Kagaku to Seibutsu 62(3): 106-108 (2024)
今日の話題
「泡と消えない」カエル泡巣のはなし
モリアオガエル泡巣を構成するタンパク質の網羅的解析
Published: 2024-03-01
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「泡」と聞くと「水泡に帰す」「泡沫(うたかた)の夢」など,すぐになくなってしまう儚いものを思い起こしがちであるが,ここで紹介するカエルの卵を包む泡(泡巣)は丈夫で多様な生理機能を持つ泡である.一般的にカエルは水中に産卵するが,モリアオガエル(Zhangixalus arboreus)(図1A図1■モリアオガエル(A)と泡巣(B)と泡巣構成タンパク質(C))を含む一部のカエルは地上に産卵する.地上は魚などの卵の捕食者が少ない反面,太陽光線,酸化ストレス,乾燥,細菌感染などの脅威に常にさらされているため,地上に産卵するカエルは,卵を守るために輸卵管から泡を分泌し,この泡の中に産卵して保護している(図1B図1■モリアオガエル(A)と泡巣(B)と泡巣構成タンパク質(C)).しかし,この泡は単なる卵と外界とを隔てる物理的なバリアではないかというイメージからか,その構成成分に関する網羅的な研究は進んでこなかった.
我々は最近,モリアオガエルに着目し,このカエルがつくる22種類の泡巣構成タンパク質をプロテオーム解析とトランスクリプトーム解析によって同定した(1)1) Y. Shigeri, M. Nakata, H. Y. Kubota, N. Tomari, Y. Yamamoto, K. Uegaki, Y. Haramoto, C. Bumb, Y. Tanaka, T. Kinumi et al.: Zool. Sci., 38, 8 (2021)..プロテオーム解析のための配列データベースは,輸卵管のトランスクリプトーム解析から得られたde novoアセンブリ・データ,およびNCBIデータベースを用いた.この解析結果と予想される泡巣構成タンパク質の機能を図1C図1■モリアオガエル(A)と泡巣(B)と泡巣構成タンパク質(C)に示す.この表からもわかるように,泡巣構成タンパク質の中には,太陽光線に対してはこれを遮断する色素タンパク質が,酸化ストレスに対しては活性酸素を分解する酵素が,乾燥に対しては糖タンパク質が,細菌感染に対しては抗菌性タンパク質が含まれていた.くわえて,孵化したオタマジャクシは2~3週間,泡巣の中にとどまり成長することから,泡の分解を防ぐための数種類のプロテアーゼ阻害剤も含まれていた.このような泡巣タンパク質の構成は,泡巣が単なる卵を守る物理的なバリアとしてだけでなく,生理学的なバリアとして多様な機能を担っていることを示している.
さて,カエルの泡巣構成タンパク質の中で,起泡性に関する研究が進んでいるのは,Ranaspumin-2(Rsn-2)とLv-ranaspumin(Lv-Rsn-1)の2種類のタンパク質である(2)2) M. Schor, J. L. Reid, C. E. MacPhee & N. R. Stanley-Wall: Trends Biochem. Sci., 41, 610 (2016)..
Rsn-2は中南米産のトゥンガラカエル(Engystomops pustulosus)の泡巣から発見され,表面張力を低下させることが実証されている.このタンパク質は,液相中では二枚貝が閉じたような構造をとるが,気相に触れるとちょうど二枚貝が開いたように構造を変化させ,親水性領域を液相に疎水性領域を気相に接するようにすることで(Clam-shell-like opening structure)表面張力を低下させ,起泡するというモデルが提唱されている.
Lv-Rsn-1は南米産のユビナガカエル科のカエル(Leptodactylus vastus)の泡巣から発見され,表面張力の低下作用や乳化作用を持つことが報告されている.Lv-Rsn-1はRsn-2と異なるユニークな立体構造をとるが,いまのところこの構造上の特徴から起泡性を説明するモデルは構築されていない.
ところで,トランスクリプトーム解析では,次世代シークエンサーから出力されるリードを,各遺伝子にマッピングすることによって,各遺伝子の相対的な発現量を推定することができる.22種類の泡巣構成タンパク質の中で,産卵前の輸卵管で一番高い発現量を示すのが,Ranasmurfinとよばれる色素タンパク質遺伝子のオーソログであった.Ranasmurfinはもともと熱帯原産のシロアゴガエル(Polypedates leucomystax)泡巣から発見された青色タンパク質で,500~700 nmのブロードな吸収スペクトルを持っている.リシン残基とチロシン残基の側鎖がリシンチロシルキノンとして特殊な分子内架橋構造をとり,このリシンチロシルキノンと近傍に存在するヒスチジン残基が亜鉛イオンと配位することがわかっている(3)3) M. Oke, R. T. Ching, L. G. Carter, K. A. Johnson, H. Liu, S. A. McMahon, M. F. White, C. Bloch Jr., C. H. Botting, M. A. Walsh et al.: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 47, 7853 (2008)..モリアオガエルのRanasmurfinオーソログの発現量は非常に高く,モリアオガエルの泡巣の起泡性を担う分子の有力な候補の一つでもあるが,これについては今後解析を進めて確認していきたいと考えている.
泡巣構成タンパク質はバイオサーファクタント,スキンケア素材,量・空間・時間をコントロールした体内への薬物伝達システムへの応用が想定されている.カエル泡巣は適度な材料強度と薬剤の徐放性を具有し,これらの特性が長期間にわたって維持されることから,とりわけ薬物伝達システムに適していると考えられる(4)4) S. Brozio, E. M. O’Shaughnessy, S. Woods, I. Hall-Barrientos, P. E. Martin, M. W. Kennedy, D. A. Lamprou & P. A. Hoskisson: R. Soc. Open Sci., 8, 210048 (2021)..また,多くの脂肪酸系の界面活性剤とは異なり,細胞膜を破壊せず卵子や精子等に毒性を示さないなど,優れた生体適合性を持つことも報告されている(4)4) S. Brozio, E. M. O’Shaughnessy, S. Woods, I. Hall-Barrientos, P. E. Martin, M. W. Kennedy, D. A. Lamprou & P. A. Hoskisson: R. Soc. Open Sci., 8, 210048 (2021)..これらの特性を生かして,前述のトゥンガラカエルのRsn-2を用いた薬物伝達システムのナノ粒子の試作もすでに始まっている(4)4) S. Brozio, E. M. O’Shaughnessy, S. Woods, I. Hall-Barrientos, P. E. Martin, M. W. Kennedy, D. A. Lamprou & P. A. Hoskisson: R. Soc. Open Sci., 8, 210048 (2021)..
現在,我々はモリアオガエルの泡巣構成タンパク質のさらなる機能解明を進めている.組換え技術などにより起泡性タンパク質の大量生産が可能となれば,その優れた特性を薬物伝達システムなど医療分野へ生かしていきたいと考えている.
Reference
1) Y. Shigeri, M. Nakata, H. Y. Kubota, N. Tomari, Y. Yamamoto, K. Uegaki, Y. Haramoto, C. Bumb, Y. Tanaka, T. Kinumi et al.: Zool. Sci., 38, 8 (2021).
2) M. Schor, J. L. Reid, C. E. MacPhee & N. R. Stanley-Wall: Trends Biochem. Sci., 41, 610 (2016).