Kagaku to Seibutsu 62(8): 361 (2024)
巻頭言
閉塞感を打ち破る人材
Published: 2024-08-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
最近の日本の経済力,技術力の減退,日本から発信される学術論文数の減少の話題に接する時,さらに,「働き方改革」という言葉を聞く時,私のように恩師から厳しい指導を受けた者は日本の将来への不安を抱いてしまう.どのような人材がどのような働き方をすれば,現在のように行き詰まった日本が活性化するのだろうと,ついつい,ぼんやりと考えてしまう.まずは,私のような凡人は,精一杯全力を尽くして働くしかない.それとともに,枠をはみ出しそうな,常識と非常識との間で生きているような才能ある人を応援したい.過去の日本において,それぞれの時代にはそれぞれの突破すべき難問があり,これを解決へ導いたのは,決められた枠に収まらない判断をして行動した,その時代では問題児,異常に見えた,情熱を持った「変人」ではなかったかと思う.彼らの中には,周りの人に理解されず,嫌われ,権力者から迫害も受け,中には投獄された者もいた.しかし,その逆境を糧として彼らは独立して志を貫き,他人の力により得た地位を嫌い,自分の進む道を自力で開き,時には自力で構築したネットワークを活用して新たな時代を築こうと行動した.現在,その名が残る芸術家もそうであったろう.それまでの伝統に満足せず新たな境地を築き上げ,時には評論家を含む多くの人々から批判され,生前に評価されることはなく無名であったが,現在では誰もが知っているような大芸術家も少なくないのではないか.
私の身近な3名の気になる人を紹介する.1人は私の親戚なのだが,彼は,国内の大学の修士課程を修了後,国外の大学の博士課程に進み博士号を修得した.その後,国外でポスドクを経験後,国外の研究所にポストを得て現在に至っており,これまでに日本でのポストに着くことはなかったが,研究業績が認められて海外の学会からメダルを授与された.2人目は,私の研究室の卒業生である.修士課程修了後,国内の他大学の異なる学部の博士課程に進学し,かなり厳しい指導に耐え抜き5年かけて博士号を修得した.彼はこの間の厳しい指導をありがたく思っている.その後,国内の研究所を経て国外の有名研究室でポスドクについた.このまま帰国することはないだろうと思っていたら,優秀な者は使われるだけとの理由から,ボスの推薦状を持って日本国内で就活を始めた.その結果,2社から内定をいただいたそうだがそれらを断って,国内の現在注目されている異分野の研究室でポスドクを始めた.私としては,この若い力を何とかして活かせる日本社会であって欲しいと思っている.3人目は,ある業界の会社の幹部で,会社の研究で博士号を取得した方で,その業界では一般には重要でないと言われる研究分野が最も重要であると主張している.彼ら3名に共通しているのは,独自の広いネットワークを持っているということであり,独立した自由な志を持っているが,決して孤立しておらず生き生きとしている.
今後,彼らのような型にはまらない人材の活躍が,日本の閉塞感を打ち破るのではないかと期待しているが,各研究者の個性を十分に発揮できる環境を,地方大学を含めた各大学に確保することが日本の研究力強化のためには必要だと考えている.