Kagaku to Seibutsu 62(10): 490-496 (2024)
解説
植物の気孔開口を制御するイオン輸送
マグネシウム輸送のかかわり
A Novel Ion Transport Mediating Stomatal Opening in Plants: Involvement of Magnesium Transport in Stomatal Opening
Published: 2024-10-01
植物の体表には気孔と呼ばれる穴が無数に存在し,光に応答して開口する.植物は気孔を介して大気からCO2を体内に取り込み,光合成の炭素源として利用する.これまでに,気孔孔辺細胞の浸透圧が光に応答して増加し,それに伴い細胞が膨張変形して気孔が開口することが知られている.また,孔辺細胞の浸透圧を調節する物質として,主にカリウムイオン(K+)の貢献が明らかにされてきた.ところが,最近筆者らはシロイヌナズナを用いた遺伝学的な研究から,孔辺細胞のマグネシウムイオン(Mg2+)輸送も気孔開口に重要であることを見出した.本稿では,この新たなトピックを取り上げ,気孔開口を仲介するイオン輸送について概説する.
Key words: 気孔開口; 液胞; イオン輸送; 浸透圧調節; マグネシウム
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
植物は太陽の光エネルギーを用いて光合成を行い,自身の生命活動に必要な糖などの有機物を合成する.このとき植物は,体表面1 mm2に約50個から数百個も存在する気孔を光に応答して開き,大気中から光合成の基質である二酸化炭素(CO2)を体内に取り込む(図1図1■光に応答した気孔開口とその役割).取り込んだCO2は,光合成を盛んに行う葉肉細胞へと供給される.また同時に,植物は気孔を介して体内の水を水蒸気として排出する蒸散を行い,これが日中の葉の温度の上昇を防ぎ,かつ根における新たな水と無機栄養塩の取込みを駆動する.このように,気孔は植物体内と大気との間のガス交換を促進し,植物の光合成と成長に貢献する重要な器官である(1~3)1) M. R. Roelfsema & R. Hedrich: New Phytol., 167, 665 (2005).2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).3) S. Inoue, A. Takemiya & K. Shimazaki: Curr. Opin. Plant Biol., 13, 587 (2010)..実際に,気孔が形成されない変異株では,植物はガス交換ができずに幼い時期に死んでしまう(4)4) C. A. MacAlister, K. Ohashi-Ito & D. C. Bergmann: Nature, 445, 537 (2007)..また植物は,気孔を開口してCO2を取り込むときに必ず水も失ってしまうため,光合成を十分に行うことができる太陽光が燦々と降り注ぐ環境下でのみ気孔を開くように制御し,過剰な水の損失を防いでいる.
一つの気孔は,一対の孔辺細胞に囲まれて形成されており,光が当たった孔辺細胞は膨張し,変形することで中の気孔が開く(図1図1■光に応答した気孔開口とその役割).光に応答した気孔の開口は,青色光に依存した経路と光合成有効放射に依存した経路の2つの異なるシグナル伝達によって誘導される(2, 5, 6)2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).5) C. Willmer & M. Fricker: “Stomata”, Springer Nature Press, 1996.6) J. S. Matthews, S. Vialet-Chabrand & T. Lawson: J. Exp. Bot., 71, 2253 (2020)..青色光は孔辺細胞に直接シグナルとして作用し気孔開口を誘導するが,光合成有効放射は直接的な孔辺細胞葉緑体の光合成,および間接的な葉肉細胞葉緑体の光合成を介して気孔開口を誘導することが知られている.後者では,孔辺細胞の光合成は気孔開口に必要なATPや還元力などの化学エネルギーを生み出し(7, 8)7) N. Suetsugu, T. Takami, Y. Ebisu, H. Watanabe, C. Iiboshi, M. Doi & K. Shimazaki: PLoS One, 9, e108374 (2014).8) D. Santelia & T. Lawson: Plant Physiol., 172, 1371 (2016).,葉肉細胞の光合成が葉の内部空間のCO2基質の減少を引き起こすことで,孔辺細胞がこれに応答して気孔開口を誘導することが示唆されている(2, 7, 9)2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).7) N. Suetsugu, T. Takami, Y. Ebisu, H. Watanabe, C. Iiboshi, M. Doi & K. Shimazaki: PLoS One, 9, e108374 (2014).9) S. M. Assmann: Plant Physiol., 87, 226 (1988)..したがって,気孔は光合成有効放射を背景に青色光を重ねて照射することで(一般に青色光も光合成有効放射に含まれるが),効果的に開口することが知られている(2, 10)2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).10) I. Marten, R. Deeken, R. Hedrich & M. R. Roelfsema: Plant Biol., 12, 64 (2010)..
光に応答した気孔の開口はおおよそ2時間ほどで達成され,その動的な側面が興味深いため進化論で有名なチャールズ・ダーウィンを含め140年以上前から研究されており,息子であるフランシス・ダーウィンにより初めて報告された(11)11) F. Darwin: Philos. Trans. R. Soc. Lond., B Contain. Pap. Biol. Character, 190, 531 (1898)..その後も多くの植物科学者により様々な植物種を用いて気孔開口のメカニズムは研究されてきたが,未だにその全貌は解明されていない.これまでに明らかにされた気孔開口の分子メカニズムは,主にシロイヌナズナとソラマメを用いた青色光による気孔開口の研究により理解が進んだ.孔辺細胞の細胞壁を酵素により消化し取り除き,孔辺細胞プロトプラストを調製して青色光を照射すると,プロトプラストを懸濁した溶液の水が流入し,孔辺細胞が膨張する様子が観察できる.つまり,単一の孔辺細胞は青色光の受容から細胞の膨張まで,気孔開口のためのすべてのシグナル伝達要素を備えていることがわかる(2, 12)2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).12) E. Zeiger & P. K. Hepler: Science, 196, 887 (1977)..誌面の都合で現行の気孔開口の分子メカニズムをすべて説明することはできないため,本稿では主に孔辺細胞の膨張を説明し得るイオン輸送の制御に関して紹介する.
青色光が孔辺細胞に照射されると,青色光受容体タンパク質キナーゼであるフォトトロピンが自己リン酸化によって活性化し,気孔開口のシグナル伝達を開始する(13, 14)13) T. Kinoshita, M. Doi, N. Suetsugu, T. Kagawa, M. Wada & K. Shimazaki: Nature, 414, 656 (2001).14) J. M. Christie: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 21 (2007)..フォトトロピンは青色光に応答してキナーゼドメイン活性化ループ内の2つのSer残基を自己リン酸化し,下流へシグナルを伝達する(3, 15)3) S. Inoue, A. Takemiya & K. Shimazaki: Curr. Opin. Plant Biol., 13, 587 (2010).15) S. Inoue, T. Kinoshita, M. Matsumoto, K. I. Nakayama, M. Doi & K. Shimazaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 5626 (2008)..活性化されたフォトトロピンはMITOGEN-ACTIVATED PROTEIN KINASE KINASE KINASE KINASE(MAP4K)ファミリーに属するBLUE LIGHT SIGNALING1(BLUS1)をリン酸化により活性化する(16)16) A. Takemiya, N. Sugiyama, H. Fujimoto, T. Tsutsumi, S. Yamauchi, A. Hiyama, Y. Tada, J. M. Christie & K. Shimazaki: Nat. Commun., 4, 2094 (2013)..その後,BLUS1はMITOGEN-ACTIVATED PROTEIN KINASE KINASE KINASE(MAP3K)ファミリーのRaf様タンパク質キナーゼサブファミリーに属するBLUE LIGHT-DEPENDENT H+-ATPASE PHOSPHORYLATION(BHP)とTYPE1 PROTEIN PHOSPHATASE(PP1)にシグナルを伝達すると考えられている(17, 18)17) M. Hayashi, S. Inoue, Y. Ueno & T. Kinoshita: Sci. Rep., 7, 45586 (2017).18) A. Takemiya, T. Kinoshita, M. Asanuma & K. Shimazaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 13549 (2006)..これらの因子を介して生み出されたシグナルは,最終的に一次輸送体として機能する細胞膜H+-ATPase(主にアイソフォームAHA1)を,C末端から2番目のThr残基(AHA1ではThr-948)のリン酸化とそれに続く14-3-3タンパク質の結合を介して活性化する(図2図2■気孔開口を駆動する孔辺細胞のシグナル伝達)(19, 20)19) T. Kinoshita & K. Shimazaki: EMBO J., 18, 5548 (1999).20) T. Emi, T. Kinoshita & K. Shimazaki: Plant Physiol., 125, 1115 (2001)..最近,青色光と孔辺細胞の光合成を介した両方のシグナルにより,細胞膜H+-ATPaseのC末端より上流の別のThr残基(AHA1ではThr-881)のリン酸化も誘導され,H+-ATPaseの活性化と気孔開口に部分的に貢献することが明らかになった(21, 22)21) Y. Hayashi, K. Fukatsu, K. Takahashi, S. N. Kinoshita, K. Kato, T. Sakakibara, K. Kuwata & T. Kinoshita: Nat. Commun., 15, 1194 (2024).22) S. Fuji, S. Yamauchi, N. Sugiyama, T. Kohchi, R. Nishihama, K. Shimazaki & A. Takemiya: Nat. Commun., 15, 1195 (2024)..blus1とbhp変異株の孔辺細胞では,細胞膜H+-ATPaseの活性化剤フシコクシンに応答してH+-ATPaseのC末端から2番目のThrが正常にリン酸化されることから,BLUS1とBHPがH+-ATPaseのこのThrを直接リン酸化するタンパク質キナーゼではないことが示されている.また,Thr-881をリン酸化するタンパク質キナーゼも未知である.Thr-948とThr-881のリン酸化の挙動は幾分か異なる特徴を示すため,気孔開口において細胞膜H+-ATPaseを活性化する未知のタンパク質キナーゼが最低でも2種は存在することが示唆されている.また,BHPはBLUS1とPP1と相互作用することが示されているが,これらの因子がリン酸化や脱リン酸化を介して繋がっているのかは現時点では不明である.今後,フォトトロピンから細胞膜H+-ATPaseの活性化までの気孔開口の初期シグナル伝達を完全に明らかにするためには,これらの因子の関係性を整理する必要がある.
青色光で活性化された細胞膜H+-ATPaseは孔辺細胞の外にH+を輸送し,細胞膜を横切るH+の電気化学ポテンシャル勾配を形成する(2, 10)2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).10) I. Marten, R. Deeken, R. Hedrich & M. R. Roelfsema: Plant Biol., 12, 64 (2010)..このとき,細胞の内側がよりマイナスに帯電し,静止膜電位よりも大きな電位差が形成される(細胞膜の過分極).この過分極に応答して内向き整流性K+(K+in)チャネルが活性化する(23, 24)23) A. Lebaudy, E. Hosy, T. Simonneau, H. Sentenac, J. B. Thibaud & I. Dreyer: Plant J., 54, 1076 (2008).24) T. H. Kim, M. Böhmer, H. Hu, N. Nishimura & J. I. Schroeder: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 561 (2010)..さらに,細胞膜H+-ATPaseを介した経路とは異なる青色光シグナル伝達により,CBL-INTERACTING PROTEIN KINASE 23(CIPK23)を介してK+inチャネルが活性化される経路の存在も明らかになっている(図2図2■気孔開口を駆動する孔辺細胞のシグナル伝達)(25, 26)25) X. Zhao, X. R. Qiao, J. Yuan, X. F. Ma & X. Zhang: Plant Sci., 184, 29 (2012).26) S. Inoue, E. Kaiserli, X. Zhao, T. Waksman, A. Takemiya, M. Okumura, H. Takahashi, M. Seki, K. Shinozaki, Y. Endo et al.: Plant J., 104, 679 (2020)..これらにより孔辺細胞の細胞質にK+が流入・蓄積し,それと同時に塩化物イオン(Cl−)の流入,もしくは孔辺細胞の葉緑体内のデンプンが分解されカルボン酸塩型のリンゴ酸が生成され,電気的なバランスを取ると考えられている(2)2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007)..K+は細胞膜H+-ATPaseが生み出す電気的成分(過分極)により取り込まれるが,Cl−は同酵素が生み出すH+の化学的成分(濃度勾配)により未知のH+/Cl−共輸送体を介して取り込まれると考えられている.最近,孔辺細胞の葉緑体におけるデンプンの分解が細胞膜H+-ATPaseの活性化の下流で誘導され,孔辺細胞のH+,K+,Cl−輸送に影響を与えることなく気孔開口に貢献することが報告された(27, 28)27) D. Horrer, S. Flütsch, D. Pazmino, J. S. Matthews, M. Thalmann, A. Nigro, N. Leonhardt, T. Lawson & D. Santelia: Curr. Biol., 26, 362 (2016).28) S. Flütsch, Y. Wang, A. Takemiya, S. R. M. Vialet-Chabrand, M. Klejchová, A. Nigro, A. Hills, T. Lawson, M. R. Blatt & D. Santelia: Plant Cell, 32, 2325 (2020)..古くからソラマメで観察されていた光に応答した孔辺細胞におけるリンゴ酸の増加は,シロイヌナズナを用いたこれらの研究では観察されておらず,今のところデンプンの分解が気孔開口にどのように貢献しているのか不明である.今後の研究による解明が待たれる.
細胞外から孔辺細胞の細胞質に取り込まれたK+とCl−は,細胞の90%以上の体積を占める巨大オルガネラである液胞へと運ばれる.液胞内にK+やCl−イオンが蓄積すると,孔辺細胞の浸透圧が増加し,液胞への水の取り込みが起こる.孔辺細胞の膨張は,実際には孔辺細胞液胞の膨張に起因しており,これにより細胞の膨圧が上昇し,最終的に気孔を開口させる(図2図2■気孔開口を駆動する孔辺細胞のシグナル伝達)(29, 30)29) S. Inoue & T. Kinoshita: Plant Physiol., 174, 531 (2017).30) C. Eisenach & A. De Angeli: Plant Physiol., 174, 520 (2017)..
K+は液胞膜に局在するK+/H+交換輸送体であるNa+/H+ EXCHANGER(NHX)1とNHX2により,Cl−はMATE輸送体ファミリーに属するアニオンチャネルであるDETOXIFYING EFFLUX CARRIER(DTX)33とDTX35,アニオンチャネルのALUMINUM-ACTIVATED MALATE TRANSPORTER(ALMT)9, Cl−/H+交換輸送体であるCHLORIDE CHANNEL C(CLC-c)を介して液胞内に輸送される(31~34)31) M. Jossier, L. Kroniewicz, F. Dalmas, D. Le Thiec, G. Ephritikhine, S. Thomine, H. Barbier-Brygoo, A. Vavasseur, S. Filleur & N. Leonhardt: Plant J., 64, 563 (2010).32) A. De Angeli, J. Zhang, S. Meyer & E. Martinoia: Nat. Commun., 4, 1804 (2013).33) Z. Andrés, J. Pérez-Hormaeche, E. O. Leidi, K. Schlücking, L. Steinhorst, D. H. McLachlan, K. Schumacher, A. H. Hetherington, J. Kudla, B. Cubero et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E1806 (2014).34) H. Zhang, F. G. Zhao, R. J. Tang, Y. Yu, J. Song, Y. Wang, L. Li & S. Luan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, E2036 (2017)..同様に,リンゴ酸2−もALMT6を介して液胞内に輸送される(30)30) C. Eisenach & A. De Angeli: Plant Physiol., 174, 520 (2017)..また,液胞へのK+の蓄積は液胞構造のダイナミックなリモデリングを誘導することが知られており,これも気孔開口に重要だと考えられている(33)33) Z. Andrés, J. Pérez-Hormaeche, E. O. Leidi, K. Schlücking, L. Steinhorst, D. H. McLachlan, K. Schumacher, A. H. Hetherington, J. Kudla, B. Cubero et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E1806 (2014)..
細胞膜におけるイオンの二次輸送のときと同様に,NHXsとCLC-cは液胞膜を介したH+の濃度勾配を利用してK+とCl−をそれぞれ液胞内に輸送している.これは,液胞内のpHを酸性に維持する液胞膜H+-ATPaseと液胞膜H+-PPiaseによる一次輸送により達成されているはずだがまだ証明されておらず,これらの一次輸送体の気孔開口における作用メカニズムは未解明である.
上述のシグナル伝達に加え,鍵となるシグナル伝達因子の発現と局在の調節も,間接的に気孔開口を制御する重要なものである.例えばK+inチャネルの発現に関しては,これまでにbHLHファミリーに属する転写因子であるABA-RESPONSIVE KINASE SUBSTRATEs(AKS)とGARP転写因子ファミリーに属するGOLDEN2-LIKE(GLK)1とGLK2の関与が知られており,これらの転写因子がK+inチャネルの主要アイソフォームであるKAT1遺伝子のプロモーターに結合し,孔辺細胞におけるK+inチャネルの発現を増加させる(35, 36)35) Y. Takahashi, Y. Ebisu, T. Kinoshita, M. Doi, E. Okuma, Y. Murata & K. Shimazaki: Sci. Signal., 6, ra48 (2013).36) Y. Nagatoshi, N. Mitsuda, M. Hayashi, S. Inoue, E. Okuma, A. Kubo, Y. Murata, M. Seo, H. Saji, T. Kinoshita et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 4218 (2016)..また,GLKsはBLUS1の発現も正に調節する(36)36) Y. Nagatoshi, N. Mitsuda, M. Hayashi, S. Inoue, E. Okuma, A. Kubo, Y. Murata, M. Seo, H. Saji, T. Kinoshita et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 4218 (2016)..さらに,植物ホルモンのブラシノステロイドの生合成変異株ではK+inチャネルのKAT1, KAT2, AKT1の発現が低下しており,K+inチャネルの発現維持にこのホルモンが重要であることがわかる(37)37) S. Inoue, N. Iwashita, Y. Takahashi, E. Gotoh, E. Okuma, M. Hayashi, R. Tabata, A. Takemiya, Y. Murata, M. Doi et al.: Plant Cell Physiol., 58, 1048 (2017)..これらの転写調節は,全て気孔開口の促進に貢献することが示されている.さらに,Munc13様タンパク質であるPATROL1は,孔辺細胞において細胞膜H+-ATPaseの細胞膜へのリクルートメントを促進することで,光に応答した気孔開口に関与することが明らかになっている(38)38) M. Hashimoto-Sugimoto, T. Higaki, T. Yaeno, A. Nagami, M. Irie, M. Fujimi, M. Miyamoto, K. Akita, J. Negi, K. Shirasu et al.: Nat. Commun., 4, 2215 (2013)..
また,孔辺細胞葉緑体の光合成が,細胞膜H+-ATPaseの燃料(ATPや還元力)を供給し,青色光に依存した気孔開口に貢献することが知られている(7, 39)7) N. Suetsugu, T. Takami, Y. Ebisu, H. Watanabe, C. Iiboshi, M. Doi & K. Shimazaki: PLoS One, 9, e108374 (2014).39) S.-W. Wang, Y. Li, X.-L. Zhang, H.-Q. Yang, X.-F. Han, Z.-H. Liu, Z.-L. Shang, T. Asano, Y. Yoshioka, C.-G. Zhang et al.: Plant Cell Environ., 37, 2201 (2014)..さらに,孔辺細胞に貯蔵されたトリアシルグリセロールが光に応答して分解され,この過程もやはりH+-ATPaseのためのATPを供給すると考えられている(40)40) D. H. McLachlan, J. Lan, C. M. Geilfus, A. N. Dodd, T. Larson, A. Baker, H. Hõrak, H. Kollist, Z. He, I. Graham et al.: Curr. Biol., 26, 707 (2016)..
ここまで見てきたように,気孔開口は孔辺細胞のK+とCl−輸送による取り込みと,液胞への蓄積による細胞内浸透圧の増加により達成され,その輸送制御もかなり理解されていると思われるかもしれない.ところが上述のように,孔辺細胞にCl−を取り込む輸送体は未だ見つかっていない.また近年では,孔辺細胞のK+inチャネル活性を完全に欠いたkincless(K+ inward current-less)変異株では気孔開口速度こそ低下するものの,開口自体はかなりの部分維持されることも示されている(41)41) A. Lebaudy, A. Vavasseur, E. Hosy, I. Dreyer, N. Leonhardt, J. B. Thibaud, A. A. Very, T. Simonneau & H. Sentenac: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 5271 (2008)..したがって筆者は,現在のイオン輸送の理解では気孔開口メカニズムを完全には説明できず,まだ重要で未解明なイベントが残っているのではないかと考えていた.そのため我々は,シロイヌナズナを用いて気孔開口が損なわれた変異株を新たに単離し,その原因を究明することで未解明なイベントに辿り着けるのではないかと考えた.
気孔が開口しないことからclosed stomata 2(cst2)と名づけたこの変異株は,非常に強い気孔の表現型を示し,光やフシコクシンを処理しても全く開口を示さない.詳細にCST2の機能解析を進めた結果,CST2は孔辺細胞を含めた全ての組織・細胞でユビキタスに発現し,液胞膜に局在してMg2+を液胞に輸送し蓄積させる新奇のMg2+輸送体であることを見出した.また,CST2を介した液胞へのMg2+輸送は基本的には細胞のMg2+恒常性維持を担っているが,孔辺細胞においてはさらに気孔開口にも利用されていることが明らかになった(42)42) S. Inoue, M. Hayashi, S. Huang, K. Yokosho, E. Gotoh, S. Ikematsu, M. Okumura, T. Suzuki, T. Kamura, T. Kinoshita et al.: New Phytol., 236, 864 (2022)..さらに生理学的なsemi-in vitroの実験を行うことで,K+だけでなくMg2+も孔辺細胞に取り込まれて蓄積し,気孔開口のための細胞の浸透圧増加に貢献することがわかった(図3図3■気孔開口メカニズムに加わったMg2+輸送).このように,気孔開口を駆動する孔辺細胞の浸透圧増加には,これまでは浸透調節物質のカチオンとしてK+が主役だと考えられてきたが,その役割を一部Mg2+が代替し相補できることが明らかになった.
このように,これまでの気孔開口メカニズムに「Mg2+の取り込みと液胞への蓄積」という新たな浸透調節物質の輸送制御が加わりつつある.この概念は最近提唱されたものであるため分子メカニズムがほとんど未解明であり,さらなる研究による詳細な特徴づけが必要である.特に,孔辺細胞内にMg2+を取り込む細胞膜上の輸送メカニズム,CST2を介した液胞へのMg2+輸送を活性化するシグナル伝達,既知の気孔開口シグナル伝達因子との関係性など,理解すべき問題が盛りだくさんである.また,実際の気孔開口誘導時に孔辺細胞がMg2+を取り込み蓄積することを可視化することも重要だと考えている.今後筆者らは,これらの問題に取り組み,気孔開口の分子メカニズムのさらなる解明を目指したい.
気孔開閉運動は,植物細胞が可逆的に浸透圧を調節して細胞の膨張・収縮を制御するという孔辺細胞だけが行うことができる特殊な応答で,それ自体が興味深い現象である.ところが,応答の細部の過程を見てみると,孔辺細胞は気孔開閉のために特別な浸透調節物質やイオン輸送体を利用しているわけではなく,植物が日々の生命活動を営むためのシステムと同じものを利用していることがわかる.実際に,筆者らが見つけたCST2も,気孔開口以外に植物細胞のMg恒常性維持も担う輸送体であった.気孔開口に関連するキーワードには,光,光合成,無機イオン,浸透圧,水の取り込みなどが挙がるが,これらは全て一般的な植物細胞の生理に関わるものばかりであり,根本的なところは共通していると考えている.そのため筆者は,今後も孔辺細胞が仲介する気孔開口の研究を続けることで,何かしら植物生理学の根本を理解するような現象に辿り着けないかと夢を見ている.
Reference
1) M. R. Roelfsema & R. Hedrich: New Phytol., 167, 665 (2005).
2) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007).
3) S. Inoue, A. Takemiya & K. Shimazaki: Curr. Opin. Plant Biol., 13, 587 (2010).
4) C. A. MacAlister, K. Ohashi-Ito & D. C. Bergmann: Nature, 445, 537 (2007).
5) C. Willmer & M. Fricker: “Stomata”, Springer Nature Press, 1996.
6) J. S. Matthews, S. Vialet-Chabrand & T. Lawson: J. Exp. Bot., 71, 2253 (2020).
8) D. Santelia & T. Lawson: Plant Physiol., 172, 1371 (2016).
9) S. M. Assmann: Plant Physiol., 87, 226 (1988).
10) I. Marten, R. Deeken, R. Hedrich & M. R. Roelfsema: Plant Biol., 12, 64 (2010).
11) F. Darwin: Philos. Trans. R. Soc. Lond., B Contain. Pap. Biol. Character, 190, 531 (1898).
12) E. Zeiger & P. K. Hepler: Science, 196, 887 (1977).
13) T. Kinoshita, M. Doi, N. Suetsugu, T. Kagawa, M. Wada & K. Shimazaki: Nature, 414, 656 (2001).
14) J. M. Christie: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 21 (2007).
17) M. Hayashi, S. Inoue, Y. Ueno & T. Kinoshita: Sci. Rep., 7, 45586 (2017).
19) T. Kinoshita & K. Shimazaki: EMBO J., 18, 5548 (1999).
20) T. Emi, T. Kinoshita & K. Shimazaki: Plant Physiol., 125, 1115 (2001).
25) X. Zhao, X. R. Qiao, J. Yuan, X. F. Ma & X. Zhang: Plant Sci., 184, 29 (2012).
29) S. Inoue & T. Kinoshita: Plant Physiol., 174, 531 (2017).
30) C. Eisenach & A. De Angeli: Plant Physiol., 174, 520 (2017).
32) A. De Angeli, J. Zhang, S. Meyer & E. Martinoia: Nat. Commun., 4, 1804 (2013).
33) Z. Andrés, J. Pérez-Hormaeche, E. O. Leidi, K. Schlücking, L. Steinhorst, D. H. McLachlan, K. Schumacher, A. H. Hetherington, J. Kudla, B. Cubero et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E1806 (2014).
35) Y. Takahashi, Y. Ebisu, T. Kinoshita, M. Doi, E. Okuma, Y. Murata & K. Shimazaki: Sci. Signal., 6, ra48 (2013).