Kagaku to Seibutsu 62(6): 283-290 (2024)
解説
食品成分を介した免疫応答が及ぼす健康効果についての研究
内因性抗原を基軸とした免疫系と食との関わり
The Study on the Health Effects of Immune Responses Through Food Components: The Interaction between the Immune System and Foods Based on Endogenous Antigens
Published: 2024-06-01
生体を構成する組織や細胞などの自己成分は,酸化や細胞死を受けることで本来とは異なる構造を生じ,体内に備わる防御機構である免疫系に認識されることがある.このような,本来は自己成分であるものの,酸化や細胞死などにより抗原性を付与された分子は「内因性抗原」と呼ばれ,生体内に蓄積することで炎症や自己免疫応答などを引き起こすため,恒常性維持の観点から速やかな排除が求められる.自然抗体は生体が生来備え持つ抗体であり,病原体やウイルスなどの多様な抗原の認識を特徴とし,外因性抗原に加え内因性抗原の除去にも寄与する.自然抗体の産生をはじめとする自然免疫系が適切に機能することは,健康維持においても重要であり,食品成分を介した健康効果という観点からも着目される.本稿では,主に免疫系分子と内因性抗原の相互作用に着目したこれまでの研究成果について報告する.
Key words: 酸化タンパク質; 内因性抗原; 自然抗体; AGEs; ピロールリジン
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
酸素は生物にとって不可欠なものである一方,物質の酸化は本来の性質の変化や機能性の低下などにも結びつく.金属の酸化により生じる錆が変質や劣化に,食品成分の酸化が味や風味の変化や品質低下に結びつくことと同様に,生体を構成する分子も酸化を受けることで構造や機能が変化する.酸化は活性酸素の発生を起点として起こり,代謝において必要なものであるが,活性酸素は非常に反応性が高いことから過剰な産生は組織障害などにつながる(1)1) A. A. Alfadda & R. M. Sallam: J. Biomed. Biotechnol., 2012, 1 (2012)..生体内の酸化と抗酸化のバランスが崩れ酸化が優位になった状態は酸化ストレス状態と呼ばれ,疾患とも関与していると考えられている(2)2) H. J. Forman & H. Zhang: Nat. Rev. Drug Discov., 20, 689 (2021)..酸化ストレス状態になることを防ぐため,体内には抗酸化系が備わっている.細胞内には活性酸素を除去する抗酸化酵素が存在しており(3)3) J. M. MatÉs, C. Pérez-Gómez & I. N. de Castro: Clin. Biochem., 32, 595 (1999).,細胞外にはビタミンC,ビタミンE,グルタチオンなどの抗酸化物質が存在することで,生体分子の酸化が防がれている.ビタミンC,ビタミンEをはじめ,カロテノイド類やフラボノイド類などのポリフェノールといった抗酸化物質も食品中には多数存在しており,その摂取は健康維持に不可欠なものであるほか,疾患予防など様々な効果が期待される(4)4) İ. Gülçin: Arch. Toxicol., 86, 345 (2012)..
一方で,食品は生体分子の酸化にも関与する.脂質や糖質は生体の構成成分やエネルギー源として利用される栄養素である.これらはその構造から酸化を受けやすく,食品における糖質の酸化・分解は食品加熱時のカラメル化反応やメイラード反応など,調理時の味や香りの変化にも大きく関わっている(5)5) M. N. Lund & C. A. Ray: J. Agric. Food Chem., 65, 4537 (2017)..脂質や糖質は,酸化を受け分解することで高い反応性を持つ様々な低分子を生成し,タンパク質などの他の分子と結合する(図1図1■生体内における酸化タンパク質の生成)(6)6) R. T. Dean, S. Fu, R. Stocker & M. J. Davies: Biochem. J., 324, 1 (1997)..このようなタンパク質の酸化修飾は非酵素的な翻訳後修飾であり,本来のアミノ酸構造とは異なる様々な修飾構造を生成する(7)7) M. Demasi, O. Augusto, E. J. H. Bechara, R. N. Bicev, F. M. Cerqueira, F. M. Cunha, A. Denicola, F. Gomes, S. Miyamoto, L. E. S. Netto et al.: Antioxid. Redox Signal., 35, 1016 (2021).ことで機能性を有するタンパク質の活性低下などにもつながる(8)8) M. J. Davies: Biochim. Biophys. Acta. Proteins Proteom., 1703, 93 (2005)..このように,酸化を介して側鎖が修飾を受け,場合によっては架橋や凝集したタンパク質を酸化タンパク質と呼ぶ.酸化タンパク質はアルツハイマー病など疾患の発症との関連についても予想されているほか,加齢によって増加することが確認されており,加齢のマーカーとしての利用も期待される(9)9) A. L. Santos & A. B. Lindner: Oxid. Med. Cell. Longev., 2017, 1 (2017)..糖とタンパク質の反応であるメイラード反応は食品中でも起こる反応であるが,体内でも緩やかに進行すると考えられおり,酸化タンパク質生成経路の一つである.メイラード反応の生成物を最終糖化産物(AGEs)と呼び,AGEsの一種であるヘモグロビンA1cは糖尿病の診断マーカーとしても利用されている(10)10) C. M. Bennett, M. Guo & S. C. Dharmage: Diabet. Med., 24, 333 (2007)..
免疫系は病原体をはじめとする外来の異物(抗原)に対して応答し,排除することで感染を予防する機構であり,自然免疫系と獲得免疫系の二種類に分類される.自然免疫系はウイルス,病原体など外来の異物を認識・除去し,感染を予防するため,抗原の侵入・感染のない状態においても常に備わっている初期防御機構である.獲得免疫系は侵入した抗原に対してより強力な免疫誘導が起こるが,機能発揮までに時間がかかるため,それまでの期間に自然免疫系が速やかに対応することで初期の感染拡大を防ぐことができる.自然免疫系にはマクロファージ,好中球,NK細胞など様々な細胞が関わるほか,抗体,補体,抗菌ペプチドなど分泌分子も関与する.
自然免疫系は病原体などの異物だけでなく,生体内において生成した酸化タンパク質など体内において不要と考えられる自己分子の除去にも関わっていることが明らかにされている(図2図2■自然免疫系による抗原認識)(11, 12)11) T. Kawai & S. Akira: Nat. Immunol., 11, 373 (2010).12) C. J. Binder, N. Papac-Milicevic & J. L. Witztum: Nat. Rev. Immunol., 16, 485 (2016)..体内の不要分子には,酸化タンパク質や動脈硬化などとの関わりが知られる酸化LDL,アポトーシス細胞などの死細胞,細胞死によって細胞外に放出されるヒートショックプロテインやDNAなど通常細胞外には存在しない分子が挙げられる(11, 12)11) T. Kawai & S. Akira: Nat. Immunol., 11, 373 (2010).12) C. J. Binder, N. Papac-Milicevic & J. L. Witztum: Nat. Rev. Immunol., 16, 485 (2016)..これらはもともと生体内分子であるが,酸化などを介して異なる性質や構造が付与されることにより,体内から排除すべき抗原として認識されるようになった分子で,病原体などの外因性抗原(外来抗原)と区別される形で「内因性抗原」と呼ばれる.酸化で生じる内因性抗原の抗原構造は酸化特異的エピトープと呼ばれる場合もある.
抗体は病原体やウイルスなどに結合し,体内から排除することで感染を防ぐ分子であり,血液中や腸管内に存在する.自然免疫系の抗体である自然抗体は主にIgMであり,抗原結合部位に変異を持たず,病原体やウイルスなどの様々な外因性抗原を認識できる広範な特異性を備え持っている(13)13) M. R. Ehrenstein & C. A. Notley: Nat. Rev. Immunol., 10, 778 (2010)..自然抗体が病原体などの異物のみでなく,死細胞やDNAなどの変性した自己に由来する「内因性抗原」を認識することがこれまでに確認されてきたが,認識メカニズムや疾患との関わりなどについては不明な点も多い(14)14) N. E. Holodick, N. Rodríguez-Zhurbenko & A. M. Hernández: Front. Immunol., 8, 872 (2017)..
筆者らは,特にAGEsに着目した検討を行った.AGEsは内因性抗原として自然免疫系分子に認識されることがよく知られており,特にRAGE, SR-B1などのマクロファージに発現するスカベンジャー受容体に結合して炎症を誘導することで,糖尿病などの悪化につながることが予想されている(15)15) C. Ott, K. Jacobs, E. Haucke, A. N. Santos, T. Grune & A. Simm: Redox Biol., 2, 411 (2014)..しかし,自然抗体による認識については報告がなかったため,これを明らかにするべく検討を行った.結果として,疾患を持たない通常マウスの血清中においてAGEsを認識するIgM自然抗体が存在することが確認された(16)16) M. Chikazawa, N. Otaki, T. Shibata, H. Miyashita, Y. Kawai, S. Maruyama, S. Toyokuni, Y. Kitaura, T. Matsuda & K. Uchida: J. Biol. Chem., 288, 13204 (2013)..また,AGEsを認識する抗体について,ハイブリドーマを作製し,モノクローナル抗体を用いて解析を行ったところ,抗AGEs抗体の中にはAGEsとDNAの両方に結合するものが確認され,さらにアポトーシス細胞に結合性を持つものも確認された.このように,得られた抗体はAGEsやDNAなど様々な分子を認識することのできる「多重交差性抗体」であることが明らかとなった.これはAGEsやDNAに結合する抗体がそれぞれ存在する可能性を否定するものではないが,AGEs(タンパク質),DNA(核酸),死細胞など構造的には異なると考えられる多様な種類の内因性抗原を1つの抗体が認識できる可能性を示していた.
なお,この検討の際にはAGEsをアジュバント(免疫賦活化剤)とともに腹腔投与し,AGEsに対する抗体価が上昇したマウスよりハイブリドーマを取得した.得られたハイブリドーマが産生する抗体のシークエンス解析を行ったところ,germlineとの相同性が高く,変異を持たない自然抗体である可能性が高いと考えられた.AGEsを免疫することで自然抗体産生が活性化され,自然抗体を産生するハイブリドーマが取得されたことが予想される.
自然抗体がなぜこのような多重交差性を持つか,どのようなメカニズムで多様な抗原認識が可能になっているのかについてさらに検討を進めたところ,内因性抗原の表面電荷が関与していることが予想された.酸化タンパク質の生成の際,リジンやアルギニン,ヒスチジンなどの求核性アミノ酸が特に修飾されやすく,これらの側鎖が修飾され,正電荷が打ち消されることで,酸化タンパク質表面の電荷は未修飾のタンパク質と比較して負に傾くことが知られる.実際に,分子の表面電荷を表すゼータ電位がAGEsの修飾度(反応させた糖の濃度や反応日数)に比例して低下することに加え,AGEsの電荷の低下と抗体との反応性には相関が見られることが確認された.また,分子同士の静電的な相互作用は反応液に高濃度の塩化ナトリウムを添加することで打ち消されるが,自然抗体とAGEsの相互作用もNaClを添加すると完全に抑制された.さらに,リジン残基のアセチル化はリジンの電荷を打ち消す翻訳後修飾であるが,リジン残基を高度にアセチル化したアセチル化タンパク質も抗AGEs自然抗体に認識されたことから,自然抗体による認識にはAGEsに存在する特定の修飾構造が重要なのではなく,電荷が重要であることが予想される.DNAやアポトーシス細胞も表面電荷が低いことから,電荷を介した抗原認識はこれら分子を共通して認識する上で重要な機構であると考えられる.
電荷を用いた相互作用については抗体,スカベンジャー受容体,補体などにおいて報告されており,糖鎖を有する微生物,ウイルスなどの認識においても利用されると考えられる(17, 18)17) Y. Chao, P. P. Karmali, R. Mukthavaram, S. Kesari, V. L. Kouznetsova, I. F. Tsigelny & D. Simberg: ACS Nano, 7, 4289 (2013).18) A. J. Bradley, D. E. Brooks, R. Norris-Jones & D. V. Devine: Biochim. Biophys. Acta Biomembr., 1418, 19 (1999)..電荷を指標とすることは,未知の構造を持つ抗原に対しても応答可能という利点があるものと予想される.このような,特定の構造ではなく電荷などの分子パターンを認識する分子はパターン認識受容体(PRR)と呼ばれ(19)19) S. Akira, S. Uematsu & O. Takeuchi: Cell, 124, 783 (2006).,PRRにより認識される外因性抗原に特有のパターンは病原体関連分子パターン(PAMPs),内因性抗原に特有のパターンはダメージ関連分子パターン(DAMPs)と呼ばれる.PRRによるPAMPs, DAMPsの認識には様々な機構が複合的に関わっていることが予想されるが,表面の負電荷は多くのPAMPs, DAMPsに共通して見られるパターンであり,パターン認識においても重要であることが予想される.
また興味深いことに,酸化型ビタミンC(デヒドロアスコルビン酸)やカテキン,ピセアタンノールなどの食品成分により修飾を受けたタンパク質は,抗AGEs自然抗体により認識されることが明らかになった(20, 21)20) Y. Hatasa, M. Chikazawa, M. Furuhashi, F. Nakashima, T. Shibata, T. Kondo, M. Akagawa, H. Hamagami, H. Tanaka, H. Tachibana et al.: PLoS One, 11, e0153002 (2016).21) M. Furuhashi, Y. Hatasa, S. Kawamura, T. Shibata, M. Akagawa & K. Uchida: Biochemistry, 56, 4701 (2017)..これらは糖と同じように電荷を変化させたり,タンパク質同士を凝集させたりすることで抗原性を付与していることが予想され,生成した修飾タンパク質は内因性抗原と類似の構造や機能を有しているものと考えられる.また,DHAで修飾させたタンパク質をアジュバントと共にマウスに複数回腹腔投与すると,自然抗体産生に関わるB-1細胞の割合がアジュバントのみを投与した対照群と比較し有意に増加すること,自然抗体の産生が増加することが明らかとなり,食品に由来する修飾タンパク質が自然免疫系を活性化することが予想された.食品成分を摂取することで体内に吸収され,生体タンパク質と反応することで修飾タンパク質を生成し,それが免疫細胞を刺激するという経路が,通常の食生活でどの程度起こっているかについては不明であり,さらなる検証が必要ではあるが,このような経路が日常的な食生活で起こることは,適度な免疫系の活性化につながり,恒常性維持にも寄与している可能性がある.
内因性抗原と疾患の関わりとして,自己免疫疾患との関係が挙げられる.自己に由来する分子は本来,抗原として認識されないものであり,免疫系の異常として自己分子による免疫応答が起こる場合,自己免疫疾患などの疾患へとつながる.自然抗体は自己由来分子に反応するという意味では自己抗体の性質を持つものである.自然抗体はこれまでに述べたように生体にとって有益な分子であるが,獲得免疫系によって産生が誘導される自己抗体(主にIgG)は細胞傷害性を持つなど自然抗体とは異なり有害である.全身性エリテマトーデス(SLE)はDNAに対する自己抗体の産生を特徴とする自己免疫疾患であり,その発症メカニズムは明らかでないが(22)22) X. Wang & Y. Xia: Front. Immunol., 10, 1667 (2019).,酸化特異的エピトープの産生が自己免疫応答の誘導に関わることも示唆されている(23)23) B. J. Ryan, A. Nissim & P. G. Winyard: Redox Biol., 2, 715 (2014)..筆者らはこれまでに,SLEモデルマウスであるMRL-lprマウス,MFG-E8 KOマウスでAGEsなど酸化タンパク質に対するIgM抗体が通常時より増加していることを確認している(16, 24)16) M. Chikazawa, N. Otaki, T. Shibata, H. Miyashita, Y. Kawai, S. Maruyama, S. Toyokuni, Y. Kitaura, T. Matsuda & K. Uchida: J. Biol. Chem., 288, 13204 (2013).24) M. Chikazawa, N. Otaki, T. Shibata, Y. Kawai, T. Yasueda, T. Matsuda & K. Uchida: PLoS One, 8, e68468 (2013)..また,MFG-E8 KOマウスで産生される酸化タンパク質に対するIgM抗体はアポトーシス細胞の表面に結合し,死細胞による貪食を促進することについても確認した(図3図3■予想される自然抗体を介したアポトーシス細胞除去効果).MFG-E8はマクロファージなどにより分泌される死細胞の貪食・除去を担う分子であり,MFG-E8を欠損したマウスはSLE様の自己免疫疾患を呈する(25, 26)25) R. Hanayama, M. Tanaka, K. Miwa, A. Shinohara, A. Iwamatsu & S. Nagata: Nature, 417, 182 (2002).26) R. Hanayama, M. Tanaka, K. Miyasaka, K. Aozasa, M. Koike, Y. Uchiyama & S. Nagata: Science, 304, 1147 (2004)..このように,MFG-E8と同様の性質をもつ自然抗体が増加することで,MFG-E8の欠損で滞った死細胞処理が代替的な経路で行われ,アポトーシス細胞に対する自己免疫応答が抑制されているものと予想される.このように,自然抗体は自己に対する反応性を持つものの,疾患で増加する自己抗体とは異なり自己免疫応答抑制的な働きをするものであると考えられる.自然抗体の増加は内因性抗原の生体への蓄積を防ぐことで過剰な自己免疫応答の誘導を妨げ,恒常性維持に寄与することが予想される.
免疫細胞は抗体以外にも様々な分子を産生・分泌しており,これらは異物の除去のみでなく様々な生体応答に寄与していると考えられる.筆者らはこれまでに,抗体以外の免疫系分子の新たな機能性を明らかにするべく検討を行ってきた.
組織のターンオーバーに伴い,体内では常にアポトーシスが起こっている.アポトーシス細胞は処理されず残存することで炎症誘導,自己免疫疾患発症などを引き起こすことから,速やかに除去される必要があり,その機能を担うのが自然免疫系である.前章で述べたMFG-E8のように,体内にはアポトーシス細胞の表面とマクロファージ細胞表面の受容体両方に結合し,二者の橋渡しをするような形でマクロファージによる死細胞の貪食を促進する分泌分子が複数存在する(27)27) N. D. Barth, J. A. Marwick, M. Vendrell, A. G. Rossi & I. Dransfield: Front. Immunol., 8, 1708 (2017)..これに加えて死細胞がマクロファージの受容体に直接認識されるという経路もあり,複数の分子を介した経路が存在することでより効率的で速やかな除去が可能になっていると考えられる.
AGEsの除去に関しても,前述の通り複数のスカベンジャー受容体を介した経路が知られるが,自然抗体のようにAGEsを認識するような分泌分子が血液中にあることを予想し,その探索を行った.AGEsを結合させた磁気ビーズとヒト血清をインキュベート後,ビーズに結合したタンパク質を質量分析により解析したところ,AGEs結合タンパク質として補体C1qが明らかになった(28)28) M. Chikazawa, T. Shibata, Y. Hatasa, S. Hirose, N. Otaki, F. Nakashima, M. Ito, S. Machida, S. Maruyama & K. Uchida: Biochemistry, 55, 435 (2016)..補体は自然免疫系分子であり,自然抗体と同様に血液中に存在し,抗原表面に結合することで初期防御に関与する.C1qは補体古典経路の開始因子であり,C1qが抗原に直接結合,あるいは抗体を介して間接的に結合することで経路が活性化され,補体分子が次々と抗原表面に結合することで貪食の促進や病原体などの破壊を誘導している(29)29) S. S. Bohlson, S. D. O’Conner, H. J. Hulsebus, M.-M. Ho & D. A. Fraser: Front. Immunol., 5, 1 (2014)..
さらなる検討の結果,C1qはAGEsと直接的に相互作用しており,そこにはAGEsの表面電荷とC1q A鎖に存在する正電荷を豊富に含む領域が重要であることが明らかになった.このように,自然抗体だけでなく補体においても電荷を介したAGEsとの相互作用が起こることがわかる(図4図4■自然抗体,C1qの電荷を介したAGEs除去作用).また,C1qが存在することでマクロファージによるAGEsの取り込みは有意に促進されることから,血液中のC1qは体内からのAGEsの速やかな除去において重要であり,AGEs蓄積予防に寄与していると考えられる.以上より,AGEsの除去には自然抗体,補体,スカベンジャー受容体などの様々なPRRが関与していることが予想される.
また,骨格筋における自然免疫系分子の役割についても検討を行った.骨格筋は複数の筋細胞が融合した多核の筋管細胞より構成される.筋肉の発生,運動時などの筋肥大,傷害を受けた筋組織の修復などの際には筋融合が起こるが,その際にはアポトーシス細胞が生じる(30)30) M. H. Dehkordi, A. Tashakor, E. O’Connell & H. O. Fearnhead: Cell Death Dis., 11, 308 (2020)..過剰なアポトーシス細胞は免疫系によって除去されるべきものである一方(31)31) C. Sciorati, E. Rigamonti, A. A. Manfredi & P. Rovere-Querini: Cell Death Differ., 23, 927 (2016).,近年,骨格筋において発現する免疫系の受容体であるBAI1がアポトーシス細胞を認識することで,筋融合が促進されることが明らかになった(32)32) A. E. Hochreiter-Hufford, C. S. Lee, J. M. Kinchen, J. D. Sokolowski, S. Arandjelovic, J. A. Call, A. L. Klibanov, Z. Yan, J. W. Mandell & K. S. Ravichandran: Nature, 497, 263 (2013)..これは,免疫細胞以外の細胞においても免疫系の受容体が機能していることを示している.ここから,骨格筋における免疫系分子の役割に着目した検討を行った.その結果,MFG-E8が骨格筋細胞から分泌されていることを確認した(33)33) M. Chikazawa, M. Shimizu, Y. Yamauchi & R. Sato: Biochem. Biophys. Res. Commun., 522, 113 (2020)..また,MFG-E8の分泌量は未分化,分化後で変化はないものの,分化時に分泌されたMFG-E8は分化中の細胞表面に結合することが確認され,これは筋融合の促進にも寄与していることが示唆された.筋細胞はMFG-E8の受容体を発現していることから,アポトーシス細胞とマクロファージの融合と同様に,MFG-E8が筋細胞同士の接着を促し,筋融合を促進することが予想される.またアポトーシス細胞表面に結合することで,過剰な炎症や自己免疫応答を抑制していることも示唆された.このように,免疫系の分泌分子は筋組織の維持においても機能することが予想された(図5図5■骨格筋におけるMFG-E8の作用).食品成分による骨格筋肥大効果や萎縮抑制効果は高齢化が進む現代において注目されるが,本成果は食を介して骨格筋のMFG-E8の分泌を活性化することで,高齢者のサルコペニア予防などにも寄与することができる可能性を示すものである.
筆者らの研究室は,酸化修飾によって生成する「ピロールリジン」の自己免疫疾患や脂質異常症との関与やその生体での機能性について明らかにしてきた(34, 35)34) H. Miyashita, M. Chikazawa, N. Otaki, Y. Hioki, Y. Shimozu, F. Nakashima, T. Shibata, Y. Hagihara, S. Maruyama, N. Matsumi et al.: Sci. Rep., 4, 5343 (2014).35) S. Hirose, Y. Hioki, H. Miyashita, N. Hirade, J. Yoshitake, T. Shibata, R. Kikuchi, T. Matsushita, M. Chikazawa, M. Itakura et al.: J. Biol. Chem., 294, 11035 (2019)..ピロールリジンは酸化脂質とタンパク質のリジン残基の反応により生成する酸化タンパク質の修飾構造の一つであり,核酸染色試薬や抗DNA自己抗体に認識されるというユニークな特性を有している.また,ピロールリジンはAGEsなどの酸化タンパク質と同様に負電荷を持つこと,導電性などDNAと類似した特性を有することから,抗DNA自己抗体の生成過程に関与している可能性も考えられるほか,脂質異常症の際に起こる自己免疫応答の誘導に関与している可能性も示唆されるなど(36)36) S. Y. Lim, K. Yamaguchi, M. Itakura, M. Chikazawa, T. Matsuda & K. Uchida: J. Biol. Chem., 298, 101582 (2022).,生体内における機能についてはさらに詳細な検討が必要である.
これまでに,生体内でピロールリジンが存在することは質量分析による定量で明らかにされてり,またピロール化タンパク質に対する抗体も存在することが確認されている.しかし,生体内でどのような経路を介してピロールリジンが生成するのかについては不明であった.これを明らかにするべく検討を行った結果,酸化させた多価不飽和脂肪酸とタンパク質の反応によりピロールリジンが形成されること,特にエイコサペンタエン酸,ドコサヘキサエン酸など不飽和度の高い脂肪酸で生成量が多いことが確認された(37)37) M. Chikazawa, J. Yoshitake, S. Y. Lim, S. Iwata, L. Negishi, T. Shibata & K. Uchida: J. Biol. Chem., 295, 7697 (2020)..不飽和脂肪酸が酸化を受けると炭化水素鎖は分解され,様々な反応性の高い低分子アルデヒドを生じることが報告される.DHA, EPAの酸化で生じるアルデヒドの中にピロール化因子が存在すると予想し,脂肪酸酸化物をHPLCで分画後,各画分をタンパク質とインキュベートして各画分のピロールリジンの生成を確認した.ピロールリジンの生成が確認された画分について,DNPHによりアルデヒドを誘導体化した後,質量分析により含まれるアルデヒドの同定を行ったところ,グリコールアルデヒドが確認された(図6図6■グリコールアルデヒドを介したタンパク質のピロール化).グリコールアルデヒドは脂質のみでなく糖,アミノ酸,アスコルビン酸など様々な分子より産生するため,ピロール化は体内で多様な経路で起こると考えられ,生体の状態を反映するマーカー分子となることが予想される.また,ピロール化タンパク質は負電荷を有しており,自然抗体や多重交差性抗体により認識される.酸化タンパク質中には様々な修飾構造が生成していると考えられるが,ピロールリジンは生体内で生成する内因性抗原の一つであり,免疫系の活性化など生体内で様々な作用を及ぼすことが予想される.
以上より,生体内で生じる様々な内因性抗原が自然免疫系分子と結合することを明らかにし,また結合には分子表面の電荷を介するなどある程度共通したメカニズムが存在することが示唆された.内因性抗原の蓄積は炎症の誘導や自己免疫応答などを引き起こすと考えられるが,今回紹介した生体に備わる自然免疫系分子が内因性抗原を除去することで,生体にとって不都合な応答が起こらないように保たれていることが予想される.また,自然免疫系による内因性抗原の認識は,骨格筋における筋細胞同士の融合など,組織における生体応答に関与することも確認された.自然免疫系は異物認識を介した感染の予防のみならず,内因性抗原や食品成分による制御を介して全身で様々な機能を担うことで,健康維持に寄与していることが予想される.今後は食品成分と免疫系の関わり,健康や疾病予防における作用についてさらに詳細に明らかにすることで,本分野の研究の発展へ貢献するとともに食を介した社会への貢献を目指したい.
Acknowledgments
本研究の遂行にあたり,学生時代から多大なご指導ご鞭撻を頂きました内田浩二先生,佐藤隆一郎先生に心から感謝申し上げます.また,多くのご助言を頂きました小城勝相先生,市育代先生,柴田貴広先生,井上順先生,清水誠先生,山内祥生先生,高橋裕先生,佐々木栄太先生,板倉正典先生,湊健一郎先生に心より御礼申し上げます.最後に,本研究の遂行には,多くの共同研究者の皆様,研究室の学生の皆様に多大なご協力を頂きましたことを,心より感謝申し上げます.
Reference
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