農芸化学@High School

陸生クマムシの“通常”環境生存戦略
環境要因から生態への影響を評価

溝口 元気

芝高等学校

Published: 2024-10-01

陸生クマムシ(Tardigrada)の生存戦略に影響を与える環境要因を解明することは,野生株探索や培養法の向上に有用な知見となりうる.棲息地の日射量,温湿度等の実証調査を約15か月間行い,クマムシや共生微生物の棲息数を定量的に分析した.その結果,「日射量」「湿度変動」がクマムシの生活環に重要な要因であることが明らかとなった.さらに,光照射実験から形態や活動の変化を捉え,生存戦略との関連を報告した.

本研究の目的・方法および結果と考察

【目的】

クマムシは,体長約1 mmで4対8本の脚をもつ緩歩動物であり,南極から(1)1) M. Tsujimoto, S. Imura & H. Kanda: Cryobiology, 72, 78 (2016).都市部まであらゆる場所で約1400種類以上が確認されている(2)2) P. Degma & R. Guidetti: “Actual checklist of Tardigrada species”, IRIS Unimore, 2023..特に陸生クマムシは,成長や繁殖といった活動時に体が水和されることを必要とする.周囲が乾燥すると,体内の水分を約2%まで減らし全ての代謝活動を停止させ,体をTun(樽)Shapeの形にして乾眠状態(cryptobiosis)となる(図1図1■クマムシのCryptobiosis(左)と活動状態(右)).ひとたび水和されれば,乾眠状態となって数十年間経過した後でも,活動を再開させることが可能である(1)1) M. Tsujimoto, S. Imura & H. Kanda: Cryobiology, 72, 78 (2016)..また,乾眠状態では,ヒトの致死量の1000倍もの放射線耐性を発揮する等,様々なクマムシ特有の環境耐性(乾燥,放射線・紫外線,温度,圧力)が知られている(3~7)3) P. Becquerel: Acad. Sci. Paris, 231, 261 (1950).4) S. Hengherr, M. R. Worland, A. Reuner, F. Brümmer & R. O. Schill: Physiol. Biochem. Zool., 82, 749 (2009).5) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).6) K. I. Jönsson, M. Harms-Ringdahl & J. Torudd: Int. J. Radiat. Biol., 81, 649 (2005).7) D. D. Horikawa, T. Sakashita, C. Katagiri, M. Watanabe, T. Kikawada, Y. Nakahara, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama, S. Higashi et al.: Int. J. Radiat. Biol., 82, 843 (2006).

図1■クマムシのCryptobiosis(左)と活動状態(右)

※写真・SEM画像は全て筆者撮影

陸生クマムシは,主に苔に棲息することが知られ(8, 9)8) Ian Kinchin: Portland Press, (1994).9) D. R. Nelson & N. J. Marley: Freshw. Biol., 44, 93 (2001).,特に,ギンゴケはクマムシを採取しやすい苔として紹介されている(10)10)堀川大樹:“クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説”, NATIONAL GEOGRAPHIC, 2017, p. 20..しかし,野外で苔種を判別することは困難を伴う上に,近接地の同種の苔群生地でも棲息数が大きく異なることから,フィールド調査に必要な棲息地選定要因の抽出のために,様々な環境指標を設定した先行研究が行われてきた.これまで,土壌pH(11, 12)11) C. Johansson, S. Calloway, W. R. Miller & E. T. Linder: Pan-Pac. Entomol., 87, 86 (2011).12) C. Mitchell, W. R. Miller & B. Davis: Pennsylvania Academy of Sci., 83, 10 (2009).や温湿度(13)13) K. Zawierucha, P. Podkowa, M. Marciniak, P. Gąsiorek, K. Zmudczyńska-Skarbek, K. Janko & M. Włodarska-Kowalczuk: Polar Res., 37, 1492297 (2018).,大気汚染(14, 15)14) M. C. M. de Peluffo, J. R. Peluffo, A. M. Rocha & I. L. Doma: Hydrobiologia, 558, 141 (2006).15) P. Fontoura & D. Santos: 5th Meeting of Young Researchers of U.Porto (2012).,都市と田舎の生存圏の違いによる分析が行われてきたが(11, 16)11) C. Johansson, S. Calloway, W. R. Miller & E. T. Linder: Pan-Pac. Entomol., 87, 86 (2011).16) Andrea González-Reyes, A. M. Rocha, J. Corronca et al.: Zool. J. Linn. Soc., 188, 900 (2012).,長期的かつ定量的な実証調査に基づいた個体密度の比較は少なく,棲息数や種の分布に影響を与える重要な環境要因は,不明瞭なまま長年疑問が呈されていた(6, 17~21)6) K. I. Jönsson, M. Harms-Ringdahl & J. Torudd: Int. J. Radiat. Biol., 81, 649 (2005).17) R. Bertolani & L. Rebecchi: Zool. J. Linn. Soc., 116, 3 (1996).18) R. Guidetti, R. Bertolani & D. R. Nelson: Zool. Anz., 238, 215 (1999).19) D. R. Nelson & B. Paul. J: Southeast. Nat., 6(sp2), 229 (2007).20) N. Guil, J. Hortal, S. Sánchez-Moreno & A. Machordom: Landsc. Ecol., 24, 375 (2009).21) A. H. Meyer: Hydrobiologia, 558, 133 (2006)..そのため,野生株の棲息地探索やそれらの安定的確保,新種発見時の培養法の早期確立が困難となっていた.

近年,陸生クマムシの特殊な極限環境耐性機構のヒトへの応用や新素材開発への期待が医療・創薬分野や環境・産業分野で高まっており(22~24)22) D. D. Horikawa: Biol. Sci. Space, 22, 93 (2008).23) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, Article number: 12808 (2016).24) R. D. Escarcega, A. A. Patil, M. D. Meyer, J. F. Moruno-Manchon, A. D. Silvagnoli, L. D. McCullough & A. S. Tsvetkov: Mol. Cell. Neurosci., 125, 103826 (2023).,生態系を踏まえた培養技術の向上は,喫緊の課題となっている.そのため,生存戦略に与える環境要因を明らかにすることは,これらの課題解決や生態系の環境保全に資するものになると考えた.

本研究では,陸生クマムシの棲息地での継続的フィールド調査と定量的分析により,クマムシの棲息傾向に関連した環境要因の抽出,および季節性動態や他の微生物との相互作用を分析することを第一段階の目的とした.さらに,環境要因の1つとして捉えられた日射について,生態への影響を検証することを第二段階の目的とした実験的研究を行った.

【方法】

1. フィールド調査

1.1 調査期間

2022年6月10日から2023年8月30日の約15か月間調査し,2022年6月~8月を夏季①,2022年9月~11月を秋季,2022年12月~2023年2月を冬季,2023年3月~5月を春季,2023年6月~8月を夏季②とした.

1.2 総実測回数

327回実測し,そのうち,有効データ数は日射量299回,温度294回,湿度294回であった.

1.3 調査対象

東京都文京区内15箇所の苔,それら苔内に棲息するクマムシと卵,ワムシ,線虫を調査した.

1.4 実測・苔採取場所

夏季①では11箇所(自宅周辺8箇所,東京大学附属小石川植物園3箇所),秋季・冬季・春季・夏季②では15箇所(夏季①実測地に自宅周辺1箇所と東京大学理学部2号館3箇所を加えた)に装置を設置した.実測と苔の採取は,正式に許可された箇所でのみ実施した.

1.5 実測項目

1.5.1 全天日射量,温度,湿度のロガー測定

全天日射量計SATOTECH日射計ソーラーパワーメーターSPM-SD)および温湿度計SATOTECH温湿度データロガーMJ-ADL-21)を用いた.実測時間帯は午前6時から午後6時の12時間とし,サンプリングレートを10秒でロガー記録した.実測日は,日本気象協会で確認できた晴天日に実施した.鍵付きポスト内に各測定器を格納し,ウェイト水タンクや鍵付きワイヤーを用いて安全かつ安定した状態となるように固定した.各計測器のプローブは,ポスト投函口から出し,それらのセンサーを苔上に養生テープで固定した.(図2A図2■実験方法とクマムシ種参照)

図2■実験方法とクマムシ種

(A)日射量・気温・湿度の測定方法と実測風景,(B)クマムシ(卵)・ワムシ・線虫の出現数のカウント方法,(C)光照射実験の装置(フルスペクトルライトを光学顕微鏡台の左右に固定),(D)カウントしたクマムシ種一覧(スケールバー: 100 µm, 写真は全て筆者撮影)
【各種の特徴】 
①トゲクマムシ(背甲板がある,棘が外皮にあるものが多い,体表面が緑色・暗赤色) 
②オニクマムシ(爪の主枝が長く,副枝と離れている,背側にやや褐色の模様,口の先が尖っている) 
③ヨコヅナクマムシ(爪の主枝と副枝がついている,眼点がない,体全体が赤褐色) 
④チョウメイムシ(爪の主枝と副枝がついている,体全体が透明・乳白色)

1.5.2 苔とその周辺土壌のpH測定

先行研究(11)11) C. Johansson, S. Calloway, W. R. Miller & E. T. Linder: Pan-Pac. Entomol., 87, 86 (2011).の手順を参照し,pH計測器(SATOTECHマルチ水質計HJ-PC5)を使用して実施した.

1.6 苔の記録と種の同定

採取した苔およびその周辺土壌を写真撮影し,苔種判別用に光学顕微鏡(SWIFT SW380T)でデジタル記録した(WRAYCAM-VEX120).苔種データベース(25, 26)25)神奈川県立生命の星・地球博物館:コケを探す,https://nh.kanagawa-museum.jp/sizen/menu.html, 2017.26)三河の植物観察:コケ類検索,https://mikawanoyasou.org/koke/sentairui-data.htm, 2024.や苔図鑑(27)27)大石喜隆:“じっくり観察特徴がわかるコケ図鑑”,ナツメ社,2021.を参照して種を同定した.

1.7 棲息数のカウント

実測機器設置付近の苔を無作為に採取し,自作した計測器(図2B図2■実験方法とクマムシ種)を用いて苔を1 cm3毎(平均0.29±0.098 g)に分量した.目視可能な苔内全ての微生物を観察するため,先行研究(28, 29)28) A. Suzuki, L. Heard & K. Sugiura: Mikurensis, 7, 3 (2018).29) M. Czernekova, K. Ingermar Jonsson, J. Hajer et al.: Pedobiologia, 70, 1 (2018).を参考に抽出した.光学顕微鏡を使用し,棲息数を目視でカウントし記録を行った.クマムシの眼点の有無,背甲板や棘の有無,体色・爪の形・体長の違い等から,目視で確認できる綱レベルと属レベル(真クマムシ綱ヨリヅメ目:チョウメイムシ, ヨコヅナクマムシ,真クマムシ綱ハナレヅメ目:オニクマムシ,異クマムシ綱:トゲクマムシ)に分類した(図2D図2■実験方法とクマムシ種).

1.8 データ解析

1.8.1 日射量

瞬間日射強度(W/m2)を実測時間帯で積算総日射量(MJ/m2)に変換した.各実測箇所における実測日毎の積算総日射量を算出し,それらを平均化したものを季節毎の平均総日射量とした.

1.8.2 温度

各実測箇所の実測日毎のデータから平均気温を算出した.それらを平均化したものを季節毎の平均気温とした.

1.8.3 湿度

各実測箇所の実施日毎のデータから平均湿度を算出した.それらを平均化したものを各季節の平均湿度とした.各実測日の湿度分散値も同様に算出し,それらを平均化したものを各季節の平均湿度分散値とした.

1.8.4 棲息数の解析

各日のカウント結果を集計したものから,実測箇所別に平均クマムシ総数(チョウメイムシ+オニクマムシ+トゲクマムシ/実測回数),平均ワムシ数,平均線虫数を季節毎に算出した.平均総日射量,平均気温,平均湿度,平均湿度分散値と平均クマムシ総数との相関を分析した(測定データの変数間の相関関係は,ピアソンの積率相関係数を用いて分析した.).

2. 実験的研究

2.1 研究期間

2023年3月3日~3月17日

2.2 研究対象と実験回数

計40回(チョウメイムシ27回,オニクマムシ13回)実施した.

2.3 測定・解析方法

光照射機器は,フルスペクトルライト(YTA植物育成ライト)を用いた(図2C図2■実験方法とクマムシ種).水和されたシャーレ内で休眠状態様の動かなくなったクマムシを撮影対象とした.最初に,暗室条件(約0 w/m2)で約1分間形態変化や活動が無いことを確認し,続いて光照射条件下のクマムシをタイムラプス撮影(WRAYCAM-VEX120)した.1秒毎のサンプリングでデジタル記録し,同位置に像を配置し分析した.それらの経時的変化を目視により確認し記録した.光照射条件の光強度は,光学顕微鏡観察台において日射計で確認し,顕微鏡光源は約150 w/m2,フルスペクトルライトは約80 w/m2であった.

【結果と考察】

1. フィールド調査:各環境要因における棲息傾向

1.1 日射量

平均総日射量と平均クマムシ総数は,全季節で強い正の相関関係が見出され,日射量の高い棲息地でクマムシが多く棲息していた(図3A図3■全季節の各環境要因と平均クマムシ数の相関図 
(夏季①n=11, 秋季n=15, 冬季n=15, 春季n=15, 夏季②n=15)
).特に,周囲に日射を長時間遮る物がない屋上のような箇所では,全季節において積算日射量が10 MJ/m2以上の強い日射が当たり乾燥しやすい環境にもかかわらず,平均クマムシ総数は100匹/cm3以上であった.その平均占有率は,チョウメイムシが最も高く(平均約86%),次いでトゲクマムシ(約11%),オニクマムシ(約3%),ヨコヅナクマムシ(0%)であった.チョウメイムシは,一年を通じて高日射の箇所で多く棲息していたが低日射の箇所では少なく,負の相関傾向が見られた.トゲクマムシは,中程度の日射量(夏季で瞬間最大日射強度約400 W/m2,積算日射量約7 MJ/m2前後)で,日中に急峻に陽がさす時間帯(約1~2時間)がある箇所で,占有率が約50%近くまで高まる傾向が見られた.肉食のオニクマムシは,捕食対象のチョウメイムシが少ない低日射地では棲息していなかった.一方,ヨコヅナクマムシは,積算日射量の高い箇所では確認されず,日中も湿度を保ちやすく,1時間程度の短い時間だけ陽が当たる箇所(夏季で瞬間最大日射強度約100~300 W/m2,積算日射量約2 MJ/m2前後)で棲息していた.ヨコヅナクマムシは,環境耐性に関連した遺伝子が多く報告されており(22, 23, 30)22) D. D. Horikawa: Biol. Sci. Space, 22, 93 (2008).23) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, Article number: 12808 (2016).30) N. Emdee, A. Møbjerg, M. M. Grollmann & N. Møbjerg: Zool. J. Linn. Soc., 200, 220 (2024).,飼育系統が確立されている種の中で様々な耐性が最も強いとされている(31)31) Y. Yoshida, G. Koutsovoulos, D. R. Laetsch, L. Stevens, S. Kumar, D. D. Horikawa, K. Ishino, S. Komine, T. Kunieda, M. Tomita et al.: PLoS Biol., 15, e2002266 (2017)..本研究で得られた知見から探索し検体数を増やして,他種の棲息傾向との違いを検証する必要がある.

図3■全季節の各環境要因と平均クマムシ数の相関図 
(夏季①n=11, 秋季n=15, 冬季n=15, 春季n=15, 夏季②n=15)

(A)平均総日射量(MJ/m2)と平均クマムシ総数(匹/cm3)の相関関係 
(夏季① r=0.953 秋季 r=0.917 冬季 r=0.850 春季 r=0.728 夏季② r=0.611) 
(B)平均気温(°C)と平均クマムシ総数(匹/cm3)の相関関係 
(夏季① r=0.744 秋季 r=0.790 冬季 r=0.802 春季 r=0.512 夏季② r=0.443) 
(C)平均湿度分散値と平均クマムシ総数(匹/cm3)の相関関係 
(夏季① r=0.707 秋季 r=0.877 冬季 r=0.704 春季 r=0.573 夏季② r=0.654)

1.2 季節動態

年間を通じて一定数のクマムシの棲息が確認された箇所において,季節動態を分析した.その結果,秋季と春季でチョウメイムシの個体数が増加し,夏と冬に減少傾向を示しており,1年間に2回増減の周期が見られた.また,春季に卵が増加する傾向が見られたが,冬季でも産卵や孵化の様子が確認された.クマムシに捕食されるワムシや線虫は秋季に増加する傾向が見られたが,平均クマムシ総数やそれらに明確な相互作用を見出すことは出来なかった.

1.3 温湿度

気温に関しては,全季節で平均クマムシ総数と正の相関傾向が見られた.飼育環境では,最適な培養温度として一定に設定されている種もあるが(5)5) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).,野外環境では,季節内で日射量と連動してより気温が上昇する箇所で多く棲息している傾向が見られた(図3B図3■全季節の各環境要因と平均クマムシ数の相関図 
(夏季①n=11, 秋季n=15, 冬季n=15, 春季n=15, 夏季②n=15)
).

湿度の高い箇所では,棲息数が低くなる負の相関傾向が見られた.また,平均湿度の分散値と棲息数で正の相関が見られたことから,日内変動が大きい箇所の方が棲息数は多くなる傾向が示された(図3C図3■全季節の各環境要因と平均クマムシ数の相関図 
(夏季①n=11, 秋季n=15, 冬季n=15, 春季n=15, 夏季②n=15)
).in vitro培養株の飼育環境では日中の湿度差が大きいほど生存率が上昇したとの報告があり(32)32) S. Momeni, J. F. González & J. Pienaar: Invertebr. Biol., 141, e12360 (2022).,野外環境においても同様の傾向があることが示唆された.

本調査結果から,日射や人工的な光照射を用いたり,湿度変動を取り入れたりする等して,最適な培養方法を種毎に試行出来るのではないかと考えられた.また,野生株の探索方法として,一瞬の陽当たりだけではなく,積算日射量や日内変動を選定基準として有効活用することで,捕獲の確率を高められるのではないかと考えられた.今後,調査対象エリアを拡げて異なる気候区分のクマムシについても調査し,多様な棲息環境における傾向を検証していく必要がある.

1.4 土壌pH

全箇所で中性幅内(平均pH 6.84±0.43)であり,測定箇所の特異的傾向は認められなかった.

1.5 実測地の苔種

主な群生苔種は,1箇所のみ苔類(ミドリゼニゴケ),他は蘚類(ホソウリゴケ,ヒナノハイゴケ,ハリガネゴケ,コバノスナゴケ,ネジクチゴケ,ヒメシノブゴケ,ハマキゴケの7種)であった.全実測地の苔種を遺伝子レベルで同定していないため,苔の特性による土壌や微生物叢への影響を厳密に分析することは難しかった.しかし,苔類のミドリゼニゴケの群生地では,クマムシは全く棲息しておらず,他の微生物も極端に少なかったことから,苔類固有の油体(33)33) T. Kanazawa, H. Morinaka, K. Ebine, T. L. Shimada, S. Ishida, N. Minamino, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, T. Kohchi, A. Nakano et al.: Nat. Commun., 11, 6152 (2020).が食害防御として働くアレロパシー現象の可能性が推察された.蘚類に関しては,匍匐型,直立型,クッション型の全形状で棲息が確認され,形状分類による棲息数の違いは見出されなかった.

本研究では,同じ壁面や屋上といった近距離にある同種の苔群生地でも,日射量の違いでクマムシの棲息傾向が大きく異なった箇所があった.苔の生息分布に影響を与えないレベルの環境要因の相違であっても,方位や障害物の有無による陽当たりの違いがクマムシや他の微生物叢に対して影響を与えていた可能性が考えられた.そのため,棲息地探索エリアを設定する際には,同種の苔群生地でも,方位の違いや植栽の成長・伐採といった周辺状況の変化を精査することが必要であると考えられた.今後,都市部以外の多様な苔種の生息地も追加し,棲息傾向を検証する必要がある.

2. 実験的研究:光照射の影響評価

本フィールド調査から,日射量とクマムシの棲息数に正の相関関係が見られたため,クマムシの生体に光照射する実験を行った.その結果,水和下で休眠状態様になり動かなくなっている全てのクマムシ(野生株のチョウメイムシとオニクマムシ)が,光照射により形態を復元させ活動を再開する光応答が初めて見出された(図4図4■光照射によるクマムシの形態・活動状態変化).光照射開始直後に応答する個体も確認されたが,タイムラプス画像の解析結果から,形態変化や活動開始時間はいずれも2分以内であった.このような陸生クマムシの光応答性に関する報告はないため,その機構を明らかにする必要があるが,野外環境においても苔内で十分な日射量を受けた場合,光応答性に伴って活動が促進されている可能性が考えられた.水和状態でなければ活動が出来ないクマムシにとって,水和時の周辺環境と時間は生存戦略において重要である.野生環境において,「水和+強日射」条件の方が,「水和+日陰」より活動機会と時間が多く確保される状況だとすれば,採餌・生殖機会の確保,それに伴った成長促進や個体数増加がもたらされることが推察された.本実験結果は,日射量の多い棲息地で棲息数が多いという本調査結果に関連した生体現象の1つとして考えられた.

図4■光照射によるクマムシの形態・活動状態変化

休眠状態のチョウメイムシ(暗室状態1分間),および光照射後に活動を再開したチョウメイムシの撮影画像(約6分間).1秒毎にタイムラプス撮影した画像を10秒毎に配置編集した. 
▼:光照射を開始した時点を示す.(スケールバー: 100 µm) 
:形態変化や動きが開始した時点を示す.(a: 体全体の僅かな振動,b: 頭部の動き,c: 脚の動き,d: 尾部の動き)

光照射対象とした被嚢膜の中で動かないクマムシや,頭部や尾部を体内に入れ込み体を縮ませた形態で休眠状態にあるクマムシは,活動時の状態とは明らかに異なって観察された.水和下でこのような状態のクマムシは,水中の溶存酸素濃度の低下・水質悪化,気温変化によるものと報告されてきたが(34, 35)34) K. Janelt & I. Poprawa: Diversity, 12, 62 (2020).35) R. Guidetti, D. Boschini, L. Rebecchi & R. Bertolani: Hydrobiologia, 558, 9 (2006).,それらのメカニズムは不明瞭な点が多いままである.本研究では,水質や温度に変化のない状態でも,光照射により休眠状態から形態が変化し活動が再開する現象が捉えられたことから,休眠状態に至る様々な要因と光応答機序の関連を分析する必要がある.現在,クマムシ種や波長・強度の違いによる光応答性についても検証中であり,さらに光回復機構について解明していく予定である.

本研究の意義と展望

本研究の結果から,「日射量」「湿度変動」という環境要因がクマムシの生活環に重要な因子であることが明らかとなった.さらに,光照射実験から光応答性が捉えられた.これらの結果から,既に一般的となっているin vitro培養系の培養温度設定(22~25°C)(5)5) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).に加え,種に応じて光照射や湿度分散の設定を試行する等,新たな培養法を見出せるのではないかと考えている.また,日射が直接的に生体へ影響していることが示唆されたことから,光回復機構について分子生物学的手法を用いて検証し,クマムシ固有の耐性機能と光制御を兼ね備えた技術や素材の開発へ繋げていきたいと考えている.

Acknowledgments

本研究の遂行にあたり,広島大学丸山史人教授,広島工業大学中嶋麻起子助教に研究全体の御指導を頂きました.誠に深く感謝申し上げます.実測地として東京大学理学部2号館屋上を提供して下さった東京大学國枝武和准教授,東京大学附属小石川植物園による御協力に深謝致します.NPO法人IHRPのご支援(2022年2月~2023年2月)に深謝致します.また,令和4年度ホクト生物科学振興財団研究奨励金のご支援により,クマムシの電子顕微鏡像を撮影しました.深謝致します.

Reference

1) M. Tsujimoto, S. Imura & H. Kanda: Cryobiology, 72, 78 (2016).

2) P. Degma & R. Guidetti: “Actual checklist of Tardigrada species”, IRIS Unimore, 2023.

3) P. Becquerel: Acad. Sci. Paris, 231, 261 (1950).

4) S. Hengherr, M. R. Worland, A. Reuner, F. Brümmer & R. O. Schill: Physiol. Biochem. Zool., 82, 749 (2009).

5) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).

6) K. I. Jönsson, M. Harms-Ringdahl & J. Torudd: Int. J. Radiat. Biol., 81, 649 (2005).

7) D. D. Horikawa, T. Sakashita, C. Katagiri, M. Watanabe, T. Kikawada, Y. Nakahara, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama, S. Higashi et al.: Int. J. Radiat. Biol., 82, 843 (2006).

8) Ian Kinchin: Portland Press, (1994).

9) D. R. Nelson & N. J. Marley: Freshw. Biol., 44, 93 (2001).

10)堀川大樹:“クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説”, NATIONAL GEOGRAPHIC, 2017, p. 20.

11) C. Johansson, S. Calloway, W. R. Miller & E. T. Linder: Pan-Pac. Entomol., 87, 86 (2011).

12) C. Mitchell, W. R. Miller & B. Davis: Pennsylvania Academy of Sci., 83, 10 (2009).

13) K. Zawierucha, P. Podkowa, M. Marciniak, P. Gąsiorek, K. Zmudczyńska-Skarbek, K. Janko & M. Włodarska-Kowalczuk: Polar Res., 37, 1492297 (2018).

14) M. C. M. de Peluffo, J. R. Peluffo, A. M. Rocha & I. L. Doma: Hydrobiologia, 558, 141 (2006).

15) P. Fontoura & D. Santos: 5th Meeting of Young Researchers of U.Porto (2012).

16) Andrea González-Reyes, A. M. Rocha, J. Corronca et al.: Zool. J. Linn. Soc., 188, 900 (2012).

17) R. Bertolani & L. Rebecchi: Zool. J. Linn. Soc., 116, 3 (1996).

18) R. Guidetti, R. Bertolani & D. R. Nelson: Zool. Anz., 238, 215 (1999).

19) D. R. Nelson & B. Paul. J: Southeast. Nat., 6(sp2), 229 (2007).

20) N. Guil, J. Hortal, S. Sánchez-Moreno & A. Machordom: Landsc. Ecol., 24, 375 (2009).

21) A. H. Meyer: Hydrobiologia, 558, 133 (2006).

22) D. D. Horikawa: Biol. Sci. Space, 22, 93 (2008).

23) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, Article number: 12808 (2016).

24) R. D. Escarcega, A. A. Patil, M. D. Meyer, J. F. Moruno-Manchon, A. D. Silvagnoli, L. D. McCullough & A. S. Tsvetkov: Mol. Cell. Neurosci., 125, 103826 (2023).

25)神奈川県立生命の星・地球博物館:コケを探す,https://nh.kanagawa-museum.jp/sizen/menu.html, 2017.

26)三河の植物観察:コケ類検索,https://mikawanoyasou.org/koke/sentairui-data.htm, 2024.

27)大石喜隆:“じっくり観察特徴がわかるコケ図鑑”,ナツメ社,2021.

28) A. Suzuki, L. Heard & K. Sugiura: Mikurensis, 7, 3 (2018).

29) M. Czernekova, K. Ingermar Jonsson, J. Hajer et al.: Pedobiologia, 70, 1 (2018).

30) N. Emdee, A. Møbjerg, M. M. Grollmann & N. Møbjerg: Zool. J. Linn. Soc., 200, 220 (2024).

31) Y. Yoshida, G. Koutsovoulos, D. R. Laetsch, L. Stevens, S. Kumar, D. D. Horikawa, K. Ishino, S. Komine, T. Kunieda, M. Tomita et al.: PLoS Biol., 15, e2002266 (2017).

32) S. Momeni, J. F. González & J. Pienaar: Invertebr. Biol., 141, e12360 (2022).

33) T. Kanazawa, H. Morinaka, K. Ebine, T. L. Shimada, S. Ishida, N. Minamino, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, T. Kohchi, A. Nakano et al.: Nat. Commun., 11, 6152 (2020).

34) K. Janelt & I. Poprawa: Diversity, 12, 62 (2020).

35) R. Guidetti, D. Boschini, L. Rebecchi & R. Bertolani: Hydrobiologia, 558, 9 (2006).