Kagaku to Seibutsu 62(7): 323-325 (2024)
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酵母におけるメタノール誘導性プロモータの制御機構
複雑すぎる転写因子間相互作用のナゾ
Published: 2024-07-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
生物は,栄養源などの環境変化に適応すべく,そのつくりをダイナミックに変化させる.メタノールを唯一の炭素源として利用できるメタノール資化性酵母(以下,MeOH酵母)も例外ではない.炭素源がメタノールのみの環境では,MeOH酵母はメタノールを資化するためにペルオキシソームを発達させ,アルコールオキシダーゼ(AOX)等の代謝酵素を大量生産するなど,細胞内の構造と代謝経路を大きく変化させる.メタノールは炭素源となる一方,代謝産物のホルムアルデヒドやギ酸は有毒であるため,代謝産物の量を勘案して最適化する巧妙な調節メカニズムがMeOH酵母には備わっている(1)1) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019)..
メタノール存在下でAOX等をコードする遺伝子が大量に発現する特性を利用して,発現させたい遺伝子をAOX遺伝子のプロモータの下流に接続する形で,MeOH酵母を宿主とした異種遺伝子発現系が実用化されている.MeOH酵母Komagataella phaffii(別名Pichia pastoris)を用いた系はキットとして市販されており,広く使われている.他のMeOH酵母種でも開発が進んでおり,バイオものづくりの宿主として注目されている.
AOX遺伝子の発現調節機構については,さまざまなMeOH酵母種において解析が進んでいる.グルコースが炭素源として培地中に存在するときは,たとえメタノールが同時に存在していてもAOX遺伝子の発現は抑制されるが,グルコース非存在下でメタノールが培地中に存在すると,その発現は上昇する.炭素源がグリセロールであるときは,酵母種によってAOX遺伝子の発現の態様は異なる.例えばK. phaffiiやOgataea minutaにおいてはAOX遺伝子の発現は抑制されるが,Candida boidinii, O. polymorpha, O. methanolicaにおいてはその抑制は解除され,AOXが生産される.グリセロール存在下でのAOXの生産量は種によってまちまちであり,O. polymorphaではメタノール存在下での量に比較して80%にも及ぶ.このように,同じOgataea属の酵母でもグリセロールで抑制を受ける種と受けない種があるが,系統分類とは関係ないと考えられる.グリセロール存在下でのAOX遺伝子の発現量の違いはむしろ,それぞれの種が元来棲息していた個別の環境への適応の結果である可能性がある.
AOX遺伝子のプロモータの制御において,多くの転写因子の関与が報告されている.その中でも,Trm1(Prm1),Trm2(Mxr1),Mpp1(Mit1)の3種の転写因子については,比較的解析が進んでいる.横尾らはMeOH酵母O. minutaのAOX遺伝子発現調節のしくみについて研究を進めてきた.O. minutaのAOX遺伝子AOX1の発現態様は,グリセロールを炭素源としたときに抑制される等,K. phaffiiのそれと似た挙動を示す.転写因子のふるまいや各転写因子間の相互作用もK. phaffii(2)2) X. Wang, Q. Wang, J. Wang, P. Bai, L. Shi, W. Shen, M. Zhou, X. Zhou, Y. Zhang & M. Cai: J. Biol. Chem., 291, 6245 (2016).とさほど変わらないのではと当初は予想されていたが,まったく異なっていることがRT-qPCRを用いた実験等でわかってきた(3)3) T. Yoko-o, A. Komatsuzaki, E. Yoshihara, S. Zhao, M. Umemura, X.-D. Gao & Y. Chiba: J. Biosci. Bioeng., 132, 437 (2021)..まとめると,図1図1■Komagataella phaffiiおよびOgataea minutaにおけるAOX1遺伝子の転写因子の相互作用のようになる.Trm1–Mpp1が関与する系とTrm2が関与する系の2系統があり,AOX1の発現にもっとも大きく影響するのは,正の転写因子Mpp1と考えられる.Trm1はMpp1の上流に位置している.O. minutaにおけるAOX1の発現態様とその転写因子の性質において特徴的な点を,特にK. phaffiiとの比較の上で表1表1■O. minutaとK. phaffiiにおけるAOX1およびその転写因子の挙動に示す.
図1■Komagataella phaffiiおよびOgataea minutaにおけるAOX1遺伝子の転写因子の相互作用
O. minutaのTrm2, Mpp1に相当するものはK. phaffiiではそれぞれMxr1, Mit1である.O. minutaのグリセロールによるAOX1の転写抑制には,未知の因子も関与している可能性がある.
性質 | O. minuta | K. phaffii | 備考 | |
---|---|---|---|---|
類似点 | グリセロール存在下でのAOX1の発現 | 抑制 | 抑制 | O. polymorpha, O. methanolicaやCandida boidiniiでは脱抑制 |
メタノール存在下でのMPP1の発現(対グルコース比) | 上昇(700倍) | 上昇(80~750倍) | O. polymorphaでは上昇(40~400倍) | |
グリセロール存在下でのMPP1の発現(対グルコース比) | 上昇(40倍) | 上昇(2~10倍) | ||
相違点 | TRM1またはTRM2を高発現したときのAOX1の発現 | ほぼ不変 | 上昇(それぞれ2倍,8倍) | |
メタノール存在下でのTRM1とMPP1との関係 | 正のフィードバックループを形成 | 負のフィードバックループを形成 | ||
グリセロール存在下でTrm2がAOX1の発現に与える影響 | 発現を抑制 | ほぼ不変 | ||
Trm2がMPP1の発現に与える影響 | メタノール存在下では発現を促進,グリセロール存在下では発現を抑制 | (データなし) | ||
遺伝子名はO. minutaにおける名称を記載した. |
これらの図および表に示すように,Trm1, Trm2, Mpp1の相互作用はきわめて複雑で込み入っている.特に興味深い点は,Trm2がメタノール存在下とグリセロール存在下で,MPP1の発現に対して逆に作用することである.これは,O. minutaに独自の挙動のようである.O. minutaのTrm2のみが有する調節ドメインの存在が考えられたが,Trm2のアミノ酸配列からはO. minuta特異的なドメイン等は見出されていない.グルコースおよびグリセロールによるAOX1プロモータの抑制の強さは異なっており,グリセロール存在下ではグルコース存在下の10倍程度のAOX1の発現が見られる.このことはグリセロール存在下でMPP1の発現が上昇することと合致している.Trm1, Trm2, Mpp1の3種の転写因子が相互作用を及ぼし合った結果として,グリセロール存在下での「中途半端」なAOX1の発現が生じていると考えられるが,その生理的意義は不明である(メタノールが無いのに発現するアルコールオキシダーゼの役割とは…).AOX遺伝子の発現がグリセロール抑制を受けない種においても,代謝すべきメタノールがない環境でAOXを生産していることになるが,こちらも含め,その役割は謎のままである.
Trm2の調節機構に関しては,メタノール存在下で核に移行することが他のMeOH酵母種で報告されている(4)4) G. P. Lin-Cereghino, L. Godfrey, B. J. de la Cruz, S. Johnson, S. Khuongsathiene, I. Tolstorukov, M. Yan, J. Lin-Cereghino, M. Veenhuis, S. Subramani et al.: Mol. Cell. Biol., 26, 883 (2006)..また,きわめて興味深いことに,近年,K. phaffiiのMxr1はリン酸化による活性調節を受けていることが報告された(5)5) K. Inoue, S. Ohsawa, S. Ito, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 118, 683 (2022)..転写因子の相互関連を解き明かすことで,MeOH酵母がどのように様々な炭素源の環境に対応するのかの手がかりを得られるとともに,転写因子やその発現を改変することで,AOX遺伝子のプロモータを用いた異種遺伝子発現の効率を向上させることが可能になると期待される.
Reference
1) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019).
5) K. Inoue, S. Ohsawa, S. Ito, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 118, 683 (2022).
注1Graphical abstractの顕微鏡写真は第一三共RDノバーレ 岡戸様,石井様の撮影によるものです.