解説

植物色素合成経路とその遺伝子情報を利用した新規花色の開発
遺伝子情報支援型交配育種と分子育種による花き育種の現在

Novel Flower Color Development Based on the Genetic Information of Anthocyanin and Betalain Biosynthesis: Perspective of Flower Breeding Using Genetic Information-Assisted Hybrid Breeding and Molecular Breeding

Nobuhiro Sasaki

佐々木 伸大

大阪公立大学大学院農学研究科応用生物科学専攻

Taira Miyahara

宮原

千葉大学大学院園芸学研究院植物生命科学講座

Published: 2024-04-01

我々の身の回りには様々な花が存在しており日々の生活を豊かにしている.花の色は非常に多彩であり,そのもととなる色素分子が植物内でどのように生合成されるかについて現在までに多くの部分が解明されている.このため近年では,植物色素の生合成に関わる遺伝子情報を利用した新しい園芸品種の作出が試みられている.そこで本稿では,植物色素生合成経路の遺伝子情報を利用することで,交配親を選定し品種開発を行う従来の育種技術によって新しい花色を作出した例や,遺伝子組換え技術を駆使することで植物種を越えた花色を作出した例について紹介する.

Key words: アントシアニン; ベタレイン; 育種; デルフィニウム; リンドウ

花の色のもととなる色素分子グループ

花の色のもととなる色素分子は概ね3種類のブループに大別される.カロテノイド,フラボノイド,ベタレインである(1)1) Y. Tanaka, N. Sasaki & A. Ohmiya: Plant J., 54, 733 (2008)..カロテノイドは多くが脂溶性でプラスチド(色素体)に蓄積しており,分子種によって黄色~橙~赤色を示す.フラボノイドとベタレインは水溶性の分子で液胞に蓄積している.フラボノイドには黄色を呈する化合物や,朱~赤~紫~青を呈するアントシアニンが含まれ,多彩な色調を呈する.アントシアニンの基本骨格は概ね6種類であるが,花色としては,単純な赤や紫,青のみならず,さまざまな中間色や微妙に異なる色合いなど,まさに千差万別の色調を示す.ベタレインは赤色を呈するベタシアニンと黄色を呈するベタキサンチンから構成される色素群であり,ナデシコ目の一部の種で合成される植物色素である.ベタレインをもつ植物はアントシアニンを合成せず,また,アントシアニンを合成する植物はベタレインを合成しないという排他性が知られており,未だに植物学上の謎として議論されている(2)2) T. Timoneda, T. Feng, H. Sheehan, N. Walker-Hale, B. Pucker, S. Lopez-Nieves, R. Guo & S. Brockington: New Phytol., 224, 71 (2019)..ベタレイン色素は概ね赤や紫と黄色を呈し,比較的その色調の幅は狭いが,蛍光色を示すため,非常に鮮やかな発色をもつ.特にベタキサンチンはフラボノイドと比較しても非常に鮮やかな黄色を呈し,花き園芸において価値が高い.

アントシアニン生合成経路

アントシアニンの生合成経路には多くの酵素が関わっており,古くから研究対象とされ,2000年頃までに基本的な生合成経路が解明された.アントシアニンの生合成は芳香族アミノ酸の一種であるフェニルアラニンから始まり,図1図1■アントシアニン生合成経路に示すように概ね10段階の酵素反応を経て基本骨格が完成する.その後,ブドウ糖(グルコース)のような糖や,植物種によってはさらにマロン酸やカフェー酸などの有機酸によって修飾され液胞に蓄積する.この生合成経路のうち,花色の色調を決定づける因子の一つに,基本骨格のB環への水酸基の導入がある.B環に1~3つの水酸基を有するアントシアニンが存在するが,1つでは朱色~赤,2つでは赤~紫,3つでは紫~青といった色調を示すことが多い.この水酸基の導入に関わる酵素遺伝子は,フラボノイド3′-水酸化酵素(F3H)とフラボノイド3′,5′-水酸化酵素(F35H)である.これら遺伝子は,B環に水酸基を1つ有するジヒドロケンフェロールを基質とし,F3HはB環に水酸基を2つ有するジヒドロケルセチンを,F35HはB環に水酸基を3つ有するジヒドロミリセチンを生成する酵素をコードする.特にF3′5′Hは花色の青色化に重要な役割を果たすことが知られており,“青色遺伝子”とも呼ばれ,青いカーネーションや青いバラは他の植物種から単離したこの遺伝子を導入することによって作出されている(3, 4)3) Y. Fukui, Y. Tanaka, T. Kusumi, T. Iwashita & K. Nomoto: Phytochemistry, 63, 15 (2003).4) Y. Katsumoto, M. Fukuchi-Mizutani, Y. Fukui, F. Brugliera, T. A. Holton, M. Karan, N. Nakamura, K. Yonekura-Sakakibara, J. Togami, A. Pigeaire et al.: Plant Cell Physiol., 48, 1589 (2007).

図1■アントシアニン生合成経路

アミノ酸の一種であるフェニルアラニンを出発物質としたアントシアニンの基本骨格であるアントシアニジン合成までを図示した.アントシアニジンから先の修飾は植物種により異なる.化合物をつなぐ矢印の隣にある名称はその反応を触媒する酵素の略称を示している.PAL, フェニルアラニンアンモニアリアーゼ;C4H, 桂皮酸4-水酸化酵素;4CL, 4-クマル酸CoAリガーゼ;CHS, カルコン合成酵素;CHI, カルコン異性化酵素;F3H, フラバノン3-水酸化酵素;F3′H, フラボノイド3′-水酸化酵素;F3′5′H, フラボノイドF3′,5′-水酸化酵素;DFR, ジヒドロフラボノール還元酵素;ANS, アントシアニジン合成酵素

アントシアニン生合成遺伝子情報を用いたデルフィニウムの新規花色の育種

デルフィニウムは主に北半球の高山に自生するキンポウゲ科の植物であり,400種以上の原種が確認されている(5)5) Y. F. Yan, Y. R. Wang, H. J. Jiang, Z. B. Ding & T. P. Yin: Nat. Prod. Res., DOI: 10.1080/14786419.2022.2152022 (2022)..日本では主にDelphinium grandifrolumDelphinium elatumの2種が育種に利用されており,どちらも元来の濃い青花からさまざまな花色の品種が作出されている.青以外の花色をもつ園芸品種では,白やピンク花のデルフィニウムが作出されている.その他に,濃い赤色のDelphinium cardinaleとオレンジ色のDelphinium nudicaule,黄色のDelphinium zalilのような原種が存在する.

デルフィニウムの花色は,D. grandiflorumD. elatumの青花ではデルフィニジンを基本構造とするアントシアニンが蓄積している(6, 7)6) N. Miyagawa, Y. Nishizaki, T. Miyahara, M. Okamoto, Y. Hirose, Y. Ozeki & N. Sasaki: Plant Biotechnol., 31, 83 (2014).7) Y. Nishizaki, N. Sasaki, M. Yasunaga, T. Miyahara, E. Okamoto, M. Okamoto, Y. Hirose & Y. Ozeki: J. Exp. Bot., 65, 2495 (2014)..デルフィニウムの青花ではデルフィニジンを合成するF35Hが機能することで,デルフィニジン骨格が形成されるため青い色となる(図1図1■アントシアニン生合成経路).D. cardinaleのような赤やオレンジ系原種やピンク系の品種では,F35Hが欠失することで,ペラルゴニジン系の基本骨格のまま反応が進み,そこに複数の糖と有機酸が結合した構造のアントシアニンが合成される(8, 9)8) T. Iwashina: Nat. Prod. Commun., 10, 529 (2015).9) N. Miyagawa, T. Miyahara, M. Okamoto, Y. Hirose, K. Sakaguchi, S. Hatano & Y. Ozeki: Plant Biotechnol., 32, 249 (2015)..実際,デルフィニウムの赤花では比較的一般的なシアニジン由来のアントシアニンを蓄積している報告例がない.このためD. grandiflorumD. elatum系統を用いた品種育成では,シアニジン合成に必要なF3H遺伝子を持っていないために,デルフィニジンまたはペラルゴニジンに由来する青やピンク色の花以外は得られず,市場の求める新規花色の作出は困難であると考えられた.

このことから,もしF3H遺伝子を既存のデルフィニウム品種へ導入することができれば,これまでにない花色のデルフィニウムを開発できることが期待された.しかし,遺伝子組換えなどの分子育種技術を駆使した研究開発は,多額のコストがかかるため,市場規模の小さい園芸種の品種開発への導入は障壁が高い.そこで,筆者らは既存の品種や原種について育種への潜在的な価値を調査した.これまで育種されてきた数多くの品種および原種について,色素分析とともにF3H遺伝子の発現の有無や潜在的な花色への影響の可能性について検討した.その結果,原種のD. zalilは花にフラボノールの一種であるケルセチン配糖体を多量に蓄積していることが確認された(10)10) T. Miyahara, A. Hamada, M. Okamoto, Y. Hirose, K. Sakaguchi, S. Hatano & Y. Ozeki: J. Plant Physiol., 202, 92 (2016)..ケルセチンはアントシアニジンの前駆体と共通のジヒドロフラボノールを経由して合成され,その合成経路にはF3′Hが必須である.そこで,F3H遺伝子の発現を確認したところ,D. zalilの花で高い発現が認められた.さらにこのF3H遺伝子を酵母で異種発現させたタンパク質を用いて,酵素活性の確認を行ったところ,ジヒドロフラボノールに対して水酸基付加を行う酵素活性を有することが判明した.この結果から,D. zalilがもつF3′Hはその他のアントシアニン合成系の酵素とともに働くことでシアニジンを合成できる可能性が示された.そこでD. zalilと他の赤花品種を従来育種の方法により交雑することで,これまでデルフィニウムには存在しなかった,シアニジン由来のアントシアニンを合成する植物体の開発を計画した.

シアニジンを合成するデルフィニウムの開発計画では,D. zalilと開花時期が一致し,ペラルゴニジン由来のアントシアニンを多量に蓄積するD. cardinaleを交雑親に選定した(11)11) K. Sakaguchi, C. Isobe, K. Fujita, Y. Ozeki & T. Miyahara: Hortic. J., 88, 514 (2019).D. cardinaleF35H遺伝子は欠損しているが,他のアントシアニン生合成遺伝子は正常に有している.すなわち,D. zalilとの交雑第一世代(F1世代)では,F3H遺伝子が補われることで,シアニジン由来のアントシアニンが合成されることが予想された.実際に交配した結果,F1世代は全てシアニジン由来のアントシアニンを主要に蓄積していることが判明した.しかしながら,得られたF1個体数が少数であったため,アントシアニンの詳細な構造決定には至っていない.花色は鮮やかな赤色で,これまでのデルフィニウムには存在しない新規の花色であった(図2図2■作出されたシアニジン由来のアントシアニンを蓄積するデルフィニウム交雑個体(株式会社ミヨシ坂口公敏博士提供)).残念なことに,F1世代は雑種不稔であったため,後代を育成することはできていない.しかし,D. zalilを利用することでこれまでに存在しなかったシアニジン由来のアントシアニンを蓄積する系統を作出できることが実証されたため,D. zalilの遺伝資源としての価値が格段に向上した.今後,D. cardinale以外にも,より有用な交雑相手を探すことで鮮やかな赤色系のデルフィニウムの作出が可能となるであろう.