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酵母のメカノセンシング ~微生物に触覚はあるのか?
機械刺激の受容とシグナル伝達

Fumiyoshi Abe

阿部 文快

青山学院大学理工学部化学・生命科学科

Published: 2024-07-01

現在,筆者はパソコンの前に座り,キーボードをたたき,マウスをクリックし,時々コーヒーを飲みながらこの原稿を書いている.指先はキーのほどよい反発力,マウスのなめらかな表面,マグカップのしっかりとした握り心地を感じ取っている.これらの感覚は「触覚」によるものだ.では,触覚の本体を司る分子は何か? この謎を解明したのが,アーデム・パタプティアンの研究グループである.彼らはかつて正体不明だった機械受容体,すなわち“メカノセンサー”として,PIEZO1とPIEZO2を発見し,それらが細胞膜上で巨大なイオンチャネルを形成していることを明らかにした(1)1) B. Coste, J. Mathur, M. Schmidt, T. J. Earley, S. Ranade, M. J. Petrus, A. E. Dubin & A. Patapoutian: Science, 330, 55 (2010)..PIEZO2は感覚ニューロンで発現し,一方でPIEZO1は非興奮性の細胞で発現している.どちらも疾患と密接に関係しており,例えば,PIEZO2を欠損するマウスでは,ヘーリング・ブロイエル反射に障害が生じる.この反射は,呼吸して肺が膨張すると,気管支平滑筋にある伸展受容器がこれを感知し,迷走神経を介して息を吸うのを抑制する働きである.こうしたメカノセンサーの発見と医学への大きな貢献により,パタプティアン博士は2021年にノーベル生理学・医学賞を受賞した.

植物にもいくつかのメカノセンサーが存在し,なかでもシロイヌナズナに発見されたMCA1とMCA2が注目されている(2)2) K. Yoshimura, K. Iida & H. Iida: Nat. Commun., 12, 6074 (2021)..これらは,膜が伸展すると反応してCa2+を通すチャネルとして機能する.植物への機械的刺激は環境のみならず,細胞分裂や伸長の際にも発生する.したがって,この2つのチャネルは植物の成長において重要な役割を演じているに違いない.最新の研究では,植物の葉が,触れられた瞬間と離れた瞬間を敏感に感知する反応が注目を集めている.植物の表皮細胞であるペーブメント細胞に微小なガラス棒で触れると,植物はその圧力を感じてゆっくりと隣の細胞にCa2+の濃度上昇の波を伝える.そしてガラス棒を離すと,再び波が今度は瞬時に広がる.研究者たちは,植物が細胞にかかる圧力変化を感知していると結論づけている(3)3) A. H. Howell, C. Volkner, P. McGreevy, K. H. Jensen, R. Waadt, S. Gilroy, H. Kunz, W. S. Peters & M. Knoblauch: Nat. Plants, 9, 877 (2023)..この反応が植物にとってどのような利点があるのかはまだ謎であるが,研究者たちは,例えば昆虫が食害を及ぼすとき忌避物質を生産して虫を遠ざけることに役立っているのではないかと考えている.

では,微生物も触覚を持っているのだろうか? 実は,大腸菌もMscLとMscSという2つの機械受容チャネルを持ち,これらは細胞膜の張力に応じて開く.細胞が低浸透圧にさらされると開いてイオンや低分子を排出し,まるで安全弁のような役割を果たすのだ(4)4) I. R. Booth & P. Blount: J. Bacteriol., 194, 4802 (2012)..また,出芽酵母のMid1/Cch1チャネルは,細胞が性フェロモンに反応してshmoo突起を伸ばす際や,環境ストレスにさらされたときにCa2+を透過させる(5)5) T. Hayashi, K. Oishi, M. Kimura, K. Iida & H. Iida: J. Biol. Chem., 295, 13008 (2020)..Mid1を動物のCHO細胞で発現させた実験系で,このタンパク質が膜の伸展に反応してCa2+を透過する機械受容チャネル活性を持つことが示されている(6)6) M. Kanzaki, M. Nagasawa, I. Kojima, C. Sato, K. Naruse, M. Sokabe & H. Iida: Science, 285, 882 (1999)..ここで皆さんが抱くかもしれない疑問は,「微生物が何かに触れられるってどんな状況だろう?」や「頑丈な細胞壁があるので外部の圧力を感じにくいのでは?」といったことだろう.しかし,最近の分裂酵母を用いた研究で,微生物の細胞が確かに接触を感知し応答するメカニズムを持つことが明らかとなった.それについて次に紹介しよう.

ミンクらの研究チームは,ソフトリソグラフィー技術で作製したマイクロチャンバー内で,分裂酵母が一列に並んで分裂する様子を観察した.面白いことに,細胞どうしの接触部位にはWsc1と呼ばれる細胞壁センサータンパク質が集まり,クラスターを形成することがわかった(7)7) R. Neeli-Venkata, C. M. Diaz, R. Celador, Y. Sanchez & N. Minc: Dev. Cell, 56, 2856 (2021)..酵母のWsc1は,動物のインテグリン様1回膜貫通型タンパク質で,細胞壁に生じた損傷を感知し,CWI(Cell Wall Integrity)経路を活性化する(8)8) D. E. Levin: Genetics, 189, 1145 (2011)..リン酸化されたSlt2 MAPキナーゼは核内に移行し,障害部位の修復を行うため,細胞壁合成遺伝子の転写を増強する.興味深いことに,WSC1遺伝子の欠損株はフラスコで培養しても問題なく生育するが,マイクロチャンバー内では生存率が著しく低下した(7)7) R. Neeli-Venkata, C. M. Diaz, R. Celador, Y. Sanchez & N. Minc: Dev. Cell, 56, 2856 (2021)..研究者らは,Wsc1が局所的な圧力を感知する機械受容センサーである可能性を指摘している(7, 9)7) R. Neeli-Venkata, C. M. Diaz, R. Celador, Y. Sanchez & N. Minc: Dev. Cell, 56, 2856 (2021).9) R. Mishra, N. Minc & M. Peter: Trends Microbiol., 30, 495 (2022)..通常,酵母を用いた実験では液体培地を使用し,細胞どうしの接触はごく一過的である.しかし,自然界ではコロニーやバイオフィルムを形成したり,植物の葉や花の表面に接触したりするなど,常に何かに触れている.特に,細胞の分裂面や出芽部位では細胞壁が活発にリモデリングされており,その部位の細胞壁は脆弱である.無制御な増殖は細胞破裂のリスクがあるため,微生物にとっても「触覚」が重要であるに違いない.

筆者たちは,細胞に対する物理的ストレスの一つとして,「高水圧」を重点的に調査している(10)10) F. Abe: Biology (Basel), 10, 1305 (2021)..高水圧は通常,深海に存在するものと考えられがちだが,陸上でも例外ではない.たとえば,体重4トンのアフリカゾウが疾走すると,その足で踏みつけられた土中の微生物には相当な圧力がかかる.同様に,ヒトの股関節には,運動時に最大180 kg/cm2(18 MPaとも表記する)もの圧力がかかる.このような圧力はすべての方向から均等に作用するため,前述のマイクロチャンバーの状況とは異なる.実験的には,出芽酵母の野生株は25 MPa(水深2,500 mに相当)の高水圧下でも増殖が可能であり,24時間培養しても生存率はほぼ100%を維持している.一方で,Wsc1の欠損株やCWI経路に関与する遺伝子の欠損株は,この圧力下で増殖できないことが観察された(11)11) T. Mochizuki, T. Tanigawa, S. Shindo, M. Suematsu, Y. Oguchi, T. Mioka, Y. Kato, M. Fujiyama, E. Hatano, M. Yamaguchi et al.: Mol. Biol. Cell, 34, ar92 (2023)..さらに,高水圧下ではSlt2キナーゼのリン酸化レベルが上昇した(図1図1■Wsc1メカノセンサーを介した高水圧によるCWI経路の活性化(11)11) T. Mochizuki, T. Tanigawa, S. Shindo, M. Suematsu, Y. Oguchi, T. Mioka, Y. Kato, M. Fujiyama, E. Hatano, M. Yamaguchi et al.: Mol. Biol. Cell, 34, ar92 (2023)..これらは何を意味しているのだろうか?

重要な鍵は,細胞内への過度な水の流入にあった.培地の浸透圧は細胞内液よりも低いため,水はもともと細胞内に流入しやすい.しかし,堅固な細胞壁が破裂を防ぎつつ,細胞内では膨圧が発生する.高水圧をかけると水の流入が増すことで膨圧がさらに高まる.このとき,Wsc1が細胞膜の伸展を感知してCWI経路を活性化する.すると,Slt2キナーゼの基質であるアクアグリセロポリンFps1がリン酸化されて活性化し,グリセロールが排出される.これにより,細胞内液の浸透圧が下がるため水の過剰流入が停止し,細胞は破裂の危機を回避できるのである(図1図1■Wsc1メカノセンサーを介した高水圧によるCWI経路の活性化(11)11) T. Mochizuki, T. Tanigawa, S. Shindo, M. Suematsu, Y. Oguchi, T. Mioka, Y. Kato, M. Fujiyama, E. Hatano, M. Yamaguchi et al.: Mol. Biol. Cell, 34, ar92 (2023)..Wsc1が圧力変化を直接感知している可能性はあるものの,現時点でその証拠は得られていない.酵母のCWI経路は,これまでにも詳細に研究されてきた細胞応答機構だが,「高水圧適応」にも関与していることは注目すべき事実である.

我々の五感の一つ,「触覚」の起源が微生物にあるとするならば,彼らの創造性と柔軟性に満ちた生存戦略に学ぶことは重要である.微生物が最初に進化させた触覚は,外部環境との相互作用において極めて有益だったに違いない.この触覚は,生存に必要な栄養源の発見や有害な状況からの回避に役立ったはずだ.そして,微生物が進化の中で培ったこの機械感知能力は,やがて細胞膜の構造変化を感知し,シグナル伝達系の成立を経て環境適応能をもたらしたのであろう.その発展は,我々の感覚器官や神経系の進化の端緒とも言える.微生物が進化の過程で培った触覚の原則は,複雑な生命体においても根底に流れる基本的な原理として引き継がれ,進化してきたのかもしれない.微生物の適応力と知能には,我々がまだ解明しきれていない驚くべき特性が秘められているに違いない.

図1■Wsc1メカノセンサーを介した高水圧によるCWI経路の活性化

Acknowledgments

本稿の執筆にあたり,東京学芸大学名誉教授である飯田秀利博士には貴重なご意見を頂き,深く感謝申し上げます.

Reference

1) B. Coste, J. Mathur, M. Schmidt, T. J. Earley, S. Ranade, M. J. Petrus, A. E. Dubin & A. Patapoutian: Science, 330, 55 (2010).

2) K. Yoshimura, K. Iida & H. Iida: Nat. Commun., 12, 6074 (2021).

3) A. H. Howell, C. Volkner, P. McGreevy, K. H. Jensen, R. Waadt, S. Gilroy, H. Kunz, W. S. Peters & M. Knoblauch: Nat. Plants, 9, 877 (2023).

4) I. R. Booth & P. Blount: J. Bacteriol., 194, 4802 (2012).

5) T. Hayashi, K. Oishi, M. Kimura, K. Iida & H. Iida: J. Biol. Chem., 295, 13008 (2020).

6) M. Kanzaki, M. Nagasawa, I. Kojima, C. Sato, K. Naruse, M. Sokabe & H. Iida: Science, 285, 882 (1999).

7) R. Neeli-Venkata, C. M. Diaz, R. Celador, Y. Sanchez & N. Minc: Dev. Cell, 56, 2856 (2021).

8) D. E. Levin: Genetics, 189, 1145 (2011).

9) R. Mishra, N. Minc & M. Peter: Trends Microbiol., 30, 495 (2022).

10) F. Abe: Biology (Basel), 10, 1305 (2021).

11) T. Mochizuki, T. Tanigawa, S. Shindo, M. Suematsu, Y. Oguchi, T. Mioka, Y. Kato, M. Fujiyama, E. Hatano, M. Yamaguchi et al.: Mol. Biol. Cell, 34, ar92 (2023).