Kagaku to Seibutsu 62(9): 412-414 (2024)
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微生物有機ヒ素天然物の最前線
微生物二次代謝経路から明らかになった有機ヒ素天然物の多様性
Published: 2024-09-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
ヒ素(As)を含む化合物はC–As結合を持たない無機ヒ素と,C–As結合を持つ有機ヒ素に大別される.無機ヒ素は,代謝阻害やDNA損傷などを介して強い毒性を示し,特に環境中の主要化学形態であるヒ酸および亜ヒ酸は,鉱害や食中毒などの原因物質として様々な健康被害をもたらしてきた.一方,有機ヒ素の毒性は無機ヒ素と比較して弱い場合が多く,ヒトを含む多くの生物は,環境中の無機ヒ素を有機ヒ素の一種であるメチル化代謝物へと変換して解毒する.微生物においてもヒ素のメチル化機構は広く分布し,無機ヒ素の普遍的な解毒産物(あるいは一時的な反応性代謝物)として,種々のメチル化代謝物が同定されている(図1図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路)(1)1) J. Chen & B. P. Rosen: Front. Environ. Sci., 8, 43 (2020)..
図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路
微生物は普遍的なメチル化機構により,無機ヒ素の解毒代謝物として各種のメチル化代謝物を生産する.一方で,一部の微生物は,種に特異的な二次代謝経路を介して多様な構造や生理活性を持つ有機ヒ素天然物を生産することが,近年の研究により明らかになった.
微生物における従来のヒ素代謝研究は,種間の普遍性が高いヒ素のメチル化や酸化還元反応に焦点が当てられており,それ以外の代謝経路,例えば種に固有な二次代謝に関する研究は限られていた.しかし近年,いくつかの有機ヒ素天然物が微生物二次代謝産物として同定され,それらのユニークな化学構造,生理活性,および生合成機構が明らかにされつつある.そこで本稿では,近年報告された有機ヒ素天然物arsinothricinおよびbisenarsanを取り上げ,有機ヒ素に関連する微生物二次代謝の最前線について紹介する(図1図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路).
最初に取り上げるarsinothricin(以下AST)は,C–As結合を持つ新規アミノ酸誘導体として,2016年に報告された(2)2) M. Kuramata, F. Sakakibara, R. Kataoka, K. Yamazaki, K. Baba, M. Ishizaka, S. Hiradate, T. Kamo & S. Ishikawa: Environ. Chem., 13, 723 (2016)..生産菌Burkholderia gladioli GSRB05は高ヒ素環境より分離されたヒ素耐性細菌であり,ASTはHPLC-ICP-MSを用いたヒ素種の網羅的解析により,メチル化代謝物と異なる未知のヒ素化合物として同定された.ASTの構造は,複数の放線菌が生産する除草剤phosphinothricin(以下PPT,図1図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路,実際にはプロトキシンであるペプチド誘導体として生合成される)に類似し,PPTのリン原子がASTではヒ素に置換されている(図1図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路).PPTはグルタミン合成酵素の阻害によって,抗菌活性や除草特性を示すことが知られており,ASTもまた同様の作用機序によって,幅広い抗菌活性を示すことが報告された(3)3) V. S. Nadar, J. Chen, D. S. Dheeman, A. E. Galván, K. Yoshinaga-Sakurai, P. Kandavelu, B. Sankaran, M. Kuramata, S. Ishikawa, B. P. Rosen et al.: Commun. Biol., 2, 131 (2019)..興味深いことに,ASTはいくつかのPPT抵抗性細菌に対しても有効であり,多剤耐性菌であるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌に対しても顕著な抗菌活性を示すなど,創薬リードとしての可能性も秘めている(3)3) V. S. Nadar, J. Chen, D. S. Dheeman, A. E. Galván, K. Yoshinaga-Sakurai, P. Kandavelu, B. Sankaran, M. Kuramata, S. Ishikawa, B. P. Rosen et al.: Commun. Biol., 2, 131 (2019)..
また2021年には,大腸菌を宿主とするin vivo解析によって,2つのS-adenosylmethionine(SAM)依存性酵素ArsL(ラジカルSAM酵素)およびArsM(メチル基転移酵素)が,AST生合成酵素として同定され,両酵素の機能により,亜ヒ酸を出発物質としてASTへと至る生合成経路が提唱されている(図1図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路)(4)4) A. E. Galván, N. P. Paul, J. Chen, K. Yoshinaga-Sakurai, S. M. Utturkar, B. P. Rosen & M. Yoshinaga: Microbiol. Spectr., 9, e00502 (2021)..一方,類縁体であるPPT(及びプロトキシンであるペプチド誘導体)については,複数の放線菌より生合成遺伝子クラスターが同定されており,ホスホエノールピルビン酸を出発物質とした,ASTと異なる様式の生合成経路が提唱されている(5)5) J. A. Blodgett, J. K. Zhang, X. Yu & W. W. Metcalf: J. Antibiot. 69, 15 (2015)..すなわち,ASTはヒ素特異的な二次代謝経路によって生合成されており,PPT生合成経路にヒ素が取り込まれることで生じるアーティファクトではないと考えられる.
次に取り上げるbisenarsanについては,2016年に発表された論文の中で,化学構造に先立つ形で生合成遺伝子クラスターが提唱されていた(後にbsnクラスターと命名)(6)6) P. Cruz-Morales, J. F. Kopp, C. Martínez-Guerrero, L. A. Yáñez-Guerra, N. Selem-Mojica, H. Ramos-Aboites, J. Feldmann & F. Barona-Gómez: Genome Biol. Evol., 8, 1906 (2016)..bsnクラスターはモデル放線菌Streptomyces lividans 1326およびStreptomyces coelicolor A3(2)に共通して見出され,複数の無機ヒ素耐性遺伝子や二次代謝酵素遺伝子を含み,ヒ酸存在下における転写上昇も確認されていた(6)6) P. Cruz-Morales, J. F. Kopp, C. Martínez-Guerrero, L. A. Yáñez-Guerra, N. Selem-Mojica, H. Ramos-Aboites, J. Feldmann & F. Barona-Gómez: Genome Biol. Evol., 8, 1906 (2016)..さらに,クラスター内のピルビン酸転移酵素遺伝子bsnMの破壊株において,分子式C14H27AsO5の化合物の生産が消失することも報告されていた(6)6) P. Cruz-Morales, J. F. Kopp, C. Martínez-Guerrero, L. A. Yáñez-Guerra, N. Selem-Mojica, H. Ramos-Aboites, J. Feldmann & F. Barona-Gómez: Genome Biol. Evol., 8, 1906 (2016)..
以上の知見は,bsnクラスターが有機ヒ素二次代謝に関与することを強く示唆していたが,鍵となる生合成産物の化学構造に関する続報はなく,筆者らはこの未知有機ヒ素天然物に興味を抱いた.構造決定の詳細は原著論文に譲るが(7)7) S. Hoshino, S. Ijichi, S. Asamizu & H. Onaka: J. Am. Chem. Soc., 145, 17863 (2023).,筆者らは最終的に,目的化合物が(2-hydroxyethyl)arsonic acidを部分構造に持つ新規有機ヒ素化合物であることを突き止め,bisenarsanと命名した(図1図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路).放線菌は二次代謝産物の主要な生産者であるが,これまでメチル化代謝物以外の有機ヒ素の生産は報告されておらず,bisenarsanは放線菌二次代謝産物として構造決定された初めての有機ヒ素化合物であった.
また筆者らは,遺伝子破壊株の代謝解析を中心とする生合成研究に着手し,3-arsonopyruvate(3-AnPy)を中間体とする,bisenarsanの推定生合成経路を提唱した(図1図1■微生物に見出された有機ヒ素天然物の生合成経路)(7)7) S. Hoshino, S. Ijichi, S. Asamizu & H. Onaka: J. Am. Chem. Soc., 145, 17863 (2023)..すなわち,先述のピルビン酸転移酵素BsnMおよび新たに生合成酵素として同定したリン酸ムターゼホモログBsnNによって,ヒ酸が3-AnPyへと変換され,3-AnPyがさらなる酵素変換を経てbisenarsanに至ると推測される.興味深いことに,bsnMおよびbsnNのホモログは,他の放線菌ゲノムにおいて互いに隣接する形で広く分布しており,他方で周辺領域の遺伝子構成は大きく異なっていた(7)7) S. Hoshino, S. Ijichi, S. Asamizu & H. Onaka: J. Am. Chem. Soc., 145, 17863 (2023)..このことは,3-AnPyを共通の前駆体とする,未知かつ多様な有機ヒ素二次代謝経路が,放線菌に広く分布することを示唆している.
これまでに,微生物を対象としたいわゆる「ものとり」研究は数多く行われてきたが,その中で有機ヒ素というカテゴリーは長らく見過ごされてきた.これは,一般的な微生物の培養培地はヒ素を含まず,また「ものとり」研究において培地にヒ素を加えることがまずなかったことが一因と思われる.しかし,ASTやbisenarsanといった有機ヒ素二次代謝産物の実在が,化学構造を含めて示され,またその特異な生理活性や生合成背景が明らかとなったことにより,今後さらなる新規有機ヒ素天然物の発見や,生理活性・生合成機構の解明が進められるものと期待される.