Kagaku to Seibutsu 62(4): 181-186 (2024)
解説
出芽酵母で形成される解糖系酵素群の集合体とその制御
代謝制御の新たな視点
Assembly of Glycolytic Enzymes Formed in Saccharomyces cerevisiae and Their Regulation: A New Perspective on Metabolic Control
Published: 2024-04-01
真核細胞の内部には,核や小胞体,ゴルジ体,ミトコンドリアといった,膜で囲まれたオルガネラが存在し,それぞれが独特な機能を発揮する場となっている.近年,細胞内にはこうした膜で囲まれたオルガネラに加えて,タンパク質や核酸等で構成される「膜のないオルガネラ」が多数存在することが見出されてきた.特に,複数の代謝酵素が集合することで形成される「膜のないオルガネラ」は,細胞内で代謝反応を調節することが知られつつある.酵素の集合体形成による調節は,転写調節に加えた新たな細胞の代謝調節機構として注目を集めている.ここでは細胞内でみられる酵素集合体の種類と機能,その制御についての視点を中心に,過去・現在を踏まえ,最新の状況を交えた今後の展望を含めて全体的に概観する.
Key words: 代謝酵素; タンパク質集合体; 液-液相分離; 出芽酵母; 代謝調節
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
細胞内のタンパク質の局在を調べるには,調べたいタンパク質に蛍光タンパク質を融合させて細胞内で発現させるか,もしくは細胞を固定して抗体等で染色する.蛍光タンパク質が発見され,遺伝子組換えに用いられるようになってからほどなくして,出芽酵母を用いて,緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子をゲノム上のタンパク質をコードする遺伝子の下流に導入し,細胞内のタンパク質の局在を網羅的に調べようという試みが行われた(図1図1■出芽酵母における細胞内タンパク質局在の確認).この試みでは全タンパク質のおよそ7割がカバーされ,作製された組換え酵母株は市販株として全世界に配布されるようになった(1)1) W.-K. Huh, J. V. Falvo, L. C. Gerke, A. M. Carroll, R. W. Howson, J. S. Weissman & E. K. O’Shea: Nature, 425, 686 (2003)..この組換え酵母を用いて,様々な酵素が異なる条件で集合体を形成することが見出されてきた(2)2) N. Miura: Microorganisms, 10, 232 (2022)..
出芽酵母内では,こうして見出された集合体を形成する酵素はフィラメント状,もしくはドット状の形状を示す.このとき,細胞内小器官に局在する酵素群とは異なって,普段は細胞内に散在する酵素が,特定の条件下で集合するのがポイントである.出芽酵母ではグルコース飢餓時や対数増殖時に集合体形成する酵素が多く知られている.
筆者らは2013年に,低酸素条件がトリガーとなって,解糖系酵素群を含む広範な代謝酵素群が集合体を形成することを見出した(3)3) N. Miura, M. Shinohara, Y. Tatsukami, Y. Sato, H. Morisaka, K. Kuroda & M. Ueda: Eukaryot. Cell, 12, 1106 (2013)..また,この時に形成される集合体では,少なくとも解糖系酵素群が全て同じ集合体に含まれていた.つまり,細胞質に散在しているものと思われていた酵素群が,一箇所に集まって何らかの機能を果たしている可能性が示唆された.このときの刺激が低酸素で,集合するのが解糖系酵素である,ということが重要なポイントで,低酸素条件下では解糖系が亢進するという現象が以前から知られていた.実際に,低酸素条件下で一定時間培養した細胞では,通常酸素条件下で培養した細胞に比べて,細胞外から取り込まれたグルコースがより早期にピルビン酸・オキサロ酢酸に変換された.従来,この現象は転写調節によって説明がつく(低酸素条件下では解糖系酵素遺伝子の転写量が増大する)とされてきたが,集合体形成不全を起こす酵素の一アミノ酸変異をゲノムに導入して同様の実験を行うと,解糖系代謝の変化は見られなくなった.ここから,低酸素条件下では解糖系酵素群が集合体を形成することで,酵素間距離を短縮し,代謝効率を上げている可能性が示唆された(図2図2■低酸素条件下における代謝酵素集合体の形成).この集合体は2017年にアメリカの別グループによって,出芽酵母の別株に加えてヒトがん細胞でも形成が確認され,「Glycolytic body(G-body)」と名付けられた.
酵素群が集合して形成される「膜のないオルガネラ」には他にも,purine合成系の酵素群が集合して形成され,主にヒトがん細胞でみられるpurinosomeなどがある.様々な真核細胞で見出されているこうした酵素群の集合体であるが,細胞によって集合する酵素の種類が異なることが知られており,ある程度細胞に特異的な調節機構が存在する可能性がある.
「液滴」とよく表現される細胞内の酵素集合体であるが,具体的にどのような状態で存在しているのかという定義については曖昧な部分がある.これまでの知見をまとめると,酵素が細胞内(細胞質)に存在しているとき,主に溶液状態-液滴-フィラメント-凝集の四形態をとっていることが共通理解となりつつある(4)4) S. Yang, W. Shen, J. Hu, S. Cai, C. Zhang, S. Jin, X. Guan, J. Wu, Y. Wu & J. Cui: Front. Immunol., 14, 1162211 (2023)..液滴状態とは酵素がより集まっている状態であり,タンパク質や核酸が主にπ-π相互作用,カチオン-アニオン相互作用,双極子相互作用,カチオン-π相互作用等の相互作用によって集合し,周囲の物質と「液-液相分離」した状態としても言い表される.この液滴は試験管内ではタンパク質や核酸のみによっても形成されるが,細胞内では核酸とタンパク質の混合体として観察されることが多い.タンパク質濃度等の変化により,この液滴は流動性が落ちたゲル状態を経て繊維化や凝集体形成する場合もある.フィラメントは繊維状のタンパク質集合体として観察されるが,このときフィラメント形成した酵素は機能を失う場合と活性や選択性を向上させる場合の2パターンが報告されている.液滴やフィラメント状の形態は,溶液状態と可逆的に入れ替わる場合があり,タンパク質が変性して不可逆な凝集体となった場合と区別される(図3図3■細胞内でみられるタンパク質の四形態).
タンパク質の液滴状態をその他の状態と見分ける手段としては,蛍光等で可視化したタンパク質の集合体が球状に見えること,液滴同士が融合すること,Fluorescence recovery after photobleaching(FRAP)等の手法で液滴内の物質の流動性が確認できること,などがある.測定手法や数値の標準化が待たれるところである.
多段階反応を担う複数の酵素群を集合させると,酵素間距離が縮まり,中間代謝産物が効率的に受け渡されるようになるため,結果として代謝反応の効率が上昇する,という考えは以前からあった(5)5) 三浦夏子:化学と生物,58, 10 (2020).が,近年はそれに加えて,酵素と同時に基質も集合体内に濃縮され,さらに酵素自体の構造変化が起こることで,みかけの酵素活性が格段に上昇する,という見方もある.また,分岐した反応経路で複数の生成物が得られる場合,特定の生成物を生産する反応にかかわる酵素を集合させることで,反応経路に選択性を付与することも可能である.逆に,特定の酵素群を液滴中に分離して,周囲の反応と孤立させる(機能を停止または分離する)機能についても注目が集まっている(図4図4■代謝酵素集合体の形成による代謝調節).こうした酵素の集合体形成による活性調節は,古典的な酵素反応の理論から外れたものであり,モデル化が待ち望まれている.後で取り上げるように,可逆的な酵素の液滴形成を細胞内で人為的に引き起こす研究が複数例報告されつつあり,こうした酵素の制御を細胞内の代謝調節に取り入れることで,従来の手法に加えてさらに物質生産等を効率化することも可能であると考えられる.
液滴形成による酵素の機能向上に注目が集まる一方で,実際に細胞内で機能的な液滴を形成させ,液滴内部の酵素活性を上昇させることには多少の困難を伴う場合もある.特に,標的とする細胞内にもともと存在していた酵素の場合,その酵素が元来の性質として特定の集合体を形成していないか,また,標的とする代謝経路に加えて他の機能を有していないか,を確認することが必要である.一方で,細胞に存在しない代謝経路を人為的に導入する場合,すでに知られている集合体形成を誘導する配列等を酵素タンパク質に融合し,細胞内で生産させるだけで,ある程度の効果が見込まれる.集合体形成を誘導する配列には人為的に作成されたものや天然に存在するアミノ酸配列を利用したものなど,様々なものが存在しており,一部はデータベース(PhaSepDB, http://db.phasep.pro/など)から抽出して使用することが可能である.ただし,酵素と集合体形成配列の間には相性がある場合もあり,集合体形成ができたからといって酵素機能が調節できるとは限らない.
細胞内で酵素の集合体を組ませ,酵素活性を確実に上昇あるいは停止させるためには,どのような性質をもつ集合体(液滴)を設計すればよいのだろうか.最近の研究ではその鍵に迫る結果が報告されつつある(6)6) P. Zhou, H. Liu, X. Meng, H. Zuo, M. Qi, L. Guo, C. Gao, W. Song, J. Wu, X. Chen et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 62, e202215778 (2023)..2023年のZhouらの報告では,人工的に合成した集合体形成配列(A-IDPs)をタンデムに繋げて緑色蛍光タンパク質(GFP)と融合し,細胞内で生産することで,A-IDPsの繰り返し数が多くなるにつれ,大きな液滴を形成できることを示した.また,A-IDPsに特定の色素産生酵素を融合すると,液滴の大きさが大きくなるにつれて色素の生産量が増大することを示した.この結果は,液滴の大きさが酵素反応の効率化に影響する可能性を示している.Zhouらはさらに,液滴の物理的性質が酵素活性の制御に影響することも示している.具体的には,FRAPを用いて,A-IDPSで形成される液滴の流動性が,プリオンドメインを加えることで低下することを示した.また,プリオンドメインを含む液滴内では特定の酵素活性が抑制されることを示した.こうした報告は,液滴の形成に関わる因子の性質と液滴の測定手法,さらに酵素の特性を組み合わせることで,酵素活性の調節が可能な液滴の設計方法を構築できる可能性を示している.今後数年以内に,細胞内外で機能的な酵素集合体を構築する手法はさらなる発展を遂げるものと予想される.
人為的な液滴形成による酵素の機能制御が盛り上がる一方で,細胞内で形成される液滴に関する研究は現在も発展途上にある.人為的な系を新たに構築する場合と異なり,細胞がもともと持っている性質を研究する場合には,その現象を観察し,実験に用いるにあたって適切な系を立ち上げることが重要である.解糖系酵素が低酸素条件下で形成する集合体「G-body」は,その形成に低酸素状態が必要であるという制限があり,研究を進めるにあたっては従来の汎用的な実験系では困難な,厳密な酸素濃度の制御が必要であった.ただ,折しも2019年のノーベル医学生理学賞が細胞の低酸素応答に関する研究に対して授与されたこともあってか,2010年代にはがん細胞等の低酸素応答に関する研究が分野外からも注目を集めるようになりつつあり,低酸素培養関連機器の開発も進展した.2010年代の終わりから2020年代のはじめにかけては国内外のメーカーから低酸素研究の関連機器が次々に発表され,G-body研究の追い風にもなった.こうした中で,筆者らのグループではメーカー各社の協力のもと,G-body研究に特化した低酸素培養手法を構築した.まず着手した小スケール低酸素培養法では,最終的にマルチウェルプレートを使用して従来の2–100 mLスケールに対して150 µLスケールでの低酸素培養を行うことが可能となり,これを用いることで集合体形成を制御する分子候補群のスクリーニングを容易に実施することが可能となった(7)7) Y. Yoshimura, R. Hirayama, N. Miura, R. Utsumi, K. Kuroda, M. Ueda & M. Kataoka: Cell Biol. Int., 45, 1776 (2021)..また,多検体の並列処理が可能になったことで,集合体を形成する各酵素群の動態を経時的に捉えることが可能となった.これにより,各酵素の集合時期や集合の順序が厳密に制御されていることを示唆する結果を得た.
初期に解明したG-body形成の制御機構では,筆者らは特にG-body構成酵素の一つであるエノラーゼについて,ミトコンドリアの呼吸鎖や活性酸素の生成,AMPK(AMP-activated protein kinase),タンパク質生合成に関する阻害剤によって集合体形成が阻害されることや,分子表面に存在する特定の21アミノ酸残基が集合体形成を駆動することを見出してきた(3)3) N. Miura, M. Shinohara, Y. Tatsukami, Y. Sato, H. Morisaka, K. Kuroda & M. Ueda: Eukaryot. Cell, 12, 1106 (2013)..
近年,Johns HopkinsのKimらのグループから,G-body構成酵素の一つであるホスホフルクトキナーゼの集合にRNAが寄与することを示す結果が報告された(8)8) G. G. Fuller, T. Han, M. A. Freeberg, J. J. Moresco, A. G. Niaki, N. P. Roach, J. R. Yates III, S. Myong & J. K. Kim: eLife, 9, e48480 (2020)..これはG-bodyが核酸によって形成誘導あるいは維持される可能性を示すものである.また,筆者らのグループからは,上記の小スケール低酸素培養系等を使用して,G-body構成酵素であるエノラーゼとピルビン酸キナーゼの分子表面に20–40アミノ酸程度からなる集合体形成配列が存在することを見出し,この配列に任意のタンパク質を融合させることで,そのタンパク質を人為的にG-bodyへ局在化させることが可能であることを示した(9)9) R. Utsumi, Y. Murata, S. Ito-Harashima, M. Akai, N. Miura, K. Kuroda, M. Ueda & M. Kataoka: PLoS One, 18, e0283002 (2023)..さらに,MITのTaylorらのグループからは,腸管上皮細胞で形成される解糖系酵素の集合体形成は,HIF-1α(hypoxia-inducible factor-1α)を介した転写調節という既知の低酸素応答機構によっては制御されないことが報告された(10)10) S. J. Kierans, R. R. Fagundes, M. I. Malkov, R. Sparkes, E. T. Dillon, A. Smolenski, K. N. Faber & C. T. Taylor: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 120, e2208117120 (2023)..これらの結果は,G-bodyが全く新しい低酸素応答機構によって制御されていることを示唆している.新たな低酸素培養系の整備によって,G-bodyの形成と制御に関わる分子機構は今後さらに解明が進むと期待される.
酵素が集合することで,細胞内外での酵素の機能を調節することは近年,共通認識となりつつある.細胞内で酵素が形成する液滴の機能は,代謝に加えてシグナル伝達やタンパク質分解系,オートファジー,アミノ酸合成など,多岐にわたることが知られつつあり,まさに細胞の中が機能ごとに別々の液滴で溢れている様子を想像させる.一方で,各液滴は細胞の生育時期によって異なるトリガーによって形成されており,すべての液滴が同時に存在する条件があるのかについては不明である.異なる液滴はそれぞれ異なる原理により形成される可能性もある.様々な細胞のプロセスの中で,液滴がどのように制御され,使われているのか,その全体像が遠からず明らかになることと期待される.