Kagaku to Seibutsu 62(10): 462-464 (2024)
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岐阜市長良川の伝統的発酵食品「鮎鮨(鮎なれずし)」の発酵制御
鮎鮨から考えるナレズシの発酵科学
Published: 2024-10-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
岐阜市長良川で1300年以上の歴史をもつ長良川鵜飼の鵜匠家には,代々伝わる「鮎鮨」が存在する.「鮎鮨」とは鮎を用いたナレズシのことであり,岐阜市長良川の鵜匠は現在でも年末に鵜飼で獲れた鮎を使って鮎鮨を仕込む風習が残っている.その製法は江戸時代に将軍家に献上された「鮎鮨」の時代からほとんど変わっていないとされているものの,鵜匠家にのみ代々伝承されていることから一般に出回ることはほとんどなく,これまで「鮎鮨」の発酵科学については全く解析されてこなかった.本稿では,筆者らがこれまで示してきた「岐阜市長良川の鮎鮨の発酵科学」について紹介する.
ナレズシは「魚介類,哺乳類もしくは鳥類の肉を塩,炭水化物とともに乳酸発酵させた食品」と定義されており,東南アジアから北東アジアに分布する伝統的発酵食品である(1)1) 石毛直道:国立民族学博物館研究報告,11, 606 (1987)..日本には中国を経て米作とともに伝来したとされており,その後,ナレズシは日本各地域に広まり,各地域の気候風土と食文化に応じて独自の製法が確立され,その地域特有の郷土料理として進化してきた.現在では,ナレズシの製法は各地域で獲れた魚と飯を漬け込んで乳酸発酵させる「なれずし系」とその発酵系に麹を主として野菜も添加する「いずし系」の2種類に大別され,寒冷地域では「いずし系」が,他地域では「なれずし系」が現在もなお伝統的発酵食品として生産されている.
鮎を用いた「鮎ナレズシ」は日本各地に分布するが,岐阜県の他,近隣の富山県,三重県,滋賀県など,他県での分布もみることができる(2)2) 柏尾珠紀:滋賀県立琵琶湖博物館研究調査報告,36, 5 (2023)..私たちがターゲットとした岐阜市長良川「鮎鮨」は一般家庭ではほとんど生産されていないものの,鵜匠家に代々伝承されてきたものである.そして,その製法は江戸時代からほとんど変わっていないという特徴があり,岐阜市長良川「鮎鮨」からは長良川鵜飼と岐阜の食文化の長い歴史,さらには先人の叡智に想いを馳せることができる.
岐阜市長良川の鮎鮨は,「なれずし系」の製法で鵜匠により毎年12月に生産される.その製法は,秋に産卵のために川を下る落ち鮎(雄)を一定期間塩蔵した後,塩抜き操作を行い,白飯とともに容器に詰め込み,重石によって嫌気状態で約1ヶ月間にわたって発酵させることで完成する(図1図1■岐阜市長良川「鮎鮨」の発酵過程).これに対して他県では,三重県伊勢市や紀宝町の市販鮎ナレズシは2~3週間の発酵期間(3)3) H. Matsui, E. Saka, Y. Isobe & M. Narita: Biocontrol Sci., 15, 63 (2010).,滋賀県大津市の市販鮎なれずしは2~3ヶ月とそれぞれ発酵期間は異なるが(4)4) 藤原 翠,萩原博和:日本食生活学会誌,33, 99 (2022).,岐阜市長良川の鮎鮨と同様に「なれずし系」の製法で生産されている.一方,富山県では過去に一部の地域において「なれずし系」の鮎ナレズシが存在したものの,現在では主に麹を使用する「いずし系」の製法が漁師や愛好家によって伝承されているようである(5)5) 野村幸司,田子泰彦,中村敏英:日本食品科学工学会誌,67, 67 (2020)..
岐阜市長良川鮎鮨の発酵過程における菌叢は発酵の進行と共に大きく変化し,発酵前,乳酸菌はほとんど観察されないものの,発酵初期にまずLeuconostoc属が出現し,その後,Latilactobacillus属が支配的となる(6)6) M. Hori, Y. Kawai, K. Nakamura, M. Shimada, H. Iwahashi & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 134, 331 (2022)..また普通寒天培地を用いて,完成した鮎鮨から発酵菌をスクリーニングするとLatilactobacillus sakeiとLeuconostoc mesenteroidesの両種が単離され,単離したLeuconostoc mesenteroidesは黄色ブドウ球菌および大腸菌に対して高い抗菌活性を示す(7)7) M. Hori, Y. Kawai, K. Noguchi, K. Nakamura, M. Shimada, H. Iwahashi & T. Nakagawa: Food Sci. Technol. Res., 30, 247 (2024)..よって両乳酸菌種は岐阜長良川鮎鮨の菌叢変遷の安定化と発酵制御の主役であることは間違いない(6)6) M. Hori, Y. Kawai, K. Nakamura, M. Shimada, H. Iwahashi & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 134, 331 (2022)..三重県伊勢市の鮎ナレズシと富山県「いずし系」の製法で生産した鮎ナレズシではLatilactobacillus sakeiが最優占種であり(3)3) H. Matsui, E. Saka, Y. Isobe & M. Narita: Biocontrol Sci., 15, 63 (2010).,「なれずし系」で生産したものも発酵初期(10日目)まではLatilactobacillus sakeiが優占種であると報告されている(5)5) 野村幸司,田子泰彦,中村敏英:日本食品科学工学会誌,67, 67 (2020)..また紀宝町の鮎ナレズシでも種は異なるもののLatilactobacillus属がLeuconostoc属やLactococcus属と共に優占種であるなど(3)3) H. Matsui, E. Saka, Y. Isobe & M. Narita: Biocontrol Sci., 15, 63 (2010).,Latilactobacillus属は鮎ナレズシの特徴的な乳酸菌種であることが推測される.ただ,発酵期間が長い大津市の鮎ナレズシはLactiplantibacillus plantarumやLevilactobacillus brevisなど岐阜市長良川鮎鮨とは菌叢が大きく異なるようである(4)4) 藤原 翠,萩原博和:日本食生活学会誌,33, 99 (2022)..
一方,私たちはこれまで「紀州鯖ナレズシ」に関しても発酵過程の解析を行ってきたが,紀州鯖ナレズシでは発酵初期に優占種になるLactococcus lactisが生産するナイシンによって黄色ブドウ球菌の生育を抑制し,その後,pHの低下とともにLactiplantibacillus plantarumが主要発酵種となる(8, 9)8) T. Nakagawa, T. Kawase & T. Hayakawa: Nihon Shokuhin Hozo Kagakkaishi, 42, 243 (2016).9) R. Doi, Y. Wu, Y. Kawai, L. Wang, T. Zendo, K. Nakamura, T. Suzuki, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 132, 606 (2021)..このように両ナレズシはともに複数の乳酸菌種による乳酸発酵により醸成するが,そこで活躍する乳酸菌種はそれぞれ異なるようである.また,16S rRNAアンプリコンシーケンスの結果から,鮎鮨と鯖ナレズシには共に発酵中期においてEnterobacteriaceaeがかなりの割合で出現する(6, 9)6) M. Hori, Y. Kawai, K. Nakamura, M. Shimada, H. Iwahashi & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 134, 331 (2022).9) R. Doi, Y. Wu, Y. Kawai, L. Wang, T. Zendo, K. Nakamura, T. Suzuki, M. Shimada, T. Hayakawa & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 132, 606 (2021)..ただEnterobacteriaceaeに属する細菌はこれまで単離できておらず,彼らがナレズシの発酵過程においてどのような役割をもつか不明のままである.
また,私たちは鮎鮨における「発酵乳酸菌の起源」と生産工程における鮎の「塩漬け」の意味に興味をもち,鮎鮨を実験室レベルにて作製して検証した.その結果,鮎と飯のみを真空パックして作製した鮎鮨でも同様に乳酸菌種の菌叢変遷が観察できたことから,鮎鮨の「発酵乳酸菌の起源」は「鮎」そのもののようである.また,鮎の塩蔵の有無に関わらずその発酵菌叢は乳酸菌を主要としてきれいに変遷したものの,塩蔵なしの場合,Aeromonas属がかなりの割合で出現した(6)6) M. Hori, Y. Kawai, K. Nakamura, M. Shimada, H. Iwahashi & T. Nakagawa: J. Biosci. Bioeng., 134, 331 (2022)..いくつかのAeromonas属の種は現在,食中毒菌として指定されており(10)10) 山井志朗:エロモナス・ハイドロフィラ/ソブリア感染症,https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/363-aeromonas-intro.html,鮎の塩蔵処理はまさに食中毒菌の増殖を抑えるための先人の知恵であることがわかった.
古くから人々はその地域特有の魚の保存性や安全性,さらには嗜好性を向上させるために発酵の知恵を工夫しながら「ナレズシ」という形で食文化を築いてきた.その技術の中には様々な先人の知恵が凝縮されており,私たちはまだその技術の本当の意味を科学的に完全には証明できていない.また,岐阜市長良川の鮎鮨の発酵乳酸菌種の中にはγ-アミノ酪酸を生産するなど,ナレズシの食品機能性や食味に関する研究も報告されている(7, 11)7) M. Hori, Y. Kawai, K. Noguchi, K. Nakamura, M. Shimada, H. Iwahashi & T. Nakagawa: Food Sci. Technol. Res., 30, 247 (2024).11) 堀 光代,西岡浩貴,高橋貴洋,中川智行,岩橋 均:美味技術学会誌,23, 11 (2024)..このように鮎鮨をはじめとした発酵食品にはさらなる可能性が眠っていると信じている.
一方,岐阜市長良川の鮎鮨のみならず,各地域の伝統的な発酵食品を継承していくことは,地域食文化の伝承だけでなく,自然環境や資材の確保,作り手の継承の面からも考慮するべきことは非常に多い.次世代に守り続けたい「地域の発酵文化」が未来永劫,繋がっていくことを願ってやまない.
今後も,岐阜市長良川の鮎鮨や他地域のナレズシから発酵食品の魅力や新たな機能性の探索,またそこから派生するさらなる応用技術などへの発展に期待したい.
Reference
1) 石毛直道:国立民族学博物館研究報告,11, 606 (1987).
2) 柏尾珠紀:滋賀県立琵琶湖博物館研究調査報告,36, 5 (2023).
3) H. Matsui, E. Saka, Y. Isobe & M. Narita: Biocontrol Sci., 15, 63 (2010).
4) 藤原 翠,萩原博和:日本食生活学会誌,33, 99 (2022).
5) 野村幸司,田子泰彦,中村敏英:日本食品科学工学会誌,67, 67 (2020).
8) T. Nakagawa, T. Kawase & T. Hayakawa: Nihon Shokuhin Hozo Kagakkaishi, 42, 243 (2016).
10) 山井志朗:エロモナス・ハイドロフィラ/ソブリア感染症,https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/363-aeromonas-intro.html
11) 堀 光代,西岡浩貴,高橋貴洋,中川智行,岩橋 均:美味技術学会誌,23, 11 (2024).