解説

糸状菌におけるセルロース・ヘミセルロース分解酵素遺伝子の発現制御機構
糸状菌のバイオマス分解酵素生産制御機構の解明を目指して

Regulatory Mechanisms of Cellulolytic and Hemicellulolytic Enzyme Gene Expression in Filamentous Fungi: Toward Elucidating the Regulatory Mechanisms of Biomass-Degrading Enzyme Production in Filamentous Fungi

Emi Kunitake

國武 絵美

三重大学大学院生物資源学研究科

Published: 2024-05-01

糸状菌は自然環境に存在する多様な炭素源を分解・資化することが可能で,この能力は発酵・醸造や酵素生産など様々な産業で利用されている.セルラーゼやヘミセルラーゼといった植物細胞壁分解酵素の生産にも優れているため,バイオリファイナリーに資する植物性バイオマス分解酵素の供給源としても注目されている.これら酵素は培養条件により生産が調節されており,主に遺伝子の転写レベルで制御される.本稿では,筆者が取り組んできたAspergillus属糸状菌におけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の転写制御機構に関する研究について紹介する.

Key words: 糸状菌; Aspergillus; セルラーゼ; ヘミセルラーゼ; 遺伝子発現制御

はじめに

麹菌Aspergillus oryzaeに代表されるように,糸状菌は古来より清酒や味噌醤油など発酵食品の製造に使用されているとともに,多糖分解酵素を含む様々な糸状菌由来の酵素が食品分野,化学工業分野,医薬分野など多くの分野で利用されている.なかでもセルラーゼやヘミセルラーゼは近年の未利用バイオマスの有効利用の観点からその需要はますます高まっている.植物細胞壁はグルコースがβ-1,4結合で重合したセルロースを主成分とし,ヘミセルロースと呼ばれる様々な糖で構成されたヘテロ多糖がセルロース分子鎖を水素結合で架橋した構造をしている.セルロースは強固な結晶構造を取っており,結晶部分のセルラーゼによる分解速度は極めて遅く,セルロースの分解にはセルラーゼに加えて酸化還元酵素の作用も重要である.また,ヘミセルロースの分解には様々な種類のヘミセルラーゼが必要である.そのためバイオマスの酵素による完全分解には効率的な酵素生産技術の開発が重要であり,それに向けて酵素生産メカニズムの解明が国内外で精力的に進められている.糸状菌の多糖分解酵素の生産は遺伝子発現レベルで調節されており,その制御は酵素の基質となる多糖由来の少糖による転写誘導と,グルコースのような資化しやすい糖の存在下で起こるカーボンカタボライト抑制に大別される.筆者はAspergillus属糸状菌を研究対象としてこれらの分子機構の解明を目指して解析を進めてきた.本稿では,筆者が取り組んできたセルラーゼ遺伝子の転写に関わる制御因子のスクリーニング,セルラーゼ遺伝子の転写誘導機構,カーボンカタボライト抑制機構に関する研究を紹介する.なお,農芸化学若手女性研究者賞の受賞内容の一部は『化学と生物』第57巻 第9号(2019)で既に解説しているため(1)1) 國武絵美,小林哲夫:化学と生物,57,532(2019).,今回はそちらで紹介できなかった研究を中心に最新の情報を加えて概説する.

セルラーゼ遺伝子の転写増強に関わる新奇転写因子ClbRの同定

現在,種々のバイオマス分解酵素遺伝子に特異的な転写活性化因子が単離されているが,筆者が研究を開始した当時はAspergillus nigerにおいてキシラナーゼ遺伝子に特異的なXlnRのみが単離されていた(2)2) N. N. van Peij, J. Visser & L. H. de Graaff: Mol. Microbiol., 27, 131 (1998)..XlnRはセルラーゼ遺伝子の制御にも関与するが(3)3) N. N. van Peij, M. M. Gielkens, R. P. de Vries, J. Visser & L. H. de Graaff: Appl. Environ. Microbiol., 64, 3615 (1998).,それ以外にもセルラーゼ遺伝子特異的な転写因子の存在が示唆されていた.筆者が研究対象としていたセルラーゼ生産菌Aspergillus aculeatusにおいても,XlnR非依存的に発現が調節されるセルラーゼ遺伝子が存在したことから(4)4) S. Tani, S. Kanamasa, J. Sumitani, M. Arai & T. Kawaguchi: Curr. Genet., 58, 93 (2012).,この発現に関与する制御因子の取得を目指した.当初A. aculeatusはまだゲノム情報を利用することができなかったため,セルラーゼ遺伝子の転写制御因子欠損株を取得し,変異遺伝子を特定するという順遺伝学的手法を採用した.

変異体の作製にはアグロバクテリウムを用いたT-DNAランダム挿入変異により行った(5, 6)5) E. Kunitake, S. Tani, J. Sumitani & T. Kawaguchi: AMB Express, 1, 46 (2011).6) E. Kunitake, S. Tani, J. Sumitani & T. Kawaguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 2017 (2013)..この方法の利点は,①アグロバクテリウムと糸状菌を共培養するだけで遺伝子破壊株が取得できること,②挿入されるT-DNA断片は既知配列であるためその配列をもとに挿入遺伝子座(変異点)を容易に同定できることにある.また,セルラーゼ遺伝子転写制御因子欠損株のみが生育するようなポジティブスクリーニングが可能な系を利用できるようにしたことも工夫の一つである(図1A図1■A. aculeatusにおける新奇セルラーゼ遺伝子発現制御因子のスクリーニング).具体的には,XlnR非依存的に発現が制御されるセロビオヒドロラーゼ遺伝子cbhIプロモーター制御下でピリミジン生合成遺伝子pyrGを発現するコンストラクトをpyrG欠損株に導入した株(cbhIp-pyrG株)を作製した.pyrGは真菌でよく用いられている二方向性選択マーカーで,pyrGを欠損するとウリジン要求性かつ5-フルオロオロチン酸(5-FOA)耐性を示す.cbhIp-pyrG株はセルラーゼ誘導条件下でpyrGを発現するため5-FOA感受性を示すが,この株を宿主としたT-DNAランダム挿入変異体のうち5-FOA含有培地で生育できたもの(5-FOA耐性に変化したもの)を選抜すれば,cbhIの転写制御に関わる因子をコードする遺伝子の変異株が取得できるという戦略である.この計画のもと,約6,000株のT-DNA挿入株の中から数株の候補株を単離した.表現型解析や遺伝子発現解析によりセルロース資化能が低下し,かつセルラーゼ遺伝子の誘導発現が低下した株を特定した(図1B図1■A. aculeatusにおける新奇セルラーゼ遺伝子発現制御因子のスクリーニング).このT-DNA挿入遺伝子座をinverse PCRにより調べたところ,未知の転写因子遺伝子が破壊されていることが明らかとなった.この遺伝子をclbRcellobiose response regulator)と命名し,改めてclbR破壊株を作製した.その結果cbhIcbhIと同様にXlnR非依存的な誘導発現を示すカルボキシメチルセルラーゼ2遺伝子(cmc2)やキシラナーゼIa遺伝子(xynIa)の転写が低下し,ClbRがセルラーゼ遺伝子の転写誘導に関与することが示された.残念ながら,このclbR破壊によるセルラーゼ遺伝子の転写誘導への影響は部分的で,ClbRはセルラーゼ遺伝子の発現に必須の特異的転写活性化因子ではないと考えられた.しかし,XlnR依存的な発現を示すカルボキシメチルセルラーゼ1遺伝子(cmc1)やキシラナーゼIb遺伝子(xynIb)のセルロース誘導時の転写への関与も認められたことから,XlnR依存的・非依存的遺伝子両方のセルロースによる転写誘導を最大にするにはClbRが必要であるという新たな知見を得ることができた(6)6) E. Kunitake, S. Tani, J. Sumitani & T. Kawaguchi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 2017 (2013).clbRを高発現すると,小麦ふすまを炭素源とした培地においてセルラーゼの生産が最大1.3倍,キシラナーゼが2.3倍に増加した.これらは培養後期ではそれぞれ野生株の2.3倍と9倍となり,高い活性が維持されることが明らかとなった(7)7) E. Kunitake, A. Kawamura, S. Tani, S. Takenaka, W. Ogasawara, J. Sumitani & T. Kawaguchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 488 (2015)..以上よりClbRはセルラーゼ・ヘミセルラーゼ系酵素の高生産において応用面でも利用が期待できる因子であると考えられる.

図1■A. aculeatusにおける新奇セルラーゼ遺伝子発現制御因子のスクリーニング

(A)スクリーニング戦略.(B)単離した変異株のセルロースを単一炭素源とした培地での生育とセロビオース誘導時のcbhI発現.

clbR高発現株におけるセクレトームや個々のCAZyme(糖質関連酵素)遺伝子発現を調べたところ,培養炭素源によって各酵素遺伝子の発現様式が変動することが判明した(7)7) E. Kunitake, A. Kawamura, S. Tani, S. Takenaka, W. Ogasawara, J. Sumitani & T. Kawaguchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 488 (2015)..ClbR高発現株では,セルロース誘導条件下においてxynIacbhI, cmc2の発現量が上昇した一方で,小麦ふすまを炭素源として培養した場合は,cbhIcmc2の発現量が標準株とほとんど変わらなかったのである.この原因として,小麦ふすまに含まれる複数の炭素源により活性化した様々な転写因子とClbRがヘテロ複合体を形成することにより,ClbRが増産されてもcbhIcmc2の発現に使われるClbRが十分に増えず,結果として発現促進しないという,いわゆる転写因子のタイトレーションが起こったのではないかと推測した.そこで,ClbRと相互作用する転写因子をYeast two-hybrid法により探索した(8)8) E. Kunitake, T. Kawaguchi & S. Tani: Biosci. Biotechnol. Biochem., 88, 212 (2024)..候補となる相互作用因子として,糖質関連酵素遺伝子の発現制御に関与する既知の転写因子(ManR, XlnR, AraR, AmyR, McmA, ClbR)を選択した.また,ClbRには相同性42%のパラログ(ClbR2)が存在したため,これも候補の一つとした.その結果,ClbRとClbR2の組み合わせにおいて相互作用が認められた.clbR2破壊株およびclbR clbR2二重破壊株を作出し,A. aculeatusでの機能を調べたところ,clbR2破壊株およびclbR clbR2二重破壊株においてセルロースや1,4-β-mannobioseに応答するCAZyme遺伝子,その中でも特にManR(セルラーゼ・マンナナーゼ遺伝子に特異的な転写活性化因子)依存的な遺伝子であるcbhI, cmc2,マンナナーゼ遺伝子manGの転写がclbR破壊株と同等のレベルまで低下した.さらにmanRの転写がclbR/clbR2単独破壊株・二重破壊株いずれにおいても標準株の約20%まで低下することが判明した.一方,ManR・XlnR非依存的なxynIaや,XlnR依存的なcmc1, xynIbに対してはclbR2破壊の影響がほとんどないか弱かった.以上より,ClbRとClbR2はManR依存的経路を協調的に制御することが示唆された(8)8) E. Kunitake, T. Kawaguchi & S. Tani: Biosci. Biotechnol. Biochem., 88, 212 (2024)..またこれらの結果から,ClbRを高発現した際に炭素源の種類によって制御下遺伝子の発現パターンが異なっていた原因が,ClbRがClbR2以外の転写因子と相互作用することにより今回解析した遺伝子以外の発現を制御するためであると推測している.つまり,セルロース誘導条件下ではClbRとClbR2が協調的にcbhIcmc2の発現を増強するが,様々な糖が含まれる小麦ふすまを用いた場合はセルロース以外の糖に応答する未知の転写因子とClbRが相互作用することで下流遺伝子を制御するため,ClbR2と相互作用できるClbRがセルロース誘導条件下ほど多くならなかったと考えている.この仮説を証明するにはさらなる研究が必要であるが,本研究によりセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の発現には様々な因子が関与し,想像以上に複雑な機構となっていることが明らかになった.

ClbRの同定に至ったスクリーニング法は,新たなセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の転写制御に関わる因子の探索に使われている.一見すると多糖分解酵素遺伝子の発現に関与するとは思えないものが順次同定されており,順遺伝学の有効性を示している(9~12)9) S. Tani, S. Yuki, E. Kunitake, J. Sumitani & T. Kawaguchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 1227 (2017).10) R. Tsumura, K. Sawada, E. Kunitake, J. Sumitani, T. Kawaguchi & S. Tani: Appl. Microbiol. Biotechnol., 105, 1535 (2021).11) R. Katayama, N. Kobayashi, T. Kawaguchi & S. Tani: Curr. Genet., 68, 143 (2022).12) M. Kuga, H. Shiroyanagi, T. Kawaguchi & S. Tani: Appl. Microbiol. Biotechnol., 107, 785 (2023)..新たに見出された因子の解析により複雑なメカニズムの解明に近づいていると期待される.

転写活性化因子ClrBを介したセルラーゼ遺伝子の転写誘導機構

前項では単離には至らなかったセルラーゼ遺伝子に特異的な転写活性化因子は逆遺伝学的手法によりA. oryzaeAspergillus nidulansにおいて単離され,それぞれManR, ClrBと命名された(13, 14)13) M. Ogawa, T. Kobayashi & Y. Koyama: Fungal Genet. Biol., 49, 987 (2012).14) S. T. Coradetti, J. P. Craig, Y. Xiong, T. Shock, C. Tian & N. L. Glass: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 7397 (2012)..面白いことに,A. oryzae ManRはマンナナーゼ遺伝子の転写活性化因子として同定されたがセルラーゼ遺伝子の転写活性化因子でもある(15)15) M. Ogawa, T. Kobayashi & Y. Koyama: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 426 (2013)..一方,筆者が在籍した研究グループによりA. nidulansではClrBのパラログがマンナナーゼ遺伝子の主要な転写活性化因子として機能していることが見出されている(1, 16)1) 國武絵美,小林哲夫:化学と生物,57,532(2019).16) E. Kunitake & T. Kobayashi: Curr. Genet., 63, 951 (2017).

A. nidulansのセルラーゼ遺伝子の転写誘導には広域転写因子McmAも関与する(17)17) Y. Yamakawa, Y. Endo, N. Li, M. Yoshizawa, M. Aoyama, A. Watanabe, K. Kanamaru, M. Kato & T. Kobayashi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 431, 777 (2013)..そこで詳細な転写解析を行いClrBとMcmAの寄与について調べたところ,ClrBは全てのセルラーゼ遺伝子の転写に必要であるものの,McmAはそれを完全に必要とする遺伝子,部分的に必要あるいは不必要とする遺伝子の3つのパターンに分かれることが判明した.この原因についてDNA結合特性から解析したところ,ClrBによる転写誘導に重要なシスエレメントは2つ存在することがわかった.一つはCCGN2CCN6GGで,CCN6GGにMcmAが結合することによりClrBをCCGにリクルートする.もう一つはCGGN8CCGで,ClrBがホモダイマーとして結合する.McmAに完全に依存的な遺伝子のプロモーター上にはCCGN2CCN6GGおよびその類似配列のみが存在し,部分的にMcmAを必要とする遺伝子には両方のシスエレメントが存在する.一方,McmAに非依存的な遺伝子はセルラーゼではなくβ-マンノシダーゼ遺伝子で,CGGN8CCGのみをプロモーター上に持つ.このことから,セルラーゼ遺伝子が最大の発現量を示すためにはClrBに加えてMcmAの作用が重要であることが示された(18)18) N. Li, E. Kunitake, M. Aoyama, M. Ogawa, K. Kanamaru, M. Kimura, Y. Koyama & T. Kobayashi: Mol. Microbiol., 102, 810 (2016)..本内容については,『化学と生物』第57巻 第9号(2019)も参照されたい(1)1) 國武絵美,小林哲夫:化学と生物,57,532(2019)..現在,ClrBの転写活性化機能を明らかにするためタンパク質レベルでの解析を進めており,セルラーゼ遺伝子の転写誘導機構の解明に引き続き取り組んでいる.

ところで,筆者らはA. nidulansクロモソームIVマッピング用変異株において,セルラーゼとキシラナーゼ生産性が低下していることも見出していた.酵素生産性の低下の原因がクロモソームIV上に存在するxlnRの変異であると考えたが,この株へのxlnRの導入実験や野生株のxlnR破壊実験により,その可能性は否定された.そこで,セルラーゼ生産性の欠損を引き起こした変異対立遺伝子を大まかに決定するため掛け合わせによるマッピングを行った結果,palC近辺であることを特定した(19)19) E. Kunitake, D. Hagiwara, K. Miyamoto, K. Kanamaru, M. Kimura & T. Kobayashi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 3621 (2016)..野生型のpalCを変異株に導入することにより酵素生産能が回復したことから,palC変異が原因であると決定した.PalCはpHシグナル伝達の構成要素の一つであり,pHシグナル伝達は6つのpal遺伝子産物(PalA, B, C, F, H, I)とC2H2型転写因子PacCが関与することが知られている(20)20) M. A. Peñalva, D. Lucena-Agell & H. N. Arst Jr.: Curr. Opin. Microbiol., 22, 49 (2014)..Palタンパク質はアルカリpHを感知してシグナルを伝達すると,PalBによってPacCが切断され,切断されたPacCは活性型として機能し,アルカリ性で応答する遺伝子の転写活性化と酸性で応答する遺伝子の転写抑制を引き起こす.そこでPacCがセルラーゼやキシラナーゼの生産を制御していると考え,pacC破壊株を作出し酵素生産や遺伝子発現を調べた.その結果,セルラーゼやキシラナーゼの生産が低下し,またアルカリ条件下におけるセルラーゼ遺伝子の発現低下と誘導の遅延が観察された.さらにRNA-seq解析からpacCの欠失により6957遺伝子のうち738遺伝子の発現が変動し,植物細胞壁分解に関わるCAZyme遺伝子の発現量の合計が約3分の1にまで低下することが明らかとなった.PacC依存的に発現すると特定された遺伝子はClrBが制御する遺伝子の82%と重複しており,他の糸状菌においてセロビオース(セルラーゼ遺伝子の誘導物質)の取り込み・認識に関与すると報告されるトランスポーター遺伝子のオルソログも含まれていた.また,in vitroにおいてPacCはいくつかのセルラーゼ遺伝子プロモーターに結合したが,結合が弱い,あるいはPacC結合サイトを持たない遺伝子も存在した.以上の結果より,セルロース分解酵素遺伝子の多くがPal-PacCを介したpHシグナル伝達経路により制御されることが示され,この制御にはPacCによる直接的な制御だけでなく,恐らくClrBの活性調節を介した間接的な制御が関わることが示唆された(図2図2■ClrB, McmA, PacCによるセルラーゼ遺伝子の転写誘導機構モデル(19)19) E. Kunitake, D. Hagiwara, K. Miyamoto, K. Kanamaru, M. Kimura & T. Kobayashi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 3621 (2016)..環境pHは酵素の工業的生産における重要な因子の一つであるため,詳細な制御機構が解明され,酵素生産技術開発に役立てられることを期待する.

図2■ClrB, McmA, PacCによるセルラーゼ遺伝子の転写誘導機構モデル

セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の新奇カーボンカタボライト抑制機構の発見

グルコースのような資化しやすい糖の存在下において,糸状菌の多糖分解酵素遺伝子の発現はカーボンカタボライト抑制(CCR)により著しく低下する.糸状菌ではA. nidulansにおいてCCRに関与する主要因子としてC2H2型DNA結合ドメインを持つ転写因子CreAが同定され(21)21) C. E. Dowzer & J. M. Kelly: Mol. Cell. Biol., 11, 5701 (1991).,そのオルソログは他の糸状菌においても広く保存されている.一方で,CCRにはCreAが関与しない経路が存在することが示唆されており,筆者らの研究グループにおいても,A. nidulansのセルラーゼ遺伝子の発現が様々な炭素源によって抑制され,creAを欠損してもこの抑制は十分に解除されないCreA非依存的なCCRが存在することを見出した.筆者らはプロテインキナーゼ破壊株ライブラリーを用いたスクリーニングを行い,cAMP依存性プロテインキナーゼPkaA遺伝子破壊株において,グルコース存在下でもセルラーゼを生産することを発見した(22)22) E. Kunitake, Y. Li, R. Uchida, T. Nohara, K. Asano, A. Hattori, T. Kimura, K. Kanamaru, M. Kimura & T. Kobayashi: Curr. Genet., 65, 941 (2019)..PkaAが関与するセルラーゼ生産のCCRがCreA非依存的CCRであると考え,creApkaAの二重破壊株を作出したところ,各単独破壊株よりも強い脱抑制が見られた.これよりCreA依存的CCRとPkaA依存的CCRは独立した経路であることが示唆された.cAMPシグナル伝達経路において,cAMP依存性プロテインキナーゼの上流に三量体Gタンパク質があり,A. nidulansではGαが3種類(GanA, GanB, FadA),GβとGγが1種類ずつ存在する.そこでいずれのGαがCCRに関与するかを調べるため,遺伝子破壊による影響を解析した.その結果,GanBの遺伝子破壊株において,pkaA破壊株と同様の表現型を示した.creAganB二重破壊株においてもそれぞれの単独破壊よりもセルラーゼ生産性が増大した.以上より,GanBとPkaAを介したcAMPシグナル伝達経路がセルラーゼ生産のCCRに重要であることが示された(図3図3■セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子のカーボンカタボライト抑制機構モデル).上記の解析ではセルラーゼ生産性を寒天培地上で検出していたため,液体培養した菌体を用いて転写解析を実施した.意外なことに培養条件の変更によりそれぞれの遺伝子破壊による影響が異なることが判明した.セロビオースとグルコースアナログである2-デオキシグルコースを用いた液体培養ではCreA依存的CCRとPkaA/GanB依存的CCRの両方が同程度働くが,セルロースとグルコースを用いた液体培養では,CreA依存的CCRがPkaA/GanB依存的CCRよりも強く作用することが明らかとなった.また,キシロースによる抑制はpkaA破壊の影響をほとんど受けず,CreA依存的CCRが主な経路で部分的にGanBが関与することが示された(22)22) E. Kunitake, Y. Li, R. Uchida, T. Nohara, K. Asano, A. Hattori, T. Kimura, K. Kanamaru, M. Kimura & T. Kobayashi: Curr. Genet., 65, 941 (2019).(本内容は『化学と生物』第57巻 第9号(2019)(1)1) 國武絵美,小林哲夫:化学と生物,57,532(2019).も参照していただきたい).

図3■セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子のカーボンカタボライト抑制機構モデル

pkaAganBの破壊はアミラーゼ生産のCCRにはほとんど影響がなかったことから,PkaA/GanB依存的CCRがセルラーゼ遺伝子特異的であるのかどうかに興味を持った.そこで,自然環境中でセルロースと一緒に存在するヘミセルロースに着目し,主要なヘミセルラーゼであるキシラナーゼとマンナナーゼについて,同様に解析を進めた(23)23) E. Kunitake, R. Uchida, K. Asano, K. Kanamaru, M. Kimura, T. Kimura & T. Kobayashi: AMB Express, 12, 126 (2022)..その結果,マンナナーゼはセルラーゼと類似した抑制パターンを示した.すなわち,ガラクトマンナンを炭素源とした液体培養時において,グルコースによるCCRはCreAとPkaA/GanBの両者が関与するがCreAの方が強く働いた.1,4-β-マンノビオースとグルコースを用いた際は,遺伝子によって多少のばらつきがあるもののCreAとPkaA/GanBが同程度CCRに関与していた.また,キシロースによる抑制はCreA依存的経路が主要に働くことがわかった.キシラナーゼに関しては,誘導物質としてキシロースを用いて解析したため,誘導条件下でもグルコース抑制条件下でも各制御因子遺伝子破壊株においてキシラナーゼ発現の増大がみられた.しかし詳細な転写解析から,グルコースによるCCRはCreAよりもPkaA/GanBが強く作用することが示唆された(図3図3■セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子のカーボンカタボライト抑制機構モデル).

以上のように,セルラーゼ・ヘミセルラーゼのCCRは培養条件,誘導物質,抑制糖の種類により関わる因子の強さが異なっており非常に複雑であった.これがどのようなメカニズムにより引き起こされているかは未だ不明であり,現在,PkaA/GanB依存的CCRの分子機構を明らかにするため,PkaA下流でCCRに関わると考えられる因子の解析を進めているところである.複雑な制御機構の生理的役割について理解していくことが今後の重要な課題と言えるが,本研究結果はA. nidulansが自然界で生き残るための戦略として,利用する炭素源に序列をつけていることを示唆するものとなったと考える.

おわりに

本稿では筆者が行ってきた,セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の発現に関わる制御因子の同定,転写誘導に関わる転写因子の解析,新奇カーボンカタボライト抑制機構の解析について解説した.糸状菌のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の発現制御機構は転写因子が同定されて以降様々な機構が明らかになり,筆者もそれに貢献できたと考えている.一方で,解明すべきことも多く残されているのが現状である.本文でも少し触れたが,現在,転写活性化因子の活性制御やcAMPシグナリング依存的CCRにおける下流因子の機能について解析を進めているところであり,今後も引き続きこれらの詳細な分子機構を明らかにしていくつもりである.

Acknowledgments

本研究は大阪府立大学大学院生命環境科学研究科,名古屋大学大学院生命農学研究科,三重大学大学院生物資源学研究科で多くの先生方や学生諸氏に支えていただきながら行われました.特に,大阪府立大学(現大阪公立大学)名誉教授 川口剛司先生,同大学准教授 谷修治先生には学生時代から細部にわたってご指導いただき,研究の道に導いてくださりました.名古屋大学名誉教授 小林哲夫先生には多大な知識,手技,考え方,研究者としての姿勢など様々なご指導を賜りました.三重大学教授 木村哲哉先生には自由に研究を行う環境を与えてくださり,数多くの有意義なご助言を賜っております.これらの先生方をはじめ,本研究に関わった全ての方々に心より感謝申し上げます.

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