Kagaku to Seibutsu 62(7): 315-317 (2024)
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無細胞タンパク質合成系を用いたケミカルスクリーニング
新奇植物ホルモン受容体アゴニストの単離
Published: 2024-07-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
愛媛大学プロテオサイエンスセンター(PROS)では,コムギ無細胞系とAlphaScreen技術を組み合わせることでタンパク質間相互作用を簡便に解析する技術の開発に成功した.AlphaScreen技術は,PerkinElmer(現Revvity)から販売されているドナービーズとアクセプタービーズが近接した時に起こる化学エネルギーの移動を検出することで標的分子間の相互作用を定量する技術である.具体的には,ドナービーズは680 nmの波長の光を受けると内部のフタロシアニンが周囲の酸素を励起状態の一重項酸素に変換する.一重項酸素は4 µsで基底状態に戻るが,その間約200 nm拡散する.アクセプタービーズがドナービーズと近接し200 nm以内に存在する場合,一重項酸素からのエネルギーがアクセプタービーズ内のチオキシン誘導体に伝達され520~620 nmの光が発生する.この光を検出することで2つのビーズの近接を検出できる.そこで,これらのビーズに解析対象とする分子を結合させることでそれらの分子間の相互作用の高感度な検出および解析が可能となる.ドナービーズとアクセプタービーズには表面にストレプトアビジン,抗GST抗体,抗ジゴキシゲニン抗体,プロテインAなどがコートされたものが用意されており,これらを介して解析対象の分子をビーズと結合することができる.我々は,これらの中からストレプトアビジンでコートされたドナービーズとプロテインAでコートされたアクセプタービーズを利用している.コムギ無細胞系にビオチンおよびビオチンリガーゼを添加し,ビオチンリガーゼ認識配列を付加したタンパク質を合成することで1分子のビオチンで標識されたタンパク質を調製できる(1)1) K. Matsuoka, H. Komori, M. Nose, Y. Endo & T. Sawasaki: J. Proteome Res., 9, 4264 (2010)..このタンパク質はビオチンとストレプトアビジンの結合によりストレプトアビジンでコートされたドナービーズと結合する.また,抗体で認識されるタグ配列を付加したタンパク質を無細胞系で合成すると,そのタグ配列を認識する抗体を介してプロテインAでコートされたアクセプタービーズと結合できる.無細胞系で調製した2種類のタンパク質(ビオチン標識タンパク質とタグ付加タンパク質)とAlphaScreen技術を組み合わせることで簡便かつ高感度にそれらのタンパク質の相互作用解析が可能となる.PROSでは,このシステムを利用し,タンパク質間の相互作用を指標とした化合物スクリーニング系の開発に成功した.本稿では,このシステムを利用した植物ホルモン受容体アゴニストの取得について紹介する.
アゴニストとは,ホルモンなどの生理活性物質の受容体タンパク質と相互作用することでその受容体からのシグナル伝達を誘導する化合物のことである.植物ホルモンに関しては,21世紀に入りすべての植物ホルモンに対してそれらの受容体が同定されている.我々はこれらの中で,受容体と別のタンパク質との相互作用を誘導することでシグナル伝達を引き起こすタイプの植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)とジベレリン(GA)に注目し,それらの受容体のアゴニストの取得を試みた.
ABAのシグナル伝達では,ABAと結合したABA受容体PYRが脱リン酸化酵素PP2CAと相互作用しその活性を抑制することで,その下流のSnRK2型のリン酸化酵素が活性化されABA応答が誘導される(2)2) J. Weiner, F. C. Peterson, B. F. Volkman & S. R. Cutler: Curr. Opin. Plant Biol., 13, 495 (2010)..我々は,PYRとPP2CAを無細胞系で合成し,これらのABA依存的相互作用をAlphaScreenで検出できることを確認した.そこで,このPYRとPP2CAの相互作用を促進する化合物の探索を行った.まず1次スクリーニングでは東京大学創薬機構が整備しているコアライブラリーを利用した.東京大学創薬機構では現在35万種を超える化合物を保有しているが,コアライブラリーは,それらの中から構造多様性を考慮し選抜された約9,600種類の化合物により構成されたものである.1次スクリーニングではコアライブラリーからAlphaScreenでシグナルを誘導する化合物を選抜し,2次スクリーニングではシグナル誘導の再現性の確認とAlphaScreen系に干渉する偽陽性化合物の排除を行った.次に,2次スクリーニングまでに得られた化合物についてその構造類縁体を東京大学創薬機構が保持する化合物の中から選抜し3次スクリーニングを行った.その結果,PYRとPP2CAの相互作用を促進する化合物の取得に成功し,その構造からJFA1(Julolidine and fluorine containing ABA receptor activator 1)と命名した(図1A図1■スクリーニングにより単離されたアゴニスト化合物とそれらのタンパク質間相互作用促進効果).また,このJFA1の構造を少し改変したJFA2を合成した(図1A図1■スクリーニングにより単離されたアゴニスト化合物とそれらのタンパク質間相互作用促進効果).JFA1, JFA2はともにPYRとPP2CAの相互作用を促進し(図1B図1■スクリーニングにより単離されたアゴニスト化合物とそれらのタンパク質間相互作用促進効果),シロイヌナズナでは発芽抑制効果や,気孔閉鎖誘導活性などのABA様活性が観察された(3)3) K. Nemoto, M. Kagawa, A. Nozawa, Y. Hasegawa, M. Hayashi, K. Imai, K. Tomii & T. Sawasaki: Sci. Rep., 8, 4268 (2018)..また,JFA2はシロイヌナズナにおいてABAと同様にRAB18やRD29Aなどの乾燥耐性関連遺伝子の発現を誘導し,乾燥耐性を向上させる効果があることが確認された(3)3) K. Nemoto, M. Kagawa, A. Nozawa, Y. Hasegawa, M. Hayashi, K. Imai, K. Tomii & T. Sawasaki: Sci. Rep., 8, 4268 (2018)..
図1■スクリーニングにより単離されたアゴニスト化合物とそれらのタンパク質間相互作用促進効果
A: アブシジン酸とアブシジン酸受容体アゴニスト.B: アブシジン酸(ABA)とアゴニスト化合物(100 μM)によるPYR(AtPYR1)とPP2CA(AtABl1)の相互作用促進効果.C: ジベレリン(GA3)とジベレリン受容体アゴニスト.D: ジベレリン(GA3)とアゴニスト化合物(100 μM)によるGID1(VvGID1b)とDELLA(VvDELLA2)の相互作用促進効果.
GAのシグナル伝達においては,GAがその受容体GID1と結合するとGID1の構造が変化し,GAシグナルの伝達を抑制しているDELLAタンパク質と結合し,DELLAタンパク質をユビキチン–プロテアソーム系に導き分解することでGAの生理作用が誘導されることが明らかにされている(4)4) M. Ueguchi-Tanaka: Biosci. Biotechnol. Biochem., 87, 1093 (2023)..我々は,ABAアゴニストの取得の時と同様に,GID1とDELLAを無細胞系で合成し,これらのGA依存的相互作用をAlphaScreenで検出できることを確認し,GID1とDELLAの相互作用を促進する化合物の探索を行った.その結果,GID1とDELLAの相互作用を促進する化合物としてジフェガラクチン(Diphegaractin)を取得した(図1C, D図1■スクリーニングにより単離されたアゴニスト化合物とそれらのタンパク質間相互作用促進効果)(5)5) A. Nozawa, R. Miyazaki, Y. Aoki, R. Hirose, R. Hori, C. Muramatsu, Y. Shigematsu, K. Nemoto, Y. Hasegawa, K. Fujita et al.: Commun. Biol., 6, 448 (2023)..ジフェガラクチンという名称はジフェニル酢酸骨格を有するGA受容体活性化剤という意味で命名した.このジフェガラクチンを添加した寒天培地上で生育させたシロイヌナズナとレタスでは,GAの添加と同様に根の伸長促進効果が観察された.また,野外の圃場においてもジフェガラクチンの処理により,ブドウでは房長伸長効果,果実での糖度上昇効果が,柑橘では果実の色づき抑制効果,浮皮抑制効果などのGA様活性が確認された(5)5) A. Nozawa, R. Miyazaki, Y. Aoki, R. Hirose, R. Hori, C. Muramatsu, Y. Shigematsu, K. Nemoto, Y. Hasegawa, K. Fujita et al.: Commun. Biol., 6, 448 (2023)..
我々が開発した無細胞系を基盤としたAlphaScreenによるケミカルスクリーニングシステムは,分子間の相互作用を指標としたin vitroスクリーニング系である.現在,PROSではこの系の反応を384穴もしくは1536穴プレート上で行い,試薬の分注作業などを自動化することで,1万化合物程度であれば約3時間でアッセイできるプラットフォームの構築に成功している.また,この系では,タンパク質以外にもDNAや化合物をビオチン化することで,タンパク質とDNAや,タンパク質と化合物の相互作用を解析することも可能であり,系を工夫することで様々なスクリーニング系の構築が可能である.本スクリーニングシステムが,薬剤開発研究分野発展の一助となれば幸いである.