Kagaku to Seibutsu 62(10): 470-472 (2024)
今日の話題
ホヤの自家不和合性
雌雄同体動物の配偶子が自己と非自己を見分けて選ぶ仕組み
Published: 2024-10-01
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生物には寿命があり,子孫を作り出すための基本的なプロセスである生殖を行うことで種の存続を可能にしている.二個体の遺伝情報を組み合わせて新しい個体を作り出す有性生殖は,遺伝的多様性を生み出し,進化と適応を促進する機動力になっている.しかし,生物は有性生殖を行うために減数分裂や配偶子の生産,生殖行動など多大な労力を費やさなくてはならない.一方,ほぼ全ての生物が有性生殖を行っていることから,有性生殖が生物にとって極めて重要な機構であることがうかがえる.
生殖戦略の一つとして雌雄同体の体制をとる生物も一般的である.この戦略は,一個体が雄と雌の両方の配偶子を持ち,自家受精や他個体との交配の際に柔軟に対応できる点で有利となる.例えば,カタツムリやアメフラシなどの生物は,雄雌関係なく別の一個体を見つけるだけで交配するチャンスを得ることができる.これらの種では,配偶子を交換することで移動能力の低さを補い,確実に子孫を残している.植物やホヤ,サンゴなどの移動能力の無い生物は,周囲に同種の個体が存在しなくても自家受精を許容することで個体数を維持することができる.ただし,個体数を維持するために自家受精が短期的に有利に働いても,集団内の遺伝的多様性が失われ,長期的には集団の絶滅リスクを上昇させてしまう.そのため,これらの生物種では何らかの方法でできるだけ自家受精を防いでいる.
自家不和合性という現象は,植物で普遍的にみられる自家受精を防ぐ仕組みで,ホヤやサンゴなどの雌雄同体の海洋動物でもみられる(1)1) H. Sawada, M. Morita & M. Iwano: Biochem. Biophys. Res. Commun., 450, 1142 (2014)..雌雄同体である脊索動物ホヤは,海底の岩や岩壁に固着し,植物のように動くことはない.ホヤがどのように生殖して個体を増やすのかというと,植物と同様に周囲の環境,つまり海水中に配偶子を放出することで受精を達成する.しかし,ホヤは出水口から精子と卵子を同時に放出するため,放卵・放精された瞬間に自家受精してしまうリスクを負っている.次世代を産み出すことのできる配偶子は,生物にとって重要な細胞であり,限りある配偶子を確実に受精・発生させることは生物の課題でもある.ホヤは自家受精を回避しながら,どのように遺伝的多様性を保っているのか,その答えは配偶子の自他認識と自家不和合性にある.
ホヤの自家不和合性は,遺伝学の父と呼ばれるT. H. Morganによって1910年に報告され(2)2) T. H. Morgan: Dev. Genes Evol., 30, 206 (1910).,その研究の歴史は100年以上に及ぶ.Morganは卵細胞を被う卵黄膜上で卵子と精子が自他認識していることを突き止めた.その後,自家不和合に関する分子の同定に各国の研究者が力を注ぎ,カタユウレイボヤ(Ciona intestinalis Type A,またはCiona robusta)の自家不和合性遺伝子が2008年に同定された(3)3) Y. Harada, Y. Takagaki, M. Sunagawa, T. Saito, L. Yamada, H. Taniguchi, E. Shoguchi & H. Sawada: Science, 320, 548 (2008)..自家不和合性遺伝子は,ギリシャ神話における法と秩序の女神Themis(テミス)にちなみ,卵黄膜(vitelline coat)側で働くv-Themis遺伝子と精子(sperm)側で働くs-Themis遺伝子と名付けられた.自家不和合性を機能させるためには,精子と卵子は自己と非自己を認識しなくてはならない.
自己認識は,自分自身だけを識別すれば良いので,非自己を認識するよりもはるかに少ない数の分子を用意すれば十分,つまり低コストで自他認識を達成できる.一方,非自己を認識するには全ての非自己識別分子を認識する必要がある(図1A図1■ホヤ自家不和合性における自己非自己識別遺伝子).
カタユウレイボヤの場合,複数のv/s-Themis対立遺伝子が同定されている.超多型領域を持つv-Themisは卵黄膜に存在し,膜タンパク質であるs-Themisは細胞外に超多型領域を露出させている(3, 4)3) Y. Harada, Y. Takagaki, M. Sunagawa, T. Saito, L. Yamada, H. Taniguchi, E. Shoguchi & H. Sawada: Science, 320, 548 (2008).4) H. Sawada, K. Yamamoto, A. Yamaguchi, L. Yamada, A. Higuchi, H. Nukaya, M. Fukuoka, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Sasakura et al.: Sci. Rep., 10, 2514 (2020)..すなわち,卵子と精子はv-Themisとs-Themisの超多型領域を用いて鍵と鍵穴を合わせるように自己を認識していると推測される.v-Themis遺伝子はs-Themis遺伝子の第1イントロンに逆向きにコードされ強固な連鎖関係を築いている(図1B図1■ホヤ自家不和合性における自己非自己識別遺伝子)(3, 4)3) Y. Harada, Y. Takagaki, M. Sunagawa, T. Saito, L. Yamada, H. Taniguchi, E. Shoguchi & H. Sawada: Science, 320, 548 (2008).4) H. Sawada, K. Yamamoto, A. Yamaguchi, L. Yamada, A. Higuchi, H. Nukaya, M. Fukuoka, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Sasakura et al.: Sci. Rep., 10, 2514 (2020)..よって,卵子側の遺伝子と精子側の遺伝子の間で組換えが起こる可能性が非常に低く,組換えによって自他認識できなくなることを避けられる非常に洗練された遺伝子構造でもある.
さらに驚かされるのは,s-Themisとv-Themisの遺伝子セットが1個体中に複数存在することである.カタユウレイボヤの自家不和合性はs/v-Themis-Aとs/v-Themis-B, s/v-Themis-B2,の3つの遺伝子セットにより制御されている(図1B図1■ホヤ自家不和合性における自己非自己識別遺伝子)(4)4) H. Sawada, K. Yamamoto, A. Yamaguchi, L. Yamada, A. Higuchi, H. Nukaya, M. Fukuoka, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Sasakura et al.: Sci. Rep., 10, 2514 (2020)..言い換えると,3つの鍵が全て合致し,同時に施錠が解除される時に初めて自家不和合性シグナルが働く.各s/v-Themisには複数の対立遺伝子が同定されているが,その数は無限ではない.つまり,自他認識分子を3ペアにすることで,膨大な量の対立遺伝子を生み出さなくても少数の対立遺伝子だけで特異的に自己を認識できるのである.例えば,非自己の配偶子であるにもかかわらず,同じ対立遺伝子を持つことで自己と認識してしまう確立が1000分の1であったとき,認識分子が1ペアしか存在しない場合は認識分子が1000種類存在することになる.一方,認識分子が3ペアある場合,それぞれが全て一致した時のみ自己認識すると仮定すると,各対立遺伝子数は10種類で十分となる(図1C図1■ホヤ自家不和合性における自己非自己識別遺伝子).
精子は卵黄膜上で自他認識され,非自己の精子のみが卵黄膜を通過し卵細胞と受精する.自己精子は卵子によって排除されるのではなく,精子自身の生理活性を変化させて自らが受精しないプロセスへと進む.精子が「結合した卵子の卵黄膜は自己由来である」と認識すると,精子細胞内のカルシウム濃度が急上昇する.これは,精子細胞外からのカルシウム流入によるもので,これを起点として精子鞭毛の運動性が変化し卵子との結合を振り払って離れていく.一方,卵子に結合し続けた精子はさらに細胞内カルシウム濃度の上昇が続くことで次第に運動性を失い,短時間で完全に運動を停止する(5)5) T. Saito, K. Shiba, K. Inaba, L. Yamada & H. Sawada: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 4158 (2012)..自己精子はせっかく卵黄膜に結合したにもかかわらず,次世代のからだを作り上げる能力を持つ卵子のために自己認識シグナルを働かせて身を引くというわけである.
東北地方で養殖されているマボヤ(Halocynthia roretzi)は,非常に厳格な自家不和合性を持つ.マボヤとカタユウレイボヤの自家不和合性における共通点として,卵細胞を被う卵黄膜が自他認識の場であること,自他認識因子は卵の成熟過程で卵黄膜上に付与されること,酸処理によってその因子が機能不全になり不和合性を示さなくなることが挙げられる(6)6) H. Sawada & T. Saito: Cells, 11, 2096 (2022)..マボヤでは,個体間で多型がみられる70 kDaの卵黄膜タンパク質HrVC70が自家不和合性因子の有力候補と考えられている(7)7) H. Sawada, E. Tanaka, S. Ban, C. Yamasaki, J. Fujino, K. Ooura, Y. Abe, K. Matsumoto & H. Yokosawa: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 15615 (2004)..一方,HrVC70に対する精子側の結合パートナーとして,CRISP(cysteine-rich secretory protein)ファミリーに属するGPIアンカー型膜結合タンパク質HrUrabinとC末端にセリンプロテアーゼドメインを有する2型膜貫通タンパク質のHrTTSP-1が同定されている(5)5) T. Saito, K. Shiba, K. Inaba, L. Yamada & H. Sawada: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 4158 (2012)..しかし,これらの精子側の分子は多型領域を持たず,HrVC70の分子多型を識別する能力はない.そのため,自他認識には直接関与していないと考えられている.今後,HrVC70の多型を認識する精子タンパク質が同定されれば,ホヤの自家不和合性に関する分子機構だけでなく,自家不和合性の獲得やその進化が明らかになっていく.以上のように,ホヤの自家不和合性に関する分子機構は徐々に明らかになりつつあり,さらなる研究の発展が期待される.
ホヤ種によってはマボヤのように厳格な自家不和合性を持つ種や,逆に自家不和合性を持たない種,自家不和合性の有無が明確でない種も多い.自家不和合性を持つ種では,カタユウレイボヤのThemisやマボヤのHrVC70のように利用している分子は異なるものの,全体を俯瞰すると自家不和合性には多様性とともに共通性がみられる.さらに,ホヤの自家不和合性からみえてきたことは,動物と植物の自家不和合機構はまったく別の分子機構でありながら,多くの酷似している現象があることである.例えば,植物においても雄性因子と雌性因子の遺伝子が同一染色体上で近接し交叉による組換えが起こりにくくなっていることや,これらの遺伝子は対立遺伝子間で多型に富んでいること,ケシ科においては自己認識による花粉内カルシウム濃度の上昇が共通点として挙げられる.このように動物と植物から独自に明らかになった知見を融合させ学際的な研究が進むことで,これまで見過ごされてきた新たな生命現象を見つけ出すきっかけになると期待している.