プロダクトイノベーション

鶏胸肉の機能性表示
「はかた地どり」の成功例

Yoshinori Katakura

片倉 喜範

九州大学大学院農学研究院

Published: 2024-06-01

はじめに

これまでの研究で,カルノシンやアンセリンを含むイミダゾールジペプチドは,記憶機能改善効果を有することが,ヒト介入試験やヒト疫学研究の結果から明らかとなっている.我々は,このような機能を有するイミダゾールジペプチドの応用展開の可能性として,イミダゾールジペプチドを多く含む鶏胸肉に注目し,食品としての鶏胸肉に機能性を付与し,販売することを目的として設定した.鶏胸肉でも,一般的なブロイラーではなく,日本各地で独自に生産されている地鶏の胸肉に注目した.確かに地鶏胸肉は,ブロイラー胸肉よりも多くのイミダゾールジペプチドを含んでいたために,我々は,福岡県で独自に生産されている地鶏である「はかた地どり」に注目し,「はかた地どり」の機能性表示食品としての届出を目標とした.この目標達成のために,各機関の協力の下,研究協力体制を設定し,これまで研究を行ってきた.その道のりと機能性表示届出の実現に至るまでの産学官連携体制について紹介したい.

イミダゾールジペプチドのもつ記憶機能改善効果~ヒト介入試験~

イミダゾール基を含むヒスチジンが結合したジペプチドの総称であるイミダゾールジペプチドには,カルノシンとアンセリンが知られており(図1図1■カルノシンとアンセリンの構造式),筋肉や脳に高濃度で存在し,特に食肉中に豊富に含まれている.イミダゾールジペプチドはこれまでに,抗酸化作用,抗糖化作用,疲労回復効果など,さまざまな生理機能を有することが明らかとなっている(1~3)1) 片倉喜範:化学と生物,57, 596 (2019).2) M. Yoshida, S. Fukuda, Y. Tozuka, Y. Miyamoto & T. Hisatsune: J. Neurobiol., 60, 166 (2004).3) Y. Tozuka, S. Fukuda, T. Namba, T. Seki & T. Hiastsune: Neuron, 47, 803 (2005)..さらに,アルツハイマー病モデルマウスを用いた研究(4)4) B. Heuculano, M. Tamura, A. Ohba, M. Shimatani, N. Kutsuna & T. Hisatsune: J. Alzheimers Dis., 33, 963 (2013).,および最近我々の行った,中高齢者ボランティアに対する二重盲検ランダム化比較試験の結果から(5)5) T. Hisatsune, J. Kaneko, H. Kurashige, Y. Cao, H. Satsu, M. Totsuka, Y. Katakura, E. Imabayashi & H. Matsuda: J. Alzheimers Dis., 50, 149 (2016).,イミダゾールジペプチドには記憶機能改善効果があることが明らかとなっている.具体的には,アンセリンとカルノシンを3 : 1の割合で含む鶏肉よりイミダゾールジペプチドを高含有する食品を調製し,これを用いてヒト試験を実施した.イミダゾールジペプチドの効果を検証するために,食品摂取前後において記憶機能検査およびMRI画像取得検査を行うことで,イミダゾールジペプチドの記憶機能改善効果を検証した(6)6) 久恒辰博:化学と生物,54, 89(2016)..本研究では,独立した2回のランダム化比較試験において,イミダゾールジペプチドの摂取により中高齢者の記憶機能が改善することが明らかとなった.つまりこのことから,鶏肉イミダゾールジペプチドの摂取が,ヒトにおいて記憶機能を改善する可能性が明らかとなった(2013~2015年度:農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業委託事業(農林水産省)「鶏肉に含まれる高機能ジペプチドを用いた中高齢者の心身健康維持に関する研究」:代表 東京大学 久恒辰博)(7)7) Y. Katakura, M. Totsuka, E. Imabayashi, H. Matsuda & T. Hisatsune: Nutrients, 9, 1199 (2017).

図1■カルノシンとアンセリンの構造式

イミダゾールジペプチド摂取と脳機能との関係~ヒト疫学研究~

イミダゾールジペプチドの記憶機能改善効果に対する寄与をさらに明らかにするために,最近我々のグループは,福岡県久山町(人口約8,400人)の地域住民を対象に,50年以上にわたり生活習慣病(脳卒中,虚血性心疾患,悪性腫瘍,認知症など)の疫学調査を定期的に行っている九州大学医学部 久山町研究グループの二宮利治教授と共同研究を行った.久山町住民は,全国平均とほぼ同じ年齢・職業分布を持っており,偏りのほとんどない日本人集団であると同時に,その剖検率の高さから,確度の高い死因や病歴の特定が可能であるとされている(https://www.hisayama.med.kyushu-u.ac.jp/).

そこで我々は,これら久山町住民の血清中におけるイミダゾールジペプチドを含むアミノ酸濃度の測定を行い,その時点におけるペプチド・アミノ酸濃度の測定から,次の疫学調査時(約5年後)に認知症を発症してしまう被験者の予測が可能かを検証した.まず,3,000人を超える被験者の血清中のペプチド・アミノ酸濃度を,高速液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)により高感度定量した.そこから,現時点で認知症を発症している被験者を除き,さらに60~79歳の被験者(1,475人)に焦点を絞り解析を行った.

また,イミダゾールジペプチドは摂取後わずか30分ほどでその分解産物である,β-アラニンとヒスチジンに分解することが知られている.β-アラニンは体内で独自に産生されることはほとんどなく,血中で見出されるβ-アラニンの由来はほぼ摂取した食品由来であることが知られていることから,血清中で見出されるβ-アラニンの由来は,食品として摂取したイミダゾールジペプチド由来であると考えることができる.

そこで,先の60~79歳の被験者(1,475人)の2005年当時の血液中のペプチド・アミノ酸濃度の測定を行い,特定のペプチド・アミノ酸濃度の高低と7年後(2012年)において認知症を発症するリスクとの関係性を検証した.具体的には,1,475人の被験者のうち,2005年から7年後の2012年に147人が認知症を発症している.その結果,イミダゾールジペプチドの分解産物であるβ-アラニンの血清中濃度が高い被験者は,7年後に認知症(認知症全体およびアルツハイマー型認知症)の発症リスクが有意に低いことが明らかとなり,カルノシンを含むイミダゾールジペプチドの摂取が,認知症の予防に効果的であることが明らかになった(8, 9)8) J. Hata, T. Ohara, Y. Katakura, K. Shimizu, S. Yamashita, D. Yoshida, T. Honda, Y. Hirakawa, M. Shibata, S. Sakata et al.: Am. J. Epidemiol., 188, 1637 (2019).9) A. Mihara, T. Ohara, J. Hata, S. Chen, T. Honda, S. Tamrakar, A. Isa, D. Wang, K. Shimizu, Y. Katakura et al.: Sci. Rep., 12, 12427 (2022).(2016–2020年度:福岡県バイオ製品開発研究事業(株式会社久留米リサーチ・パーク)).

以上の介入試験および疫学研究の結果から,カルノシンを含むイミダゾールジペプチドには,記憶機能改善効果があることが明らかとなった.イミダゾールジペプチドの示す機能性の分子基盤については,多面的に解析を進めており,今後もさらに新たなメカニズムが明らかになっていくものと考えている(1, 10, 11)1) 片倉喜範:化学と生物,57, 596 (2019).10) Y. Sugihara, S. Onoue, K. Tashiro, M. Sato, T. Hasegawa & Y. Katakura: PLoS One, 14, e0217394 (2019).11) A. Ishibashi, M. Udono, M. Sato & Y. Katakura: Nutrients, 15, 1479 (2023).

イミダゾールジペプチド高含有食品の探索

肉類(鶏・豚・牛)には,他の食品に比べてイミダゾールジペプチドが多く含まれていることが広く知られている.そこでまず,各種肉中に含まれるイミダゾールジペプチド含量を高感度で,再現性良く測定するための方法を確立した(12)12) K. Abe, S. Yamashita, K. Kitazaki & Y. Katakura: Food Sci. Technol. Res., 27, 335 (2021)..この方法を採用して,各種肉類中に含まれるイミダゾールジペプチド含量の測定を行った.その結果,これまでに知られているように,鶏胸肉中に最も多くのイミダゾールジペプチドが含まれていることが明らかとなった.つぎに,様々な鶏胸肉を調達し,その鶏胸肉中に含まれるイミダゾールジペプチド含量を測定したところ,いわゆるブロイラー由来の胸肉よりも,日本各地で生産されている地鶏由来の胸肉により多くのイミダゾールジペプチドが含まれていることが明らかとなった.そこで,九州大学の所在地である福岡県で生産され,さらに他の地鶏と同等以上のイミダゾールジペプチドを含んでいることが明らかとなった,「はかた地どり」に注目し,イミダゾールジペプチド研究の応用展開の可能性を検討することとした.

はかた地どり胸肉の機能性表示

イミダゾールジペプチド研究の応用展開の可能性を追求することを目的として,各機関からの支援により,「はかた地どり」を中心とした産学官連携体制を構築することができた.まず,「はかた地どり」を生産・販売している福栄組合,「はかた地どり」の開発に関わるとともに,その肉質改善,イミダゾールジペプチドを増強する飼養技術・餌の開発に関わる福岡県農林業総合試験場,「はかた地どり」胸肉中のイミダゾールジペプチド増強成分の探索や品種識別マーカーの取得を目指した九州大学の3機関が中心となった.さらに「はかた地どり」胸肉の機能性表示に向けて,久山町研究グループ,久留米リサーチパーク,健康栄養評価センターがサポートする体制を整えることができた(2016–2017年度:福岡県新製品・新技術創出研究開発支援事業(株式会社久留米リサーチ・パーク): 「イミダゾールジペプチド高含有高機能化はかた地どりの生産技術開発」(図2図2■産学官連携体制の構築).この研究推進体制のもとで,脳機能をサポートする食品として,「はかた地どり」胸肉を機能性表示食品として届け出ることを目指し,検討を進めていった.九州大学と福岡県農林業総合試験場は,研究面からのサポートとして,「はかた地どり」胸肉中のイミダゾールジペプチド含量の個体差,イミダゾールジペプチド含量の季節変動,イミダゾールジペプチド含量の調理後の変動等の解析を行った.さらに,健康栄養評価センターからの多大なるサポートを得て,福栄組合は機能性表示食品届け出のための申請書の準備を進めた.この分業体制のもと,「はかた地どり」胸肉の機能性表示食品への届け出を,2018年4月26日に行い,4回にわたる修正ののち,2019年9月17日に晴れて,生鮮生肉としては初めての機能性表示を行うことができた.最終的な届出表示として,「本品にはアンセリン,カルノシンが含まれます.アンセリン,カルノシンは加齢により衰えがちな認知機能の一部である,個人が経験した比較的新しい出来事に関する記憶をサポートする機能があることが報告されています.」という文面を添える形で,機能性表示食品として実際に販売することができた(図3図3■機能性表示申請書の作成と届出の経緯).最近では,「はかた地どり」が福岡県ワンヘルス認証第1号(2022年10月)として認定されるとともに,「はかた地どり」胸肉を含むお粥を災害食や非常食へ展開するとともに,「はかた地どり」胸肉ジャーキーを高タンパク源として有望な食材として販売するなど,「はかた地どり」の販売とその展開に力を入れている.

図2■産学官連携体制の構築

図3■機能性表示申請書の作成と届出の経緯

おわりに

機能性の高い食素材としてのイミダゾールジペプチドの応用展開の可能性を,「はかた地どり」を中心に紹介した.この応用展開が可能になったのも,福栄組合,福岡県農林業総合試験場と九州大学を中心とする産学官連携体制が構築されたこと,さらにその構築に対して,福岡県や久留米市から多大なサポートが得られたことが非常に大きかったと実感している.出口の一つして設定した,「はかた地どり」の機能性表示に関しても,一企業が一から届出のための準備やデータ整理,さらには申請書作成などを行うことには困難がともなう.これらの作業に対しても,健康栄養評価センターのサポートがあって初めて機能性表示の届出が可能になったと考えている.このように,「はかた地どり」を中心として構築された産学官の連携体制とそれを支援する手厚いサポート体制なくしては,今回の成功事案はあり得なかったと確信している.この場を借りて,厚く御礼申し上げたい.

Reference

1) 片倉喜範:化学と生物,57, 596 (2019).

2) M. Yoshida, S. Fukuda, Y. Tozuka, Y. Miyamoto & T. Hisatsune: J. Neurobiol., 60, 166 (2004).

3) Y. Tozuka, S. Fukuda, T. Namba, T. Seki & T. Hiastsune: Neuron, 47, 803 (2005).

4) B. Heuculano, M. Tamura, A. Ohba, M. Shimatani, N. Kutsuna & T. Hisatsune: J. Alzheimers Dis., 33, 963 (2013).

5) T. Hisatsune, J. Kaneko, H. Kurashige, Y. Cao, H. Satsu, M. Totsuka, Y. Katakura, E. Imabayashi & H. Matsuda: J. Alzheimers Dis., 50, 149 (2016).

6) 久恒辰博:化学と生物,54, 89(2016).

7) Y. Katakura, M. Totsuka, E. Imabayashi, H. Matsuda & T. Hisatsune: Nutrients, 9, 1199 (2017).

8) J. Hata, T. Ohara, Y. Katakura, K. Shimizu, S. Yamashita, D. Yoshida, T. Honda, Y. Hirakawa, M. Shibata, S. Sakata et al.: Am. J. Epidemiol., 188, 1637 (2019).

9) A. Mihara, T. Ohara, J. Hata, S. Chen, T. Honda, S. Tamrakar, A. Isa, D. Wang, K. Shimizu, Y. Katakura et al.: Sci. Rep., 12, 12427 (2022).

10) Y. Sugihara, S. Onoue, K. Tashiro, M. Sato, T. Hasegawa & Y. Katakura: PLoS One, 14, e0217394 (2019).

11) A. Ishibashi, M. Udono, M. Sato & Y. Katakura: Nutrients, 15, 1479 (2023).

12) K. Abe, S. Yamashita, K. Kitazaki & Y. Katakura: Food Sci. Technol. Res., 27, 335 (2021).