Kagaku to Seibutsu 62(7): 350-359 (2024)
解説
アンドロゲン受容体の重複進化による二次性徴形質の多様化
魚類の雄の装飾的なかたちや求愛行動の進化の原動力
Diversification of Sexual Characteristics Through the Evolutionary Differentiation of Androgen Receptor in Teleost Fish: A Driving Force of the Evolution of Sexual Characteristics in Teleost Fish
Published: 2024-07-01
雄に特徴的な求愛行動,装飾的な外部形態などに現れる二次性徴形質の獲得進化は,多彩な繁殖戦略を可能とし,真骨魚類の爆発的な種分化と繁栄をもたらした重要な要因と考えられる.この進化には,約3億年前に真骨魚類の共通祖先で起きた全ゲノム重複が大きく貢献したことが予想される.全ゲノム重複による脊椎動物の進化を提唱された大野乾博士にちなんで,全ゲノム重複により重複した遺伝子はオオノログと呼ばれる.オオノログの獲得と分子進化は,真骨魚類の美しさや多様化にどのような影響を与えたのか,オオノログの新機能獲得や役割分担の道筋には謎が多く残されている.本稿では,全ゲノム重複による男性ホルモン(アンドロゲン)受容体遺伝子(遺伝子名・タンパク質名を真骨魚類ではar・Ar, 四肢動物ではAR・ARと表記)の重複進化に着目し,真骨魚類の2つのar遺伝子(arオオノログ)の役割について,メダカar変異体を用いた解析を紹介し,アンドロゲン依存的に発現する二次性徴形質の多様化とar遺伝子重複との関連性を解説する.
Key words: 二次性徴; アンドロゲン; アンドロゲン受容体; ゲノム重複; 性淘汰
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
性的二型形質は同種の雌雄間で異なる表現型を示す多型であり,その進化には異性をめぐる競争によって生じる性淘汰(性選択)が重要な役割を果たすと考えられている.性淘汰には,シカの角に代表される同性間の闘争により武器形質が進化する同性間性淘汰とクジャクの尾羽のように雌が雄を選ぶこと(配偶者選択)によって装飾的な形質が進化する異性間性淘汰がある.多くの生物では,小さな精子よりも大きな卵子の生産にかかるコスト(エネルギーの投資)の方が高い.雄は莫大な数の精子を生産するため,繁殖成功度は多くの雌と交配することで増大する.そのため,雄は強い同性間淘汰にさらされる.一方,雌が生産できる卵子の数は少なく,繁殖成功度は卵子の数に依存するため,どの雄を配偶相手とするかを雄の形質をもとに慎重に選好する.そのため,性淘汰により進化する形質の多くは雄に発現する.雄に特異的な形質を発現させる制御機構には,主に次の2通りの可能性がある.1つ目は性染色体にコードされる遺伝子による制御(1, 2)1) W. R. Rice: Evolution, 38, 735 (1984).2) R. Dean & J. E. Mank: J. Evol. Biol., 27, 1443 (2014).,2つ目はアンドロゲン依存的に発現する遺伝子による制御(3~6)3) T. M. Williams & S. B. Carroll: Nat. Rev. Genet., 10, 797 (2009).4) J. Kitano, R. Kakioka, A. Ishikawa, A. Toyoda & M. Kusakabe: J. Evol. Biol., 33, 1129 (2020).5) M. Hau: BioEssays, 29, 133 (2007).6) J. E. Mank: Am. Nat., 169, 142 (2007).である.これらは,同種の雌雄がゲノムの大部分を共有しているために生じる遺伝的な相関(遺伝子座内性的葛藤)を解消し,特定の性(本稿では雄)にのみ特定の性淘汰形質を発現させる機構として重要である(7, 8)7) R. M. Cox & R. Calsbeek: Am. Nat., 173, 176 (2009).8) G. S. Van Doorn: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1168, 52 (2009)..本稿では性成熟に伴い分泌されるアンドロゲンに依存的に現れる表現型を二次性徴と呼ぶ.二次性徴形質の発現組織や発現パターンは多種多様で近縁種間においても異なる例が知られており(9)9) S. Ansai, K. Mochida, S. Fujimoto, D. F. Mokodongan, B. K. A. Sumarto, K. W. A. Masengi, R. K. Hadiaty, A. J. Nagano, A. Toyoda, K. Naruse et al.: Nat. Commun., 12, 1350 (2021).,生殖隔離による種分化の要因として注目される.しかし,二次性徴形質の迅速な進化を可能とする遺伝基盤や組織特異性の制御機構の詳細は まだ多くが明らかにされていない(10)10) G. S. Wilkinson, F. Breden, J. E. Mank, M. G. Ritchie, A. D. Higginson, J. Radwan, J. Jaquiery, W. Salzburger, E. Arriero, S. M. Barribeau et al.: J. Evol. Biol., 28, 739 (2015)..
1849年にA. A. Bertholdが去勢した雄鶏に精巣を移植すると,萎縮したとさかや鳴声などの性徴がもとの状態に戻ることを見いだしたことにより,精巣から何か特殊な物質が血中に出ると考えられるようになった.この特殊な物質こそがアンドロゲンである.アンドロゲンは種々の性ホルモン合成酵素の修飾を受けてコレステロールより生成される.多くの真骨魚類では11-ketotestosterone(11KT)(11)11) T. Miura, K. Yamauchi, H. Takahashi & Y. Nagahama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88, 5774 (1991).,哺乳類や多くの四肢動物では,Testosterone(T)やTが5α-reductaseによって変換された5α-Dihydrotestosterone(DHT)が主要なアンドロゲンとして知られている(12)12) C. A. Quigley, A. De Bellis, K. B. Marschke, M. K. el-Awady, E. M. Wilson & F. S. French: Endocr. Rev., 16, 271 (1995)..また近年,ヒトにおいても11KTが生殖腺から分泌されていることが発見され,その役割が注目されている(13)13) Y. Imamichi, K. Yuhki, M. Orisaka, T. Kitano, K. Mukai, F. Ushikubi, T. Taniguchi, A. Umezawa, K. Miyamoto & T. Yazawa: J. Clin. Endocrinol. Metab., 101, 3582 (2016)..
ステロイドホルモンであるアンドロゲンは細胞膜を通過し,細胞質で核内受容体スーパーファミリーに属するAr(タンパク質名を真骨魚類ではAr,四肢動物ではARと表記)と結合する.Arは,N末端の転写制御領域(NTD),Zinc-フィンガー構造を含むDNA結合領域(DBD),C末端側のリガンド結合領域(LBD)から構成されており,リガンドであるアンドロゲンと結合することにより細胞質から核内へ移行し,転写調節因子として下流標的遺伝子の発現を活性化,あるいは抑制することにより表現型が現れる(図1図1■アンドロゲン受容体(Ar)による転写活性化機構)(14~18)14) D. J. Mangelsdorf, C. Thummel, M. Beato, P. Herrlich, G. Schütz, K. Umesono, B. Blumberg, P. Kastner, M. Mark, P. Chambon et al.: Cell, 83, 835 (1995).15) M. E. Baker: Mol. Cell. Endocrinol., 135, 101 (1997).16) V. Laudet: J. Mol. Endocrinol., 19, 207 (1997).17) J. T. Bridgham, G. N. Eick, C. Larroux, K. Deshpande, M. J. Harms, M. E. A. Gauthier, E. A. Ortlund, B. M. Degnan & J. W. Thornton: PLoS Biol., 8, e1000497 (2010).18) M. E. Baker, D. R. Nelson & R. A. Studer: J. Steroid Biochem. Mol. Biol., 151, 12 (2015)..
ステロイドホルモン受容体は,約5億年前の古生代カンブリア紀に脊椎動物が出現する過程で生じたとされる2回の全ゲノム重複を含む,複数の遺伝子重複を経て分子進化を遂げたことが知られている(図2図2■アンドロゲン受容体遺伝子(ar)の出現と分子進化の模式図)(19)19) J. W. Thornton: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 5671 (2001)..受容体の出現によりステロイドホルモンがシグナル因子としての役割を担うようになったと考えられる.ar遺伝子は,ヤツメウナギなどの無顎類(円口類)では見つかっていないが,軟骨魚類は四肢動物と同等の転写活性化能を示すArを有している(20)20) Y. Ogino, H. Katoh, S. Kuraku & G. Yamada: Endocrinology, 150, 5415 (2009)..したがって,無顎類が分岐した後,少なくとも軟骨魚類が分岐するまでの間にプロゲステロン受容体からの遺伝子重複によってar遺伝子が獲得されたと考えられている(図2図2■アンドロゲン受容体遺伝子(ar)の出現と分子進化の模式図)(19, 21)19) J. W. Thornton: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 5671 (2001).21) Y. Ogino, S. Tohyama, S. Kohno, K. Toyota, G. Yamada, R. Yatsu, T. Kobayashi, N. Tatarazako, T. Sato, H. Matsubara et al.: J. Steroid Biochem. Mol. Biol., 184, 38 (2018)..ヒトを含む哺乳類はAR遺伝子をX染色体上に1分子種だけ有し,雌雄ともにARを発現するがXXではX染色体の不活化により,父親由来あるいは母親由来の遺伝子座のどちらかが細胞によってランダムに選ばれている(22)22) J. C. Lucchesi, W. G. Kelly & B. Panning: Annu. Rev. Genet., 39, 615 (2005)..AR遺伝子を1コピーしかもたない四肢動物では,脳神経系や内外生殖器などにARが多面的な役割を果たすことから,何らかの変化が生じると体の様々な部分に影響を及ぼす.そのため,遺伝的な変化が起こりにくい状態,つまり遺伝的拘束を強く受けている状態にあると考えられる.一方,真骨魚類においては,興味深いことにAra・Arbと呼ばれる2分子種へと重複し,メダカでは常染色体10番および14番に位置しているが,それぞれの近隣の遺伝子群がヒトのX染色体上の遺伝子群と類似している(20)20) Y. Ogino, H. Katoh, S. Kuraku & G. Yamada: Endocrinology, 150, 5415 (2009)..すなわち周辺遺伝子の並び方(ゲノムシンテニー)が保存されている.さらに,分子系統解析から,真骨魚類の系統で特異的に起きた全ゲノム重複により,2分子種Arオオノログへと重複したことが明らかとなっている(図2図2■アンドロゲン受容体遺伝子(ar)の出現と分子進化の模式図)(20, 23)20) Y. Ogino, H. Katoh, S. Kuraku & G. Yamada: Endocrinology, 150, 5415 (2009).23) V. Douard, F. Brunet, B. Boussau, I. Ahrens-Fath, V. Vlaeminck-Guillem, B. Haendler, V. Laudet & Y. Guiguen: BMC Evol. Biol., 8, 336 (2008)..すなわち,2分子種に重複したことにより遺伝的な拘束から解放され,重要な役割については重複遺伝子の補償作用から冗長性を確保しつつ,新たな役割を獲得したであろうことが予想された.実際,AraはArbよりも進化速度が速く,Arbや四肢動物のARより高い転写活性化能を示す(図3図3■メダカArオオノログの転写活性化能の相違)(20)20) Y. Ogino, H. Katoh, S. Kuraku & G. Yamada: Endocrinology, 150, 5415 (2009)..メダカArオオノログをモデルとしたコンピューターシミュレーション解析から,11KTとLBDの間の水素結合は,Araでは3本であるのに対してArbでは1本のみであり,Araの高い転写活性化能はリガンドとの結合安定性の高さに起因することが示唆された(図3図3■メダカArオオノログの転写活性化能の相違).そこで,LBDに位置するAra特異的な非同義置換に一つずつ変異を入れて,転写活性化能をレポータージーンアッセイによって比較したところ,リガンドとのvan der Waals相互作用を担うとされるヘリックス10/11に位置する非同義置換(メダカAra Y643・Arb F702)がArオオノログ間の転写活性化能の相違を生み出していることが明らかになった(図3図3■メダカArオオノログの転写活性化能の相違)(24)24) Y. Ogino, S. Kuraku, H. Ishibashi, H. Miyakawa, E. Sumiya, S. Miyagawa, H. Matsubara, G. Yamada, M. E. Baker & T. Iguchi: Mol. Biol. Evol., 33, 228 (2016)..Arbのフェニルアラニン(Phe: F)がAraではチロシン(Tyr: Y)に置換しており,このアミノ酸をメダカArオオノログの間で入れ替えると互いの転写活性化能が入れ替わる(図3図3■メダカArオオノログの転写活性化能の相違)(24)24) Y. Ogino, S. Kuraku, H. Ishibashi, H. Miyakawa, E. Sumiya, S. Miyagawa, H. Matsubara, G. Yamada, M. E. Baker & T. Iguchi: Mol. Biol. Evol., 33, 228 (2016)..
図2■アンドロゲン受容体遺伝子(ar)の出現と分子進化の模式図
約5億年前に脊椎動物が出現する過程で生じたとされる2回の全ゲノム重複を含む,複数の遺伝子重複によりステロイドホルモン受容体遺伝子が獲得されてきたことが知られている.アンドロゲン受容体は真骨魚類の系統で特異的に起きたゲノム重複により,2コピーのarオオノログ(全ゲノム重複により重複した遺伝子はオオノログと呼ばれる)へと重複したことが明らかとなっている.
(文献20より改変)
図3■メダカArオオノログの転写活性化能の相違
LBDのhelix10/11に位置するアミノ酸がAraではフェニルアラニン(Phe: F)からチロシン(Tyr: Y)に置換している.このアミノ酸の交換(Ara Y643F, Arb F702Y)により転写活性化能が置換する.11KTとLBDの水素結合を矢印で示した.
(文献24より改変)
真骨魚類は全ゲノム重複後の多くの系統が現生しており,正確な系統関係が明らかにされている(25, 26)25) J. G. Inoue, M. Miya, K. Tsukamoto & M. Nishida: Mol. Phylogenet. Evol., 20, 275 (2001).26) J. G. Inoue, M. Miya, K. Tsukamoto & M. Nishida: Mol. Phylogenet. Evol., 26, 110 (2003)..さらに,真骨魚類に近縁であるが全ゲノム重複が起こっていないガー(27)27) I. Braasch, A. R. Gehrke, J. J. Smith, K. Kawasaki, T. Manousaki, J. Pasquier, A. Amores, T. Desvignes, P. Batzel, J. Catchen et al.: Nat. Genet., 48, 427 (2016).,全ゲノム重複直後に分岐したアロワナ(28)28) C. M. Austin, M. H. Tan, L. J. Croft, M. P. Hammer & H. M. Gan: Genome Biol. Evol., 7, 2885 (2015).やウナギ(29)29) H. J. Jansen, M. Liem, S. A. Jong-Raadsen, S. Dufour, F.-A. Weltzien, W. Swinkels, A. Koelewijn, A. P. Palstra, B. Pelster, H. P. Spaink et al.: Sci. Rep., 7, 7213 (2017).についてもゲノム情報が解析された.そのため系統間の比較・機能解析から,いつどのような変異が起きて新たな機能をもった遺伝子が生じたのか,分子進化の道のりを知ることができる.我々は,この特徴を活かして,Arオオノログ間の転写活性の違いを決めているPheからTyrへの非同義置換の進化学的な重要性を検証した.全ゲノム重複直後の分岐系統であるニホンウナギのAraには,このアミノ酸置換が生じていないため,予想通りArオオノログ間で転写活性化能に大きな違いは見られない.続いて,PheからTyrへの非同義置換をニホンウナギのArオオノログに人為的に導入したところ,いずれもAraに特徴的な高い転写活性化能を示した(24)24) Y. Ogino, S. Kuraku, H. Ishibashi, H. Miyakawa, E. Sumiya, S. Miyagawa, H. Matsubara, G. Yamada, M. E. Baker & T. Iguchi: Mol. Biol. Evol., 33, 228 (2016)..この結果は,真骨魚類の進化の過程でAraがArbより高い転写活性を獲得するには,このアミノ酸置換が必要十分であったことを示唆している.さらにこのアミノ酸置換は全ゲノム重複直後ではなく,少なくともウナギ目が分岐した後,おそらく真骨魚類のゲノム再編成のプロセスで生じたと推定された(21, 24)21) Y. Ogino, S. Tohyama, S. Kohno, K. Toyota, G. Yamada, R. Yatsu, T. Kobayashi, N. Tatarazako, T. Sato, H. Matsubara et al.: J. Steroid Biochem. Mol. Biol., 184, 38 (2018).24) Y. Ogino, S. Kuraku, H. Ishibashi, H. Miyakawa, E. Sumiya, S. Miyagawa, H. Matsubara, G. Yamada, M. E. Baker & T. Iguchi: Mol. Biol. Evol., 33, 228 (2016)..
全ゲノム重複により全ての遺伝情報が倍加した後,多くの場合は重複した遺伝子の片方はゲノムから失われる.しかし,重複遺伝子の間でそれぞれの時空間的な発現パターン,あるいはタンパク質としての機能が有利に変化する突然変異が起こると重複遺伝子は双方ともゲノムに維持される.このような重複遺伝子は生物の体の複雑化に貢献していると考えられている(30)30) J. Inoue, Y. Sato, R. Sinclair, K. Tsukamoto & M. Nishida: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 14918 (2015)..さらに,真骨魚類の全ゲノム重複後のゲノムの再編成のプロセスが時間軸に沿って解析され,ゲノム重複後の大規模な重複遺伝子の欠失後に生じた各系統独自の遺伝子別の欠失や,重複遺伝子の片方あるいは双方の別の機能を持つ遺伝子への変化が真骨魚類の爆発的な多様化と深く関わっていることが示された(30)30) J. Inoue, Y. Sato, R. Sinclair, K. Tsukamoto & M. Nishida: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 14918 (2015)..重複後約3億年を経てもなおゲノムに維持されているarオオノログは,機能の分担や新たな機能の獲得により,真骨魚類の内分泌機能や多様な繁殖様式の進化に貢献した可能性が考えられた.
真骨魚類は約2万6千種が含まれる脊椎動物最大のグループである.多様な環境に適応放散し,二次性徴形質も鰭の伸長や交接器への変化,婚姻色などの外部形態,繁殖行動など多種多様である.我々が主な研究対象としているミナミメダカ(Oryzias latipes)は雄に特徴的な鰭や歯の形態,体色,婚姻色の発現,雌の追尾や側面誇示,円舞行動などからなる一連のステレオタイプな繁殖行動など,多彩な二次性徴を示す.雄の背鰭には切れ込みがあり,臀鰭は雌が三角形に近い形であるのに対して,雄は平行四辺形に近く,乳頭状小突起と呼ばれる鰭の骨(鰭条)からの突起物が形成される(図4図4■メダカの外部形態に現れる代表的な二次性徴)(31)31) M. Yamamoto & N. Egami: Copeia, 1974, 262 (1974)..これら雄に特徴的な鰭の形態はメダカの性行動に関連しており,雌を抱きやすく,多くの未受精卵を受け止めやすい,といったメリットにつながることが山本時男博士,江上信雄博士などによって示されている(32~34)32) K. Takeuchi: J. Dent. Res., 46, 750 (1967).33) N. Egami & M. Nambu: J. Fac. Sci Tokyo Univ., IV, 263 (1961).34 江上信雄:“メダカに学ぶ生物学”,中央公論社,1989..雄の歯は前方に大きくせり出しており,両側の歯が牙状に肥大する(図4図4■メダカの外部形態に現れる代表的な二次性徴).雄同士が顔面からぶつかって闘争するためか,雄では歯が折れていることが多い.したがって,歯の構造変化は闘争形質であると予想される(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..これら鰭や歯の表現型は雌へのアンドロゲン投与により誘導されることから,アンドロゲン依存的な二次性徴であることが確認されている(32, 34, 36, 37)32) K. Takeuchi: J. Dent. Res., 46, 750 (1967).34 江上信雄:“メダカに学ぶ生物学”,中央公論社,1989.36) T. Yamamoto: J. Exp. Zool., 123, 571 (1953).37) T. Yamamoto: J. Exp. Zool., 137, 227 (1958)..
図4■メダカの外部形態に現れる代表的な二次性徴
雄は臀鰭が雌よりも長く,臀鰭の鰭条からの分岐構造である乳頭状小突起(図中に円,矢印で示した)を有している.臀鰭と切れ込みのある長い背鰭で,雌を包接し産卵を促す.雄は外側に大きくせり出した歯を有している.最も外側の歯は牙のように肥大している(矢頭).ara/arbの二重変異体ar DKOは雄に特徴的な外部形態を欠損している.(文献35, 文献55より改変)
メダカの配偶行動は,一連のステレオタイプな流れで行われる(31, 38, 39)31) M. Yamamoto & N. Egami: Copeia, 1974, 262 (1974).38) Y. Nishiike, D. Miyazoe, R. Togawa, K. Yokoyama, K. Nakasone, M. Miyata, Y. Kikuchi, Y. Kamei, T. Todo, T. Ishikawa-Fujiwara et al.: Curr. Biol., 31, 1699 (2021).39) Y. Ono & T. Uematsu: J. Fac. Sci. Hokkaido. Univ. Ser. VI. Zool., 13, 197 (1957)..雄の配偶行動は雌を追尾することで始まり,雌に対して特徴的な求愛円舞を複数回行い,雄が自身の臀鰭と背鰭で雌を抱き,30秒前後細かく体を震わせて雌に産卵を促し,雌の放卵とともに放精する.メダカは遺伝学的な解析が容易であり,実験室でこれら性に関する形態・行動の多くの表現型を定量できるなど,二次性徴の分子基盤を遺伝学的に解析する上で有利な特性を有している.さらに特筆すべきことに,近年,インドネシアのスラウェシ島とその周辺に生息するメダカ科の種分化史がゲノムに基づき解析され,約500万年という短い期間で,急速な種分化を遂げ,この地域から記載された24種のほとんどが単系統群に含まれることが明らにされた(9, 40)9) S. Ansai, K. Mochida, S. Fujimoto, D. F. Mokodongan, B. K. A. Sumarto, K. W. A. Masengi, R. K. Hadiaty, A. J. Nagano, A. Toyoda, K. Naruse et al.: Nat. Commun., 12, 1350 (2021).40) D. F. Mokodongan & K. Yamahira: Mol. Phylogenet. Evol., 93, 150 (2015)..驚いたことに,雄の婚姻色や鰭の形態がこれら固有種間で顕著に多様化している(9)9) S. Ansai, K. Mochida, S. Fujimoto, D. F. Mokodongan, B. K. A. Sumarto, K. W. A. Masengi, R. K. Hadiaty, A. J. Nagano, A. Toyoda, K. Naruse et al.: Nat. Commun., 12, 1350 (2021)..Arオオノログ下流遺伝子群を同定し,ゲノム上の結合部位や転写制御のメカニズムを種間比較することで,実際の二次性徴形質の進化に貢献する具体的な遺伝要因の詳細を明らかにすることが期待される.
アンドロゲンシグナリングの起点となる遺伝子であるarオオノログの分子進化と真骨魚類の二次性徴形質の多様化との関連性を解明するために,我々はそれぞれの遺伝子の機能を喪失したメダカを用い,外部形態,精子形成,繁殖行動に至るまで雄の表現型を網羅的に解析した(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..メダカにおいて逆遺伝学的に変異体を作製するには,TILLING(Targeting Induced Local Lesion IN Genome)法(41)41) Y. Taniguchi, S. Takeda, M. Furutani-Seiki, Y. Kamei, T. Todo, T. Sasado, T. Deguchi, H. Kondoh, J. Mudde, M. Yamazoe et al.: Genome Biol., 7, R116 (2006).やTALEN(42)42) S. Ansai, K. Inohaya, Y. Yoshiura, M. Schartl, N. Uemura, R. Takahashi & M. Kinoshita: Dev. Growth Differ., 56, 98 (2014).,CRISPR-Cas9(43)43) S. Ansai & M. Kinoshita: Biol. Open, 3, 362 (2014).などのゲノム編集が利用可能である.本稿で紹介するのはTILLINGライブラリーからスクリーニングしたar変異体であるが,TALENで作出したar変異体でも同様の表現型を得ている.我々がスクリーニングしたar変異体(ara KO, arb KO)は1塩基置換による終結コドンの出現によりLBDを欠損しているため,リガンド依存的な転写活性化能を失っていた.TILLINGはライブラリー作製時にENU(エチルニトロソウレア)を使ってランダムミュータジェネシスを行っているので,標的遺伝子の変異を含む個体(F1)は異なる染色体上に多数のバックグラウンド変異を含む.そこで,ENU処理を行っていない野生型系統を使ってF5世代までバッククロスすることで,目的遺伝子の変異以外のバックグラウンド変異を除き,F6世代以降のホモ個体を解析に用いた.
期待通り,ara/arb二重変異体(ar DKO)雄は,外見からは雌雄の判別が難しいほど外部形態の二次性徴を欠損しており,野生型(WT)雌への配偶行動をほとんどとらず,雌との交尾に至ることはなかった(図4図4■メダカの外部形態に現れる代表的な二次性徴).一方で,ara KO, arb KOはいずれも雄に特徴的な求愛円舞行動をとったが,雌と交尾に至る頻度や自然産卵での受精率はWTよりもはるかに低い結果となった.したがって,繁殖に必須の求愛円舞行動の発現は,2つのarオオノログの両方が補償的に担っているが,高い繁殖成功には2コピーの両方が必須であると考えられる.このことは,arオオノログ2コピーの間で何らかの機能的な役割分担が存在することを示唆している.そこで,2コピーそれぞれの変異体の雄の表現型を詳しく比較して両者の役割を調べたところ,arb KO雄はWT雄より臀鰭が短く乳頭状小突起を欠損し,繁殖期に雄の眼から鼻孔の領域に形成される白色素胞の数が少なかった.さらに,性的モチベーションの指標とされる求愛円舞行動の頻度が低く,雌との交尾の成立に長い時間を要した(図5図5■雄の繁殖行動におけるara・arbの役割分担).したがって,arbは主に外部形態の雄化や性的モチベーションを制御していることが明らかとなった.一方,ara KO雄は牙のような歯の発達が明瞭ではなかったものの,鰭の構造や白色素胞には異常がみられなかった.しかし,雌との交尾の成立まで,arb KO雄と同様にWT雄より長い時間を必要とした(図5図5■雄の繁殖行動におけるara・arbの役割分担).興味深いことに,ara KO雄は求愛円舞行動をWT雄よりもやや多くとるが,続いて雌を包接した直後に雌に拒否される頻度が極めて高かった(図5図5■雄の繁殖行動におけるara・arbの役割分担).いずれのar KO個体においても精巣と脳の11KTレベルの低下は観察されなかったため,これらの表現型はアンドロゲンレベルの低下による二次的な結果ではなく,それぞれのarオオノログの機能欠損に依存すると考えられる.したがって,araは闘争形質と思われる外部形態や雌による交尾の受け入れを促す行動要素など,arbとは異なった役割を担うように進化したことが明らかとなった(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..
図5■雄の繁殖行動におけるara・arbの役割分担
arb KOは野生型個体(WT)と比べて,円舞行動の頻度が少なく,性的モチベーションが低い.一方,いずれの変異体も,産卵までに要した時間がWTより長い.ara KOは明らかに雌にリジェクトされる頻度が高いことから,雌を魅了する繁殖行動をとれていないと考えられた.
(文献35より改変)
さらに興味深いことに,ar DKO雄も精巣はしっかりと発達しており,産婦人科で使われる精子運動解析装置CASA(ディテクト社)を用いて,運動精子率や運動速度など精子の運動能を詳しく解析したが異常は検出されなかった.放精しないせいか,精子数はむしろar DKOの方がWT雄より多い.さらに人工授精をおこなったところ,受精能に問題のない精子がar DKO雄に生産されていることが明らかとなった(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..アンドロゲンやエストロゲンなどの性ステロイドホルモン生合成の初段階をコントロールする酵素であるP450c17突然変異メダカ系統でも受精可能な精子が生産されることが知られている(44)44) T. Sato, A. Suzuki, N. Shibata, M. Sakaizumi & S. Hamaguchi: Zool. Sci., 25, 299 (2008)..したがって,少なくともメダカではアンドロゲンシグナルが精子形成に必須でないことが受容体およびリガンド合成双方からの遺伝学的解析により明らかとなった.一方,アンドロゲンシグナルが精子形成に必須の役割を果たすことは哺乳類ではよく知られており,ヒトのAR遺伝子の異常に起因するアンドロゲン不応症(androgen insensitivity syndrome: AIS)では精子形成障害を示す(45)45) O. Hiort & P. M. Holterhus: Int. J. Androl., 26, 16 (2003)..AR KOマウスでは,精子形成が減数分裂の途中で停止する(46)46) S. Yeh, M.-Y. Tsai, Q. Xu, X.-M. Mu, H. Lardy, K.-E. Huang, H. Lin, S.-D. Yeh, S. Altuwaijri, X. Zhou et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 13498 (2002)..真骨魚類では,メダカ以外にゼブラフィッシュとアフリカンシクリッドでar変異体が作成され,表現型解析がなされている.araを失ってarbのみを有しているゼブラフィッシュar変異体では,受精能のある精子が少数ながら分化する(47~49)47) C. M. Crowder, C. S. Lassiter & D. A. Gorelick: Endocrinology, 159, 980 (2018).48) H. Tang, Y. Chen, L. Wang, Y. Yin, G. Li, Y. Guo, Y. Liu, H. Lin, C. H. K. Cheng & X. Liu: Biol. Reprod., 98, 227 (2018).49) G. Yu, D. Zhang, W. Liu, J. Wang, X. Liu, C. Zhou, J. Gui & W. Xiao: Oncotarget, 9, 24320 (2018)..アフリカンシクリッドではarb KOおよびar DKOの精巣サイズが著しく小さくなるが,精子の受精能については明らかではない(50)50) B. A. Alward, V. A. Laud, C. J. Skalnik, R. A. York, S. A. Juntti & R. D. Fernald: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 28167 (2020)..ゲノム重複直後の分岐系統であるニホンウナギの培養条件下での精子形成には11KTが必須であることが知られている(11)11) T. Miura, K. Yamauchi, H. Takahashi & Y. Nagahama: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88, 5774 (1991)..したがって,さらに複数の魚種についての解析が必要であるが,アンドロゲンシグナリングの精子形成に果たす役割は,真骨魚類の系統の中で少なくともメダカ属に至る系統で失われたと考えられる.精子形成といった祖先型の遺伝子が担っていた役割の喪失は,arのような多面発現遺伝子にかかっていた進化的制限を緩和することに繋がり,arオオノログの機能分化を導いた可能性が考えられる(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..
続いて,2つのArオオノログの役割分担の詳細な仕組みを探るために,それらの遺伝子を発現する細胞を蛍光標識により可視化し,かつタグタンパク質FLAGとArが融合タンパク質として発現するノックインメダカ(ara-FLAG-2A-mClover3(Ara-KI),arb-FLAG-2A-mClover3(Arb-KI))を作成した(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..これにより真骨魚類のArオオノログのタンパク質レベルでの組織・細胞内局在の比較が初めて可能となった.実際,ara KO, arb KOの表現型の違いとそれぞれのArの発現パターンや細胞内の局在の違いには相関がみられた.例えば,arb KO雄で欠損する臀鰭の乳頭状小突起周辺部ではArbが強く発現し核に局在していたが,Araの明瞭な核局在は観察されなかった.また性行動を調節すると言われている間脳の視床下部の視索前野(POA)ではいずれも核局在していた.頻度は異なるが円舞行動はara KOとarb KO双方において観察されており,両遺伝子の補償作用が働いていると予想されることから,これらの核局在と表現型には矛盾がない.さらに,我々は雄の性行動の制御を司る遺伝子発現情報を得るために,ara KO, arb KO,及びar DKOの全脳と脳下垂体の発現変動遺伝子群をRNA-seq解析により網羅的に解析した.全脳レベルでのRNA-seqの解像度ではそれぞれの変異体に特異的な表現型を説明し得る決定的な情報を得ることはできなかったものの,Arbは雄の脳において雌的な性行動を促進するEstrogen receptor 2b(ESR2b)の下流制御因子であるnpba遺伝子発現(51)51) T. Hiraki-Kajiyama, J. Yamashita, K. Yokoyama, Y. Kikuchi, M. Nakajo, D. Miyazoe, Y. Nishiike, K. Ishikawa, K. Hosono, Y. Kawabata-Sakata et al.: eLife, 8, e39495 (2019).を抑制するなど,Arオオノログ間ではそれらの下流で働く遺伝子のレパートリーも大きく異なることがわかった(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..したがって,タンパク質のコード領域,ar遺伝子発現を制御するスイッチ領域の双方に突然変異を蓄積して変化していった結果,Arオオノログの役割分担が生じたと推測される.以上の結果から,真骨魚類ではarが2コピーに倍化したことに加え,精子形成の役割を喪失したことがar遺伝子にかかっていた進化拘束を緩和し,雄に特徴的な“かたち、体色、繁殖行動”の進化の起爆剤として働いた可能性が考えられた(図6図6■遺伝子重複によるメダカarオオノログの機能分化(役割分担))(35)35) Y. Ogino, S. Ansai, E. Watanabe, M. Yasugi, Y. Katayama, H. Sakamoto, K. Okamoto, K. Okubo, Y. Yamamoto, I. Hara et al.: Nat. Commun., 14, 1428 (2023)..
アンドロゲンを投与すると雄に特徴的な二次性徴を雌にも誘導可能である.20世紀半ばに盛んに研究され,メダカの外部形態については山本時男博士,江上信雄博士,竹内邦輔博士らによって(32, 34, 36, 37)32) K. Takeuchi: J. Dent. Res., 46, 750 (1967).34 江上信雄:“メダカに学ぶ生物学”,中央公論社,1989.36) T. Yamamoto: J. Exp. Zool., 123, 571 (1953).37) T. Yamamoto: J. Exp. Zool., 137, 227 (1958).,カダヤシの臀鰭から交接鰭への変化についてはTurner(52, 53)52) C. L. Turner: Biol. Bull., 80, 371 (1941).53) C. L. Turner: Physiol. Zool., 15, 263 (1942).によって詳細な解剖学的な知見が報告されたが,その分子機構については長く未解明であった.我々はメダカとカダヤシを用いて研究を進め,カダヤシの臀鰭の交接器への変化ではソニックヘッジホッグ(sonic hedgehog: Shh)(54)54) Y. Ogino, H. Katoh & G. Yamada: FEBS Lett., 575, 119 (2004).,メダカの臀鰭の乳頭状小突起形成では骨形成因子7(bone morphogenetic protein 7: Bmp7)やWnt/β-cateninシグナリングの重要な転写因子(lymphoid enhancer-binding factor 1: lef1)など(55)55) Y. Ogino, I. Hirakawa, K. Inohaya, E. Sumiya, S. Miyagawa, N. Denslow, G. Yamada, N. Tatarazako & T. Iguchi: Endocrinology, 155, 449 (2014).をアンドロゲンによる二次性徴を誘導するアンドロゲンエフェクター(アンドロゲンにより発現変動する遺伝子をアンドロゲンエフェクターと呼ぶ)として同定してきた.カダヤシではShhが臀鰭先端部の細胞増殖を亢進し,交接鰭への伸長を導く(54, 55)54) Y. Ogino, H. Katoh & G. Yamada: FEBS Lett., 575, 119 (2004).55) Y. Ogino, I. Hirakawa, K. Inohaya, E. Sumiya, S. Miyagawa, N. Denslow, G. Yamada, N. Tatarazako & T. Iguchi: Endocrinology, 155, 449 (2014)..shh遺伝子は鰭の骨(鰭条)の発生に必須の因子であり,カダヤシ稚魚の鰭条発生過程においても発現する.shhを中心とした鰭発生に必要な遺伝子群が性成熟時にアンドロゲンによって再誘導されることによって,カダヤシの交接鰭は形成されると考えられる.すなわち二次性徴は既存の遺伝子が使い回され,異なるタイミングで発現することで形成される,発生現象の異時性(ヘテロクロニー)と捉えることができる(56)56) Y. Ogino, S. Miyagawa, H. Katoh, G. S. Prins, T. Iguchi & G. Yamada: Evol. Dev., 13, 315 (2011)..実際,shh遺伝子の他にも,muscle segment homeobox C(msxC)(57)57) H. Zauner, G. Begemann, M. Mari-Beffa & A. Meyer: Evol. Dev., 5, 466 (2003).や繊維芽細胞増殖因子受容体fibroblast growth factor receptor 1(fgfr1)(58)58) E. K. Brockmeier, Y. Ogino, T. Iguchi, D. S. Barber & N. D. Denslow: Aquat. Toxicol., 128-129, 163 (2013).などの鰭の発生や再生過程で重要な役割を果たす遺伝子の発現が,鰭の先端部でアンドロゲン依存的に発現する.サメやエイなどの軟骨魚類では,腹鰭の一部が交接器(クラスパー)として機能するが,このクラスパーの形成においても,shh遺伝子がアンドロゲンよって誘導されることが報告され(59)59) K. L. O’Shaughnessy, R. D. Dahn & M. J. Cohn: Nat. Commun., 6, 6698 (2015).,種を超えたアンドロゲンエフェクターとしてのshhの重要性が注目される.一方,メダカの臀鰭の二次性徴ではBmpやWnt/β-cateninシグナリング関連因子の発現が,伸長中の乳頭状小突起先端部で発現し,間葉細胞の増殖,骨芽細胞への分化を制御している(図7図7■アンドロゲン投与により,雌の臀鰭に乳頭状小突起が誘導される)(55)55) Y. Ogino, I. Hirakawa, K. Inohaya, E. Sumiya, S. Miyagawa, N. Denslow, G. Yamada, N. Tatarazako & T. Iguchi: Endocrinology, 155, 449 (2014)..今後さらに二次性徴に関わる遺伝子の同定が進むと予想されるが,アンドロゲン応答性を導いた具体的な変異を同定し,arオオノログの分子進化に依存したシグナリングカスケードの拡張プロセスの詳細を明らかにすることで,二次性徴形質の迅速な進化機構についての理解が深まると期待される.
全ゲノム重複によるar遺伝子の重複進化が真骨魚類にみられる美しいかたちや行動などの多様な二次性徴形質の獲得進化の原動力として働いたことが,メダカを用いたar変異体の網羅的な表現型解析から強く示唆された.これまで,重複した遺伝子群は,祖先的な役割を保ちながら,役割を新たに獲得,あるいは分担することにより,より複雑な仕組みを作り上げると理解されてきた.しかし,今回の発見により,祖先遺伝子が体の中で担っていた役割を大胆に捨て,かつコピー数を増やして仕事の分担を進めて特殊化していったことにより,真骨魚類の多様化と繁栄をもたらした美しく長い鰭や華麗な交尾ダンスが獲得されたと考えられた.ゲノム進化により生物の性的特徴の多様化が生み出されたプロセスの一端を解明できた.一方で,Araに獲得された高い転写活性化能とAraが担う表現型発現との関連性については説明できていない.さらに,二次性徴の特徴である迅速な進化機構・組織特異的な発現を可能とする詳細な分子メカニズムの解明はまだ黎明期である.その原因の一つは,Arオオノログそれぞれの空間的な発現パターンやゲノム上の結合領域などの解析に必要な特異的抗体が無いことであった.我々は,この問題を打破するために,ノックインメダカAra-KI・Arb-KI系統を作出した(54)54) Y. Ogino, H. Katoh & G. Yamada: FEBS Lett., 575, 119 (2004)..この系統を用いることで,器官・組織・細胞内のArオオノログの空間的な分布の詳細,FLAG抗体によるクロマチン免疫沈降(ChIP)やCut&Run-seq等によるゲノム上のAr結合領域の網羅的な解析が可能である.RNA-seqによるアンドロゲンエフェクター因子についての情報を統合し,Arオオノログそれぞれの下流標的遺伝子の同定と遺伝子発現制御機構の解明から,アンドロゲン応答性を導いた具体的な変異の同定やArと相互作用する因子の同定など,二次性徴形質の進化を導いた遺伝要因についての理解が進むことが期待される.東アジアや東南アジアに37種以上が生息し,雄に特徴的な“かたちや繁殖行動”に顕著な多様性を示すメダカ科魚類は,二次性徴の進化と種分化との関連性を研究する上でとても魅力的である.アンドロゲンエフェクター因子の種差やその調節の仕組みを近縁種間で詳しく比較することで,かたち,体色,繁殖行動の多様化を導いた分子基盤の詳細を明らかにしたいと考えている.
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