解説

「関さば」が刺身で食べられる理由を探る
伝統の漁獲・流通技術とマサバ筋肉の特徴を科学的に解明する

Find out why “Sekisaba” Can be Eaten Raw: Scientific Elucidation of Traditional Fishing and Distribution Techniques, and Characterisation of Chub Mackerel Muscle

Satoshi Mochizuki

望月

大分大学教育学部

Published: 2024-07-01

大分県を代表するブランド魚「関さば」は刺身で食べられるサバとして珍重されている.伝統的に受け継がれてきた漁法,流通方法などがサバの死後変化の進行を遅らせ,刺身として食べられることに大きく貢献していることを科学的分析結果に基づいて解説する.

Key words: 「関さば」; 死後変化; 締め方; 貯蔵温度; V型コラーゲン

はじめに

日本は四方を海に囲まれていることから古来より魚介類や海藻類が多く食されてきた.日本では,魚類を漁獲後短時間で食することができることから,新鮮な魚類は刺身などの非加熱で生食されてきた.刺身を利用した「すし」は日本食を代表する料理の一つである.

生食する魚(以下“刺身”と標記する)には鮮度がよいことが求められる.鮮度の低下に従って,生臭いにおいが発生したり,刺身が柔らかくなったりする.生臭さの正体は魚体に含まれている無臭のトリメチルアミンオキシドが細菌により分解されて生成する揮発性のトリメチルアミンである.トリメチルアミンは塩基性であることから,酸で中和すれば生臭さは消失する.刺身にかぼすやレモンなどの柑橘果汁をかけて食するのは,果汁の中に含まれているクエン酸がトリメチルアミンを中和するためである.刺身のおいしさに関わる要因は,イノシン酸がもたらす「旨味」や,「歯ごたえの強さ」などがある.大トロのような例外はあるが,歯ごたえのよい刺身は好まれる.フグやヒラメのエンガワなどは歯ごたえを楽しむものである.

刺身で食べられる魚とは

ところで,どんな魚も刺身で食されるかというと,刺身で食べる機会がほとんどない魚があったり,刺身が好まれる魚があったりすることがわかる.タラは鍋料理の材料としては好まれているが,タラの刺身が食卓には上がらない.しかしヒラメやタイは刺身としてひんぱんに食卓に上がる.ではサバはどうだろう.サバは「サバの生き腐れ」などと言われ,鮮度の低下が速く,生臭さが強く,身は柔らかい.時には流通する中でヒスタミンが発生し,「ヒスタミン様食中毒」といった食中毒に似た症状を引き起こす.いろいろな好ましくない要因があって,サバは刺身で食べられる魚ではなく,加熱して食する魚として捉えられてきた.また,魚体に寄生する「アニサキス」も生食の際には留意しなければならない因子の一つである.

大分県と愛媛県との間にある「豊予海峡」に生息し,大分県佐賀関の漁師によって漁獲され,佐賀関から出荷されるマサバは,「関さば」と呼ばれ,刺身でおいしく食べることができる魚である.「関さば」の刺身の魅力はなんといってもそのコリコリとした歯ごたえにある.初めて口にした人には,これがサバの刺身であると知らされなければ,おそらくどんな魚の刺身であるかはわからないであろう.本稿では「関さば」がなぜ刺身としておいしく食べられるかについて,鮮度や刺身の歯ごたえの強さを中心に科学的に分析した結果をふまえて考えてみたい.従って本稿では刺身として食べられる条件を「鮮度」のみに絞って論じるものである.すなわち,食品衛生学の観点から刺身として食するには不適切であるヒスタミンや,アニサキスの影響は考慮しないこととする.

おいしい刺身はまず鮮度が高くなければならない.鮮度の良さを私たちは官能的に判断することができる.トリメチルアミンが発生して生臭さを感じる魚は,鮮度が悪く刺身で食べる気にはならない.血合肉に色が褐色になっていても刺身で食べようとは思わない.魚の鮮度変化は感覚的に理解することができる.しかし,魚の鮮度を数値化することができれば,鮮度を客観的に知ることができる.鮮度を数値であらわす研究は1959年にSaitoら(1)1) 日本水産学会編:“白身の魚と赤身の魚—肉の特性”,恒星社厚生閣,1976, p. 78.が提唱した「K値」が非常に有用である.K値は,筋肉に含まれるATPが,死後ATP(アデノシン三リン酸)→ADP(アデノシン二リン酸)→AMP(アデノシン一リン酸)→IMP(イノシン酸)→HxR(イノシン)→Hx(ヒポキサンチン)と分解し,これらの物質量から下記の計算式によって求めるもので,魚種を問わず鮮度の指標になる.

K値はその値が20%程度までであれば刺身としておいしく食べられる.K値と刺身の官能的評価はよい相関がある.また,魚肉に細菌が増殖して腐敗が始まるときのK値も魚種によらずほぼ同じ値である.多くの魚のK値を調べてみると,その上昇速度が速い魚や,遅い魚があるが,刺身で食されることが多い「マダイ」や「ヒラメ」はK値の上昇速度が遅い.逆に刺身で食べることがほとんどない「タラ」はK値の上昇速度がきわめて速い.漁獲されて港に水揚げされるときにはすでにK値は20%を大きく超えている.また,魚肉の部位によっても異なり,普通肉に比べて血合肉はK値の上昇速度がきわめて速い.血合肉が多い魚の刺身は好まれず,血合肉が少ない白身魚の刺身が好まれるのは,白身魚の方が魚肉全体としてK値の上昇速度が遅いからなのである.

「関さば」の漁獲と流通

話を「関さば」に戻そう.筆者は「関さば」を刺身で食べることができる理由を探るためにまずK値に着目した.一般人が入手可能な市場で「関さば」と一般的なマサバを入手してK値を測定してみたとところ,一般のマサバは入手してすぐに測定したときにK値は20%であった.これに対して「関さば」のK値は入手したときにはわずか数%であり,刺身で食しておいしいとされる20%を超えるのに氷蔵で4日間を要した.鮮度の良さといった観点から,「関さば」は刺身でおいしく食べられることがわかった.また,一般にサバが刺身で食べられることがないのは,入手した時点ですでに刺身で食するのに耐えられる鮮度を維持できていないことがその原因ではないかと考えられた(2)2) 望月 聡:伝統食品の研究,22,12 (2001).

そこで「関さば」が刺身で食べることができる理由を明らかにしようと試みた.まず「関さば」を獲ってから刺身として食卓に上がるまでにどのようなことが行われているかを調べることにした.鮮度の高いサバなので,一般的なサバの漁獲方法や取り扱い方に何か違いがあるだろうと推測したのである.実験や分析によって何かを明らかにしようと思ったら,まずそのものを見ることが大切である.過去の論文を詳しく調べて仮説を立ててそれを検証していくことは重要であるが,目の前に起こっていることをよく観察することから新しい発想や新しい発見につながることもある.

「関さば」は,小さな船で漁師1人で漁獲される.マサバのような回遊魚は一般的には船団によって巻き網などの方法で一度に大量に漁獲されるが,「関さば」の漁獲に網は一切用いられず,「一本釣り」で漁獲される.きわめて効率が悪い方法であるが,佐賀関では網を用いた漁を行うことができない事情がある.豊予海峡は海底の起伏が激しく,網を使うことができないのである.効率の悪い「一本釣り」では一度に大量の魚を獲ることはできない.漁獲する魚が高級魚で高値がつくのであれば漁師も生業として成り立つが,サバのような大衆魚を「一本釣り」によって漁獲していてはお金にならない.しかし佐賀関には逆転の発想があった.漁獲量が少なければ,その魚を高級魚にすればよい.「一本釣り」の優位な点の一つとして,漁獲した魚を出荷まで生かしておくことができるということがある.昔から佐賀関ではサバを刺身で食することは当たり前のことであった.それをヒントに佐賀関町漁業協同組合の役職員は,「一本釣り」で漁獲した鮮度の高い「関さば」を首都圏中心に「刺身で食べられるサバ」として訴求しようと考えた.

「一本釣り」によって漁獲されたサバは,漁船の水槽に入れられ,生きたまま港にやってくる.魚は仲買によって買い取られるが,この取引方法が独特である.「面買い(つらがい)」という.魚の取引は重量に基づいて値段がつく.従って魚体の重量を測定することが必須である.そのためには,生きた魚を一旦水槽から出して,秤で計量するというのが普通の考え方である.しかし,生きた魚は水槽から出されることによって弱る.佐賀関ではせっかく生きたまま港にやってきた魚を弱らせないように大切に扱う方法を考えた.それが「面買い」である.「面買い」とは読んで字のごとく,船の水槽で泳いでいる魚の重量を人間の目で見て計量するのである.目で見て計量した後,魚はタモですくわれて,一気に仲買の生け簀に入れられる.こうすれば魚は生きたまま取引できる.生け簀に入れられた魚はすぐに出荷されるのではなく,翌日まで生け簀の中で休ませる.一晩休ませることによって釣られてから生け簀に入れられるまでに消耗したATPを回復させるためである.

漁獲の翌日,出荷作業が行われる.魚を締めるにはいくつかの方法がある.多くの場合,魚類は漁獲後空中に出されることによって致死する.一般的には漁港に水揚げされるときに,魚はすでに死んでいる.次に大量の生きた魚を一度に締める方法として,「氷締め」という方法がある.氷を投入した海水に魚を投入し,きわめて低い水温で締める.もう一つは「活け締め」である.これは魚を生け簀から揚げて,直ちに延髄を切断して締める方法である.魚は暴れることなくすぐに動かなくなる.

佐賀関では,サバを含めてすべての魚を漁獲後1日以上生け簀で休ませた後,一匹一匹延髄切断する「活け締め」を行って出荷する.「活け締め」は高級魚に対してはよく行われるが,佐賀関ではサバやアジといった大衆魚も含め,すべての魚に対して,手間のかかる「活け締め」を行う.この作業を見て,「活け締め」がこりこりとした歯ごたえを有する「関さば」の刺身を生み出すのに大きな影響があるのではないかと推測した.動物は致死後,死後硬直が始まる.魚類は致死直後には魚体が柔らかいが,徐々に硬直が始まり,魚体がかちかちに固まった完全硬直に達してこの状態がしばらく続いたあと,再び柔らかくなる.死後硬直の程度を経時的に「硬直指数」という数値で表すことができる.致死直後の「硬直指数」を0%とし,硬直の進行に伴って数値が上昇して完全硬直時の「硬直指数」を100%として表す.硬直指数が100%になるまでの間の魚はとびきり鮮度がよい状態であり,「活きがよい」とされて,商取引においては「活魚」として高価で取引される.

「関さば」の特徴を科学的に解明する

まず,「関さば」の硬直指数を測定することにした.1日生け簀で休ませたサバを締めて,締めたあとの硬直指数を経時的に測定した.魚体を締める方法は,佐賀関で行われている「活け締め」,低温の海水で締める「氷締め」,空中に放置する「苦悶」の3種類である(図1図1■魚の締め方).「苦悶」によって締めたサバの硬直指数は直ちに完全硬直である100%となった.「氷締め」では締めた直後の硬直指数は低値であったもののその後急激に値が上昇した(3)3) 望月 聡,佐藤安岐子:日本水産学会誌,62,453 (1996)..一方,「活け締め」では硬直指数の上昇速度はきわめて緩慢であり,徐々に上昇して100%になるまで14時間を要した.締め方の違いが硬直の進行にこれほどの差が見られる魚は他には見当たらない.サバは上手に締めれば,活きのよい状態を長時間保つことができる魚なのである.

図1■魚の締め方

「関さば」の刺身の大きな特徴である「コリコリとした歯ごたえ」の程度すなわち,刺身の歯ごたえの強さは,物性測定器(レオメーター)によって測定することができる.刺身に直径3 mm程度のプランジャーを刺し,徐々に荷重をかけ,筋肉組織が破壊されたときの荷重を「破断強度(g)」として数値で表す.これは死後硬直の進行と大きな関係がある.どのような魚でも,死後硬直が進行するのにつれて,筋肉の破断強度は低下していく.つまり致死直後の硬直指数が0%の魚の刺身には強い歯ごたえがあるが,硬直の進行に伴って歯ごたえは弱くなっていく.(図2図2■硬直指数と筋破断強度との関係)上述の3つの方法で締めたサバ刺身の破断強度を測定してみたところ,致死直後に硬直指数が100%になった「苦悶」によって締めたサバ刺身の破断強度は締めた直後にすでに低値であり,身質は最初から柔らかかった.「氷締め」で締めた場合には,締めたあと短時間ではあるが,完全硬直に達するまでのサバ刺身の破断強度はある程度高かったものの,すぐに最低値に達した.一方「活け締め」の場合には,完全硬直に至った14時間後まで他の2つの締め方に比べてサバ刺身の破断強度の値は高値を示した(図3A図3■サバの締め方の違いが筋肉破断強度と筋肉構造に及ぼす影響(3)3) 望月 聡,佐藤安岐子:日本水産学会誌,62,453 (1996).

図2■硬直指数と筋破断強度との関係

図3■サバの締め方の違いが筋肉破断強度と筋肉構造に及ぼす影響

すなわち,「活け締め」を行った場合には,死後硬直の進行が緩慢となり,コリコリとした歯ごたえを長時間維持できることが明らかとなった.「関さば」の刺身のコリコリとした歯ごたえがおいしいと評価される要因の1つとして「活け締め」が考えられた.これまでサバの身質は柔らかいものと認識されてきたが,サバはもともと身質が柔らかいのではなく,「締め方」を工夫すれば歯ごたえの強い刺身としても提供することができるのである.昔から経験的に行われてきた「活け締め」は,サバを刺身で食べることができる品質を生み出すための非常に重要な技術であった.

締められた「関さば」は,大分から主に都市圏に向けて出荷される.魚はトロ箱に入れられ,氷を打たれて0°C付近の低温で流通されることが一般的である.氷をできるだけたくさん用いて,消費地に到着するまで0°Cを保持させることが有効であると考えられがちであるが,「関さば」に打たれる氷はそれほど多くない.このことから「関さば」は0°Cより高い温度で流通されるのではないかと推測した.魚類の死後変化は貯蔵温度によっても大きく影響を受ける.鮮度の高い状態を長時間保持するために適切な温度は,魚種の違い,天然魚か養殖魚かなど,種々の条件によって異なることが知られている.大分県で盛んに生産されている養殖ぶりは0°Cで流通させることが高い鮮度を保つのにもっとも有効であることが知られている一方,天然のマダイは10°Cで流通させることがもっとも高い鮮度を保つことができることが知られている.サバについての分析結果はデータがなかったので,漁獲から活け締めまでを同じ条件としたサバを−3°C,0°C,5°C,10°Cの4つの温度で貯蔵して,経時的に硬直指数と筋肉破断強度を測定した.その結果,5°Cで貯蔵したときには,それ以外の温度で貯蔵したときに比較して,明らかに硬直の進行が遅れ,サバ刺身の破断強度が高かったという結果から,コリコリとした歯ごたえを楽しめることが示された.サバは0°Cが最適な貯蔵温度ではなく,5°Cが最適であることが分析によって明らかにされたのである(図4A図4■「関さば」の貯蔵温度が筋肉破断強度と筋肉構造に及ぼす影響(4)4) 望月 聡,上野洋子,佐藤公一,樋田宣英:日本水産学会誌,65,495 (1999).

図4■「関さば」の貯蔵温度が筋肉破断強度と筋肉構造に及ぼす影響

この分析結果を受けて,改めて「関さば」の出荷方法をみてみると,用いる氷の量が少ないのは,輸送中の魚体の温度を過度に低くしないことが大きな理由ではないかと推測した.そこで,実際に輸送される「関さば」の魚体の温度が何度で推移するのかを調べてみた.「関さば」の腹部に温度ロガーを入れて,佐賀関を出発してから東京築地の卸売市場に到着するまでの温度を解析したところ,驚くべきことに,「関さば」の魚体はほぼ5°Cに保たれていた.出荷の作業に携わっている担当者に「なぜ氷の量が少ないのか」を尋ねたところ,その返事は「昔からやっているから」という素っ気ないものであったが,昔からの知恵と伝統は卓越した技術であったことが科学的に証明されたのである.佐賀関では「昔からやっているから」ということばがよく聞かれたが,それは佐賀関の魚を最良の状態で消費者に届ける方法であった.昔からの経験と勘で行われてきた仕事は,科学的分析の結果から最適な方法であることが確かめられたのである.経験や勘で行われてきた技術を科学的手法で検証してみると,それが大きな特徴であることを証明できることがしばしばある.研究の出発点として,これまでの経験を分析してみると思わぬ発展があるのではないか.まず目の前で行われていることをじっくり観察して,そこから課題を見いだすという研究の進め方は古い考え方かもしれないが,大切なことであると思う.

以上をまとめてみると,「関さば」がコリコリした歯ごたえをもつ刺身としておいしく食べられる要因は大きく2つあることが明らかになった.まず,「締め方」である.延髄を切断する「活け締め」は,魚の活きがよい状態を長時間保ち,コリコリとした歯ごたえを作り出すことができる.このような「活け締め」の効果は,サバでは顕著な効果となって現れる.これまでの研究においては,「活け締め」の効果がこれほど大きなものである魚は知られていなかった.「活け締め」を可能にするため要因として,漁師や仲買人,出荷業者が,デリケートな魚であるサバを,それぞれが細心の注意を払って手間がかかる仕事を丁寧に行っていることが挙げられる.もう一つは流通の際の温度管理である.「関さば」にとって活きのよさが最も長時間保持できる貯蔵温度を経験によって知り,それを実現するための技術を,伝統として頑なに伝えてきたことが挙げられる.このようにしてこれまではおよそ刺身として食べることができないだろうと思われてきたサバが刺身で食べられる形で消費者の元に届けられるのである.

「関さば」の刺身の歯ごたえとV型コラーゲン

刺身のおいしさの要因の一つに歯ごたえの強さが挙げられる.刺身はマグロのように柔らかいものが好まれる魚種がある一方,フグやヒラメのエンガワなどは固い刺身が好まれる.肉の固さによって刺身の調理方法も異なり,マグロの刺身は厚めに切るのに対して,フグやヒラメの刺身は薄造りにする.魚種によって肉の固さが異なったり,時間の経過と共に歯ごたえが変化したりする原因はどこにあるのだろうか.

魚の肉の固さ,すなわち刺身の歯ごたえの強さに対する要因をミクロな観点から見てみると,細胞と細胞の間に存在するV型コラーゲンが大きな影響を及ぼすと考えられている(5)5) 木村 茂編:“魚介類の細胞外マトリックス”,恒星社厚生閣,1997, p. 83..V型コラーゲンは,細胞と細胞を接着する働きがあると考えられている.細胞間のV型コラーゲンが多い魚は長時間細胞同士が強固に結合しているので歯ごたえが強く,時間が経過してもなかなか身質が柔らかくならない.逆にV型コラーゲンが少ない魚はすぐに柔らかくなってしまう.いろいろな魚の細胞間V型コラーゲンの量を調べてみると,サバは他の魚種に比べてV型コラーゲンの量がきわめて少ない.細胞間V型コラーゲンが時間の経過に伴って変化すると細胞と細胞の間に隙間ができてしまい,これが身質を柔らかくする原因であると考えられている.サバの場合は締め方と貯蔵温度が刺身の歯ごたえに大きく影響を及ぼすことから,締め方や流通温度の違いが細胞間のV型コラーゲンにどのような影響を及ぼしているかを調べてみた.すると,締め方については,苦悶によって締めたサバのV型コラーゲンは締めたあと直ちに変化して細胞間に隙間ができてしまうのに対し,活け締めを行った場合には,V型コラーゲンの変化が遅くなり,細胞間の隙間が生じるまでにかなりの時間があることが明らかになった(図3B図3■サバの締め方の違いが筋肉破断強度と筋肉構造に及ぼす影響(6, 7)6) M. Ando, M. Joka, S. Mochizuki, K. Satoh, Y. Tsukamasa & Y. Makinodan: Fish. Sci., 67, 744 (2001).7) K. Sato, S. Uratsuji, M. Sato, S. Mochizuki, Y. Shigemura, M. Ando, Y. Nakamura & K. Ohtsuki: J. Food Biochem., 26, 415 (2002)..すなわち,サバは活け締めをすることによって細胞間のV型コラーゲンの変化が抑制され,その結果としてコリコリとした歯ごたえの刺身が提供できるものと考えられた.また,V型コラーゲンの変化に対する貯蔵温度の影響を調べたところ,0°Cで貯蔵したものに比べて,5°Cで貯蔵したサバのV型コラーゲンの変化速度は遅かった(図4B図4■「関さば」の貯蔵温度が筋肉破断強度と筋肉構造に及ぼす影響(8)8) 安藤正史,望月 聡:アクアネット,4,36 (2001)..この結果から,「関さば」は,その取り扱いの特徴である「活け締め」と「5°Cでの貯蔵」によって細胞間V型コラーゲンの変化速度が抑制され,コリコリした歯ごたえが維持されるものであることが明らかになった.

生産者による品質管理とブランド化

このように,「関さば」が刺身として食べられる理由として,サバというデリケートな魚に対して,漁獲から流通,すなわち生産者から消費者に届けるまでに関わる人たちが,「関さば」を刺身で食べることができる品質をいかに維持するか,消費者に喜ばれるにはどうしたらよいかを常に考えながらそれぞれの仕事をきちんと行っていることを窺い知ることができる.その仕事は昔からの伝統として受け継がれてきたが,それを科学的に分析することによってこれらの取り扱い方法が正しいものであることが明らかにされた.このような研究は応用面からのアプローチであり,学術的にはその価値は小さいように思われがちである.しかしながら,この「関さば」に関する研究は基礎的な学術研究としても一つの価値を得た.その理由は,これまで「サバ」という魚について検討された例がなかったことにある.学術的観点から価値があり,それに加えて産業の発展,地域の発展に貢献するという基礎と応用の両面の価値をもつ研究は,私たちの暮らしをよりよくすることに役立つ.地域に貢献できる研究も求められる中で,身近にある現象や身近にあるものを研究の対象とすることが独創的な研究につながるかもしれない.

これまでは,単に「どこそこのなになにという魚がおいしい」といわれてきたが,「関さば」は産地の名称を冠したブランド魚の先駆けとなった.全国各地でもそれぞれの産地の魚介類をブランド化して地域活性に貢献しようという動きが盛んとなり,特許庁は2006年に地域名と商品,サービス名を組み合わせた「地域団体商標登録制度」を作り出した.そして全国各地でブランド魚が誕生した.全国各地の生産者や流通業者もこれまであまり気にとめていなかった魚の取り扱いを重要視して品質のよい魚を消費者に届けるようになった.また,そのブランド魚がなぜブランドの価値を有するかを解明する研究も進展した.筆者にとって,ブランド魚「関さば」を生み出した大分県佐賀関の伝統的な知恵と技術の優秀さを科学的に解明することは研究の面白さや楽しさの一つであった.

Reference

1) 日本水産学会編:“白身の魚と赤身の魚—肉の特性”,恒星社厚生閣,1976, p. 78.

2) 望月 聡:伝統食品の研究,22,12 (2001).

3) 望月 聡,佐藤安岐子:日本水産学会誌,62,453 (1996).

4) 望月 聡,上野洋子,佐藤公一,樋田宣英:日本水産学会誌,65,495 (1999).

5) 木村 茂編:“魚介類の細胞外マトリックス”,恒星社厚生閣,1997, p. 83.

6) M. Ando, M. Joka, S. Mochizuki, K. Satoh, Y. Tsukamasa & Y. Makinodan: Fish. Sci., 67, 744 (2001).

7) K. Sato, S. Uratsuji, M. Sato, S. Mochizuki, Y. Shigemura, M. Ando, Y. Nakamura & K. Ohtsuki: J. Food Biochem., 26, 415 (2002).

8) 安藤正史,望月 聡:アクアネット,4,36 (2001).