Kagaku to Seibutsu 62(8): 365-368 (2024)
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低温に曝されたオオムギの根で発現する謎多き遺伝子CISP
CISP遺伝子がコードする低分子塩基性タンパク質の特徴と推定機能
Published: 2024-08-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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シダ類から進化して誕生した種子植物は,わずか数億年の間に地球上の様々な環境に適応進化し,生息域を広げている.ただし,それら植物の多くは生命活動に有利な熱帯や温帯など温暖な地域に分布しており,寒帯や亜寒帯などの寒冷な環境を好む植物は多くない.なぜなら,低温は発熱できない植物に対して様々な生育障害をもたらすからである.では,なぜ一部の植物は低温環境でも生命活動を維持できるのだろうか.様々なしくみ(1~7)1) R. Nakabayashi, K. Yonekura-Sakakibara, K. Urano, M. Suzuki, Y. Yamada, T. Nishizawa, F. Matsuda, M. Kojima, H. Sakakibara, K. Shinozaki et al.: Plant J., 77, 357 (2013).2) D. V. Lynch & P. L. Steponkus: Plant Physiol., 83, 761 (1987).3) M. A. Hughes & M. A. Dunn: J. Exp. Bot., 47, 291 (1996).4) L. Bravo, T. J. Close, L. J. Corcuera & C. L. Guy: Physiol. Plant., 106, 177 (1999).5) C. Yue, H. L. Cao, L. Wang, Y. H. Zhou, Y. T. Huang, X. Y. Hao, Y. C. Wang, B. Wang, Y. J. Yang & X. C. Wang: Plant Mol. Biol., 88, 591 (2015).6) D. Y. Sung & C. L. Guy: Plant Physiol., 132, 979 (2003).7) T. Kutsuno, S. Chowhan, T. Kotake & D. Takahashi: Physiol. Plant., 175, e13837 (2023).でそれら植物が低温に対処していることは知られているが,未だその全貌は明らかになっていない.
一般に,低温に強い植物としてまず思い浮かぶのはマツなどの針葉樹であるが,人類にとって大切な穀物の一つであるオオムギ(Hordeum vulgare)も優れた低温耐性を持つ.実際に,研究で使用しているオオムギ(秋まき性品種:ミドリムギ)は,実生の状態で雪に埋もれても葉が黄化して枯死することはない(図1A図1■(A)雪に埋もれても枯れることがないオオムギ,(B)CISPホモログを持つ植物の系統関係を示すために葉緑体ゲノムにコードされるmatK遺伝子の塩基配列をもとに作成した分子系統樹,(C)CISPホモログがコードするタンパク質のアミノ酸配列の相同性).さすがに低温環境では生育が抑制されるが,春になり気温が上昇すれば再び成長を再開する.
図1■(A)雪に埋もれても枯れることがないオオムギ,(B)CISPホモログを持つ植物の系統関係を示すために葉緑体ゲノムにコードされるmatK遺伝子の塩基配列をもとに作成した分子系統樹,(C)CISPホモログがコードするタンパク質のアミノ酸配列の相同性
私たちはこのオオムギの優れた低温耐性に興味を持ち,低温下で特異的に発現する遺伝子の転写産物をHigh Coverage Expression Profiling法(8)8) R. Fukumura, H. Takahashi, T. Saito, Y. Tsutsumi, A. Fujimori, S. Sato, K. Tatsumi, R. Araki & M. Abe: Nucleic Acids Res., 31, e94 (2003).で網羅的に解析した.そして,機能未知の小さなタンパク質(CISP: Cold Induced Small Protein)をコードする遺伝子CISPが,低温下で顕著に発現していることを発見した(9)9) M. Ying & S. Kidou: Plant Sci., 260, 129 (2017)..BLAST検索でCISPのホモログを検索すると,不思議なことに限られた植物でしかホモログが見つからない.具体的には,イネ科の特定の亜科(イチゴツナギ亜科,キビ亜科,イネ亜科)に属する植物と,トマトの原種であるSolanum pimpinellifolium(被子植物ナス科)および針葉樹のPicea sitchensis(裸子植物マツ科)のみである.
図1B図1■(A)雪に埋もれても枯れることがないオオムギ,(B)CISPホモログを持つ植物の系統関係を示すために葉緑体ゲノムにコードされるmatK遺伝子の塩基配列をもとに作成した分子系統樹,(C)CISPホモログがコードするタンパク質のアミノ酸配列の相同性は,CISPのホモログを持つ植物の系統関係を見るために作成した分子系統樹で,CISPホモログが見つかっている植物には*印を付けた.シダ類やコケ類でCISPホモログの登録がないことから,CISPは裸子植物が獲得した遺伝子が起源になっている可能性がある.しかし,CISPホモログの存在は他の裸子植物では確認できず,被子植物でもイネ科以外ではナス科のSolanum pimpinellifoliumで確認できるのみである.もちろん,単に遺伝子配列が登録されていないだけの可能性も否定できないが,少なくともゲノム解析が行われたモデル植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では遺伝子が登録されていない.したがって,CISPは未知のウイルスなどからマツ科,ナス科,イネ科の一部植物に水平伝播でもたらされた可能性が高い.なお,同じイネ科でもイネ(Oryza sativa)をはじめ*印を付けていない植物にはホモログが見つからない.よって,それらの植物ではCISPホモログが偽遺伝子化していると思われる.事実,イネのゲノムを検索すると12番染色体にCISPと相同な配列が見つかるが,開始コドンが無く転写も確認できない.
オオムギゲノムには相同性が高い3種類のCISP遺伝子が存在する.それらは,低温に対する発現応答や発現部位が同じであるため,遺伝子重複が起きた後も同じ役割を担っていると推察できる.なお,各CISP遺伝子がコードするCISPタンパク質はいずれも推定分子量が10 kDa以下と小さく,内部にリジンやアルギニンなどの塩基性アミノ酸を豊富に含む(図1C図1■(A)雪に埋もれても枯れることがないオオムギ,(B)CISPホモログを持つ植物の系統関係を示すために葉緑体ゲノムにコードされるmatK遺伝子の塩基配列をもとに作成した分子系統樹,(C)CISPホモログがコードするタンパク質のアミノ酸配列の相同性).そのためCISPは塩基性のタンパク質で,DNAと結合してヌクレオソーム構造を形成するヒストン(H2A, H2B, H3, H4)と類似の特徴を持つ.なお,オオムギCISPタンパク質のアミノ酸配列は,コムギ(Triticum aestivum)など低温耐性を持つイチゴツナギ亜科のCISP相同タンパク質には保存されているが,トウモロコシ(Zea mays)などの低温耐性を持たない亜科が持つCISP相同タンパク質には保存されていない.よって,その違いがイネ科植物の低温耐性を支配している可能性があり,とても興味深い.
オオムギCISPの発現は,低温環境で数百倍に誘導される(9)9) M. Ying & S. Kidou: Plant Sci., 260, 129 (2017)..温度が低下すると代謝が悪くなり遺伝子の転写量も全体的に減少するが,CISPの転写量は逆行して増加する.したがって,CISPから作られるCISPタンパク質が,低温環境で重要な役割を担っているのは間違いないと思われる.しかし,その発現部位は根の根端や側根の分裂組織である.根は冬季も外気の低温に曝されない土の中に伸びているため,一般に低温耐性に重要な器官とは考えられていない.事実,植物が低温馴化する過程で生じる生理的変化は主に葉など地上部の組織で観察され,関連遺伝子も同じ地上部の組織で発現している.勿論,根で作られたCISPタンパク質が維管束を通じて地上部に運ばれている可能性もあるが,一部は移動しても多くは根に留まっていると考えるのが一般的である.
では,CISPタンパク質は,低温下の根でどの様な役割を担っているのだろうか.低温条件ではmRNAが分子内に二次構造を形成するため翻訳活性が低下する.それは根の代謝を低下させて植物体の枯死を招くため,低温下でも翻訳活性を維持するため分子シャペロンが存在すると予想される.大腸菌では,実際にそのような分子シャペロンCsps(Cold shock proteins)が報告されている(10)10) P. L. Graumann & M. A. Marahiel: Trends Biochem. Sci., 23, 286 (1998)..私たちは,CISPタンパク質もCspsと同様の機能を持つと予想している.オオムギのCISPタンパク質が人工合成したRNAと結合することは,in vitroの実験で確認できている(9)9) M. Ying & S. Kidou: Plant Sci., 260, 129 (2017)..なお,Cspsに保存されている低温ショックドメインを持つWCSP1がコムギで単離され,分子シャペロンとしての活性を持つことが大腸菌の変異株を用いた実験で確認されている(11)11) K. Nakaminami, D. T. Karlson & R. Imai: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 10122 (2006)..ただし,WCSP1は地上部の分裂組織で発現しているため,根ではなく地上部の低温耐性(翻訳活性の維持)に関わっていると思われる.CISPタンパク質の真の機能を理解するためには更なる解析が必要であるが,これまでの解析結果を踏まえると,CISPは分子シャペロンとして冬季の根が翻訳活性を維持するのに役立っていると推察できる.オオムギが冬季を乗り越えるには,根が活力を維持し続ける(根が地上部の組織に養分や水分を供給する器官として働く)必要があり,CISPタンパク質はその鍵になっていると期待している.実際,CISPを発現する細胞はCISPを発現しない細胞に比べて低温下での増殖が良いことも確認できている(投稿準備中).
なお,大腸菌で同定されたCspsの一つであるCspCが多様な環境ストレスに対する耐性に関与する(12)12) E. Cardoza & H. Singh: J. Appl. Microbiol., 132, 785 (2022).ことや,Cspsと同じ低温ショックドメインを持つシロイヌナズナのAtCSP3が塩や乾燥ストレスに対する耐性に関与する(13)13) M. H. Kim, S. Sato, K. Sasaki, W. Saburi, H. Matsui & R. Imai: FEBS Open Bio, 3, 438 (2013).ことも報告されているが,オオムギのCISPも低温以外に過剰な重金属ストレス条件下で誘導されることがわかっている(14)14) M. Ying, H. Yasuda, S. Kobayashi, N. Sakurai & S. Kidou: EEB, 165, 53 (2019)..よって,それら分子シャペロンは低温以外の多様な環境ストレスに対する耐性の付与にも関与している可能性が高く,大変興味深い.
現在,地球の温暖化が叫ばれているとは言え,やはり低温が植物の生育に悪影響を及ぼすのは間違いなく,日本でも冷夏で米の収穫量が減り米不足になるという問題がしばしば発生している.よって,低温耐性を向上させた作物や花卉類の開発は,依然として農業的に重要な課題である.その解決には植物が進化の過程で獲得した様々な低温耐性の機構を理解して品種改良に活用する必要があり,CISP遺伝子およびその翻訳産物であるCISPタンパク質の研究は,その一端を担うことができると考えている.
Reference
1) R. Nakabayashi, K. Yonekura-Sakakibara, K. Urano, M. Suzuki, Y. Yamada, T. Nishizawa, F. Matsuda, M. Kojima, H. Sakakibara, K. Shinozaki et al.: Plant J., 77, 357 (2013).
2) D. V. Lynch & P. L. Steponkus: Plant Physiol., 83, 761 (1987).
3) M. A. Hughes & M. A. Dunn: J. Exp. Bot., 47, 291 (1996).
4) L. Bravo, T. J. Close, L. J. Corcuera & C. L. Guy: Physiol. Plant., 106, 177 (1999).
6) D. Y. Sung & C. L. Guy: Plant Physiol., 132, 979 (2003).
7) T. Kutsuno, S. Chowhan, T. Kotake & D. Takahashi: Physiol. Plant., 175, e13837 (2023).
9) M. Ying & S. Kidou: Plant Sci., 260, 129 (2017).
10) P. L. Graumann & M. A. Marahiel: Trends Biochem. Sci., 23, 286 (1998).
11) K. Nakaminami, D. T. Karlson & R. Imai: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 10122 (2006).
12) E. Cardoza & H. Singh: J. Appl. Microbiol., 132, 785 (2022).
13) M. H. Kim, S. Sato, K. Sasaki, W. Saburi, H. Matsui & R. Imai: FEBS Open Bio, 3, 438 (2013).
14) M. Ying, H. Yasuda, S. Kobayashi, N. Sakurai & S. Kidou: EEB, 165, 53 (2019).