Kagaku to Seibutsu 62(7): 326-334 (2024)
解説
特殊環状ペプチド合成の新展開
「迅速・高純度・環境調和性」を実現する合成戦略
New Aspects for the Synthesis of Non-Standard Cyclic Peptide Pharmaceuticals: Development of Rapid, Precise and Eco-Friendly Method for the Chemical Synthesis of Bioactive Cyclic Peptides
Published: 2024-07-01
これまで“くすり”と言えば,有機合成を駆使して創出してきた低分子薬剤が大半であったが,研究シーズの枯渇や開発段階でのドロップアウトなど問題が顕在化している.一方,COVID-19ワクチンや抗体医薬などのバイオ医薬品の開発により化学療法の在り方が大きく変わりつつある.しかし,これらの薬剤は適応性,免疫性,特異性,副作用,製造コストの面でそれぞれ一長一短があり,諸課題を解決する新たなモダリティの創出が急務であった.近年,分子量1000~3000程度の“特殊環状ペプチド”が脚光を浴びるようになり,体内安定性や細胞膜透過性の低さなどペプチド特有の弱点を克服しつつ創薬へと結び付ける研究が活発化している.
Key words: 特殊ペプチド創薬; マイクロ波固相合成; マイクロフロー合成; 環境調和型合成; N-メチル化ペプチド
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
ペプチドは,アミノ酸が脱水縮合してつながった生体関連化合物であり,生命活動維持のための重要な役割を担っている.ペプチドは強い生理活性を示すものが多く,適当な部位に適当なタイミングで投与すれば強い作用を導くことできる.しかし,体内安定性や細胞膜透過性の低さなどペプチド特有の弱点ゆえに,インスリンなどのペプチドホルモンやその誘導体の臨床応用など,一部の成功例に限定されてきた.例えば,LH-RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)のアゴニストであるリュープロレリンは,前立腺がんや乳がんなどの性ホルモン感受性がんの治療に大きく貢献し,高い評価を得ている.その要因の一つとして,投与直前にマイクロエマルジョンとして製剤化することで徐放性を持たせ,薬効の持続性を高めている点があげられる.また,ソマトスタチンの持続性アナログであるオクトレオチドは,D-アミノ酸やC末端アミノアルコールの導入により天然型よりも体内安定性が高められており,治療だけでなく医療用放射性同位体(111Inなど)と組み合わせて画像診断用薬剤(オクトレオスキャン)として利用されている.
一方,いくつかの天然物由来ペプチドは,すでに臨床応用されており,ペプチド医薬品のポテンシャルを示す好例となっている(図1図1■臨床応用されている天然由来特殊環状ペプチドの構造).天然物由来ペプチドの構造上の特徴は,非タンパク質性アミノ酸(異常アミノ酸とも呼ばれる)を豊富に含むことであり,これらが生物活性に少なからず重要な役割を果たしている.例えば,微生物由来天然環状ペプチドであるシクロスポリン(Cs)は,高度にN-メチル化されているため細胞膜透過性に優れている.これにより細胞内で標的分子(シクロフィリン)に結合して核内移行し,サイトカイン産生を抑制して免疫抑制効果を示す.Csは臨床現場で活躍している最も有名なペプチド医薬品であり,特殊ペプチド創薬のコンセプトを示すために頻繁に紹介されている.これらの成功例を踏まえると,ペプチド医薬品を開発する上では非天然型アミノ酸や環状構造の導入・主鎖への修飾(N-メチル化など)などを考慮して分子設計を行うことが重要であると言える.
実用化されたペプチド医薬品が天然物をベースとしているのに対し,配列を一から設計して新規リード化合物を得るためには多品種ライブラリーの構築が不可欠である.しかし,split & mix法などで化学合成されるスクリーニング用ケミカルライブラリーのサイズに上限があることや後述するマイクロ波ペプチド固相合成(MW-SPPS)の普及以前は供給速度の面でも問題があった.一方,ファージディスプレイ法などの「生化学的手法」の最大のメリットは正確かつ迅速な合成が可能な点にあるが,組み込めるアミノ酸が20種類のタンパク質性アミノ酸のみであり,ファージディスプレイで提示されたペプチドの立体構造とファージから切断後のペプチドの立体構造の差異により,構造活性相関の構築に影響を及ぼすことがネックであった.そのような中,20種類のアミノ酸以外のアミノ酸を導入可能な人工翻訳合成系の開発(1)1) Y. Goto & H. Suga: Acc. Chem. Res., 54, 3604 (2021).により比類なき構造多様性を持つ人工ペプチドライブラリーの構築が可能になった.この技術開発を契機に,異常アミノ酸を含有する生物活性環状ペプチドに対して「特殊環状ペプチド」という呼称が用いられるようになった.この絶妙なネーミングも相まって,ペプチド創薬が様々なメディアに取り上げられ,一般社会にも認知されるようになった.このように,「ペプチドは薬になりにくい」から「特殊ペプチドは薬として有望である」へのパラダイムシフトにより,特殊環状ペプチドは,次世代創薬に欠かせない重要なピースとなりつつある.
創薬候補化合物としての特殊環状ペプチドの有用性は,主に以下の特徴によるものである.1)酵素によるペプチド結合の切断が起こりにくく,天然型アミノ酸のみで構成されるペプチドよりも代謝安定性に優れている.2)環状化により配座自由度が低下し,標的の生体分子に対して,より強く選択的に相互作用する.3)N-メチル化などペプチド主鎖の適切な修飾により細胞膜透過性の向上(2, 3)2) T. R. White, C. M. Renzelman, A. C. Rand, T. Rezai, C. M. McEwen, V. M. Gelev, R. A. Turner, R. G. Linington, S. S. F. Leung, A. S. Kalgutkar et al.: Nat. Chem. Biol., 7, 810 (2011).3) L. L. H. Lee, L. K. Buckton & S. R. McAlpine: Pept. Sci., 110, e24063 (2018).や経口薬への展開が可能になる(4)4) A. F. B. Räder, F. Reichart, M. Weinmüller & H. Kessler: Bioorg. Med. Chem., 26, 2766 (2018).など,従来の弱点を克服できる可能性を秘めている.
前述の通り,特殊環状ペプチドが高い医薬的ポテンシャルを秘めている点については論を俟たないが,スクリーニングや構造最適化の手法の開発だけでなく供給法の確立も重要なテーマの一つである.その際に考慮すべきは,「迅速・高収率・高純度」を実現する化学合成法を確立できるかという点にある.加えて,昨今の資源・環境問題を鑑みると「環境負荷の低減」も今後重要な要素になると思われる.
ペプチドの化学合成は,多くの先人たちの努力により基本的な技術が確立されており,目的に応じて液相法・固相法を選択できる(5)5) R. Behrendt, P. White & J. Offer: J. Pept. Sci., 22, 4 (2016)..化学合成法の最大のメリットは特殊ペプチドの重要な構成要素である異常アミノ酸を配列中に自由に組み込めることである.ビルディングブロックとなる異常アミノ酸は,市販品を入手するか丸岡触媒(6)6) K. Maruoka: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 95, 1 (2019).やSoloshonok-Hamari ligand(7)7) Y. Zou, J. Han, A. S. Saghyan, A. E. Mkrtchyan, H. Konno, H. Moriwaki, K. Izawa & V. A. Soloshonok: Molecules, 25, 2739 (2020).を用いたグリシン等価体への不斉アルキル化を鍵反応とするテーラーメード合成により調達可能である.さらに,MW-SPPSが可能なペプチド自動合成装置を活用すれば,専門家でなくとも迅速かつ簡便にペプチドを合成できるようになった.しかし,これらの技術を駆使しても伸長時のラセミ化や難合成配列を含むペプチドの縮合効率低下,環化時の副反応(特に二量化)などのペプチド合成にまつわる諸問題を完全に克服できていないのが現状である.次節以降では,これらの問題に対する最新のアプローチについて解説する.
マイクロ波(MW)とは,周波数帯が300 MHz~300 GHzの電磁波であり,GPSによる測位システムや調理家電など身近な技術として広く利用されている.有機合成においてMW加熱による反応の迅速化は,1990年代以降広く研究されるようになった.その詳細な原理や膨大な反応例については総説(8)8) 徳山英利,中村正治:有機合成化学協会誌,65, 105. (2005).や成書(9)9) C. O. Kappe & A. Stadler: Microwaves in Organic and Medicinal Chemistry, Wiley-VCH, 2005.に譲ることとして,ここではペプチド固相合成(SPPS)においてMW加熱を利用する際の有用性と注意点について解説する.
まず,反応温度については,市販されているMW加熱機能を搭載した自動(半自動)合成装置のプロトコルにもよるが,固相担体として用いられる架橋ポリスチレンが耐えうる70~80 °C以下での反応が推奨されている.SPPSの反応溶媒として,N,N-dimethylformamide(DMF)やN-methylpyrroridone(NMP)が用いられるが,これらの溶媒は,MWのエネルギーを熱に変換する効率(損失角)がアルコールほど高くはないもののMW加熱にも十分使用可能である.MW-SPPSのメリットは,1回の縮合あるいは脱保護に要する反応時間が大幅に短縮されることであり,パラレル合成機能を有する装置であれば,多品目ペプチドの迅速合成も十分可能である.
MW-SPPSは,難合成配列を持つペプチドの合成にも威力を発揮する.Kappeらは,標準的なカルボジイミドによる活性化では合成が難しい9残基鎖状ペプチドGILTVSVAVをモデルとしてMW-SPPSを行い,純度90%以上で目的ペプチドを得た.縮合反応の最適条件は,Fmocアミノ酸5当量,温度75 °C(MWのパワー:10W),反応時間10分であったと報告している(10)10) B. Bacsa, K. Horváti, S. Bõsze, F. Andreae & C. O. Kappe: J. Org. Chem., 73, 7532 (2008)..山田らは,N-メチル化特殊環状ペプチド(cyclo[Asp-D-Tyr-MeVal-Arg-Gly])の合成にMW-SPPSを適用している(11)11) K. Yamada, I. Nagashima, M. Hachisu, I. Matsuo & H. Shimizu: Tetrahedron Lett., 53, 1066 (2012)..鎖状前駆体合成の最初の工程で,Glyを担持した2-クロロトリチル(2-ClTrt)樹脂(Gly導入率:0.74 mmol/g)に標準的な反応条件(HBTU(5当量),DIEA(10当量),室温,30分)でFmoc-Arg(Pbf)-OH(5当量)を縮合し,アミノ基の検出試薬であるクロラニルで樹脂ビーズの一部を染色したところ,表面のごく一部しか反応しておらず,ダブルカップリングを施しても改善されなかった(図2a図2■a)Arg(Pbf)-Gly間の縮合反応におけるマイクロ波の効果.b)MW-SPPS時のラセミ化を抑制できるCysおよびHis誘導体の構造.c) Fmoc-Arg(Pbf)-OHの活性化時に起こる副反応(δ-ラクタム化)).これは,樹脂内部に活性エステルが十分浸透していないことが原因であると推定される.続いて,縮合剤の種類と量を変更せずにMW照射下(50 °C, 10分)で反応させると未反応アミノ基の存在を示す呈色部位は減少した.さらに縮合剤をCOMUに変更してMW照射下で反応したところ,未反応アミノ基は顕著に減少した(図2a図2■a)Arg(Pbf)-Gly間の縮合反応におけるマイクロ波の効果.b)MW-SPPS時のラセミ化を抑制できるCysおよびHis誘導体の構造.c) Fmoc-Arg(Pbf)-OHの活性化時に起こる副反応(δ-ラクタム化)).COMUは,2009年に開発された比較的新しい縮合剤であり,HBTUから誘導されるベンゾトリアゾール型の活性エステルよりも小さい活性エステルを形成する.以上の結果は,MW加熱は活性エステルの樹脂内部への浸透を促進しており,その浸透しやすさは活性エステルの構造にも影響されることを示唆している.
図2■a)Arg(Pbf)-Gly間の縮合反応におけるマイクロ波の効果.b)MW-SPPS時のラセミ化を抑制できるCysおよびHis誘導体の構造.c) Fmoc-Arg(Pbf)-OHの活性化時に起こる副反応(δ-ラクタム化)
一方,MW-SPPSにおいては,保護基の種類や反応条件によっては重大な副反応を招く可能性について注意が必要である.例えば,CysやHisは,通常のSPPSでもラセミ化しやすいアミノ酸として知られているが,MW加熱条件ではラセミ化の程度は顕著に増加する.これを回避するためのアプローチのひとつとして保護基の工夫によるラセミ化抑制がある.響野らは,Trt(trityl)基に代わる新たな側鎖保護基としてMBom(4-Methoxybenzyloxy methyl)基を開発し,通常のFmoc-SPPSとMW-SPPSにおけるラセミ化について検証した(12)12) H. Hibino & Y. Nishiuchi: Org. Lett., 14, 1926 (2012)..その結果,S-Trt保護Cys(Fmoc-Cys(Trt)-OH)をMW照射下(反応温度80 °C)で縮合させると16.6%のラセミ化が観測されたが,MBom基への変更により0.8%まで減少することがわかった.MBom基はHisのラセミ化抑制にも有効であり,Nπ-MBom保護体(Fmoc-His(MBom)-OH,図2b図2■a)Arg(Pbf)-Gly間の縮合反応におけるマイクロ波の効果.b)MW-SPPS時のラセミ化を抑制できるCysおよびHis誘導体の構造.c) Fmoc-Arg(Pbf)-OHの活性化時に起こる副反応(δ-ラクタム化))をMW-SPPS(80 °C)に適用した際のラセミ化率は0.5%であり,Nτ-Trt体(Fmoc-His(Trt)-OH)の場合(16.6%)と比べてかなり低く抑えられている(13)13) H. Hibino, Y. Miki & Y. Nishiuchi: J. Pept. Sci., 18, 763 (2012)..
ラセミ化以外の副反応の例としてFmoc-Arg(Pbf)-OHの活性化時に起こるδ-ラクタムの副生がある(図2c図2■a)Arg(Pbf)-Gly間の縮合反応におけるマイクロ波の効果.b)MW-SPPS時のラセミ化を抑制できるCysおよびHis誘導体の構造.c) Fmoc-Arg(Pbf)-OHの活性化時に起こる副反応(δ-ラクタム化)).δ-ラクタムは,活性エステルの分子内環化により生じると考えられているが,結果としてArg残基が欠損したペプチドの副生と目的物の収率低下を招く.この問題を回避するための方策として,Fmoc-Arg(Pbf)-OHおよび縮合剤の投入量と投入するタイミングを調節して活性エステルの樹脂への浸透を促進し,カップリング自体を高速化するという興味深い例も報告されている(14)14) B. G. de la Torre, A. Kumar, M. Alhassan, C. Bucher, F. Albericio & J. Lopez: Green Chem., 22, 3162 (2020)..この方法はMW加熱を使っていないため分子内環化のリスクが低く,従来法よりも短時間かつ少ない試薬量でArg含有ペプチドを合成できる可能性がある.このようなアプローチは,ペプチドの工業的生産現場での合成プロセス改善にも広く利用できるものと期待される.
ペプチド結合のN-メチル化は,経口バイオアベイラビリティ,細胞膜透過性,酵素分解に対する安定性を高めることができ,ペプチド医薬品の開発において注目されている.しかし,N-メチル化ペプチドの合成は,N末端残基のN-メチル基や側鎖の立体障害による反応性低下のため,しばしば欠損ペプチドの生成を招く.さらに,反応性の低下により,縮合させるアミノ酸が長時間活性化状態にさらされ,結果としてα-水素の引き抜きに起因するラセミ化のリスクを高める.これらを回避するために,短いスパンで複数回に分けてカップリングを行うことも多いが,過剰量の試薬,特に貴重な非タンパク質性アミノ酸を繰り返し反応させるとなれば,コスト的にも望ましくない.しかし,これまでの研究ではN-メチル化ペプチドの合成に有用とされる市販縮合剤(図3図3■N-メチル化ペプチドの合成に有用な縮合剤の構造)の中から選択するか,新たに縮合剤(15)15) P. Li & J. C. Xu: J. Org. Chem., 65, 2951 (2000).を開発するしか方法がなかった.
N-メチルアミノ酸(以後MeAA)の段階伸長とは異なるアプローチとして非メチル化環状ペプチドに対して直接N-メチル化する方法も報告されているが,水素結合などで遮へいされているアミド結合には反応せず,溶媒に露出した部位のみ反応するので,適用できる系は限られている(2, 16, 17)2) T. R. White, C. M. Renzelman, A. C. Rand, T. Rezai, C. M. McEwen, V. M. Gelev, R. A. Turner, R. G. Linington, S. S. F. Leung, A. S. Kalgutkar et al.: Nat. Chem. Biol., 7, 810 (2011).16) K. Yamada, M. Unno, K. Kobayashi, H. Oku, H. Yamamura, S. Araki, H. Matsumoto, R. Katakai & M. Kawai: J. Am. Chem. Soc., 124, 12684 (2002).17) R. Nabika, S. Oishi, R. Misu, H. Ohno & N. Fujii: Bioorg. Med. Chem., 22, 6156 (2014)..一方,Danishefskyらは,縮合剤を用いないN-メチル化ペプチドの合成手法としてイソニトリル法を開発し,シクロスポリンAの液相全合成を達成したが,この方法ではアミノ酸由来のイソニトリルの調製をはじめ,反応や精製など多くの工程が必要になる(18)18) X. Wu, J. L. Stockdill, P. Wang & S. J. Danishefsky: J. Am. Chem. Soc., 132, 4098 (2010)..
布施らは,混合酸無水物とN-メチルイミダゾールから高い求電子性を持つアシルイミダゾリウムカチオンを発生させ,これを活性種として様々なN-メチル化ジペプチドを高収率で合成した(19)19) Y. Otake, Y. Shibata, Y. Hayashi, S. Kawauchi, H. Nakamura & S. Fuse: Angew. Chem. Int. Ed., 59, 12925 (2020)..この方法では,マイクロフロー合成が採用されており,反応時間数分でエピ化することなくペプチド結合形成が完了する.マイクロフロー合成とは,微小な径の流路(通常内径1 mm以内)に溶液を流通させながら合成する手法である.ちなみに,「マイクロフロー」は,先に述べた「マイクロ波」とよく似た用語であるため混同しがちであるが,全く別の技術である.マイクロフロー合成は,フラスコ内で反応させるバッチ式合成法と異なり,数ミリ秒で溶液を混合することが可能なため,短い反応時間を精密に制御できる(図4a図4■アシルイミダゾリウムカチオンを反応剤とするN-メチル化ペプチドのマイクロフロー合成).実際の反応では,反応温度60 °C,反応時間3分以内で90%以上の収率を達成している.ただし,アミン成分がValなどのかさ高いアミノ酸では収率は少し低下するようである.高速アミド化が実現できたもう一つの要因として,混合酸無水物由来のカルボナートが塩基として作用してN末端アミンの水素引き抜きを促進し,反応が加速される機構が提案されている(図4b図4■アシルイミダゾリウムカチオンを反応剤とするN-メチル化ペプチドのマイクロフロー合成).この方法は,複数のMeAA残基を含む天然環状ペプチドであるプテルラミドの全合成にも適用されている.
トリホスゲン(Bis(trichloromethyl carbonate), BTC)は,カルボン酸から対応する酸クロリドを調製する際に用いられる安価な反応剤である.Fmocアミノ酸クロリドは,通常の酸クロリドと同様に高い反応性を持つ化合物であるが,同時に水や湿気に敏感で,塩基存在下で顕著なラセミ化を引き起こすことからペプチド合成に用いる際には注意が必要である.Jungらは,MeAAが連続するペプチドフラグメント(MeLeu-MeLeu-MeVal-MeLeu)の合成にBTCを採用し,シクロスポリンOの固相全合成を達成した(20)20) B. Thern, J. Rudolph & G. Jung: Tetrahedron Lett., 43, 5013 (2002)..この方法では,THFを溶媒としてFmoc-MeAA(5 eq.)をBTC(1.65 eq.)で活性化し,N末端遊離のアミノ酸/ペプチドを担持したClTrt樹脂に添加している.反応中に生じた塩酸は,過剰のコリジン(14 eq.)でトラップしている.反応はクリーンで,エピ化もほとんど起こっていないが,N-メチルアミノ酸同士の縮合では最長3時間の反応時間を要する.また,長鎖ペプチドの場合にはコリジンのみでは塩酸のトラップが不十分で,2-ClTrt樹脂からのペプチド切断が起こった.そのため,BTCによる活性化時の中和剤にコリジン,アミド結合形成時の中和剤にDIEAを用いることでこの問題を解決している.
先に述べたマイクロフロー合成では微小流路内において数ミリ秒で溶液を混合することが可能なため,酸クロリドの高い反応性に起因するラセミ化を回避しつつ短い反応時間で効率よくアミド結合を形成することができる.布施らは,マイクロフロー合成においてBTCを縮合剤としてラセミ化しやすい置換Phenylglycine残基を多数含む天然ペプチドの合成に成功している(21)21) S. Fuse, Y. Mifune, H. Nakamura & H. Tanaka: Nat. Commun., 7, 13491 (2016)..この方法は1工程当たり1分以内で反応完結し,エピ化や酸による固相担体からの脱落を回避できる.したがって,将来的にBTCとマイクロフロー合成を組み合わせればMeAA残基が連続する生物活性ペプチドの安価で迅速な合成法になりうると思われる.
環状ペプチド合成において環化反応は最終段階で行うことが多く,通常,溶液中で高希釈条件(濃度1 mM以下)にて鎖状前駆体を環化させるか,Safety-catch樹脂上での分子内環化–脱離により合成される(22)22) C. G. Qin, X. Z. Bu, X. M. Wu & Z. X. Guo: J. Comb. Chem., 5, 353 (2003)..布施らは,C末端にインドリンアミド部位を持つ鎖状ペプチド前駆体を光反応により活性エステルへと変換し,これを流路内で分子内環化させることでインテグリンアンタゴニストである環状RGDペプチドを合成した(23)23) Y. Mifune, H. Nakamura & S. Fuse: Org. Biomol. Chem., 14, 11244 (2016)..Safety-catch樹脂を用いた方法では環化前にヨードアセトニトリルによる活性化が必要であるが,この方法では光反応でC末端側の保護基が直接脱離基へと変換されるため,外部から環化のための縮合剤を加える必要がないのが大きな特徴である(図5図5■鎖状ペプチドの分子内環化反応).この報告では鎖状ペプチドのC末端がGlyであるため,環化時のエピ化の心配はないが,Fmoc-アミノ酸をインドリンアミド化して段階伸長を行っているので,Gly以外のアミノ酸を用いてもエピ化する危険性はないものとみている.この他にも布施らは,アシルアンモニウム化合物を用いてC末端エピ化や二量体形成が起こらない環化反応を開発しており,今後の展開に期待が持たれる(24)24) O. Shamoto, K. Komuro, N. Sugisawa, T.-H. Chen, H. Nakamura & S. Fuse: Angew. Chem. Int. Ed., 62, e202300647 (2023)..
通常,保護アミノ酸のカップリングでは原子効率の低い高価な縮合剤を過剰量用いる必要がある.また,縮合剤や添加剤に含まれるベンゾトリアゾール系化合物が潜在的に爆発性を有していることなど懸念材料も多い.触媒反応によるペプチド結合形成が可能になれば,廃棄物の低減に大きく貢献し,製造コスト抑制につながる.
カルボン酸とボロン酸の混合酸無水物を用いた触媒的アミド結合形成反応が報告されて以来,様々なルイス酸触媒を用いたペプチド結合形成反応が研究され,活況となっている.触媒開発の動向については最近の特集記事(25)25) 石原一彰:ファルマシア,57,804 (2021) .を参照して頂くこととし,ここでは,シリル化剤を用いた触媒的ジペプチド合成(26)26) W. Muramatsu & H. Yamamoto: J. Am. Chem. Soc., 143, 6792 (2021).について紹介する.触媒量のCsF(10 mol%)とイミダゾール(10 mol%)の存在下,無保護アミノ酸に2種類のシリル化剤を段階的に作用させるとアミノ基とカルボキシ基の両方がシリル化された中間体が発生する.これにアミン成分(2 eq.)を30 °Cで反応させるとジペプチドが得られる(図6図6■シリル化剤を用いた触媒的ペプチド合成).シリル保護基は通常のワークアップで容易に除去でき,エピ化も起こらないため,クリーンな反応と言える.
固相法では,過剰量の試薬と洗浄溶媒を使用するため膨大な有毒廃棄物の生成が避けられない.溶媒使用量の削減は製造コスト抑制や廃棄物削減の観点からも重要である.DMF,CH2Cl2,およびNMPは,ペプチドの化学合成に使用される最も一般的な溶媒であるが,同時に最も有毒な有機溶媒でもある.特に,最も使用量の多いDMFへの曝露や,ペプチド合成に使用される添加剤の毒性やアレルギー性によって引き起こされる肝毒性に関する懸念から,環境に優しく,より安全な合成プロトコルの必要性が高まっている.
近年,DMF/NMPの代替溶媒としてNBPをベースとした混合有機溶媒系(例:NBP : EtOAc=4 : 1)や2-Me-THF,さらにはγ-valelolactone(GVL)に代表されるバイオマス由来有機溶媒(27)27) A. Kumar, Y. E. Jad, J. M. Collins, F. Albericio & B. G. de la Torre: ACS Sustain. Chem.& Eng., 6, 8034 (2018).の使用が提案されている.GVLはポリスチレン(PS)系樹脂の膨潤には不向きであるとの報告(28)28) J. Lopez, S. Pletscher, A. Aemissegger, C. Bucher & F. Gallou: Org. Process Res. Dev., 22, 494 (2018).もあるが,MW-SPPSに適用することでPS系樹脂,ポリエチレングリコール(PEG)ベースのChemMatrix樹脂,いずれの場合でも長鎖ペプチドを純度良く合成できる.これは,MWによる熱的効果で樹脂の膨潤特性が改善されるためだと考えられる.注意すべきは,塩基による脱保護時に環状ラクトンであるGVLが開環付加してN末端がアシル化されることであり,その程度はN末端残基の立体的かさ高さに依存することから,合成する配列によっては注意を要する.
一方,水は環境負荷が小さい究極のエコフレンドリーな溶媒だが,保護基を多用するペプチド合成においては溶解性の点で問題があった.北條らは,保護アミノ酸の微粒子化とマイクロ波合成を組み合わせることで水を溶媒とする固相合成に成功している(29, 30)29) K. Hojo, N. Shinozaki, Y. Nozawa, Y. Fukumori & H. Ichikawa: Appl. Sci., 3, 614 (2013).30) K. Hojo, Y. Manabe, T. Uda & Y. Tsuda: J. Org. Chem., 87, 11362 (2022)..また,水への溶解性向上のためにFmoc基に2つのスルホ基を導入したSmoc(2,7-disulfo-9-fluorenylmethoxycarbonyl)基が開発され,固相合成に適用できることが示された(31)31) S. Knauer, N. Koch, C. Uth, R. Meusinger, O. Avrutina & H. Kolmar: Angew. Chem. Int. Ed., 59, 12984 (2020)..Smoc基はFmoc基と同様に15分程度の塩基処理にて容易に除去可能で,従来までのFmoc法と同じプロトコルを使用できる.すでにSmoc保護アミノ酸も市販されており,今後の展開が注目される.
廃棄物削減に向けた別のアプローチとしてペプチドの無溶媒合成に関する研究が注目されている.山本らは,活性化されていない保護アミノ酸誘導体とアミノ酸エステルと無溶媒で混合し,ルイス酸触媒(Ta(OMe)5,10 mol%)の存在下,40~70 °Cで加熱することで,対応するジペプチドを高収率で合成した(32)32) W. Muramatsu, T. Hattori & H. Yamamoto: J. Am. Chem. Soc., 141, 12288 (2019)..この方法は,いずれか一方の成分を過剰(2~2.5当量)に用いることや反応完結に最長で72時間を要することが課題であるが,のちに酸成分をTMS-イミダゾールを用いてin situでシリルエステルへと変換して反応させると反応時間を短縮できることを報告している(33)33) W. Muramatsu & H. Yamamoto: J. Am. Chem. Soc., 141, 18926 (2019)..本法により,無溶媒で縮合剤や添加物を必要としない触媒反応が可能になったことから大量の廃棄物が生じる従来法とは一線を画す画期的な合成法と言える.
ごく最近,柴田らは,ボールミルを用いたメカノケミカル反応を利用したFmoc-アミノ酸フロオリドの調製と無溶媒でのジペプチド合成を報告した(34)34) Z. Zhao, S. Ikawa, S. Mori, Y. Sumii, H. Adachi, T. Kagawa & N. Shibata: ACS Sustain. Chem.& Eng., 12, 3565 (2024). doi: 10.1021/acssuschemeng.3c06417..Fmoc-アミノ酸フロオリドは,1990年にCarpinoらによって初めてペプチド合成に用いられ,立体障害の大きいアミノ酸への縮合において有用なビルディングブロックとして知られている(35)35) L. A. Carpino, D. Sadat-Aalaee, H. G. Chao & R. H. DeSelms: J. Am. Chem. Soc., 112, 9651 (1990)..保護アミノ酸フルオリドは,対応する酸クロリドと比較してラセミ化の危険性が低く,水や湿気に対する安定性やアミンに対する反応性も高いという利点があるが,調製に用いる試薬が高価で不安定なものも多く,扱いやすいフッ素化反応の開発が進められている.
柴田らの方法では,まずFmoc-Phe-OHと1,1,2,2-テトラフルオロエチル-N,N-ジメチルアミン(TFEDMA)からメカノケミカル反応により対応する酸フルオリドを合成し,反応容器に直接アミン成分(H-Xxx-OMe, Xxx=Ala, Val, Phe, Pro)を添加して連続的メカノケミカル反応を行っている.これにより強固なC-F結合が切断され,ジペプチドFmoc-Phe-Xxx-OMeが良好な収率(76~99%)で得られる.この方法の最大の利点は,1工程20分という短い反応時間でラセミ化することなく無溶媒でジペプチドを合成できる点にある.今後,側鎖保護基への影響も含め,適用可能なアミノ酸を系統的に調べることで複雑なペプチドの合成への展開も期待できる.
本稿では,次世代創薬の鍵となる特殊環状ペプチドの化学合成について現時点での課題とこれらを解決する最新研究について概説した.古典的な合成方法の基礎知識を理解し,異分野技術を融合させることで「型破り」的な斬新な合成法が次々と開発され,この分野がまた一段レベルアップしたと感じる.本稿でも紹介したように,このレベルアップに本邦の研究者が大きく貢献しているのは特筆すべき点である.今後,AIや機械学習の技術などを取り入れた分子設計の進歩と合成技術の進化がうまくかみ合って,安価で副作用が少なく,“切れ味”の良い“日本発”のペプチド医薬品が創出されることを願っている.
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