Kagaku to Seibutsu 62(3): 112-114 (2024)
今日の話題
フレーバー素材の時系列官能プロファイルを活用する不快臭マスキング技術の開発
代替肉開発に向けた大豆不快臭マスキング技術
Published: 2024-03-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
近年,持続可能な社会の実現に向けて,大豆を原料とした植物性代替肉の需要が世界的に高まっている.代替肉には畜肉と同等以上の品質特性(おいしさ)が求められるため,大豆加工プロセスにおいて生成するn-hexanalへの対応など,特有の不快臭のマスキングが課題となっている.これまで,大豆不快臭のマスキング法として,リポキシゲナーゼ欠損大豆の利用や,β-シクロデキストリンの添加,加工プロセスにおけるpH調整や有機溶剤の使用など(1, 2)1) S. Furuta, Y. Nishiba, M. Hajika, K. Igita & I. Suda: J. Agric. Food Chem., 44, 236 (1996).2) E. J. Lee, H. Kim, J. Y. Lee, K. Ramachandraiah & G. P. Hong: Foods, 9, 818 (2020).,様々なアプローチが報告されている.しかしいずれも十分に満足のいくものではなく,決定的な技術は確立されていないのが現状である.
マスキング法としての現実的な選択肢は,様々なフレーバー素材の使用であり,多くの場合,熟練者の官能評価によってそれぞれの食品に合わせて最適なフレーバー素材が選別される.官能評価には様々な方法論が存在するが,特に近年,感覚の変化をリアルタイムに捉える“時系列官能評価”が注目されている(3)3) G. B. Dijksterhuis & J. R. Piggott: Trends Food Sci. Technol., 11, 284 (2000)..時系列官能評価は,FIZZ software(Biosystems社)などの専用のPCアプリを用い,感覚の時系列変化をリアルタイムに記録する官能評価手法である.代表的手法として,一つの感覚の強度変化を測定するTime Intensity(TI)法,複数の感覚の中から最も感じる感覚を順次選択していくTemporal Dominance of Sensation(TDS)法,複数の感覚を同時に全て選択していくTemporal Check-All-That-Apply(TCATA)法などがある.しかし,「キレ」,「余韻」,「風味の変化」など,時系列官能評価を食品の特性を表現するために利用した報告は多数あるものの(4)4) C. Marques, E. Correia, L. T. Dinis & A. Vilela: Foods, 11, 255 (2022).,食品開発への技術的応用,特にマスキング技術への応用に関する報告は見当たらない.本稿では,筆者らが開発した,時系列官能プロファイルを活用した大豆臭マスキング技術について(5)5) M. Masuda, Y. Terada, R. Tsuji, S. Nakano & K. Ito: Foods, 12, 2752 (2023).,以下に詳述する.
フレーバー素材の時系列官能プロファイルの取得に先立ち,官能評価の支障となる大豆臭のない疑似豆乳(アーモンドミルク,大豆タンパク質,デキストリンから構成され,タンパク質,脂質,炭水化物量を豆乳と等量に揃えたモデル食品)を作製した.続いて擬似豆乳に100種類のフレーバー素材を個別に添加し,FIZZ softwareを用いてTI法によりフレーバー強度の経時的変化を評価し,得られた時系列官能曲線から素材ごとに14種のパラメーター(Tstart:開始時間,Tend:終了時間,Imax:最大強度,TsPl:プラトーフェイズ開始時間,TePl:プラトーフェイズ終了時間,DurPl:プラトーフェイズ持続時間,DurInc:増加フェイズ持続時間,DurDec:減少フェイズ持続時間,SIMInc:増加フェイズにおける最大勾配,SIMDec:減少フェイズにおける最大勾配,AreaTse:官能曲線全体における下面積,AreaInc:増加フェイズにおける曲線下面積,AreaDec:減少フェイズにおける曲線下面積,AreaPl:プラトーフェイズにおける曲線下面積)を算出した(図1図1■時系列官能プロファイルと大豆不快臭マスキング効果の関連).その結果,オイル系のフレーバー素材は立ち上がりに関するパラメーター(DurInc, AreaInc)の値が大きく,一方でエッセンス系のフレーバー素材は持続性に関するパラメーター(DurDec, AreaDec)の値が小さいなど,フレーバー素材ごとに異なる時系列官能プロファイルを示すことが明らかとなった.
続いて,フレーバー素材の時系列官能プロファイルと大豆臭マスキング効果との関連を調べるため,各フレーバー素材を豆乳に添加した際の大豆臭マスキング効果をVisual analogue scale(VAS)法により評価し,マスキング効果の強いTop 10素材と弱いBottom 10素材について各パラメーターを比較した.その結果,Bottom 10素材と比較してTop 10素材はAreaIncやAreaDec, DurDecの値が有意に高いことが明らかとなった(図1図1■時系列官能プロファイルと大豆不快臭マスキング効果の関連).すなわち,これらのパラメーター値が高いフレーバー素材には強いマスキング効果が期待できることが示唆された.
時系列官能プロファイルに基づいて100種類のフレーバー素材を分類し,大豆臭マスキング効果との関係を見出すため,機械学習による分析も検討した.主成分分析の結果,第二主成分までにデータを分割することで全データの99%がカバーされた.第一主成分(PC1)と第二主成分(PC2)をそれぞれx軸,y軸として配置しクラスター分析を実施したところ,フレーバー素材は3つのクラスター(0, 1, 2)に分割され,特にクラスター2はクラスター0, 1から明確に分離される結果となった.クラスター2に属する8つの素材の平均マスキング効果は8.2/10点であり,全体平均の7.1/10点よりも顕著に高い値であった.本分析におけるPC1の寄与度は98%であったことから,フレーバー素材はPC1の構成要素により分類され,かつPC1の値が一定以上の素材には強いマスキング効果があることが示唆された.PC1を構成するTIパラメーターに着目すると,特にAreaIncとAreaDecの係数が顕著に高かったことから,これらの値が,マスキング効果と関連するフレーバー素材の分類に大きく寄与することが示唆された.このことは,マスキング効果の強いTOP 10素材のAreaInc, AreaDecの値が高かったこと(図1図1■時系列官能プロファイルと大豆不快臭マスキング効果の関連)とも一致しており,機械学習によってマスキング効果に関係したルールをより詳細に抽出できたと考えられた.実際に筆者らは,本機械学習モデルを利用することで,未評価素材の中からマスキング効果の顕著に強い素材(マスキング効果9.3/10点)を見出すことにも成功している.
本研究では,フレーバー素材の時系列官能プロファイルが,大豆不快臭マスキング技術として活用できることが示された(5)5) M. Masuda, Y. Terada, R. Tsuji, S. Nakano & K. Ito: Foods, 12, 2752 (2023)..特に機械学習での分析によって,人間が気付きにくい詳細なパラメーターの寄与が示された点は,今後の研究アプローチの参考知見としても興味深い.本稿で紹介した方法論は大豆に限らず様々な食品に応用可能であり,“質”や“強度”に関する従来のエンドポイントでの官能評価に加えて“時間軸”を取り入れる,新しいマスキングアプローチを示唆するものである.
Reference
1) S. Furuta, Y. Nishiba, M. Hajika, K. Igita & I. Suda: J. Agric. Food Chem., 44, 236 (1996).
2) E. J. Lee, H. Kim, J. Y. Lee, K. Ramachandraiah & G. P. Hong: Foods, 9, 818 (2020).
3) G. B. Dijksterhuis & J. R. Piggott: Trends Food Sci. Technol., 11, 284 (2000).
4) C. Marques, E. Correia, L. T. Dinis & A. Vilela: Foods, 11, 255 (2022).
5) M. Masuda, Y. Terada, R. Tsuji, S. Nakano & K. Ito: Foods, 12, 2752 (2023).