書評

田村隆明,村松正實(著)『基礎分子生物学(第5版)』(東京化学同人,2024年)

Tomohisa Kuzuyama

葛山 智久

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2024-09-01

皆さんは,日々の生活において,新型コロナワクチン,ゲノム編集農作物,再生医療といった,分子生物学という学問分野に関連した専門用語を聞いたことがあるのではないだろうか.こういった話題をしっかりと理解するためには,分子生物学に関する基礎知識を身につけることは必須であろう.したがって,分子生物学は,今後,一般教養として身につけておいても良い学問と言っても良いのではないだろうか.また,分子生物学は,大学などで生物を材料に研究を進める上で,今や,中心的な存在であり,必須の学問と言うことができる.生物の本質を理解するためには,DNAやタンパク質,またそれらの生成過程に関する基礎知識が必須であることは言うまでもない.

では,分子生物学を基礎から学ぼうと思ったとき,特に,入門者に適した教科書はどんなものが良いだろうか? 書店やオンラインショップでは,分厚くてA4サイズより大きな立派な分子生物学の教科書や参考書をよく目にする.カラフルな図を駆使して,詳しく説明している点は高く評価できる.しかしながら,入門者にはややハードルが高いように思う.一方で,『基礎分子生物学』第5版(東京化学同人)はどうだろうか?

本書は,2016年12月に発行された『基礎分子生物学』第4版(東京化学同人)の改訂版であり,2024年3月に発行された.第5版では目次が刷新されて,序章に始まり,第I部「まず覚えること」,第II部「基礎となる分子遺伝学」,第III部「真核生物の分子生物学」,第IV部「核酸に関わる分子生物学的技術」の4部から構成されており,“汎用性の高いコンパクトで標準的な入門書”となっている.

第I部「まず覚えること」では,分子生物学を学ぶ上での背景知識である,古典的な分子遺伝学と生物学の基礎となる核酸やタンパク質の構造や性質について最小限にまとめ直されている.第II部「基礎となる分子遺伝学」では,分子生物学の中心的な学びの要素であるセントラルドグマと細菌の分子遺伝学について,コンパクトかつ丁寧にまとめられている.第III部「真核生物の分子生物学」では,真核生物ならではのゲノムの構造や,細胞周期,細胞内シグナル伝達などについて,図表を用いて分かりやすく説明されている.第IV部「核酸に関わる分子生物学的技術」は,第4版では「核酸に関わる普遍的技術」として章立てされていたものであるが,第5版では最も改訂されている.特に,20章には,「ヒトに関わる技術」が加えられており,再生医療とiPS細胞や,遺伝子治療,抗体医薬,ワクチン,核酸医薬といった新発見や技術の発展に対応した内容となっている.

加えて,本書には,副教材として,立体構造の動画が付けられている.DNA二重らせん構造やタンパク質の高次構造,RNAポリメラーゼの構造などの全14動画について,スマホやタブレットで音声による説明を聞きながら見ることができるように工夫されている.

多くの読者が,本書で分子生物学を学ぶことで,この学問分野により興味を持っていただけることを,大学で基礎分子生物学を教えている一教員としても期待したい.