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旅する薬剤耐性アスペルギルス
アゾール系抗真菌薬耐性アスペルギルスの出現・拡散に見る農学と医学のつながり

Takahito Toyotome

豊留 孝仁

帯広畜産大学獣医学研究部門

帯広畜産大学動物・食品検査診断センター

千葉大学真菌医学研究センター

Published: 2024-06-01

「薬剤耐性(AntiMicrobial Resistance: AMR)」とは「特定の種類の抗菌薬や抗ウイルス薬等の抗微生物剤が効きにくくなる,又は効かなくなること」(1)1)国際的に脅威となる感染症対策の強化のための国際連携等関係閣僚会議:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023–2027, 2023.とされている.薬剤耐性は非常に複雑な問題であり,ヒトのみならず,動物や野外環境も含めたワンヘルスの観点からのアプローチが必要となる(1)1)国際的に脅威となる感染症対策の強化のための国際連携等関係閣僚会議:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023–2027, 2023.

真菌は真核生物であり,酵母やカビ(糸状菌),きのこ類を含む生物群である.酒・味噌・醤油の製造に用いられるなど,私達には馴染みのある生物群であるが,一部の菌種はヒトや動物に病原性を示す.真菌によって引き起こされる感染症を真菌症もしくは真菌感染症と呼ぶ.世界保健機構(World Health Organization: WHO)は研究開発と公衆衛生上の政策的介入を含めた真菌感染症そして抗真菌薬耐性に対する世界的な対応を強化するため2022年10月に真菌優先病原体リスト(WHO fungal priority pathogens list: FPPL)を発表した(2)2) World Health Organization: WHO fungal priority pathogens list to guide research, development and public health action, 2022..このような状況からも,真菌症においても世界的に懸念が高まっていることがわかる.

真菌症の克服のために治療薬(抗真菌薬)が開発されてきた.真菌は真核生物であるため,副作用の少ない治療薬の開発が難しく,抗細菌薬に比べて抗真菌薬の種類はいまだに限られており,新たな抗真菌薬の開発が望まれている.真菌は多様で,先天的に耐性を持つ病原真菌もおり,広範な種に効果を示す抗真菌薬はさらに少ない.このため,新たな抗真菌薬の開発とともに,後天的に薬剤耐性を獲得させないことが重要となり,医療関係者等への教育や啓発活動が行われている.そのような中,医療機関の中ではなく「屋外環境」で後天的に薬剤耐性を獲得した病原真菌が生まれてきて,その薬剤耐性病原真菌が「旅をして」世界的な問題となっている.

この問題の主役はAspergillus fumigatusという病原真菌である.この菌種はアスペルギルス症という真菌感染症の主な原因菌種である.アスペルギルス症への治療にはアゾール系抗真菌薬が広く用いられており,A. fumigatusに対しても有効である.Melladoらは2002年から2006年に新たな機構によりアゾール系抗真菌薬に耐性を獲得したA. fumigatus株を報告した(3)3) E. Mellado, G. Garcia-Effron, L. Alcazar-Fuoli, W. J. G. Melchers, P. E. Verweij, M. Cuenca-Estrella, J. L. Rodriguez-Tudela & J. L. Rodriguez-Tudela: Antimicrob. Agents Chemother., 51, 1897 (2007)..これらの菌株は欧州のヒト医療現場より分離されたが,興味深いことにこれらの分離源患者の中にはアゾール系抗真菌薬で治療をうけた経歴がない患者が複数含まれており,その耐性株の由来に興味と懸念が持たれていた.この頃から,農薬としてもちいられるエルゴステロール生合成阻害剤[EBI剤,脱メチル化反応阻害剤(DMI剤)とも]の意図しない選択によって,野外環境中においてアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusが出現しているのではないかとの示唆が複数の論文の中でされるようになっていた(4, 5)4) I. Meneau & D. Sanglard: Med. Mycol., 43, S307 (2005).5) P. E. Verweij, E. Mellado & W. J. G. Melchers: N. Engl. J. Med., 356, 1481 (2007)..現在では,EBI剤が残存する植物残渣堆積物がアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusを生み出すゆりかごとなっている可能性も指摘されている(6)6) J. Zhang, E. Snelders, B. J. Zwaan, S. E. Schoustra, J. F. Meis, K. van Dijk, F. Hagen, M. T. van der Beek, G. A. Kampinga, J. Zoll et al.: MBio, 8, 1 (2017)..このような耐性株の報告が,欧州の屋外環境からも見つかり始め,さらには欧州外からも見つかるようになった.日本でも2016年以降にヒト臨床現場からの耐性株分離の報告がなされている(7, 8)7) D. Hagiwara, H. Takahashi, M. Fujimoto, M. Sugahara, Y. Misawa, T. Gonoi, S. Itoyama, A. Watanabe & K. Kamei: J. Infect. Chemother., 22, 577 (2016).8) T. Toyotome, D. Hagiwara, H. Kida, T. Ogi, A. Watanabe, T. Wada, R. Komatsu & K. Kamei: J. Infect. Chemother., 23, 579 (2017).

世界各地で見つかるようになったアゾール系抗真菌薬耐性のA. fumigatus株だが,それぞれの地域で独立して環境中でのEBI剤による選択を受けて発生したものであろうか? 日本の臨床現場から分離されたアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusは欧州で分離された耐性株と近縁であることが報告されており(7, 8)7) D. Hagiwara, H. Takahashi, M. Fujimoto, M. Sugahara, Y. Misawa, T. Gonoi, S. Itoyama, A. Watanabe & K. Kamei: J. Infect. Chemother., 22, 577 (2016).8) T. Toyotome, D. Hagiwara, H. Kida, T. Ogi, A. Watanabe, T. Wada, R. Komatsu & K. Kamei: J. Infect. Chemother., 23, 579 (2017).,このことは欧州を中心として発生した薬剤耐性株が拡散し,日本で分離されたことを示唆していた.2017年になり,Dunneらによってアイルランド国内で購入された球根からアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusが分離されたことが報告された(9)9) K. Dunne, F. Hagen, N. Pomeroy, J. F. Meis & T. R. Rogers: Clin. Infect. Dis., 65, 147 (2017)..これら球根はオランダよりアイルランドに輸入されたものであり,国際的な取引をされる球根を通じてアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusが国境を超えているとの仮説を唱えた.この仮説を支持するようにオランダより日本へ輸入された球根からアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusが分離されたとの報告があった(10, 11)10) D. Hagiwara: J. Pestic. Sci., 45, 147 (2020).11) Y. Nakano, M. Tashiro, R. Urano, M. Kikuchi, N. Ito, E. Moriya, T. Shirahige, M. Mishima, T. Takazono, T. Miyazaki et al.: J. Infect. Chemother., 26, 1021 (2020)..土壌の微生物は一部が植物の球根とともに旅をし,新たな土地に植えられた球根とともに生息の場を求めることになる.A. fumigatusは世界中どこにでも見られる普遍的なカビであるが,それゆえにほとんどの移動先の土地環境はA. fumigatusにとって生育可能な環境であると考えられる.もちろん,移動先の土地には先住のA. fumigatusがいる.薬剤耐性を獲得する引き換えに何らかの不利な形質が生じていれば先住のA. fumigatusとの生存競争に負けていくと考えられるが,アゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusの拡散状況を見ると,先住のA. fumigatusに負けずに共存できる可能性がある.これらの「耐性を獲得したにも関わらず,競争に負けない」かつ「普遍的に存在できる」病原真菌A. fumigatusというものは非常に厄介と思われる.

上記の通り,一見問題ない乗り物(園芸用としては全く問題ない球根)に乗った微生物(アゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatus)がいつの間にか旅をしてきて,生態系のかく乱やヒト・動物に悪影響をもたらす可能性が示されており,対策には非常に大きな困難が生じると考えられる.ここで取り上げたアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusについても,日本への侵入状況や拡散状況を注意深く見ていくことやこれ以上拡散をさせない対策が必要になると思われる.具体的にどのような対策をすべきか,これからの課題である.これら対策を進めるうえで,ワンヘルスの観点からアプローチすることも必要であろう.今後の対策でヒトや動物の体の中を旅の終着点とするアゾール系抗真菌薬耐性A. fumigatusをできるだけ少なくできることを期待している.

Reference

1)国際的に脅威となる感染症対策の強化のための国際連携等関係閣僚会議:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023–2027, 2023.

2) World Health Organization: WHO fungal priority pathogens list to guide research, development and public health action, 2022.

3) E. Mellado, G. Garcia-Effron, L. Alcazar-Fuoli, W. J. G. Melchers, P. E. Verweij, M. Cuenca-Estrella, J. L. Rodriguez-Tudela & J. L. Rodriguez-Tudela: Antimicrob. Agents Chemother., 51, 1897 (2007).

4) I. Meneau & D. Sanglard: Med. Mycol., 43, S307 (2005).

5) P. E. Verweij, E. Mellado & W. J. G. Melchers: N. Engl. J. Med., 356, 1481 (2007).

6) J. Zhang, E. Snelders, B. J. Zwaan, S. E. Schoustra, J. F. Meis, K. van Dijk, F. Hagen, M. T. van der Beek, G. A. Kampinga, J. Zoll et al.: MBio, 8, 1 (2017).

7) D. Hagiwara, H. Takahashi, M. Fujimoto, M. Sugahara, Y. Misawa, T. Gonoi, S. Itoyama, A. Watanabe & K. Kamei: J. Infect. Chemother., 22, 577 (2016).

8) T. Toyotome, D. Hagiwara, H. Kida, T. Ogi, A. Watanabe, T. Wada, R. Komatsu & K. Kamei: J. Infect. Chemother., 23, 579 (2017).

9) K. Dunne, F. Hagen, N. Pomeroy, J. F. Meis & T. R. Rogers: Clin. Infect. Dis., 65, 147 (2017).

10) D. Hagiwara: J. Pestic. Sci., 45, 147 (2020).

11) Y. Nakano, M. Tashiro, R. Urano, M. Kikuchi, N. Ito, E. Moriya, T. Shirahige, M. Mishima, T. Takazono, T. Miyazaki et al.: J. Infect. Chemother., 26, 1021 (2020).