Kagaku to Seibutsu 62(9): 421-422 (2024)
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糸状菌由来新規ステロール誘導体であるアミノアシル化ステロールの発見
新たなステロール修飾の発見
Published: 2024-09-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
真菌の主要なステロール成分であるエルゴステロールは,動物におけるコレステロールに機能的に相当し,膜の流動性や浸透圧調整,膜タンパク質の機能に関与するなど生命活動に必須の化合物である.エルゴステロールは動植物には含まれないため,抗真菌剤の主要なターゲットとなっている.
エルゴステロールには,コレステロールやフィトステロールと同様に,いくつかの誘導体が存在することが知られている.出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの小胞体局在アシルCoA:ステロールアシルトランスフェラーゼARE1およびARE2はステロールエステルの生成を担っている(1)1) H. Yang, M. Bard, D. A. Bruner, A. Gleeson, R. J. Deckelbaum, G. Aljinovic, T. M. Pohl, R. Rothstein & S. L. Sturley: Science, 272, 1353 (1996)..ステロールエステルはS. cerevisiaeの生育には必須ではなく,ステロールの貯蔵を目的として生成されると考えられている.また,S. cerevisiaeやメタノール資化酵母Pichia pastorisなどの酵母では,ステロールグルコシルトランスフェラーゼUGT51によりステロールグルコシドが生成されることが明らかとなっている(2)2) O. V. Stasyk, T. Y. Nazarko, O. G. Stasyk, O. S. Krasovska, D. Warnecke, J.-M. Nicaud, J. M. Cregg & A. A. Sibirny: Cell Biol. Int., 27, 947 (2003)..ステロールグルコシドが担う生理機能は生物種によって異なると考えられ,P. pastorisのUGT51破壊株では,ペルオキシソーム選択的オートファジーであるペキソファジーにおいてペルオキシソームを隔離する膜の生成が遅延することが確認されている.一方,アルカン資化酵母Yarrowia lipolyticaではデカンの資化に必要であるものの,ペキソファジーには関与していない.さらに,S. cerevisiaeより見出されたアセチルトランスフェラーゼATF2およびステロールデアセチラーゼSAY1はステロールのアセチル化・デアセチル化の代謝サイクルを担っている(3)3) R. Tiwari, R. Köffel & R. Schneiter: EMBO J., 26, 5109 (2007)..これらの酵素は内生のステロールだけでなく,外部から取り込んだステロイドも基質とする.この代謝サイクルはステロールのホメオスタシスや,S. cerevisiaeに対して毒性を示すステロイドのアセチル化による細胞外への排出に寄与している.
近年,筆者らは新たなエルゴステロール誘導体として,3位水酸基にアミノ酸が付加した2種のアミノアシル化エルゴステロール(Erg-aa)を糸状菌より発見した(図1図1■アミノアシル化ステロールの生成機構)(4, 5)4) N. Yakobov, F. Fischer, N. Mahmoudi, Y. Saga, C. D. Grube, H. Roy, B. Senger, G. Grob, S. Tatematsu, D. Yokokawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 14948 (2020).5) N. Yakobov, N. Mahmoudi, G. Grob, D. Yokokawa, Y. Saga, T. Kushiro, D. Worrell, H. Roy, H. Schaller, B. Senger et al.: J. Biol. Chem., 298, 101657 (2022)..Erg-aaはこれまでにいずれの生物からも見出されていない新規化合物である.アミノアシル化ステロールの生合成酵素は真菌特異的に保存されており,ステロールへのアミノ酸の付加は真菌に特異的なステロール修飾機構だと考えられる.Erg-aaは,真菌の有するアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)の解析によって発見された.aaRSはアミノ酸をtRNAに結合させるアミノアシル化反応を触媒しており,タンパク質合成に必須な酵素である.aaRSにはこのような典型的な機能に加えて,タンパク質合成とは関係のない二次的な機能が生物種特異的に備わっていることがある(6)6) M. Guo & P. Schimmel: Nat. Chem. Biol., 9, 145 (2013)..そのようなaaRSの二次機能は,aaRSに付随した生物種特異的な付加ドメインによってもたらされることが多い.そこで,aaRSの二次機能の報告例のほとんどない糸状菌において,特異的な付加ドメインを有するaaRSの探索を行った.その結果,子嚢菌門と担子菌門に属する幅広い真菌において,アスパルチルtRNA合成酵素(AspRS)のC末端側にDUF2156ドメインの付加した酵素AspRS-DUF2156(ErdS)が保存されていることを見出した.S. cerevisiaeを含むサッカロミケス綱には例外的に保存されていなかった.DUF2156はバクテリアにおいてアミノアシルtRNAからアミノ酸をリン脂質に転移させ,アミノアシル化リン脂質(aaPG)を生成する酵素aaPGSに存在するドメインとして報告されている(7)7) R. N. Fields & H. Roy: RNA Biol., 15, 480 (2018)..そのため,真菌においても同様に何らかの脂質にアミノ酸を付加していることが考えられた.そこで,S. cerevisiaeにAspergillus oryzaeおよびA. fumigatus由来のErdSを導入し,生成された脂質の解析を行った.その結果,ErdSはエルゴステロールにアスパラギン酸が付加した1-ergosteryl-L-aspartate(Erg-Asp)を生成していることが明らかとなった.本酵素のさらなる機能解析を行ったところ,ErdSはAspRSドメインによって生成されたAsp-tRNAから,DUF2156ドメインによってエルゴステロールへとアミノ酸を転移させることでErg-Aspを生合成した(4)4) N. Yakobov, F. Fischer, N. Mahmoudi, Y. Saga, C. D. Grube, H. Roy, B. Senger, G. Grob, S. Tatematsu, D. Yokokawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 14948 (2020)..また,Erg-Aspを特異的に加水分解する酵素ErdHがErdSとともに保存されていることも明らかにした.さらに,AspRSに付加せずDUF2156ドメイン単独で構成される酵素ErgSも見出した.本酵素はGly-tRNAを基質として利用し,1-ergosteryl-glycine(Erg-Gly)を生成していることを発見した(5)5) N. Yakobov, N. Mahmoudi, G. Grob, D. Yokokawa, Y. Saga, T. Kushiro, D. Worrell, H. Roy, H. Schaller, B. Senger et al.: J. Biol. Chem., 298, 101657 (2022)..
以上より,本研究を通じて新たなステロール修飾機構としてエルゴステロールのアミノアシル化を発見した.現在までに,Erg-aaは糸状菌の胞子形成や病原性に関与していることを確認しているものの,その具体的な作用メカニズムは明らかとなっていない.Erg-aaの生理機能の解明により,糸状菌における生殖および病原性メカニズムの新たな知見の獲得につながることが期待される.