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植物特化代謝産物の微生物生産における輸送工学的アプローチ
輸送体を活用した有用物質生産

Nobukazu Shitan

士反 伸和

神戸薬科大学医薬細胞生物学研究室

Yasuyuki Yamada

山田 泰之

神戸薬科大学医薬細胞生物学研究室

Published: 2024-05-01

植物は,外敵から身を守るため,受粉媒介者を誘引するためなどの生存戦略の一環として,それぞれの植物特異的な代謝物を生産する.それら産物は,二次代謝産物と以前は呼ばれていたが,近年は特化代謝産物とも呼ばれている(対して,一次代謝は中心代謝とも呼ばれる).特化代謝産物はその強い生理活性,薬理活性などから,香料や医薬品原料などとして用いられることも多く,たとえば,ケシのモルヒネ(鎮痛薬)やニチニチソウのビンブラスチン(抗がん剤)など多くの代謝物が現在も利用されている.しかし,これら代謝物の中には,その需要に対して植物中の含量が極めて低い,また,生産する植物が絶滅危惧種であるなど供給の難しいものもある.そこで,それら有用代謝産物の安定供給系の開発が求められてきた.植物での生合成に関する分子生物学的研究が進められた結果,生合成酵素や遺伝子,また生合成経路の全容が明らかとされたものも多く,近年ではそれら遺伝子を大腸菌や酵母などの微生物に導入して目的代謝物を生産させる「代謝工学(合成生物学)」も可能となってきている(1)1) M. E. Pyne, L. Narcross & V. J. J. Martin: Plant Physiol., 179, 844 (2019)..実際に,抗マラリア薬であるアルテミシニンの前駆体アルテミシニン酸の生産を皮切りに,モルヒネの前駆体であるテバイン,副交感神経抑制薬であるアトロピンなどの微生物生産が報告されている(1)1) M. E. Pyne, L. Narcross & V. J. J. Martin: Plant Physiol., 179, 844 (2019).

代謝工学で様々な代謝物の生産が可能となったものの,まだまだ生産性に課題があるものも多い.生産量が低い理由はいくつか考えられるが,細胞内において生合成酵素と基質がそれぞれ液胞と細胞質など異なる細胞内局在を示し反応性が低い,培地に添加した基質の細胞内への取り込みが遅いこと,最終産物の細胞内蓄積によるネガティブフィードバック,などが挙げられる.その課題解決として近年大きく注目されてきているのが,輸送体を用いて上記課題を解決し生産性を向上させる「輸送工学」である(2)2) Z. M. Belew, M. Poborsky, H. H. Nour-Eldin & B. A. Halkier: Curr. Opin. Green Sustain. Chem., 33, 100576 (2022)..輸送工学は中心代謝産物について成功例が知られており,また植物特化代謝産物についても,微生物の輸送体を用いた例がいくつか報告されていた.しかし,植物の特化代謝産物の輸送体がある程度解析されてきた結果,それら植物輸送体を用いた輸送工学の成功例が近年に複数報告されている(2)2) Z. M. Belew, M. Poborsky, H. H. Nour-Eldin & B. A. Halkier: Curr. Opin. Green Sustain. Chem., 33, 100576 (2022)..本稿では,医薬品として用いられることも多いアルカロイドの輸送工学に特化して実例をいくつか紹介する.

トロパンアルカロイドであるスコポラミンやヒヨスチアミンは,副交感神経抑制薬として用いられている.アメリカのグループは,出芽酵母をホストに生合成酵素遺伝子を導入し,細胞質,ミトコンドリア,小胞体膜上,液胞内と複数の細胞内オルガネラを介する形で生合成経路を構築した.この酵母においては,液胞内でトロピンからリットリンへの代謝が行われており,液胞膜を介した代謝中間体の移動を促進させることで生産性の向上が期待された.そこでトロピンを液胞内に輸送する輸送体として,タバコのMATE型アルカロイド輸送体であるNtJAT1やNtMATE2を発現させたところ,ヒヨスチアミンの生産性が74%も向上していた(図1A図1■微生物でのアルカロイド生産における輸送工学の例(3)3) P. Srinivasan & C. D. Smolke: Nature, 585, 614 (2020)..同グループはさらに,トロパンアルカロイドを生産する薬用植物ベラドンナからトロパンアルカロイド輸送体としてAbLP1やプリンパーミエースAbPUP1を単離した.AbPUP1は液胞膜に局在し,リットリンを液胞内から細胞質に輸送する.NtMATE2とともにこれら輸送体を発現させたところ,ヒヨスチアミンの生産性は100倍以上増加し,480 µg/Lの生産性を達成した(図1A図1■微生物でのアルカロイド生産における輸送工学の例(4)4) P. Srinivasan & C. D. Smolke: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2104460118 (2021)..ケシの生産するテバインについても代謝工学が進められ,出芽酵母1細胞で(5)5) S. Galanie, K. Thodey, I. J. Trenchard, M. Filsinger Interrante & C. D. Smolke: Science, 349, 1095 (2015).,あるいは生合成経路を4つのモジュールに分割した大腸菌を用いた共培養系で生産が報告されている(6)6) A. Nakagawa, E. Matsumura, T. Koyanagi, T. Katayama, N. Kawano, K. Yoshimatsu, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Nat. Commun., 7, 10390 (2016)..カナダのグループは,ケシにおけるアルカロイド輸送体の探索から,テバインなどベンジルイソキノリンアルカロイドの重要中間体であるレチクリンを細胞内に取り込むプリンパーミエースBUP1を単離した.そこでレチクリン以降の反応を行うよう遺伝子改変された出芽酵母にBUP1を発現させ,レチクリンを培地に投与したところ,テバイン生産性の顕著な向上が観察された(図1B図1■微生物でのアルカロイド生産における輸送工学の例(7)7) M. Dastmalchi, L. Chang, R. Chen, L. Yu, X. Chen, J. M. Hagel & P. J. Facchini: Plant Physiol., 181, 916 (2019)..上記2つの研究は,細胞内オルガネラ膜を介した輸送や,細胞内への基質取り込みを促進したものである.一方,最終産物が培地中に積極的に放出されれば,細胞から抽出する手間や,細胞中の様々な代謝産物と分離する手間も省け,より効率的に回収,精製できると期待される.そこで我々のグループは,グルコースからレチクリンを生産するよう遺伝子改変された大腸菌に,シロイヌナズナやタバコのMATE型アルカロイド輸送体AtDTX1やNtJAT1を発現させ,その生産性変化や培地への放出を検討した.その結果,AtDTX1発現株では培地へのレチクリン放出量が最大11倍も増加していた(図1C図1■微生物でのアルカロイド生産における輸送工学の例(8)8) Y. Yamada, M. Urui, H. Oki, K. Inoue, H. Matsui, Y. Ikeda, A. Nakagawa, F. Sato, H. Minami & N. Shitan: Metab. Eng. Commun., 13, e00184 (2021)..興味深い結果として,細胞中のレチクリン生産量も増加していた.その機構を解明するためトランスクリプトーム解析を行った.植物では,レチクリン前駆体であるチロシンはペントースリン酸経路から供給されるエリトロース4-リン酸などを経て生合成されているが,ペントースリン酸経路を含めたレチクリン生産に関わる代謝系全体が向上していることが明らかとなった.すなわち,AtDTX1によるレチクリンの培地への積極的な放出により,細胞内代謝系が亢進している可能性が示された.NtJAT1発現大腸菌でも同様にレチクリンの生産性が向上し,培地中への放出はコントロールの14倍にも増加していた(9)9) Y. Yamada, A. Nakagawa, F. Sato, H. Minami & N. Shitan: Biosci. Biotechnol. Biochem., 86, 865 (2022).

図1■微生物でのアルカロイド生産における輸送工学の例

A: 出芽酵母でのヒヨスチアミン生産,B: 出芽酵母でのテバイン生産,C: 大腸菌でのレチクリン生産.

近年の輸送体解析の進展もあり,上記のような,代謝工学に輸送工学を組み合わせた新たな微生物生産系が可能となってきた.今後は,基質の取り込み輸送体,オルガネラ間の輸送体,最終産物の排出輸送体などを複数組み合わせた輸送工学も進むと考えられる.また,1細胞内に全ての生合成経路を構築し生産させることはいまだに難しいことも多い.生合成経路をいくつかに分割し,それぞれの生合成経路を有した微生物(生合成モジュール)を組み合わせた共培養系による生産も進められている.それら共培養による生産においても,細胞から細胞への基質の効率的な受け渡しが必要と考えられ,そこでも輸送体が重要な役割を果たすだろう.これら微生物生産における輸送工学がさらに進展するためには,植物の特化代謝産物の輸送体のさらなる同定や,それら輸送体の基質特異性などの解析が求められる.それら研究がさらに発展していくことで,微生物生産が本格的に実用化し,有用物質が安価に提供できる未来になっていくことが期待される.

Reference

1) M. E. Pyne, L. Narcross & V. J. J. Martin: Plant Physiol., 179, 844 (2019).

2) Z. M. Belew, M. Poborsky, H. H. Nour-Eldin & B. A. Halkier: Curr. Opin. Green Sustain. Chem., 33, 100576 (2022).

3) P. Srinivasan & C. D. Smolke: Nature, 585, 614 (2020).

4) P. Srinivasan & C. D. Smolke: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2104460118 (2021).

5) S. Galanie, K. Thodey, I. J. Trenchard, M. Filsinger Interrante & C. D. Smolke: Science, 349, 1095 (2015).

6) A. Nakagawa, E. Matsumura, T. Koyanagi, T. Katayama, N. Kawano, K. Yoshimatsu, K. Yamamoto, H. Kumagai, F. Sato & H. Minami: Nat. Commun., 7, 10390 (2016).

7) M. Dastmalchi, L. Chang, R. Chen, L. Yu, X. Chen, J. M. Hagel & P. J. Facchini: Plant Physiol., 181, 916 (2019).

8) Y. Yamada, M. Urui, H. Oki, K. Inoue, H. Matsui, Y. Ikeda, A. Nakagawa, F. Sato, H. Minami & N. Shitan: Metab. Eng. Commun., 13, e00184 (2021).

9) Y. Yamada, A. Nakagawa, F. Sato, H. Minami & N. Shitan: Biosci. Biotechnol. Biochem., 86, 865 (2022).