Kagaku to Seibutsu 62(9): 447-454 (2024)
解説
C1酵母の濃度応答性メタノール誘導とペキソファジー制御におけるシグナル伝達
MAPキナーゼカスケードに依存する経路としない経路
Signal Transduction in Concentration-Regulated Methanol Induction and Pexophagy Regulation in the Methylotrophic Yeast: MAP Kinase Cascade-Dependent and -Independent Pathways
Published: 2024-09-01
メタノール資化性酵母(C1酵母)はメタノールを唯一の炭素源として生育することができ,メタノール培養時には,メタノール代謝酵素が細胞内可溶性タンパク質の数十パーセントを占める程に強力に誘導生産され,これらの酵素を内包する細胞内小器官ペルオキシソームが発達する.異種タンパク質の生産に利用される強力なメタノール誘導性遺伝子発現及びペルオキシソーム動態はメタノール濃度によって厳密に制御されるが,そのシグナル伝達経路については未解明であった.本稿では,濃度応答性メタノール誘導とペルオキシソーム分解(ペキソファジー)抑制におけるシグナル伝達の分子機構を紹介する.
Key words: メタノール資化性酵母; メタノール誘導性遺伝子; ペルオキシソーム; ペキソファジー; MAPキナーゼカスケード
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
C1酵母の最初の報告は1969年で,Candida boidinii(当時はKloeckera sp.)が京都市の土壌から分離された(1)1) K. Ogata, H. Nishikawa & M. Ohsugi: Agric. Biol. Chem., 33, 1519 (1969)..1970年代には,C1酵母によるメタノールを培養原料とするシングルセルプロテイン(SCP)生産の研究開発が行われ,その過程で,メタノール代謝経路の解明や高密度培養技術の開発など,その後の異種タンパク質生産で活用される基盤的知見が蓄積された.1980年代には,Komagataella phaffii(旧名Pichia pastoris)において異種タンパク質生産系が確立され,その後Candida boidinii, Ogataea polymorpha, O. minutaなどでも開発され,数多くのタンパク質が生産されている(コラム参照)(2, 3)2) H. Yurimoto & Y. Sakai: Biotechnol. Appl. Biochem., 53, 85 (2009).3) C. Yan, W. Yu, L. Yao, X. Guo, Y. J. Zhou & J. Gao: Appl. Microbiol. Biotechnol., 106, 3449 (2022)..
C1酵母におけるメタノール代謝では,まずメタノールがアルコールオキシダーゼ(AOX)によりホルムアルデヒドへと酸化される(図1図1■メタノール濃度に応答したメタノール代謝酵素の誘導とペルオキシソーム動態制御).細胞毒性の高いホルムアルデヒドは,ジヒドロキシアセトンシンターゼ(DAS)による固定反応により細胞構成成分へと導かれる資化経路と,ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ(FLD)やギ酸デヒドロゲナーゼ(FDH)によりCO2まで酸化される過程でエネルギーを得る酸化経路の両経路で代謝される.これらのメタノール代謝に関わる一連の酵素群は,グルコースやエタノールを含む培地ではその誘導が転写レベルで完全に抑制されるが,メタノール培養条件では特異的かつ強力に誘導される.これらの強力なメタノール誘導性遺伝子プロモーターが,メタノール培養時の異種タンパク質生産のためのプロモーターとして用いられる(3, 4)3) C. Yan, W. Yu, L. Yao, X. Guo, Y. J. Zhou & J. Gao: Appl. Microbiol. Biotechnol., 106, 3449 (2022).4) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019)..
それぞれ細胞内可溶性タンパク質の数十%にも達するAOXとDASは,酸化代謝を司る細胞内小器官であるペルオキシソームに局在し,メタノール培養時にはペルオキシソームが細胞内の大部分を占める程に発達する(図1図1■メタノール濃度に応答したメタノール代謝酵素の誘導とペルオキシソーム動態制御).生育に伴って培地中メタノールが枯渇する,細胞をメタノール培地から炭素源としてグルコースやエタノールを含む培地に移し替えるなど,メタノール代謝が不要な培養条件においては,オートファジーによるペルオキシソームの選択的分解(ペキソファジー)が起こる(図1図1■メタノール濃度に応答したメタノール代謝酵素の誘導とペルオキシソーム動態制御).このような強力なメタノール誘導性とペルオキソソーム動態の劇的な変化はC1酵母にユニークな特性であり,C1酵母は異種タンパク質生産宿主だけでなく,ペルオキシソームの合成・分解過程を解析するためのモデル生物としても利用されてきた(5, 6)5) I. J. van der Klei, H. Yurimoto, Y. Sakai & M. Veenhuis: Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Res., 1763, 1453 (2006).6) M. Oku & Y. Sakai: Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Res., 1863, 992 (2016)..
また,近年,C1酵母の自然界での主な生育環境として植物葉面が注目されている.葉面には植物細胞壁構成成分であるペクチンに含まれるメチルエステルを起源とするメタノールが存在し,C1酵母はこれを主要な炭素源として利用する.筆者らは,メタノール誘導性DAS1プロモーター支配下に蛍光タンパク質(Venus)を発現するC. boidiniiメタノールセンサー細胞を用い,葉面メタノール濃度が約0.01–0.2%の間で日周変動(日中低く夜間に高い)することを見出し,そのような環境でのC1酵母の生存戦略として,メタノール代謝やペキソファジーが重要なことを明らかにしてきた(7)7) K. Kawaguchi, H. Yurimoto, M. Oku & Y. Sakai: PLoS One, 6, e25257 (2011)..
上述のようにC1酵母におけるメタノール誘導性遺伝子の発現はグルコースやエタノールで抑制されるが,K. phaffiiではグリセロールによっても抑制される.グルコースなどの発現を抑制する炭素源が枯渇した場合や,C. boidiniiにおけるグリセロールのように発現抑制がかからない炭素源で培養した場合,メタノールが存在しなくても「脱抑制(derepression)」によって一定程度のレベルで発現し,メタノールが存在すると「メタノール誘導(methanol induction)」により強力に発現する(4)4) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019)..酵母のグルコース抑制と脱抑制の分子機構は,Saccharomyces cerevisiaeで詳細に明らかにされており,グルコース抑制に関わる転写抑制因子ScMig1や,脱抑制に関わる転写活性化因子ScAdr1のホモログはC1酵母にも存在する.筆者らはこれまでに,主にC. boidiniiを用いてメタノール誘導性遺伝子の発現制御に関わる複数の転写制御因子を同定し,それぞれの役割を明らかにした(4)4) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019)..グルコース抑制にはCbMig1が働き,脱抑制にはCbTrm2,メタノール誘導にはCbTrm1, CbMpp1, CbHap複合体(CbHap2/3/5)などの複数の転写制御因子が関与する.このうちCbTrm2はScAdr1のホモログであり,K. phaffiiでのホモログはKpMxr1として報告されている(8)8) G. P. Lin-Cereghino, L. Godfrey, B. J. de la Cruz, S. Johnson, S. Khuongsathiene, I. Tolstorukov, M. Yan, J. Lin-Cereghino, M. Veenhuis, S. Subramani et al.: Mol. Cell. Biol., 26, 883 (2006)..KpMxr1はエタノール培養時に215番目のセリン残基(S215)がリン酸化され,このリン酸化特異的に14-3-3タンパク質が結合することによって不活化されることで,メタノール誘導性遺伝子の発現が抑制される(9)9) P. K. Parua, P. M. Ryan, K. Trang & E. T. Young: Mol. Microbiol., 85, 282 (2012)..メタノール培養時のKpMxr1のリン酸化制御については後述する.Hap複合体は,CCAAT配列に結合する転写因子として真核生物に広く保存されており,S. cerevisiaeでは呼吸関連遺伝子の転写活性化に働く.C. boidiniiにおいては各構成因子の遺伝子破壊株がメタノールにのみ生育できなくなったことから,メタノール誘導特異的に機能することを明らかにした(10)10) S. Oda, H. Yurimoto, N. Nitta, Y. Sasano & Y. Sakai: Eukaryot. Cell, 14, 278 (2015)..さらに,C1酵母のHap3のC末端領域にはS. cerevisiaeには存在しないC1酵母特有の配列が存在し,この領域がメタノール誘導性遺伝子の転写活性化に必要なことを明らかにした(11)11) S. Oda, H. Yurimoto, N. Nitta & Y. Sakai: Microbiology, 162, 898 (2016)..一方,CbTrm1やCbMpp1/KpMit1はC1酵母のみに保存されている転写活性化因子で,CbMpp1/KpMit1はそれ自身がメタノールによって特異的に発現誘導される(12, 13)12) Y. Sasano, H. Yurimoto, M. Yanaka & Y. Sakai: Eukaryot. Cell, 7, 527 (2008).13) X. Wang, Q. Wang, J. Wang, P. Bai, L. Shi, W. Shen, M. Zhou, X. Zhou, Y. Zhang & M. Cai: J. Biol. Chem., 291, 6245 (2016)..以上のように,C1酵母以外の酵母にも保存されている転写因子がC1酵母特有の機能を保持したり,C1酵母特有の転写因子が機能することで,メタノール誘導性遺伝子の発現が制御される.
上述のようにC1酵母の主な生息環境の一つである植物葉面ではメタノール濃度が日周変動し,C1酵母はメタノールが変動する環境に適応するために,メタノール濃度の変動を厳密に感知する必要がある.実際,C1酵母のメタノール誘導性遺伝子の発現レベルは,メタノール濃度に応答して変動し,単純な濃度依存性ではなく,メタノール濃度が0.1%までは濃度依存的に増加するが,0.1%以上の濃度では逆に減少する(14)14) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017)..筆者らはこの現象を「濃度応答性メタノール誘導(concentration-regulated methanol induction; CRMI)」と定義し,その分子機構解明を進めている.CRMIは,高濃度のメタノール存在下におけるメタノール酸化で生じるホルムアルデヒドの異常な蓄積を防ぐための機構と考えられるが,実験室や異種タンパク質生産現場では0.5–1%程度のメタノール濃度で培養することが多く,0.1%以上のメタノール濃度における転写レベルの低下は,効率の良い異種タンパク質生産にはマイナス要因となる.C1酵母の自然環境中での生理機能解明だけでなく,メタノールからの効率良い異種タンパク質生産のためにも,メタノール感知から転写因子へのシグナル伝達を含むCRMIの分子機構を解明する必要がある.
筆者らは,K. phaffiiにおいてメタノール感知に働く細胞表層センサーとして,Wscファミリータンパク質(KpWsc1/KpWsc3)を同定した(14)14) S. Ohsawa, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 104, 349 (2017)..Wscファミリータンパク質は,S. cerevisiaeでは細胞表層ストレスセンサーとして知られており,熱や浸透圧などのストレスを感知すると低分子量Gタンパク質ScRho1のGEF(guanine-nucleotide exchange factor)として働くScRom2と相互作用してcell wall integrity(CWI)経路を活性化し,β-グルカンシンターゼなどの遺伝子発現を制御する(図2A図2■S. cerevisiae(A)とK. phaffii(B)におけるWscファミリータンパク質下流のシグナル伝達経路).KpWsc1/KpWsc3両遺伝子の欠損によりCRMIが損なわれる.Wsc1は低濃度メタノール(0–0.05%)と細胞表層ストレスの両方の刺激に応答して機能する一方,細胞表層ストレスセンサーとしての機能をもたないWsc3は,より高濃度(0.05–2%)でのメタノール感知に重要であり,この濃度応答性の違いによって幅広いメタノール濃度を感知することができる.
C1酵母は感知した細胞外界のメタノール濃度情報をどのような経路で,どのように伝達して遺伝子発現に反映するのだろうか? これを明らかにするため,筆者らはまず始めに,どの転写活性化因子にメタノール濃度情報が伝達されるのかをK. phaffiiを用いて調べた(15)15) K. Inoue, S. Ohsawa, S. Ito, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 118, 683 (2022)..メタノール誘導性遺伝子発現に関わる転写活性化因子KpMxr1, KpMit1, KpTrm1およびKpHap複合体の遺伝子破壊株を用いた解析により,KpMxr1とKpMit1の遺伝子破壊によりAOX1のCRMIが失われることがわかった.KpMIT1はそれ自身がCRMIにより発現誘導される一方で,KpMXR1の発現はメタノール濃度非依存的であること,上述のようにKpMxr1がリン酸化修飾を受けることが報告されていたことから,CRMIにはKpMxr1のリン酸化状態の制御が鍵となっていると考えた.そこで,以下の3つのアプローチを用いて,メタノール濃度に応答したKpMxr1のリン酸化動態について解析した.
1つ目は抗リン酸化アミノ酸抗体を用いた解析である.グルコース培養条件や各種メタノール濃度条件で培養し,リン酸化セリン残基,リン酸化スレオニン残基,リン酸化チロシン残基に対する抗体を用いてイムノブロット解析を行ったところ,KpMxr1のセリン残基はグルコース培養時に強くリン酸化されており,メタノール培地にシフトするとメタノール濃度非依存的に脱リン酸化された.一方,スレオニン残基はグルコース培養時にはリン酸化レベルは低く,メタノール培養時にメタノール濃度依存的にリン酸化され,0.1%メタノールにおいて最も強くリン酸化された.またチロシン残基のリン酸化は検出されなかった.これらの結果からKpMxr1のセリン残基およびスレオニン残基のリン酸化が培養条件によって変化し,特に「スレオニン残基のリン酸化」が,CRMIに重要であることが予想された.
2つ目は,KpMxr1ドメイン欠失体発現株を用いたLC-MS/MSによるリン酸化部位の同定とPhos-tag SDS-PAGEによるリン酸化タンパク質の解析である.リン酸化タンパク質のKpMxr1の全長は1155アミノ酸であり,生化学的解析では取り扱いにくい大きいサイズのタンパク質である.しかし,C末端側からのドメイン欠失体でも十分に機能を発揮することから,筆者らはKpMxr1のドメイン欠失体を構築して,リン酸化部位の同定やリン酸化状態の解析を行った.CRMIへの機能に十分であるKpMxr1のN末端側525アミノ酸発現株を用い,グルコース培養およびメタノール培養後の細胞抽出液から精製したKpMxr1のLC-MS/MS解析により,多数のリン酸化部位を同定した.その中には,上述のS215も含まれていたが,このアミノ酸残基のリン酸化はCRMIに関与しないことはアラニン置換変異体発現株により確認した.リン酸化されていたアミノ酸残基はN末端側の1-230アミノ酸領域に集中して多かったことから,KpMxr1の1-230アミノ酸領域(KpMxr11-230-FLAG)発現株を用いてPhos-tag SDS-PAGEを用いた解析を行ったところ,グルコース培養条件でKpMxr1が高度にリン酸化され,メタノール培養条件では脱リン酸化されることがわかり,そのリン酸化状態がメタノール濃度によっても変化することを明らかにした(図3A図3■KpMxr1のリン酸化状態(A)とリン酸化部位変異によるCRMIへの影響(B)).これらの結果から,KpMxr1のリン酸化状態がメタノール濃度依存的に調節されることがわかった.
図3■KpMxr1のリン酸化状態(A)とリン酸化部位変異によるCRMIへの影響(B)
(A)グルコース培養条件(SD)および各種メタノール濃度培養条件(SM)でのKpMxr1のリン酸化状態をPhos-tag SDS PAGEにより解析した.SDと高濃度SM条件で高度にリン酸化したバンドが検出される一方,低濃度SM条件ではリン酸化バンドが減少した.全てのリン酸化バンドはλ-ホスファターゼ(Ppase)処理により消失した.(B)野生株,SA変異株,TA変異株を各種メタノール培地で2時間培養し,AOX1の転写物量を定量RT-PCRにより測定した.(文献15より改変転載)
3つ目はアミノ酸置換変異体を用いた解析である.リン酸化部位であることが予想されたアミノ酸残基のうちS110, S111(SA株)やT121, T124, T125, T128, T131(TA株)のアラニン置換体発現株を構築した.これらの株では,低濃度メタノールに対する応答が低下し,TA株ではメタノール濃度に対するAOX1の転写産物量のピークが0.03%から0.1%にシフトし,適切なCRMIが損なわれた(図3B図3■KpMxr1のリン酸化状態(A)とリン酸化部位変異によるCRMIへの影響(B)).これらの結果から,K. phaffiiにおけるCRMIには,KpMxr1のセリン残基・スレオニン残基の厳密なリン酸化制御が重要であることがわかった.
KpMxr1のように転写因子の多数のアミノ酸残基がリン酸化される多リン酸化現象は他にも報告があるが(16)16) C. Holmberg, S. E. F. Tran, J. E. Eriksson & L. Sistonen: Trends Biochem. Sci., 27, 619 (2002).,様々な部位のリン酸化が基質タンパク質に与える影響は多岐にわたる.KpMxr1のリン酸化部位はタンパク質内部のどのようなドメインに集中しているかについて,AlphaFold2による立体構造予測データに基づいて考察した.KpMxt1はN末端側にDNA結合領域(32–95 a.a.)や14-3-3結合領域(212–225 a.a.)を持つ一方で,今回LC-MS/MS解析によって明らかにしたKpMxr1のリン酸化部位は,比較的不安定な(pLDDT < 50)タンパク質領域(約100–450 a.a.)に集中していることがわかった.またC末端ドメイン(約500–1100 a.a.)は安定な構造を取ることが示唆されたものの,上述のようにこのアミノ酸領域はCRMIにおけるKpMxr1の働きに寄与せず,その機能は不明である.KpMxr1に限らず転写因子の多くは天然変性領域(IDR)を有し(17)17) L. Staby, C. O’Shea, M. Willemoes, F. Theisen, B. B. Kragelund & K. Skriver: Biochem. J., 474, 2509 (2017).,転写因子IDRのリン酸化・脱リン酸化に依存して形成された相分離液滴にRNAポリメラーゼが濃縮されることで効率的な転写活性化を引き起こすという仮説が強まっている(18)18) B. R. Sabari, A. Dall’Agnese, A. Boija, I. A. Klein, E. L. Coffey, K. Shrinivas, B. J. Abraham, N. M. Hannett, A. V. Zamudio, J. C. Manteiga et al.: Science, 361, eaar3958 (2018)..KpMxr1の多リン酸化領域もIDRで構成される不定形構造であると推測され,上記と似たメカニズムで転写活性化を行っているのかもしれない.
S. cerevisiaeで明らかにされているWscタンパク質からのCWI経路では,ScRho1の下流に位置するプロテインキナーゼScPkc1を介してScBck1, ScMkk1, ScMpk1からなるMAPキナーゼカスケードによってシグナル伝達される(図2A図2■S. cerevisiae(A)とK. phaffii(B)におけるWscファミリータンパク質下流のシグナル伝達経路)(19)19) D. E. Levin: Genetics, 189, 1145 (2011)..そこで,K. phaffiiにおいてメタノール感知に働くKpWsc1/KpWsc3からのメタノール濃度情報が,S. cerevisiaeのCWI経路と同様にKpPkc1からMAPキナーゼカスケードへと伝達されるのかどうかを調べた(15)15) K. Inoue, S. Ohsawa, S. Ito, H. Yurimoto & Y. Sakai: Mol. Microbiol., 118, 683 (2022)..KpPkc1の恒常的活性型変異体であるKpPkc1R390Pの過剰発現によってAOX1の転写産物量は減少したものの,KpMkk1の恒常的活性型変異体KpMkk1S313Pの過剰発現ではAOX1の転写産物量は影響を受けなかった.これらの結果から,KpWscタンパク質が感知したメタノール濃度情報は,KpPkc1を経て,MAPキナーゼカスケードに依存しない経路でメタノール誘導性遺伝子に伝達されることがわかった(図2B図2■S. cerevisiae(A)とK. phaffii(B)におけるWscファミリータンパク質下流のシグナル伝達経路).さらに,各転写因子破壊株のうち,Kpmxr1Δ株でのみKpPkc1R390Pの過剰発現によるAOX1の転写産物量の減少が見られたことから,KpPkc1の活性レベルがKpMxr1の機能を制御することが示唆された.そこで,培地中の銅イオン濃度依存的に発現レベルを調節することができるScCUP1プロモーター支配下にKpPkc1R390Pを発現する株を用いて,AOX1の発現レベルやKpMxr1リン酸化状態への影響を調べた.AOX1の転写産物量は活性型KpPkc1R390P誘導レベルの上昇に伴って増加せず,メタノール濃度に対する発現レベルの変動と同様にKpPkc1R390Pの発現量が一定量以上になると減少した(図4A図4■恒常的活性型変異体KpPkc1R390Pの発現レベルによるAOX1転写(A)とKpMxr1リン酸化状態への影響(B)).また,KpMxr1は活性型KpPkc1R390P誘導レベルの上昇に伴って高度にリン酸化され,図3A図3■KpMxr1のリン酸化状態(A)とリン酸化部位変異によるCRMIへの影響(B)に示したメタノール濃度によるリン酸化状態の変動に類似していた(図4B図4■恒常的活性型変異体KpPkc1R390Pの発現レベルによるAOX1転写(A)とKpMxr1リン酸化状態への影響(B)).これらの結果から,メタノール濃度に応じてKpPkc1の活性化レベルが制御され,MAPキナーゼに依存しない未知の経路を通してKpMxr1のリン酸化状態を制御するCRMI経路を明らかにした(図5図5■KpPkc1の活性レベルとKpMxr1のリン酸化状態の制御によるCRMI経路).上述のとおり,多リン酸化されるKpMxr1はそのリン酸化状態(パターン)に応じた様々な構造を取ることができるので,一アミノ酸残基のリン酸化型と脱リン酸化型の単純な変化では対応できない連続的なメタノール濃度変化に応答することができると考えられる.
メタノール枯渇によって誘導されるペキソファジーの制御にも,メタノール濃度の感知に関わるWscファミリータンパク質からのシグナルが関与していることが予想された.実際にKpwsc1Δ株では,メタノールが残存している培養条件でもペキソファジーの進行が確認され,KpWsc1からのシグナルがペキソファジーを負に制御することが示された(20)20) S. Ohsawa, K. Inoue, T. Isoda, M. Oku, H. Yurimoto & Y. Sakai: J. Cell Sci., 134, jcs254714 (2021)..細胞内小器官の選択的オートファジーでは,標的器官の表面に呈示されたレセプタータンパク質にオートファジー関連(Atg)タンパク質群がリクルートされ,オートファゴソームが形成される.K. phaffiiにおけるペキソファジーのレセプタータンパク質であるKpAtg30は,リン酸化されることでAtg8をはじめとするAtgタンパク質群をリクルートしてペキソファジーを進行させるが,このリン酸化制御もKpWsc1依存的であることがわかった(20)20) S. Ohsawa, K. Inoue, T. Isoda, M. Oku, H. Yurimoto & Y. Sakai: J. Cell Sci., 134, jcs254714 (2021)..また,S. cerevisiaeのCWI経路と同様に,KpWsc1からのペキソファジー抑制シグナルはMAPキナーゼカスケードのKpMpk1, KpRlm1を介して伝達され,さらに下流のホスファターゼKpMsg5およびKpPtp2Aの遺伝子発現を誘導して,メタノールの存在下でKpAtg30リン酸化レベルを低く抑えることでペキソファジー抑制を維持する役割を果たすことがわかった(図2B図2■S. cerevisiae(A)とK. phaffii(B)におけるWscファミリータンパク質下流のシグナル伝達経路).これらの結果は,細胞表層で感知されたメタノール濃度情報が,MAPキナーゼカスケードに依存しないCRMI経路とMAPキナーゼカスケードに依存したペキソファジー抑制経路の2つの異なるシグナル伝達経路によって伝達され,メタノール濃度に応答した細胞内代謝とペルオキシソーム分解の両方を調節することを示している(図1図1■メタノール濃度に応答したメタノール代謝酵素の誘導とペルオキシソーム動態制御,図2B図2■S. cerevisiae(A)とK. phaffii(B)におけるWscファミリータンパク質下流のシグナル伝達経路).
本稿では,C1酵母がどのように外界のメタノール濃度を感知し,メタノール濃度に応じた遺伝子発現やペキソファジーを制御するのかについて,細胞表層センサーWscタンパク質からのシグナル伝達経路について紹介した.K. phaffiiのメタノール存在下でのペキソファジー抑制については,S. cerevisiaeのCWI経路と同様のMAPキナーゼカスケードを介して,KpAtg30のリン酸化を抑制するホスファターゼKpMsg5, KpPtp2Aを明らかにすることができた.一方,メタノール濃度に応答した遺伝子発現制御のシグナル伝達については,KpPkc1からMAPキナーゼカスケードに依存しない経路で転写因子KpMxr1のリン酸化状態が制御されることを明らかにしたが,KpPkc1からのシグナルをどのように下流に伝えているかについては依然不明であり,関与するキナーゼやホスファターゼの同定を含めたさらなる研究が必要である.今後,この新規シグナル伝達経路を明らかにすることで,幅広い濃度範囲での効率的な生育と強力なメタノール誘導性遺伝子発現を可能にするタンパク質生産系の開発だけでなく,メタノール以外の誘導基質にも拡張して利用できるようにするなど,多様なアプローチからの異種タンパク質生産系の開発が期待できる.
Reference
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