Kagaku to Seibutsu 62(8): 378-386 (2024)
解説
糖鎖プロファイリング技術の現状と今後
糖鎖の1細胞解析
The Current Status and Future Perspective of Glycan Profiling Technologies: Single-Cell Analysis of Glycans
Published: 2024-08-01
微生物から哺乳類細胞に至るまで,全ての細胞の表面は糖鎖という生体物質によって覆われている.糖鎖は単糖が鎖状に連結した物質であり,細胞内外において生命に必須の役割を担っている.また糖鎖は細胞同定のための目印(細胞マーカー)や創薬標的として利用が進んでいる.しかし糖鎖は構造が複雑,多様で,解析するには多くの時間と労力が必要であった.レクチンを用いた糖鎖プロファイリング技術は複雑な細胞・組織の解析に利用されてきた.さらに最近では1細胞ごとの糖鎖と遺伝子を同時解析する技術が開発された.本稿ではレクチンを用いた糖鎖プロファイリングについて解説する.
Key words: 糖鎖プロファイリング; 1細胞解析; レクチン; 次世代シーケンサー
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
糖鎖は単糖が鎖状に連結することで構成される生体物質であり,細胞の最も外側を覆っており,その厚さは約30 nmと言われている.ヒトの糖鎖を構成する主な単糖として,グルコース(Glc),N-アセチルグルコサミン(GlcNAc),ガラクトース(Gal),N-アセチルガラクトサミン(GalNAc),マンノース(Man),キシロース(Xyl),グルクロン酸(GlcA),フコース(Fuc),シアル酸(Sia),イズロン酸(IdoA)などの10種類があり,これらがグリコシド結合することで形成される.核酸やタンパク質が直鎖配列しかとりえないのに対し,糖には結合に利用できる水酸基が複数存在するため,分岐構造を形成できるという特徴がある.そのため糖鎖は分子量が同じであってもアノマー異性体や結合異性体などの異性体が存在しており,多様な構造を形成する.例えばグルコース2糖でも,Glcβ1-4Glc(セロビオース,この2糖のポリマーはセルロース),Glcα1-4Glc(マルトース,この2糖のポリマーはデンプン),Glcα1-1Glc(トレハロース)などがあり,性質が全く異なる物質が形成される.糖鎖は生体内においては一般的にタンパク質や脂質に結合した糖タンパク質,糖脂質,プロテオグリカンなどの複合糖質として存在する.
膜タンパク質や分泌タンパク質など細胞外に分泌されるタンパク質のほとんどが糖鎖で修飾された糖タンパク質である.糖鎖が結合するタンパク質のアミノ酸部位は決まっており,アスパラギン(Asn)側鎖かセリン/スレオニン(Ser/Thr)側鎖に結合するのが一般的である.Asnに結合する糖鎖はN型糖鎖,Ser/Thrに結合する糖鎖はO型糖鎖と呼ばれる.N型糖鎖が比較的長く分岐した複雑な構造を取るのに対し,O型糖鎖は比較的短い構造を示す.また,細胞外マトリックスに豊富に存在するグリコサミノグリカンは,2糖単位が約50~200程度繰り返された直鎖構造を示し,その多くは硫酸化されている.主なグリコサミノグリカンとして,ヒアルロン酸,ヘパリン,ヘパラン硫酸,コンドロイチン硫酸,デルマタン硫酸,ケラタン硫酸などがある.遊離の状態で存在するヒアルロン酸を除き,グリコサミノグリカンはコアタンパク質のSer残基に結合しており,これらはプロテオグリカンとして分類されている.
糖脂質は細胞膜や細胞内膜構造に存在し,脂質二重膜に存在する脂質に糖鎖が結合した構造を持つ.動物に存在する主要な糖脂質はセラミドの1位の水酸基に糖鎖が結合したスフィンゴ糖脂質である.セラミドにグルコースが結合したものがグルコシルセラミド,ガラクトースが結合したものがガラクトシルセラミドと呼ばれている.グルコシルセラミドは全ての組織で発現している一方で,ガラクトシルセラミドは脳などの神経系の細胞膜に豊富に存在する.
糖鎖は,細胞の種類や,癌化や分化などの細胞状態によって変化することが知られている.特に細胞の癌化は糖鎖構造を大きく変化させ,通常の細胞には存在しない異常糖鎖を発現することから,これらが腫瘍マーカーとして広く利用されている.例えば,糖鎖の非還元末端に存在する糖鎖エピトープであるシアリルルイスX(SLX,肺癌,消化器癌など腺癌全般に高発現)やシアリルルイスA(CA19-9,主に膵癌に高発現),O型糖鎖であるシアリルTn(STN,主に卵巣癌,胃癌に高発現)などがある.このように癌では,糖鎖末端にシアル酸が結合したシアリル化糖鎖が多く発現している.興味深いことに,この過剰なシアリル化が癌の免疫逃避に関与していることが近年明らかとなっている.免疫細胞の細胞表面上には,シグレックと呼ばれるシアル酸受容体が発現している.シグレックの細胞内ドメインには細胞内に抑制性シグナルを伝達するimmunoreceptortyrosine-based inhibitory motif(ITIM)があり,シアル酸と結合すると免疫細胞の活性化を抑制する働きがある.そのためシグレックがシアル酸を過剰発現している癌細胞に結合すると,免疫細胞の活性化を抑制し,その攻撃を回避することができる.2022年ノーベル化学賞受賞者であるCarolyn Bertozzi博士らのグループはこの点に着目し,シアル酸を分解する酵素であるシアリダーゼと癌抗原HER2に対する抗体を融合した抗HER2抗体–シアリダーゼ複合体を開発した(1)1) H. Xiao, E. C. Woods, P. Vukojicic & C. R. Bertozzi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 10304 (2016)..抗HER2抗体–シアリダーゼ複合体を作用させるとHER2陽性癌細胞表面のシアル酸を特異的に除去でき,免疫抑制を解除することができる.これを複数のマウス癌モデルに投与すると,癌特異的なシアル酸除去と抗腫瘍免疫の強化により,癌の進行が停止することが確認されている(2)2) M. A. Gray, M. A. Stanczak, N. R. Mantuano, H. Xiao, J. F. A. Pijnenborg, S. A. Malaker, C. L. Miller, P. A. Weidenbacher, J. T. Tanzo, G. Ahn et al.: Nat. Chem. Biol., 16, 1376 (2020)..このように,糖鎖は癌をはじめとする様々な疾患の病態に関与しており,診断から治療まで様々なシーンで活用されている.
細胞や組織に発現する糖鎖を解析するために,これまでに様々な解析法が開発されてきた.これらの手法には,質量分析(MS),高速液体クロマトグラフィー(HPLC),核磁気共鳴(NMR),キャピラリー電気泳動(CE)などがある.MSを使用した方法は糖鎖の詳細な構造解析が可能であるため汎用されているが,検体から糖鎖を遊離・分離・精製するなどの煩雑な前処理が必要であり,比較的大量の試料が解析に必要とされるなどの課題があった.2005年に簡便・迅速に糖鎖をプロファイリングするための技術としてレクチンマイクロアレイが登場した(3)3) A. Kuno, N. Uchiyama, S. Koseki-Kuno, Y. Ebe, S. Takashima, M. Yamada & J. Hirabayashi: Nat. Methods, 2, 851 (2005)..レクチンとは,糖鎖に結合するタンパク質群の総称であり,先述のシグレックもレクチンの1種である.レクチンは植物からヒトに至るまで多様な生物種で発見されており,様々な糖鎖構造に対し特異性を示すことから,糖鎖の検出プローブとして古くから利用されてきた.レクチンマイクロアレイでは,そうした糖鎖結合特異性を持つレクチンがスライドガラス上にスポットされ,固定化されている.次いで,糖鎖を含む生体試料を蛍光標識し,レクチンマイクロアレイとインキュベートする.その後,各レクチンのスポット上の蛍光量を測定することにより,生体試料中の糖鎖と各レクチンの結合プロファイルを得ることができる(図1図1■レクチンマイクロアレイの概略).これにより,厳密な糖鎖構造の決定には至らないものの,糖鎖エピトープの種類や量比,分岐度,修飾の度合いといった糖鎖の主だった特徴を抽出し,測定した検体間で比較解析することができる.レクチンマイクロアレイのユニークな点は試料を蛍光標識さえできれば,糖鎖を切り離すことなく様々な生体試料を解析できる点である.これまでに,精製糖タンパク質から血清/血漿,細胞/組織溶解液といったクルードな検体,さらには細菌や細胞丸ごとなど様々な試料の解析が行われてきた(4~8)4) J. Hirabayashi, M. Yamada, A. Kuno & H. Tateno: Chem. Soc. Rev., 42, 4443 (2013).5) H. Narimatsu, H. Sawaki, A. Kuno, H. Kaji, H. Ito & Y. Ikehara: FEBS J., 277, 95 (2010).6) E. Yasuda, H. Tateno, J. Hirabayashi, T. Iino & T. Sako: Appl. Environ. Microbiol., 77, 4539 (2011).7) T. Hiono, A. Matsuda, T. Wagatsuma, M. Okamatsu, Y. Sakoda & A. Kuno: Virology, 527, 132 (2019).8) H. Tateno, N. Uchiyama, A. Kuno, A. Togayachi, T. Sato, H. Narimatsu & J. Hirabayashi: Glycobiology, 17, 1138 (2007)..また最近では,細胞から分泌される数十から数百ナノメートル程度の小胞である細胞外小胞(EV)の糖鎖解析にも利用されている(9)9) A. Shimoda, R. Miura, H. Tateno, N. Seo, H. Shiku, S. I. Sawada, Y. Sasaki & K. Akiyoshi: Small Methods, 6, e2100785 (2022)..EVとは脂質二重膜に覆われた小胞であり,多胞体から分泌される30~150 nm程度のエクソソーム,細胞膜から千切れるように出芽する100~1000 nm程度のマイクロベシクル,プログラム細胞死であるアポトーシスを起こした細胞が断片化した~5000 nm程度のアポトーシス小体に分類される.特にエクソソームなどの小さいEVは,分泌元の細胞に由来するRNAやタンパク質,脂質を輸送する担体として機能しており,細胞間コミュニケーションを担っている.EVの膜上にも細胞と同様に糖鎖が存在しており,これらの糖鎖も分泌元の細胞の特徴を反映している.例えば,人工多能性幹細胞(iPS細胞)の細胞膜上にはレクチンプローブ・rBC2LCNにより認識される特徴的なフコシル化ムチン様O型糖鎖(Hタイプ3)が存在する.そして同様にiPS細胞から分泌されたEVにもHタイプ3糖鎖が存在している(10)10) S. Saito, K. Hiemori, K. Kiyoi & H. Tateno: Sci. Rep., 8, 3997 (2018)..EVが細胞の状態を反映するのであれば,疾患による細胞状態の変化もEVの性状を変化させる可能性がある.血液などの体液中には様々な細胞に由来するEVが豊富に含まれていることから,こうした体液中のEVの性状変化をとらえることで疾患の発症診断に利用できる可能性がある.2019年には血中EVに含まれるマイクロRNAの解析により13種類の早期癌の検出が可能であると報告されており,診断や治療への応用が期待されている(11)11) J. Matsuzaki, K. Kato, K. Oono, N. Tsuchiya, K. Sudo, A. Shimomura, K. Tamura, S. Shiino, T. Kinoshita, H. Daiko et al.: JNCI Cancer Spectr., 7, pkac080 (2023)..そこで早期診断法の開発が強く求められているアルツハイマー型認知症(AD)の血中EV糖鎖がレクチンマイクロアレイで解析された(図2A図2■(A)健常者(HD)とアルツハイマー型認知症患者(AD)から採取した血中細胞外小胞のレクチンマイクロアレイ解析.左図:主成分分析,右図:代表的なマンノース結合レクチン3種の蛍光強度.(B) HDとAD各16名の血中CD61, CD63陽性細胞外小胞のELISA解析結果の箱ひげ図)(12)12) H. Odaka, K. Hiemori, A. Shimoda, K. Akiyoshi & H. Tateno: FEBS Open Bio, 11, 741 (2021)..AD患者の血中EVは健常者に比べ,マンノース結合レクチンと強く結合した(図2A図2■(A)健常者(HD)とアルツハイマー型認知症患者(AD)から採取した血中細胞外小胞のレクチンマイクロアレイ解析.左図:主成分分析,右図:代表的なマンノース結合レクチン3種の蛍光強度.(B) HDとAD各16名の血中CD61, CD63陽性細胞外小胞のELISA解析結果の箱ひげ図).マンノース結合レクチンは,血小板のマーカー分子であるCD61(インテグリンβ3鎖)と結合しており,さらにCD61の発現量は患者群で増加していた.また,CD63やCD9といったエクソソームのマーカー分子も患者群で高発現し,かつCD61と正の相関を示した.このことは,AD患者群で血小板に由来するEV特にエクソソームが増加することを示唆しており,マンノース含有糖鎖の増加もキャリアとなるCD61の増加に起因すると示唆された.以上の知見を基に,EV上のCD63やCD61を検出するサンドイッチELISA系を構築し,AD患者と健常者の識別が可能か検証された.CD63は感度0.875,特異度0.938,CD61は感度0.938,特異度0.688の識別能でAD患者を識別できた(図2B図2■(A)健常者(HD)とアルツハイマー型認知症患者(AD)から採取した血中細胞外小胞のレクチンマイクロアレイ解析.左図:主成分分析,右図:代表的なマンノース結合レクチン3種の蛍光強度.(B) HDとAD各16名の血中CD61, CD63陽性細胞外小胞のELISA解析結果の箱ひげ図).これらの測定系は,のちに早期膵癌においても高値を示すことを報告しており,おそらく疾患に伴った炎症などによる血小板活性化を反映したものと考えられる(13)13) H. Odaka, K. Hiemori, A. Shimoda, K. Akiyoshi & H. Tateno: BMC Gastroenterol., 22, 153 (2022)..このように,疾患により生じる生体変化は,血中EVの内容物であるmiRNAだけでなく細胞表面糖鎖やキャリアタンパク質の性状も変化させており,将来的にはこうした情報をもとに疾患の診断や病態抑制が行えるようになるかもしれない.
図1■レクチンマイクロアレイの概略
アレイ基板上に固相化されたレクチンと蛍光標識した試料(糖タンパク質など)を反応させる.励起光の全反射により生じるエバネッセンス波によりレクチンに結合した試料の蛍光のみを検出することができる.
図2■(A)健常者(HD)とアルツハイマー型認知症患者(AD)から採取した血中細胞外小胞のレクチンマイクロアレイ解析.左図:主成分分析,右図:代表的なマンノース結合レクチン3種の蛍光強度.(B) HDとAD各16名の血中CD61, CD63陽性細胞外小胞のELISA解析結果の箱ひげ図
p-value: Wilcoxon–Mann–Whitney Test.原論文(12)12) H. Odaka, K. Hiemori, A. Shimoda, K. Akiyoshi & H. Tateno: FEBS Open Bio, 11, 741 (2021).より一部改変し転載.
生体組織や培養細胞に含まれる多様な細胞集団を解析するために,様々な分子プロファイルを1細胞レベルで取得する解析法が生命医科学分野で広く利用されている(14)14) T. Stuart & R. Satija: Nat. Rev. Genet., 20, 257 (2019)..これまでに,ゲノム,エピゲノム,トランスクリプトーム,プロテオームなど様々な生体分子情報(オミクス)の1細胞解析技術が開発されている.さらに,複数種類の生体分子の1細胞同時プロファイリング法も開発されており,これにより1細胞毎の包括的な分子プロファイリングが可能となりつつある(15, 16)15) V. M. Peterson, K. X. Zhang, N. Kumar, J. Wong, L. Li, D. C. Wilson, R. Moore, T. K. McClanahan, S. Sadekova & J. A. Klappenbach: Nat. Biotechnol., 35, 936 (2017).16) M. Stoeckius, C. Hafemeister, W. Stephenson, B. Houck-Loomis, P. K. Chattopadhyay, H. Swerdlow, R. Satija & P. Smibert: Nat. Methods, 14, 865 (2017)..一方で,レクチンマイクロアレイを含め従来の糖鎖解析技術では,1細胞ごとの糖鎖情報を取得することはできなかった.ここでは最近開発されたscGR-seq法を含め,最新の1細胞糖鎖プロファイル解析法について紹介する.
糖鎖はDNAやRNAのように鋳型を基に複製される分子ではないため,ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のような方法では増幅することができない.一方,DNAやRNAなどの核酸はPCRで増幅して情報を取得することができる.そこで,2020年に単一細胞の糖鎖とRNA同時解析技術として発表されたSingle-cell Glycan and RNA sequencing(scGR-seq)法では,様々なレクチンに任意のオリゴDNA(約60 bp)を標識したDNAバーコード標識レクチンを解析に利用している(17, 18)17) F. Minoshima, H. Ozaki, H. Odaka & H. Tateno: iScience, 24, 102882 (2021).18) H. Odaka & H. Tateno: Curr. Protoc., 3, e777 (2023)..オリゴDNA配列をタグとして結合することで,糖鎖情報をDNA情報に変換し,PCR法による糖鎖情報の増幅・測定が可能になる(図3A図3■ (A) DNAバーコード標識レクチンの概略図.(B)scGR-seqのスキーム図).この手法では,糖鎖情報を次世代シークエンサーで解析することができるため,トランスクリプトームなどの他の分子プロファイルと同時に解析することも可能である.レクチンは,光開裂可能なジベンゾシクロオクチン-N-ヒドロキシスクシンイミジルエステル(DBCO-NHS)を介して,アジド化オリゴヌクレオチドと結合された.これにより,UV光照射によってDNAがレクチンから乖離するようになり,上清からDNAバーコードを単離できるように設計されている.シアリル化,ガラクトシル化,GlcNAcyl化,マンノシル化,フコシル化糖鎖など様々な糖鎖構造に反応するDNAバーコード標識レクチン,計39種類が作製され,解析に使用された.実際の解析手順は以下の通りである(図3B図3■ (A) DNAバーコード標識レクチンの概略図.(B)scGR-seqのスキーム図).(1)DNAバーコード標識レクチンを解析対象となる細胞と反応させ,その後未結合のレクチンを洗浄により除去する.(2)バルク細胞または単一細胞をPCRチューブに分離し,UV光を照射しDNAバーコードを乖離させる.(3)遠心分離後に上清からDNAバーコードを,細胞からRNAを回収する.(4)PCRで増幅したDNAバーコードとRNAからシークエンス解析用ライブラリーを作製する.(5)次世代シークエンサーで解析し,細胞毎のDNAバーコード数とトランスクリプトームを得る.
図3■ (A) DNAバーコード標識レクチンの概略図.(B)scGR-seqのスキーム図
原論文(17, 19)17) F. Minoshima, H. Ozaki, H. Odaka & H. Tateno: iScience, 24, 102882 (2021).19) H. Tateno, M. Toyota, S. Saito, Y. Onuma, Y. Ito, K. Hiemori, M. Fukumura, A. Matsushima, M. Nakanishi, K. Ohnuma et al.: J. Biol. Chem., 286, 20345 (2011).より一部改変し転載.
様々な細胞種(線維芽細胞,iPS細胞,糖鎖改変CHO細胞,神経前駆細胞)のバルクサンプルを用いた糖鎖プロファイル解析により,DNAバーコードで取得された糖鎖プロファイルと蛍光標識レクチンによるフローサイトメトリーで得られた結果がよく一致することが確かめられた.また,iPS細胞とそこから分化誘導した神経前駆細胞のscGR-seq解析では,取得した糖鎖とRNAプロファイルに基づいて2つの細胞種を正しく分類できるか評価された.RNAのみ,または糖鎖のみの情報で細胞を分類した場合,Adjusted rand index(ARI,クラスター分類の性能評価値)はそれぞれ0.8と0.68であった(完全一致は1).一方,両者の分子プロファイルを統合したデータを用いて細胞分類を行うと,ARIは1を示し,細胞を正しく識別できた(図4A図4■ヒトiPS細胞(hiPSCs, 53細胞)と神経前駆細胞(NPCs, 43細胞)のscGR-seq解析).このことは,RNAと糖鎖の両方の情報を組み合わせることで細胞の種類をより正確に分類できることを示している.さらに各細胞種に高い反応性を示したレクチンを抽出すると,iPS細胞にはα1-2フコース結合性レクチンであるrBC2LCNやTJAIIが最も高い反応性を示した(図4B図4■ヒトiPS細胞(hiPSCs, 53細胞)と神経前駆細胞(NPCs, 43細胞)のscGR-seq解析).これらの結果は,以前レクチンマイクロアレイ解析で得られた結果とよく一致していた(19)19) H. Tateno, M. Toyota, S. Saito, Y. Onuma, Y. Ito, K. Hiemori, M. Fukumura, A. Matsushima, M. Nakanishi, K. Ohnuma et al.: J. Biol. Chem., 286, 20345 (2011)..また,rBC2LCNは多能性幹細胞マーカー遺伝子であるPOU5F1の発現変動と最も高い相関を示し,糖鎖と遺伝子がシングルセルレベルで正しく対応づけられていることが示された(図4C図4■ヒトiPS細胞(hiPSCs, 53細胞)と神経前駆細胞(NPCs, 43細胞)のscGR-seq解析).遺伝子にはGene Ontology(GO)やKEGGなどのデータベースにおいて,関連する細胞機能の情報が付加されている.そのため,糖鎖と相関性の高いRNA群(遺伝子)の細胞機能を解析することで,糖鎖と細胞機能の関連情報を得ることができる.相関性の高いレクチンとRNA群を部分的最小二乗回帰により分類すると,フコース結合性レクチン(rAAL)やマンノース結合性レクチン(rBC2LA, rBanana),ガラクトース結合性レクチン(rLSLN)が,脳発生や神経分化と関連するRNA群と高い相関を示した.これらのレクチンは,iPS細胞から神経前駆細胞への分化過程において反応性が上昇したレクチンであり,神経細胞では複合型糖鎖が少なく,逆に高マンノース型や混合型糖鎖が多く発現しているというこれまでの知見と一致する結果を示した.
図4■ヒトiPS細胞(hiPSCs, 53細胞)と神経前駆細胞(NPCs, 43細胞)のscGR-seq解析
(A) RNAか糖鎖またはその両方の情報をもとに細胞を2次元平面上にプロットしたUMAP図.赤点:hiPSCs,緑点:NPCs (B) hiPSCsとNPCsにそれぞれ高い反応性を示した代表的なレクチン種のバイオリン図(C)rBC2LCNレクチンと相関するRNA. 原論文(17)17) F. Minoshima, H. Ozaki, H. Odaka & H. Tateno: iScience, 24, 102882 (2021).より一部改変し転載.
scGR-seqでは,1細胞ごとのトランスクリプトーム解析にRamda-seq法が使用されていた.Ramda-seq法は全長Total RNAシークエンスであるため,mRNA以外のノンコーディングRNAが検出できるという利点がある一方,1細胞ごとにチューブに分離してそれぞれ解析するプレート型と呼ばれる方法である.そのため1回の実験で処理できる細胞数は数百個が限界であった(17)17) F. Minoshima, H. Ozaki, H. Odaka & H. Tateno: iScience, 24, 102882 (2021)..2024年に発表されたドロップレット型scGR-seqでは,scGR-seqを10xGenomics社のドロップレットベースのscRNA-seqに適用させている(20)20) S. Keisham, S. Saito, S. Kowashi & H. Tateno: Small Methods, 8, 2301338 (2024)..これにより,ヒト血液中の末梢血単核細胞に含まれるT細胞(CD4+T, CD8+T),メモリーB細胞,単球(古典的,中間,非古典的),樹状細胞(DC, pDC),血小板の糖鎖プロファイルを解析し,さらにそれぞれの細胞型に特異的に反応するレクチンを同定した(図5A, B図5■ヒト末梢血単核球細胞(8004細胞)のscGR-seq解析).α1,2フコース特異的レクチンであるTJAIIは,他の細胞型と比べて血小板に強く反応しており,フローサイトメトリー法でも同様の結果が得られた.TJAIIは,GPIbαという血小板特異的な糖タンパク質に強く反応しており,GPIbαは障害を受けた血管壁に集積したフォンビルブランド因子(vWF)と結合することで血液凝固を引き起こすことが知られている.血小板上のα1,2フコースを糖加水分解酵素であるフコシダーゼで除去すると,血小板のvWFへの反応性が増加した.すなわち血小板上のα1,2フコースは血液凝固において重要な役割をもつことが示唆された.本法では,解析できるRNAがポリAテールを有するmRNAに限局される代わりに,一度に数千~1万個の細胞を一斉解析できる.ドロップレット型は組織を構成する細胞集団の一斉解析に向いている一方,数十~数百といった少数の細胞の解析には適さない.一方プレート型は,他の手法で分離された少数の血中循環腫瘍細胞(CTC)などの解析に適している.今後は両者を研究目的により使い分けることで,幅広い1細胞解析のニーズに応えることができる.
図5■ヒト末梢血単核球細胞(8004細胞)のscGR-seq解析
(A) RNAと糖鎖の情報をもとに細胞を2次元平面上にプロットしたUMAP図.(B)各細胞に対するレクチンの反応性のヒートマップ図.原論文(19)19) H. Tateno, M. Toyota, S. Saito, Y. Onuma, Y. Ito, K. Hiemori, M. Fukumura, A. Matsushima, M. Nakanishi, K. Ohnuma et al.: J. Biol. Chem., 286, 20345 (2011).より一部改変し転載.
scGR-seqの発表と同時期に,1種のレクチンと複数の抗体を組み合わせて10xGenomics社のドロップレットベースの解析プラットフォームで1細胞解析を行うSUGAR-seq法が報告された(21)21) C. J. Kearney, S. J. Vervoort, K. M. Ramsbottom, I. Todorovski, E. J. Lelliott, M. Zethoven, L. Pijpers, B. P. Martin, T. Semple, L. Martelotto et al.: Sci. Adv., 7, eabe3610 (2021)..ここでは,複合型N型糖鎖に特異的に結合するレクチンPHA-Lをビオチン化し,DNAバーコード標識ストレプトアビジンと複合体を形成させることでシークエンス解析を可能としている.本技術で腫瘍浸潤T細胞を解析し,多分岐N型糖鎖により分化段階の異なる腫瘍浸潤T細胞亜集団を分類できることを示した.一方で,この手法では1種類のレクチンしか解析に使用することができないため,糖鎖プロファイル全体を解析することはできないという制限がある.
DNAバーコードを利用したシークエンス解析とは異なるアプローチとして,2022年にCytometry by time-of-flight(CyTOF)を用いて1細胞糖鎖プロファイル解析を行った論文が報告された(22)22) T. Ma, M. McGregor, L. Giron, G. Xie, A. F. George, M. Abdel-Mohsen & N. R. Roan: eLife, 11, e78870 (2022)..CyTOFとは,質量分析法を使用して単一細胞上に結合した金属同位体標識抗体などのプローブ存在量を測定する手法である.蛍光標識による通常のフローサイトメトリーに比べ,金属同位体標識では同時解析できるパラメーター数が多いためマルチプレックス解析に適している.この論文では,シアル酸結合レクチン2種,フコース結合レクチン2種,T抗原結合レクチン1種の計5種のレクチンと34種の抗体の反応性を同時にCyTOFで解析しており,これをCyTOF-Lec法と呼称している.これにより,HIVウイルス感染細胞の解析を行い,HIV感染が糖鎖のフコシル化およびシアリル化の双方を亢進させること,また,シアリル糖鎖を多く有するメモリーCD4+T細胞に対しHIVがより感染しやすいことを示した.一方で,本手法では遺伝子発現情報を取得することはできず,詳細な細胞型や細胞状態と糖鎖発現との関係を解析することはできない.
レクチンなどの糖鎖プローブを用いずに,トランスクリプトーム情報から単一細胞の糖鎖プロファイルを予測する方法も模索されている.Glycopacity法では,臓器間や細胞種間で発現が大きく異なる糖鎖関連遺伝子(糖転移酵素,硫酸転移酵素)を各細胞に特徴的な糖鎖プロファイルを規定するホットスポットとして定義し,これらを既知の糖鎖合成経路上にマッピングすることで各細胞に特徴的な糖鎖構造を予測する(23)23) L. A. Dworkin, H. Clausen & H. J. Joshi: iScience, 25, 104419 (2022)..2022年に発表された論文では,これらをscRNA-seqのデータセットに適応することで,腎臓の杯細胞におけるO型糖鎖のヒトとマウスの種差など既知の重要な糖鎖プロファイルの違いを抽出できることを示した.一方で,この論文の著者らも議論している通り,糖転移酵素遺伝子の発現レベルがもともと低いため,scRNA-seqで信頼性のあるデータを得るのが難しいという課題がある.このため,解析する際には200個以上の細胞から構成される細胞クラスターのデータを1つのPseudoBulkデータとして統合して解析する必要があり,現状では希少な細胞のクラスターは解析することができない.また,糖鎖は様々な遺伝子産物で合成されるため,遺伝子発現のみから糖鎖構造を正確に予測することは現在のところ難しいといった課題がある.
scGR-seq法などの1細胞糖鎖プロファイルを用いることで,遺伝子発現から細胞型や細胞状態を明らかにした上で,その糖鎖発現情報を一斉取得することが可能となった.すなわち,目的の細胞をセルソーターなどで事前に分離することなく,組織などの細胞集団に含まれる様々な細胞型の糖鎖プロファイルを1回の実験で解読できるのだ.これまで一般的に糖鎖を解析するためには少なくとも1万個以上の細胞が必要であった.そのため1細胞糖鎖プロファイルは糖鎖生物学におけるイノベーションといってよいだろう.1細胞糖鎖プロファイルを用いることで,癌微小環境や神経ネットワークなど,複雑な細胞集団を構成する個々の細胞の糖鎖発現情報を取得できる.またがん幹細胞や血中循環腫瘍細胞などの希少細胞の糖鎖発現を解析することができ,薬剤標的探索への応用が期待される.また年齢の異なる正常組織を解析することで,老化や病気の進行度の可視化や未然に防ぐ技術の開発に展開できる.さらに再生医療用細胞を解析することで,細胞の規格設定や評価法の開発,そして治療効果の高い再生医療用細胞の培養技術の開発への展開が可能である.しかし現在のところ,レクチンを用いた糖鎖プロファリング技術では,レクチンの特異性から糖鎖の特徴を抽出できるだけに留まり,糖鎖構造を決定できないという課題が残る.しかしこの課題解決には現在急速に進化を遂げている人工知能(AI)技術が利用できる可能性がある(24)24) D. Bojar & F. Lisacek: Chem. Rev., 122, 15971 (2022)..1細胞糖鎖プロファイルで得られた大量のデータを用いることで,レクチンの反応パターンからヒトに存在する約104種もの糖鎖を識別や,全ての細胞型の分類にも利用できる.さらにはそれぞれの糖鎖の構造特性と機能を紐づけできる.シングルセルグライコミクス時代の到来であり,糖鎖生物学にパラダイムシフトを引き起こすだろう.
Reference
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