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植物特異的転写因子のDNA形状読み取りによる遺伝子発現制御
ブラシノステロイド応答性遺伝子の発現を抑制する仕組み

Takuya Miyakawa

宮川 拓也

京都大学大学院生命科学研究科

Takeshi Nakano

中野 雄司

京都大学大学院生命科学研究科

Published: 2024-04-01

植物は光合成により無機物の二酸化炭素と水からグルコースを生成でき,この潤沢な原料から多様な低分子有機化合物をつくり出す代謝経路を獲得している.コレステロールと構造的に類似したカンペステロールから合成されるブラシノステロイド(brassinosteroid; BR)は,植物ホルモンに分類されるステロイドホルモンの総称であり,これまでに,カスタステロンやブラシノライドなどの50種類を超える類縁体が単離・構造決定されている.BRの作用により,植物の多岐にわたる成長過程は総じて促進的に調節され,乾燥ストレス耐性や病害抵抗性も向上することから,BRは植物バイオマスの増産において多面的に有用な生理活性をもつ.

BRのシグナル伝達経路は,BRへの感受性が低下した矮性変異体の探索でシロイヌナズナ変異体bri1が単離されたのを皮切りに,これまでに主な構成因子が解明されてきた.BRが細胞膜に局在する膜貫通型受容体キナーゼBRI1に結合すると,細胞内のリン酸化カスケードが活性化される.その最終標的は,BIL1/BZR1に代表される一群の転写因子であり,BR依存的に脱リン酸化されたBIL1/BZR1は核内で標的のDNA配列に結合し,BRの生理作用に必須な遺伝子セットの発現を調節する(1)1) Z. Y. Wang, T. Nakano, J. Gendron, J. He, M. Chen, D. Vafeados, Y. Yang, S. Fujioka, S. Yoshida, T. Asami et al.: Dev. Cell, 2, 505 (2002).

このように,BIL1/BZR1の活性化に至る分子ネットワークは,BRシグナル伝達に共通した経路であると考えられているが,BIL1/BZR1が核内で実行する遺伝子発現制御については未だ判然としていない.それにはいくつか理由がある.BIL1/BZR1が結合するDNA配列はBR応答エレメント(BRRE配列,5′-CGTGC/TG-3′)として最初に見出され,この配列中の4塩基対(BRREコア配列,5′-CGTG-3′)がBIL1/BZR1の結合に必須である.BRREコア配列は植物ゲノムのプロモーター上に存在するG-box配列(5′-CACGTG-3′)にも見られ,この6塩基を認識するbHLH転写因子と比べて,BIL1/BZR1は同等かそれよりも少ない数のプロモーター領域に結合することが示唆されている(2)2) E. Oh, J.-Y. Zhu & Z. Y. Wang: Nat. Cell Biol., 14, 802 (2012)..第二に,BIL1/BZR1は転写抑制型の共役因子TOPLESSの結合配列をもつことから,内因性の転写抑制因子である.しかし実際には,BIL1/BZR1が直接結合するプロモーターの下流遺伝子の発現は,誘導と抑制の双方向に制御される.

近年,単独の転写因子の結合配列をゲノムDNA上で探索する手法としてDNA affinity purification-sequencing(DAP-seq)法が開発され(3)3) R. C. O’Malley, S. C. Huang, L. Song, M. G. Lewsey, A. Bartlett, J. R. Nery, M. Galli, A. Gallavotti & J. R. Ecker: Cell, 165, 1280 (2016).,植物の転写因子のDAP-seqデータが利用可能である.そこで,BIL1/BZR1のDAP-seqデータとBIL1/BZR1を介して発現が調節されるBR応答性遺伝子のDNAマイクロアレイデータを統合することにより,遺伝子発現制御と関連したBIL1/BZR1の結合配列が解析された.その結果,BIL1/BZR1が単独で結合し易い塩基配列として,NN-BRREコア配列(5′-NNCGTG-3′: Nは4種類のヌクレオチドのいずれかを示し,CAのときはG-box配列である)とそれを挟む両側のそれぞれ2塩基(以降,隣接2塩基)からなる10塩基の配列が特徴づけられた(図1図1■BIL1/BZR1のホモ二量体形成及びDNA認識におけるbHLH転写因子との相違).隣接2塩基はYR(YはTまたはC, RはAまたはG)である頻度が高く,この配列をもつプロモーターへのBIL1/BZR1単独の結合は,BR応答性遺伝子の抑制に機能することが示された(4)4) S. Nosaki, N. Mitsuda, S. Sakamoto, K. Kusubayashi, A. Yamagami, Y. Xu, T. B. C. Bui, T. Terada, K. Miura, T. Nakano et al.: Nat. Plants, 8, 1440 (2022).

図1■BIL1/BZR1のホモ二量体形成及びDNA認識におけるbHLH転写因子との相違

BIL1/BZR1では,βヘアピン構造によりDNAに対するNヘリックスの配向がbHLH転写因子と異なる.BIL1/BZR1が結合した際に,隣接2塩基にYR(緑)をもつDNAは典型的なB型DNAと比較して歪んだ構造をとり,CAの認識が緩まる向きにGlu残基が配置する(黒枠の構造図).

BIL1/BZR1はそのアミノ酸配列の特徴からbHLH転写因子と類似したDNA結合ドメインをもち,共通のG-box配列認識残基を含む塩基性領域と2つのαヘリックス形成領域が存在する.しかし,BIL1/BZR1とG-box配列を含む二本鎖DNAの複合体構造が解析された結果,BIL1/BZR1はbHLH転写因子とは異なるホモ二量体構造を形成することにより,特異的な塩基配列認識が生み出されていることが明らかになった(図1図1■BIL1/BZR1のホモ二量体形成及びDNA認識におけるbHLH転写因子との相違(4, 5)4) S. Nosaki, N. Mitsuda, S. Sakamoto, K. Kusubayashi, A. Yamagami, Y. Xu, T. B. C. Bui, T. Terada, K. Miura, T. Nakano et al.: Nat. Plants, 8, 1440 (2022).5) S. Nosaki, T. Miyakawa, Y. Xu, A. Nakamura, K. Hirabayashi, T. Asami, T. Nakano & M. Tanokura: Nat. Plants, 4, 771 (2018)..BIL1/BZR1は二量体化モジュールとしてβヘアピン構造を採用することで,DNAの主溝にはまり込むN末端のαヘリックス(Nヘリックス)は,bHLH転写因子と比べて20°ほど大きな相対角度をとる.これに起因し,BIL1/BZR1ではNヘリックスとDNAの主鎖リン酸基との間で広範な水素結合ネットワークが形成される一方,BIL1/BZR1のG-box配列認識残基の一つのGlu残基がCAから遠ざかる向き(CAとの水素結合が弱まる向き)に配置する(図1図1■BIL1/BZR1のホモ二量体形成及びDNA認識におけるbHLH転写因子との相違).こうして,BIL1/BZR1は,CAの識別能が低下した状態であっても,主鎖リン酸基との相互作用で結合力を補強し,NN-BRREコア配列をもつDNAへの十分な結合が可能である.隣接2塩基については,BIL1/BZR1との間に直接的な相互作用は認められないが,主鎖リン酸基との水素結合ネットワークの形成に不可欠なDNAの構造変化に寄与していた(図1図1■BIL1/BZR1のホモ二量体形成及びDNA認識におけるbHLH転写因子との相違(4)4) S. Nosaki, N. Mitsuda, S. Sakamoto, K. Kusubayashi, A. Yamagami, Y. Xu, T. B. C. Bui, T. Terada, K. Miura, T. Nakano et al.: Nat. Plants, 8, 1440 (2022)..BIL1/BZR1が最も結合し易い隣接2塩基の配列であるYRは,他の配列(YY, RY, RR)に比べてDNA二重らせん構造中で隣り合う塩基どうしの重なりが小さく柔軟なため,BIL1/BZR1の結合に伴うDNAの構造変化を許容し易いと推定される.

以上のように,BIL1/BZR1が内因性の転写抑制因子として機能するためのDNA認識の仕組みが構造レベルで説明できるようになり,遺伝子発現制御の理解が一段と深まってきた.この仕組みは一方で,BIL1/BZR1が直接的に転写を活性化するには,単独では結合し難いNN-BRREコア配列に対して結合性を高める分子メカニズムの必要性を示唆している.実際に,BIL1/BZR1と協同的にはたらくbHLH転写因子PIF4や転写活性化型の共役因子BIC1が報告されてきている(6)6) Z. Yang, B. Yan, H. Dong, G. He, Y. Zhou & J. Sun: EMBO J., 40, e104615 (2021)..BIL1/BZR1の遺伝子発現調節の分子メカニズムをさらに理解していく上で,こうした因子の同定やDNA上の結合様式の解明が待たれる.

Reference

1) Z. Y. Wang, T. Nakano, J. Gendron, J. He, M. Chen, D. Vafeados, Y. Yang, S. Fujioka, S. Yoshida, T. Asami et al.: Dev. Cell, 2, 505 (2002).

2) E. Oh, J.-Y. Zhu & Z. Y. Wang: Nat. Cell Biol., 14, 802 (2012).

3) R. C. O’Malley, S. C. Huang, L. Song, M. G. Lewsey, A. Bartlett, J. R. Nery, M. Galli, A. Gallavotti & J. R. Ecker: Cell, 165, 1280 (2016).

4) S. Nosaki, N. Mitsuda, S. Sakamoto, K. Kusubayashi, A. Yamagami, Y. Xu, T. B. C. Bui, T. Terada, K. Miura, T. Nakano et al.: Nat. Plants, 8, 1440 (2022).

5) S. Nosaki, T. Miyakawa, Y. Xu, A. Nakamura, K. Hirabayashi, T. Asami, T. Nakano & M. Tanokura: Nat. Plants, 4, 771 (2018).

6) Z. Yang, B. Yan, H. Dong, G. He, Y. Zhou & J. Sun: EMBO J., 40, e104615 (2021).