Kagaku to Seibutsu 62(7): 318-319 (2024)
今日の話題
イネにおける主要なジャスモン酸受容体の同定
機能分化したイネのジャスモン酸受容体
Published: 2024-07-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
植物ホルモンであるジャスモン酸は,植物が生物的もしくは非生物的なストレスを受けた際に細胞内に蓄積し,ストレスに対する防御応答を誘導する.また,伸長成長の阻害,老化の促進,雄性生殖器官の発達などの植物の成長制御にも関与する.このため,ジャスモン酸類を植物に投与すると,ストレス耐性を向上させる一方で生育を阻害するという農業的に正と負の両面の作用を示す.
ジャスモン酸の活性型であるジャスモノイルイソロイシンは,COI1-JAZ共受容体によって認識される.細胞内のジャスモノイルイソロイシンの濃度が低い時は,リプレッサーであるJAZが下流転写因子の活性を抑制しており,ジャスモン酸応答性遺伝子の発現が抑制されている.様々な刺激を受けて細胞内のジャスモノイルイソロイシンの濃度が上昇すると,COI1-JAZがジャスモノイルイソロイシンを介して相互作用する.COI1はユビキチンリガーゼを構成するF-boxタンパク質であり,COI1-JAZが複合体を形成することによってJAZのユビキチン化を介した分解が引き起こされる.その結果,下流転写因子が活性化し,様々なジャスモン酸応答性遺伝子の発現が誘導される(1)1) 上田 実,齊藤里菜,林 謙吾:植物の生長調節,56, 26 (2021)..
モデル生物であるシロイヌナズナを初めとする双子葉植物においてはゲノム中に1コピーのCOI1がコードされているのに対して,イネ,トウモロコシなどの単子葉植物ではゲノム中に複数のコピーが存在する.分子系統解析の結果から,単子葉植物のCOIはCOI1とCOI2の2つのクレードに分類され,単子葉植物の共通祖先において遺伝子重複が生じたと考えられる(図1図1■ジャスモン酸受容体COIの分子系統樹とイネにおける機能分化).単子葉植物においてCOIが重複している理由やCOI1とCOI2の機能の違いについては不明な点が多かった.最近,単子葉植物のモデル生物であり,重要作物の1つであるイネのCOIの機能分化について明らかになったので,本稿で紹介する.
図1■ジャスモン酸受容体COIの分子系統樹とイネにおける機能分化
イネ(Os),トウモロコシ(Zm),シロイヌナズナ(At),トマト(Sl),タバコ(Nt)のCOIのアミノ酸配列を元にした分子系統樹を示した.外群としてゼニゴケCOI1(MpCOI1)を用いた.単子葉植物のCOIはCOI1とCOI2の2つのクレードに分類される.イネの3つのCOIのうち,OsCOI2が稔性,老化,防御応答を主要に制御する一方,葉鞘の伸長成長の制御においては複数のCOIが冗長的に関与している.
イネのゲノム中には,3コピーのCOIがコードされており,OsCOI1aとOsCOI1bはCOI1クレードに,OsCOI2はCOI2クレードに属する.ゲノム編集技術を用いて,イネの3種のCOIの変異株を作製して,表現型を解析した.まず,作製した変異株の稔性を観察したところ,ジャスモン酸欠損イネと同じくoscoi2変異株で稔性が著しく低下していた.一方,oscoi1a変異株,oscoi1b変異株,oscoi1a oscoi1b二重変異株の稔性はあまり低下していなかった.また,oscoi2変異株では,葯の開裂や花粉の発芽率が低下しており,稔性の低下の原因と考えられた.以上のことから,OsCOI2がイネの稔性において主要な役割を担うことが明らかとなった(2~4)2) H. Inagaki, K. Hayashi, Y. Takaoka, H. Ito, Y. Fukumoto, A. Yajima-Nakagawa, X. Chen, M. Shimosato-Nonaka, E. Hassett, K. Hatakeyama et al.: Plant Cell Physiol., 64, 405 (2023).3) X. Wang, Y. Chen, S. Liu, W. Fu, Y. Zhuang, J. Xu, Y. Lou, I. T. Baldwin & R. Li: New Phytol., 238, 2144 (2023).4) H. T. Nguyen, M. Cheaib, M. Fournel, M. Rios, P. Gantet, L. Laplaze, S. Guyomarc’h, M. Riemann, T. Heitz, A.-S. Petitot et al.: PLoS One, 18, e0291385 (2023)..
イネの葉身に外生的にジャスモン酸類を投与した場合,クロロフィルの分解を伴う老化と抗菌性二次代謝産物の蓄積が見られる.oscoi2変異株では,ジャスモン酸類を処理した後のクロロフィルの分解が軽減されるとともに,抗菌性二次代謝産物の蓄積が著しく低下していた.一方,oscoi1a変異株,oscoi1b変異株,oscoi1a oscoi1b二重変異株は野生型株と大きな差はなかった.また,トランスクリプトーム解析においても,イネの葉身におけるジャスモン酸応答性遺伝子の大部分がOsCOI2依存的な発現変動を見せた.これらのことから,イネの葉身におけるジャスモン酸応答においてもOsCOI2が主要な役割を担うことが明らかとなった(2)2) H. Inagaki, K. Hayashi, Y. Takaoka, H. Ito, Y. Fukumoto, A. Yajima-Nakagawa, X. Chen, M. Shimosato-Nonaka, E. Hassett, K. Hatakeyama et al.: Plant Cell Physiol., 64, 405 (2023)..
イネの幼苗にジャスモン酸類を投与すると,生育阻害が起こる.イネのoscoi1a変異株,oscoi1b変異株およびoscoi2変異株とoscoi1a oscoi1b二重変異株変異株は,いずれも幼苗においてジャスモン酸に対する感受性を示して葉鞘の生育阻害が生じた.このことから,ジャスモン酸による葉鞘の生育の調節には複数のCOIが冗長的に関与することが示された(2, 3)2) H. Inagaki, K. Hayashi, Y. Takaoka, H. Ito, Y. Fukumoto, A. Yajima-Nakagawa, X. Chen, M. Shimosato-Nonaka, E. Hassett, K. Hatakeyama et al.: Plant Cell Physiol., 64, 405 (2023).3) X. Wang, Y. Chen, S. Liu, W. Fu, Y. Zhuang, J. Xu, Y. Lou, I. T. Baldwin & R. Li: New Phytol., 238, 2144 (2023)..
以上のように,イネの3つのCOIのうち,OsCOI2が稔性,老化,防御応答を主要に制御するジャスモン酸受容体であった.一方,葉鞘の伸長成長の制御においては複数のCOIが冗長的に関与している.このようなCOIの機能の違いは,複合体を形成するJAZの違いによって引き起こされる可能性がある.実際に,OsCOI2はOsCOI1aおよびOsCOI1bとは異なるJAZ選択性を示すことも明らかになりつつある(2, 3, 5)2) H. Inagaki, K. Hayashi, Y. Takaoka, H. Ito, Y. Fukumoto, A. Yajima-Nakagawa, X. Chen, M. Shimosato-Nonaka, E. Hassett, K. Hatakeyama et al.: Plant Cell Physiol., 64, 405 (2023).3) X. Wang, Y. Chen, S. Liu, W. Fu, Y. Zhuang, J. Xu, Y. Lou, I. T. Baldwin & R. Li: New Phytol., 238, 2144 (2023).5) T. Okumura, T. Kitajima, T. Kaji, H. Urano, K. Matsumoto, H. Inagaki, K. Miyamoto, K. Okada & M. Ueda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 87, 1122 (2023)..今後,OsCOI2特異的に相互作用するJAZの標的転写因子および下流遺伝子の解明を行うことで,イネにおけるジャスモン酸の多様な生理活性を制御するシグナル伝達機構が明らかになることが期待される.これらの研究は,植物の生育への負荷をかけずにストレス耐性を向上させるという農業的に正の側面のみを発揮するジャスモン酸類縁体や植物防御技術の開発に寄与する.また,「なぜ単子葉植物においてCOIが重複して機能が分化しているのか」という学術的な観点からも興味深い知見が得られることが期待できる.
Reference
1) 上田 実,齊藤里菜,林 謙吾:植物の生長調節,56, 26 (2021).