今日の話題

食物繊維と大腸粘液
コハク酸による腸管粘液誘導

Kazuhiko Uchiyama

内山 和彦

京都府立医科大学消化器内科

Mariko Kajiwara-Kubtota

窪田 真理子

京都府立医科大学消化器内科

Tomohisa Takagi

髙木 智久

京都府立医科大学消化器内科

京都府立医科大学医療フロンティア展開学

Yuji Naito

内藤 裕二

京都府立医科大学生体免疫栄養学

Published: 2024-09-01

・大腸粘膜バリア機構

ヒトの腸管粘膜は広げるとテニスコート約1.5面分(400 m2)であり,これは皮膚のおよそ200倍に相当する.腸管粘膜はリンパ球や好中球,マクロファージなどの免疫担当細胞が多く存在する粘膜固有層と一層の腸管上皮細胞からなる.大腸粘膜は体内に摂取した栄養素を吸収する重要な役割を果たしているが,同時に微生物や体外からの物質に直接触れる場でもある.したがって,それら外的因子から体を守る機構が不可欠となる.その防御因子として以下のような大腸粘膜バリア機構が構築されている.腸管バリアはその構造と働き方によって「物理的バリア」と「化学的バリア」の二種類に分けられ,物理的バリアには,腸管上皮層,腸管粘液,さらに上皮細胞の間の細胞間接着装置(タイトジャンクション)が含まれ,物理的な障壁となって微生物やその他有害物質の侵入を防いでいる.一方,化学的バリアは微生物に化学的な変化を与えることで抗菌活性を発揮するものである.腸管上皮細胞の一つであるパネート(Paneth)細胞から分泌される抗菌ペプチド(ディフェンシン,カテリジン)や,M細胞(microfold cells),樹状細胞からシグナルを受け取るB細胞から分泌されるIgAがこれに相当する.

図1■大腸上皮バリア機構の概略

これらの防御機構が常に働き,生体を守っている(図1図1■大腸上皮バリア機構の概略).このバリア機構の破綻によりleaky gutと称される状態になると,炎症性腸疾患や脂肪肝などさまざまな疾患の原因となることが報告されている.

・大腸上皮における粘液産生

大腸における腸管上皮の維持には,粘液産生,細胞間接着,細胞保護などが関与していることが知られている.大腸粘液層は,ムチンや抗菌ペプチドを含む約30種類のコアタンパク質から構成されている.大腸粘液層の主要な構成要素であるムチンタンパク質ファミリーは,MUC1, MUC2, MUC3, MUC4, MUC5A, MUC5ACからなり,その中で大腸上皮の杯細胞から分泌されるMUC2は大腸表面の主要なムチンである.杯細胞は,粘液の産生と寛容樹状細胞への管腔抗原の輸送・提示の両方を通じて,大腸バリアの維持に重要であり,杯細胞によって産生される糖タンパクであるムチンは,大腸の粘液層を構成することで腸管内腔に存在する病原性細菌の腸管組織への侵入を物理的に阻止する粘膜バリアとして重要な役割を果たしている.この大腸上皮杯細胞からのムチンの分泌にはさまざまな因子が関与しているが,その中でも食物繊維は大腸の粘液分泌に重要な因子と考えられており,食物繊維を含まない食事は大腸のMUC2粘液層を著しく減少させることが報告されている(1)1) M. S. Desai, A. M. Seekatz, N. M. Koropatkin, N. Kamada, C. A. Hickey, M. Wolter, N. A. Pudlo, S. Kitamoto, N. Terrapon, A. Muller et al.: Cell, 167, 1339, e21 (2016)..食物繊維の摂取によって,代謝産物である短鎖脂肪酸(Short Chain Fatty Acid; SCFA)が大腸内に増加するが,SCFAは腸管バリア機能,グルコースホメオスタシス,免疫調節,肥満に関連するメカニズムにより,細胞,組織,臓器レベルで宿主の健康に影響を及ぼすことが報告されている(2)2) E. S. Chambers, T. Preston, G. Frost & D. J. Morrison: Curr. Nutr. Rep., 7, 198 (2018)..SCFAの中でも酪酸は大腸の杯細胞の分化と増殖を促進することで粘液の産生を増加させることが知られている(3)3) L. Onrust, R. Ducatelle, K. Van Driessche, C. De Maesschalck, K. Vermeulen, F. Haesebrouck, V. Eeckhaut & F. Van Immerseel: Front. Vet. Sci., 2, 75 (2015)..しかし,その他のSCFAに関して,大腸上皮粘液産生における役割は未だに不明な点が多い.

・食物繊維による大腸上皮粘液産生機構

水溶性食物繊維であるグアーガム分解物(Partialy hydrolyzed guar gum; PHGG)には,大腸上皮の創傷治癒促進作用(4)4) Y. Horii, K. Uchiyama, Y. Toyokawa, Y. Hotta, M. Tanaka, Z. Yasukawa, M. Tokunaga, T. Okubo, K. Mizushima, Y. Higashimura et al.: Food Funct., 7, 3176 (2016).,IFNによる大腸細胞の過形成能上昇抑制作用(5)5) A. Majima, O. Handa, Y. Naito, Y. Suyama, Y. Onozawa, Y. Higashimura, K. Mizushima, M. Morita, Y. Uehara, H. Horie et al.: J. Dig. Dis., 18, 151 (2017).,デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)および2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS)による大腸炎抑制作用(6)6) T. Takagi, Y. Naito, Y. Higashimura, C. Ushiroda, K. Mizushima, Y. Ohashi, Z. Yasukawa, M. Ozeki, M. Tokunaga, T. Okubo et al.: Br. J. Nutr., 116, 1199 (2016).など,さまざまな機能があることが報告されている.さらに近年はPHGG投与による腸内細菌叢およびその代謝物がさまざまな疾患に及ぼす影響につき検討がなされている.PHGGの摂取により,腸内細菌の代謝によってSCFAが産生されるが,これまでのマウスを用いた検討では,PHGGの投与によりプロピオン酸,酪酸,酢酸,コハク酸といったSCFAが大腸内で増加することが報告されている(6)6) T. Takagi, Y. Naito, Y. Higashimura, C. Ushiroda, K. Mizushima, Y. Ohashi, Z. Yasukawa, M. Ozeki, M. Tokunaga, T. Okubo et al.: Br. J. Nutr., 116, 1199 (2016)..これらPHGG投与によって大腸内で上昇するSCFAのうちで,コハク酸のみが大腸上皮の粘液産生培養細胞であるLS174TにおいてMUC2の発現を誘導し,さらにマウスにPHGGを投与することにより,コハク酸の代謝に関わっている腸内細菌の一種であり,バクテロイデス門に属するS24-7株が増加することも明らかとなった(図2図2■PHGGによる大腸粘液誘導(7)7) M. Kajiwara-Kubota, K. Uchiyama, K. Asaeda, R. Kobayashi, H. Hashimoto, T. Yasuda, S. Sugino, T. Sugaya, Y. Hirai, K. Mizushima et al.: NPJ Sci. Food, 7, 10 (2023)..また,コハク酸によるAKTシグナルのリン酸化が,杯細胞からのMUC2分泌に関連する細胞内シグナルとして重要であることも同報告で示されている.

図2■PHGGによる大腸粘液誘導

・おわりに

腸内細菌の代謝産物は,大腸粘液産生に多角的な影響を与えている.これまで,SCFAによる大腸粘液産生作用が報告されていたが,水溶性食物繊維の大腸における代謝産物であるコハク酸においても,大腸上皮の杯細胞における粘液産生作用が明らかになってきた.大腸粘液層の維持はさまざまな疾患の予防に有用であり,これら腸内細菌の代謝産物を介した大腸粘液分泌促進作用は,新たな疾病予防・治療の戦略として今後注目されている.

Reference

1) M. S. Desai, A. M. Seekatz, N. M. Koropatkin, N. Kamada, C. A. Hickey, M. Wolter, N. A. Pudlo, S. Kitamoto, N. Terrapon, A. Muller et al.: Cell, 167, 1339, e21 (2016).

2) E. S. Chambers, T. Preston, G. Frost & D. J. Morrison: Curr. Nutr. Rep., 7, 198 (2018).

3) L. Onrust, R. Ducatelle, K. Van Driessche, C. De Maesschalck, K. Vermeulen, F. Haesebrouck, V. Eeckhaut & F. Van Immerseel: Front. Vet. Sci., 2, 75 (2015).

4) Y. Horii, K. Uchiyama, Y. Toyokawa, Y. Hotta, M. Tanaka, Z. Yasukawa, M. Tokunaga, T. Okubo, K. Mizushima, Y. Higashimura et al.: Food Funct., 7, 3176 (2016).

5) A. Majima, O. Handa, Y. Naito, Y. Suyama, Y. Onozawa, Y. Higashimura, K. Mizushima, M. Morita, Y. Uehara, H. Horie et al.: J. Dig. Dis., 18, 151 (2017).

6) T. Takagi, Y. Naito, Y. Higashimura, C. Ushiroda, K. Mizushima, Y. Ohashi, Z. Yasukawa, M. Ozeki, M. Tokunaga, T. Okubo et al.: Br. J. Nutr., 116, 1199 (2016).

7) M. Kajiwara-Kubota, K. Uchiyama, K. Asaeda, R. Kobayashi, H. Hashimoto, T. Yasuda, S. Sugino, T. Sugaya, Y. Hirai, K. Mizushima et al.: NPJ Sci. Food, 7, 10 (2023).