解説

葉緑体工学によるモノづくり
高等植物葉緑体ゲノム改変技術の進展とその応用

Production of Useful Substances by Chloroplast Genetic Engineering: Advances in Chloroplast Genetic Engineering in Higher Plants and Its Application to Biotechnology

Yoichi Nakahira

中平 洋一

茨城大学農学部食生命科学科

Published: 2024-03-01

「葉緑体」は光合成で獲得したエネルギーをもとに,さまざまな代謝産物を合成する“天然の化学工場”である.また,葉緑体は細胞内共生したシアノバクテリアを起源とするため,独自のDNAを有している.高等植物の葉緑体ゲノムは120個程度の遺伝子がコードされた小さな環状二本鎖DNAであるが,1細胞中に1,000コピー以上も存在する.この圧倒的なコピー数を背景とした(大腸菌にも匹敵する)目的タンパク質の大量発現が,葉緑体ゲノムを改変する「葉緑体工学」の利点である.本稿では,葉緑体工学の技術的な背景を概説するとともに,当該技術を用いて開発が進められている「食べるワクチン植物」などの有用組換え植物について紹介する.

Key words: 葉緑体工学; 葉緑体形質転換; 葉緑体ゲノム編集; 物質生産; 食べるワクチン

高等植物の葉緑体DNA

「葉緑体」と聞いて多くの読者が最初に思い浮かべるのは光合成ではないかと想像されるが,光合成で獲得したエネルギーをもとに,さまざま代謝産物(脂肪酸・アミノ酸・核酸・植物ホルモン・二次代謝産物など)の生合成を担うのが,植物固有のオルガネラである葉緑体の役割である.高等植物(種子植物)では,葉緑体は「色素体(プラスチド)」の一形態として存在し,色素体が含まれる細胞の種類に応じてさまざまなタイプ(原色素体・有色体・アミロプラストなど)に分化する.ダイナミックな色素体分化がみられるのは高等植物においてであるが,葉緑体は光合成を行う細菌であるシアノバクテリアの細胞内共生を起源とし,高等植物への進化に伴い,他の色素体に分化する能力を獲得したと考えられる.そのような進化の痕跡として,葉緑体には独自のゲノムDNAが存在する.高等植物の葉緑体ゲノムは150 kbp程度の環状二本鎖DNAで,約120個の遺伝子(光合成・転写・翻訳関連遺伝子など)がコードされている(1)1) M. Sugiura: Photosynth. Res., 76, 371 (2003)..葉緑体(色素体)に局在する代謝関連酵素や,葉緑体遺伝子の発現制御に関わる転写・翻訳因子など,3,000個とも推定されるタンパク質の大半は核ゲノムにコードされており,細胞質で翻訳された後,葉緑体に輸送される(2)2) K. J. van Wijk & S. Baginsky: Plant Physiol., 155, 1578 (2011)..そのため,葉緑体は核のコントロール下でしか存続できない半自律的なオルガネラである.

葉緑体DNAの特徴として,細胞あたりのコピー数が非常に多いことが挙げられる.高等植物の緑葉には1細胞あたり最大100個の葉緑体が存在するが,1個の葉緑体には10~100コピーの葉緑体DNAが含まれる(3)3) S. Greiner, H. Golczyk, I. Malinova, T. Pellizzer, R. Bock, T. Börner & R. G. Herrmann: Plant J., 102, 730 (2020)..そのため,1細胞中には1,000コピー以上の葉緑体DNAが存在することになる.葉緑体(色素体)DNAのコピー数は,色素体の種類や植物の発生段階,環境条件(光など)に応じて変化するが(3)3) S. Greiner, H. Golczyk, I. Malinova, T. Pellizzer, R. Bock, T. Börner & R. G. Herrmann: Plant J., 102, 730 (2020).,コピー数が最大となるのは葉緑体においてである.葉緑体DNAのコピー数が多い理由の1つとして,必須元素であるリンの貯蔵物質としての機能が提案されている(4)4) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018).

高等植物の葉緑体形質転換

高等植物の葉緑体DNAへの遺伝子導入(=葉緑体形質転換)が最初に報告されたのは,モデル植物である“タバコ”においてである(5)5) Z. Svab, P. Hajdukiewicz & P. Maliga: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 8526 (1990)..その後,20種以上の種子植物で葉緑体形質転換体が作出されている(6)6) Q. Rascón-Cruz, C. D. González-Barriga, B. F. Iglesias-Figueroa, J. C. Trejo-Muñoz, T. Siqueiros-Cendón, S. R. Sinagawa-García, S. Arévalo-Gallegos & E. A. Espinoza-Sánchez: Electron. J. Biotechnol., 51, 95 (2021)..葉緑体形質転換の原理は,“相同組換え”を介したジーンターゲッティングである.外来遺伝子導入用の葉緑体形質転換ベクターには,相同組換え領域として遺伝子導入部位の上・下流2箇所の周辺配列を含む葉緑体DNAがクローニングされており,その間に目的遺伝子と選抜マーカー遺伝子の発現カセットが存在する(図1図1■高等植物の葉緑体形質転換).選抜マーカー遺伝子としては,スペクチノマイシン耐性遺伝子(aadA)がよく用いられる.葉緑体形質転換ベクター(プラスミドDNA)の送達法としては,緑葉などの外植片に対して“パーティクルガン(遺伝子銃)”を用いて導入する方法が一般的である.パーティクルガン法では,微粒子(金またはタングステン)にコーティングされたプラスミドDNAが高圧ガスによって射出され,植物細胞(葉緑体)へと導入される.葉緑体形質転換ベクター上の2箇所の組換え領域と葉緑体DNAとの間で相同組換えが起こることで,目的遺伝子と選抜マーカー遺伝子が葉緑体DNAに挿入される(図1図1■高等植物の葉緑体形質転換).遺伝子導入直後の組換え型葉緑体DNAのコピー数は少ないが,選抜培地上で組織培養を継続することで,組換え型と野生型の葉緑体DNAの間で相同組換えが起こり,やがて,組換え型葉緑体DNAが優勢となる.タバコの場合,1ヶ月程度でスペクチノマイシン耐性カルス/シュートが現れるが,さらに選抜培養を繰り返すことで,全ての葉緑体DNAが組換え型に置き換わった“ホモプラズミック”な葉緑体形質転換体が取得できる(図1図1■高等植物の葉緑体形質転換).

図1■高等植物の葉緑体形質転換

相同組換え領域(HRS-1, HR-2),スペクチノマイシン耐性遺伝子(aadA),目的遺伝子(GOI).

上記のように,高等植物の葉緑体形質転換では,野生型から組換え型葉緑体DNAへの置換を促し,次世代でも導入遺伝子が安定に維持されるホモプラズミックな形質転換体を得るための効率的な組織培養系(カルス/シュート誘導系・個体再生系)が不可欠である.もっとも,そのような条件を満たす組織培養系が確立されている植物種は多くない.そのため,真の意味で再現性のある(=形質転換体効率が高く,複数の研究グループから論文報告がある)葉緑体形質転換系が確立されている宿主植物は,ナス科植物(タバコ・ジャガイモ・トマト)やレタスなどに限られる.とりわけ葉緑体形質転換が困難な植物種としては,単子葉植物(イネ・コムギ・トウモロコシなど)が挙げられる.イネに関しては論文報告があるものの,ホモプラズミックな形質転換体の取得には至っていない(6)6) Q. Rascón-Cruz, C. D. González-Barriga, B. F. Iglesias-Figueroa, J. C. Trejo-Muñoz, T. Siqueiros-Cendón, S. R. Sinagawa-García, S. Arévalo-Gallegos & E. A. Espinoza-Sánchez: Electron. J. Biotechnol., 51, 95 (2021)..このように,『葉緑体形質転換が可能な宿主植物種が少ない』ことが,高等植物を対象とした葉緑体工学の最大の課題である.もっとも,近年,課題解決を期待させる新技術の報告が相次いでいる.

葉緑体工学における新技術

1. 新たな遺伝子導入法

パーティクルガン法による遺伝子導入には,専用の装置が必要であるが,特別な機器を必要としない新たな遺伝子導入法が開発されている.その1つは,“ペプチド”を用いた方法である.ペプチド法は,葉緑体移行シグナル配列とポリカチオン性ペプチドを融合した機能性ペプチドをプラスミドDNA(葉緑体形質転換ベクター)と混合することでイオン性の複合体を形成し,植物細胞に注入する方法である(図1図1■高等植物の葉緑体形質転換).当該法を用いて,シロイヌナズナ,タバコ,イネ,ケナフの葉緑体ゲノムへの遺伝子導入が報告されている(7, 8)7) T. Yoshizumi, K. Oikawa, J. A. Chuah, Y. Kodama & K. Numata: Biomacromolecules, 19, 1582 (2018).8) M. Odahara, Y. Horii, J. Itami, K. Watanabe & K. Numata: Front. Plant Sci., 13, 989310 (2022)..もっとも,いずれの植物(タバコを含む)においても,野生型と組換え型の葉緑体DNAとが混在する“ヘテロプラズミック”な形質転換体の取得にしか至っていない(7, 8)7) T. Yoshizumi, K. Oikawa, J. A. Chuah, Y. Kodama & K. Numata: Biomacromolecules, 19, 1582 (2018).8) M. Odahara, Y. Horii, J. Itami, K. Watanabe & K. Numata: Front. Plant Sci., 13, 989310 (2022)..今後,遺伝子導入効率の向上や,組織培養・選抜条件の至適化などを通して,ホモプラズミックな組換え体が取得されることを期待したい.他にも,“カーボンナノチューブ”を用いてプラスミドDNAを葉緑体に送達し,レポーター遺伝子の一過性発現に成功した例が報告されている(図1図1■高等植物の葉緑体形質転換(9)9) S.-Y. Kwak, T. T. S. Lew, C. J. Sweeney, V. B. Koman, M. H. Wong, K. Bohmert-Tatarev, K. D. Snell, J. S. Seo, N.-H. Chua & M. S. Strano: Nat. Nanotechnol., 14, 447 (2019).

以上の新たな遺伝子導入法により,雌性配偶体や(茎頂)分裂組織に存在するコピー数が少ない色素体DNAへの効率的な遺伝子導入が可能となれば,選抜培地上で種子を発芽させることによって組換え体を取得する“組織培養の要らない”葉緑体形質転換法の創出につながることも期待される.

2. 相同組換えを必要としない外来遺伝子導入法

相同組換えを介して葉緑体DNA上に外来遺伝子を導入する従来型の葉緑体形質転換ではなく,ゲノムDNAから独立して複製可能なベクターが,最近,開発された.その1つは,植物に感染するジェミニウイルス(beet curly top geminivirus(BCTV))の複製メカニズムをもとに構築された「ミニクロモソーム(minichromosome)(10)10) A. Jakubiec, A. Sarokina, S. Choinard, F. Vlad, I. Malcuit & A. P. Sorokin: Nat. Plants, 7, 932 (2021).」である.このシステムは,ウイルス由来の複製開始因子(Rep)とRepが認識するウイルス複製起点(VOR)から構成される(図2A図2■相同組換えを必要としない外来遺伝子導入法).核ゲノムに葉緑体局在型のRepを導入するか,または,葉緑体ゲノム上にRepが挿入された形質転換体に対して,目的遺伝子の両端にVORをもつDNAが導入されると,葉緑体内のDNA複製系によって環状のミニクロモソームが増幅される(図2A図2■相同組換えを必要としない外来遺伝子導入法).

図2■相同組換えを必要としない外来遺伝子導入法

A) ミニクロモソーム(minichromosome)の模式図.ジェミニウイルス(beet curly top geminivirus(BCTV))由来の複製開始因子(Rep),Repが認識するウイルス複製起点(VOR),葉緑体移行シグナル配列(TP),目的遺伝子(GOI).図中の1は核ゲノムコードの葉緑体局在型Repが,2は葉緑体ゲノムコードのRepが作用する場合を示す. 
B) ミニシンプラストーム(mini-synplastome)の模式図.Oriは,タバコ葉緑体DNA由来の複製起点(ori A2, ori A1)とNicotiana plastid extrachromosomal element(NICE1)をまとめた配列を示す.

また,タバコ葉緑体DNA由来の複製起点(ori A2, ori A1)と,ゲノムDNAとは異なる小型の環状二本鎖DNAの形成に関わるNicotiana plastid extrachromosomal element(NICE1)(11)11) J. M. Staub & P. Maliga: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 7468 (1994).を有するベクターを出発材料として,ジャガイモ葉緑体を対象に設計・構築・評価・学習(DBTL)サイクルを繰り返すことで,ゲノムDNAからは独立して複製される「ミニシンプラストーム(mini-synplastome)(12)12) A. Occhialini, A. C. Pfotenhauer, L. Li, S. A. Harbison, A. J. Lail, J. N. Burris, C. Piasecki, A. A. Piatek, H. Daniell, C. N. Stewart Jr. et al.: Plant Biotechnol. J., 20, 360 (2022).」が開発されている(図2B図2■相同組換えを必要としない外来遺伝子導入法).ミニクロモソームとミニシンプラストームはともに,1)世代を経ても一定のコピー数が維持される,2)相同組換えを介して作出された葉緑体形質転換体と同等のタンパク質高発現が可能などの有用性を備えている(10, 12)10) A. Jakubiec, A. Sarokina, S. Choinard, F. Vlad, I. Malcuit & A. P. Sorokin: Nat. Plants, 7, 932 (2021).12) A. Occhialini, A. C. Pfotenhauer, L. Li, S. A. Harbison, A. J. Lail, J. N. Burris, C. Piasecki, A. A. Piatek, H. Daniell, C. N. Stewart Jr. et al.: Plant Biotechnol. J., 20, 360 (2022)..関連技術がさらに発展することで,従来型の葉緑体形質転換が困難な植物への葉緑体工学の適用拡大が期待される.

3. 葉緑体ゲノム編集

前術のように,葉緑体ゲノムにコードされた遺伝子の数は決して多くはないが,その中には,重要な光合成タンパク質も存在する.一例としては,炭酸固定で中心的な役割を果たすRubisco大サブユニット遺伝子(rbcL)や,光化学系II反応中心D1タンパク質遺伝子(psbA)などが挙げられる.それらの遺伝子を改変することで,光合成機能の強化や除草剤耐性の付与など,農業上有用な形質をもつ作物の創出につながることが期待される.葉緑体遺伝子の塩基配列を効率的に改変する新技術として,病原菌(Xanthomonas属)由来のTranscription Activator-Like Effector(TALE)を用いた「標的一塩基置換技術」が注目されている.TALEにシチジンデアミナーゼ(CD)を融合した葉緑体局在型TALECD遺伝子を核ゲノムに導入することで,葉緑体DNA上の標的シトシンの全てをチミンに変換したホモプラズミックな変異型葉緑体DNAをもつシロイヌナズナが作出されている(図3図3■葉緑体ゲノム標的一塩基置換技術(13, 14)13) I. Nakazato, M. Okuno, H. Yamamoto, Y. Tamura, T. Itoh, T. Shikanai, H. Takanashi, N. Tsutsumi & S.-I. Arimura: Nat. Plants, 7, 906 (2021).14) I. Nakazato, M. Okuno, T. Itoh, N. Tsutsumi & S.-I. Arimura: Plant J., 115, 1151 (2023)..同様の方法は,レタス,ナタネ,イネなどの実用植物にも適用可能である(15, 16)15) B.-C. Kang, S. J. Bae, S. Lee, J. S. Lee, A. Kim, H. Lee, G. Baek, H. Seo, J. Kim & J.-S. Kim: Nat. Plants, 7, 899 (2021).16) R. Li, S. N. Char, B. Liu, H. Liu, X. Li & B. Yang: Mol. Plant, 14, 1412 (2021)..したがって,従来型の葉緑体形質転換が困難な植物種に対しても,光合成関連遺伝子の改変を可能にする有用なゲノム編集ツールが確立されたといえる.

図3■葉緑体ゲノム標的一塩基置換技術

Transcription Activator-Like Effector(TALE),シチジンデアミナーゼ(CD),葉緑体移行シグナル配列(TP).

葉緑体工学を用いた有用タンパク質の大量生産

相同組換えを介した葉緑体形質転換を用いて,有用形質をもつ遺伝子組換え植物の作出が進められている.具体例としては,農業上の有用形質(病害虫抵抗性・除草剤耐性・ストレス耐性の向上など)をもつ作物が挙げられる(6, 17, 18)6) Q. Rascón-Cruz, C. D. González-Barriga, B. F. Iglesias-Figueroa, J. C. Trejo-Muñoz, T. Siqueiros-Cendón, S. R. Sinagawa-García, S. Arévalo-Gallegos & E. A. Espinoza-Sánchez: Electron. J. Biotechnol., 51, 95 (2021).17) H. Daniell, C. S. Lin, M. Yu & W.-J. Chang: Genome Biol., 17, 134 (2016).18) N. Ahmad, F. Michoux, A. G. Lössl & P. J. Nixon: J. Exp. Bot., 67, 5945 (2016)..さらに,葉緑体DNAの圧倒的なコピー数(1,000コピー以上/細胞)を背景に,「高付加価値タンパク質の大量発現」が試みられている(6, 17, 18)6) Q. Rascón-Cruz, C. D. González-Barriga, B. F. Iglesias-Figueroa, J. C. Trejo-Muñoz, T. Siqueiros-Cendón, S. R. Sinagawa-García, S. Arévalo-Gallegos & E. A. Espinoza-Sánchez: Electron. J. Biotechnol., 51, 95 (2021).17) H. Daniell, C. S. Lin, M. Yu & W.-J. Chang: Genome Biol., 17, 134 (2016).18) N. Ahmad, F. Michoux, A. G. Lössl & P. J. Nixon: J. Exp. Bot., 67, 5945 (2016)..植物を用いたタンパク質生産の利点としては,1)生産コストの低減や,2)毒素・病原体の混入リスクが低いため,精製コストが削減できるなどが挙げられる.核・葉緑体形質転換を用いた場合のタンパク質生産性を比較すると,核形質転換では発現量が細胞内全可溶性タンパク質(TSP)の1%にも満たないケースが多いのに対し,葉緑体形質転換ではTSPの10%を超える発現例が多数報告されている(6, 17, 18)6) Q. Rascón-Cruz, C. D. González-Barriga, B. F. Iglesias-Figueroa, J. C. Trejo-Muñoz, T. Siqueiros-Cendón, S. R. Sinagawa-García, S. Arévalo-Gallegos & E. A. Espinoza-Sánchez: Electron. J. Biotechnol., 51, 95 (2021).17) H. Daniell, C. S. Lin, M. Yu & W.-J. Chang: Genome Biol., 17, 134 (2016).18) N. Ahmad, F. Michoux, A. G. Lössl & P. J. Nixon: J. Exp. Bot., 67, 5945 (2016)..バイオマス(新鮮重量)あたりでは,葉緑体形質転換によるタンパク質の発現量は数g/kg(新鮮葉)に達し,大腸菌でのタンパク質生産(数g/L)にも匹敵する.もっとも,大腸菌と同様,葉緑体には真核型の糖鎖修飾系がないため,活性・機能に糖鎖を必要とする糖タンパク質の生産はできない.以上の葉緑体形質転換の特性を活かした有用タンパク質の生産例としては,産業用酵素(セルラーゼなど)や医療用タンパク質(治療薬・血漿タンパク質・抗原など)が挙げられる(6, 17, 18)6) Q. Rascón-Cruz, C. D. González-Barriga, B. F. Iglesias-Figueroa, J. C. Trejo-Muñoz, T. Siqueiros-Cendón, S. R. Sinagawa-García, S. Arévalo-Gallegos & E. A. Espinoza-Sánchez: Electron. J. Biotechnol., 51, 95 (2021).17) H. Daniell, C. S. Lin, M. Yu & W.-J. Chang: Genome Biol., 17, 134 (2016).18) N. Ahmad, F. Michoux, A. G. Lössl & P. J. Nixon: J. Exp. Bot., 67, 5945 (2016)..そのうち,本稿では,「食べるワクチン・治療薬」に焦点をあてて紹介する.

1. ヒト用の「食べるワクチン・治療薬」

医薬品製造は,「Good Manufacturing Practice(GMP)」に準じて行うことが定められている.植物を用いた医薬品生産でGMPを満たすには,人工照明の下で植物を栽培する閉鎖型植物工場の活用が想定される.閉鎖型植物工場で生産管理しやすい作物としては,葉物野菜が挙げられる.“レタス”は,葉緑体形質転換が可能な数少ない植物種の1つであり,かつ,上記の要件を満たすことから,葉緑体工学を基盤とした医薬品生産に適した宿主植物といえる.葉緑体形質転換レタスを用いた「食べるワクチン・治療薬」の開発は,ペンシルベニア大学のDaniellらの研究グループを中心に進められている(19)19) I. Khan & H. Daniell: Curr. Opin. Colloid Interface Sci., 54, 101452 (2021)..そのシステムの概要は以下の通りである.目的タンパク質(抗原・治療薬)を発現する葉緑体形質転換レタスは,凍結乾燥後,微粉砕して経口投与される(用途によっては,粉末のカプセル化も想定).細胞壁に囲まれた植物細胞は,胃酸やプロテアーゼから目的(医療用)タンパク質を保護する“バイオカプセル”としてはたらき,小腸まで到達する(図4図4■葉緑体形質転換レタスを用いた「経口ワクチン・治療薬」).小腸では,常在細菌が生産する細胞壁分解酵素(セルラーゼなど)のはたらきで細胞壁が分解され,目的タンパク質が放出される.Daniellらのシステムでは,目的タンパク質は“コレラ毒素Bサブユニット(CTB)”との融合タンパク質として発現される(図4図4■葉緑体形質転換レタスを用いた「経口ワクチン・治療薬」).CTBに毒性はないが,CTB 5量体は腸上皮細胞に存在する受容体(GM1)に認識され,エンドサイトーシスによって目的タンパク質と共に腸上皮細胞に取り込まれる(図4図4■葉緑体形質転換レタスを用いた「経口ワクチン・治療薬」).腸上皮細胞内では,プロテアーゼ(フーリン)のはたらきで,CTBと目的タンパク質との間の切断部位が認識され,目的タンパク質が遊離する.その後,目的タンパク質は細胞外へと移行するが,抗原であれば免疫細胞に,治療薬であれば循環器系を通して体中に運搬され,効果を発揮する(図4図4■葉緑体形質転換レタスを用いた「経口ワクチン・治療薬」).当該システムを用いた経口ワクチンとしては,結核やポリオなどを予防するブースター・ワクチンが開発されている(20, 21)20) P. S. Lakshmi, D. Verma, X. Yang, B. Lloyd & H. Daniell: PLoS One, 8, e54708 (2013).21) H. Daniell, V. Rai & Y. Xiao: Plant Biotechnol. J., 17, 1357 (2019)..また,糖尿病の治療薬としてのプロインスリン(22)22) H. Daniell, R. Singh, V. Mangu, S. K. Nair, G. Wakade & N. Balashova: Biomaterials, 298, 122142 (2023).,肺高血圧症の治療薬であるアンジオテンシン1-7(血管拡張・血圧低下を誘導するペプチド)とアンジオテンシン変換酵素2(ACE 2:アンジオテンシン1-7を生成するペプチダーゼ)(23)23) H. Daniell, V. Mangu, B. Yakubov, J. Park, P. Habibi, Y. Shi, P. A. Gonnella, A. Fisher, T. Cook, L. Zeng et al.: Biomaterials, 233, 119750 (2020).が,CTBとの融合タンパク質としてレタス葉緑体で大量発現され,組換えレタスの乾燥粉末をマウスに経口投与することで,有効性が確認されている(22, 23)22) H. Daniell, R. Singh, V. Mangu, S. K. Nair, G. Wakade & N. Balashova: Biomaterials, 298, 122142 (2023).23) H. Daniell, V. Mangu, B. Yakubov, J. Park, P. Habibi, Y. Shi, P. A. Gonnella, A. Fisher, T. Cook, L. Zeng et al.: Biomaterials, 233, 119750 (2020)..さらに,ACE2は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒト細胞に感染する際の受容体として機能することから,CTB-ACE2がSARS-CoV-2の細胞侵入を阻害することが実証されている(24)24) H. Daniell, S. K. Nair, N. Esmaeili, G. Wakade, N. Shahid, P. K. Ganesan, M. R. Islam, A. Shepley-McTaggart, S. Feng, E. N. Gary et al.: Mol. Ther., 30, 1966 (2022)..現在,CTB-ACE2を発現する葉緑体形質転換レタスの乾燥粉末を配合した“チューインガム”を口腔内でウイルスを除去する感染予防薬とすることが検討されており,第I/II相臨床試験が進められている(25)25) H. Daniell, S. K. Nair, H. Guan, Y. Guo, R. J. Kulchar, M. D. T. Torres, M. Shahed-Al-Mahmud, G. Wakade, Y.-M. Liu, A. D. Marques et al.: Biomaterials, 288, 121671 (2022).

図4■葉緑体形質転換レタスを用いた「経口ワクチン・治療薬」

2. 水産用経口ワクチン植物

養殖業の持続的な発展に不可欠な要素の1つとして,魚病防除がある.水産用医薬品の主流は,抗菌・抗生物質からワクチンへと移りつつあるが,現行の水産用ワクチンは,専ら,魚1尾ずつに対して接種する“注射型”である.そのため,1)接種にかかる労力や時間,2)仔稚魚には接種できない,3)ワクチンが高価 などの課題がある.筆者らは,病原体由来の抗原タンパク質を大量発現する葉緑体形質転換植物を作出し,当該植物由来の乾燥粉末(またはタンパク質粗抽出液)を餌に混ぜて経口投与することで免疫を賦活化する「水産用経口ワクチン植物」の開発を進めている(図5図5■葉緑体工学でつくる「水産用経口ワクチン植物」).一例として,海産養殖魚(マハタ・クエなど)が罹患する“ウイルス性神経壊死症”を対象に,原因ウイルス(RGNNV)由来の外殻タンパク質(RGNNV-CP)を発現する葉緑体形質転換タバコを作出した.その結果,RGNNV-CPの発現量は緑葉で最も豊富に存在するRubisco大サブユニット(RbcL)よりも多く,3 g/kg(新鮮葉)に達した(26)26) Y. Nakahira, K. Mizuno, H. Yamashita, M. Tsuchikura, K. Takeuchi, T. Shiina & H. Kawakami: Front Plant Sci., 12, 717952 (2021)..当該組換えタバコの葉を透過型電子顕微鏡で観察したところ,RGNNV-CPが葉緑体内で自己組織化して“ウイルス様粒子(VLP)”を形成していることが分かった(図5図5■葉緑体工学でつくる「水産用経口ワクチン植物」(26)26) Y. Nakahira, K. Mizuno, H. Yamashita, M. Tsuchikura, K. Takeuchi, T. Shiina & H. Kawakami: Front Plant Sci., 12, 717952 (2021)..VLPはウイルスと同等の形をしながらも,遺伝情報を含まず感染性がないため,医療では安全かつ免疫原性の高いワクチンとして活用されている.そこで,前述の葉緑体形質転換タバコの葉からニコチン等の低分子化合物を除去したタンパク質粗抽出液を調製し,マハタに注射・経口投与したところ,市販の注射型ワクチンと比較して同等以上の高い免疫原性を示した(26)26) Y. Nakahira, K. Mizuno, H. Yamashita, M. Tsuchikura, K. Takeuchi, T. Shiina & H. Kawakami: Front Plant Sci., 12, 717952 (2021)..以上のタバコを宿主とした実験は概念実証を目的に実施したものであるが,現在,レタスを宿主した葉緑体形質転換体を作出し,当該組換えレタス由来の乾燥粉末を餌に混ぜて魚に経口投与することで,有効なワクチンとなるか,検証中である.

図5■葉緑体工学でつくる「水産用経口ワクチン植物」

葉緑体代謝工学

先述のように,葉緑体ではさまざまな代謝産物が合成される.加えて,葉緑体遺伝子の発現様式は,細胞内共生したシアノバクテリアに由来するため,原核型の特徴を有している.その1つがオペロンによる複数遺伝子の共発現であり,複数遺伝子を導入する場合が多い代謝工学において有利な性質である.葉緑体形質転換を活用した代謝工学「葉緑体代謝工学」の実施例はそれ程多くないが,葉緑体内で合成される二次代謝産物の中には,薬用植物などに由来する希少な生理活性物質も存在することから,発展が期待される分野である.これまでの報告例としては,テルペノイド生合成経路を改変することで,食品・化粧品添加物として利用されるアスタキサンチン(カロテノイドの一種)(27)27) T. Hasunuma, S. Miyazawa, S. Yoshimura, Y. Shinzaki, K. Tomizawa, K. Shindo, S.-K. Choi, N. Misawa & C. Miyake: Plant J., 55, 857 (2008).や,抗マラリア薬であるアルテミシニンの前駆体(=アルテミシニン酸)が生産されている(28)28) P. Fuentes, F. Zhou, A. Erban, D. Karcher, J. Kopka & R. Bock: eLife, 5, e13664 (2016)..また,脂肪酸合成の出発材料であるアセチル-CoAから,バイオプラスチック(ポリヒドロキシ酪酸(PHB))を高蓄積させた例もある(29)29) K. Bohmert-Tatarev, S. McAvoy, S. Daughtry, O. P. Peoples & K. D. Snell: Plant Physiol., 155, 1690 (2011)..さらに,バクテリア由来の発光酵素(バクテリアルシフェラーゼ)と,脂肪酸合成の中間産物に由来する発光基質(脂肪族アルデヒド)の生合成系を導入することで,“自己発光植物”が作出されている(30)30) A. Krichevsky, B. Meyers, A. Vainstein, P. Maliga & V. Citovsky: PLoS One, 5, e15461 (2010).

おわりに

葉緑体工学(葉緑体形質転換)を用いることで,さまざまな有用組換え植物が開発されていることを紹介したが,葉緑体形質転換植物の本格的な商業栽培は,世界的にもまだ実現されていない.もっとも,新型コロナウイルス感染予防用のチューインガムのように,臨床試験が進められている例もあることから,医薬品として製造・販売される日もそう遠くないように思われる.本文では触れなかったが,葉緑体形質転換体取得後に,選抜マーカー遺伝子を除去できる技術(31, 32)31) E. A. Mudd, P. Madesis, E. M. Avila & A. Day: Methods Mol. Biol., 1132, 107 (2014).32) T. Tungsuchat-Huang & P. Maliga: Methods Mol. Biol., 1132, 205 (2014).が確立されている点も,社会的理解を促す上で好材料といえる.葉緑体形質転換可能な植物種が限られていることが,関連分野の研究者が少ない一因でもあるが,本稿で紹介した新技術やさらなる技術革新を通して,葉緑体工学を用いた基礎・応用研究の拡大につながることを期待したい.

Reference

1) M. Sugiura: Photosynth. Res., 76, 371 (2003).

2) K. J. van Wijk & S. Baginsky: Plant Physiol., 155, 1578 (2011).

3) S. Greiner, H. Golczyk, I. Malinova, T. Pellizzer, R. Bock, T. Börner & R. G. Herrmann: Plant J., 102, 730 (2020).

4) T. Takami, N. Ohnishi, Y. Kurita, S. Iwamura, M. Ohnishi, M. Kusaba, T. Mimura & W. Sakamoto: Nat. Plants, 4, 1044 (2018).

5) Z. Svab, P. Hajdukiewicz & P. Maliga: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 8526 (1990).

6) Q. Rascón-Cruz, C. D. González-Barriga, B. F. Iglesias-Figueroa, J. C. Trejo-Muñoz, T. Siqueiros-Cendón, S. R. Sinagawa-García, S. Arévalo-Gallegos & E. A. Espinoza-Sánchez: Electron. J. Biotechnol., 51, 95 (2021).

7) T. Yoshizumi, K. Oikawa, J. A. Chuah, Y. Kodama & K. Numata: Biomacromolecules, 19, 1582 (2018).

8) M. Odahara, Y. Horii, J. Itami, K. Watanabe & K. Numata: Front. Plant Sci., 13, 989310 (2022).

9) S.-Y. Kwak, T. T. S. Lew, C. J. Sweeney, V. B. Koman, M. H. Wong, K. Bohmert-Tatarev, K. D. Snell, J. S. Seo, N.-H. Chua & M. S. Strano: Nat. Nanotechnol., 14, 447 (2019).

10) A. Jakubiec, A. Sarokina, S. Choinard, F. Vlad, I. Malcuit & A. P. Sorokin: Nat. Plants, 7, 932 (2021).

11) J. M. Staub & P. Maliga: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 7468 (1994).

12) A. Occhialini, A. C. Pfotenhauer, L. Li, S. A. Harbison, A. J. Lail, J. N. Burris, C. Piasecki, A. A. Piatek, H. Daniell, C. N. Stewart Jr. et al.: Plant Biotechnol. J., 20, 360 (2022).

13) I. Nakazato, M. Okuno, H. Yamamoto, Y. Tamura, T. Itoh, T. Shikanai, H. Takanashi, N. Tsutsumi & S.-I. Arimura: Nat. Plants, 7, 906 (2021).

14) I. Nakazato, M. Okuno, T. Itoh, N. Tsutsumi & S.-I. Arimura: Plant J., 115, 1151 (2023).

15) B.-C. Kang, S. J. Bae, S. Lee, J. S. Lee, A. Kim, H. Lee, G. Baek, H. Seo, J. Kim & J.-S. Kim: Nat. Plants, 7, 899 (2021).

16) R. Li, S. N. Char, B. Liu, H. Liu, X. Li & B. Yang: Mol. Plant, 14, 1412 (2021).

17) H. Daniell, C. S. Lin, M. Yu & W.-J. Chang: Genome Biol., 17, 134 (2016).

18) N. Ahmad, F. Michoux, A. G. Lössl & P. J. Nixon: J. Exp. Bot., 67, 5945 (2016).

19) I. Khan & H. Daniell: Curr. Opin. Colloid Interface Sci., 54, 101452 (2021).

20) P. S. Lakshmi, D. Verma, X. Yang, B. Lloyd & H. Daniell: PLoS One, 8, e54708 (2013).

21) H. Daniell, V. Rai & Y. Xiao: Plant Biotechnol. J., 17, 1357 (2019).

22) H. Daniell, R. Singh, V. Mangu, S. K. Nair, G. Wakade & N. Balashova: Biomaterials, 298, 122142 (2023).

23) H. Daniell, V. Mangu, B. Yakubov, J. Park, P. Habibi, Y. Shi, P. A. Gonnella, A. Fisher, T. Cook, L. Zeng et al.: Biomaterials, 233, 119750 (2020).

24) H. Daniell, S. K. Nair, N. Esmaeili, G. Wakade, N. Shahid, P. K. Ganesan, M. R. Islam, A. Shepley-McTaggart, S. Feng, E. N. Gary et al.: Mol. Ther., 30, 1966 (2022).

25) H. Daniell, S. K. Nair, H. Guan, Y. Guo, R. J. Kulchar, M. D. T. Torres, M. Shahed-Al-Mahmud, G. Wakade, Y.-M. Liu, A. D. Marques et al.: Biomaterials, 288, 121671 (2022).

26) Y. Nakahira, K. Mizuno, H. Yamashita, M. Tsuchikura, K. Takeuchi, T. Shiina & H. Kawakami: Front Plant Sci., 12, 717952 (2021).

27) T. Hasunuma, S. Miyazawa, S. Yoshimura, Y. Shinzaki, K. Tomizawa, K. Shindo, S.-K. Choi, N. Misawa & C. Miyake: Plant J., 55, 857 (2008).

28) P. Fuentes, F. Zhou, A. Erban, D. Karcher, J. Kopka & R. Bock: eLife, 5, e13664 (2016).

29) K. Bohmert-Tatarev, S. McAvoy, S. Daughtry, O. P. Peoples & K. D. Snell: Plant Physiol., 155, 1690 (2011).

30) A. Krichevsky, B. Meyers, A. Vainstein, P. Maliga & V. Citovsky: PLoS One, 5, e15461 (2010).

31) E. A. Mudd, P. Madesis, E. M. Avila & A. Day: Methods Mol. Biol., 1132, 107 (2014).

32) T. Tungsuchat-Huang & P. Maliga: Methods Mol. Biol., 1132, 205 (2014).