今日の話題

ジャガイモシストセンチュウ類の孵化を促進する新規化合物「ソラノエクレピンB」の発見
ソラノエクレピンBの発見

Ryota Akiyama

秋山 遼太

神戸大学大学院農学研究科

Masaharu Mizutani

水谷 正治

神戸大学大学院農学研究科

Published: 2024-05-01

シストセンチュウは植物の根に寄生して養水分を奪って生育する植物寄生性の線虫種であり,マメ科植物にのみ寄生するダイズシストセンチュウ(SCN: Soybean Cyst Nematode)や,ジャガイモやトマトなどのナス科植物にのみ寄生するジャガイモシストセンチュウ類(PCNs: Potato Cyst Nematodes)などが挙げられる.PCNsは南米アンデスを起源とするが,ジャガイモ栽培とともに世界中に広がり,農業に甚大な被害を与えている.日本では,1972年にPCNの一種Globodera rostochiensisの侵入発生が確認され,2015年に北海道の網走で,ジャガイモシロシストセンチュウ(G. pallida)が国内で初めて確認されると,国内ジャガイモ品種にはG. pallidaへの抵抗性遺伝子が導入されていないことから植物防疫法に基づく緊急防除が開始された.

シストセンチュウの卵はシストと呼ばれる低温や乾燥,殺線虫剤などに高い耐性を有する硬い殻に守られた状態で土壌中に存在している.この安全なシストの中で卵は宿主相手の植物が近くに現れるまで10年以上休眠状態のまま生き続ける.宿主植物が現れると,その根から分泌される孵化促進物質“Hatching Factor (HF)”に応答して宿主を認識し,一斉に孵化して寄生を達成する.この特性から,一度土壌中に蔓延してしまったシストセンチュウ を根絶することは非常に困難である.

HFに応答して孵化するという現象を1982年に初めて化学的に証明したのが北海道大学の正宗らである(図1図1■シストセンチュウ孵化促進物質の構造(1)1) T. Masamune, M. Anetai, M. Takasugi & N. Katsui: Nature, 297, 495 (1982)..彼らは100キログラム以上のインゲン豆の乾燥根からSCNに対するHFとしてグリシノエクレピンA(GEA)を単離・構造決定した.1985年にGEAと構造の類似したグリシノエクレピンB(GEB)とグリシノエクレピンC(GEC)が単離構造決定された(図1図1■シストセンチュウ孵化促進物質の構造(2)2) A. Fukuzawa, H. Matsue, M. Ikura & T. Masamune: Tetrahedron Lett., 26, 5539 (1985)..さらに,1988年には同グループの村井らがGEAの化学合成に成功し,合成品が天然物と同等の活性を示すことが示された(3)3) A. Fukazawa, A. Furusaki, M. Ikura & T. Masamune: J. Chem. Soc. Chem. Commun., 4, 222 (1985)..これらの先駆的な研究に続いて,1990年代にオランダのMluderらによってジャガイモの水耕栽培液からソラノエクレピンA(SEA)がPCNsに対するHFとして単離・構造決定された(4)4) J.G. Mulder, P. Diepenhorst, P. Plieger & I. E. M. Bruggemann-Rotgans: PCT Int. Appl. WO 9302083 (1992)..その分子構造はGEAと共通する部分構造を含むものの,より複雑な構造を有している.2011年に北海道大学の谷野らによってSEAの不斉全合成が達成され,1 ppbレベルのごく低濃度でPCNsの孵化を誘導するきわめて高活性なHFであることが証明された(5)5) K. Tanino, M. Takahashi, Y. Tomata, H. Tokura, T. Uehara, T. Narabu & M. Miyashita: Nat. Chem., 3, 484 (2011)..一方で,微量な天然存在量のため,これらの発見以来,2020年代までHFの検出の報告例すら存在しなかった.

図1■シストセンチュウ孵化促進物質の構造

G. pallidaが国内で確認された2015年,農業的重要性とその複雑な構造という天然物化学的な魅力からPCNsに対するHFの研究を開始した.はじめに,SEAの検出を試みるサンプルの選定のために,実験室内で栽培したトマトやジャガイモの水耕液あるいは毛状根培養液のPCNに対する孵化促進活性を確認した.その結果,いずれの培養液でも高い孵化促進活性が確認された.しかしながら,これらのサンプルからSEAを検出できず研究は困難を極めた.そこで,原点に立ち返って,先人たちと同じように大量の出発材料から孵化促進活性を指標にHFの精製を開始した.約7万リットルのジャガイモ水耕栽培廃液を合成樹脂に通過させ,吸着された化合物を出発材料として孵化促進活性を指標にHFの分画・精製を開始した.最終的に二つのHFの精製に成功し,その一方がSEAであることを明らかにした.もう一方のHFを精密質量分析およびNMRを用いて構造解析を行った結果,SEAと類似した構造であることが明らかとなり,SEAに匹敵する高いPCN孵化促進化性を有していた.このことから,この化合物をSEAに次ぐ二番目のPCN孵化促進物質としてソラノエクレピンB(SEB)と命名した(図1図1■シストセンチュウ孵化促進物質の構造(6)6) K. Shimizu, R. Akiyama, Y. Okamura, C. Ogawa, Y. Masuda, I. Sakata, B. Watanabe, Y. Sugimoto, A. Kushida, K. Tanino et al.: Sci. Adv., 9, eadf4166 (2023).

・SEB生合成遺伝子の同定

この発見をもとにトマト毛状根培養液では50 mLという少量からSEBが検出できることを見出し,トマト毛状根を用いたSEB生合成遺伝子の探索を開始した.ゲノム編集によって候補遺伝子の遺伝子をノックアウトしたトマト毛状根を作出し,培養液の分析を行った.その結果,5つの遺伝子(SOLA1~SOLA5)のノックアウト毛状根培養液中からはSEBが検出されなかったことから,SOLA1~SOLA5がSEB生合成遺伝子であることが強く示唆された.さらに,これらの遺伝子ノックアウト毛状根の培養液はPCNに対する孵化促進活性が顕著に低いことが確認された.以上のことから,世界で初めてHFの生合成遺伝子で同定し,これらの遺伝子を制御することでPCNの孵化を抑制し,被害を軽減できる可能性が示された.

無菌培養を行ったトマト毛状根からはSEBのみが検出される.一方,開放系で栽培したトマトとジャガイモ水耕液からSEAとSEBの両方が検出された.このことから,SEBまでは植物自身で生合成され,根から放出された後に土壌や水耕液中に存在する微生物によってSEAへと変換されると考えされた.そこで,SEBを土壌に加え7日間静置したところ,予想した通りにSEBがSEAへと変換された.また,γ線で滅菌した土壌では変換が起こらなかったことから,土壌中の微生物によってその変換が行われることが明らかとなった.

本研究を通じて,新規HFが発見され,生合成遺伝子が5つ同定された.本研究は新たなHFの同定,さらなる生合成遺伝子の同定につながると期待される.より構造の単純なHFが明らかになれば人工的に合成したHFにより宿主不在時に孵化させて餓死させる自殺孵化剤の開発にも繋がる.また,HF生合成遺伝子の改変により孵化リスク低減作物などの作出に応用できると期待される.

Reference

1) T. Masamune, M. Anetai, M. Takasugi & N. Katsui: Nature, 297, 495 (1982).

2) A. Fukuzawa, H. Matsue, M. Ikura & T. Masamune: Tetrahedron Lett., 26, 5539 (1985).

3) A. Fukazawa, A. Furusaki, M. Ikura & T. Masamune: J. Chem. Soc. Chem. Commun., 4, 222 (1985).

4) J.G. Mulder, P. Diepenhorst, P. Plieger & I. E. M. Bruggemann-Rotgans: PCT Int. Appl. WO 9302083 (1992).

5) K. Tanino, M. Takahashi, Y. Tomata, H. Tokura, T. Uehara, T. Narabu & M. Miyashita: Nat. Chem., 3, 484 (2011).

6) K. Shimizu, R. Akiyama, Y. Okamura, C. Ogawa, Y. Masuda, I. Sakata, B. Watanabe, Y. Sugimoto, A. Kushida, K. Tanino et al.: Sci. Adv., 9, eadf4166 (2023).