海外だより

英国ケンブリッジ大学の研究環境に身を置いて
私の楽しい研究留学体験記

Shinpei Uno

宇野 晋平

ケンブリッジ大学MRCミトコンドリア生物学研究所

Published: 2024-02-01

筆者は2022年4月から英国ケンブリッジ大学MRC Mitochondrial Biology Unit(MBU)のMichael Murphy教授(以下Mikeと記載します)のもとにポスドクとして留学をはじめ,ケミカルバイオロジーをベースとしたミトコンドリア研究に携わっています.この度は「海外だより」という形で私の経験をお伝えする機会をいただけましたので,個人的な体験談を中心にとりとめのない文章ですが,いろいろと書かせていただきました.仕事の隙間時間にコーヒーのお供として気軽に読んでいただけると幸いに思います.

留学が決定するまで

はじめに留学が確定するまでのいきさつについてお話しします.私が研究留学を考え始めたのはD1の冬頃でした.特別なきっかけがあったわけではないのですが,強いて言えば,海外のレベルの高い研究施設で研究をしてみたいなという漠然とした気持ちと,先に就職した友人たちの志高く仕事に向き合っている話を聞いて,自分も博士号を取得後に大きなことに挑戦する気持ちを持たないと研究者として大成できないだろうと感じたためです.そこで,英会話の勉強を始め来夏に参加する予定であった国際学会でなんとか自分を売り込もうと考えていました.その時は,当時の研究テーマだった呼吸鎖複合体-I(ミトコンドリアNADH-ユビキノン酸化還元酵素)の酵素学の研究をしている,MBU内のMikeとは別のラボにコンタクトをとってみようと考えていましたが,残念なことにCOVID-19の影響でその国際学会に参加する機会を失ってしまいました.当初は落ち込みましたが,不思議なことにそのことがかえって私の好奇心を駆り立てて絶対に海外に出てやるぞという気持ちをいっそう強く持つようになりました.そのことを当時の指導教官である三芳秀人先生に相談したら,海外に行くのはいいが現在の研究を継続するだけで本当にいいのか,もう少し視野を広げた方がいいんじゃないかというようなことを言われました.似たような研究テーマをこのまま続けるという点は私自身しこりに思っていた点でもあったため,自分が将来どのような研究者になりたのか,そのためにどういう選択をすべきかということを改めて考え直しました.そして,複合体-I以外にも幅広くミトコンドリアの研究をしており,私自身よく好んで論文を拝読していたMikeのラボにアポを取ることを決心しました.三芳先生がMikeと顔見知りだったこともあり,私が連絡を送るに先立って一通のメールを送ってもらえて,その助けもあって何とかMikeとアポを取ることができました(この辺りは私は本当にラッキーであり,三芳先生にはとても感謝しています).そしてZoomミーティングをしたところ,自分で奨学金を取れるならば来ていいよということになりました.相談して組み立てた研究計画は当時の研究内容とは大きく異なるものだったので,その勉強や申請書の作成には多少なりとも苦労しましたが,幸いにもいくつかの奨学金を取得することができました.留学経験も国際学会参加経験もない私でしたが,このような形で目的としていた英国ケンブリッジへの海外留学に踏み出すことができました(図1図1■MRC-MBUの研究棟(上)とケンブリッジの街並み(下)).

図1■MRC-MBUの研究棟(上)とケンブリッジの街並み(下)

ケンブリッジでの生活

英国は寒いというイメージが強いかと思いますが,ケンブリッジの夏は湿度は高くなく快適であり冬でも雪が降ることはあまりないため,私の体感としては博士課程を過ごしてきた京都よりも過ごしやすい気がします.年によって違うかもしれませんが,雨が降ることも思ったよりも多くなくて,降ったとしてもゲリラ豪雨のように強いことはほとんどないです.ケンブリッジにはパブがたくさんあり,ビールも店舗ごとに品ぞろえが違うのでお酒が好きな人にとっては最高の環境だと思います.インターナショナルな都市であるため多国籍のレストラン(日本食ももちろん)があり,アジアンスーパーもいくつかあって日本の食材・調味料を集めるのに困ることもあまりありません.物価は高いのでレストランで食事すると20£(日本円で3~4000円)くらいは平気でしますし,大学の食堂であっても一食10£程度はします.一方で,スーパーの食材の値段は日本と大きくは変わらないので,自炊をすれば生活費を抑えられます.住むところはPh.Dの学生はほとんどの場合,シェアハウスやカレッジの寮に滞在します.ポスドクもカレッジに入ることはできますが,私の場合はannexと呼ばれる,昔ながらの日本の家屋にある「離れ」のような場所を借りて過ごしています.ロンドン程ではないと思いますが家賃は高額で,ケンブリッジでは日本の1DKのような部屋を借りる場合は1500£/monthくらいが相場だと思います.さらに,ケンブリッジでの家探しはとりわけ難しいといわれています.私の場合はシェアハウスに少し抵抗があったため,一人暮らしのできる場所を探していました.こちらに来る2か月前くらいから探し始めていたものの,渡英予定の4月になっても決められませんでした.そのため,渡英2日前にAirbnbで何とか1か月分の泊まるところを確保して,渡英後に5件くらい電話してやっとのことで契約することができました.ただ,後々そのことを話していると5件のアポで見つけられたなら運がいいほうだよと言う人もいたので,ケンブリッジに留学する可能性がある人は覚悟した方がいいかもしれません.

ケンブリッジは基本的には田舎なので遊べるようなところはそんなにありませんが,サイクリングをすれば自然豊かな景色を楽しめますし,カレッジや博物館などは無料で入れるのでそれらを見て回るのは楽しいです(図2図2■ケンブリッジでの過ごし方).ですが,私の場合は数か月程度で飽きてしまいました.そのため,私は週末にロンドンへとよく出かけます.うれしいことにロンドンまでの往復切符が地下鉄の乗り放題も込みで15£程度と良心的なのです.ロンドン以外にも,ケンブリッジからは片道1時間足らずで空港へと行けるため,格安航空を使ってヨーロッパ圏の他の国へと旅行をすることも可能です.私も長期休暇をとってフランスやイタリアへ行って研究の疲れを癒しています.

図2■ケンブリッジでの過ごし方

サイクリングをすればきれいな風景(上),カレッジに入ればステンドグラス(下)など英国らしさを感じられる.

また,ケンブリッジ大学には私以外にも日本人はたくさんいます.MBUには私も含め現在3人の日本人がいますが,所属する研究棟周辺に目を向けると私の知っているだけで15人以上はいます.そのため,ケンブリッジ大学全体ではもっといるはずです.私の場合は知り合いの研究者の方々と集まって飲みに行ったりもよくします.一人で研究留学をするとよく孤独との戦いがあるということを耳にしますが,このような恵まれた環境のためケンブリッジではその心配は必要ありません.

筆者の研究

筆者は,所属する研究所の名前の通り,ミトコンドリアに関する研究をしています.ミトコンドリアはTCA回路や酸化的リン酸化によるATP合成など,代謝の中心を担うオルガネラであるということは知られていると思いますが,これら以外にも様々な側面を持ち合わせています.ミトコンドリアの形態変化を主に着目する研究者もいれば,ゲノミクスに着目する研究者もいます.これらの研究においてミトコンドリア機能を評価する場合,様々な化学ツールを用いることが可能です.例えば,ミトコンドリア指示薬Mito-TrackerやTMRMという分子は分子生物学を専攻する人にはなじみのある分子なのではないでしょうか.活性酸素の発生を計測するMito-SOXは医科学系や生化学を専攻する人は一度は目にしたことのある分子なのではないでしょうか.これらの分子はミトコンドリア内にオルガネラ選択的に蓄積することで,ミトコンドリア分析を可能にする有効なツール化合物であり,これまでに数多くの論文にて使われてきた実績があります.私はこのミトコンドリア選択的に低分子を送達するという方法論に着目し,いくつかの研究を展開しています.着任当初は,ミトコンドリア標的型化合物の物理化学的な性質に着目した研究を進めていました(1)1) S. Uno, A. H. Harkiss, R. Chowdhury, S. T. Caldwell, T. A. Prime, A. M. James, B. Gallagher, J. Prudent, R. C. Hartley & M. P. Murphy: ChemBioChem, 24, e202200774 (2023)..現在はミトコンドリアの酸化ストレスをin vivoで分析することを可能にする分子ツールの開発,およびミトコンドリアのタンパク質翻訳機能を評価する分子ツールの開発という二つのメインテーマを軸に研究を展開しています.これら以外にも,ミトコンドリアの代謝物や脂質分析なども共同研究の一環として進めています.博士課程時代の研究は有機合成と酵素化学が中心だったため,有機化学やタンパク質の立体構造に関する論文を読むことが多かったのですが,現在では有機合成は共同研究で他のラボに委託しているということもあり,私が読む文献はメタボロームやミトコンドリア生物学に関するものへと変化していきました.新しいことをやれる新鮮さと知識の幅が広がっていることを実感しながら毎日楽しく研究に向き合っています.

MBUにおける研究環境

MBUは現在11人のグループリーダー(PI)によって運営されており,それぞれが独自の視点からミトコンドリアに関する研究を展開しています.博士課程の学生が30人程度,ポスドク・テクニシャンがおよそ50人程度所属しております.研究所にはあらゆる最新の機器が共同設備として導入されており,許可を得れば自由に使うことができます.分業制もしっかりと確立されています.ラボレベルではマネジメント業務を担当する人や,ラボが所有する大型機器の管理をするテクニシャンなどがいて実験において様々なサポートをしてくれます.研究所レベルでは事務作業を担当する部署はもちろん,器具の洗浄を担当する部署やIT関連の部署などがあり,私たち研究者が研究に専念できる素晴らしい環境が整っています.

その他にも研究者にとって魅力的な面が数多くあります.例えば,MBUでは1か月に1,2回程度,国内外を問わず外部の有名な研究者を招待し講演していただくということが行われます.あらゆるミトコンドリア研究に関する講演を聞けるため,ミトコンドリアに関して幅広く勉強できる非常に有意義なものです.ポスドクやPh.D学生との交流も盛んに行われており,ラフな形の論文紹介・研究発表会に加え,夏にはBBQや毎月第一金曜日には定期的に飲み会も開かれたりします.個人的に驚いたのは,そのような場で提供される飲食費はMBUが負担してくれるというところです.そのため,多くの人が気軽に参加し様々な情報交換が行われます.このような場に積極的に参加することで別のラボの人とも仲良くなれます.英語でのコミュニケーションに苦労している私なので日本人同士で集まってしまいがちですが,これらの交流を通してプライベートでも楽しく飲みに行ける友人ができました.そのような友人が近くにいるというのは留学を楽しく健康的に過ごす一つの重要な要素だと思います(図3図3■他のラボのメンバーとの交流).

図3■他のラボのメンバーとの交流

筆者(左)とMayuko(真ん中),Dane(右)はMBU内の所属ラボは違うものの,プライベートでよく集まって飲んでいます.

Mikeのラボでは現在Ph.Dの学生4人,テクニシャン2人,ポスドク5人が所属しています.ラボのみんながコミュニケーションを大事にしており,ランチは集まって食べることも多く,コーヒーブレイクを呼びかけると多くの人が一緒に休憩を取ります.ラボでのイベントも定期的にあり,楽しく研究室生活を送ることができます.ラボミーティングは週1で発表者をローテーションし,それ以外にも不定期で共同研究者を交えた進捗報告が行われます.ラボミーティングではお菓子を片手に緩い感じで発表が行われます(図4図4■ラボミーティングの様子).私の感覚では日本での進捗報告というと少しお堅いイメージがあるので,そのあたりは全く違うなと感じています.これに関しては私は当ラボのスタイルをとても気に入っています.というのも,程よく緩いからこそなんでも気軽に質問できるため単純に楽しく参加できます.また,同じラボに所属する人でもそれぞれが異なる研究を行っているため,質問も多岐にわたっていてとても勉強になります.Mikeのラボはいわゆるビッグラボとは異なりますが,研究者の出入りはとても多いです.私のように長期で研究留学に来る人もいれば,数か月という短期での留学に来る人や共同研究先のPh.D学生の受け入れも頻繁に行っています.これらの環境のおかげで様々なバックグランドを持つ人々と交流できるので,とても刺激的で有意義な時間を過ごすことができます.

図4■ラボミーティングの様子

Mikeは右から3人目.この日(9月)はホリデーを取得している人も多いため人数は少なめ.

日本の研究環境に関する気づき

昨今の研究界隈の事情に目を通すと,日本の研究環境に関する暗いニュースばかり目に入ってきてしまいます.こちらの環境に身を置くことで日本の悪い点を実感してしまうこともある一方で,日本の良い点にも気づかされます.それなのに悪い情報ばかりが先行して流れているような気がして私は少しもどかしさを感じています.そこで,英国と日本の両方の研究環境を体験した私の目線から日本の優れている点に着目して研究環境の違いについて述べてみたいと思います(あくまでも私見ですのでそのあたりはご了承ください).

ポスドクは実験を実際にすることが主な仕事ですが,実験を行うという点に関しては日本の方が圧倒的にやりやすい場合がほとんどです.例えば,機械が故障しても24時間受付のコールセンターがあったり,アポを取った翌日にはエンジニアが来てくれたりします.こちらでは機械が一度壊れたら1か月以上待たなければいけないことがざらにあります.私自身も機械の故障のために実験計画が大幅に遅れてしまったということもすでに経験しました.試薬の発注に関しても,日本では数日で届いたものがこちらでは数か月たっても届かず,連絡しても中々返信がないということがあります.動物愛護精神の強い英国では,日本と比べて動物実験に対しても数多くの制限があります.私の極めつけの体験としては,国内の共同研究先から郵送してもらう予定の化合物が手違いで別の国(なぜかシンガポール)に届いてしまったということがありました.これらのことを考えると日本は実験をする立場の人からすると非常にやりやすいと感じますし,この素晴らしい環境を支えて下さる関係者の方々には本当に感謝すべきであると改めて感じています.

MBUにいて大きく感じる違いの一つとして,共同研究がとても盛んに行われているという点が挙げられます.Mikeのラボでは,一つのラボで完結してしまうような研究はほとんど行われません.MikeのラボだけでなくMBUから出版される論文の多くにおいて,Co-first autherやCo-corresponding auther, Co-last autherが使われていることからも共同研究が盛んに行われていることが容易に読み取れると思います.日本でも共同研究はもちろん行われているはずですが,MBUでは共同研究に対するハードルがとても低いと感じています.これを上手く説明するのは難しいのですが,比較的クローズドな日本に比べて,多様な人間を受け入れる英国の国柄やインターナショナルなケンブリッジ大学の環境が奏功しているのかなと個人的には思っています.一方で,日本のラボは一人で大半の実験をやることが多いので,それによって培われる一つのことを深く突き詰める能力は非常に高いと思います.共同研究でいろんな作業を委託してやっている人は送られてくる結果だけを見て,機械の使い方や実験の原理をあまり深く理解してない人も見かけます.非効率に見えるかもしれないが,日本の研究環境でPh.Dを取った研究者は,原理を深く理解して取り組む習慣があるため,繊細さを要する研究ではとても強いと思うし,他と差別化できる独自の強みを持っている場合が多いと感じます.

教育という点に着目しても興味深い違いを感じます.日本では,ラボに配属された学生は所属する修士や博士の学生から実験に関して手取り足取り教わることが多いと思います.ラボの道具に関しても細かく指導されたという人々が多いかと思います.こちらでは,学生に対する指導は事細かには行われないことが多々あります.そのため,こちらのPh.Dの学生は自分なりに考えてやっていくので問題解決に対する自力はつくものの,ルーティーン的な作業ですら独自のやり方を生み出してしまい,その独自性は時として問題になることもあります.例えば,実験においては細かい意識の違いのためか人が変わると再現性がとりにくくなったという話を時々聞いたりします.ラボ生活においても細かいルールがないために(あってもフォローしない人がいるために),自分の机に置いてあった器具やピペットマンが急に消えたり,機器のデフォルト設定が突然変えられるなど,実験とは関係ないところで大きなストレスを感じることがあります.また,日本で博士課程やポスドクを経験した人たちは何らかの形で学生を指導した経験があるかと思いますが,その経験も強みになり得ると考えられます.指導した経験があれば,自分の中でどのように教えるべきかというノウハウがあるはずで,私の場合,日本でやってきたようにこちらで説明するといつもとても分かりやすく親切だねと言っていただけます.また,上の立場であるという認識があればラボ全体の環境に気を配る心持も生まれてきます.これは,日本の環境でなければ培われないものだと思っています.些細なことですが,教え方や気配りによって得られる信頼もあるため,ちょっとした雑用を任されがちな日本の環境も自身の能力を磨く上で悪くないのではと思うようになってきました.研究留学をしたことのある皆さんも上記に述べたような気づきに共感できる方がいるのではないでしょうか.

終わりに

私の受けている奨学金は2年間であったため,サポートが終わる2024年3月ごろに帰国する予定でした.ところがうれしいことに,昨冬の時点でMikeからケンブリッジに残りたければしばらくは雇ってあげれるよというお声掛けをいただけました.奨学金取れなければ受け入れないよと言われていた最初のことを考えると,一定の信頼を得られたのかなとうれしく思っています.一方で,生活の違いや私の人生設計を考えると日本のほうがいいと思っていることから,延長するにしても1,2年程度だと心に決めて日本での就職活動を考えています.そして,日本に戻ったらこの留学で得た経験を踏まえ自分の強みを生かした仕事を続けようと思っています.この留学は私にとって初めての海外であったため,当初は不安も多く心が折れそうなときもありました.しかし,MikeをはじめラボのメンバーやMBUの友人たちにたくさん助けていただいたおかげで楽しく濃厚な時間を過ごすことができたため,挑戦して本当によかったなと思っています(語学だけは前もってもっと真剣に勉強しておくべきだったなと後悔していますが).私にとってこの留学で得たものは,今後の人生にとって非常に大きな糧となるのだと確信しています.

Reference

1) S. Uno, A. H. Harkiss, R. Chowdhury, S. T. Caldwell, T. A. Prime, A. M. James, B. Gallagher, J. Prudent, R. C. Hartley & M. P. Murphy: ChemBioChem, 24, e202200774 (2023).