Kagaku to Seibutsu 62(3): 154-157 (2024)
バイオサイエンススコープ
ベージュ脂肪細胞機能阻害を回復させる食品成分の新規評価法
熱産生能回復を介した抗肥満食品成分の評価
Published: 2024-03-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
世界の肥満人口は増加し続けており,2035年には4人に1人が肥満になるとも予測されている.肥満は糖尿病や脂質異常症,高血圧など様々な生活習慣病を併発することが多く,それにより動脈硬化性疾患の発症リスクを劇的に増加させる.動脈硬化性疾患による死者数が増加している現状において,肥満の予防・改善は喫緊の課題であり,抗肥満作用を持つ食品成分に注目が集まっている.
肥満状態の脂肪組織では慢性的な“炎症”が生じており,この慢性炎症は脂肪細胞の様々な機能を阻害する(1)1) T. Kawai, M. V. Autieri & R. Scalia: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 320, C375 (2021)..阻害される脂肪細胞の機能には,褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞での脂肪消費を伴う熱産生能も含まれるため,この肥満に伴う炎症を抑えることにより脂肪細胞の不活性化を解除できれば,抗肥満につながると期待されている.これらの背景から今回は特に炎症によるベージュ脂肪細胞での熱産生能阻害に対する抗炎症作用を有する食品成分の機能評価について,新しい評価系を構築したので紹介する.
肥満とは体内に中性脂肪が過剰に蓄積した状態を指し,その中性脂肪を蓄えるのが白色脂肪細胞である.しかし,他にもベージュ脂肪細胞と褐色脂肪細胞と呼ばれる異なった働きを持つ脂肪細胞が存在する(2)2) L. Sidossis & S. Kajimura: J. Clin. Invest., 125, 478 (2015)..このベージュ脂肪細胞や褐色脂肪細胞は実際に色が異なるためこのように呼ばれており,その色の違いは細胞内に存在するミトコンドリア量に起因している.白色脂肪細胞の主な機能が中性脂肪の貯蔵であるのに対して,褐色脂肪細胞は,体温維持などに必要な熱産生を主な機能とする細胞である.ベージュ脂肪細胞は,白色脂肪組織に存在し,通常は白色脂肪細胞と同様に中性脂肪の貯蔵を行っているが,特定の刺激によって褐色脂肪細胞のような熱産生細胞に変化する.褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞の熱産生はミトコンドリアに発現する脱共役タンパク質1(uncoupled protein-1: UCP-1)が担っており,その活性化にはアドレナリンによる刺激が必要である.例えば,体温が低下したときに交感神経が活性化し,この交感神経の活性化が引き金となって褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞でのUCP-1の発現量増加により熱産生が高まる.このように脂肪細胞には,過剰なエネルギーを脂肪として貯蔵するのではなく,熱を産生するために貯蔵した脂肪を消費する細胞も存在している(3)3) J. Nedergaard, V. Golozoubova, A. Matthias, A. Asadi, A. Jacobsson & B. Cannon: Biochim. Biophys. Acta, 1504, 82 (2001)..
脂肪細胞は中性脂肪を蓄え続けると細胞サイズが大きくなるが,そのサイズには限界があり,限界まで中性脂肪を蓄えた白色脂肪細胞を「肥大化脂肪細胞」と呼ぶ.この肥大化脂肪細胞は,炎症性サイトカインであるMCP-1(Monocyte chemotactic protein-1: 単球走化性因子1)を分泌することにより,白色脂肪組織にマクロファージを浸潤させる.浸潤したマクロファージは,肥大化脂肪細胞が放出する遊離脂肪酸によって活性化され,TNFα(Tumor necrosis factor α: 腫瘍壊死因子α)を分泌する(4)4) T. Suganami, J. Nishida & Y. Ogawa: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 25, 2062 (2005)..活性化マクロファージから分泌されたTNFαは周囲の白色脂肪細胞に作用して糖尿病の原因となるインスリン抵抗性を引き起こす(図1図1■脂肪組織における炎症と脂肪細胞の不活性化).このTNFαは,同じ白色脂肪組織中に存在するベージュ脂肪細胞にも作用し,UCP-1の発現を阻害することにより脂肪消費を伴う熱産生を低下させる(5, 6)5) T. Sakamoto, N. Takahashi, Y. Sawaragi, S. Naknukool, R. Yu, T. Goto & T. Kawada: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 304, C729 (2013).6) T. Sakamoto, T. Nitta, L. Maruno, Y. S. Yeh, H. Kuwata, K. Tomita, T. Goto, N. Takahashi & T. Kawada: Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., 310, E676 (2016)..したがって,この炎症を抑制することにより,白色脂肪細胞のインスリン抵抗性だけでなくベージュ脂肪細胞の脂肪消費を介した熱産生能の阻害も回復させ,その結果肥満の予防・改善につながることが期待される.そのため,抗炎症作用を有する食品成分は脂肪組織での炎症を抑えることで抗肥満作用を示す可能性が考えられ,そうした食品成分の同定と機能評価は非常に重要である.
図1■脂肪組織における炎症と脂肪細胞の不活性化
肥満状態の脂肪組織では,脂肪細胞が肥大化するだけでなく,マクロファージが浸潤する.肥大化した脂肪細胞から放出される遊離脂肪酸によってマクロファージが活性化すると炎症が生じる.この慢性炎症は脂肪細胞の機能を阻害することで糖尿病などの疾患を引き起こす(文献4~6を参照).
これまで動物レベルで行われてきた検討では,特定の食品成分を摂取させることで褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞での熱産生能が増加されても,褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞に対する直接的効果なのか,あるいは抗炎症作用によるマクロファージに対する間接的効果なのか,明確に区別することが困難であった.そこで,褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞での熱産生能に対する抗炎症作用による間接的効果のみを評価できる細胞実験系の確立を試みた.
これまで脂肪組織での炎症を再現する細胞レベルの実験系として「共培養系」が用いられてきた.共培養系は,分化した脂肪細胞の上にマクロファージを添加し,脂肪細胞から分泌される遊離脂肪酸によってマクロファージを活性化することで脂肪細胞の機能を評価する細胞実験系である(7)7) J. M. Monk, D. M. Liddle, A. L. Hutchinson & L. E. Robinson: Methods Mol. Biol., 2184, 111 (2020)..この実験系では,マクロファージを十分に活性化させるだけの遊離脂肪酸を放出させるため,脂肪細胞に大量の脂肪を蓄積させる必要がある.そのため脂肪細胞の培養期間が約3週間必要であったが,この期間の長さは食品成分のスクリーニングを行う上で障害となっている.加えて,脂肪細胞とマクロファージを共培養する場合,添加した食品成分がマクロファージだけでなく脂肪細胞にも作用しうる.そのため,ベージュ脂肪細胞の熱産生能を評価するにあたり,ベージュ脂肪細胞に対する直接的効果によって熱産生活性が増大したのか,マクロファージの活性化,すなわち炎症を抑制するという間接的効果によってベージュ脂肪細胞の熱産生活性が増大したのか,区別することが困難である.この直接的効果と間接的効果を区別することが難しいという点は,上述のように動物実験と同様であり,この点が培養期間の長さとともに従来の実験系の課題であった.
新規評価系では,活性化マクロファージの培養上清を用いて炎症によるベージュ脂肪細胞の機能阻害を再現することを試みた(図2図2■マクロファージの培養上清(Conditioned-Medium)を用いた実験の概要).共培養系では肥大化脂肪細胞から放出される遊離脂肪酸によりマクロファージが活性化されるが,新規評価系では,LPS(Lipopolysaccharide: リポ多糖)を用いてマクロファージを活性化させ,培養上清を調製した.このLPS刺激により活性化されたマクロファージから,ベージュ脂肪細胞での熱産生を阻害するTNFαやIL-1βといった炎症性サイトカインが分泌される(5, 8)5) T. Sakamoto, N. Takahashi, Y. Sawaragi, S. Naknukool, R. Yu, T. Goto & T. Kawada: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 304, C729 (2013).8) T. Goto, S. Naknukool, R. Yoshitake, Y. Hanafusa, S. Tokiwa, Y. Li, T. Sakamoto, T. Nitta, M. Kim, N. Takahashi et al.: Cytokine, 77, 107 (2016)..LPSを取り除くため,LPSを含む培地を無血清培地に交換し,24時間さらに培養する.食品成分の評価を行う場合は,食品成分で前処理したマクロファージに対し食品成分共存下でLPS刺激を行った後,食品成分とLPSを取り除くため,処理に用いた培地を無血清培地に交換する.これらの無血清培地には,LPSならびに評価対象である食品成分は含まれず,LPSによって活性化されたマクロファージが放出する炎症性サイトカインが含まれる.この培地を培養上清(Conditioned-Medium)として回収し,脂肪細胞に添加する.培養上清となる,LPS刺激後に交換した培地は無血清培地を用いているため,実際に脂肪細胞に添加する際には20%の血清を含む培地と1 : 1で混合することで,通常脂肪細胞の培養に用いる10%の血清濃度とする.この培養上清で脂肪細胞を処理し,アドレナリン類似物質の添加することで,ベージュ脂肪細胞としての熱産生能評価を行う.熱産生能の評価は,アドレナリン刺激により誘導されるUCP-1のmRNA発現量を定量的PCR法により定量することで行う(実験系確立に用いたベージュ脂肪細胞モデルであるC3H10T1/2細胞はUCP-1のmRNAは発現するがタンパク質は発現しないため,mRNA発現レベルの解析で熱産生能を評価している).
図2■マクロファージの培養上清(Conditioned-Medium)を用いた実験の概要
マクロファージにLPSや食品成分を処理した後,細胞を洗浄し,培地を交換するためConditioned-Medium中にはLPSや食品成分が含まれない.このConditioned-Mediumにはマクロファージから放出された炎症性サイトカインが含まれており,これを脂肪細胞に添加することで,抗炎症作用を有する食品成分の,脂肪細胞に対する間接的効果を評価することができる.
この評価系が食品成分の抗炎症作用によるUCP-1発現回復を評価できるかどうか確認するために,既に抗炎症作用が報告されているショウガ含有成分である6-gingerolを用いて,そのUCP-1発現回復作用を検討した.その結果,細胞毒性が認められない濃度において,6-gingerolで処理したマクロファージの培養上清ではUCP-1発現の回復が認められた(図3図3■6-Gingerolの抗炎症作用によるUCP-1発現回復作用).この6-gingerolは,ベージュ脂肪細胞に直接作用してUCP-1の発現を増強し,熱産生活性を増加させることが既に報告されている(9)9) J. Wang, L. Zhang, L. Dong, X. Hu, F. Feng & F. Chen: J. Agric. Food Chem., 67, 14056 (2019)..このような成分であっても,抗炎症作用がなければ,培養上清を用いた評価系でベージュ脂肪細胞のUCP-1の発現を回復させることはない.以上のことから,新たに構築したこの評価系を用いることで,食品成分の抗炎症作用によるベージュ脂肪細胞への間接的効果のみを評価することが可能であると考えられる.
上述の通り,マクロファージの培養上清を用いることで,抗炎症作用によるベージュ脂肪細胞の機能阻害回復について評価可能であることが示された.この新しい評価系には,今後の食品成分の機能を考える上で重要な点が2つある.1つは,既に抗肥満作用が報告されている食品成分の動物レベルにおける作用メカニズムを明らかにすることができるという点である(図4図4■新規評価系がもたらす食品成分の新たな機能解析).動物レベルでUCP-1の発現や活性を増加させ,抗肥満作用を示す食品成分の報告は多くされているが(10~12)10) M. L. Bonet, J. Mercader & A. Palou: Biochimie, 134, 99 (2017).11) J. Wang, D. Li, P. Wang, X. Hu & F. Chen: J. Nutr. Biochem., 70, 105 (2019).12) S. Yoshino, M. Kim, R. Awa, H. Kuwahara, Y. Kano & T. Kawada: Food Sci. Nutr., 2, 634 (2014).,その作用がベージュ脂肪細胞に対する直接的効果なのか,あるいはマクロファージに対する抗炎症作用を介した間接的効果なのか,動物実験において区別することは困難であることは既に述べた通りである.特に脂肪組織で炎症が惹起される条件である肥満・糖尿病モデルマウスの使用や高脂肪食の長期摂取などの実験では,食品成分のベージュ脂肪細胞への直接的効果とマクロファージへの間接的効果が混在している可能性が高い.にもかかわらず,一般的にはベージュ脂肪細胞への直接的効果と考えられている場合が多い.そうした場合でも,今回確立した評価系を用いることで,そのUCP-1発現増加作用に間接的効果がどの程度寄与しているのかを直接的効果と区別して評価することができる.これは,食品成分がもたらす抗肥満作用の詳細なメカニズムを明らかにする上で非常に重要である.また,もう1つは,これまで動物に摂取させてもUCP-1発現増加作用が無いとされてきた食品成分について,条件によっては増加作用が見出される可能性があるという点である.UCP-1の発現に対して,抗炎症作用があってもベージュ脂肪細胞への直接的効果がない場合は,健康な状態のマウスに摂取させてもベージュ脂肪細胞でのUCP-1発現は変化しないが,高脂肪食の長期摂取や肥満・糖尿病モデルマウスなどの脂肪組織に炎症が惹起されている条件下であれば,抗炎症作用によってUCP-1発現が回復し,ベージュ脂肪細胞での熱産生能が回復することが予想される.したがって,今回確立した評価系で得られた結果から,どのような条件で動物実験をすれば良いかについても重要な情報が得られる.
Reference
1) T. Kawai, M. V. Autieri & R. Scalia: Am. J. Physiol. Cell Physiol., 320, C375 (2021).
2) L. Sidossis & S. Kajimura: J. Clin. Invest., 125, 478 (2015).
4) T. Suganami, J. Nishida & Y. Ogawa: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 25, 2062 (2005).
9) J. Wang, L. Zhang, L. Dong, X. Hu, F. Feng & F. Chen: J. Agric. Food Chem., 67, 14056 (2019).
10) M. L. Bonet, J. Mercader & A. Palou: Biochimie, 134, 99 (2017).
11) J. Wang, D. Li, P. Wang, X. Hu & F. Chen: J. Nutr. Biochem., 70, 105 (2019).
12) S. Yoshino, M. Kim, R. Awa, H. Kuwahara, Y. Kano & T. Kawada: Food Sci. Nutr., 2, 634 (2014).