Kagaku to Seibutsu 62(2): 82-87 (2024)
解説
クチナーゼCut190のPET分解能向上による実用化のための基盤及び実証研究
酵素によるプラスチック分解
PET Degradation by Cutinase Cut190 with Improved Activity: Plastic Degradation by Enzyme
Published: 2024-02-01
プラスチックの分解やリサイクルに,酵素の利用が期待されている.本稿では,クチナーゼを高機能化し,PETを効率的に分解した結果や,弱いCa2+結合により機能発現する酵素の構造機能相関をご紹介する.
Key words: 酵素; 結晶構造; 熱安定性; 高機能化; カルシウムイオン結合
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
廃棄プラスチック問題,これまで我々の生活に浸透していたプラスチックが,ここまで問題視されるとは,筆者自身,驚くとともに喫緊の課題と危機感すら覚える.マイクロプラスチックを如何に回収するか,二酸化炭素排出を抑え如何に低エネルギーでプラスチックを分解し再利用するか…未来に向けて課せられた重要課題で,科学者の力量を試されているようでもある.主要プラスチックの1つであるポリエチレンテレフタラート(PET)は,エステル結合による重合体であり,エステラーゼやリパーゼ,クチナーゼに分類される酵素による分解が可能で,PETのリサイクルというSDGsの観点からも期待されている(1)1) V. Tournier, S. Duquesne, F. Guillamot, H. Cramail, D. Taton, A. Marty & I. S. André: Chem. Rev., 123, 5612 (2023)..酵素によるPET分解で注意すべき点として,PETは常温で固体であり,同状態での酵素反応では,PET表面のみ分解され,PET内部は分解されないことが挙げられる.PETの非晶部分が流動性をもち軟化するガラス転移点(固化状態(ガラス状態)とゴム状態の境目の温度)は約70°Cであることから,同温度以上での酵素反応であれば,PET内部の酵素分解が可能になる.すなわち,酵素に70°Cでも機能発現可能な耐熱性が求められる.関連研究として,フランスのCarbios社が中心に進めているPETバイオリサイクルプラントで採用されている酵素,Leaf-branch compostクチナーゼ(LCC)の耐熱化変異体が先行しているが(1, 2)1) V. Tournier, S. Duquesne, F. Guillamot, H. Cramail, D. Taton, A. Marty & I. S. André: Chem. Rev., 123, 5612 (2023).2) V. Tournier, C. M. Topham, A. Gilles, B. David, C. Folgoas, E. Moya-Leclair, E. Kamionka, M.-L. Desrousseaux, H. Texier, S. Gavalda et al.: Nature, 580, 216 (2020).,本稿では,筆者らが対象とする放線菌Saccharomonospora viridis AHK190由来クチナーゼCut190について(3, 4)3) F. Kawai, M. Oda, T. Tamashiro, T. Waku, N. Tanaka, M. Yamamoto, H. Mizushima, T. Miyakawa & M. Tanokura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 10053 (2014).4) M. Oda: Biophys. Physicobiol., 18, 168 (2021).,その特徴でもあるCa2+存在下で活性化する分子機構にも焦点をあて概説する.
クチナーゼは,菌が植物の表皮を覆うクチクラ層を通過する際,クチクラを構成するポリマーの1つであるクチン(ポリエステルポリマー)を分解する.LCCもCut190もエステル結合を加水分解し,各野生型の熱安定性も高いことから,アミノ酸置換による高機能化が精力的に行われた.Cut190の熱変性中点温度(Tm)は約56°Cで,Ca2+存在下では,その濃度依存的に70°C程度まで上昇する(3)3) F. Kawai, M. Oda, T. Tamashiro, T. Waku, N. Tanaka, M. Yamamoto, H. Mizushima, T. Miyakawa & M. Tanokura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 10053 (2014)..Cut190はSer176が活性残基となり,Asp222, His254とともに触媒三残基Catalytic triadを形成し,セリンプロテアーゼと同様に,基質のオキシアニオンを安定化するoxyanion holeが存在する.本研究開始当初,関連酵素で高く保存されているアミノ酸に置換したS226P/R228S変異により,活性,熱安定性,ともに上昇することを見出し,この変異体Cut190*を鋳型にさらなる高機能化変異体を探索した(5, 6)5) M. Oda, Y. Yamagami, S. Inaba, I. Oida, M. Yamamoto, S. Kitajima & F. Kawai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 10067 (2018).6) A. Senga, N. Numoto, M. Yamashita, A. Iida, N. Ito, F. Kawai & M. Oda: J. Biochem., 169, 207 (2021)..その結果の1つとして,Cut190*のC末端3残基を欠損させることでも,活性,熱安定性,ともに上昇し,Tmは65°C,2.5 mM Ca2+存在下で73°Cとなり,この変異体をCut190**と命名した.Cut190*やCut190**,さらに活性残基のSer176をAlaで置換した不活性型変異体のX線結晶構造解析により,高分解能の立体構造情報を取得,Cut190のCa2+結合・解離に伴う構造変化や機能発現機構の知見を得るとともに,高機能化に向けた基盤情報を獲得した(6, 7)6) A. Senga, N. Numoto, M. Yamashita, A. Iida, N. Ito, F. Kawai & M. Oda: J. Biochem., 169, 207 (2021).7) N. Numoto, N. Kamiya, G.-J. Bekker, Y. Yamagami, S. Inaba, K. Ishii, S. Uchiyama, F. Kawai, N. Ito & M. Oda: Biochemistry, 57, 5289 (2018)..図1図1■Cut190*の結晶構造は,Cut190**のCa2+結合状態と非結合状態を重ねたもので,Site 1, 2, 3で示す3ヵ所のCa2+結合部位の存在や,Ca2+結合に伴いSite 1から活性部位に至るループ構造に変化があることが見て取れる.特にSite 1について,Phe 77の側鎖部分が,Ca2+結合に伴いPhe81側鎖に置き換わっていることは特徴的である.さらにSer176周辺に着目すると,図1図1■Cut190*の結晶構造からも明らかなように,Ca2+結合に伴い基質結合部位が広がっている.前述のように,Cut190の活性は,Ca2+存在下で発現することからも,Ca2+結合に伴い基質結合が可能となる構造変化がCut190の機能発現と密接に関連すると考えられる.さらに特筆すべき点として,Cut190*S176Aと脂肪族基質との複合体の結晶構造では,加水分解反応前後での各構造が観測され,いずれにおいてもSite 1へのCa2+結合が認められなかった.この結果は,基質結合後に活性発現に寄与するSite 1に結合したCa2+は解離し,closed構造に近く基質が活性部位に結合したengaged構造に変化して,加水分解反応を進めると解釈できる.これまで多くの酵素での金属イオンによる制御は,金属イオンが結合したままの状態での構造変化に伴う機能発現が想定されてきたが,図2図2■Cut190変異体の複数の結晶構造から考えられる立体構造変化に示すように金属イオンの結合だけでなく解離することも,酵素の機能発現に繋がるという分子機構は,極めて重要な発見と考えられる.さらにCut190へのCa2+結合力は,Zn2+やMn2+など他の二価金属イオンよりも弱いことも注目に値する(8)8) A. Senga, Y. Hantani, G.-J. Bekker, N. Kamiya, Y. Kimura, F. Kawai & M. Oda: J. Biochem., 166, 149 (2019)..Zn2+やMn2+存在下でも,Cut190の酵素機能は発現するも,その程度はCa2+存在下よりも低く,機能発現する各金属イオン濃度はCa2+の濃度域よりも低い.これらの結果を踏まえて考察すると,Cut190への金属イオン結合は,結合と解離を繰り返すような「弱さ」が重要で,この結合解離に伴い,溶液中のCut190のopen型やclosed型の各構造分布が変化することで,機能発現するのではないかと考えられる.既存手法では,弱い結合の観測は難しく,さらにタンパク質側の過渡的な立体構造や動的構造変化の観測も難しい.図3図3■ITCでの滴定曲線左に示すように,等温滴定熱量計(ITC)でCa2+滴定は結合熱として観測されないが,結合しないと断じることはできず,実際には結晶構造や質量分析で観測され,ITC実験条件下では検出限界以下であることは,他のサンプルでも同様に留意すべき点と考えられる.本研究では,静的な立体構造を高分解能で解明できるX線結晶構造解析により,Ca2+や基質が結合,または解離する複数の状態を明らかにし,各構造を繋ぐ動的挙動を分子動力学シミュレーションにより,さらに溶液中でのCut190各状態の運動性や各金属イオン結合を熱測定により解明するなど,多角的かつ統合的な解析により得られた知見と言える.
図1■Cut190*の結晶構造
Ca2+結合状態のopen構造(緑色リボンモデル)とCa2+非結合状態のclosed構造(青色リボンモデル)の重ね合わせ.球(緑色と紺色)はCa2+を表し,一部アミノ酸残基の側鎖をスティックモデルで表す.
Cut190のCa2+結合部位と考えられるSite 1, 2, 3のうち,Site 2では,Glu220, Asp250, Glu296の酸性残基がCa2+結合に関わり,これまでの各種変異体の解析結果から,Site 2への金属イオン結合が安定性の向上に大きく貢献することが示唆されている.さらにAsp250とGlu296の各側鎖は,立体構造上,近接することから,個々をCysに変異させ,分子内ジスルフィド結合を形成させ安定化を目論んだところ,図4図4■Cut190*SS_S176Aの結晶構造に示すように結晶構造解析でCys250-Cys296間のジスルフィド結合が観測され,熱安定性も期待通りTmが56°Cから79°Cに大きく向上した(5)5) M. Oda, Y. Yamagami, S. Inaba, I. Oida, M. Yamamoto, S. Kitajima & F. Kawai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 10067 (2018)..一般的に,分子内ジスルフィド結合の導入による安定化は,酵素機能を考えると「諸刃の剣」になることが多い.すなわち,分子内結合を強めた結果,タンパク質の構造柔軟性が低下して,十分な機能を発揮できないことがある.このような危惧に反して,Cut190ではD250C-E296C変異導入でも,室温での脂肪族基質poly(butylene succinate-co-adipate)(PBSA)に対して,酵素機能の指標となるkcat/Km値に大きな変化は認められなかった.タンパク質の安定化と機能の両輪に関する構造機能相関は,タンパク工学的にも重要で,ジスルフィド結合導入にもかかわらず機能発現に必須な構造柔軟性は維持されたと考えられ,その要因となるタンパク質の動的構造の理解が,今後の研究の重要課題の1つとなる.さらにPET分解の応用の観点から注目すべき結果として,各酵素を70°C付近で1時間程度保持した場合,ジスルフィド結合導入前のCut190では失活するのに対して,導入後では70%以上の酵素活性を保持した(9)9) M. Emori, N. Numoto, A. Senga, G.-J. Bekker, N. Kamiya, Y. Kobayashi, N. Ito, F. Kawai & M. Oda: Proteins, 89, 502 (2021)..この結果は,分子内ジスルフィド結合導入Cut190変異体が,PET分解に利用できることを強く示唆している.そこで我々は,一連の変異体を用いた解析結果を踏まえて,Cut190*にQ138A/D250C-E296C/Q123H/N202H変異を加えた高機能型をCut190*SSと命名し(Cut190**に同変異を加えた高機能型をCut190**SSと命名),これらを鋳型としてさらなる高機能化変異体を探索するとともに,Cut190*SSやその不活性型のCut190*SS_S176Aを用いて構造機能物性の解析を行った.X線結晶構造解析の結果,ジスルフィド結合導入変異体でも,Site 1へのCa2+結合状態ではopen型構造を(図4図4■Cut190*SS_S176Aの結晶構造),非結合状態ではclosed型構造を示し,Ca2+存在下で活性化する分子機構が,ジスルフィド結合導入の有無にかかわらず同様であることが示唆された(9)9) M. Emori, N. Numoto, A. Senga, G.-J. Bekker, N. Kamiya, Y. Kobayashi, N. Ito, F. Kawai & M. Oda: Proteins, 89, 502 (2021)..一方,Cut190*SSのTmは82°Cで,2.5 mM Ca2+存在下でのTmは83°Cと,Ca2+添加に伴う安定化効果は,極めて小さくなった.Mn2+添加時もその安定化効果は小さく,これらの結果は,Site 2への金属イオン結合に伴う安定化を,ジスルフィド結合導入で代替したことを示唆する.ただし,ジスルフィド結合導入前では観測されたZn2+やMn2+の結合熱(図3図3■ITCでの滴定曲線右)が,ITCで観測されなかった.この結果は,ジスルフィド結合導入前は,Site 2への金属イオン結合が他のSiteに比して強く,結合熱としてZn2+やMn2+の結合が観測できたのに対して,Site 2のAsp250とGlu296をCysに変異させたことで,同部位への金属イオン結合が弱くなったためと考えられる.活性発現に重要なSite 1への金属イオン結合が,どのように変化したかは,観測できない結合からは断定できないが,活性発現の程度がCa2+で最も大きいこと,特にZn2+ではCa2+より低濃度域で活性化すること,Zn2+濃度依存的に酵素の凝集が認められる結果などを踏まえると,ジスルフィド結合導入にかかわらず,Site 1へのCa2+結合は弱く,酵素機能発現に重要な構造柔軟性も維持されているものと考えられる.弱いCa2+結合は,Cut190に対する結合と解離を容易にし,あわせてCut190側の構造変化も最適化して,機能発現するものと考えられる.
LCCは日本の研究グループにより,メタゲノム解析からクローニングされ,立体構造も決定された(10)10) S. Sulaiman, D. J. You, E. Kanaya, Y. Koga & S. Kanaya: Biochemistry, 53, 1858 (2014)..その後,フランスのCarbios社が中心に,LCCの高機能化変異体を用いたPET分解の実証化研究が進められている(1)1) V. Tournier, S. Duquesne, F. Guillamot, H. Cramail, D. Taton, A. Marty & I. S. André: Chem. Rev., 123, 5612 (2023)..LCCとCut190のアミノ酸配列相同性は高く,立体構造も似ている.Ca2+濃度依存的に活性化,及び熱安定化するのはCut190の特徴だが,LCCもCa2+濃度依存的に熱安定化する(2)2) V. Tournier, C. M. Topham, A. Gilles, B. David, C. Folgoas, E. Moya-Leclair, E. Kamionka, M.-L. Desrousseaux, H. Texier, S. Gavalda et al.: Nature, 580, 216 (2020)..アミノ酸置換による熱安定化で,LCCのD238C/S283C変異による分子内ジスルフィド結合導入よりTmが約10°C上昇すると2020年に論文報告されている(2)2) V. Tournier, C. M. Topham, A. Gilles, B. David, C. Folgoas, E. Moya-Leclair, E. Kamionka, M.-L. Desrousseaux, H. Texier, S. Gavalda et al.: Nature, 580, 216 (2020)..同部位は,Cut190のD250C/E296Cに相当し,2018年に論文報告した我々の結果とも一致する(5)5) M. Oda, Y. Yamagami, S. Inaba, I. Oida, M. Yamamoto, S. Kitajima & F. Kawai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 10067 (2018)..ただしLCCのD238C/S283C変異体のTmは94°Cで,Cut190*SSより約12°C高い.その要因は,LCCとCut190のアミノ酸の違い,特にタンパク質構造のパッキングや溶媒露出残基に起因すると考えられる.一方,活性に影響する変異部位として,基質結合部位に着目すると,LCCではY127G変異が,Cut190ではQ138A変異が,個々の論文で報告されている(2, 5)2) V. Tournier, C. M. Topham, A. Gilles, B. David, C. Folgoas, E. Moya-Leclair, E. Kamionka, M.-L. Desrousseaux, H. Texier, S. Gavalda et al.: Nature, 580, 216 (2020).5) M. Oda, Y. Yamagami, S. Inaba, I. Oida, M. Yamamoto, S. Kitajima & F. Kawai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 10067 (2018)..これら各変異部位は,両酵素の立体構造上も対応する残基で,基質結合に関わり,特にLCCではTyrをGlyにすることで,PETの芳香環との結合を弱めるなど,基質結合能を弱めることが予想される.酵素全般の触媒能で考慮すべき重要な点として,酵素は遷移状態を安定化することで活性を高めるが,基質結合状態の不安定化も活性向上に貢献する.基質との親和性は弱いものの,遷移状態では強く結合できることが理想的であるが,アミノ酸置換によりKm値を小さくすると,同時にkcat値も小さくなり,活性を高められないといった結果は,Cut190の一連のアミノ酸置換体でも多く認められた(5)5) M. Oda, Y. Yamagami, S. Inaba, I. Oida, M. Yamamoto, S. Kitajima & F. Kawai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 10067 (2018)..基質結合だけでなく,酵素反応後に生成する反応産物が酵素に結合したままでは酵素機能の低下に繋がることも(生成物阻害),考慮すべき点である.LCCの高機能化変異体の変異部位に倣い,Q138G変異や,LCCでのF243Iに相当するF255I変異の効果も,興味深いところである.
酵素によるPET分解の実用化に向けて,酵素の機能向上とともに,PET被分解性や反応条件の検討も重要となる.前者について,一般的にPET表面は分解されやすい一方,PET内部を如何に効率的に分解するかがカギとなり,そのためには,1)PETガラス転移温度付近での反応,2)PETの結晶化度を下げる,3)PETの表面積を増やす,等が分解効率の上昇に繋がると考えられる.3)について,物理的にPETを微粉化することが有効と考え,ホモジナイザーを用いてPETを微粉化した.ホモジナイザー使用時,摩擦熱で高温状態になると,PETの結晶化度が高くなることから,PETを氷水中に置き冷却しながら微粉化する等の対処が必要となる.PETを微粉化することで,PETの表面積が増加し,酵素による分解効率の向上が期待される.図5図5■微粉化したPETをCut190**SSで加水分解した反応産物には,実際に微粉化したPETをCut190**SSで処理し,その反応産物を逆相HPLCで分析した結果を示す.反応産物として,テレフタル酸(TPA)やモノ-2-ヒドロキシエチルテレフタル酸(MHET)が検出され,ビス-2-ヒドロキシエチルテレフタル酸(BHET)はごく微量しか検出されなかった.これはCut190*がBHETを基質としてMHETを産出する結果とも一致する(11)11) Y. Hantani, H. Imamura, T. Yamamoto, A. Senga, Y. Yamagami, M. Kato, F. Kawai & M. Oda: AIMS Biophys., 5, 290 (2018)..酵素によるPET分解の効率化では,反応溶液中にSDS等の界面活性剤を添加する等の報告もあるが,我々は反応容器を加圧することでの効率化を目論んだ.加圧下でのCut190*の構造安定性を赤外分光で解析した結果,300 MPaまでは立体構造に大きな変化はなく,熱変性でのTmに相当する変性転移圧力は730 MPa付近であることが明らかになった(11)11) Y. Hantani, H. Imamura, T. Yamamoto, A. Senga, Y. Yamagami, M. Kato, F. Kawai & M. Oda: AIMS Biophys., 5, 290 (2018)..そこで400 MPaまでの分解効率を解析したところ,100 MPa, 70°Cでの効率が高いとの結果が得られた.PET分解を加圧下で行うことを想定した場合の実験装置としての汎用性を考えると,100 MPa程度での反応は現実的であり,現在,高圧反応試作機を用いて,解析を進めている.
CO2排出を抑え地球に優しい廃棄プラスチックの処理,さらにPETのリサイクルを含むSDGsへの貢献は喫緊の課題で,世界各地で研究開発が進められている.その中で酵素によるPET分解は最も理想的な解決策の1つと位置付けられる.我々は主にタンパク質科学的なアプローチにより,酵素の高機能化に取り組み,一定のレベルに達したので,PETの微粉化や高圧下での反応など,実証研究にも取り組んでいる.実用化にあたっては,コストの問題などクリアすべき課題も多いが,関連して思い起こされるのは抗体医薬の発展である.1990年代,タンパク質医薬品はコスト面で将来性が無いのではと囁かれるも,現在,抗体医薬など多くのタンパク質医薬品が活用されている.Cut190はCa2+により活性化され,安定化する.この機能や物性の変化には,動的挙動を含む酵素の立体構造変化が密接に関連しており,その分子機構の解明は,タンパク質全般,例えばStructure-based drug design(SBDD)にも貢献する知見となる.改めて基礎研究の重要性を認識するとともに,その成果が,環境や生命の問題解決に繋がることを期待したい.
Reference
4) M. Oda: Biophys. Physicobiol., 18, 168 (2021).
8) A. Senga, Y. Hantani, G.-J. Bekker, N. Kamiya, Y. Kimura, F. Kawai & M. Oda: J. Biochem., 166, 149 (2019).
10) S. Sulaiman, D. J. You, E. Kanaya, Y. Koga & S. Kanaya: Biochemistry, 53, 1858 (2014).