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注目すべきトリプトファンの肝タンパク質合成促進作用
依然として進まない作用機構の解明

Fumiaki Yoshizawa

吉澤 史昭

宇都宮大学学術院

Published: 2024-04-01

アミノ酸はタンパク質をはじめとする生体成分の材料になるばかりでなく,複雑な細胞内情報伝達系を制御して代謝を調節する調節因子として作用することが知られている.なかでも分岐鎖アミノ酸の一つである不可欠アミノ酸(必須アミノ酸)のロイシン(Leu)は,タンパク質代謝(合成と分解)を調節するシグナル因子として注目されており,感知機構やシグナル伝達機構を含めた作用機序の解明を目指した研究が盛んに行われている一方で,輸液,サプリメントやいわゆる「健康食品」の成分としても広く使用されている.

Leuが骨格筋のタンパク質代謝を調節する作用をもつことが報告され始めた頃と時を同じくして,トリプトファン(Trp)が肝臓のタンパク質合成を刺激する作用をもつことが報告された(1)1) H. Sidransky, D. S. Sarma, M. Bongiorno & E. Verney: J. Biol. Chem., 243, 1123 (1968)..TrpはLeuと同様に不可欠アミノ酸の一つで,タンパク質の構成材料として重要な栄養素であるばかりでなく,脳内の興奮を鎮める神経伝達物質のセロトニン(5-hydroxytryptamine: 5-HT)や,体内時計の情報を伝える働きをもつメラトニンの生合成素材にもなることから,精神的・肉体的苦痛の緩和を効果的にもたらす物質として期待され,かつて抑鬱症や肥満,不眠症,アルコール依存症を含む多くの病気の治療,さらには栄養補給食や乳児用流動食に利用されていた.しかし,米国において1989年頃からTrpを含む健康食品を摂取した人の血中に好酸球が異常に増加して筋肉痛や発疹を伴う症例,好酸球増加筋肉痛症候群(eosinophilia–myalgia syndrome; EMS)が大規模に発生した.EMSはTrpの過剰摂取と特定の不純物(何かは確定していない)と患者の生理的要因が重なって発症したと考えられているが,発症機構が未解明のままであるため,その後Trpの食品,医療分野への利用が敬遠され,Leuの作用解析が活況を呈しているのとは対照的にTrpの作用解析は現在も停頓している.

Trpは前述の通り,5-HT,メラトニン,トリプタミン,キノリン酸,キヌレン酸など,さまざまな生理活性物質の前駆体としての役割を担っている.さらに,補酵素ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)およびニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)の前駆体であるナイアシンの生合成に必須である.これらのTrp代謝物の生理作用については多くの研究がなされているが,肝臓のタンパク質合成促進に関する報告は数少ない.例えば,部分肝切除後の肝再生において血小板から供給される5-HTが重要な働きをしていることが報告されている(2)2) M. Lesurtel, R. Graf, B. Aleil, D. J. Walther, Y. Tian, W. Jochum, C. Gachet, M. Bader & P. A. Clavien: Science, 312, 104 (2006)..また,非アルコール性脂肪肝モデルマウスにおいて,Trp投与が5-HTを介して肝臓でのmammalian target of rapamycin(mTOR)のリン酸化を誘導することが報告されている(3)3) Y. Osawa, H. Kanamori, E. Seki, M. Hoshi, H. Ohtaki, Y. Yasuda, H. Ito, A. Suetsugu, M. Nagaki, H. Moriwaki et al.: J. Biol. Chem., 286, 34800 (2011)..mTORはタンパク質合成のマスターレギュレーターであり,そのリン酸化は,翻訳開始調節因子であるeukaryotic translation initiation factor 4E-binding protein 1(4E-BP1)やribosomal protein S6 kinase beta-1(S6K1)などの下流のターゲットのリン酸化を介してタンパク質合成を刺激し,細胞の成長と増殖を促すことが知られている.これらの報告から,5-HTなどのTrpの代謝物が,Trpによる肝タンパク質合成の刺激に寄与している可能性を排除することはできない.しかし,Trp自体がシグナル因子として作用する可能性を示す報告が古くからある.Sidranskyらは,絶食させたマウスまたはラットへのTrpの単回経口投与が,肝臓でのポリソームの形成を急速に誘導し,タンパク質合成を促進することを報告した(1)1) H. Sidransky, D. S. Sarma, M. Bongiorno & E. Verney: J. Biol. Chem., 243, 1123 (1968)..さらに,彼らは肝細胞の核膜上にTrpの受容体が存在することを報告し,この受容体へのTrpの結合は特異的であり,高い親和性があることを示した(4).Trpが肝臓でのタンパク質合成を急速に促進する作用において,Trpのこの核膜上の受容体への特異的結合が重要な役割を果たしていると推測している.しかし,その後この推測を裏付けるような報告は,他の研究グループからはされていない.

我々は動物個体を用いたアミノ酸の経口投与試験で,肝臓のタンパク質合成に対してはLeuよりもTrpの方が強い促進作用を示すことに気付き,Trpのタンパク質合成促進作用の解析に着手した.一夜絶食させたラットにTrpを単回経口投与し,1時間後に肝臓のタンパク質合成速度を測定するとともに,4E-BP1とS6K1のリン酸化状態を解析することによりmTOR経路の関与を調べた.その結果,Trpの経口投与によるmTOR経路の活性化を伴うタンパク質合成速度の増加を確認した(5)5) K. A. Obeng, S. Mochizuki, S. Koike, Y. Toyoshima, Y. Sato & F. Yoshizawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol., 68, 312 (2022)..また,Trp投与3時間後の肝臓のメタボロームを解析したところ,Trp経口投与によってオルニチン(Orn)とOrnから合成されるポリアミンの濃度が上昇していた.さらに肝臓のプロテオームを解析したところ,肝臓でのOrn代謝経路の主要酵素であるオルニチンアミノトランスフェラーゼ(OAT)の発現が抑制されていたことから,Trp投与によってOrnの代謝が抑制された結果Orn濃度が上昇したと考えられる.一夜絶食させたラットにTrpを経口投与すると,肝臓においてOrnからポリアミンの一種であるプトレシン(Put)を生じる反応を触媒する酵素であるオルニチンデカルボキシラーゼ(ODC)の活性が増加するとの報告があることから,Trpの経口投与によってOrnの代謝が抑制された結果Orn濃度が上昇し,さらにODCの活性が亢進することでポリアミン濃度が上昇したようである.Putの投与でもS6K1と4E-BP1のリン酸化が増加することから,Trp経口投与による肝臓でのタンパク質合成促進には,ポリアミン濃度の上昇が関係していると考えている(図1図1■予想されるトリプトファンによる肝タンパク質合成促進の機構(6)6) S. Koike, Y. Kabuyama, K. A. Obeng, K. Sugahara, Y. Sato & F. Yoshizawa: Nutrients, 12, 2665 (2020).

図1■予想されるトリプトファンによる肝タンパク質合成促進の機構

現在,培養細胞を用いてTrpのタンパク質合成促進作用の機構解析を進めようと試みているが,動物を用いた経口投与試験で観察されたような強いタンパク質合成促進作用が再現できる実験系の構築には至っていない.

肝臓は血漿タンパク質を含めた多種多様なタンパク質の生合成の場として重要であることから,Trpの肝タンパク質合成促進作用の解明は重要な意味をもつ.Trpの肝タンパク質合成促進作用に興味をもち,一人でも多くの研究者が関連する研究に参入してくれることを期待している.

Reference

1) H. Sidransky, D. S. Sarma, M. Bongiorno & E. Verney: J. Biol. Chem., 243, 1123 (1968).

2) M. Lesurtel, R. Graf, B. Aleil, D. J. Walther, Y. Tian, W. Jochum, C. Gachet, M. Bader & P. A. Clavien: Science, 312, 104 (2006).

3) Y. Osawa, H. Kanamori, E. Seki, M. Hoshi, H. Ohtaki, Y. Yasuda, H. Ito, A. Suetsugu, M. Nagaki, H. Moriwaki et al.: J. Biol. Chem., 286, 34800 (2011).

4) R. N. Kurl, E. Verney & H. Sidransky: Arch. Biochem. Biophys., 265, 286 (1988).

5) K. A. Obeng, S. Mochizuki, S. Koike, Y. Toyoshima, Y. Sato & F. Yoshizawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol., 68, 312 (2022).

6) S. Koike, Y. Kabuyama, K. A. Obeng, K. Sugahara, Y. Sato & F. Yoshizawa: Nutrients, 12, 2665 (2020).