すAHSタンパク質としては,AibH1H2とPtmU3(16)16) L. B. Dong, Y. C. Liu, A. J. Cepeda, E. Kalkreuter, M. R. Deng, J. D. Rudolf, C. Chang, A. Joachimiak, G. N. Jr Phillips & B. Shen: J. Am. Chem. Soc., 141, 12406 (2019).の2例が知られているのみである.

では,AibH1H2はどの様な進化の過程を経て生まれたのだろうか? 図3図3■AHSタンパク質の分子系統解析にAHSに属するタンパク質の系統樹を示した.AHSタンパク質は各サブタイプごとにクラスターを形成していることが見て取れる.サブタイプI~VI・VIII・IXは全て加水分解酵素から構成されているが,唯一サブタイプVIIに属するタンパク質は加水分解酵素ではなく,異性化酵素(uronate isomerase)としての機能を持つ.さらにサブタイプVIIのタンパク質は活性部位に金属イオンを保持していないというユニークな特徴を示す.サブタイプVIIタンパク質はAHSタンパク質の中で少し異質なものであるといえる.面白いことに,AHSタンパク質の中で加水分解活性以外の機能を持つものは,系統樹でサブタイプVIIタンパク質の周辺に位置することが見て取れる.上述の水酸化酵素であるAibH1H2とPtmU3,脱炭酸酵素(2,6-dihydroxybenzoate decarboxylase,(17)17) M. Goto, H. Hayashi, I. Miyahara, K. Hirotsu, M. Yoshida & T. Oikawa: J. Biol. Chem., 281, 34365 (2006). salicylic acid decarboxylase,(18)18) X. Gao, M. Wu, W. Zhang, C. Li, R. T. Guo, Y. Dai, W. Liu, S. Mao, F. Lu & H. M. Qin: J. Agric. Food Chem., 69, 11616 (2021). 5-carboxyvanillate decarboxylase(19)19) X. Peng, E. Masai, H. Kitayama, K. Harada, Y. Katayama & M. Fukuda: Appl. Environ. Microbiol., 68, 4407 (2002).)などである.LigYは加水分解酵素(meta-cleavage hydrolase)であるが,C-C結合を加水分解的に切断する活性を持ち,他のAHS加水分解酵素とは機能的に大きく異なる(20)20) E. Kuatsjah, A. C. K. Chan, M. J. Kobylarz, M. E. P. Murphy & L. D. Eltis: J. Biol. Chem., 292, 1829 (2017).

図3■AHSタンパク質の分子系統解析

MOX: monooxygenase, DC: decarboxylase, ISO: isomerase, OG: outgroup, orange spheres: 活性中心の金属イオン数

以上のことから,通常の加水分解活性以外の機能を獲得したAHSタンパク質の一群は,サブタイプVIIと似たような進化経路を辿ってきたと考えられる.活性中心に配位している金属イオンに注目してみると,サブタイプVIIタンパク質は金属イオンを保持しておらず,AibH2とPtmU3は二核鉄イオンを保持していた.AHSの脱炭酸酵素には,単核亜鉛イオンではなく,単核マグネシウムイオンや単核マンガンイオンを保持するものが知られている(21)21) G. Hofer, X. Sheng, S. Braeuer, S. E. Payer, K. Plasch, W. Goessler, K. Faber, W. Keller, F. Himo & S. M. Glueck: ChemBioChem, 22, 652 (2021)..すなわち,この一群のタンパク質は金属イオン結合リガンドにドラスティックな変化が起きることで,活性部位の金属イオン配位様式やそれに伴う酵素活性の変化が生じたのではないかと予想される.

AibH1, AibH2, PtmU3,および機能未知タンパク質4DZIは比較的相同性が高いが,AibH2, PtmU3, 4DZIが二核金属型であり,AibH1のみが単核金属型であった.AibH1とAibH2は共通の祖先タンパク質から分岐進化しており,AibH2は二核鉄活性中心を獲得した一方で,AibH1は酵素活性を失った.AibH1がAibH1H2の非触媒サブユニットとしてどの様な役割を果たしているのかは今のところ不明である.AibH1とAibH2のアミノ酸配列の相同性はわずか28%しかないが,立体構造を並べてみると平均二乗偏差が1.75 Åとよく類似しており,金属イオン結合リガンドも高度に保存されている(図4図4■AibH1およびAibH2の金属イオン結合部位の構造).AibH1は,Asp23,His25,His200,Glu254,Asp327からなるリガンドによって単核亜鉛イオンを配位している.一方でAibH2は,Asp25,His27,His211,Glu265,Asp337,His340からなるリガンドによって二核鉄イオンを配位している.両者のリガンドの違いを生み出しているのは,C末端側のHis残基(AibH2のHis340)のみであるが,AibH1にも同じ相対位置に金属イオン非配位のHis残基(His330)が存在しており,一見二核金属イオンを配位できそうにも見える.しかしながら,AibH1には特徴的なHis残基(His59)がこの近傍に配置しているため,この残基が障害となりAibH1への2個目の金属イオンの配位が妨げられていると考えられる.

図4■AibH1およびAibH2の金属イオン結合部位の構造

2つのメチルセリン脱水素酵素

C31-06株において,Aib水酸化酵素の働きにより生じたD-MeSerは,2種のデヒドロゲナーゼ(AibD1とAibE)による2段階の脱水素反応により,2-アミノ-2-メチルマロン酸(Amma)へ変換される.AibD1は,D-MeSerを2-アミノ-2-メチルマロン酸セミアルデヒド(Amms)に酸化するNAD依存性D-MeSerデヒドロゲナーゼであり,AibEは,AmmsをAmmaに酸化するNAD依存性Ammsデヒドロゲナーゼである.AibCはAmmaデカルボキシラーゼであり,L-Alaが反応産物として生じる.AibAはNAD依存性L-Alaデヒドロゲナーゼであり,L-Alaをピルビン酸を変換する.C31-06株のゲノム中で,これらのAibからピルビン酸に至る代謝酵素タンパク質をコードする遺伝子類はaib遺伝子クラスター構造を形成しているが,このクラスターの近傍に類似機能をもった遺伝子クラスターが配置している(図5図5■R. wratislaviensis C31-06株ゲノム上に見出されたAib代謝関連遺伝子クラスター).これらの遺伝子の並びはaib遺伝子クラスターと非常に近いことから,進化の過程でゲノム領域の重複が起きた結果として生じたものであると考えられる.興味深いことにAib水酸化酵素(AibH1H2GF)をコードする遺伝子は重複されていなかったことから,この遺伝子はゲノム領域の重複後に挿入されたものであると想定される.この“重複”遺伝子クラスターの遺伝子の中には,偽遺伝子となり機能を失っているものもあった.また比較プロテオーム解析において,“重複”遺伝子クラスターにコードされたタンパク質は,Aibの存在下で発現誘導されないものがほとんどであったが,唯一AibD2のみが強く発現誘導されていた.AibD2は3-hydroxyisobutyrate dehydrogenaseファミリーに属するタンパク質であり,同じファミリーに属するD-MeSerデヒドロゲナーゼ(AibD1)と35%の相同性を示した.酵素活性測定の結果,AibD2はL-MeSerと良好に反応するL-MeSerデヒドロゲナーゼであることが明らかになった.C31-06株がAibD1とAibD2という正反対の立体選択性を持つ2つのMeSerデヒドロゲナーゼを保持していることは,遺伝子重複後にそれぞれが独自に進化した結果と考えられ,酵素がどのように立体選択性を獲得していくかを比較考察する対象として非常に興味深い.またC31-06株がAibを厳密な選択性でD-MeSerのみに変換することから,L-MeSerデヒドロゲナーゼの存在意義について謎が残る.一方で,ラセミ体MeSerはAibと同様に隕石中に含まれていることが(22)22) T. Koga, E. T. Parker, H. L. McLain, J. C. Aponte, J. E. Elsila, J. P. Dworkin, D. P. Glavin & H. Naraoka: Meteorit. Planet. Sci., 56, 1005 (2021).,この謎を解く鍵であるのかもしれない.すなわち,C31-06株が隕石中のラセミ体MeSerを全て残さず資化するために,D-MeSerデヒドロゲナーゼだけでなく,L-MeSerデヒドロゲナーゼも必要であったのかもしれない.

図5■R. wratislaviensis C31-06株ゲノム上に見出されたAib代謝関連遺伝子クラスター

おわりに

本稿で説明した通り,C31-06株が独自の進化を経て獲得したAib代謝酵素類は,構造や触媒機能性において非常にユニークなものが多い.このような酵素類のユニークな特徴を活用することで,これまでになかったタイプの産業用生体触媒を開発できる可能性を秘めている.例えば,Aib水酸化酵素は,不活性C–H結合を活性化する生体触媒としての利用が期待できる.Aib水酸化酵素はその強い酸化力や高い位置立体選択性のみならず,可溶性タンパク質として大量発現できることが大きな利点であり,生産性が高い実用的バイオプロセスの構築が見込める.Aibを基質に用いた場合,約84%の収率でD-MeSerが生成可能である.このように,高い酸化反応性を持ち,かつ選択的に働く新規酵素Aib水酸化酵素は,今後酵素触媒の産業利用を拡張していくための基盤技術になると期待できる.

Reference

1) JAXA: 小惑星探査機「はやぶさ2」再突入カプセルの回収結果について,https://www.jaxa.jp/press/2020/12/20201206-1_j.html, 2020.

2) NASA: NASA’s First Asteroid Sample Has Landed, Now Secure in Clean Room, https://www.nasa.gov/news-release/nasas-first-asteroid-sample-has-landed-now-secure-in-clean-room/, 2023.

3) H. Naraoka, Y. Takano, J. P. Dworkin, Y. Oba, K. Hamase, A. Furusho, N. O. Ogawa, M. Hashiguchi, K. Fukushima, D. Aoki et al.: Science, 379, eabn9033 (2023).

4) J. Rojas, J. Duprat, C. Engrand, E. Dartois, L. Delauche, M. Godard, M. Gounelle, J. D. Carrillo-Sánchez, P. Pokorný & J. M. C. Plane: Earth Planet. Sci. Lett., 560, 116794 (2021).

5) H. Hayashi: J. Biochem., 118, 463 (1995).

6) S. Sun, R. F. Zabinski & M. D. Toney: Biochemistry, 37, 3865 (1998).

7) W. B. Dempsey: J. Bacteriol., 97, 182 (1969).

8) S. M. Tapia, L. G. Macías, R. Pérez-Torrado, D. Noemi, M. Paloma, Q. Amparo & B. Eladio: BMC Biol., 21, 102 (2023).

9) M. Hibi, D. Fukuda, C. Kenchu, M. Nojiri, R. Hara, M. Takeuchi, S. Aburaya, W. Aoki, K. Mizutani, Y. Yasohara et al.: Commun. Biol., 4, 16 (2021).

10) A. Z. Shyadehi, D. C. Lamb, S. L. Kelly, D. E. Kelly, W. H. Schunck, J. N. Wright, C. David & A. Muhammad: J. Biol. Chem., 271, 12445 (1996).

11) S. Liu, J. Wang, Y. Su, C. Guerrero, Y. Zeng, D. Mitra, P. J. Brooks, D. E. Fisher, H. Song & Y. Wang: Nucleic Acids Res., 41, 6421 (2013).

12) I. G. Denisov, T. M. Makris, S. G. Sligar & I. Schlichting: Chem. Rev., 105, 2253 (2005).

13) M. S. Islam, T. M. Leissing, R. Chowdhury, R. J. Hopkinson & C. J. Schofield: Annu. Rev. Biochem., 87, 585 (2018).

14) R. Banerjee, J. C. Jones & J. D. Lipscomb: Annu. Rev. Biochem., 88, 409 (2019).

15) M. C. Seibert & F. M. Raushel: Biochemistry, 44, 6383 (2005).

16) L. B. Dong, Y. C. Liu, A. J. Cepeda, E. Kalkreuter, M. R. Deng, J. D. Rudolf, C. Chang, A. Joachimiak, G. N. Jr Phillips & B. Shen: J. Am. Chem. Soc., 141, 12406 (2019).

17) M. Goto, H. Hayashi, I. Miyahara, K. Hirotsu, M. Yoshida & T. Oikawa: J. Biol. Chem., 281, 34365 (2006).

18) X. Gao, M. Wu, W. Zhang, C. Li, R. T. Guo, Y. Dai, W. Liu, S. Mao, F. Lu & H. M. Qin: J. Agric. Food Chem., 69, 11616 (2021).

19) X. Peng, E. Masai, H. Kitayama, K. Harada, Y. Katayama & M. Fukuda: Appl. Environ. Microbiol., 68, 4407 (2002).

20) E. Kuatsjah, A. C. K. Chan, M. J. Kobylarz, M. E. P. Murphy & L. D. Eltis: J. Biol. Chem., 292, 1829 (2017).

21) G. Hofer, X. Sheng, S. Braeuer, S. E. Payer, K. Plasch, W. Goessler, K. Faber, W. Keller, F. Himo & S. M. Glueck: ChemBioChem, 22, 652 (2021).

22) T. Koga, E. T. Parker, H. L. McLain, J. C. Aponte, J. E. Elsila, J. P. Dworkin, D. P. Glavin & H. Naraoka: Meteorit. Planet. Sci., 56, 1005 (2021).