Kagaku to Seibutsu 62(4): 166-168 (2024)
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海綿レクチンで迫るトロンボポエチン受容体の多様な活性化機構の謎
造血サイトカイン受容体の糖鎖を介した活性化
Published: 2024-04-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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トロンボポエチン(TPO)は骨髄で産生された造血幹細胞を巨核球,血小板へと分化誘導する造血サイトカインであるが,加えて骨髄における造血幹細胞の数や質の維持管理にも関与しており,その受容体は造血システムの司令塔ともいえる(1)1) A. Nakamura-Ishizu & T. Suda: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1466, 51 (2020)..1998年にTPO受容体がTPO以外の小分子化合物でも活性化されることが発見され,それを契機に血小板減少症に対する医薬としてエルトロンボパグが開発された(図1A図1■各種TPO受容体アゴニストの構造).時を同じくして,我々は天然にTPO受容体のアゴニストを求め,カビ毒キサントシリンが10 nM程度で活性を示す強力なアゴニストであることを見出した(図1B図1■各種TPO受容体アゴニストの構造)(2)2) R. Sakai, T. Nakamura, T. Nishino, M. Yamamoto, A. Miyamura, H. Miyamoto, N. Ishiwata, N. Komatsu, H. Kamiya & N. Tsuruzoe: Bioorg. Med. Chem., 13, 6388 (2005)..これを機に我々は天然にさらなるTPO様の活性物質が含まれると確信し,海洋生物抽出物約900種を対象に探索を行った.その結果,特に強い活性を示したミクロネシア産Corticium属海綿(図1C図1■各種TPO受容体アゴニストの構造)より新規タンパク質トロンボコルチシン(ThC)を単離することに成功した(3)3) H. Watari, H. Nakajima, W. Atsuumi, T. Nakamura, T. Nanya, Y. Ise & R. Sakai: Comp. Biochem. Physiol. C Toxicol. Pharmacol., 221, 82 (2019)..ThCは全長131残基のタンパク質でホモダイマーを形成し,1つの複合体で2つの糖鎖と結合できるレクチンであるが,TPOと構造的な類似性はない(図1D図1■各種TPO受容体アゴニストの構造).
図1■各種TPO受容体アゴニストの構造
A)エルトロンボパグB)キサントシリンC)ミクロネシア産海綿Corticium sp. D) X線結晶構造解析により得られたThCの立体構造.上下反転したホモダイマーを形成し,2分子のカルシウムイオン(ボール)を介しフコースと結合している.
TPOは1分子内に2つの非対称な受容体結合部位を持ち,それぞれが受容体のリガンド結合部位に結合することで受容体を2量化し,それが細胞内ドメインに結合したヤヌスキナーゼ(JAK)経由のリン酸化カスケードを作動させる(グラフィカルアブストラクト参照).それではThCはどのようにして受容体を活性化するのであろうか.これを解明するため“ThCは受容体上の糖鎖に結合することで,2分子の受容体を架橋・2量化し、活性化に導く”というこれまでとは異なる2量化の機構を想定し,実験を進めた.その結果ThCは,α(1,6)フコースを認識し,受容体のN末端側に最も近いN型糖鎖(N117)に結合することで受容体を活性化していることが示された(4)4) H. Watari, H. Kageyama, N. Masubuchi, H. Nakajima, K. Onodera, P. J. Focia, T. Oshiro, T. Matsui, Y. Kodera, T. Ogawa et al.: Nat. Commun., 13, 7262 (2022)..これまでTPO受容体の糖鎖は受容体の活性化には直接関与していないと考えられてきたが,この結果はN117の糖鎖に何らかの生理的な重要性があることを示唆するものである.
興味深いことに,本研究とほぼ同時進行で骨髄増殖性腫瘍の発症の分子機構の一つとしてTPO受容体の糖鎖が関与しているという仮説が提唱された.具体的には,変異が生じた分子シャペロンであるcalreticulin(CALR)が小胞体内で受容体N117上の未成熟糖鎖に結合すると,そのまま細胞表面に輸送され,恒常的な活性化を引き起こすというものである(5)5) 荒木真理人:血栓止血誌,31,491(2020)..CALRは本来単量体で小胞体に常在し,1カ所の糖結合部位を持つが,フレームシフトにより生じた新たな糖結合部位を有するC末端ドメインにより2量体化することで,受容体2分子を架橋することが可能になったと考えられている(5)5) 荒木真理人:血栓止血誌,31,491(2020)..この機構はThCによる活性化と非常に類似しているが,発現CALR変異体で細胞を処理しても受容体は活性化されず,この仮説を立証することは困難を極めた.したがってThCによる糖鎖を介した活性化はこの仮説を間接的ではあるものの,強く支持する結果であり,TPO受容体の多様な活性化機構を裏付けるだけではなく,N117糖鎖の生理学的な重要性も立証した.TPO受容体N117のN型糖鎖コンセンサス配列は,魚類に至るまで幅広い動物種で保存されていることから,ThCやCALR変異体による活性化は単なる偶然ではなく,何らかの生理的な重要性を示唆しているのかもしれない.
TPOによる正規の受容体活性化とThCやCALR変異体による糖鎖を介した活性化の間で,シグナリングにおいて何か違いはあるのだろうか? これを調べるため,細胞内シグナリングの経時変化を比較したところ,両者は大きく異なる特徴を持つことが明らかとなった.すなわち,TPOでは添加直後にシグナリングが開始し10分程度で極大に達した後,徐々に減衰する一方,ThCによる活性化は添加後30分程度から徐々に始まり6時間程度まで持続した(4)4) H. Watari, H. Kageyama, N. Masubuchi, H. Nakajima, K. Onodera, P. J. Focia, T. Oshiro, T. Matsui, Y. Kodera, T. Ogawa et al.: Nat. Commun., 13, 7262 (2022)..このような持続的な活性化はCALR変異体においても報告されている(5)5) 荒木真理人:血栓止血誌,31,491(2020)..TPO受容体は活性化直後にエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれ,過剰なシグナルを与えないよう調節されていることが知られているが,糖鎖を介した活性化ではこの調節機構が正常に作動せず,長期にわたってシグナルが入り続けることが細胞ガン化の一因となっている可能性がある.
次に,ThCがTPOの活性にどのように影響するか調べるために低濃度のThC存在下でTPOの作用を調べたところ,その活性が7倍以上に増強されることを見出した.当初,これは低濃度のThCにより形成された複合体が中間体として機能しTPOが2つの受容体と出会いやすくなる,すなわち複合体形成のエントロピー障壁を担保することで,見かけ上TPOの活性を上昇させるのだと考えた.一方Hitchcockらは最近,クライオ電顕を用いた解析でTPOと受容体の3者複合体の構造を解明し,これまでに構造生物学的な知見がほとんどなかったTPO受容体とTPOの原子レベルでの構造に一定の結論をもたらした(6)6) N. Tsutsumi, Z. Masoumi, S. C. James, J. A. Tucker, H. Winkelmann, W. Grey, L. K. Picton, L. Moss, S. C. Wilson, N. A. Caveney et al.: Cell, 186, 4189 (2023)..それによると受容体の細胞外ドメインはTPOを挟んでV字型にクロスした活性化複合体を形成しておりN117の糖鎖は我々の予測とは異なり受容体上面に存在していた(図2A図2■TPO受容体とアゴニストにより形成される活性化複合体).2つの糖鎖間の距離は約76ÅでありThCの糖結合部位間の距離36Åよりはるかに長い.また,ThCとTPOが同時に結合するスペースもない.したがって我々が想定したTPOとThCが同時に一つの受容体に結合するモデルは成立しない.また,ThCがTPO受容体2分子と結合するためには,TPOの結合による正規の活性化複合体と構造が大きく異なる複合体を形成していることが予想され(図2B図2■TPO受容体とアゴニストにより形成される活性化複合体),もしそうであれば,活性化のモードがシグナリングの質に大きく影響するという観察結果と矛盾はない.我々はこれまでの研究で,海綿由来の生理活性物質であるThCを見出し,本研究においてTPO受容体活性化機構の新たな側面を明らかにした.しかしThCの活性化機構だけをとってもまだ不明な点が多く,その解明は新たな課題である.これらの生理的,構造生物学的問いを解明するためにはThC-TPO受容体複合体の構造を決定する必要があるが,これは受容体の活性化モードとシグナルの質を構造生物学的に考察する上で極めて重要な知見となるであろう.