バイオサイエンススコープ

食の安全・安心に必要なベネフィットリスクコミュニケーションとは
情報の送り手と受け手のそれぞれの視点から考える

Nanae Tanemura

種村 菜奈枝

医薬基盤・健康・栄養研究所

千葉大学大学院医学研究院

Published: 2024-06-01

私たちの暮らしが豊かになり便利になるにつれ,新たな技術の導入は欠かせない.特に,生きていくために必要な「食べ物」は,電化製品や車といったモノやサービスと異なり,私たちのからだの中に摂り入れるモノであるからこそ,「安全」であることはさることながら,いかに生活者に対して,「安心」をもたらすことができるかどうかが鍵となる.

そこで必要とされるのが,生活者との合意形成のひとつの手段として,これまで長年にわたり実施されてきた社会受容性を高めるための「リスクコミュニケーション」である.

これまでは,生活者が新たな技術などを受容できない原因は,生活者の専門的な知識の不足と考えられ,知識を与えさえすれば問題は解消するという「欠如モデル」を前提としたリスクコミュニケーションが行われてきた(1)1) 内田麻理香,原 塑:科学技術社会論研究,18, 208 (2020)..しかし,近年の研究成果より,知識量の増加と生活者の社会的受容性は必ずしも一致しないことが明らかになってきている(2)2) 高木 彩,小森めぐみ:社会心理学研究,33, 126 (2018).

ここでは,リスクに加えてベネフィットの2つのそれぞれの視点から,これまでの研究とその実践や動向等の事例紹介も含めてコミュニケーションのあり方を概説していきたい.

なぜ,ミスコミュニケーションが生じるのか

まず,身近なありふれた会話を例に考えてみよう.

先生A:いつもの通りの準備をしてリハーサル会場へ来てください.

生徒B:(普段のバレエレッスンの準備でリハーサル会場へ到着)

先生A:(Bの様子を見た後)準備が出来ていません.出直してください.

上で紹介した会話の一例は,恥ずかしながら,実際に筆者がこれまでに経験した実話である.では,この会話のやり取りのどこに落とし穴があったのか振り返ってみよう.

まず,この会話の例では,先生Aは「いつもの通り…」と指示している.ところが,経験が浅い生徒Bは,「いつもの通り…」を「普段のバレエレッスンの準備」と想起した.

その結果,先生Aは「出来ていません」と生徒Bに対して,注意をうながすに至った.

では,このような「ミスコミュニケーション」の発生過程の振り返りをしよう(図1図1■ミスコミュニケーションの発生過程).何らかのモノ,サービスの情報を「伝える側」が「受け手側」に伝達する際,これまでの知識や経験として蓄積された基盤を参照する.一方,受け手側も同様にこれまでの知識や経験として蓄積された基盤を参照する.しかし,先程の例にもあるように「伝える側」と「受け手側」とでは,もちろん知識や経験が大きく違う.そのため,「伝える側」と「受け手側」の知識や経験として蓄積された基盤の違いから認識にズレが生じるのである.最終的に,実際と期待された行動との間に乖離が生じるというのが発生メカニズムである.

図1■ミスコミュニケーションの発生過程

情報の「受け手側」だけではなく「伝える側」の努力と責任

特に,生活者が日常生活を送る上で留意すべき事項の情報が含まれた医薬品や食に関する安全性情報は,迅速かつ的確に生活者に対して情報伝達することが肝要である.しかし,それと同時に情報を伝える側の努力も必要であることを我々は改めて認識すべきである.

ここで,筆者が考案した安全性情報提供におけるピクトグラムの活用事例を紹介しよう.

すべての人のためのデザインという「ユニバーサルデザイン」という考え方がある(3)3) R. Mace: Designers West, 33, 147 (1985)..この例として,生活者に明確かつ迅速に情報伝達する手段として,「ピクトグラム」の活用があげられる.「ピクトグラム」とは,「情報や注意を示すための案内記号」のことである.ただし「ピクトグラム」は,単なるイラストとは異なり,コミュニケーション機能がある.そのため,視認性に優れ,誤認がないデザインであることが求められる.親しみのある例としては,東京2020オリンピック・パラリンピックにおいても競技のスポーツピクトグラムが開発され(4)4) 廣村正彰:Tokyo 2020 Sport Pictograms, http://www.hiromuradesign.com/profile/, 2019.,動くピクトグラムとしてテレビで放映されたことも記憶に新しい.

筆者は,これまでに電通ダイバシティ・ラボのメンバーや一般市民らを含む多様なチームと一緒に,全7種類の「食品ハザードピクト」を開発し(5)5) 種村菜奈枝,柿崎真沙子,小野寺理恵,千葉 剛:日本臨床栄養学会雑誌,43, 21 (2022).,一般向けに無料公開した(図2図2■食品ハザードピクト(6)6) 厚生労働省:食品の安全確保推進研究事業(厚生労働科学研究)リスクコミュニケーションに関する情報,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/kenkyu/index.html, 2021..特に,生活者向けの医薬品やサプリメント等の安全性情報の発信において,事業者や公的機関,アカデミア等に広く利活用されていくことを期待したピクトグラムである.

図2■食品ハザードピクト

(a)国や関連機関からの注意情報,(b)-1 摂取にあたり注意が必要な対象者,(b)-2 国内外の健康被害,(b)-3 医薬品と食品との相互作用,(c)-1~(c)-3 サプリメント利用者の状況別の留意点.

これら7種類の食品ハザードピクトは,各情報の見出しに目印として挿入することを想定している.食品ハザードピクトと情報との対応としては,ピクトグラム(a)は,国やその関連機関からの注意喚起情報,ピクトグラム(b)-1は,サプリメント利用にあたる禁忌者,ピクトグラム(b)-2は,国内外の健康被害の事例,ピクトグラム(b)-3は,医薬品とサプリメントとの相互作用,ピクトグラム(c)-1は,健康な人がサプリメント利用する場合の注意事項,ピクトグラム(c)-2は,サプリメント利用後の体調不良の対応事項,ピクトグラム(c)-3は,からだの不調がありながらもサプリメントを利用したい場合の注意事項,である.

これら食品ハザードピクトの開発にあたり,注目すべき3つのポイントをあげたい.

まず1点目としては,各食品ハザードピクトのカラーがポイントである.食品ハザードピクトカラーとして,「紫」,「赤」,「橙」の3種類のカラーを採用した.

公衆向け警報において危険の深刻度をカラーコードで表現するためのガイドラインである「ISO 22324: 2022 Security and resilience—Emergency management—Guidelines for colour coded alerts」では(7)7) ISO: Security and resilience–Emergency management–Guidelines for colour-coded alert, https://www.iso.org/standard/50061.html, 2022.,補助的情報を表すためのカラーコードが定義されている.これらの国際的な動向を参考に,筆者の食品ハザードピクトでも危険度の高い順に「紫」,「赤」,「橙」を採用した.なお,この配色に関しては,気象庁の警報等の情報発信においても採用されている(8)8) 気象庁:気象庁ホームページにおける気象情報の配色に関する設定指針,https://www.jma.go.jp/jma/kishou/info/colorguide/HPColorGuide_202007.pdf, 2020.

2点目としては,フォントの種類である.開発したピクトグラムのうち(c)-1~3の3点だけにユニバーサルデザインフォント(通称UDフォント)を採用した文字入れをした.このフォントは,誰にとっても見やすく読みやすいフォントとして開発されたものである(9, 10)9) 楊 寧,須長正治,藤紀里子,伊原久裕:デザイン学研究,65, 52 (2018).10) 楊 寧,須長正治,藤紀里子,伊原久裕:デザイン学研究,65, 1 (2019)..読みやすさに加えて,可読性や視認性,判別性が高いフォントである点が特徴である.

最後の点は,ピクトグラムに対する文字入れの要否である.筆者らが食品ハザードピクト開発にあたり苦労した点として,情報の対象(例:ピクトグラム(c)-2:サプリメント利用者)と場面の時間軸(例:ピクトグラム(c)-2:サプリメント利用後に体調に異変あり)の2つの要素を含むピクトグラムにおいては,単一のピクトグラムだけでは,意図とした情報を伝達することが難しいことが判明した.そのため,筆者らの開発チームは,ピクトグラムに加えて,意図した状況を補足するために,文字入れを行ったという経緯があった.

食品ハザードピクトの利用例

これまでの筆者のリスクコミュニケーション活動から,実際に食品ハザードピクトを利活用した事例を紹介する(図3図3■食品ハザードピクトの活用例).

図3■食品ハザードピクトの活用例

近年,インターネットの普及に伴い,比較的だれでもが簡単に海外製のサプリメントが手に入るようになってきた.しかし,特に海外製サプリメントでは,米国等の各国の規制当局から医薬品成分が混入したサプリメントに対する注意喚起が常時行われている(11)11) 医薬基盤・健康・栄養研究所:被害関連情報,https://hfnet.nibiohn.go.jp/category/alert-info/, 2023..その一例として,医薬品成分が混入したサプリメント利用に伴う注意喚起や健康被害に関する情報がある.この健康被害は,海外だけでなく日本でも生じており,数年前には国内においても海外製のダイエットゼリーの摂取に伴う健康被害事例が全国的にあいつぎ多発した.

このような背景を受け,筆者らは,日本のみならず海外の主要な規制当局から出されたサプリメント摂取に伴う注意喚起の要点と対応事項を迅速に国民に対して公式ウェブサイトやSNS等を通じて発信してきた(11, 12)11) 医薬基盤・健康・栄養研究所:被害関連情報,https://hfnet.nibiohn.go.jp/category/alert-info/, 2023.12) 医薬基盤・健康・栄養研究所:公式SNS/Xえいち・えふ・ねっと,https://twitter.com/hfnet2015, 2015..しかし,迅速に情報を受け取るには,長文の解説文だけでの情報提供スタイルでは不十分である.そのため,筆者らは「食品ハザードピクト」の活用に加え,情報の緊急度のレベルに応じたカラーを採用した.これらの改善により,情報の受け手側である国民が迅速に注意喚起情報を入手し,必要であれば次の適切な行動のアクションが自らの判断で取れるように配慮した情報発信を展開してきた(図3図3■食品ハザードピクトの活用例).実際,情報の発信方法の改善後,発信した注意喚起情報に関する消費者からの問い合せが増えたこともあり,必要な情報が必要な方々の手元へ行き届き始めたことを実感している.

食品ハザードピクト利活用に向けたまとめ

まず,図3図3■食品ハザードピクトの活用例の見出し情報である「海外/健康被害」の情報ラベルをご覧いただきたい.

一定のスペースのラベル内で,「どこ」で生じた情報か,「どのような」注意喚起情報か,またその情報の内容の「注意度のランク」が瞬時で視覚的に分かるようになっている.

次に,食品ハザードピクトをご覧いただきたい.

ここでは2種類のピクトグラムを配置した.注意喚起情報の情報源(例示では,規制当局等の公的機関からの情報),さらに健康被害の発生の有無(例示では,健康被害の発生あり),これらの主要なポイント情報を瞬時で視覚的に把握することが可能である.

これらの注意喚起情報は,定期的に情報発信をSNS(X等)を介して行っているため(12)12) 医薬基盤・健康・栄養研究所:公式SNS/Xえいち・えふ・ねっと,https://twitter.com/hfnet2015, 2015.,是非,サプリメント利用中の者においては筆者らの情報を日常生活で活用していただきたい.

食の3次機能

次に,リスクだけではなくベネフィットの観点から「食の3次機能」に触れていきたい.

食には3つの機能があり(13)13) 藤井比佐子:ファルマシア,54, 966 (2018).,そのうち3次機能として,「体調調整機能」が知られている.例えば,店頭にて「おなかの調子を整える」といったヨーグルトを見かけたことはないだろうか.このように,食品中に含まれている3次機能がある成分のことを日本では「関与成分」又は「機能性関与成分」と呼び,許可制の特定保健用食品又は届出制の機能性表示食品として市場されている.

そのほか,国が定めた安全性や有効性に関する基準等を満たした食品としては,「栄養機能食品」がある.1日あたりに必要とされる栄養素の不足を補う目的で活用されることを前提とした,栄養成分の機能が表示されている食品である.栄養成分としては,ビタミン(13種),ミネラル(6種),脂肪酸(1種)があり,加工食品だけではなく,生鮮食品においても表示が可能となっている.生鮮食品での表示例としては,ビタミンB12を含有した「カイワレ大根」があげられ,「ビタミンB12は,赤血球の形成を助ける栄養素です.」という表示が食品パッケージに記載されている.

これら「特定保健用食品」,「機能性表示食品」,「栄養機能食品」の3つの食品は,「保健機能食品」と呼ばれており,国の制度の下で,食の機能の表示が可能となっている.これら以外の健康の維持増進に特別に役立つことを期待して摂られている食品を,その他のいわゆる「健康食品」と呼び,区別されている(図4図4■いわゆる「健康食品」とは).少々分かりづらい印象もあるだろうが,これら《保健機能食品》と《その他のいわゆる「健康食品」》とをまとめて,《いわゆる「健康食品」》と呼ぶ.最近,呼称に変更があったため留意が必要である.

図4■いわゆる「健康食品」とは

食の3次機能の利活用に向けて

私たちが口から摂取するモノは,大きく2つに分けると,医薬品と食品とに大別される.医薬品は,疾病の予防や治療のために利用されるモノであることから明確な効き目(有効性)を期待して効果の様々なテストがなされた後,国の審査/承認後,市場されており,厳格な様々な手続きが必要とされる.しかし,食品は疾病の予防や治療のために市場に出すことはできないため,消費者が期待するほどの明確な効き目があるわけではない.そのため,まずは食生活のバランスを前提とした上で,食機能の活用または特定の栄養素の不足を補う,といった目的にて保健機能食品を生活の中に取り入れた利用が期待されている(図5図5■食の三次機能を活用するために).

図5■食の三次機能を活用するために

パーセプションギャップによるミスコミュニケーション

食の3次機能のうち,血糖カテゴリに関しては,「高めの血糖値をさげる」や「食後の血糖値の上昇をおだやかに」といった健康強調表示(ヘルスクレーム)がある.日本では,この健康強調表示のことを“保健の用途”と呼んでいる.

我々の身近な例としては,定期健康診断において,血液検査があったりする場合があるが,その中の検査項目のひとつとして,空腹時の血糖値の検査がある.よって,高めの血糖値に対して正常値まで下げることの意義やその必要性に対する認識はあると思われる.

一方で,一般の消費者が,「食後の血糖値の上昇をおだやかに」と記載された清涼飲料水を見た場合,どのような印象を受け取るだろう(図6図6■食の機能の活用に向けて必要なコミュニケーションとは).例えば,“血糖”という言葉から“糖尿病”を連想するかもしれない.現在,我が国では糖尿病予備軍が一定数いるとされており(14)14) 厚生労働省:令和元年 国民健康・栄養調査.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html, 2020.,そのため日頃から健康な人においても食後の血糖対策を行うことは糖尿病の発症予防の観点からとても有用なものである.しかし,健康な人を対象とした製品として「食後の血糖値の上昇をおだやかに」というヘルスクレームがある製品を店頭で見かけたとしも,そのベネフィットの真意が分からなければ,日々の生活の中での活用に繋がらない可能性が危惧される.この点のパーセプションギャップについては今後の研究が期待される.

図6■食の機能の活用に向けて必要なコミュニケーションとは

このように「リスク」のみならず「ベネフィット」においてもパーセプションギャップによるミスコミュニケーションの可能性を考えることが必要であると筆者は考えている.

つまり,生活者視点の双方向コミュニケーションの推進によって,食の安全と安心を生活者へもたらすとともに価値あるモノの浸透と活用に繋がり活力ある社会の形成を期待する.

Reference

1) 内田麻理香,原 塑:科学技術社会論研究,18, 208 (2020).

2) 高木 彩,小森めぐみ:社会心理学研究,33, 126 (2018).

3) R. Mace: Designers West, 33, 147 (1985).

4) 廣村正彰:Tokyo 2020 Sport Pictograms, http://www.hiromuradesign.com/profile/, 2019.

5) 種村菜奈枝,柿崎真沙子,小野寺理恵,千葉 剛:日本臨床栄養学会雑誌,43, 21 (2022).

6) 厚生労働省:食品の安全確保推進研究事業(厚生労働科学研究)リスクコミュニケーションに関する情報,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/kenkyu/index.html, 2021.

7) ISO: Security and resilience–Emergency management–Guidelines for colour-coded alert, https://www.iso.org/standard/50061.html, 2022.

8) 気象庁:気象庁ホームページにおける気象情報の配色に関する設定指針,https://www.jma.go.jp/jma/kishou/info/colorguide/HPColorGuide_202007.pdf, 2020.

9) 楊 寧,須長正治,藤紀里子,伊原久裕:デザイン学研究,65, 52 (2018).

10) 楊 寧,須長正治,藤紀里子,伊原久裕:デザイン学研究,65, 1 (2019).

11) 医薬基盤・健康・栄養研究所:被害関連情報,https://hfnet.nibiohn.go.jp/category/alert-info/, 2023.

12) 医薬基盤・健康・栄養研究所:公式SNS/Xえいち・えふ・ねっと,https://twitter.com/hfnet2015, 2015.

13) 藤井比佐子:ファルマシア,54, 966 (2018).

14) 厚生労働省:令和元年 国民健康・栄養調査.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html, 2020.