巻頭言

日本の研究力を脅かしているもの
大学教員に少しだけゆとりを

Toshio Nishikawa

西川 俊夫

名古屋大学大学院生命農学研究科

Published: 2024-05-01

日本(の大学)の研究力の低下が叫ばれるようになって久しい.この責任の一端は,大学教員にあると言わざるを得ないが,多くの大学教員は「こんなに頑張っているのに,これ以上どうしろというのか?」と天を仰ぎたい状況だと思う.ここでは,大学教員には常識となっていることだが,この大問題に関連して筆者が肌で感じている日本の大学教員の多忙さについて記したい.

欧米に比べて日本の大学教員,特に教授層の忙しさは尋常でない.大学教員として講義,研究は日常的な活動である.成果を研究論文にまとめるのも重要な仕事だが,自分が投稿する論文数の数倍から十数倍に及ぶ論文の審査は珍しくない.学会活動:日本には大小数多くの学会があり,年中,研究会,講演会が開催され.その運営や学生の学会発表準備にもかなりの時間を要する.しかし,学会は最新の研究成果に触れ,情報交換や共同研究のきっかけとなる重要な場である.科研費などの競争的資金の申請と審査:大学では研究はもちろん教育にも競争的資金が必要である.したがって研究獲得は非常に重要で,申請だけでなくその審査にもかなりの時間を要する.

以上は程度の差こそあれ研究に関わる仕事であって,これらの仕事で忙しいのは研究者冥利に尽きる.しかし,大学教員は,これらに加えて様々な仕事をこなしている.思いつくままに書くと,まず教授会,各種委員会など数多くの会議への出席:部局執行部や大学本部役員になると,驚くほど多くの会議に出席が求められる.改組の度に会議の数を減らすことが提案されるが,増えることはあっても減ったという話を聞いたことがない.入試関係:特に入試問題作成には驚くほど時間がかかり,多くの教員を疲弊させる.さらに,アウトリーチ,特許申請,企業との共同研究などの推進も期待され,それにも奔走している.コロナ禍を経て,多くの事務手続きが電子化されたが,その入力作業も教員の仕事である.日本人の特徴だと思うが,研究費の不正利用など問題が発生すると,過剰とも言える防止策をとるため,細ごまとした仕事が少しずつ,しかし確実に増えている.流石に,これら全ての仕事を雑用だというのは憚られるが,この状況下で大学教員に世界最先端の研究を期待するのは,酷というのものではないだろうか? 昨年,筆者の部局では,電気代高騰のため部局予算が大幅に不足し,節電対策のために若手教授が奔走した.

結局のところ,研究力の低下の主要因の一つは,大学教員の研究時間が年々減少していることにあると考える.上記の非研究的仕事は,嫌でも優先度が高くなり自然と研究に割く時間が減っているのだ.これらの要因の多くは構造的なもので,個人の努力ではどうにもならない.筆者が学生だった頃と比べると研究時間に使える時間の減少は著しく,危機的である.じっくり研究に関する議論をする時間も学生と夢を語る時間も足りない.したがって,学生・若手研究者の育成にも深刻な影響を与えている.筆者の研究分野では,多くの優秀な学生が企業に流れている.学生から見て大学教員は魅力的な職業に見えないのではないか.最近,国は日本の研究力を立て直そうと様々な施策を打ち出しているが,その獲得のために優秀な大学教員が駆り出され,彼らの研究時間が激減するという矛盾も見逃せない.

今のままでは,宝の持ち腐れである.「大学研究者にもう少し(だけでも)ゆとりを!」いい研究やきめ細かな教育には時間的な余裕が必要だ.これが定年4年前となった筆者の切なる願いである.