Kagaku to Seibutsu 62(10): 467-469 (2024)
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小胞に乗った天然物を介した微生物間コミュニケーション
細胞外膜小胞を活用した天然物探索系の構築
Published: 2024-10-01
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真核生物が細胞外小胞(EVs)を放出するのと同様に細菌も細胞外膜小胞(MVs)を分泌する.2014年に海水中からMVsが検出され,実環境でも細菌はMVsを放出することが示唆された(1)1) S. J. Biller, F. Schubotz, S. E. Roggensack, A. W. Thompson, R. E. Summons & S. W. Chisholm: Science, 343, 183 (2014)..MVsは直径20~400 nm程度の脂質二重膜小胞で,タンパク質・核酸断片や小分子化合物を内包する.これまでのMVs研究によりMVsは遺伝子の水平伝播やバクテリオファージからの感染防御,栄養獲得や細菌間相互作用に関与することが報告されている.例えばPseudomonas aeruginosaはクオラムセンシングのオートインデューサーPQSをMVsに内包し,同種細菌間のクオラムセンシング効率を上昇させる(2, 3)2) Y. Tashiro, S. Ichikawa, T. Nakajima-Kambe, H. Uchiyama & N. Nomura: Microbes Environ., 25, 120 (2010).3) L. M. Mashburn & M. Whiteley: Nature, 437, 422 (2005)..MVsは生産菌や生育環境ごとに異なる性質を示すことから,MVsを介した細菌間相互作用様式は細菌ごとに異なることが予想される.しかし現在,そのほとんどは未解明である.本稿では天然物を載せたMVsを介してXenorhabdus属細菌とBurkholderia属細菌が相互作用するメカニズムについて紹介する(4)4) A. Yoshimura, R. Saeki, R. Nakada, S. Tomimoto, T. Jomori, K. Suganuma & T. Wakimoto: Angew. Chem. Int. Ed., 62, e202307304 (2023)..
昆虫病原性線虫Steinernema属線虫にはXenorhabdus属細菌が共生しており,この共生細菌が線虫の生育や宿主昆虫の殺虫に重要な役割を果たす.特にSteinernema属線虫の3期幼虫が新たな宿主昆虫を求めて土壌中に分散移動する際に土壌細菌との競合関係が生じる可能性がある.なかでもBurkholderia属細菌は広く土壌に分布するため,Burkholderia multivoransから採取したMVsを添加・非添加で3種のXenorhabdus属細菌を培養した.代謝物プロファイルを解析した結果,Xenorhabdus innexiがMVs添加条件において特異的な天然物を生産していた.実際にX. innexiからMVsによって生産誘導される天然物としてxenoamicin類,xeinamide類とxeidopeptide類を単離,構造決定し,それらX. innexi由来天然物の生合成遺伝子としてxab, xinとinxを見出した.MVsは転写レベルでxeinamide生産を活性化させていた.さらにMVs添加条件で対数増殖後期まで培養したX. innexiではMVs非添加条件と比較してクオラムセンシング関連遺伝子の発現量が低下していた.そのためMVsはX. innexiのクオラムセンシングを抑制することで天然物の生産を誘導することが示唆された(図1図1■MVsと天然物を介したB. multivoransとX. innexiの競争的相互作用モデル).
次にMVsによって生産誘導された天然物のMVs生産菌B. multivoransに与える影響を検証した.X. innexiが生産誘導した天然物はいずれもB. multivoransに対して生育阻害活性を示さなかった.一方,MVsは低極性化合物の“運び屋”として働くことが報告されている.今回得られた化合物群も比較的低極性であったため,筆者らはX. innexi由来天然物がMVsに内包されている可能性を検証した.X. innexiから採取したMVsの内容物をLC-MSにて解析したところxenoamicin類が検出された.さらに興味深いことにX. innexi由来MVsはB. multivoransに対して静菌作用を示した.一方,X. innexi近縁種であるXenorhabdus miraniensisとPhotorhabdus luminescens由来のMVsはxenoamicin類を含まず,それらはB. multivoransの生育を阻害しなかった.以上の結果からxenoamicin類はMVsに内包されることで初めてB. multivoransの生育を抑制することが示唆された(図1図1■MVsと天然物を介したB. multivoransとX. innexiの競争的相互作用モデル).さらにX. innexiはB. multivorans由来MVs添加時に非添加時の2倍程度のMVsを生産した.生産量が増加したMVsからは非添加条件で採取したMVsの5倍以上のxenoamicin類が検出された.以上からB. multivoransのMVsから刺激を受けたX. innexiは天然物とMVsの生産を促進し,MVsに内包されたxenoamicin類を用いてB. multivoransの生育を抑制することが明らかになった.Steinernema属感染態幼虫の菌叢解析においてBurkholderiaceae科細菌が主要な細菌群として検出されていることから(5)5) J-C. Ogier, S. Pagés, M. Frayssinet & S. Gaudriault: Microbiome, 8, 25 (2020).,環境中においてもB. multivoransとX. innexiが競争的に相互作用することが示唆される.
B. multivoransのMVsがX. innexiに対して天然物を生産誘導したことから,本MVsが他の細菌種に対しても天然物を生産誘導する可能性を検証した.B. multivoransが放出するMVsは約100種の細菌に対して様々な物理化学的性質を有する代謝物を生産誘導させた.実際にStreptomyces niveoruberからMVsにより生産誘導される抗菌性天然物viridogriseinとその新規類縁体5種を単離した(6)6) A. Yoshimura, T. Honda & T. Wakimoto: Chem. Pharm. Bull., 72, 80 (2024)..さらにB. multivorans以外の細菌由来のMVsも複数の代謝物を生産誘導し,MVsごとに生産誘導する代謝物が異なっていた.以上からMVsと被添加細菌の組み合わせごとに様々な天然物プロファイルを得られることが示された.様々なMVsと細菌種を網羅的に組み合わせることでさらなる未開拓天然物の取得が期待できる.