Kagaku to Seibutsu 62(3): 105 (2024)
巻頭言
日本農芸化学会100年に思う
Published: 2024-03-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
江戸から明治に変わり,政治だけでなく科学分野でも近代化を押し進める日本は,農業分野を化学で理解し諸問題を解決することを目的として,大学内に農芸化学科を発足させた.当時の農芸化学科では,農業をはじめとする一次産業に関連する様々な事柄を中心に,化学をベースに理解するような研究を行っていたと思われる.その後,それらの産業が我々人間の生命活動の最も重要な部分とも言える「食」と密接に関わっていたこと,さらには日本では酒,味噌,醤油などに代表される伝統的発酵食品が広く食されていたことなどの様々な要因から,農芸化学は動物,植物,微生物にわたる広範な生物の生命現象を研究対象とする生物学と化学が融合した独自の学問として発展していった.そうした中,ビタミンB1の発見など数々の偉大な業績を残された鈴木梅太郎先生を会長として日本農芸化学会が1924年に発足した.これは日本独自の学問として発展していく農芸化学のエネルギーの大きな高まりが作り出した必然の出来事であったと思われる.また,新たに発足した学会には,それに参加する研究者や産業界側からも大きな期待が寄せられていたに違いない.日本農芸化学会は,そうした様々な期待を背に,産官学からの多岐に渡る研究者の貢献を受けて,日本最大級の学会組織へと大きく発展した.日本農芸化学会は今年で設立100年を迎える.
農芸化学は,実学として発足したこともあり,応用面で社会に大きな貢献をしてきた.その一方,農芸化学は,すぐに役に立ちそうなことだけでなく,面白いことであれば何でも研究の対象とすることを許容してきた.基礎研究としても極めてオリジナリティが高く,ユニークな成果を多数挙げられたのは,我々農芸化学の研究者がなにものにも縛られることなく自由に研究を行えたことが大きな理由になっているに違いない.言わば,現在の我々は農芸化学の先達たちに用意してもらった大きな遊び場で自由気ままに遊ばせてもらってきたのである.しかしながら,近年,農芸化学分野でも「はやり研究」が多くなっているように感じる.「グローバリズム」は,皆で意識を共有しているような感覚を与える,日本人にとっては耳触りの良い言葉かもしれないが,研究者にとっては必ずしも良い言葉ではないであろう.これを安易に研究の世界に持ち込んでしまえば,ぬるま湯に入っているような何となく気持ちが良いというだけのものになってしまいがちである.そんなことでは,次の100年間もこれまで通り周りから一目置かれる研究領域であり続けることは難しくなる.これまで先達たちの多大な恩恵を受けてきた我々が,今こそ冷静になって自分達の立ち位置を見つめ直し,必ずしも世の中の流れに流されることなく,研究対象をよく観察し,そこに隠れたユニークな生命現象を自ら見つけ出して研究を展開していくことが肝要ではなかろうか.現在,我々は様々な研究手法が利用可能である.先達たちが生物学に化学を融合させて農芸化学を発展させてきたのと同様に,様々な分野,手法,ロジック等を自由自在に取り入れて,新しい農芸化学を作っていくことが可能な時代になってきている.特に,若手研究者には大きな野望,多様な視野を持って研究を行って欲しい.「はやり研究」に捕らわれず,日本オリジナルな研究を積極的に展開することで,次の100年も世界をリードする多くの成果を挙げることを期待したい.
最後に,2023年11月に急逝された別府輝彦先生について一言述べさせていただきたい.私は東京大学農学部で別府先生が主催された研究室で自身の研究者としてのキャリアをスタートした.別府先生には常々研究の素晴らしさ,面白さを教えていただき,それが私が研究をする上での最も重要な基盤となっている.まさに私自身も別府先生に用意いただいた遊び場で自由にやらせていただいたと言える.別府先生は2022年に文化勲章をご受章され,これが門下生をはじめ,農芸化学関係者の大きな喜びとなったことはまだ記憶に新しい.2023年度本会大会(広島)での別府先生の素晴らしい特別講演を拝聴し,着眼点の素晴らしさ,そしてそれを元に大きく発展させた研究に大きな感銘を受けた方も多いであろう.その余韻が覚めやらぬ中,別府先生の突然のご逝去は極めて残念であり,農芸化学に留まらず日本の学術における大きな損失である.これまでの産業界,アカデミア等への多大な貢献とともに,私を含めて多くの研究者に素晴らしい研究の場を提供してくださった別府先生に深く感謝するとともに,心よりご冥福をお祈り申し上げる.