解説

植物におけるアルドキシム代謝経路・酵素の多様性と有用物質生産への展開
アルドキシムが担う複数の機能とその生合成・代謝酵素の多様性

Diversity of Aldoxime Metabolism Pathways and Enzymes in Plants and Their Application to Production of Valuable Compounds: Multiple Functions of Aldoxime and the Diversity of Its Biosynthetic and Metabolic Enzymes

Takuya Yamaguchi

山口 拓也

富山県立大学工学部生物工学科

Published: 2024-07-01

アルドキシム(RHC=NOH)は植物,動物および微生物から見出される含窒素化合物である.植物においてアルドキシムはアミノ酸から合成され,様々な植物特化代謝物(青酸配糖体やグルコシノレートなど)や植物ホルモン(インドール酢酸およびフェニル酢酸)の生合成前駆体として利用されるハブ化合物である.これらの生合成にはシトクロムP450(P450)が関わっていることが知られており,近年,アルドキシムの新たな機能や,アルドキシムを介した生合成経路の多様性および生合成酵素に関する知見が蓄積している.本稿では,植物のアルドキシムを介した代表的な代謝経路およびアルドキシム合成・代謝酵素と最近の話題を紹介する.

Key words: アルドキシム; 植物特化代謝物; シトクロムP450; ニトリル; 発酵生産

はじめに

アルドキシムは1882年にドイツの化学者らによってメチルグリオキシムが化学合成されたことで初めて見出された(1)1) M. Sørensen, E. H. J. Neilson & B. L. Møller: Mol. Plant, 11, 95 (2018)..その後,植物の代表的な化学防御物質である青酸配糖体およびグルコシノレートの生合成中間体としてバリンに由来するイソブチルアルドキシムやフェニルアラニンに由来するフェニルアセトアルドキシムが1960年代ごろに見出された(1)1) M. Sørensen, E. H. J. Neilson & B. L. Møller: Mol. Plant, 11, 95 (2018)..植物から見出されるアルドキシムのほとんどはアミノ酸に由来することから,比較的単純な構造なものが多い.アルドキシムはシス–トランス異性体が存在するが(図1図1■植物におけるアルドキシムを介した代謝経路),どちらの異性体か明確に決定されている報告は限られている.アルドキシムは青酸配糖体など植物特化代謝物の生合成だけでなく,オーキシンの生合成,すなわちコア代謝物の生合成中間体でもある(図1図1■植物におけるアルドキシムを介した代謝経路(1)1) M. Sørensen, E. H. J. Neilson & B. L. Møller: Mol. Plant, 11, 95 (2018)..さらにアルドキシムそのものが防御物質として機能しているなど,これまで認識されていたよりも多くの機能があることや,アルドキシムを介した新たな代謝経路が見出されている.一方,アルドキシムを脱水することで産業上有用なニトリル化合物を温和な条件で合成することができるため,アルドキシム合成・代謝酵素は酵素の高度利用の観点からも重要である(2)2) T. Yamaguchi & Y. Asano: J. Biotechnol., 384, 20 (2024)..そこで本稿では,代表的なアルドキシム代謝経路の生理学意義とその生合成酵素を最近の話題とともに紹介し,有用物質生産への展開を紹介する.

図1■植物におけるアルドキシムを介した代謝経路

青酸配糖体

2500種以上の植物がシアン化水素を化学防御物質として放出することが知られている.シアン化水素はミトコンドリアの電子伝達系を阻害するため,好気的な生物にとって猛毒である.植物はシアン化水素の前駆体として青酸配糖体を貯蔵しており,昆虫食害などの組織破壊が起こるとβ-グルコシダーゼとヒドロキシニトリルリアーゼによってアルデヒドまたはケトンと,シアン化水素が生じる(1)1) M. Sørensen, E. H. J. Neilson & B. L. Møller: Mol. Plant, 11, 95 (2018)..青酸配糖体は身近な植物にも含まれている.例えば未成熟なウメ(青梅)の仁にはアミグダリンが含まれており,「梅は食うとも核食うな,中に天神寝てござる」と生梅の種には毒があるから食べてはいけないという戒めがある.なお,熟した果肉や加工品を通常量摂取する場合には,安全に食すことができる.しかし,青酸配糖体の一種であるアミグダリンが高濃度に含まれるビワの種子を粉末にした食品による健康被害も報告されており,適切な処理がなされていない食品に対する注意は必要であろう.さて,青酸配糖体の生合成経路および生合成酵素はソルガムのデュリンに関する研究から明らかにされてきた.ソルガムは,チロシンから4-ヒドロキシフェニルアセトアルドキシム,4-ヒドロキシマンデロニトリルを介してデュリンを合成する.最初の2つの反応はP450(CYP79A1とCYP71E1),最後の配糖体化反応をUDP-グルコース転移酵素(UGT85B1)が触媒する(図2図2■植物における青酸配糖体生合成経路(1)1) M. Sørensen, E. H. J. Neilson & B. L. Møller: Mol. Plant, 11, 95 (2018)..他の植物においてもアミノ酸からアルドキシムを介して青酸配糖体が生合成されると考えられている.筆者らもバラ科植物であるウメのプルナシン生合成経路を明らかにし,2つのP450(CYP79D16とCYP71AN24)がフェニルアラニンからアルドキシムを介してマンデロニトリルを合成し,UGT85A47が配糖体化反応を触媒することでプルナシンが生じることを見出した(図2図2■植物における青酸配糖体生合成経路(3, 4)3) T. Yamaguchi, K. Yamamoto & Y. Asano: Plant Mol. Biol., 86, 215 (2014).4) T. Yamaguchi & Y. Asano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 2021 (2018)..その後,これらの酵素群がアーモンドなど他のバラ科植物において保存されていることが明らかにされている.アルドキシムからシアノヒドリンを合成するP450はアルドキシムの脱水反応と続く水酸化反応を連続的に触媒するが,ユーカリにおいてはアルドキシムの脱水反応をCYP706C55が,続く水酸化反応をCYP71B103が触媒し,2つのP450によって分業がなされている(図2図2■植物における青酸配糖体生合成経路(5)5) C. C. Hansen, M. Sørensen, T. A. M. Veiga, J. F. S. Zibrandtsen, A. M. Heskes, C. E. Olsen, B. A. Boughton, B. L. Møller & E. H. J. Neilson: Plant Physiol., 178, 1081 (2018)..また,シダ科植物にはアルドキシム合成酵素CYP79が存在しないが,一部のシダ科植物は青酸配糖体を蓄積している.シダ科植物の青酸配糖体生合成経路は完全には解明されていないがCYP79ではなくフラビン依存型酸素添加酵素がアルドキシム合成反応を触媒する(図2図2■植物における青酸配糖体生合成経路(6)6) S. Thodberg, M. Sørensen, M. Bellucci, C. Crocoll, A. K. Bendtsen, D. R. Nelson, M. S. Motawia, B. L. Møller & E. H. J. Neilson: Commun. Biol., 3, 507 (2020).

図2■植物における青酸配糖体生合成経路

このように,青酸配糖体の生合成経路(アミノ酸→アルドキシム→シアノヒドリン→青酸配糖体)は保存されているものの,その生合成に関わる酵素やその組み合わせにはバリエーションがあることから(図2図2■植物における青酸配糖体生合成経路),植物の進化の過程で異なる系統の植物が青酸配糖体生合成酵素を獲得するイベントが複数回あったと考えられる.

オーキシン,グルコシノレートおよびフェニルプロパノイド

オーキシンは植物の成長や発達を調節する極めて重要な植物ホルモンである.代表的なオーキシンであるインドール酢酸はトリプトファンから生合成される.トリプトファンアミノ基転移酵素(TAA)とフラビンモノオキシゲナーゼ(YUCCA)が関与し,インドールピルビン酸を介するIPA経路が主要なインドール酢酸の生合成経路と考えられている(図3図3■シロイヌナズナにおけるインドール酢酸,インドールグルコシノレートおよびフェニルプロパノイド生合成経路(7)7) D. Shin, V. C. Perez & J. Kim: Phytochem. Rev., in press..しかし,シロイヌナズナにおいてはアルドキシムを経由するオーキシン生合成経路が存在する.すなわち,CYP79B2およびCYP79B3によってトリプトファンからインドールアセトアルドキシムが合成され,続いてインドール酢酸へと変換される(図3図3■シロイヌナズナにおけるインドール酢酸,インドールグルコシノレートおよびフェニルプロパノイド生合成経路(7)7) D. Shin, V. C. Perez & J. Kim: Phytochem. Rev., in press..アルドキシムからオーキシンにいたる経路は明確にされていないが,その中間体としてニトリルおよびアミドが想定されている.シロイヌナズナのcyp79b2およびcyp79b3ノックアウト変異体は,通常条件では野生株と生育に違いは認められないが,高温や高塩濃度条件下で,生育阻害が認められる(7)7) D. Shin, V. C. Perez & J. Kim: Phytochem. Rev., in press..また,アルドキシム合成酵素遺伝子はストレス条件下において発現が誘導されることから,アルドキシムに由来するオーキシンはストレス条件下における成長制御に関わると考えられている(7)7) D. Shin, V. C. Perez & J. Kim: Phytochem. Rev., in press.

図3■シロイヌナズナにおけるインドール酢酸,インドールグルコシノレートおよびフェニルプロパノイド生合成経路

TAA: トリプトファンアミノ基転移酵素,YUCCA: フラビンモノオキシゲナーゼ

このアルドキシムを介したオーキシン生合成経路はアブラナ科固有の経路と考えられていたが,単子葉植物であるトウモロコシやソルガムにおいてインドールアセトアルドキシムおよびフェニルアセトアルドキシムがインドール酢酸とフェニル酢酸の前駆体となることが明らかになってきた(7)7) D. Shin, V. C. Perez & J. Kim: Phytochem. Rev., in press..アルドキシム合成酵素であるCYP79は被子植物に広く保存されているため,アルドキシムを介したオーキシン生合成経路は想定よりも多くの植物に存在している可能性がある.今後の研究によってアブラナ科以外のアルドキシムを介したオーキシン生合成経路および,その生理的機能が明らかになることを期待したい.

さて,シロイヌナズナなどのアブラナ科植物において,インドールアセトアルドキシムはインドール酢酸と植物特化代謝物(グルコシノレートおよびカマレキシンなど)生合成経路の分岐点となっている(図3図3■シロイヌナズナにおけるインドール酢酸,インドールグルコシノレートおよびフェニルプロパノイド生合成経路(1)1) M. Sørensen, E. H. J. Neilson & B. L. Møller: Mol. Plant, 11, 95 (2018)..グルコシノレートはアブラナ科の植物から見出される含硫化合物である.組織の物理的損傷に起因してグルコシノレートはミロシナーゼの作用によってイソチアシアネートへと変換される.イソチアシアネートはワサビのツンとする独特の辛味の本体として身近な食品にも存在している.グルコシノレートはアミノ酸から生合成され,その構造から脂肪族,芳香族およびインドールグルコシノレートに分類される.シロイヌナズナにおいてインドールグルコシノレート生合成の初発反応,すなわちトリプトファンからインドールアセトアルドキシムの合成は,アルドキシムを介したインドール酢酸生合成経路と共有している.インドール酢酸は植物の生育に大きな影響をおよぼす植物ホルモンであり,植物における生理的濃度を超えると毒性を示す可能性がある.そのため,アルドキシムを介したインドール酢酸とグルコシノレート生合成の代謝フラックスを適切にコントロール仕組みが存在すると考えられる.

また,シロイヌナズナおよびナガミノアマナズナにおいてアルドキシム蓄積量が増加することでフェニルプロパノイド生合成が抑制されることが明らかになってきた(図3図3■シロイヌナズナにおけるインドール酢酸,インドールグルコシノレートおよびフェニルプロパノイド生合成経路(7)7) D. Shin, V. C. Perez & J. Kim: Phytochem. Rev., in press..フェニルプロパノイド生合成系はフェニルアラニンを出発物質とし,フラボノイドやリグニンなど,植物の成長やストレス応答に必須な多数の生理活性物質の生合成経路であり,その生合成経路にアルドキシムは存在しない.植物がどのようにアルドキシム蓄積量を感受し,情報が伝達されるかなど未解明な点が多いため,今後の研究の進展が期待される.

香気成分としてのアルドキシムおよびニトリル

以上のように,アルドキシムは植物特化代謝物やオーキシンの生合成中間体として認知されてきた.しかし,植物から香気成分として放出されるアルドキシムおよびそれに由来するニトリルが,化学防御物質として機能することが明らかになってきた.植物は昆虫食害誘導的に香気成分を放出する.テルペン類が主成分であることが多いが,種によって放出成分およびその組み合わせと量は異なっており,外敵に対する直接的な防御物質としてだけではなく,食害昆虫の天敵を誘引する化学コミュニケーション物質として機能する.一部の植物は昆虫食害によってアルドキシムやニトリルを放出する.例えば,ポプラは昆虫食害によって複数のアミノ酸に由来するアルドキシムやニトリルを放出する.これらの化合物はマイマイガに対して毒性や忌避作用がある.青酸配糖体などの生合成に関わるCYP79は特定のアミノ酸に対して高い基質特異性を示すが,ポプラのCYP79D6とCYP79D7は基質特異性が低く複数のアミノ酸を基質として受け入れることができるため複数のアミノ酸に由来するアルドキシムやニトリルを放出する(8)8) S. Irmisch, A. C. McCormick, G. A. Boeckler, A. Schmidt, M. Reichelt, B. Schneider, K. Block, J.-P. Schnitzler, J. Gershenzon, S. B. Unsicker et al.: Plant Cell, 25, 4737 (2013)..また,オオイタドリはマメコガネの食害によって,テルペン類に加えて,フェニルアセトニトリルを主要な成分として放出する.フェニルアセトニトリルはフェニルアラニンからフェニルアセトアルドキシムを介して生合成され,アルドキシムの脱水反応はCYP71AT96によって触媒される.CYP71AT96はフェニルアセトアルドキシム以外にも他のアミノ酸由来のアルドキシムに対しても活性を示すが,マメコガネ食害後のオオイタドリ葉にはフェニルアセトアルドキシムが蓄積し,フェニルアセトニトリルのみを放出する(9)9) T. Yamaguchi, K. Noge & Y. Asano: Plant Mol. Biol., 91, 229 (2016)..オオイタドリのアルドキシム合成酵素は未解明であるが,ポプラとは異なりフェニルアラニン特異的であると考えられる.チャの葉も昆虫食害誘導的にフェニルアセトニトリルを香気成分の1つとして放出する.CsCYP79D16とCsCYP71AT96が生合成酵素として同定されている.チャの葉は収穫後の継続的な物理的ストレスによって昆虫食害時と類似した遺伝子発現制御が起こり,フェニルアセトニトリルを放出する(10)10) Y. Liao, L. Zeng, H. Tan, S. Cheng, F. Dong & Z. Yang: J. Agric. Food Chem., 68, 1397 (2020)..香気成分はチャの品質に影響する重要な要素であり,今後の品種改良のための有用な知見となるかもしれない.

アルドキシムを介したニトロ化合物の生合成経路

ニトロ基は人工化合物に頻繁に含まれる官能基であるのに対し,天然物においては極めて珍しい官能基である.2011年における総説ではあるものの,数10万種以上ある天然物のうち,ニトロ化合物は200強しかない(11)11) R. Parry, S. Nishino & J. Spain: Nat. Prod. Rep., 28, 152 (2011)..これらの多くは微生物由来であり,植物から見出されたニトロ化合物は極めて限られている.そのため,微生物由来のニトロ基合成酵素はいくつか報告があるが,植物からは見出されていなかった.しかし,植物から見出されるニトロ化合物はアルドキシムやニトリルとともに検出されることが多いことから,上で述べてきたようなアルドキシム代謝経路と関連があることが示唆されていた.例えば,メマツヨイグサは昆虫食害誘導的にロイシンからイソバレロアルドキシムおよびイソバレロニトリルに加えて,ニトロ化合物である3-メチル-1-ニトロブタンを生合成し,放出する(12)12) K. Noge & S. Tamogami: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 395 (2018)..また,ビワの花は特徴的な香気成分としてニトロ化合物である(2-ニトロエチル)ベンゼンと微量成分としてフェニルアセトアルドキシムとフェニルアセトニトリルを放出する.ビワにおいて(2-ニトロエチル)ベンゼンおよびフェニルアセトニトリルはフェニルアラニンからフェニルアセトアルドキシムを介して生合成されることが明らかになった(13)13) Y. Kuwahara & Y. Asano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1855 (2018)..そこで筆者らはビワにおける(2-ニトロエチル)ベンゼン生合成酵素群の探索を行った.RNA-seq解析によって花で発現するP450を選抜し,出芽酵母とタバコにおけるアグロインフィルトレーション法による異種発現系を用いた機能解析によって,フェニルアラニンをフェニルアセトアルドキシムに変換するCYP79D80および,植物初のニトロ基合成酵素としてフェニルアセトアルドキシムを(2-ニトロエチル)ベンゼンに変換するCYP94A90を見出した(図4図4■ビワにおけるニトロ化合物生合成経路と生合成酵素群が関わる可能性があるクチン生合成経路(14)14) T. Yamaguchi, Y. Matsui, N. Kitaoka, Y. Kuwahara, Y. Asano, H. Matsuura, Y. Sunohara & H. Matsumoto: New Phytol., 231, 1157 (2021)..アルドキシムをニトロ基に変換する酵素は微生物からも見出されておらず,CYP94A90は新規ニトロ基合成反応を触媒する酵素であった.興味深いことにCYP94AサブファミリーのP450は脂肪酸ω水酸化酵素として性状解析がなされており,クチンの生合成に関わっていると考えられていた(図4図4■ビワにおけるニトロ化合物生合成経路と生合成酵素群が関わる可能性があるクチン生合成経路).クチンは水酸化脂肪酸のポリマーであり,植物表面を覆うクチクラを構成する分子種の1つである.そこでCYP94A90の脂肪酸に対する活性を評価したところ,炭素数12から16の飽和脂肪酸のω位を水酸化した.すなわち,CYP94A90は新規ニトロ基合成反応と,脂肪酸ω水酸化反応を触媒する,基質特異性が緩慢な酵素であった.また,CYP94Aは双子葉植物に広く保存されている.そこでビワ以外の植物のCYP94Aのニトロ基合成反応を評価したところ,供試した酵素全てがニトロ基合成反応を触媒した.これらのことから,ニトロ基合成反応と脂肪酸ω水酸化反応を触媒するCYP94Aが植物に広く保存されていることが強く示唆された.植物特化代謝物の生合成酵素は遺伝子重複などによって変異が起こり,新たな機能を獲得することが多いため,特異な反応を触媒する酵素は系統特異的に分布することが多いが,希少なニトロ化合物を生合成する酵素をニトロ化合物を合成しない植物も隠し持っているという予想外の結論にいたった(14)14) T. Yamaguchi, Y. Matsui, N. Kitaoka, Y. Kuwahara, Y. Asano, H. Matsuura, Y. Sunohara & H. Matsumoto: New Phytol., 231, 1157 (2021).

図4■ビワにおけるニトロ化合物生合成経路と生合成酵素群が関わる可能性があるクチン生合成経路

ビワからフェニルアセトニトリル合成酵素の探索も行い,アルドキシム脱水反応を触媒するCYP77A58とCYP77A59を見出した(図4図4■ビワにおけるニトロ化合物生合成経路と生合成酵素群が関わる可能性があるクチン生合成経路(15)15) T. Yamaguchi, T. Nomura & Y. Asano: Planta, 257, 114 (2023)..両酵素はアルドキシムに対して類似したカイネティクスパラメーターを示したが,遺伝子発現解析の結果からCYP77A59がフェニルアセトニトリルの生合成に関わっていると考えられた.興味深いことにCYP77Aも脂肪酸“in-chain”水酸化酵素として機能解析がなされている.CYP94Aと同様にCYP77Aもクチンの生合成に関わっており,CYP77Aは構造色発色に必要な微細構造の形成に関わる因子として報告されている.全く異なるメカニズムの機能を持っており,生体内で複数の機能(本業と副業)をもつ多機能タンパク質はムーンライト(副業)タンパク質と呼ばれる.CYP77A59は脂肪酸水酸化反応とアルドキシム脱水反応の異なるメカニズムを触媒する多機能酵素であり,花香成分の生合成とクチン生合成を通じて花の微細構造の形成に関わるムーンライトタンパク質であると考え(図4図4■ビワにおけるニトロ化合物生合成経路と生合成酵素群が関わる可能性があるクチン生合成経路),筆者らはCYP77A59のアルドキシム脱水活性と脂肪酸水酸化反応の定量的な評価を鋭意行っている.

以上のように文献情報からは全く予想のつかない反応を触媒する多機能なアルドキシム代謝酵素が存在することから,今後も多くの新奇アルドキシム代謝酵素が発見されることが期待される.

微生物および動物のアルドキシム代謝経路

ここまで,植物のアルドキシム代謝経路を述べてきたが,微生物および動物にもアルドキシム代謝経路が存在している(2, 16)2) T. Yamaguchi & Y. Asano: J. Biotechnol., 384, 20 (2024).16) T. Yamaguchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 88, 138 (2023)..一部の節足動物は植物と同様にシアン化水素を化学防御物質として利用している.筆者らはヤスデに着目しシアン化水素発生経路を詳細に研究した結果,その生成経路は植物と極めて類似していることを見出している(図5図5■植物,動物(ヤスデ)および微生物のアルドキシム代謝経路の比較と人工のニトリル合成経路(16)16) T. Yamaguchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 88, 138 (2023)..しかし,これらの経路上の酵素群は植物由来酵素とは相同性がない,もしくは極めて低いことから,植物とは独立して代謝酵素を獲得したと考えられる.微生物のアルドキシム代謝経路はアルドキシム–ニトリル経路と呼ばれ,アルドキシムがニトリルへ,続いてアミドを介してまたは直接カルボン酸へと代謝される(図5図5■植物,動物(ヤスデ)および微生物のアルドキシム代謝経路の比較と人工のニトリル合成経路).植物や節足動物とは異なり,アルドキシムやニトリルを資化するための経路と考えられる.微生物のアルドキシム–ニトリル経路から産業上重要な酵素群が見出されてきた.特にニトリルをアミドへと変換するニトリルヒドラターゼはアクリルアミドの工業生産に利用されており,酵素を用いた物質生産の代表的な例となっている.

図5■植物,動物(ヤスデ)および微生物のアルドキシム代謝経路の比較と人工のニトリル合成経路

UGT: UDP-グルコース転移酵素,HNL: ヒドロキシニトリルリアーゼ,MOX: マンデロニトリル酸化酵素

アルドキシム合成酵素の利用

ニトリル化合物は容易に他の官能基に変換することができるため,医農薬品やファインケミカルのビルディングブロックとして利用される産業上重要な化合物である(2)2) T. Yamaguchi & Y. Asano: J. Biotechnol., 384, 20 (2024)..しかし,従来その生産には高温,高圧条件や猛毒である青酸化合物が使用されてきた.一方,植物はアミノ酸から温和な条件でアルドキシムを介してニトリル化合物を合成することができる.すなわち,植物や他の生物のアルドキシム合成・代謝酵素を組合せてニトリル化合物を発酵生産できるはずである.実際に,シロイヌナズナ由来のCYP79A2とBacillus sp. OxB-1由来アルドキシムデヒドラターゼを大腸菌において共発現し,植物と微生物のハイブリッドアルドキシム代謝経路(図5図5■植物,動物(ヤスデ)および微生物のアルドキシム代謝経路の比較と人工のニトリル合成経路)を人工的に構築することで,フェニルアラニンからフェニルアセトニトリルを合成できることが実証されている(17)17) Y. Miki & Y. Asano: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6828 (2014)..今後,基質特異性の異なるCYP79の利用や,タンパク質工学によってアルドキシム合成酵素の基質特異性を改変することで,非天然のアミノ酸から種々のニトリル化合物を発酵生産できる可能性がある.また,様々な反応を触媒するアルドキシムやニトリル代謝酵素が存在する.酵素の組合せによってニトリル化合物だけでなく,アミドやカルボン酸,さらにニトロ化合物などの発酵生産に展開していくことが可能であろう.

おわりに

アルドキシムが青酸配糖体やグルコシノレートの生合成中間体として見出され,約半世紀が経ち,種々のアルドキシムを介した生合成経路が明らかにされるとともに,アルドキシムそのものが防御物質として機能することや非アルドキシム代謝経路にも影響することが明らかになった.それに伴い多様なアルドキシム合成・代謝酵素が見出され,機能解析がなされてきた.しかし,未解明なアルドキシムを介した代謝経路も多く,今後の研究によってさらなる発展が見込まれる.また,アルドキシム合成および代謝酵素を集積し,詳細に機能解析をしていくことで,植物の未知の生命現象の発見や理解につながるだけでなく,産業上有用なニトリル化合物などの酵素を用いた生産にも貢献していくことができる.

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