Kagaku to Seibutsu 62(6): 291-298 (2024)
解説
ミミズの多用途性と研究の展開
土壌改良から宿主開発まで
The Versatility of Earthworms and Research Development: From Soil Improvement to Host Development
Published: 2024-06-01
「ミミズと言われて何を思い浮かべますか?」筆者が講演等で問うと,小・中・高・大学生問わず,うねうねして気持ち悪い,道で干からびているという答えの後,畑に良い,土を豊かにする等の回答が得られる.年配者の中には“漢方”として使われていることをご存じの方もおられるが少数派である.このように大部分の方は土に良いという程度の認識しかない.しかしながら,ミミズは多くの消化酵素と強力な血栓分解酵素を有していることからサプリメントとして開発され,近年では虚血性脳血管疾患(脳梗塞等)の治療薬原料としても本格的に研究・利用されている.さらに,ミミズの体腔細胞は細胞毒性に対して感受性があることが報告されていることから,細胞を活用したこれまでにない毒性試験法が提唱されており,筆者らが取り組んでいる宿主開発(異種遺伝子発現系の構築)の対象生物となっている.もちろん廃棄物処理・肥料生産についてもSDGsの観点から現在も盛んに研究されている.このようにミミズを題材にした研究は幅広い分野に展開している.ミミズ研究者は農芸化学の分野では少ないことから,本稿では企画賞の研究並びにミミズ研究の動向について,土壌改良から最新の宿主開発まで紹介・解説したい.
Key words: ミミズ; 酵素; 肥料; 宿主; 細胞
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
土壌の肥沃化,ミミズの役割についてまとまった研究を行ったのが,Charles Darwinである.Darwinといえば進化論で有名であるが,ミミズが土壌形成に及ぼす影響についても研究し,“ミミズと土(邦訳)”にその詳細を記している(1)1) チャールズ・ダーウィン(渡辺弘之/訳):“ミミズと土”,平凡社,1994..Darwinはイギリスで生まれ活躍していたことから,今日でも土壌・環境に関するミミズ研究はヨーロッパで盛んである.
ミミズには重金属吸着能を有する種が存在することから土壌汚染をミミズで除去することが研究されている(バーミレメディエーション)(2)2) Z. Aurang, L. Song, W. Jiani, L. Jiapan, L. Weitao & S. Yuebing: Sci. Total Environ., 740, 140145 (2020)..重金属吸着メカニズムについても良く研究されており,キータンパク質であるメタロチオネインとそのプロモーターについて詳細に解析されている(3)3) V. Drechsel, B. Fiechtner & M. Höckner: Mol. Biol. Rep., 46, 6371 (2019)..一方,健全な土壌生態系を創出する土壌改良資材としてもミミズが注目されており,特に微生物資材と併用することによって相乗的に土壌改良効果が高まることが報告されている(4)4) 市川隆子,高橋輝昌:日緑工誌,33, 277 (2007)..廃棄物処理におけるミミズの活用は古くから行われており,野菜屑などから良質な肥料であるバーミコンポストやバーミウォッシュ(液肥)を生産し(図1図1■ミミズコンポストと液体肥料ができるしくみ),その組成や肥料効果も良く研究されている(5)5) V. R. R. Awadhpersad, L. Ori & A. A. Ansari: Int. J. Recycl. Org. Waste Agric., 10, 397 (2021)..環境意識が高い西欧オランダのアムステルダムでは,ワームホテルプロジェクトとして,街一帯で路上にミミズコンポストを設置し,生ゴミ削減,肥料生産に取り組んでおり,筆者らも日本でいつかできないかと模索している.
さて,化学肥料は現在農業にとって切っても切れないものであるが,一方で,過度な使用は土壌を弱らせ,土壌微生物の多様性を損ねるという報告もある(6)6) S. Savci: APCBEE Procedia, 1, 287 (2012)..バーミコンポストの使用によりこれらの問題は低減され,SDGsの観点からも注目されている.特にミミズ堆肥から得られる液体抽出物であるバーミウォッシュは手軽に得ることができ,植物に必要な栄養素,植物の成長を促進するホルモン(オーキシン,ジベレリン)が含まれているだけでなく(7)7) J. C. Buckerfield, T. C. Flavel, K. E. Lee & K. A. Webster: Pedobiologia, 43, 753 (1999).,酵素(プロテアーゼ,アミラーゼ,ウレアーゼ,ホスファターゼ)や様々な微生物(アゾトバクター等の窒素固定細菌,アグロバクテリウム,リゾビウム属やいくつかのリン溶解菌等)が含まれていることが報告されており(8)8) V. P. Zambare, M. V. Padul, A. A. Yadav & T. B. Shete: J. Agric. Biol. Sci., 3, 1 (2008).,バーミウォッシュを活用した作物栽培が盛んに研究されている.しかしながら,有機肥料であるバーミウォッシュの安定性はほとんど報告されておらず,筆者らはその安定性について調査したので少し紹介する.
野菜屑(キャベツ)を餌とした時に採取したバーミウォッシュを,4 °C(冷蔵保存を想定),25 °C(常温保存を想定),40 °C(野外高温条件下での保存を想定)にて半年間インキュベートし,経時的に肥料の主要な要素である窒素(アンモニア態,亜硝酸態,硝酸態,全窒素),リン,カリウム含量を測定し,長期安定性試験を行った(9)9) S. Akazawa, T. Badamkhatan, K. Omiya, Y. Shimizu, N. Hasegawa, K. Sakai, K. Kamimura, A. Takeuchi & Y. Murakami: Sustainability, 15, 10327 (2023)..その結果,リンとカリウムはどの温度でも変動せず安定していたが,アンモニア態窒素は40 °Cでは緩やかに,25 °Cでは急速に減少し,亜硝酸態窒素,硝酸態窒素が上昇した.これはバーミウォッシュ中に硝化細菌(最適硝化温度28~29 °C)が含まれている可能性を示唆している(現在解析中).従って,アンモニア態窒素を要求する作物(稲,茶等)の場合は低温保存が望ましいが,全窒素量はほとんど変化していなかったため,バーミウォッシュは常温保存可能な使いやすい液体肥料であることが明らかとなった(9)9) S. Akazawa, T. Badamkhatan, K. Omiya, Y. Shimizu, N. Hasegawa, K. Sakai, K. Kamimura, A. Takeuchi & Y. Murakami: Sustainability, 15, 10327 (2023)..
このようにミミズの土壌改良・肥料効果についての研究はその有用性とSDGsの観点から現在も盛んに行われている.
ミミズは土壌に住む分解者として知られ,雑食性であることから数多くの酵素を有していることが明らかとなっている.古くはKeilin, Traceyらがカゼイン,ゼラチン,アルブミンを分解するプロテアーゼや,バイオマスを資化するセルラーゼ及びキチナーゼの存在を報告している(10, 11)10) D. Keilin: Q. J. Microsc. Sci., 2, 33 (1920).11) M. V. Tracey: Nature, 167, 776 (1951)..バイオマス資化の観点では,経済協力開発機構OECDが土壌毒性試験のモデル生物に指定し,養殖用ミミズとして世界中に存在するEisenia fetida及びEisenia andreiが有するバイオマス資化酵素(消化系酵素)が詳細に解析されている.UedaらはEisenia fetida Nagene(便宜上株名を付している)に存在する2つのアミラーゼを同定し,これらの酵素は10°Cという低温でもデンプンに作用する低温耐性酵素であることを報告している(12)12) M. Ueda, T. Asano, M. Nakazawa, K. Miyatake & K. Inouye: Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol., 150, 125 (2008)..筆者らもEisenia fetida Wakiが有する2種類のアミラーゼ(EfAMY1, EfAMY2)の諸性質を調べたところ,EfAMY1は4°Cにおいても40%の活性を保持する低温耐性酵素で,比活性もE. fetida Naganeと比較し10倍以上高いことを明らかにした(13)13) S. Akazawa, Y. Ikarashi, K. Yokoyama, Y. Shida & W. Ogasawara: Environ. Sci. Pollut. Res. Int., 27, 33458 (2020)..もう一つの主要な糖化酵素セルラーゼもアミラーゼと同様低温でも高活性であることが報告されており(14)14) M. Ueda, T. Asano, M. Nakazawa, K. Miyatake & K. Inouye: Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol., 150, 125 (2008).,筆者らはE. fetida Waki粗酵素溶液を用いた小麦フスマ糖化試験において,グルコースを良好に産出可能であることを報告している(15)15) S. Akazawa, Y. Ikarashi, J. Yarimizu, K. Yokoyama, T. Kobayashi, H. Nakazawa, W. Ogasawara & Y. Morikawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 55 (2016)..このようにミミズ消化系酵素(中でも糖質加水分解酵素)は低エネルギーバイオマス資化に有用な特徴を有していることが明らかとなった(13)13) S. Akazawa, Y. Ikarashi, K. Yokoyama, Y. Shida & W. Ogasawara: Environ. Sci. Pollut. Res. Int., 27, 33458 (2020)..酵素の所在については,NozakiらがミミズPheretima(Metaphire)hilgendorfiにおけるエンドグルカナーゼ(phhEG)は腸に存在し,微生物由来ではないことを報告している(16)16) M. Nozaki, C. Miura, Y. Tozawa & T. Miura: Soil Biol. Biochem., 41, 762 (2009)..2013年にはArimoriらによって,E. fetidaのエンドグルカナーゼ(EF-EG2)の立体構造も明らかにされる等,主要酵素について解明が進んでいる(17)17) T. Arimori, A. Ito, M. Nakazawa, M. Ueda & T. Tamada: J. Synchrotron Radiat., 20, 884 (2013).(本項は筆者の論文を一部引用・改変している(18, 19)18) 赤澤真一:生物工学会誌,94, 576 (2016).19) 赤澤真一:アグリバイオ,2, 62 (2018).).
さて,次に血栓分解酵素ルンブロキナーゼについて紹介する.ミミズは古来より解熱鎮痛の漢方として用いられていたが,本酵素の発見によって再注目された.血栓は一度できると脳梗塞や心筋梗塞等重篤な疾患に繋がることから,血栓溶解作用を持つ酵素(線溶酵素)や物質は医学的に重要な意味を持つ.ミミズにおける血栓分解酵素は,1991年にMiharaらがミミズLumbricus rubellusにおける血栓分解酵素ルンブロキナーゼの詳細を報告して以来,研究が進んできた(20)20) H. Mihara, H. Sumi, T. Yoneta, H. Mizumoto, R. Ikeda, M. Seiki, M. Maruyama & H. Mihara: Jpn. J. Physiol., 41, 461 (1991)..ルンブロキナーゼは非常に安定で室温で5年放置しても当初の80%の活性を保持し(21)21) N. Nakajima, M. Sugimoto & K. Ishihara: J. Biosci. Bioeng., 90, 174 (2000).,フィブリンを分解するプラスミンやプラスミノゲンアクチベーター(PA)(プラスミノゲンはPAにより活性化されるとプラスミンになる)を活性化するため,強力な線溶作用を示す(図2図2■ルンブロキナーゼの作用機序)(18, 22)18) 赤澤真一:生物工学会誌,94, 576 (2016).22) Y. Chen, Y. Liu, J. Zhang, K. Zhou, X. Zhang, H. Dai, B. Yang & H. Shang: Trials, 23, 285 (2022)..そのため,初期にはサプリメントの開発が盛んに行われ,広くアジアで販売されるようになった.筆者らも,従来法の欠点であった熱殺菌による活性低下を圧力によって防ぐ新製法を開発し,従来比10倍の比活性に高めた粉末を作成することに成功している(23)23) S. Akazawa, H. Tokuyama, S. Sato, T. Watanabe, S. Yosuke & W. Ogasawara: J. Biosci. Bioeng., 125, 155 (2018)..国内外で特許を取得し(24, 25)24) S. Akazawa, S. Wakimoto & T. Watanabe: Japan Patent, 5548931 (2014).25) S. Akazawa, S. Wakimoto & T. Watanabe.: U.S.A. Patent, US9089581 (2015).,ミミズ粉末を活用したサプリメントを上市するに至っており,現在は代替タンパク質としても開発中である(コラム参照).近年は臨床研究がさらに本格化し,ヒトに対する治療薬としてアジアではかなり広がりを見せている.臨床研究においては,特に課題に対する科学的根拠(エビデンス)を肯定的な結果だけでなく,否定的な結果も含めて議論することが重要である.そこで,これらを議論するために,網羅的に論文検索し体系的に分析するシステマティック・レビュー(SR)による解析が近年重要度を増している(SRについては,上岡らの解説を参照されたい(26)26) 上岡洋晴,金子善博,津谷喜一郎,中山健夫,折笠秀樹:薬理と治療,49, 831 (2021).).SukmawanはSRとメタ分析を用いてルンブロキナーゼの治療効果として,フィブリン前駆物質であるフィブリノーゲン濃度の低下,血漿粘度の低下効果は明らかで,ルンブロキナーゼは虚血性脳血管疾患(脳梗塞等)治療薬として効果的である可能性があると報告している(27)27) Y. P. Sukmawan: Indonesian J. Clin. Pharm., 9, 43 (2020)..さらに,PinzonらもSRによる調査結果として,虚血性脳卒中患者の治療薬として有用で安全であると報告している(28)28) R. T. Pinzon & V. Veronica: Int. J. Res. Pharm. Sci, 11, 4412 (2020)..中国では実際に急性虚血性脳卒中患者に広く利用され,急性疾患治療におけるルンブロキナーゼの安全性と有効性は盛んに研究されている(22)22) Y. Chen, Y. Liu, J. Zhang, K. Zhou, X. Zhang, H. Dai, B. Yang & H. Shang: Trials, 23, 285 (2022)..これらの研究はミミズから抽出したルンブロキナーゼが使用されているが,多量生産系も開発されつつあり,植物発現系としてタバコを活用した組換えルンブロキナーゼ(PI239)の生産法(29)29) A. Dickey, N. Wang, E. Cooper, L. Tull, D. Breedlove, H. Mason, D. Liu & K. Y. Wang: Evid. Based Complement. Alternat. Med., 2017, 6093017 (2017).が報告される等,次世代の治療薬として期待されている.しかしながら日本ではサプリメント止まりになっているところが少し残念である.
本研究はこれまでと研究の基軸が全く異なり,ミミズ個体・細胞を異種遺伝子発現系の新規宿主として開発するというものである.本研究を紹介する前に,宿主開発の歴史の一つとしてバイオ医薬品生産技術の発展を例にしつつ,開発の経緯等を以前紹介した記事を引用しつつ解説したい(30)30) 赤澤真一:Medical Science Digest, 42, 445 (2016)..
アオカビから単離されたペニシリンのような医薬品を“低分子医薬品”と呼ぶが,それに対してインスリンやニボルマブ(商品名:オプジーボ)のような医薬品は“バイオ医薬品”と呼ばれる.バイオ医薬品とは広義には生物が作り出すもの(植物が作り出すものや抗生物質は除く)を原材料として製造される医薬品の総称として用いられ,狭義には遺伝子組換え技術を用いて開発された医薬品を指し,一般的には後者の意味で用いられることが多い(31)31) 西島正弘,川崎ナナ:“バイオ医薬品 開発の基礎から次世代医薬品まで”,化学同人,2013..バイオ医薬品は,低分子医薬品とは生産工程が大きく異なり,遺伝子工学技術の進展なくしては語れない.
初のバイオ医薬品である糖尿病治療薬ヒトインスリンは,糖鎖修飾が不要のため大腸菌で生産されたが,高等生物の遺伝子を大腸菌で活性体として生産させることは糖鎖付加等の翻訳後修飾の関係から通常困難である.そのため,酵母や動物細胞での生産が検討され,糖タンパク質である腎性貧血治療薬ヒトエリスロポエチン(hEPO)等はチャイニーズハムスター卵巣(CHO)動物細胞で生産されている.しかしながら,CHO細胞株は海外で開発されたものであるため権利上の制限がかかること等が課題となっていた.そこで,経済産業省及びAMEDプロジェクト「国際基準に適合した次世代抗体医薬等の製造技術」において,国産のCHO-MK株等が開発されてきた(32)32) 堀内貴之:生物工学,97, 328 (2019)..また,従来の微生物・細胞にとらわれない,生産調整も容易でコスト削減が可能である次世代型物質生産法として,動植物個体を用いた「ヒューマノイドアニマル/プラント(ヒト化動物/植物)」の創出も研究されてきた(33, 34)33) JST-CRDS報告書.戦略プログラムアグロファクトリーの創生—動植物を用いたバイオ医薬品の生産—,https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2006/SP/CRDS-FY2006-SP-16.pdf, 2007.34) L. M. Houdebine: Comp. Immunol. Microbiol. Infect. Dis., 32, 107 (2009)..動植物個体そのものを生産工場とすることで,高額な生産設備(CO2インキュベーター等)が必要なくなるため初期投資が抑えられ,特に採算性が問題となるオーファンドラッグ(希少疾患医薬品)の開発・生産に大きく寄与することが期待されており,カイコ等が次世代の国産宿主として期待されている(35)35) 立松健一郎,瀬筒秀樹:生物工学会誌,6, 337 (2015)..
表1表1■バイオ医薬品生産に用いられるホストの特徴にバイオ医薬品生産に用いられている宿主とその特徴についてHoudebineらの報告も参考に表にまとめた(表1表1■バイオ医薬品生産に用いられるホストの特徴)(筆者らの報告を引用)(18, 34)18) 赤澤真一:生物工学会誌,94, 576 (2016).34) L. M. Houdebine: Comp. Immunol. Microbiol. Infect. Dis., 32, 107 (2009)..これを見るとそれぞれ一長一短であることがわかる.糖鎖付加等が必要のない場合は生産コストに優れる大腸菌で,糖鎖付加が必要な場合は,コストがかかっても動物細胞で生産されていることがわかる.動植物個体での生産は理論生産量やコスト,柔軟性(生産調整等)で優れていることがわかるが,研究段階であることが多く上市されている製品も少なく発展途上である.特に植物においては翻訳後修飾がヒトと異なることから活性体タンパク質生産は困難を伴う.動物においても,既存宿主を中心とした生産性向上等が課題となっていることから,宿主改良のみならず現在も新規宿主開発・探索が盛んに行われている.
ホスト | 製品例 | 理論生産量 | 生産コスト | 柔軟性 | 糖鎖付加 | 市販製品量 |
---|---|---|---|---|---|---|
大腸菌 | インスリン | 5 | 5 | 5 | 1 | 4 |
インターフェロン | ||||||
酵母 | インスリン | 5 | 5 | 5 | 2 | 3 |
ワクチン | ||||||
昆虫細胞 | ワクチン | 3 | 2 | 2 | 3 | 3 |
動物細胞 | hEPO | 1 | 2 | 1 | 4 | 5 |
抗体 | ||||||
組換え植物 | ワクチン | 5 | 5 | 5 | 2 | 1 |
組換え動物 | アンチトロンビン | 5 | 4 | 4 | 4 | 3 |
数値が高い程優位性が有ることを示す.Houdebineらの報告(34)34) L. M. Houdebine: Comp. Immunol. Microbiol. Infect. Dis., 32, 107 (2009).を参考に一部改変し作成(赤澤真一:生物工学会誌,94, 576(2016)より引用(18)18) 赤澤真一:生物工学会誌,94, 576 (2016).). |
そこで,筆者らは新規異種タンパク質発現宿主としてミミズに着目したが,ミミズでは,KimらがPerionyx excavatusのトランスフェクション法を唯一先行して報告していたのでまず紹介する(36)36) H. K. Kim, C. H. Ahn & E. S. Tak: Patent US 8,592,207 B2 (2010)..
KimらはP. excavatusの生殖巣再生能力を活かし,生殖巣を含む前半部を切断し,再生開始後24時間以内に遺伝子を注入すると線維芽細胞に組み込まれるという方法でトランスフェクションしている.具体的にはCMVプロモーター下部にヒトエリスロポエチン(hEPO)遺伝子を組み込んだプラスミドベクターを注入したところ,腎性貧血治療薬であるエリスロポエチンが生産された.体液から抽出したhEPOをマウスに経口投与したところ,血色素含量の増加を確認しており,ヒトタンパク質の生産に成功している.本法はウイルスベクターを使用せず遺伝子を注入するだけという非常に簡便で高価な装置も必要としない方法であるが,特許文献しかないため詳細な方法は不明であり,さらに本ミミズの生息地は限られ日本では養殖されていないといった課題があった.
そこで,筆者らは経済協力開発機構(OECD)が土壌毒性試験モデルに認定しており,世界中で広く研究材料として扱われているE. fetida及び類縁種であるE. andreiを用いたトランスフェクション法の開発を目指した.
Kimらは切断とマイクロシリンジによるインジェクションのみでトランスフェクションしたと報告しているが(36)36) H. K. Kim, C. H. Ahn & E. S. Tak: Patent US 8,592,207 B2 (2010).,本法ではE. fetida及びE. andreiのトランスフェクションは成功しなかった.そこで,エレクトロポレーション法を併用した手法を検討し,操作性の観点からミミズE. fetida Waki尾部への遺伝子導入法の開発をまず試みた.全体の実験の流れを図3図3■ミミズへのトランスフェクション法(筆者らの論文より引用(37)37) S. Akazawa, Y. Machida, A. Takeuchi, Y. Wakatsuki, N. Kanda, N. Kashima & H. Murayama: Sci. Rep., 11, 8190 (2021).)に示した.CMVプロモーター下部にLuc2遺伝子が挿入されたプラスミドを用いてエレクトロポレーション条件等様々な条件を最適化したところ,E. fetida Wakiは生存率79.2%,トランスフェクション効率29.2%,E. andrei Sagamiは生存率95.8%,トランスフェクション効率50.0%となり,遺伝子がゲノムに組み込まれていることも確認された.次に,hEPO組換えタンパク質の検出をELISA法で試みたところ,極微量であるが検出を確認した.しかしながら極微量しか生産されなかったため,実際に活性があるかは多量生産系を構築しマウスなどを用いてさらに実験を進める必要がある(37)37) S. Akazawa, Y. Machida, A. Takeuchi, Y. Wakatsuki, N. Kanda, N. Kashima & H. Murayama: Sci. Rep., 11, 8190 (2021)..
図3■ミミズへのトランスフェクション法
(S. Akazawa, Y. et. al. Sci. Rep., 11, 8190(2021)より引用改変(37)37) S. Akazawa, Y. Machida, A. Takeuchi, Y. Wakatsuki, N. Kanda, N. Kashima & H. Murayama: Sci. Rep., 11, 8190 (2021).)
筆者らはミミズ個体だけでなく,CO2インキュベーターが不要で手軽に培養可能なミミズ細胞の宿主化にも着手している.ミミズ細胞を宿主化するに当たってはまず細胞株を樹立する必要がある.細胞株を樹立するには培養法を確立する必要があるが,ミミズ細胞培養に関する報告はまだまだ少なく細胞株も樹立されていない.そこで採取が容易な体腔細胞(ミミズに刺激を与えると出る黄色い溶液に含まれている)(図4図4■体腔細胞の特徴と種類)を用いて培養法の確立を試みた.昆虫培地など様々な培地を検討したところ,1ヶ月以上安定に培養することに成功しているが,分裂増殖する条件は未だ見いだせていない(報告もない).そのため,臓器や細胞分裂が旺盛と思われる幼体を用いた細胞培養法も検討しており,多面的に鋭意研究開発している.さらに,異種遺伝子発現系宿主として活用するには強力なプロモーターも必要である.ミミズプロモーターとして,重金属吸着タンパク質であるメタロチオネインプロモーターが唯一報告されているが(3)3) V. Drechsel, B. Fiechtner & M. Höckner: Mol. Biol. Rep., 46, 6371 (2019).,重金属で誘導がかかるためタンパク質生産等には使用できない.そこで筆者らは恒常的あるいは基質特異的に発現するミミズ由来プロモーターの取得を目指し,アクチンやルンブロキナーゼ等のプロモーター領域を明らかにしている(論文準備中).
ミミズ細胞に関する論文はほとんどが採取が容易な体腔細胞に関するものであり,体腔細胞は自然免疫および病原体に対する防御戦略において重要な役割を果たしている(38)38) E. S. Tak, S. J. Cho & S. C. Park: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 29 (2009)..特に生理活性物質ライセニンが知られているが詳細は別紙に譲る(39)39) 小林英司,関沢良之:化学と生物,37, 660 (1999)..体腔細胞にも様々な種類があり,EleocyteやAmoebocyte等がある(図4図4■体腔細胞の特徴と種類)(40)40) A. Adamowicz: Tissue Cell, 37, 125 (2005)..体腔細胞は細胞毒性に対して感受性を示すことが報告されており,本細胞を用いた重金属毒性試験法が,OECDが提唱する個体を用いた毒性試験に変わる次世代法として近年提唱されている(41)41) A. Irizar, D. Duarte, L. Guilhermino, I. Marigómez & M. Soto: Ecotoxicology, 23, 1326 (2014)..本法の概要とこれまでの手法の比較を図5図5■ミミズ個体あるいは細胞を用いた土壌毒性試験法の比較に示した.個体での毒性試験は扱いが容易な反面,実験個体の大きさを揃えたり,一度に暴露試験に使用できる試料が1種類,暴露時間が2週間必要だったりと手間がかかることが課題であった.一方で,細胞を用いた毒性試験では,高価な装置が必要となるものの,迅速に様々な毒性物質を多様な濃度で一度に調べることができる等メリットが多い.しかしながら,細胞株が確立されておらず,毎回細胞を採取する必要があることから普及するには至っていない.そのため,細胞株を確立すれば,新規宿主としての用途以外に細胞毒性試験にも活用できるようになるため,成果は広く普及することが期待される.
ミミズ研究を始めて気付けばもうすぐ20年になろうとしている.始めたきっかけは当時在籍していた大学の教授(谷𠮷樹先生)が,「企業から依頼があったのでやってみて」というたった一言である.当時麹菌を題材に研究していた私にとっては寝耳に水であったが,今となっては研究の中心となり感慨深いものがある.廃棄物処理・肥料生産は現在もニーズがあり,筆者らは地元企業と共に養殖場を建設しミミズで廃棄物を資源化し,養殖したミミズは食品に加工する等,ミミズを核とした資源循環型バイオコミュニティの構築も現在試みている.精力的に取り組んでいる宿主開発はまだまだ緒に就いたばかりであるが,細胞株は異種遺伝子発現系だけでなく全く新しい毒性試験法の普及にも繋がる可能性があり,樹立細胞が世界中で使われることを夢見て邁進している.
Acknowledgments
本稿中の研究は,多くの学生,共同研究先(大学,企業)及び第17回農芸化学研究企画賞,科研費,JST-ASTEP, 各種財団助成金等によって支えられました.深謝いたします.
Note
本稿執筆中に谷先生の訃報を受けました.私にとってミミズ研究を始めるきっかけともなった大恩師です.ここに書くべきことではないかも知れませんが書かずにはいられませんでした.心よりご冥福をお祈りいたします.
Reference
1) チャールズ・ダーウィン(渡辺弘之/訳):“ミミズと土”,平凡社,1994.
3) V. Drechsel, B. Fiechtner & M. Höckner: Mol. Biol. Rep., 46, 6371 (2019).
4) 市川隆子,高橋輝昌:日緑工誌,33, 277 (2007).
5) V. R. R. Awadhpersad, L. Ori & A. A. Ansari: Int. J. Recycl. Org. Waste Agric., 10, 397 (2021).
6) S. Savci: APCBEE Procedia, 1, 287 (2012).
7) J. C. Buckerfield, T. C. Flavel, K. E. Lee & K. A. Webster: Pedobiologia, 43, 753 (1999).
8) V. P. Zambare, M. V. Padul, A. A. Yadav & T. B. Shete: J. Agric. Biol. Sci., 3, 1 (2008).
10) D. Keilin: Q. J. Microsc. Sci., 2, 33 (1920).
11) M. V. Tracey: Nature, 167, 776 (1951).
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19) 赤澤真一:アグリバイオ,2, 62 (2018).
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