Kagaku to Seibutsu 62(5): 220-222 (2024)
今日の話題
祖先型再構成法と構造生物学の融合による酵素の機能解明
分子進化の軌跡をたどり,酵素機能を理解する
Published: 2024-05-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
40億年を超える時間の中で,進化を通して様々な生物が地球上に誕生してきた.絶滅した遠い祖先の生物を完璧に復元する術を人類は有さないが,それを可能にするための技術開発は今日も継続されている.現存する生物のDNA配列やタンパク質アミノ酸配列中には祖先生物の痕跡が残っており,これは上記の技術開発の手がかりとなる.つまり現代の生物由来のタンパク質アミノ酸配列を適切に解析することで祖先生物が有したであろう配列を復元できる可能性がある.上記目的を達成するため,祖先型再構成法(ASR法)が開発されてきた.本法は現存するタンパク質アミノ酸配列中に保存された遺伝パターンを分子系統解析により明らかにし,系統樹上の節に位置する祖先配列を推定する方法である(1)1) V. Nguyen, C. Wilson, M. Hoemberger, J. B. Stiller, R. V. Agafonov, S. Kutter, J. English, D. L. Theobald & D. Kern: Science, 355, 289 (2017)..祖先配列を復元し,その機能を実験的に解析することで,分子進化に関わる未解決問題の解明が期待される(1, 2)1) V. Nguyen, C. Wilson, M. Hoemberger, J. B. Stiller, R. V. Agafonov, S. Kutter, J. English, D. L. Theobald & D. Kern: Science, 355, 289 (2017).2) S. Akanuma, Y. Nakajima, S. Yokobori, M. Kimura, N. Nemoto, T. Mase, K. Miyazono, M. Tanokura, A. Yamagishi: Proc. Natl. Acad. Sci., 110, 11067 (2013)..本紙では酵素機能の分子進化に焦点を当てる.
ASR法を用いて酵素の分子進化を考察するには,以下3つの過程をクリアして祖先配列を復元する必要がある(図1A図1■A) ASR法で祖先配列を復元する際に必要となる手順の概要.B) CDTの反応機構.C) HTAncLAAO2の電顕写真(左)とX線結晶構造(右).緑の構造はHTAncLAAO2のモノマー単位を示す.また緑と黄色のドメインがダイマーを形成している).第1に「祖先配列復元に利用する酵素アミノ酸配列の取得とアラインメント」である.本過程ではエラーのある配列を取り除く,そしてアラインメントした配列の欠失や挿入を目視で確認し,手動で修正することが必要となる.この修正作業は精度の高い配列アラインメントを得るために必要であり,正確な祖先型配列の復元に必須である.多大な労力を要する過程であるが,ここを解決するための詳細に関する報告は少ない.第2に「系統解析と祖先型配列の復元」である.適切な系統樹推定法の適用と進化モデルの選定が必要だが,これは今なお難題として残っている.配列アラインメントと系統解析に基づいて,系統樹の各節に位置する祖先配列の各アミノ酸残基を推定し,その確率(尤度)が最も高くなる配列を復元する,いわゆる最尤法による推定が広く用いられている.一方で本法は,復元の過程でコンセンサス変異を偏って採用する可能性があり,祖先配列の耐熱性をしばしば過大評価してしまう欠点が報告されている(3)3) R. E. S. Thomson, S. E. Carrera-Pacheco & E. M. J. Gillam: J. Biol. Chem., 298, 102435 (2022)..ベイズ法による推定は,上記の変異の偏りを低減することが可能だが,祖先配列の予測精度は最尤法に比べてやや劣るという報告もある(3)3) R. E. S. Thomson, S. E. Carrera-Pacheco & E. M. J. Gillam: J. Biol. Chem., 298, 102435 (2022)..第3に「祖先配列の実験的解析」である.復元した祖先配列の構造–機能を多角的に解析することで,酵素機能の分子進化を解明することが可能になるが,これは最も金銭的・時間的コストがかかるプロセスである.より詳細なASR法の理論や応用例について複数の総説でまとめられており,そちらを参照されたい(3, 4)3) R. E. S. Thomson, S. E. Carrera-Pacheco & E. M. J. Gillam: J. Biol. Chem., 298, 102435 (2022).4) R. Merkl & R. Sterner: Biol. Chem., 397, 1 (2016)..以下ではASR法を用いることで解明された,酵素機能の分子進化に関わる仮説や知見について紹介する.
図1■A) ASR法で祖先配列を復元する際に必要となる手順の概要.B) CDTの反応機構.C) HTAncLAAO2の電顕写真(左)とX線結晶構造(右).緑の構造はHTAncLAAO2のモノマー単位を示す.また緑と黄色のドメインがダイマーを形成している
酵素の触媒能が進化の過程でどのように獲得されたか諸説あるが,そのうちの1つに「触媒能を有さないタンパク質が進化的に遷移して酵素活性を獲得した」という説がある.上記仮説を,極性アミノ酸結合タンパク質(AABP)とシクロヘキサンジエニル脱水酵素(CDT,反応機構は図1B図1■A) ASR法で祖先配列を復元する際に必要となる手順の概要.B) CDTの反応機構.C) HTAncLAAO2の電顕写真(左)とX線結晶構造(右).緑の構造はHTAncLAAO2のモノマー単位を示す.また緑と黄色のドメインがダイマーを形成しているを参照)の祖先配列の構造機能解析を通して検証した研究について紹介したい(5)5) B. E. Clifton, J. A. Kaczmarski, P. D. Carr, M. L. Gerth, N. Tokuriki & C. J. Jackson: Nat. Chem. Biol., 14, 542 (2018)..AABPは特定のアミノ酸と強く相互作用を形成する性質を有するタンパク質で,アミノ酸の細胞内輸送の初期段階に関わっていると考えられている.これまでの研究でAABPの酵素活性は確認されていない.一方で配列解析の結果はAABPとCDTの進化的な関連性が高いことを示しており,これは両者タンパク質間で進化の過程において機能遷移が生じたことを示唆していた.上記仮説を実験的に検証するため,Ben E. Clifton博士らはCDTと高い配列同一性を有する複数のAABP配列を入力データとし,ASR法で5つの祖先型CDT(AncCDT)をデザインした.うち3つのAncCDTsがCDT活性を示すことが判明した.5つのAncCDTsの構造機能解析の結果は,AncCDTがCDT活性を獲得する過程で導入された変異が,「AABPのアミノ酸結合部位をCDTの基質(Prephenate)を認識できるよう変化」させ,かつ「Prephenateの水酸基およびカルボキシ基を活性中心内で適切に配置させ,酵素活性を発現できるようタンパク質構造を変化させる」ことを示していた.一方で高いCDT活性を実現するには,基質認識に直接影響を与える残基の変異に加え,活性中心から離れた位置に存在する酵素のダイナミクスに影響を与える遠距離変異の導入も重要なことが報告されている(5)5) B. E. Clifton, J. A. Kaczmarski, P. D. Carr, M. L. Gerth, N. Tokuriki & C. J. Jackson: Nat. Chem. Biol., 14, 542 (2018)..
ASR法は酵素の安定性を改善でき,それに付随して生産性や結晶性の向上することがある.本法を用いてデザインした祖先配列を用いて,これまで構造解析が難しかった酵素の立体構造決定に至るケースも報告されている.筆者はこれまでに,ASR法を用いて複数の祖先型L-アミノ酸酸化酵素(AncLAAO)の創出してきた.中でもChitinophaga属由来の機能未知なFAD結合タンパク質からデザインしたHTAncLAAOは,極めて高い熱安定性(T1/2>95°C)とL-アミノ酸酸化活性を示し,化学-酵素法により多様なD,L-アミノ酸をD-体へと光学分割できるなど,その有用性が期待されている(6)6) C. Ishida, R. Miyata, F. Hasebe, A. Miyata, S. Kumazawa, S. Ito & S. Nakano: ChemCatChem, 13, 5228 (2021)..HTAncLAAOの優れた酵素機能を分子レベルで解明するため,本酵素のX線結晶構造解析に取り組んだが,本酵素の結晶性は悪く,構造決定は困難を極めた.そこでHTAncLAAOの立体構造を決定するため,本酵素をデザインする際に使用した系統樹上の各節に位置する複数の祖先酵素を,大腸菌発現系を用いて大量に発現させて結晶化実験を実施した.結晶化条件のスクリーニングの結果,現代の酵素配列と系統樹上,近い位置関係に存在していた祖先酵素,HTAncLAAO2のみ結晶化およびX線結晶構造解析に成功した.分解能2.2Åで決定したHTAncLAAO2は,特徴的な手裏剣状のオリゴマー構造(8量体)を形成しており,これはクライオ電子顕微鏡法でも確認できた(図1C図1■A) ASR法で祖先配列を復元する際に必要となる手順の概要.B) CDTの反応機構.C) HTAncLAAO2の電顕写真(左)とX線結晶構造(右).緑の構造はHTAncLAAO2のモノマー単位を示す.また緑と黄色のドメインがダイマーを形成している)(7)7) Y. Kawamura, C. Ishida, R. Miyata, A. Miyata, A. Miyata, S. Hayashi, D. Fujinami, S. Ito & S. Nakano: Commun. Chem., 6, 200 (2023)..この特徴的なオリゴマー構造を形成することで,HTAncLAAOの構造安定性が上昇し,高い耐熱性を獲得したと考えられた.
以上の研究で紹介したように,ASR法は酵素機能の分子進化を考察するためのツールとして,あるいは酵素の立体構造決定を可能にする,物性に優れた祖先配列をデザインするツールとして利用することができる.前者のように,酵素機能の分子進化を解析するには,復元した祖先配列が系統学的に意味があるか注意深く検証する必要があるなど,より厳密なデザインが求められる.一方で後者のようにASR法をタンパク質工学的に利用する際には,目的の物性さえ得られれば良く,前者ほどの厳密さは要求されない.いずれにせよASR法と構造生物学を融合することで,これまで不明であった様々な酵素機能の分子メカニズムが解明されつつある.ASR法が国内の研究者にも広く普及し,酵素研究における新たな潮流を生み出すことを期待したい.