解説

C1酵母の細胞内C1毒性管理と高メタノール環境に対する細胞適応の分子機構
環境循環型メタノールによる「バイオエコノミー」の実践に向けたC1酵母の細胞機能の開発

Molecular Mechanism for Management of Intracellular C1 Toxicity and Adaptation to High Methanol Condition in C1 Yeast: Development of Cell Functions of C1 Yeast for Application to “Methanol-Bioeconomy”

Tomoyuki Nakagawa

中川 智行

岐阜大学応用生物科学部応用生命科学課程

Published: 2024-05-01

CO2から直接合成されるメタノールは「環境循環型メタノール」や「グリーンメタノール」と呼ばれ,脱炭素社会構築に向けた次世代型エネルギーの一つとされている.また,メタノールは食糧と競合しない炭素源として「バイオエコノミー」への活用が期待されており,メタノールを唯一の炭素源として資化できるC1酵母はその実現に向けた最も現実的な生物群とされている.本稿では,環境循環型メタノールによるバイオエコノミーへの活用に向けたC1酵母の細胞機能の解析,特に細胞内C1毒性管理と高メタノール環境への細胞適応によるC1酵母のメタノール代謝制御の分子機構について解説する.

Key words: 環境循環型メタノール(グリーンメタノール); メタノールバイオエコノミー; C1酵母; Ogataea methanolica(=Pichia methanolica); Komagataella phaffii (=Pichia pastoris

「環境循環型メタノール」を活用したC1酵母の「バイオエコノミー」

現在,世界では「脱炭素社会」の実現に向けた様々な取り組みが推進されている.わが国でも2050年カーボンニュートラル社会の実現に向けて,様々なプロジェクトが進行している.CO2回収利用技術(CCU: Carbon dioxide Capture and Utilization)の開発もその一つであり,CO2から生産される環境循環型メタノール(グリーンメタノール)は,カーボンニュートラル社会を牽引する有力なエネルギー源・化学素材として期待されている.

一方,バイオテクノロジーや再生可能な生物資源等を活用し,持続可能な循環型経済社会を拡大させる概念を「バイオエコノミー」と呼ぶ.「バイオエコノミー」の一環である微生物を活用した発酵生産系では,主に穀物由来「糖」が発酵炭素源として利用されている.もし,この生産系の発酵炭素源を穀物由来の糖から「環境循環型メタノール」に変更できれば,食糧問題とカーボンニュートラル社会の実現を一気に解決できる新たな低環境負荷型ツールとなりうる(1, 2)1) J. T. Fabarius, V. Wegat, A. Roth & V. Sieber: Trends Biotechnol., 39, 348 (2021).2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022).

メタノールを唯一の炭素源として利用できる生物は「メチロトローフ」と呼ばれ,真核生物では唯一「C1酵母」がそれにあたる.C1酵母はメタノールを資化できるのみならず,高密度培養が可能であり,さらには強力なメタノール誘導性プロモータを活用した異種遺伝子発現系など,遺伝子工学ツールも豊富であることから,環境循環型メタノールによる「バイオエコノミー」に向けて最も現実的な生物群である(図1図1■C1酵母を用いた環境循環型メタノールによるバイオエコノミーの概念図(1, 2)1) J. T. Fabarius, V. Wegat, A. Roth & V. Sieber: Trends Biotechnol., 39, 348 (2021).2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022)..筆者は,C1酵母を,メタノールバイオエコノミーに活用するため,主にOgataea methanolicaのメタノール代謝の制御機構を解析してきた.

図1■C1酵母を用いた環境循環型メタノールによるバイオエコノミーの概念図

本稿では,国内外の研究者による研究成果を交えながら,C1酵母の細胞機能,特に巧妙な細胞内C1毒性管理と高メタノール環境への細胞適応によるメタノール代謝の制御機構についてO. methanolicaを中心に解説する.

メタノールはC1酵母にとっても「毒饅頭」

メタノールはクリーンなエネルギー源・化学素材である一方,全ての生物に対して強い毒性を示す化学物質でもある.例えばヒトの場合,一般的に10~30 mLのメタノールを経口摂取すると失明などの中毒症状をきたし,血中濃度が1~4 mg/mLに達すると死に至るとされる(3, 4)3) D. M. Roberts, C. Yates, B. Megarbane, J. F. Winchester, R. Maclaren, S. Gosselin, T. D. Nolin, V. Lavergne, R. S. Hoffman & M. Ghannoum; EXTRIP Work Group: Crit. Care Med., 43, 461 (2015).4) 森 博美,山崎 太:急性中毒情報ファイル(第4版),廣川書店,2008, p. 289.

メチロトローフにとってもメタノールは決して「ご馳走」ではなく,やはり「毒饅頭」のようである.例えば,低メタノール環境で十分な生育を示すC1酵母も,5%を超える高メタノール環境では重篤な生育阻害を示し(2, 5)2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022).5) K. Wakayama, S. Yamaguchi, A. Takeuchi, T. Mizumura, S. Ozawa, N. Tomizuka, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 122, 545 (2016).,グルコースやエタノールなど,他に炭素源が存在すればメタノール代謝を完全に停止する(6)6) T. Nakagawa, K. Wakayama & T. Hayakawa: J. Biosci. Bioeng., 120, 41 (2015)..つまり,C1酵母は決してメタノールが大好物というわけではなく,条件次第で渋々,また高濃度のメタノールは苦手であり,メタノールに対してさほど「酒豪」ではない.彼らをメタノールバイオエコノミーに活用するには,メタノールを“湯水の如く飲む”ことができる「スーパーC1酵母」へと進化させる必要がある.

C1酵母の細胞内C1毒性管理による巧妙なメタノール代謝制御

C1酵母は決してメタノールに対して酒豪ではないが,彼らがそのC1毒性にやられないように綿密な戦略を立ててメタノールを資化していることが,近年,明らかとなってきた.

1. メタノール代謝酵素群の戦略的なペルオキシソーム局在制御による細胞内C1毒性管理

C1酵母のメタノール代謝は,ペルオキシソーム内のアルコールオキシダーゼ(AOD)によるメタノールの酸化により開始される(図2A図2■(A) C1酵母のメタノール代謝経路と(B~D)O. methanolicaにおけるペルオキシソーム内AODクリスタロイド構造).本反応により生じるホルムアルデヒド(HCHO)は,ジヒドロキシアセトンシンターゼ(DAS)によりキシルロース5-リン酸(Xu5P)に固定され,生じたジヒドロキシアセトンが解糖系を経て,細胞構成成分へと導かれる(図2A図2■(A) C1酵母のメタノール代謝経路と(B~D)O. methanolicaにおけるペルオキシソーム内AODクリスタロイド構造).

図2■(A) C1酵母のメタノール代謝経路と(B~D)O. methanolicaにおけるペルオキシソーム内AODクリスタロイド構造

(A) AOD, アルコールオキシダーゼ;DAS, ジヒドロキシアセトンシンターゼ;CTA, カタラーゼ;FBA, フルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ;FBP, フルクトース-1,6-ビスリン酸フォスファターゼ;MeOH, メタノール;HCOH, ホルムアルデヒド;DHA, ジヒドロキシアセトン;GAP, グリセルアルデヒド3-リン酸;FBP, フルクトース-1,6-ビスリン酸;F6P, フルクトース6-リン酸;Xu5P, キシルロール5-リン酸;GSH, グルタチオン;HCOOH, ギ酸

メタノール代謝の鍵代謝中間体HCHOは高い細胞毒性(C1毒性)を示すため,C1酵母はその細胞内レベルをH2O2とともに厳密に管理しなければならない.よって,HCHOとH2O2を生産するAODの活性発現管理はメタノール代謝機構において大きな意味をもつ.例えば,AODはDASやカタラーゼ(CTA)とともにペルオキシソーム局在シグナル1(PTS1)をもつペルオキシソーム局在酵素であり,これら酵素のペルオキシソーム輸送の欠損はC1酵母のメタノール生育を完全に喪失させる(7~10)7) T. Ito, S. Fujimura, Y. Matsufuji, T. Miyaji, T. Nakagawa & N. Tomizuka: Yeast, 24, 589 (2007).8) T. Nakagawa, K. Yoshida, A. Takeuchi, T. Ito, S. Fujimura, Y. Matsufuji, N. Tomizuka, H. Yurimoto, Y. Sakai & T. Hayakawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 1733 (2010).9) T. Nakagawa, S. Fujimura, T. Ito, Y. Matsufuji, S. Ozawa, T. Miyaji, J. Nakagawga, N. Tomizuka, H. Yurimoto, Y. Sakai et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 1491 (2010).10) T. Ito, D. Ito, S. Ozawa, S. Fujimura, Y. Matsufuji, J. Nakagawa, N. Tomizuka, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 111, 624 (2011)..つまりAODと関連酵素群の細胞内局在はメタノール代謝にとってHCHOとH2O2の細胞毒性をペルオキシソーム内に封じ込める意味で重要であるのは間違いない.

また,AODとDAS, CTAが活性型に移行するタイミングと場所が細胞内C1毒性管理の「肝」のようである.DASとCTAは細胞質で活性型に組み立てられ,そのままペルオキシソームに移行するが(11~13)11) M. Q. Stewart, R. D. Esposito, J. Gowani & J. M. Goodman: J. Cell Sci., 114, 2863 (2001).12) K. N. Faber, R. van Dijk, I. Keizer-Gunnink, A. Koek, I. J. van der Klei & M. Veenhuis: Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Res., 1591, 157 (2002).13) H. Horiguchi, H. Yurimoto, T. Goh, T. Nakagawa, N. Kato & Y. Sakai: J. Bacteriol., 183, 6372 (2001).,AODはペルオキシソームに輸送されてから8量体に組み立てられ,活性型となる(11, 14, 15)11) M. Q. Stewart, R. D. Esposito, J. Gowani & J. M. Goodman: J. Cell Sci., 114, 2863 (2001).14) P. Ozimek, M. Veenhuis & I. J. van der Klei: FEMS Yeast Res., 5, 975 (2005).15) K. Gunkel, M. Veenhuis & I. J. van der Klei: FEMS Yeast Res., 5, 1037 (2005)..このように毒性中間体を生産するAODは決して細胞質で活性型にならないよう細心の注意を払い,一方でDASとCTAはすぐにでも機能できるよう予め活性型に組み立ててからペルオキシソームへ輸送している.また,これら遺伝子の発現順も規定されており,AOD以外のメタノール代謝酵素群をあらかじめ発現させたあと,満を辞してAODを発現させるという念の入れようである(5)5) K. Wakayama, S. Yamaguchi, A. Takeuchi, T. Mizumura, S. Ozawa, N. Tomizuka, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 122, 545 (2016).

さらにAODはペルオキシソーム内でクリスタロイド構造をとる(14)14) P. Ozimek, M. Veenhuis & I. J. van der Klei: FEMS Yeast Res., 5, 975 (2005)..そのクリスタロイド構造は透過型電子顕微鏡(TEM)画像でも格子構造が容易に観察でき(図2B–D図2■(A) C1酵母のメタノール代謝経路と(B~D)O. methanolicaにおけるペルオキシソーム内AODクリスタロイド構造),近年,報告されたKomagataella phaffii由来AODの立体構造からも結晶格子の分子構造が推測されている(16)16) J. Vonck, D. N. Parcej & D. J. Mills: PLoS One, 11, e0159476 (2016)..また,C1酵母はAODの結晶格子構造を足場として,DASやCTAなどのメタノール代謝酵素群をAODに対して立体的に配置していると推測されており,これにより効率よくメタノール代謝を行っているようである.

2. Xu5P合成経路のペルオキシソーム局在によるメタノール代謝制御

C1酵母のメタノール代謝におけるHCHOのアクセプターXu5Pは細胞質のペントースリン酸経路で合成された後,ペルオキシソームに輸送されると定説化されてきたが,近年,新たな発見があった.図2A図2■(A) C1酵母のメタノール代謝経路と(B~D)O. methanolicaにおけるペルオキシソーム内AODクリスタロイド構造に示すように,Xu5P合成経路もペルオキシソーム内に局在することが証明された(17, 18)17) H. Rußmayer, M. Buchetics, C. Gruber, M. Valli, K. Grillitsch, G. Modarres, R. Guerrasio, K. Klavins, S. Neubauer, H. Drexler et al.: BMC Biol., 13, 80 (2015).18) H. Fukuoka, T. Kawase, M. Oku, H. Yurimoto, Y. Sakai, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 128, 33 (2019).K. phafiiゲノム上にはXu5P合成に必要なフルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ(FBA)とトランスアルドラーゼ(TAL)をコードする遺伝子が2セット存在し,FBA2TAL2は共にメタノール誘導性遺伝子であった(18)18) H. Fukuoka, T. Kawase, M. Oku, H. Yurimoto, Y. Sakai, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 128, 33 (2019)..さらにFba2pとTal2pはPTS1をもつペルオキシソーム局在酵素であり(18)18) H. Fukuoka, T. Kawase, M. Oku, H. Yurimoto, Y. Sakai, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 128, 33 (2019).,それ以外のXu5P合成酵素群も全てペルオキシソーム内に局在する(17)17) H. Rußmayer, M. Buchetics, C. Gruber, M. Valli, K. Grillitsch, G. Modarres, R. Guerrasio, K. Klavins, S. Neubauer, H. Drexler et al.: BMC Biol., 13, 80 (2015)..リン酸化糖のペルオキシソーム膜輸送のリスク等を考慮すると,Xu5P供給もペルオキシソーム内で完結することは理にかなっており,効率的なメタノール代謝の重要な戦略の一つと考えられる.ただ,PTSをもたないXu5P合成経路の酵素たちがどのようにしてペルオキシソームに局在できるのか,謎のままである.

C1酵母のメタノール環境の認識および適応とメタノール代謝制御

上記のように,C1酵母はメタノール代謝において細胞内C1毒性を厳密に管理しているが,C1酵母は生育環境のメタノール濃度に応じて細胞機能を詳細に制御し,適応していることがわかってきた.

1. 代謝プロファイルからみるC1酵母の高メタノール環境適応と代謝制御

高メタノールと低メタノール環境下における細胞内メタボロームをO. methanolicaにて観察したところ,彼らは生育環境のメタノール濃度に応じて代謝プロファイルを大きく変化させていた(19)19) H.-L. Cai, R. Doi, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: Microb. Biotechnol., 14, 1512 (2021).O. methanolicaは,低メタノール環境ではメタノール代謝系を最大限に活性化するが,メタノール濃度の上昇とともにAODやDASなどメタノール代謝酵素群の発現を抑制し,メタノール代謝系と解糖系の代謝フローを低下させた(図3図3■C1酵母の高メタノール環境適応における代謝中間体および遺伝子発現の変化(19)19) H.-L. Cai, R. Doi, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: Microb. Biotechnol., 14, 1512 (2021)..このようにC1酵母は高メタノール環境下ではメタノールを食べ過ぎないよう自制し,HCHOとH2O2の過剰生産を回避しているようだ.

図3■C1酵母の高メタノール環境適応における代謝中間体および遺伝子発現の変化

低メタノール生育細胞と比較して細胞内レベルまたは発現量が優位に増加(赤矢印),変化しない(緑矢印)優位に減少(青矢印)する代謝中間体および遺伝子.

高メタノール環境においてC1酵母は意図的に断食状態に入るが,それに反してATPやNADH/NADなど,細胞内エネルギーレベルはメタノール濃度に関係なく一定であった(図3図3■C1酵母の高メタノール環境適応における代謝中間体および遺伝子発現の変化(19)19) H.-L. Cai, R. Doi, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: Microb. Biotechnol., 14, 1512 (2021)..その仕組みは,C1酵母は高メタノール環境下でβ-酸化系を亢進することで細胞内脂肪酸を消費し(20, 21)20) P. Ma, S. Takashima, C. Fujita, S. Yamada, Y. Oshima, H.-L. Cai, H. Yurimoto, Y. Sakai, T. Hayakawa, M. Shimada et al.: Yeast, 38, 541 (2021).21) J. Zhu, Y. Hikida, H.-L. Cai, M. Shimada, H. Kikukawa & T. Nakagawa: Biocatal. Agric. Biotechnol., 54, 102942 (2023).,それに伴いTCAサイクルを活性化させている(図3図3■C1酵母の高メタノール環境適応における代謝中間体および遺伝子発現の変化(19)19) H.-L. Cai, R. Doi, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: Microb. Biotechnol., 14, 1512 (2021)..つまり,C1酵母は蓄えていた脂肪酸を利用して延命の術を模索し,高メタノール環境を「冬眠」状態で乗り切る作戦のようである.

また,C1酵母は高メタノール環境下で上昇するROSレベルに対応するため,CTAやグルタチオンペルオキシダーゼ(GPX),グルタチオンレダクターゼ(GR)などのROSスカベンジャーの活性発現を上昇させる(図3図3■C1酵母の高メタノール環境適応における代謝中間体および遺伝子発現の変化(19)19) H.-L. Cai, R. Doi, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: Microb. Biotechnol., 14, 1512 (2021).

2. AODアイソザイムの活性発現制御からみるC1酵母の高メタノール環境適応

C1酵母は高メタノール環境下ではAODの酵素活性を抑制することでHCHOとH2O2の過剰生産を抑えている(図3図3■C1酵母の高メタノール環境適応における代謝中間体および遺伝子発現の変化(2)2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022)..ただ,高メタノール条件におけるAOD遺伝子発現の抑制以上に,著しい酵素活性の低下が観察されている(19)19) H.-L. Cai, R. Doi, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: Microb. Biotechnol., 14, 1512 (2021)..これはC1酵母がAOD活性発現を翻訳後レベルでも制御している証拠でもある.

特にO. methanolicaは,AODとして2つのサブユニットMod1pとMod2pをもち,両サブユニットの8量体へのランダムな会合により,9種のアイソザイムを形成する(図4図4■O. methanolica AODアイソザイムの活性発現制御機構(2)2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022)..Mod1pはメタノール・酸素に対して高Vmax・低Km(高活性)型サブユニットであり,O. methanolicaは低メタノール環境下でMod1pを支配的に発現し,貴重なメタノールを効率よく利用している(2)2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022)..一方,Mod2pは低Vmax・高Km(低活性)型サブユニットであり,メタノール濃度の上昇につれてMod2pの発現比を増加し,AODアイソザイム全体の酵素活性を意図的に低下させている(2)2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022)..つまり,高メタノール環境下では,ただ単にAODの「量」だけでなく,酵素の「質」を変化させることでHCHOとH2O2の過剰生産を避けるようメタノール代謝を制御している(2)2) H.-L. Cai, M. Shimada & T. Nakagawa: Yeast, 39, 440 (2022).

図4■O. methanolica AODアイソザイムの活性発現制御機構

では,Mod2pが低活性型サブユニットとして機能する分子メカニズムはどのようなものであろうか? Mod1pとMod2pはアミノ酸配列レベルで80%以上の相同性を示すが,補酵素のFADの形態が異なる(22)22) V. V. Ashin & Y. A. Trotsenko: Biochemistry (Mosc.), 63, 1407 (1998)..Mod2pは単なるFADであるが,Mod1pは修飾型FAD(mFAD)である(図4図4■O. methanolica AODアイソザイムの活性発現制御機構).一般的なAODは,分子内で自発的にFADをmFADへと変換し,メタノールに対する親和性を有意に上昇させる(23)23) L. V. Bystrykh, L. Dijkhuizen & W. Harder: J. Gen. Microbiol., 137, 2381 (1991)..つまり低メタノール環境ではmFADを補因子としてもつMod1pが主要に働き,高メタノール環境ではFADをもつMod2pがAODアイソザイムの全体の機能を意図的に低下させる(図4図4■O. methanolica AODアイソザイムの活性発現制御機構).Mod1pがFADをmFADに変換する仕組み,さらにはmFADによりMod1pが高活性型サブユニットに遷移する仕組みは未だ解明されていないものの,mFADによるAOD活性の制御がC1酵母の高メタノール適応の鍵因子であるのは間違いない.

3. C1酵母のメタノール濃度センシングと細胞応答

近年,C1酵母がメタノール濃度をセンシングする仕組みの一端が明らかとなってきた.OhsawaらはK. phaffiiのメタノール認識因子としてWsc1p/Wsc3pを報告した(24)24) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017)..Wscファミリーは出芽酵母の細胞表層ストレスセンサーとして知られるが,K. phaffiiではWsc1pが低濃度メタノール(0.05%)を,Wsc3が高濃度メタノール(0.05~2%)を認識し,Rom2pを介してKpPkc1pによる転写因子KpMxr1pのリン酸化の制御が濃度依存的メタノール誘導機構で大きな役割を果たしていることが明らかとなった(25, 26)25) S. Ohsawa, K. Inoue, T. Isoda, M. Oku, H. Yurimoto & Y. Sakai: J. Cell Sci., 134, jcs254714 (2021).26) K. Inoue, S. Ohsawa, S. Ito, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 118, 683 (2022).

このように,C1酵母のメタノール濃度センシングの仕組みが徐々に明らかになってきたものの,現状ではO. methanolica AODアイソザイムのメタノール濃度依存的発現制御機構は全て説明しきれない.今後のさらなる解析が待たれる.

おわりに

本稿では,C1酵母のメタノール代謝の巧妙な細胞内C1毒性管理,さらには生育環境のメタノール濃度認識とそれに伴う精密な代謝制御機構の一端を紹介した.厄介なことにC1酵母にとってHCHOが細胞構成成分を導く唯一の炭素であることから,HCHOを毒性物質として完全に排除すると生育できないというジレンマを抱えている.このC1毒性を抑えつつ,かつ炭素源として利用できる絶妙な細胞内HCHOレベルの管理こそがメタノール代謝の最重要課題であることから,その分子機構は複雑かつ精密であり,遺伝子工学的手法を用いてC1酵母のメタノール代謝能力を戦略的に賦活化することは「ミッション・インポッシブル」であるのが現状である.

一方,C1酵母の精密なメタノール代謝制御のカギを握る重要なイベントの一つは生育環境のメタノール濃度を正確に認識することにある.C1酵母のメタノール代謝制御が分子レベルで明確になれば,近い将来,C1酵母の統括的なメタノール代謝制御が可能になり,戦略的に細胞機能が強化された「スーパーC1酵母」の育種が達成できるかもしれない.環境循環型メタノールの活用によるC1酵母のバイオエコノミー,さらにはカーボンニュートラル社会への応用がすぐそこまできているかもしれない.

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