Kagaku to Seibutsu 62(10): 503-509 (2024)
農芸化学@High School
陸生クマムシの“通常”環境生存戦略
環境要因から生態への影響を評価
Published: 2024-10-01
陸生クマムシ(Tardigrada)の生存戦略に影響を与える環境要因を解明することは,野生株探索や培養法の向上に有用な知見となりうる.棲息地の日射量,温湿度等の実証調査を約15か月間行い,クマムシや共生微生物の棲息数を定量的に分析した.その結果,「日射量」「湿度変動」がクマムシの生活環に重要な要因であることが明らかとなった.さらに,光照射実験から形態や活動の変化を捉え,生存戦略との関連を報告した.
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© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
クマムシは,体長約1 mmで4対8本の脚をもつ緩歩動物であり,南極から(1)1) M. Tsujimoto, S. Imura & H. Kanda: Cryobiology, 72, 78 (2016).都市部まであらゆる場所で約1400種類以上が確認されている(2)2) P. Degma & R. Guidetti: “Actual checklist of Tardigrada species”, IRIS Unimore, 2023..特に陸生クマムシは,成長や繁殖といった活動時に体が水和されることを必要とする.周囲が乾燥すると,体内の水分を約2%まで減らし全ての代謝活動を停止させ,体をTun(樽)Shapeの形にして乾眠状態(cryptobiosis)となる(図1図1■クマムシのCryptobiosis(左)と活動状態(右)).ひとたび水和されれば,乾眠状態となって数十年間経過した後でも,活動を再開させることが可能である(1)1) M. Tsujimoto, S. Imura & H. Kanda: Cryobiology, 72, 78 (2016)..また,乾眠状態では,ヒトの致死量の1000倍もの放射線耐性を発揮する等,様々なクマムシ特有の環境耐性(乾燥,放射線・紫外線,温度,圧力)が知られている(3~7)3) P. Becquerel: Acad. Sci. Paris, 231, 261 (1950).4) S. Hengherr, M. R. Worland, A. Reuner, F. Brümmer & R. O. Schill: Physiol. Biochem. Zool., 82, 749 (2009).5) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).6) K. I. Jönsson, M. Harms-Ringdahl & J. Torudd: Int. J. Radiat. Biol., 81, 649 (2005).7) D. D. Horikawa, T. Sakashita, C. Katagiri, M. Watanabe, T. Kikawada, Y. Nakahara, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama, S. Higashi et al.: Int. J. Radiat. Biol., 82, 843 (2006)..
陸生クマムシは,主に苔に棲息することが知られ(8, 9)8) Ian Kinchin: Portland Press, (1994).9) D. R. Nelson & N. J. Marley: Freshw. Biol., 44, 93 (2001).,特に,ギンゴケはクマムシを採取しやすい苔として紹介されている(10)10)堀川大樹:“クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説”, NATIONAL GEOGRAPHIC, 2017, p. 20..しかし,野外で苔種を判別することは困難を伴う上に,近接地の同種の苔群生地でも棲息数が大きく異なることから,フィールド調査に必要な棲息地選定要因の抽出のために,様々な環境指標を設定した先行研究が行われてきた.これまで,土壌pH(11, 12)11) C. Johansson, S. Calloway, W. R. Miller & E. T. Linder: Pan-Pac. Entomol., 87, 86 (2011).12) C. Mitchell, W. R. Miller & B. Davis: Pennsylvania Academy of Sci., 83, 10 (2009).や温湿度(13)13) K. Zawierucha, P. Podkowa, M. Marciniak, P. Gąsiorek, K. Zmudczyńska-Skarbek, K. Janko & M. Włodarska-Kowalczuk: Polar Res., 37, 1492297 (2018).,大気汚染(14, 15)14) M. C. M. de Peluffo, J. R. Peluffo, A. M. Rocha & I. L. Doma: Hydrobiologia, 558, 141 (2006).15) P. Fontoura & D. Santos: 5th Meeting of Young Researchers of U.Porto (2012).,都市と田舎の生存圏の違いによる分析が行われてきたが(11, 16)11) C. Johansson, S. Calloway, W. R. Miller & E. T. Linder: Pan-Pac. Entomol., 87, 86 (2011).16) Andrea González-Reyes, A. M. Rocha, J. Corronca et al.: Zool. J. Linn. Soc., 188, 900 (2012).,長期的かつ定量的な実証調査に基づいた個体密度の比較は少なく,棲息数や種の分布に影響を与える重要な環境要因は,不明瞭なまま長年疑問が呈されていた(6, 17~21)6) K. I. Jönsson, M. Harms-Ringdahl & J. Torudd: Int. J. Radiat. Biol., 81, 649 (2005).17) R. Bertolani & L. Rebecchi: Zool. J. Linn. Soc., 116, 3 (1996).18) R. Guidetti, R. Bertolani & D. R. Nelson: Zool. Anz., 238, 215 (1999).19) D. R. Nelson & B. Paul. J: Southeast. Nat., 6(sp2), 229 (2007).20) N. Guil, J. Hortal, S. Sánchez-Moreno & A. Machordom: Landsc. Ecol., 24, 375 (2009).21) A. H. Meyer: Hydrobiologia, 558, 133 (2006)..そのため,野生株の棲息地探索やそれらの安定的確保,新種発見時の培養法の早期確立が困難となっていた.
近年,陸生クマムシの特殊な極限環境耐性機構のヒトへの応用や新素材開発への期待が医療・創薬分野や環境・産業分野で高まっており(22~24)22) D. D. Horikawa: Biol. Sci. Space, 22, 93 (2008).23) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, Article number: 12808 (2016).24) R. D. Escarcega, A. A. Patil, M. D. Meyer, J. F. Moruno-Manchon, A. D. Silvagnoli, L. D. McCullough & A. S. Tsvetkov: Mol. Cell. Neurosci., 125, 103826 (2023).,生態系を踏まえた培養技術の向上は,喫緊の課題となっている.そのため,生存戦略に与える環境要因を明らかにすることは,これらの課題解決や生態系の環境保全に資するものになると考えた.
本研究では,陸生クマムシの棲息地での継続的フィールド調査と定量的分析により,クマムシの棲息傾向に関連した環境要因の抽出,および季節性動態や他の微生物との相互作用を分析することを第一段階の目的とした.さらに,環境要因の1つとして捉えられた日射について,生態への影響を検証することを第二段階の目的とした実験的研究を行った.
2022年6月10日から2023年8月30日の約15か月間調査し,2022年6月~8月を夏季①,2022年9月~11月を秋季,2022年12月~2023年2月を冬季,2023年3月~5月を春季,2023年6月~8月を夏季②とした.
327回実測し,そのうち,有効データ数は日射量299回,温度294回,湿度294回であった.
東京都文京区内15箇所の苔,それら苔内に棲息するクマムシと卵,ワムシ,線虫を調査した.
夏季①では11箇所(自宅周辺8箇所,東京大学附属小石川植物園3箇所),秋季・冬季・春季・夏季②では15箇所(夏季①実測地に自宅周辺1箇所と東京大学理学部2号館3箇所を加えた)に装置を設置した.実測と苔の採取は,正式に許可された箇所でのみ実施した.
全天日射量計(SATOTECH日射計ソーラーパワーメーターSPM-SD)および温湿度計(SATOTECH温湿度データロガーMJ-ADL-21)を用いた.実測時間帯は午前6時から午後6時の12時間とし,サンプリングレートを10秒でロガー記録した.実測日は,日本気象協会で確認できた晴天日に実施した.鍵付きポスト内に各測定器を格納し,ウェイト水タンクや鍵付きワイヤーを用いて安全かつ安定した状態となるように固定した.各計測器のプローブは,ポスト投函口から出し,それらのセンサーを苔上に養生テープで固定した.(図2A図2■実験方法とクマムシ種参照)
(A)日射量・気温・湿度の測定方法と実測風景,(B)クマムシ(卵)・ワムシ・線虫の出現数のカウント方法,(C)光照射実験の装置(フルスペクトルライトを光学顕微鏡台の左右に固定),(D)カウントしたクマムシ種一覧(スケールバー: 100 µm, 写真は全て筆者撮影)
【各種の特徴】
①トゲクマムシ(背甲板がある,棘が外皮にあるものが多い,体表面が緑色・暗赤色)
②オニクマムシ(爪の主枝が長く,副枝と離れている,背側にやや褐色の模様,口の先が尖っている)
③ヨコヅナクマムシ(爪の主枝と副枝がついている,眼点がない,体全体が赤褐色)
④チョウメイムシ(爪の主枝と副枝がついている,体全体が透明・乳白色)
先行研究(11)11) C. Johansson, S. Calloway, W. R. Miller & E. T. Linder: Pan-Pac. Entomol., 87, 86 (2011).の手順を参照し,pH計測器(SATOTECHマルチ水質計HJ-PC5)を使用して実施した.
採取した苔およびその周辺土壌を写真撮影し,苔種判別用に光学顕微鏡(SWIFT SW380T)でデジタル記録した(WRAYCAM-VEX120).苔種データベース(25, 26)25)神奈川県立生命の星・地球博物館:コケを探す,https://nh.kanagawa-museum.jp/sizen/menu.html, 2017.26)三河の植物観察:コケ類検索,https://mikawanoyasou.org/koke/sentairui-data.htm, 2024.や苔図鑑(27)27)大石喜隆:“じっくり観察特徴がわかるコケ図鑑”,ナツメ社,2021.を参照して種を同定した.
実測機器設置付近の苔を無作為に採取し,自作した計測器(図2B図2■実験方法とクマムシ種)を用いて苔を1 cm3毎(平均0.29±0.098 g)に分量した.目視可能な苔内全ての微生物を観察するため,先行研究(28, 29)28) A. Suzuki, L. Heard & K. Sugiura: Mikurensis, 7, 3 (2018).29) M. Czernekova, K. Ingermar Jonsson, J. Hajer et al.: Pedobiologia, 70, 1 (2018).を参考に抽出した.光学顕微鏡を使用し,棲息数を目視でカウントし記録を行った.クマムシの眼点の有無,背甲板や棘の有無,体色・爪の形・体長の違い等から,目視で確認できる綱レベルと属レベル(真クマムシ綱ヨリヅメ目:チョウメイムシ, ヨコヅナクマムシ,真クマムシ綱ハナレヅメ目:オニクマムシ,異クマムシ綱:トゲクマムシ)に分類した(図2D図2■実験方法とクマムシ種).
瞬間日射強度(W/m2)を実測時間帯で積算総日射量(MJ/m2)に変換した.各実測箇所における実測日毎の積算総日射量を算出し,それらを平均化したものを季節毎の平均総日射量とした.
各実測箇所の実測日毎のデータから平均気温を算出した.それらを平均化したものを季節毎の平均気温とした.
各実測箇所の実施日毎のデータから平均湿度を算出した.それらを平均化したものを各季節の平均湿度とした.各実測日の湿度分散値も同様に算出し,それらを平均化したものを各季節の平均湿度分散値とした.
各日のカウント結果を集計したものから,実測箇所別に平均クマムシ総数(チョウメイムシ+オニクマムシ+トゲクマムシ/実測回数),平均ワムシ数,平均線虫数を季節毎に算出した.平均総日射量,平均気温,平均湿度,平均湿度分散値と平均クマムシ総数との相関を分析した(測定データの変数間の相関関係は,ピアソンの積率相関係数を用いて分析した.).
2023年3月3日~3月17日
計40回(チョウメイムシ27回,オニクマムシ13回)実施した.
光照射機器は,フルスペクトルライト(YTA植物育成ライト)を用いた(図2C図2■実験方法とクマムシ種).水和されたシャーレ内で休眠状態様の動かなくなったクマムシを撮影対象とした.最初に,暗室条件(約0 w/m2)で約1分間形態変化や活動が無いことを確認し,続いて光照射条件下のクマムシをタイムラプス撮影(WRAYCAM-VEX120)した.1秒毎のサンプリングでデジタル記録し,同位置に像を配置し分析した.それらの経時的変化を目視により確認し記録した.光照射条件の光強度は,光学顕微鏡観察台において日射計で確認し,顕微鏡光源は約150 w/m2,フルスペクトルライトは約80 w/m2であった.
平均総日射量と平均クマムシ総数は,全季節で強い正の相関関係が見出され,日射量の高い棲息地でクマムシが多く棲息していた(図3A図3■全季節の各環境要因と平均クマムシ数の相関図
(夏季①n=11, 秋季n=15, 冬季n=15, 春季n=15, 夏季②n=15)).特に,周囲に日射を長時間遮る物がない屋上のような箇所では,全季節において積算日射量が10 MJ/m2以上の強い日射が当たり乾燥しやすい環境にもかかわらず,平均クマムシ総数は100匹/cm3以上であった.その平均占有率は,チョウメイムシが最も高く(平均約86%),次いでトゲクマムシ(約11%),オニクマムシ(約3%),ヨコヅナクマムシ(0%)であった.チョウメイムシは,一年を通じて高日射の箇所で多く棲息していたが低日射の箇所では少なく,負の相関傾向が見られた.トゲクマムシは,中程度の日射量(夏季で瞬間最大日射強度約400 W/m2,積算日射量約7 MJ/m2前後)で,日中に急峻に陽がさす時間帯(約1~2時間)がある箇所で,占有率が約50%近くまで高まる傾向が見られた.肉食のオニクマムシは,捕食対象のチョウメイムシが少ない低日射地では棲息していなかった.一方,ヨコヅナクマムシは,積算日射量の高い箇所では確認されず,日中も湿度を保ちやすく,1時間程度の短い時間だけ陽が当たる箇所(夏季で瞬間最大日射強度約100~300 W/m2,積算日射量約2 MJ/m2前後)で棲息していた.ヨコヅナクマムシは,環境耐性に関連した遺伝子が多く報告されており(22, 23, 30)22) D. D. Horikawa: Biol. Sci. Space, 22, 93 (2008).23) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, Article number: 12808 (2016).30) N. Emdee, A. Møbjerg, M. M. Grollmann & N. Møbjerg: Zool. J. Linn. Soc., 200, 220 (2024).,飼育系統が確立されている種の中で様々な耐性が最も強いとされている(31)31) Y. Yoshida, G. Koutsovoulos, D. R. Laetsch, L. Stevens, S. Kumar, D. D. Horikawa, K. Ishino, S. Komine, T. Kunieda, M. Tomita et al.: PLoS Biol., 15, e2002266 (2017)..本研究で得られた知見から探索し検体数を増やして,他種の棲息傾向との違いを検証する必要がある.