解説

ビール苦味成分による脳腸相関活性化を介した認知機能改善と体脂肪低減
良薬口に苦し!?の健康科学

Bitter Components in Beer Improve Cognitive Function and Reduce Body Fat via Brain-Gut Axis: Evidence-Based Healthcare Solution: Good Medicine Tastes Bitter!?

Yasuhisa Ano

阿野 泰久

キリンホールディングス株式会社

Takafumi Fukuda

福田 隆文

キリンホールディングス株式会社

Takahiro Yamazaki

山崎 雄大

キリンホールディングス株式会社

Published: 2024-05-01

高齢化は国内外で急速に進んでおり,それに伴う健康寿命は喫緊の課題となっている.中でも認知症や認知機能の低下は重要な課題で,近年の研究より,早い段階から対策をとることで改善が可能であると報告されている.我々は,ビールの主原料で薬用植物でもあるホップに着目し,ビールの苦味成分である熟成ホップ由来苦味酸(熟成ホップ)に強い認知機能改善作用を見出した.熟成ホップは腸上皮の苦味受容体を介して迷走神経を刺激し,脳腸相関を活性化することで,認知機能と気分状態を改善,体脂肪を低減することを発見し,臨床試験(RCT; randomized clinical trial)でエビデンスを取得した.一連の研究成果について社会実装を開始したので,その取り組みを概説する.

Key words: ホップ; 苦味; 脳腸相関; 認知機能; 体脂肪

認知症と予防・健康づくりによる一次予防

超高齢社会を迎えた国内では,65歳以上の高齢者が,総務省統計局の2022年の発表では3627万人に達し,総人口の29.1%を占め,今後もその割合は増加するとされる.高齢化に伴う健康問題は,増加の一途の社会保障費からも大きな社会課題である.その中でも,内閣府が発表した高齢社会白書によると,高齢者の認知症患者数は,2012年で462万人,2025年には730万人と高齢者の5人に1人は認知症になるとされる.2023年には,共生社会の実現を推進するための認知症基本法が成立し,認知症の共生と予防に関わる取り組みの推進等が掲げられている.

認知症の要因のうち最も重要なのがアルツハイマー病である.アルツハイマー病は,アミロイドβ(Aβ)やリン酸化タウといった不溶性老廃物が10年以上の長きにわたって脳内で沈着し,老人斑および神経原線維変化を形成した結果,発症する神経変性疾患である.しかしながら,治療法は未だ十分ではないことから,日常生活による予防・健康づくりの取り組みへの関心が高まっている.

Lancetの報告によると,認知症発症のリスク因子が報告されており,高齢期の運動不足や社会的孤立,中年期の高血圧や肥満が挙げられており,これらリスク因子をコントロールし,脳の健康状態を改善できれば,認知症の35%は予防できる可能性があると報告している(1)1) G. Livingston, J. Huntley, A. Sommerlad, D. Ames, C. Ballard, S. Banerjee, C. Brayne, A. Burns, J. Cohen-Mansfield, C. Cooper et al.: Lancet, 396, 413 (2020)..認知症予防のための取り組みとしては,有酸素運動などの運動,健康的な食生活,脳トレなどの認知トレーニングなどが挙げられる.一方で,科学的エビデンスに基づく認知症予防のためのヘルスケアソリューションは十分に社会実装されていない.

食習慣については,地中海式ダイエット等に代表されるが,魚類に豊富に含まれるドコサヘキサエン酸などのω-3脂肪酸,カレースパイスに含まれるクルクミンや赤ワインに含まれるレスベラトロールなどのポリフェノール類を含む食事に関して,認知症発症のリスク低減との関連が報告されている(2)2) I. Lourida, M. Soni, J. Thompson-Coon, N. Purandare, I. A. Lang, O. C. Ukoumunne & D. J. Llewellyn: Epidemiology, 24, 479 (2013)..また,これまでの研究により,適量の酒類の摂取も認知症の防御因子として働くことが示唆されている(3, 4)3) A. Ruitenberg, J. C. van Swieten, J. C. Witteman, K. M. Mehta, C. M. van Duijn, A. Hofman & M. B. Breteler: Lancet, 359, 281 (2002).4) P. Horvat, M. Richards, R. Kubinova, A. Pajak, S. Malyutina, S. Shishkin, H. Pikhart, A. Peasey, M. G. Marmot, A. Singh-Manoux et al.: Neurology, 84, 287 (2015)..アルコール自体による効果以外に,特に赤ワインについては,レスベラトロールなどポリフェノール類の認知機能改善に関する報告が多数なされている(5, 6)5) K. A. Arntzen, H. Schirmer, T. Wilsgaard & E. B. Mathiesen: Acta Neurol. Scand., 190, 23 (2010).6) J. Gu, Z. Li, H. Chen, X. Xu, Y. Li & Y. Gui: Neurol. Ther., 10, 905 (2021)..レスベラトロールは動物による非臨床試験,健常人および認知症患者を対象とした臨床試験で認知機能への効果が検証されている.一方,より広く消費されているビールについては,これまで認知機能や脳機能改善に関わる研究報告がほとんどなかった.そこで,我々はビールに含まれる成分に注目し,認知症予防や認知機能改善に繋がる有効成分の探索の結果,見出されたのが,今回紹介する熟成ホップである.ビール苦味成分イソα酸や熟成ホップは,脳に届いて作用するのではなく,迷走神経を介して脳腸相関を通じて認知機能を改善するというエビデンスを取得し,社会実装を行った取り組みについて紹介する.

薬用植物ホップとホップ由来苦味酸

ホップ(学名:Humulus lupulus)はビールの原料として1000年以上にわたり,ビールに華やかな香りと爽やかな苦みを付与する目的で利用されてきた.ホップは,ビールの苦味,香り,泡持ちなどに重要であることに加えて,抗菌作用によりビールの保存性を高める効果もある.ホップはビールの原料以外に,古来より薬用植物としても知られており,その作用は食欲増進,ストレス緩和,睡眠改善,抗肥満効果など多岐にわたり,ヨーロッパでは代替医療としても活用されている.ホップには様々な機能性成分が知られるが,今回紹介するのはビールの苦味成分の本体であるホップ由来苦味酸で,代表的なものがイソα酸である.イソα酸は,ホップ毬花のルプリンに含まれるα酸(フムロン)がビールの醸造過程で異性化されて生じる6種類の成分(シスイソフムロン,トランスイソフムロン,シスイソアドフムロン,トランスイソアドフムロン,シスイソコフムロン,トランスイソコフムロン)の総称である(図1図1■ビール苦味成分であるホップ由来苦味酸について).一般的なビールには10~30 mg/L程度のイソα酸が含まれているが,銘柄によっても含有量は大きく異なる.インディアペールエール(IPA)ビールには100 mg/L程度含まれるものもある.

図1■ビール苦味成分であるホップ由来苦味酸について

(A)ビール苦味成分として知られるイソα酸は,ホップの毬花に含まれるα酸がビール醸造工程の加熱で異性化することで生じ,6種類の総称である.非常に強い苦味を呈する.(B)ビールの貯蔵・熟成工程でホップに含まれるα酸およびβ酸から生じ,イソα酸に比べて苦味が低減された熟成ホップ由来苦味酸熟成ホップ.熟成ホップは化合物群で,代表化合物にhydroxyallohumulinones(HAH),tricyclooxyisohumulones A(TCOIH A),4′-hydroxyalloisohumulones(HAIH)などがある.(C)イソα酸と熟成ホップに共通する化学構造がβトリカルボニル骨格である.

α酸およびβ酸はホップの輸送や貯蔵に伴う酸化反応により,加熱反応によって生成するイソα酸と比較して苦味の抑えられた化合物群に変化することが知られている.この特性を活かすことにより,ベルギーで伝統的に醸造されるランビックという種類のビールは,ホップを大量に使用し抗菌作用を担保しつつも苦味が抑えられるように,3年以上貯蔵したホップを用いて醸造されている.

我々はα酸およびβ酸が酸化して生じた化合物群が,βトリカルボニル骨格というイソα酸と共通の分子構造を有することを明らかにし,熟成ホップ由来苦味酸(MHBA, matured hop-derived bitter acids,熟成ホップ)と命名した(図1図1■ビール苦味成分であるホップ由来苦味酸について(7)7) Y. Taniguchi, Y. Matsukura, H. Ozaki, K. Nishimura & K. Shindo: J. Agric. Food Chem., 61, 3121 (2013)..熟成ホップは,一般的なビールには20~40 mg/L程度,ランビックタイプのビールには100~150 mg/L程度,IPAビールには150~200 mg/L程度含まれる.イソα酸や熟成ホップは近年普及が進んでいるノンアルコールビールテイスト飲料(ノンアルコールビール)にも含まれている.苦味は,甘味や旨味と異なり,生物にとって本来忌避すべき味覚にもかかわらず,その成分であるイソα酸や熟成ホップはビールの苦味成分として長年嗜められてきた.そのため,イソα酸は,苦味という嗜好的側面だけでなく,生体にとって有意義な生理機能も有しているのではないかと考えられた.

ホップ由来苦味酸による脳腸相関活性化と認知機能改善

ホップに由来し,認知機能を改善する有効成分の探索を行った.スコポラミンの投与による健忘モデルマウスを用いて行動薬理学的な評価で空間認知機能(自発的交代行動)を評価した.様々なホップに由来する成分の中で,単回の経口投与により認知機能改善作用を示したのがイソα酸であった.さらにイソα酸は,新奇物体認識試験により評価されるエピソード記憶についても改善作用を示した.抹消の刺激を脳へ伝達する求心性の迷走神経切除によって,イソα酸による認知機能改善作用が消失した(8)8) Y. Ano, A. Hoshi, T. Ayabe, R. Ohya, S. Uchida, K. Yamada, K. Kondo, S. Kitaoka & T. Furuyashiki: FASEB J., 33, 4987 (2019).

また,イソα酸と共通のβトリカルボニル骨格を有する化合物群である熟成ホップについて同様に評価したところ,空間認知機能,エピソード記憶が同様に改善した(図2A図2■熟成ホップ由来苦味酸の迷走神経を介した認知機能改善(9)9) T. Ayabe, R. Ohya, Y. Taniguchi, K. Shindo, K. Kondo & Y. Ano: Sci. Rep., 8, 15372 (2018)..これらの結果より,βトリカルボニル骨格を有する化合物による迷走神経を介した認知機能改善の作用が示唆された.

図2■熟成ホップ由来苦味酸の迷走神経を介した認知機能改善

(A)健忘症惹起モデルマウスを用いてY字迷路試験を実施した.熟成ホップの経口投与により,低下した空間認知機能(自発的交代行動)が濃度依存的に改善.(B)熟成ホップの投与によって海馬のノルエピネフリン量が増加.(C)健忘惹起モデルマウスを用いたY字迷路試験.偽手術では熟成ホップ投与により認知機能が改善した一方,求心性の迷走神経の切除によって熟成ホップによる認知機能改善が消失した.これらの結果より,熟成ホップによる認知機能改善は迷走神経を介していることが示された.Bars are means±S.E., #p and *p<0.05

続いて,脳内で生じる作用を検証するため,経口投与後の脳内各部位におけるモノアミン量を分析した結果,皮質および海馬におけるノルエピネフリンやドーパミン量が熟成ホップの投与によって増加することが確認された(図2B図2■熟成ホップ由来苦味酸の迷走神経を介した認知機能改善).この熟成ホップによる認知機能改善はβアドレナリン受容体阻害薬の前処理によって認められなくなることから,モノアミンの調節による認知機能改善,特に,脳幹・青班核のノルエピネフリン神経から投射されるノルエピネフリンの作用が重要であることが考察された.そこで求心性の迷走神経を切除したモデルマウスを用い,同様に熟成ホップの認知機能改善作用を評価した結果,迷走神経切除によって熟成ホップの空間認知機能改善およびエピソード記憶機能の改善が消失した(図2C図2■熟成ホップ由来苦味酸の迷走神経を介した認知機能改善(9)9) T. Ayabe, R. Ohya, Y. Taniguchi, K. Shindo, K. Kondo & Y. Ano: Sci. Rep., 8, 15372 (2018).

以上の結果より,βトリカルボニル骨格を有した熟成ホップによる認知機能改善は,迷走神経を介した脳腸相関活性化によるものであることが確認された.

続いて,ホップ由来苦味酸による迷走神経刺激の機序を検証した.消化管細胞を介した機序が考えられたため,消化管内分泌細胞であるSTC-1細胞を用いて熟成ホップによる応答を評価した.その結果,熟成ホップ処理が細胞内カルシウム濃度を上昇させ,消化管ホルモンであるコレシストキニン(CCK)の分泌を濃度依存的に増加することを確認した.また,自律神経を測定する試験で,熟成ホップの経口投与により交感神経活動が活性化し,その活性はCCK1受容体の阻害で消失することを確認した(10)10) T. Yamazaki, Y. Morimoto-Kobayashi, K. Koizumi, C. Takahashi, S. Nakajima, S. Kitao, Y. Taniguchi, M. Katayama & Y. Ogawa: J. Nutr. Biochem., 64, 80 (2019).

さらに,熟成ホップが作用する苦味受容体を検証した.一連のヒト苦味受容体への作用に関してHEK細胞を用いて評価した結果,Taste receptor type 2 member 1(TAS2R1),TAS2R8, TAS2R10の3受容体が熟成ホップに応答し,消化管内分泌細胞内のCa2+濃度上昇に関与することを確認した.また,同様のマウス苦味受容体(Tas2r119, Tas2r130, Tas2r105)を発現抑制したSTC-1細胞を用いた試験で,熟成ホップによるカルシウム応答およびCCK分泌が減弱した(10)10) T. Yamazaki, Y. Morimoto-Kobayashi, K. Koizumi, C. Takahashi, S. Nakajima, S. Kitao, Y. Taniguchi, M. Katayama & Y. Ogawa: J. Nutr. Biochem., 64, 80 (2019)..これらの結果より,熟成ホップは,消化管内分泌細胞の特定の苦味受容体に作用し,CCK産生誘導および迷走神経刺激を通じて脳腸相関を活性化する可能性が明らかになった

ホップ由来苦味酸によるアルツハイマー病予防

ホップ由来苦味酸による脳腸相関活性化を介した認知機能改善を確認してきた.脳内のノルエピネフリンはミクログリアの炎症反応を抑制すること等も報告されている.そのため,ホップ由来苦味酸の脳内炎症抑制とアルツハイマー病への作用を検証した.

脳内でAβが沈着するアルツハイマー病モデルマウス(5×FAD)を用いて,熟成ホップの作用を検証した.5×FADは,変異Aβ前駆体(APP)遺伝子(Swedish; K670N, M671L, Florida; I716V, London; V717I)および変異APP切断酵素PS1遺伝子(M146L, L286V)を導入し,Aβ沈着と老人斑形成,認知機能低下を呈し,アルツハイマー病様病態を示すことが知られている.まず,イソα酸を5×FADへ投与した結果,イソα酸が脳内ミクログリアの過剰な活性化を抑制し,Aβ沈着および認知機能低下を改善することを確認した(11)11) Y. Ano, A. Dohata, Y. Taniguchi, A. Hoshi, K. Uchida, A. Takashima & H. Nakayama: J. Biol. Chem., 292, 3720 (2017)..続いて熟成ホップの投与でもミクログリアの炎症性サイトカイン産生の抑制,Aβ貪食除去機能の亢進および低下した認知機能の改善を確認した(12)12) Y. Ano, R. Ohya, T. Yamazaki, C. Takahashi, Y. Taniguchi, K. Kondo, A. Takashima, K. Uchida & H. Nakayama: Sci. Rep., 10, 20028 (2020)..さらに,青斑核のノルエピネフリン神経細胞を薬剤処理によって消失させた5×FADを用いて熟成ホップの投与を行った結果,熟成ホップによるミクログリアの炎症抑制作用(図3B図3■熟成ホップ由来苦味酸のアルツハイマー病予防効果),Aβ貪食除去亢進や認知機能改善作用(図3A図3■熟成ホップ由来苦味酸のアルツハイマー病予防効果)が消失した.これらの結果より,ホップ由来苦味酸はノルエピネフリン産生を通じてミクログリアの過剰な活性化および脳内炎症を抑制することで,アルツハイマー病予防効果を示すことが確認された.

図3■熟成ホップ由来苦味酸のアルツハイマー病予防効果

(A)ノルエピネフリン(NE)神経細胞を除去したアルツハイマー病モデルマウスを用いて熟成ホップの認知機能への作用を検証した.熟成ホップの混餌投与により,認知機能の低下が改善するが,NE神経細胞を除去することでその作用が消失.(B)脳内の炎症を評価した結果,ミクログリアによるTNF-α産生が熟成ホップの投与によって減少したが,NE神経細胞の除去によってその活性が消失.Bars are means±S.E., *p<0.05

ホップ由来苦味酸の臨床エビデンス(認知機能)

一連の非臨床エビデンスより,ホップ由来苦味酸は脳腸相関の活性化を通じて認知機能の改善が期待される.そこで,健忘の自覚症状を有した中高齢者を対象に,一次予防効果を検証する臨床試験(RCT)を2度実施した.

最初の臨床試験では,60名の物忘れやうっかりミスを自覚する健常中高齢者を選抜し,熟成ホップ(35 mg/日)もしくはプラセボを摂取する群へ無作為に割り付けた(13)13) T. Fukuda, K. Obara, J. Saito, S. Umeda & Y. Ano: J. Agric. Food Chem., 68, 206 (2020)..摂取期間は12週間とし,質問紙による認知機能および気分状態の評価を,摂取前,6週間後,12週間後に行った.評価の結果,長期記憶からの情報検索や実行機能を評価する言語流暢性試験の結果が熟成ホップ群でプラセボ群と比較して有意に改善した.また,注意の制御機能を評価するストループ試験の結果が摂取開始12週間後に熟成ホップ群でプラセボ群と比較して有意に改善した.さらに,Profile of Mood States 2nd Edition(POMS2)で評価される不安感や緊張感およびVisual Analog Scale(VAS)で評価される疲労感が摂取開始12週間後に熟成ホップ群でプラセボ群と比較して有意に改善した(図4C図4■熟成ホップ由来苦味酸の認知機能改善に関する臨床試験(RCT)).本結果により,熟成ホップがヒトの認知機能および気分状態を改善することが実証された.

図4■熟成ホップ由来苦味酸の認知機能改善に関する臨床試験(RCT)

熟成ホップもしくはプラセボを12週間摂取させる臨床試験.認知機能および気分状態の評価を行った精神機能および唾液・血中指標の評価を,摂取開始前,12週間目に行った.(A)注意の配分機能を反映する数字符号モダリティテスト(SDMT)の正答数がプラセボ群と比較して熟成ホップ群で有意に改善した.(B)唾液中ストレス指標であるβ-エンドルフィンがプラセボ群と比較して熟成ホップ群で有意に低下した.(C)疲労感VASについて神経心理テストでの増加が熟成ホップ群ではプラセボ群と比較して有意に減少した.熟成ホップによる認知機能改善,気分状態・脳疲労の低減が確認された. (A and B); Bars are means±S.E., (C); Bars are means±S.D., *p<0.05

続いての臨床試験では,100名の認知機能低下の自覚症状を有する中高齢者を選抜し,熟成ホップもしくはプラセボを摂取する群に50名ずつ無作為に割り付けた(14)14) T. Fukuda, T. Ohnuma, K. Obara, S. Kondo, H. Arai & Y. Ano: J. Alzheimers Dis., 76, 387 (2020)..摂取開始前と12週目に,認知機能および精神機能の評価を行った.その結果,摂取12週目の選択的注意機能のスコアが,熟成ホップ群ではプラセボ群と比較して有意に高値を示した(図4A図4■熟成ホップ由来苦味酸の認知機能改善に関する臨床試験(RCT)).また,唾液中のストレス指標とされるβエンドルフィン濃度が熟成ホップ群ではプラセボ群と比較して有意に低値を示した(図4B図4■熟成ホップ由来苦味酸の認知機能改善に関する臨床試験(RCT)).また,質問紙における不安感のスコアが熟成ホップ群ではプラセボ群と比較して低値の傾向を示した.以上の結果より,熟成ホップの摂取は,中高齢者の認知機能の中で特に注意機能を改善し,併せて気分状態を改善することが明らかとなった.

ホップ由来苦味酸の臨床エビデンス(体脂肪)

イソα酸が生活習慣病改善に寄与する報告が過去になされており,熟成ホップが褐色脂肪細胞の活性化に関わるノルエピネフリンを増加させることから,熟成ホップについて体脂肪への作用が期待される.そこで,高脂肪食の負荷による肥満モデルマウスに熟成ホップを投与した結果,対照と比較して有意に脂肪蓄積が抑制され,体重増加を抑えられることが確認された(15)15) Y. Morimoto-Kobayashi, K. Ohara, C. Takahashi, S. Kitao, G. Wang, Y. Taniguchi, M. Katayama & K. Nagai: PLoS One, 10, e0131042 (2015)..体脂肪の燃焼に寄与する褐色脂肪組織で,熱産生を促す因子であるMitochondrial uncoupling protein1の遺伝子発現量およびタンパク質量の増加が確認された.また,電気生理的手法により褐色脂肪を支配する交感神経の活動を評価した結果,熟成ホップにより上昇する交感神経活動が,迷走神経を切除により消失した.そのため,熟成ホップの抗肥満作用について迷走神経を介した作用であることが確認された.

続いて,Body Mass Index(BMI)が25~30 kg/m2の健常成人200名を対象に,熟成ホップまたはプラセボを12週間摂取さ せて,摂取前後における体脂肪率,腹部脂肪面積などを評価する臨床試験(RCT)を実施した.その結果,プラセボと比較して熟成ホップ摂取群では体脂肪率,腹部総脂肪面積が有意に減少することが確認された(図5図5■熟成ホップ由来苦味酸の体脂肪低減に関する臨床試験(RCT)(16)16) Y. Morimoto-Kobayashi, K. Ohara, H. Ashigai, T. Kanaya, K. Koizumi, F. Manabe, Y. Kaneko, Y. Taniguchi, M. Katayama, Y. Kowatari et al.: Nutr. J., 15, 25 (2016).

図5■熟成ホップ由来苦味酸の体脂肪低減に関する臨床試験(RCT)

熟成ホップもしくはプラセボを12週間摂取させる臨床試験.腹部脂肪面積・内臓脂肪面積・皮下脂肪面積を評価した.(A)体脂肪率の変化量が熟成ホップ群でプラセボ群と比較して有意に減少した.(B)腹部脂肪面積が熟成ホップ群で減少した.Bars are means±S.E., #p<0.05; プラセボ群vs.熟成ホップ群,*p<0.05; 接種前vs.摂取後

おわりに

今回,日常的に摂取可能な食品成分である熟成ホップが迷走神経を刺激し,脳腸相関を活性化することにより認知機能や気分状態を改善し,体脂肪を低減することを紹介した(図6図6■ホップ由来苦味酸による脳腸相関活性化機序).現在,一連の科学的エビデンスに基づいて,苦味を低減した熟成ホップを活用した認知機能維持,不安感低減,体脂肪低減の有効性を訴求するノンアルコールビールテイスト飲料やサプリメントの機能性表示食品や多様な食品が上市され,社会実装が開始されている.今後,日常生活で継続可能な予防・健康づくりのソリューションとして浸透させるためにさらなるエビデンス構築や行動変容の仕掛けの提案を進めていく.

図6■ホップ由来苦味酸による脳腸相関活性化機序

イソα酸や熟成ホップ由来苦味酸といったβトリカルボニル骨格を有するホップ由来苦味酸は,摂取後,消化管に発現する苦味受容体に作用し,消化管ホルモンであるコレシストキニンの分泌を促す.消化管ホルモンにより迷走神経に刺激が入り,求心性の神経を介して脳幹(青斑核)に作用する脳腸相関の活性化を通じて,脳内ノルエピネフリン量を増やす.その結果,認知機能や気分状態の改善,体脂肪低減が確認され,認知症や生活習慣病といった社会課題解決への貢献が期待される.

Reference

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