セミナー室

研究者のための特許入門1
特許はなぜ必要?

Kazuhiro Nomura

野村 和弘

ノア国際特許事務所

Published: 2024-10-01

はじめに

近年,政府は新たな産業を創出するため,大学発スタートアップ(ベンチャー)企業への支援を強化している.実際,図1図1■大学発ベンチャー数の年度推移1)(特許庁HPより)に示すように大学発ベンチャーの数は急速に増加している.これらの多くは,大学での研究活動から生まれた独自の技術に強みを持ち,その技術を適切に保護するためには特許の取得や管理が重要である.

図1■大学発ベンチャー数の年度推移1)(特許庁HPより)

筆者は,こうした特許の出願やその運用を専門とする弁理士として,大学や公的機関における特許出願・知財戦略・スタートアップ設立等に携わってきた.その過程で,大学発ベンチャーの持つ画期的な技術が有効に権利化されていないケースを見かけることがしばしばあった.日本経済新聞でも,「大学に眠る特許,生かせぬニッポン 米国は収入50倍」と題する記事を2024年3月2日に掲載し,この状況を指摘している.こうした状況を改善するため,本連載は,研究者自身が特許知識を深め,よりよい特許の取得や利用へつなげることを目的とする.初回となる本稿では,まず(i)特許が必要な理由について説明し,その後,(ii)農芸化学分野における特許の活用事例を紹介する.本連載をきっかけに特許制度や弁理士をより身近に感じてもらうことで,研究資金の獲得や産学連携に少しでも貢献することができれば幸いである.なお,本稿では,法的な正しさよりも分かりやすさを優先している点についてご了解いただきたい.

特許制度

さっそくではあるが,研究者の皆さんは特許についてどのような印象をお持ちだろうか.「特許は拝金的で敬遠すべきもの」「技術を独り占めするためのもの」「手続きが煩雑で研究の支障になりそう」などの印象を持たれている方もいるかもしれない.また,そこまでネガティブでなくても,「何のために存在するのか良く分からない」「自分には関係がなくあまり意味がない」という印象をお持ちの方もいるかもしれない.そこでまず,特許という仕組みがなぜ必要なのかについて説明する.読み終えた後,特許制度に対してポジティブな印象を持っていただければ幸いである.

まず,特許は何のために存在する制度か.

答えは,以下に示す特許法の第一条に記載されている.

第一条(目的)

この法律は,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もつて産業の発達に寄与することを目的とする.」

研究論文と異なり,法律特有の硬い文章で特許法の目的が表現されているため,とっつきにくく感じるかもしれないが,3回ほど繰り返して読むと,その目的を理解していただけるだろう.特許法の目的とは,つまり,産業の発達に貢献することなのである.そして,この産業の発達に貢献するために,発明を守り,かつそれを利用することで,新たに有益な発明が生まれることを促しているのである(図2図2■特許法の目的).

図2■特許法の目的

この特許法第一条の趣旨は,特許庁の公式見解が記されている工業所有権法(産業財産権法)逐条解説に,次のように表されている.

「特許制度は,新しい技術を公開した者に対し,その代償として一定の期間,一定の条件の下に特許権という独占的な権利を付与し,他方,第三者に対してはこの公開された発明を利用する機会を与える(特許権の存続期間中においては,権利者の承諾を得ることにより,また,存続期間の経過後においてはまったく自由に)ものである.このように権利を付与された者と,その権利の制約を受ける第三者の利用との間に調和を求めつつ技術の進歩を図り,産業の発達に寄与しているものに他ならない.」

いかがであろうか.この文章も,試しに繰り返し読んでほしいが,要約すると以下のとおりである.

発明の公開の「代償」とはどのような意味であろうか.例えば,あなたが時間と費用をかけて,ある画期的な発明をしたとしよう.その内容を第三者に公開しようと思うだろうか? おそらく,ほとんどの方が公開しないという選択肢を選ぶだろう.しかし,このように皆さんが発明の内容を公開しなかったら,どうなるだろう.誰かが既に完成させている発明の再発明に取り組んでしまったり,あるいは,既存の発明の内容を理解しようとして,多くの時間を割いたりしてしまうだろう(コラム:「もし特許がなかったら」を参照).結果,産業を通じた社会全体の発展が遅れてしまうのである.特許とは,一見発明者にとって不利益に思える「発明の公開」を促し,その公開が発明者の不利益にならないように特許発明を実施する権利を与えることで,発明者という個人の利益と,社会全体の利益を一致させるための仕組みなのである.

重要なポイントは,最後に記載した「特許権者と第三者のバランスをとって,産業の発達を目指す」ことである.この「バランス」が重要なので,具体的に説明しよう.まず,特許に有効期限があることは皆さんご存知かもしれない.有効期限は,特許の出願日(発明の内容を記した特許書類を特許庁に提出した日)から原則20年間であり,これを過ぎると,誰でもこの発明を実施できるようになる.また「一定条件下で」の独占的な権利と記されている通り,特許権は完全な独占権ではなく,一定の制限を受ける権利である.制限の一例として,「特許権の効力は,試験又は研究のためにする特許発明の実施には及ばない(特許法第69条1項)」と記載されている.つまり,特許発明を試験・研究目的で実施する場合,特許権を侵害しないこととなる.例えば,ある会社が取得した特許権Aの内容について,大学の研究者が試験を行い,よりよい特許出願Bを行うことが認められているのである.

特許の出願がなされて一定期間経過後に,その発明が公開される.そして,公開された発明を第三者が試験・研究目的で実施する.その結果,第三者から新たな発明(例えば,元の発明を改良した発明)が生まれ,特許として出願される.このようなサイクルにより,新たな技術が次々と生まれ,産業が発達し,社会における技術の事業化,普及・定着,つまり,社会実装が可能となる(図3図3■研究と特許出願とのサイクル).

図3■研究と特許出願とのサイクル

さらに,特許権取得の「条件」として,登録や維持に費用がかかる点も重要である.なぜ,費用がかかるのであろうか.特許権の登録や維持に費用がかかれば,この費用を回収するために,権利者は特許を活用して利益を生み出そうとする.そのため,特許が広く社会で使用され普及し,産業の発達に貢献するのである.また,特許の維持費用は,権利発生から年数が経つほど特許庁に支払う費用が増大するように設定されている.このため特許権者や,特許権者から実施許諾(ライセンス)を受けた者が社会実装できない場合には,特許権が途中で放棄されることがある.その結果,その発明は第三者が自由に活用できる技術となる.これも産業の発達に貢献する.さらに,特許権は特許出願から原則20年で満了ため,権利満了後も第三者が自由に使える.このように,特許制度は産業の発達に貢献するよう設計されている(図4図4■特許権から産業の発達へ).

図4■特許権から産業の発達へ

どうだろうか.特許権は技術を独り占めすることを目的とする制度だろうか.確かにその側面もあるが,社会全体を発展させる制度とも考えられる.

特許の活用例

ここまで,特許制度の目的を説明してきた.続いて,特許を取得するとどのようなメリットがあるのかを説明していく.民間企業の中でも,大企業は莫大な費用をかけて毎年数多くの特許を取得している.これは,それだけの費用を費やしてでも特許に投資し,自社の優位性を保つことが会社全体の利益に直結するためである.一方で,公的機関や大学の研究者にとって,特許は必ずしも求められるものではなく,また,費用をかけて特許を取得するハードルは企業より高いかもしれない.しかし,大学の研究者にとっても,特許取得のメリットはある.例えば,以下の3つが考えられる.

メリットの1つ目は,研究成果の保護である.もし研究者が,新たな技術を特許を取得せず論文に発表した場合,基本的に,その技術は世界中の誰でも自由に実施できてしまい,その技術がどのように使われるかを研究者は制御できない.このため,研究者の意図しない形で技術の実施が行われる場合や,その技術を改良した発明を第三者が特許出願することによって,最初に論文発表した研究成果を含めて第三者に独占される場合も想定される.一方で,特許を取得することで,そのようなケースを抑制でき,研究成果を適切に保護できる.ただし,大学の研究は萌芽的な研究内容が多いため,有用性を十分に理解せず論文や学会に発表し,技術が公開され,特許の権利範囲が小さくなってしまうこともある.新しい研究成果が得られた最初の段階から特許を適切に取得することで,その技術の成長のハンドルをしっかり握ることができるのである.

メリットの2つ目は,研究資金の獲得である.近年は,大学の運営交付金の削減や,研究費の獲得競争の激化,特定の目的に偏った研究費の公募などが増え,研究者自らの発想に基づく自由な研究が行いにくくなっているとの声を聞く.特許出願は,国からの研究費が限られる中,研究資金獲得の新たな道を提供することができる.例えば,研究者が新しい技術の特許権を取得し,その特許権を企業に実施許諾すれば,見返りとしてライセンス料を獲得できる.他方,企業は特許技術の優位性を保つため,研究者に共同研究を申し出て研究資金を提供し囲い込みを図ることもあり,このような場合には共同研究費を獲得できる.また,企業に実施許諾等をしなくとも,省庁の応用的な研究費プログラムには特許の取得によって高い評価につながることもあり,外部資金が獲得しやすくなることも大きなメリットである.

メリットの3つ目は,社会実装の促進が挙げられる.もし研究者が発明した技術を特許取得せずに論文化した場合,上述のように,世界中の誰もがその技術を実施できる.企業にとっては,その技術を事業に用いることは,世界中に競合相手を持つことになり,資金力に余裕のない会社ほど参入に二の足を踏むだろう.しかし,特許権を取得していれば,実施許諾を得た企業は比較的に安心して商業化を進められる.つまり,特許取得によって新しい技術の社会実装が促進されるのである.

以上に示す通り,特許取得には手間や費用がかかる一方で,研究者にも大きなメリットが存在することを説明した.続いて,より具体的な例を挙げて説明しよう.

具体例の1つ目として,以前,「化学と生物」にも寄稿があったノーベル賞受賞者の北里大学特別栄誉教授である大村智氏の例を紹介する(4)4) 岩井 譲:化学と生物,54, 7, 2016.

大村博士は,土壌微生物がつくる化学物質の中から,有用なものを探し出す研究に取り組んだ.特に,新種の放線菌から新しい抗生物質であるエバーメクチンを発見し,それを用いた寄生虫による感染症の治療に関する研究業績は高く評価され,2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞している.大村博士は,産学連携の草分け的存在であり,いわゆる「大村方式」と呼ばれる契約方式で米国メルク社との産学連携に取り組んだ.この方式では,北里大学がメルク社から研究費を受け取って有用化合物の研究を実施する.有用な化合物が得られたら,出願人を北里大学として特許を出願する.メルク社は,特許出願費用や維持費用を負担する代わりに特許を独占的に実施する権利(専用実施権)を得るというものである.

この大村方式の特筆すべき点は,独占権である特許権を有効に活用することで,大学が企業と対等に交渉できる点である.実際,共同研究先であるメルク社から特定の菌株に関する権利を3億円で購入したいという申し出を受けたにも関わらず,北里大学はその提案を拒否し,ライセンス料を受け取ることで,結果的に200億円余りの資金を獲得している.この資金で,病院の設立や研究資金,研究奨励基金の設立などを行うとともに,イベルメクチンをアフリカの熱帯地域で無償投与される等,社会への還元も行われている.このような産学連携を進めていけば,国の補助金に頼らずに,企業の研究費を利用して大学での基礎研究を行うことが可能であり,外部資金獲得の方法の1つとして理想的である.

具体例の2つ目として,農芸化学分野の研究者であり著者の友人でもあるX氏の事例を,本人の了承を得たため紹介する.

X氏は,自らの研究内容をまず国内で大学単独で出願した.次にその特許を実施してもらえそうな企業をサーチし,売り上げランキングの上位から順番に声をかけた.その結果,ある企業が特許のライセンスに興味を示した.X氏は国内の特許権を企業に独占的に実施させる代わりに,本来大学が支払うべき出願に関する費用を担ってもらうことに成功した.その後,その企業と共同研究契約を締結し,数百万円クラスの研究費を毎年獲得して,新たな研究成果を得た.その後,企業はその技術の重要性と発展性に気づき,比較的高額となる複数の外国への出願費用も含めて負担することにした.

X氏は,上記とは異なる技術について,別の形での産学連携も行っている.ある有用物質の生産を実用化するための技術である.その技術をX氏は企業へライセンスせず,スタートアップ企業を立ち上げて社長に就任したのである.小規模ではあるが,実際に発明を実施し,その実現性を示すことにより,その研究が社会実装可能であることを高い確度で企業に示している.X氏はこのように,特許制度を上手く活用して産学連携や外部資金の獲得へと繋げることに成功している.

おわりに

近年,研究者から,研究費の削減により,本来行いたい研究ができない,研究費を取得する作業に追われて研究に充てる時間が減っているといった声を聞くことがある.しかしながら,特許制度をうまく利用すれば,研究費の獲得や産学連携を通じて,研究環境を改善できる可能性がある.本連載をきっかけに,一人でも多くの読者が特許に興味を持ち,特許を活用して研究成果の社会実装を実現されたら,大変うれしいことである.

ただし,特許取得には様々な注意点や留意点が存在する.研究者の方々が自身の研究と特許の関係を考える際,特許法を知り,ポイントを押さえることが重要である.このため,次回からは,特許法の中身について具体的に説明していきたい.

Reference

1) 経済産業省:令和4年度大学発ベンチャー実態等調査の結果を取りまとめました(速報),https://www.meti.go.jp/press/2023/05/20230516003/20230516003.html, 2023[最終アクセス:2024年6月19日].

2) 特許庁:とっきょちょうキッズページ,https://www.jpo.go.jp/news/kids_page/shitsumon.html[最終アクセス:2024年6月19日].

3) 厚生労働省:「薬事工業生産動態統計年報」,(出典)日本製薬工業協会 DATA BOOK 2024.

4) 岩井 譲:化学と生物,54, 7, 2016.