Kagaku to Seibutsu 62(10): 480-489 (2024)
解説
細菌情報伝達を標的とする次世代型抗菌薬の展望
情報伝達阻害薬は耐性菌に対抗する薬剤開発のブレイクスルーとなるのか?
New Generation of Antibacterial Drugs to Inhibit Bacterial Signal Transduction: Can Inhibitors Against Two-Component Systems Be a Breakthrough in Development of Drugs to Defeat Drug Resistant Bacteria?
Published: 2024-10-01
薬剤耐性病原菌の蔓延は,公衆衛生に対する大きな脅威である.既存の抗生物質には耐性菌が存在しており,ほとんどの抗生物質が効かない多剤耐性菌も出現している(1).何も対策を取らなければ,2050年には全世界で薬剤耐性菌に起因する年間死者数が1000万人へと爆発的に増加する危険性が警告されている(2).危うい状況を打開するため,細菌の環境応答情報伝達系である二成分情報伝達系(two-component system; TCS)(3, 4)が新たな抗菌薬の標的として注目されており,その阻害型薬剤から次世代型の抗菌薬を創り出す可能性が模索されている(5, 6).本稿において,背景や最近の進展について解説したい.
Key words: 二成分情報伝達系; センサーヒスチジンキナーゼ; 阻害剤; 次世代型抗菌薬
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
感染症に対する備えの必要性は,新型コロナウィルスのパンデミックからも明らかである.しかし,抗菌薬の研究開発からは多くの製薬企業がすでに撤退している.抗菌薬の収益性が低いという経済的な要因がある一方で,開発停滞の大きな原因は,創薬ターゲット・新規骨格の不足ともいわれている.新しいターゲットが探索される中で,その筆頭候補と目されているのがTCSである.名前の通りに,TCSは2つのタンパク質からなる細菌の主要な情報伝達システムであり,膜結合型センサーであるセンサーヒスチジンキナーゼ(HK)と細胞質に存在するレスポンスレギュレーター(RR)から構成される(図1図1■二成分情報伝達系の概略とセンサーヒスチジンキナーゼのドメイン構造)(3)3) A. M. Stock, V. L. Robinson & P. N. Goudreau: Annu. Rev. Biochem., 69, 183 (2000)..HKが各種の環境シグナル(リガンド結合,浸透圧,細胞壁に対するストレスなど)を感知すると,細胞質内のキナーゼドメインが活性化され,HKに保存されたHis残基がリン酸化される.さらに,RRに保存されたAsp残基にリン酸基が転移すること(リン酸基リレー)によってRRが活性化される(図1図1■二成分情報伝達系の概略とセンサーヒスチジンキナーゼのドメイン構造).多くの場合,RRは2量体で機能する転写調節因子である.活性化されたRRは,各種の遺伝子のプロモーター領域に結合してその発現を制御し,はじめにHKが感じた環境変化に対して細菌が適応することを可能にする(図1図1■二成分情報伝達系の概略とセンサーヒスチジンキナーゼのドメイン構造).HKはRRのリン酸基を取り除く脱リン酸化活性も有しており,RRのリン酸化レベルを通じて遺伝子の活性化レベルを調節する.細胞増殖・分裂,病原性,薬剤耐性,クオラムセンシング,バイオフィルム形成,酸耐性,および飢餓応答などTCSによってコントロールされている環境応答は多岐に渡り,生理的に重要である(図1図1■二成分情報伝達系の概略とセンサーヒスチジンキナーゼのドメイン構造)(3~5)3) A. M. Stock, V. L. Robinson & P. N. Goudreau: Annu. Rev. Biochem., 69, 183 (2000).4) J. A: Hoch & T. J. Silhavy (Eds): “Two-component signal transduction,” ASM Press, 1995.5) R. Utsumi (Ed): “Bacterial signal transduction: networks and drug targets,” Springer, 2008..枯草菌や黄色ブドウ球菌などのグラム陽性細菌では,TCS WalK/WalR(HK/RR,以降同じ順序で記載)が,細胞壁合成および細胞分裂に関与し,細菌増殖に必須であることがわかっている(7, 8)7) S. Dubrac, P. Bisicchia, K. M. Devine & T. Msadek: Mol. Microbiol., 70, 1307 (2008).8) H. Takada & H. Yoshikawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 741 (2018)..
図1■二成分情報伝達系の概略とセンサーヒスチジンキナーゼのドメイン構造
(A)二成分情報伝達系のシグナル伝達の概略を示す.センサーのシグナル受容からヒスチジンキナーゼの自己リン酸化,リン酸基リレーを介して,活性化されたレスポンスレギュレーターが遺伝子の発現を制御する.(B)大腸菌EnvZのドメイン構造.自己リン酸化されるHis243は,DHpドメイン中にH-box領域にあり,球状モデルで示した.
立体構造に着目すると,HKはマルチドメイン構造を有したホモ二量体である.N末端側にセンサードメインがあり,膜貫通ヘリックスを通じて細胞内に入り,HAMP(Histidine kinase, Adenylate cyclase, Methyl accepting protein, Phosphatase)やPAS(Per-ARNT-Sim)などの領域を経てDHp(Dimerisation and Histidine phosphotransfer)ドメイン,さらにループ領域を間に挟み触媒(Catalytic and ATP-binding; CA)ドメインが連結されている(図1図1■二成分情報伝達系の概略とセンサーヒスチジンキナーゼのドメイン構造)(3, 9)3) A. M. Stock, V. L. Robinson & P. N. Goudreau: Annu. Rev. Biochem., 69, 183 (2000).9) F. Jacob-Dubuisson, A. Mechaly, J. M. Betton & R. Antoine: Nat. Rev. Microbiol., 16, 585 (2018)..自己リン酸化されるHis残基はDHpドメインにある.このHis残基周辺は,His残基を含め各種のHKにおいて高度に保存されており,H-boxと呼ばれている.リン酸化は,CAドメインに結合したATPから末端リン酸基がHis残基へ直接的に転移されることによる.一部のHKでは,さらにRRのレシーバー(REC)ドメインやHPt(Histidine-containing PhosphoTransfer)ドメインなどをもち,HK内で多段階のリン酸基リレーが行われる.作動機構を見ると,まず,センサードメインがシグナルを感知することで,膜貫通ヘリックスの回転などの構造変化が生じ,細胞質内へ伝えられる(図1図1■二成分情報伝達系の概略とセンサーヒスチジンキナーゼのドメイン構造)(9, 10)9) F. Jacob-Dubuisson, A. Mechaly, J. M. Betton & R. Antoine: Nat. Rev. Microbiol., 16, 585 (2018).10) I. Gushchin, I. Melnikov, V. Polovinkin, A. Ishchenko, A. Yuzhakova, P. Buslaev, G. Bourenkov, S. Grudinin, E. Round, T. Balandin et al.: Science, 356, 6342 (2017)..その動きをHAMPドメインが増幅し,CAドメインをつなぐリンカー領域の根本部分の構造変化を引き起こす.それによって,CAドメインの運動性が高まり,CAに結合したATPをDHp領域の保存されたHis残基のごく近傍に接近させることができるようになる(11)11) A. E. Dago, A. Schug, A. Procaccini, J. A. Hoch, M. Weigt & H. Szurmant: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 10148 (2012)..この時に直接的な求核攻撃が起き,His残基がリン酸化される(9, 12)9) F. Jacob-Dubuisson, A. Mechaly, J. M. Betton & R. Antoine: Nat. Rev. Microbiol., 16, 585 (2018).12) F. Trajtenberg, J. A. Imelio, M. R. Machado, N. Larrieux, M. A. Marti, G. Obal, A. E. Mechaly & A. Buschiazzo: eLife, 5, e21422 (2016)..
一方,RRはN末端のRECドメインとC末端側のDNA結合ドメインから構成される低分子量タンパク質である.RECドメインは5本のストランド(β1–β5)からなるβシートと4本のαヘリックスからなる(13)13) R. Gao & A. M. Stock: Annu. Rev. Microbiol., 63, 133 (2009)..β3にあるリン酸化Asp残基は分子表面からやや窪んだような位置にある.このAsp残基がリン酸化されると,周囲のAsp残基やLys残基がリン酸基と相互作用するようになる.それによって保存されたSer/Thr残基(β4)やTyr/Phe残基(β5)が大きくコンフォメーション変化し,RRの活性化につながると考えられている(13, 14)13) R. Gao & A. M. Stock: Annu. Rev. Microbiol., 63, 133 (2009).14) C. M. Barbieri, T. R. Mack, V. L. Robinson, M. T. Miller & A. M. Stock: J. Biol. Chem., 285, 32325 (2010)..RECドメインの構造変化によって,C末端側のDNA結合ドメインが崩れた状態から再構成されたり(15)15) G. Wisedchaisri, M. Wu, D. R. Sherman & W. G. Hol: J. Mol. Biol., 378, 227 (2008).,N末端側制御ドメインとの相互作用によって固定されたDNA結合ドメインがリリースされるなど,各種の構造変化によって(13, 16)13) R. Gao & A. M. Stock: Annu. Rev. Microbiol., 63, 133 (2009).16) V. L. Robinson, T. Wu & A. M. Stock: J. Bacteriol., 185, 4186 (2003).,二量体化したRRが標的DNA配列に結合し,遺伝子の発現調節を行う.HKからRRへのリン酸基リレーは,HKのDHp領域とRRのRECドメインが直接的に相互作用して起き,自己リン酸化の際の動きを含め,HKの2つのサブユニットが協調して構造変化とリン酸基転移を行うことが提案されている(9)9) F. Jacob-Dubuisson, A. Mechaly, J. M. Betton & R. Antoine: Nat. Rev. Microbiol., 16, 585 (2018)..HKとRRは,リガンド結合・リン酸化をトリガーとして構造変化を行う精密な分子マシンとして機能している.
各種の抗生物質に対する細菌の薬剤耐性は,大きく分けて,細胞壁細胞膜の修飾,薬剤排出ポンプの活性化,薬剤分解酵素の発現,ストレス応答およびバイオフィルム形成によることが知られている(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤)(17)17) A. R. Tierney & P. N. Rather: Future Microbiol., 14, 533 (2019)..例えばVanS/VanRは腸球菌などに存在するTCSであり,バンコマイシン耐性に関わる(18)18) M. Arthur, C. Molinas & P. Courvalin: J. Bacteriol., 174, 2582 (1992)..バンコマイシンは,グラム陽性細菌の細胞壁の合成を阻害するグリコペプチド系抗生物質であり,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus; MRSA)にも有効な抗生物質として治療に利用される.その作用機構は,細菌に共通する細胞壁成分であるペプチドグリカンの生合成阻害である.細菌の細胞壁は,N-アセチルムラミン酸とN-アセチルグルコサミンが繰り返し結合し,ペンタペプチドで架橋された構造をとっている.グラム陽性細菌の最外殻の細胞壁はこのペプチドグリカンの厚い層から形成されている.生合成過程では,細胞壁前駆体であるLipid IIが,そのペンタペプチド末端にあるD-Ala-D-Alaで架橋され,重合されていく.バンコマイシンはLipid IIのD-Ala-D-Ala部分と結合することで,細胞壁合成を阻害する(19)19) R. C. Goldman & D. Gange: Curr. Med. Chem., 7, 801 (2000)..バンコマイシン耐性を持つ病原菌として,院内感染において大きな問題となっているのが,バンコマイシンに高度耐性を示す腸球菌(Vancomycin-resistant enterococci; VRE)である.高度耐性菌は,Vanオペロンがコードされたトランスポゾンを保持し,このオペロンに耐性に関与する複数の遺伝子がコードされている(18)18) M. Arthur, C. Molinas & P. Courvalin: J. Bacteriol., 174, 2582 (1992)..このうち,VanSがHK, VanRがRRとして発現を制御しており,実際の耐性に関わるのはVanH, VanA,およびVanXである.これら遺伝子産物によって生産されたD-Ala-D-Lac(乳酸)が,Lipid IIのペンタペプチド末端のD-Ala-D-Alaを置換する.それによって,バンコマイシンがLipid IIに結合できなくなるため,細胞壁合成が可能となり耐性化が起きる(19)19) R. C. Goldman & D. Gange: Curr. Med. Chem., 7, 801 (2000)..VanS以外にもGraS/GraRやVraS/VraRなどのTCSもバンコマイシンなどに対する耐性に寄与することが知られている(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤)(18)18) M. Arthur, C. Molinas & P. Courvalin: J. Bacteriol., 174, 2582 (1992)..
バンコマイシンは,分子サイズが大きく,グラム陰性菌の緻密な外膜の脂質二重層を通り抜けることができないので,その内側にある細胞壁の合成を阻害できずグラム陰性菌に対して抗菌効果を示さない.グラム陰性菌の外膜に働きかけて抗菌性を示す抗生物質としては,カチオン性環状ペプチド構造を含むポリミキシンやコリスチンなどがある.ポリミキシンはグラム陰性細菌の外膜表面にあるリポ多糖と結合して,さらに外膜に穴をあけることによって,膜構造を破壊し抗菌作用を示す.ポリミキンシンに対する耐性菌も出現しており,TCSによる薬剤耐性制御が指摘されている(20)20) K. Jeannot, A. Bolard & P. Plésiat: Int. J. Antimicrob. Agents, 49, 526 (2017)..ポリミキンシン耐性獲得によるAcinetobacter baumanniiの多剤耐性化は,特に院内感染で大きな問題となっている.本菌のTCSのうちPmrB/PmrAがポリミキンシン耐性に関与し,耐性株ではpmrBに複数の変異が起きている(21)21) S. E. Cheah, M. D. Johnson, Y. Zhu, B. T. Tsuji, A. Forrest, J. B. Bulitta, J. D. Boyce, R. L. Nation & J. Li: Sci. Rep., 6, 26233 (2016)..このTCSは,Al3+や低pHに対する遺伝子応答を制御しているが,外膜表層の主要成分であるLipid Aにフォスフォエタノールアミンを転移する修飾酵素PmrCの発現,あるいは4-アミノアラビノースを転移する酵素群の発現によって,細胞膜を修飾しポリミキンシンの作用を防いでいる.サルモネラ菌ではさらにPhoQ/PhoPがPmrB/PmrAの上位の制御系として存在し,85残基の低分子量ペプチドであるコネクター分子PmrDの発現を制御していることが知られている(22)22) L. F. Kox, M. M. Wosten & E. A. Groisman: EMBO J., 19, 1861 (2000)..PmrDはリン酸化PmrAと相互作用し,PmrBによる脱リン酸化から保護することで,PmrAの活性化状態を維持する機能がある.異なるTCSを結ぶ情報伝達,クロストークの一例となる(23)23)江口陽子,加藤明宣,石井英治,内海龍太郎:化学と生物,51, 241 (2013)..
薬剤分解酵素の活性化による耐性化としては,ペニシリンなどのβ-ラクタム化合物やその類縁体に対抗する機構がよく知られている(17)17) A. R. Tierney & P. N. Rather: Future Microbiol., 14, 533 (2019)..β-ラクタム化合物は,ペプチドグリカン合成酵素であるペニシリン結合タンパク質(PBP)と結合し,その活性阻害によって抗菌作用を示す.耐性化は,ペニシリンの反応部位であるβ-ラクタム環を分解する酵素,β-ラクタマーゼ(24)24) C. L. Tooke, P. Hinchliffe, E. C. Bragginton, C. K. Colenso, V. H. A. Hirvonen, Y. Takebayashi & J. Spencer: J. Mol. Biol., 431, 3472 (2019).を発現することによる.緑膿菌のCreB/CreCやBlrA/BlrB, Vibrio parahaemolyticusのVbrK/VbrRが,β-ラクタマーゼの発現を上昇させて,β-ラクタム化合物に対する耐性化を誘導している(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤)(17)17) A. R. Tierney & P. N. Rather: Future Microbiol., 14, 533 (2019)..特にVbrKはβ-ラクタム化合物がセンサー領域へ直接結合することによって活性化されている(25)25) L. Li, Q. Wang, H. Zhang, M. Yang, M. I. Khan & X. Zhou: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 1648 (2016)..β-ラクタム化合物の一つ,イミペネムやメロペネムなどのカルバペネム系抗生物質は,多剤耐性菌治療の際の“最後の砦”として使用されるが,これらも分解するβ-ラクタマーゼ(カルバペネマーゼ)を発現するカルバペネム耐性腸球菌がすでに出現している.
ここまで,個々の薬剤に対して特異的な耐性化をTCSが制御する例を取り上げてきたが,単一の要因が幅広い薬剤に対して耐性化させるケースもある.薬剤排出ポンプはペリプラズムや細胞質から抗生物質を菌体外に放出することによって,薬剤耐性に大きく寄与している(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤).一般的に排出ポンプ,特に多剤排出ポンプの基質特異性は厳密ではなく,様々な化合物を排出できるので,多剤耐性獲得において重要である(26)26)西野邦彦:薬学雑誌,132, 45 (2012)..薬剤排出ポンプの発現を制御するTCSは多数が知られており(17)17) A. R. Tierney & P. N. Rather: Future Microbiol., 14, 533 (2019).,黄色ブドウ球菌BraS/BraR(27)27) A. Hiron, M. Falord, J. Valle, M. Débarbouillé & T. Msadek: Mol. Microbiol., 81, 602 (2011).,A. baumannii AdeS/AdeR(28)28) I. Marchand, L. Damier-Piolle, P. Courvalin & T. Lambert: Antimicrob. Agents Chemother., 48, 3298 (2004).などがある.緑膿菌SagS(HK)(29)29) S. Park & K. Sauer: Biofilm, 3, 100059 (2021).は緑膿菌に4つあるオーファンHK(ゲノム上でペアとなるRRが近接していない)の一つであるが,環状ジグアニル酸(c-di-GMP)を介してBlrRの発現を上昇させ,BlrRがmexAB-oprMなどの多剤排出ポンプの発現を活性化する.SagSは,同時に後述のバイオフィルム形成も制御している.グラム陰性菌の外膜上で各種薬剤の侵入口となるチャネルタンパク質ポリンも,細菌の薬剤耐性化の手段となっている.通路の小さなポリンの比率を上昇させるか,あるいは発現自体を低下させるような調節によって,各種薬剤がペリプラズムへ入り込むことが防がれている(30)30) J. M. Pagès, C. E. James & M. Winterhalter: Nat. Rev. Microbiol., 6, 893 (2008)..ポリンの発現制御に関与するTCSには,大腸菌,A. baumanniiではEnvZ/OmpRがある(17, 31)17) A. R. Tierney & P. N. Rather: Future Microbiol., 14, 533 (2019).31) F. D. Russo & T. J. Silhavy: J. Mol. Biol., 222, 567 (1991)..緑膿菌ではCzcS/CzcRやCopS/CopRが関与し,2つのRRはポリンOrpDの発現を抑制する(32)32) Raavi, S. Mishra & S. Singh: Microb. Pathog., 112, 221 (2017)..
バイオフィルム形成も薬剤耐性化に寄与している(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤).バイオフィルムは,細菌の周囲に粘着性がある細胞外多糖層が形成され層状になったものであるが,細菌の組織接着に重要である.それと同時に外部から各種抗生物質の浸透を防ぎ,薬剤耐性を上げる役割もある.バイオフィルム中では各種遺伝子の発現制御が変化し,活性酸素,酸,および抗生物質によるストレスや栄養欠乏状態に対する抵抗性が上昇する(33)33) J. A. Lemos & R. A. Burne: Microbiology (Reading), 154, 3247 (2008)..バイオフィルム形成やそれに伴うストレス応答に,Streptococcus mutansではLiaS/LiaR, ComD/ComE, VicK/VicR(34)34) M. D. Senadheera, B. Guggenheim, G. A. Spatafora, Y. C. Huang, J. Choi, D. C. Hung, J. S. Treglown, S. D. Goodman, R. P. Ellen & D. G. Cvitkovitch: J. Bacteriol., 187, 4064 (2005).,A. baumanniiではGacS/GacA, BfmS/BfmR(35)35) G. L. Draughn, M. E. Milton, E. A. Feldmann, B. G. Bobay, B. M. Roth, A. L. Olson, R. J. Thompson, L. A. Actis, C. Davies & J. Cavanagh: J. Mol. Biol., 430, 806 (2018).,緑膿菌ではSagSの下流でBfiS/BfiR(29)29) S. Park & K. Sauer: Biofilm, 3, 100059 (2021).などのTCSが関与することが知られている.
TCSが病原性に果たす重要性を明らかにするために,細菌でHKおよびRRをコードする遺伝子を欠失させて,病原因子産生への影響や感染モデル動物の致死性がどうなるのか検討されている.多くの毒素タンパク質を分泌する黄色ブドウ球菌おいては,細菌増殖に必要なWalK/WalR以外のすべてのTCSを遺伝的に欠損させると,免疫性(表面抗原protein Aによる抗原性),溶血性,マウス致死がなくなり,病原性が全くなくなることが判明している(36)36) M. Villanueva, B. García, J. Valle, B. Rapún, I. Ruiz de Los Mozos, C. Solano, M. Martí, J. R. Penadés, A. Toledo-Arana & I. Lasa: Nat. Commun., 9, 523 (2018)..溶血性因子の発現を制御しているAgrC(HK)とSaeS(HK)のみを欠失させた菌株や,toxic shock syndrome toxin(TSST)の産生を制御するSrrA/SrrBを欠失させた菌株を用いた実験においても,溶血性因子や感染実験におけるマウス致死数が大きく低下する(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤)(37, 38)37) A. T. Giraudo, H. Rampone, A. Calzolari & R. Nagel: Can. J. Microbiol., 42, 120 (1996).38) J. M. Yarwood, J. K. McCormick & P. M. Schlievert: J. Bacteriol., 183, 1113 (2001)..とりわけ,オートインデューサーと呼ばれる環状ペプチド(AIP)を感知するAgrC(HK)は重要である.AIPは常に生産されているが,菌体密度が上昇しAIP濃度がある一定の濃度(閾値)を超えると,AgrC/AgrAのTCSが活性化される.その結果,下流の毒性因子やプロテアーゼの発現が急に上昇し,病原性が現れることになる(39)39) R. P. Novick & E. Geisinger: Annu. Rev. Genet., 42, 541 (2008)..この現象はクオラムセンシングと呼ばれ,ヒトなどの宿主の防御系に感染を認知されにくくする細菌の生存戦略の一つと考えられている.
赤痢菌は腸管の上皮細胞内部に侵入して,細胞内に寄生・増殖して毒素を生産することで,ヒトに重篤な下痢症状を引き起こす.様々な因子によって病原性発現は制御されているが,TCSによる制御は重要な部分を占めている(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤)(40)40) M. Pasqua, M. Coluccia, Y. Eguchi, T. Okajima, M. Grossi, G. Prosseda, R. Utsumi & B. Colonna: Biomolecules, 12, 1321 (2022)..細胞内への侵入にはCpxA/CpxR, EnvZ/OmpR, ArcB/ArcAが関与し,特にCpxA/CpxRはvirFを介して毒素産生に制御している.EvgS/EvgAは,赤痢菌がマクロファージに貪食された時に生存し脱出するのに役立っている.さらにPhoP/PhoQはホスト細胞由来のカチオン性抗菌ペプチド(CAMP)に対する耐性を生じさせ,炎症反応を引き起こすことに関わっている.ゲノム解析の結果,大腸菌は赤痢菌と基本的に同種と考えられているが(41)41) G. M. Pupo, R. Lan & P. R. Reeves: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 10567 (2000).,O157などの腸管出血性大腸菌ではQseC/QseBが存在し(42)42) D. A. Rasko, C. G. Moreira, R. Li, N. C. Reading, J. M. Ritchie, M. K. Waldor, N. Williams, R. Taussig, S. Wei, M. Roth et al.: Science, 321, 1078 (2008).,毒素生産を制御している.このTCSも,クオラムセンシングを通じて,活性化される.その結果,病原タンパク質を宿主へ注入する分泌装置であるT3SSやベロ毒素が発現されるようになる.同じように病原性を制御するTCSは,緑膿菌では15にも及ぶことが知られている(43)43) M. Sultan, R. Arya, K. K. Kim, G. A. Sprenger & A. Burkovski: Int. J. Mol. Sci., 22, 12152 (2021)..
TCSを標的とした初期の創薬研究は,黄色ブドウ球菌のWalKなど,生存に必須なHKを標的に主に進められてきた.これはWalKを阻害する化合物は,明確な抗菌作用を示すからである(7, 8)7) S. Dubrac, P. Bisicchia, K. M. Devine & T. Msadek: Mol. Microbiol., 70, 1307 (2008).8) H. Takada & H. Yoshikawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 741 (2018)..加えて,前述のように病原細菌の薬剤耐性と病原性の発現には,TCSが必須の役割を果たしていることから,TCSを標的として低分子化合物によって病原性と薬剤耐性を抑え込むことも,近年大きな目標となりつつある.さらに,生存に必須なTCSがない細菌においても,広範なTCSを同時に阻害することができれば,抗菌作用が生じる可能性が指摘されている(44)44) K. E. Wilke & E. E. Carlson: Sci. Transl. Med., 203, 203ps12 (2013)..TCSが様々な環境下での応答に生理的に重要であることから,ほとんど全てのTCSを阻害する阻害剤は,実質的に抗菌作用あるいは静菌作用を示す可能性を指摘したものである.TCSが阻害されていれば,細菌は環境応答ができない脆弱な状態にある.病原菌が感染した細胞の中でも生存するために,あるいは感染相手からの防御機構を逃れるためにもTCSが利用されているので,培養プレート上では抗菌性示さないTCS阻害化合物でも,体内では,効果を示す可能性がある.このようにTCSを標的とした化合物には大きな可能性があり,国内外の研究者に注目されている.HKとRRを標的とした阻害剤がそれぞれあるが,前述のように,HKは,ATPなど各種のリガンド結合部位を有し,機能を発現にあたって構造変化を伴うことから標的部位が多数ある.本稿ではいくつかのHK阻害剤を取り上げるが(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤,図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位),他のHK阻害剤あるいはRR阻害剤については,リストアップした総説を参照されたい(6, 45~47)6)岡島俊英,五十嵐雅之,江口陽子,内海龍太郎:化学と生物,57, 416 (2019).45) H. Hirakawa, J. Kurushima, Y. Hashimoto & H. Tomita: Antibiotics (Basel), 9, 635 (2020).46) M. Rosales-Hurtado, P. Meffre, H. Szurmant & Z. Benfodda: Med. Res. Rev., 40, 1440 (2020).47) H. Chen, C. Yu, H. Wu, G. Li, C. Li, W. Hong, X. Yang, H. Wang & X. You: Front Chem., 10, 866392 (2022)..
すべてのHKはATPをリン酸基供与体とするので,ATP結合部位に競争的に結合する化合物を見つければ幅広いHKを阻害することができる.HKは,GHKLモチーフのATP結合部位を有するGHKL ATPaseスーパーファミリーに属する.同属の真核生物タンパク質には,DNA修復酵素MutL,ヒートショックタンパク質Hsp90など複数ある.そのため,すでにあるHsp90のATP結合部位に対する競争阻害剤は,阻害剤設計の参考となる.実際,市販のHsp90阻害化合物に有意なHK阻害能があることを示し,そのコア構造を含む誘導体群からサルモネラ菌PhoQに対する2つの阻害剤(2-aminobenzothiazole)が得られている(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤,図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位)(48)48) C. D. Vo, H. L. Shebert, S. Zikovich, R. A. Dryer, T. P. Huang, L. J. Moran, J. Cho, D. R. Wassarman, B. E. Falahee, P. D. Young et al.: Bioorg. Med. Chem. Lett., 27, 5235 (2017)..しかし,ATP結合部位を標的とした場合には,ヒトGHKL酵素阻害の結果として何らかの副作用が生じる可能性もある.創薬において,より精密な分子設計が必要となろう.その潜在的な短所の一方で,ATP結合部位を標的としているHK阻害化合物は多数に及ぶ.
Goswamiらは,HKと蛍光標識したADP(ADP-BODIPY)を結合させ,そこに候補化合物を加え,蛍光偏光の変化を観測することによって,親和性を評価する測定系を構築した.これを利用し53,000化合物のライブラリーをハイスループットスクリーニングした(49)49) K. E. Wilke, S. Francis & E. E. Carlson: ACS Chem. Biol., 10, 328 (2015)..その結果,HKのATP結合部位に結合し,自己リン酸化を阻害する2つのbenzothiazole骨格化合物をリードとして得た(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤,図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位).これらを最適化することによって親和性を改善し,緑膿菌に適用した結果,病原因子生産,移動性,および接着性が低下することを見出した.RT-qPCRによる遺伝子発現解析の結果から,化合物存在下で広範なTCS標的遺伝子について発現変動が検出された.このことから,細胞レベルでも得られた2つの化合物は期待通りにGacS(HK)を阻害すると推測している(50)50) M. Goswami, A. Espinasse & E. E. Carlson: Chem. Sci., 9, 7332 (2018)..興味深いことに,これらの化合物は緑膿菌に抗菌活性を示さず,病原性のみを低減させる.さらに同じ骨格の化合物群からサルモネラ菌PhoQを阻害する化合物(図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位, Compound-2)も得ている(51)51) M. K. Thielen, C. K. Vaneerd, M. Goswami, E. E. Carlson & J. F. May: ChemBioChem, 21, 3500 (2020)..前述のようにPhoQ/PhoPはポリミキシン耐性に関与しているが,この阻害剤はポリミキシン耐性型サルモネラ菌のポリミキシンに対する感受性を少なくとも16倍上昇させることがわかった(51)51) M. K. Thielen, C. K. Vaneerd, M. Goswami, E. E. Carlson & J. F. May: ChemBioChem, 21, 3500 (2020)..他にも各種の化合物ライブラリーを,阻害アッセイを用いたハイスループットスクリーニング,化合物ライブラリーの電子データをin silicoドッキング計算をするなど,様々な手法を駆使して,ATP競争的な阻害化合物が得られている(52~55)52) N. Velikova, S. Fulle, A. S. Manso, M. Mechkarska, P. Finn, J. M. Conlon, M. R. Oggioni, J. M. Wells & A. Marina: Sci. Rep., 6, 26085 (2016).53) M. A. Carabajal, C. R. M. Asquith, T. Laitinen, G. J. Tizzard, L. Yim, A. Rial, J. A. Chabalgoity, W. J. Zuercher & E. García Véscovi: Antimicrob. Agents Chemother., 64, e01744 (2019).54) R. Gilmour, J. E. Foster, Q. Sheng, J. R. McClain, A. Riley, P. M. Sun, W. L. Ng, D. Yan, T. I. Nicas, K. Henry et al.: J. Bacteriol., 187, 8196 (2005).55) Z. Qin, J. Zhang, B. Xu, L. Chen, Y. Wu, X. Yang, X. Shen, S. Molin, A. Danchin, H. Jiang et al.: BMC Microbiol., 6, 96 (2006)..その1つquinazoline誘導体(図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位)はPhoQの自己リン酸化活性を阻害するとともに,サルモネラ菌がマクロファージ細胞株に取り込まれたのちの,細菌の生存能を低下させることが示された(53)53) M. A. Carabajal, C. R. M. Asquith, T. Laitinen, G. J. Tizzard, L. Yim, A. Rial, J. A. Chabalgoity, W. J. Zuercher & E. García Véscovi: Antimicrob. Agents Chemother., 64, e01744 (2019)..
天然化合物は,主に二次代謝産物であるが,多様な構造をもつ化合物を含む.その中には想像を超える新規骨格があり,優れた生理活性を持つものがあるため,創薬研究においても重要視されている(56)56) M. Igarashi: J. Antibiot. (Tokyo), 72, 890 (2019)..その一方で,複雑な天然化合物の全合成や誘導体化は困難なケースが多い.著者らの研究グループでは,枯草菌に対する抗菌活性や,生存必須なWalKの阻害活性を指標に,Streptomyces sp.の抽出物をスクリーニングした結果,DHp領域を標的にしたHK阻害剤signermycin B(57)57) T. Watanabe, M. Igarashi, T. Okajima, E. Ishii, H. Kino, M. Hatano, R. Sawa, M. Umekita, T. Kimura, S. Okamoto et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 56, 3657 (2012).,walkmycin(58)58) A. Okada, M. Igarashi, T. Okajima, N. Kinoshita, M. Umekita, R. Sawa, K. Inoue, T. Watanabe, A. Doi, A. Martin et al.: J. Antibiot. (Tokyo), 63, 89 (2010).,waldiomycin(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤,図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位)(59)59) M. Igarashi, T. Watanabe, T. Hashida, M. Umekita, M. Hatano, Y. Yanagida, H. Kino, T. Kimura, N. Kinoshita, K. Inoue et al.: J. Antibiot. (Tokyo), 66, 459 (2013).を得ることに成功した.最初からDHp領域を狙ったわけではなかったが,いずれもWalKの自己リン酸化阻害活性を有し,阻害はATP競争的ではないことから,DHp領域に阻害部位があると推測された.抗菌性の主要な要因はWalK阻害と考えられ,これらの化合物はMRSAに対しても抗菌性を示した.このうち,waldiomycinはangucyclineポリケタイドにテトラエンリンカーを介して1, 3-dioxolane-2-carboxylic acidが連結した構造を有している(図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位).WalKに対する効果は,枯草菌にwaldiomycinを添加した時のwalK支配下遺伝子の転写レベルをRT-qPCRを用いて解析することによって証明された(60)60) Y. Eguchi, T. Okajima, N. Tochio, Y. Inukai, R. Shimizu, S. Ueda, S. Shinya, T. Kigawa, T. Fukamizo, M. Igarashi et al.: J. Antibiot. (Tokyo), 70, 251 (2017)..さらに核磁気共鳴スペクトル測定による相互作用解析や変異導入実験の結果から,angucycline環がDHpドメインの中でも保存性の高いH-box領域に結合し,それが自己リン酸化阻害に役割を果たしていることがわかった.つまり,waldiomycinは自己リン酸化His残基の近傍に結合し.CAドメインがH-box領域に近接することを妨害することによって自己リン酸を阻害していることがわかった(図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位).さらに,waldiomycinはWalK以外の各種のHKにも幅広い阻害スペクトルを持つことが判明した.そこで,waldiomycinの化学構造を改変して最適化を試みようとしたが,全合成や誘導体化は困難であったので,H-box領域に結合するangucycline環の相互作用・機能性を維持しつつ,有機合成展開が容易なナフトキノンに転換することが試みられた(61)61) T. Ishikawa, Y. Eguchi, M. Igarashi, T. Okajima, K. Mita, Y. Yamasaki, K. Sumikura, T. Okumura, Y. Tabuchi, C. Hayashi et al.: J. Antibiot. (Tokyo), 77, 522 (2024)..各種のナフトキノン化合物を合成し,再度WalK阻害活性と枯草菌に対する抗菌活性を指標にスクリーニングした結果,WalK阻害活性を有する複数のナフトキノン化合物を得た.そのうち4化合物は,WalKに結合したwaldiomycinを置換して,遊離させることから同じ結合部位に結合していることがわかった.興味深いことに大腸菌において,CpxAをはじめ病原性および薬剤耐性を制御するTCSのHKに阻害活性を示した(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤).ユニークな天然化合物から,最適化のための誘導体展開が可能になったばかりでなく,WalK以外のHKを標的とした分子設計への展開も可能になる重要な一歩となった.
センサー領域は,細胞内膜表面にあるため,細胞質内領域を標的とする場合に比較して,外部からアクセスしやすい.細胞膜を通過する必要がないために,分子の疎水性が高い必要はなく,親水性分子でも阻害剤となりうる.ただ,センサー構造には多様性があるため,共通した化学構造をもつ阻害剤設計は難しいかもしれない.現時点では,クオラムセンシングのリガンドであるAIPのアナログとして競争阻害を引き起こすペプチド(62)62) J. Nakayama, R. Yokohata, M. Sato, T. Suzuki, T. Matsufuji, K. Nishiguchi, T. Kawai, Y. Yamanaka, K. Nagata, M. Tanokura et al.: ACS Chem. Biol., 8, 804 (2013).やQseCに対する低分子阻害剤であるLED209(42)42) D. A. Rasko, C. G. Moreira, R. Li, N. C. Reading, J. M. Ritchie, M. K. Waldor, N. Williams, R. Taussig, S. Wei, M. Roth et al.: Science, 321, 1078 (2008).のみである(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤,図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位).また,遺伝子発現プロファイルなどから,TCS阻害剤であることが想定されるものの,標的部位について明確な情報がない化合物も複数の報告がある(表1表1■病原性や薬剤耐性に関与する重要な二成分情報伝達系とそのHK阻害剤)(63, 64)63) H. Lee, S. Boyle-Vavra, J. Ren, J. A. Jarusiewicz, L. K. Sharma, D. T. Hoagland, S. Yin, T. Zhu, K. E. Hevener, I. Ojeda et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 63, e02593 (2019).64) X. Hua, Y. Jia, Q. Yang, W. Zhang, Z. Dong & S. Liu: Front Pharmacol, 10, 986 (2019)..特に注目すべきものとして,MRSAの薬剤耐性に関わるVraS(HK)に対して,ハイスループットスクリーニングを行い,阻害剤を得た研究がある(63)63) H. Lee, S. Boyle-Vavra, J. Ren, J. A. Jarusiewicz, L. K. Sharma, D. T. Hoagland, S. Yin, T. Zhu, K. E. Hevener, I. Ojeda et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 63, e02593 (2019)..HKの細胞質内領域のどこに阻害剤が結合するのかは決定されていないが,得られた化合物(図2図2■主なHK阻害剤の化学構造と阻害部位, Lee-3464など)の存在下であれば,本菌に効果を示さないはずのオキサリシン(メチシリンの代用抗生物質)がMRSAに殺菌的あるいは静菌的に作用することが示されている.今後の詳細な研究を期待したい.
次世代型の抗生物質については,バイオフィルム形成の阻害などの機能性から広範な細菌に対する抗菌性まで様々な定義がなされているが,現在の薬剤耐性菌にも抗菌性を示すことが最低限必要であることは間違いない.さらに,個人的には次世代型の抗生物質は,抗菌性ばかりではなく病原菌の薬剤耐性と病原性の発現を抑え込むことが必要であろうと考えている.このような機能性は,個々の酵素など特定の代謝生合成ステップ阻害剤では実現できない.より上流で遺伝子発現制御を行うTCSなどのシグナル伝達系を阻害することによって可能である.実際にサルモネラ菌の薬剤耐性と病原性,あるいはMRSAの薬剤耐性を低減させるHK阻害化合物がすでに見出されている(51, 53, 63)51) M. K. Thielen, C. K. Vaneerd, M. Goswami, E. E. Carlson & J. F. May: ChemBioChem, 21, 3500 (2020).53) M. A. Carabajal, C. R. M. Asquith, T. Laitinen, G. J. Tizzard, L. Yim, A. Rial, J. A. Chabalgoity, W. J. Zuercher & E. García Véscovi: Antimicrob. Agents Chemother., 64, e01744 (2019).63) H. Lee, S. Boyle-Vavra, J. Ren, J. A. Jarusiewicz, L. K. Sharma, D. T. Hoagland, S. Yin, T. Zhu, K. E. Hevener, I. Ojeda et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 63, e02593 (2019)..TCS阻害剤で薬剤耐性を阻害できれば,多くの病原菌で耐性が獲得されているような“終わった”抗生物質でも抗菌性を復活させることができるはずである.このようなシナジー効果を持つTCS阻害剤は,一部の論文では“アジュバンド”とも呼ばれている(65).元々の意味はワクチン接種における抗原性増強剤のことであるが,このような抗菌性増強効果はTCS阻害剤の目指すべきゴールの一つかもしれない.
現状では細菌のシグナル伝達TCSを標的とした阻害型薬剤が承認された例はまだない.単なるHK阻害剤を次世代型抗生物質とするためには,まずは結合部位の情報をもとに標的HKにより親和性の高い分子設計を進めることが必要となろう.そのためにはX線結晶構造解析など構造生物学的なアプローチによる相互作用解明が必須である.もちろん各種の複合体構造予測,AIによる設計支援といったin silico技術の進展も,次世代型抗菌薬開発に向けて大きな助けとなるものと期待される.
Acknowledgments
本研究にあたり,春田純一先生(大阪大学大学院薬学研究科)ならびに中山二郎先生(九州大学大学院農学研究院)をはじめ多数の共同研究者の皆様に多大なるご協力を得ましたこと,御礼申し上げます.また,国立研究開発法人科学技術振興機構の大学発新産業創出基金事業「可能性検証」の助成に加え,日本農芸化学会より第18回農芸化学研究企画賞を頂戴しご支援頂けたこと,ここに厚く感謝致します.
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