Kagaku to Seibutsu 62(3): 109-111 (2024)
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自然界にはα-L-グルコシド加水分解酵素が存在する
α-L-グルコシダーゼの発見と構造・機能解析
Published: 2024-03-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
自然界のグルコースはD-グルコースのみで構成されており,L-グルコースは存在しないとされている.一方で,天然L-グルコースの存在を示唆するL-グルコース資化細菌の存在は知られており,Paracoccus laeviglucosivoransではL-グルコース代謝経路まで明らかとされている(1)1) T. Shimizu, N. Takaya & A. Nakamura: J. Biol. Chem., 287, 40448 (2012)..ところで糖質の多くは,グリコシド結合を介したオリゴ糖や多糖,配糖体として存在している.また生物は多様なグリコシド結合を分解するために,バラエティに富んだグリコシダーゼを有している.よって仮にL-グルコシドが存在すれば,生物はそれを分解するL-グルコシダーゼを有している可能性が高い.逆にL-グルコシダーゼを見出すことができれば,L-グルコシド存在の可能性は高まる.このような発想から取り組んだα-L-グルコシダーゼの探索,構造機能解析(2)2) R. Shishiuchi, H. J. Kang, T. Tagami, Y. Ueda, W. Lang, A. Kimura & M. Okuyama: ACS Omega, 7, 47411 (2022).について以下で紹介したい.
グリコシダーゼは,配列類似性をもとに180あまりのglycoside hydrolase family(GH)に分類されている(http://www.cazy.org/)(3)3) E. Drula, M. L. Garron, S. Dogan, V. Lombard, B. Henrissat & N. Terrapon: Nucleic Acids Res., 50(D1), D571 (2022)..分類の基準が配列類似性のため,同一GHには共通祖先から進化した相同タンパク質が分類され,触媒ドメインの立体構造や機能は保存されている.一方で,基質特異性にはしばしば分岐が見られる.例えばGH31には,α-グルコシド,α-キシロシド,α-ガラクトシド,α-イソマルトシド,α-スルフォキノボシドに基質選択性を示す酵素が属する(3)3) E. Drula, M. L. Garron, S. Dogan, V. Lombard, B. Henrissat & N. Terrapon: Nucleic Acids Res., 50(D1), D571 (2022)..このGH内の基質特異性の分岐に着目し,α-L-フコシダーゼのファミリーであるGH29からα-L-グルコシダーゼを見出すことを目論んだ.新しい特異性を有する酵素は,しばしばアミノ酸配列の分子系統解析をもとに探索されるが,今回は局所的な基質認識機構の揺らぎからα-L-グルコシダーゼを探索した.α-L-グルコシドとα-L-フコシド(6-デオキシα-L-ガラクトシド)は構造が類似しており,相違点は4位炭素に結合したヒドロキシ基の配向と6位炭素のヒドロキシ基の有無である.α-L-フコシダーゼでは,6位メチル基の認識は緩く,最も良く研究されているα-L-フコシダーゼのひとつであるThemotoga maritima由来α-L-フコシダーゼ(TmaFuc)は,α-L-ガラクトシドを加水分解できる.一方4位炭素にアキシアルで結合するヒドロキシ基(axO4)の認識は厳密であり,TmaFucはα-L-グルコシドを加水分解できない.α-L-フコシダーゼでは2つのHis残基(TmaFucではHis34とHis128が相当)が水素結合を介してaxO4を認識する(4)4) H. Wu, C. D. Owen & N. Juge: Essays Biochem., 67, 399 (2023)..これらHis残基は相同タンパク質でよく保存さているなかで,His34のサイトがAspで置換された2つのアミノ酸配列(EKB48090.1とEKB48091.1)をCecembia lonarensis LW9ゲノム中に見出した.これらの酵素では4位水酸基の認識が揺いでいると考え,α-L-グルコシダーゼ候補として組換え酵素を解析した.なお2つのタンパク質はゲノム中にタンデムにコードされており,アミノ酸配列の一致率は57%であった.
EKB48090.1ならびにEKB48091.1は,p-ニトロフェニルα-L-フコシド(PNP L-Fuc)よりもp-ニトロフェニルα-L-グルコシド(PNP L-Glc)に大きいkcat/Kmの値を示し,α-L-グルコシドに選択性の高い酵素であった(図1図1■ClAgl29A, ClAgl29Bの[PNP L-Glc]–vならびに[PNP L-Fuc]–v曲線(左),TmaFucとClAgl29Bの基質結合部位の比較(右),機能既知GH29酵素の最尤法による分子系統解析(下)).また両酵素はPNP L-FucよりもPNP L-Glcに対して大きいKmとkcatの値を示し,α-L-グルコシドとは弱い結合で反応速度を最大化できるが,α-L-フコシドとは強く結合するものの,その結合エネルギーを触媒反応に利用できない酵素であることがわかった.これらを踏まえ,EKB48090.1とEKB48091.1をα-L-グルコシダーゼとみなし,それぞれClAgl29BおよびClAgl29Aと命名した.
図1■ClAgl29A, ClAgl29Bの[PNP L-Glc]–vならびに[PNP L-Fuc]–v曲線(左),TmaFucとClAgl29Bの基質結合部位の比較(右),機能既知GH29酵素の最尤法による分子系統解析(下)
ClAgl29AとClAgl29Bの結晶構造は,α-L-フコシダーゼと同一祖先から進化したこれら酵素が,α-L-グルコシドを選択できるように分子進化した酵素であることを示していた.ClAgl29AとClAgl29Bが同様の基質結合部位を有していることを踏まえ,以下ではClAgl29BをTmaFucと比較する(図1図1■ClAgl29A, ClAgl29Bの[PNP L-Glc]–vならびに[PNP L-Fuc]–v曲線(左),TmaFucとClAgl29Bの基質結合部位の比較(右),機能既知GH29酵素の最尤法による分子系統解析(下)).α-L-フコシドのaxO4の認識に関与するTmaFucのHis34側鎖と配列アラインメントで対応していたClAgl29BのAsp114は,L-グルコースと直接相互作用できる距離には位置していなかった.代わりにα-L-フコシドのaxO4の結合を妨げるようにPhe195の芳香環側鎖が位置していた.ClAgl29BではL-グルコースのエカトリアルなヒドロキシ基(eqO4)をAsp139側鎖が水素結合によって認識していた.Asp139と同等なTmaFucのGlu66側鎖は,Asp139のそれとは異なる配向を示す.TmaFucでは,Phe290の嵩高い側鎖が立体障害によってeqO4を排除している.ClAgl29Bでこれに相当するPhe425の側鎖は,主鎖構造の違いに起因してeqO4を受容できる立体配置をとっていた.さらにClAgl29Bは6位水酸基と水素結合し得るCys418を有していた.これら以外の基質結合部位の構造は,概ねTmaFucとClAgl29Bで一致していた.
GH29で機能既知の酵素と最尤法で分子系統解析すると,2つのα-L-グルコシダーゼのα-L-フコシダーゼからの大きく分岐は見られない(図1図1■ClAgl29A, ClAgl29Bの[PNP L-Glc]–vならびに[PNP L-Fuc]–v曲線(左),TmaFucとClAgl29Bの基質結合部位の比較(右),機能既知GH29酵素の最尤法による分子系統解析(下)).よって系統解析からは,α-L-グルコシダーゼを見出せなかった可能性がある.分子系統解析の結果で興味深いのは,これらα-L-グルコシダーゼが,真核生物由来のα-L-フコシダーゼと比較的近い関係にあることである.今回明らかとされたα-L-グルコシド認識機構を有するアミノ酸配列は,腸内細菌や土壌細菌のメタゲノムに見出すことができる.これらはほとんどがC. lonarensisと同じBacteroidetes門の細菌に由来するが,Verrucomicrobia門やKiritimatiellota門,また古細菌の候補門であるThermoplasmatotaのゲノム中にも見出される.
α-L-グルコシドを基質とできるように進化した酵素の発見より,α-L-グルコシドが自然界に存在する可能性が高まった.では,α-L-グルコシドはどのように発生し得るのだろうか.現在知られている生物のシステムで糖の合成は光合成に依存する.光合成ではD-グリセルアルデヒド3-リン酸が一次産物であるため,L系列の糖を作り得ない.現存するL系列の糖は,UDP-D-グルコースやGDP-D-マンノースから酸化還元,異性化,デオキシ化などによって糖転移酵素の糖供与体である糖ヌクレオチドとして合成される(5)5) M. Bar-Peled & M. A. O’Neill: Annu. Rev. Plant Biol., 62, 127 (2011)..L-グルコースも同様の経路で生合成され,糖鎖や配糖体の構成糖α-L-グルコシドが存在しているかもしれない.一方で,D-グルコース生合成システムの鏡の世界として,未知のL-グルコース(L-グルコース1-リン酸)生合成システム(カルビンサイクル様経路→L-グルコース-6-リン酸イソメラーゼ→ホスホグルコムターゼ)の存在を完全に排除することもできない.
現時点では,α-L-グルコシダーゼ活性をもつ酵素を発見したに過ぎない.基質となるα-L-グルコシドは本当に天然に存在するのか? 存在するならどのように生合成されるのか? また,今回発見したα-L-グルコシダーゼをα-L-グルコシルオリゴ糖の合成に利用できる(2)2) R. Shishiuchi, H. J. Kang, T. Tagami, Y. Ueda, W. Lang, A. Kimura & M. Okuyama: ACS Omega, 7, 47411 (2022)..α-L-グルコシルオリゴ糖に有用な生理活性機能は存在するのか? α-L-グルコシダーゼの発見が,α-L-グルコシドの代謝経路解明,またα-L-グルコシルオリゴ糖の機能解明など,新しい研究分野の発展へつながることを期待している.